不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

文字の大きさ
5 / 8
第1話

過去と今(4)

しおりを挟む
                 4

 再びまた送迎に乗って映画撮影スタジオビルに戻って来た。
 あの新作映画の会議室で壁に立て掛けてある時計を見ると残り時間は十五分だ。時間は、あっという間にすぎ、午前十一時を回ろうとしている。
 七十代の男性映画監督の津々浦が短時間ではあるが、スタッフや共演者らの皆に話をする。
「それでは次、来月の三月から映画撮影クランクインする予定なので、各自、撮影場所や時間帯には遅れないように来てください。また連絡はあると思いますが、くれぐれも体調崩さずケガがないように無事に撮影し、良い映画を完成させましょう。」
「はい。ご指導ありがとうございました。お疲れ様でした。」
 皆、監督や脚本家や指導講師などに挨拶をして自由解散となった。
「何か……一気に憂鬱になった気分。」
 白は暗い顔になり、ズボンのポケットからスマホを取り出し、LIMEアプリをタッチする。
 流斗のアイコンも続いてタッチし、メッセージを打つか電話するか迷っていると。
 白が座っていた隣の席に居た立川から声を掛けられた。
「白ちゃん。」
 素早く暗い顔から明るい表情に変えて、手に持っていたスマホをズボンの手前ポケットにしまいながら立川の方へ振り返る。
 そう言えば立川から、この仕事が終わった後、二人だけで話がしたいことがあると言われ、約束していたんだった。
「うん。いいよ。」
 白は立川と一緒に廊下へ出ようとする。が、はっ! と、あることに気が付いた。
 和輝と連絡先交換すると約束していたのに、その彼に連絡先教えてもらっていないではないか。
 あれだけ送迎でも一緒だったのに。何を暢気に居眠りや他の共演者らとお喋りしたりしているんだろう。おまけに送迎車の中で自分らが座っていた床に敷かれたカーペットが少し山折みたいに盛り上がっており、それに気付かず躓き浅倉さんを押し倒しお互い額をゴッツんこしてしまうハプニングまで起こす事態だ。
 白は立川に廊下で待つように伝え、和輝へと駆け寄る。
「浅倉さん、あの、少しだけ、私、用事がありまして席を外すんですけど、でも十分後にまたこの会議室に戻って来るので、少しだけ待っててもらえませんか? 」
 目をウサギのようにうるうるして頼み込んだ。
「別に僕は構わないけど。まだ次の仕事まで時間余裕あるから。」
 和輝はテーブルの配置を整理していた。
「ありがとうございます! すぐ戻って来ますね! 」
 そう伝えて一度は和輝の元を離れる白だったが、再び引き返して来た。
「あのー。浅倉さん、共演者の俳優女優さん達にも、ちょっと渡したいものがありまして。引き止めていてくれませんか? 」
「え。ちょっと待って。清水さん。」
 突然の付け加えに着いて行けず、困惑する和輝を余所に、白は立川の後を追い掛け廊下へ出て行ってしまった。
 監督、脚本家、指導講師などの人らは先に帰っていたが、幸いにも共演者達はまだ残っていた。
 安堵し和輝は皆に残るように伝えようとすると。
 高丘が壁にカエルのように身体を張り付けるようにし、耳を傾け、すました姿が目に入る。ものすごく彼だけが不自然だ。
「クソッ。聞こえんな。何も。」
 そんなことを小声で呟く高丘を和輝は遠くから不審に思い見る。
( あの人、何してるんだ? )
 高丘の近くに居た吉野も彼の行動を奇妙に感じ、近付き声を掛けた。
「高丘、そんなところで何やってんだ? 」
 吉野は彼に何か面白いことでもあるのかと尋ねる。
「告白ですよ。」
 高丘は吉野の質問にニヤリと微笑み彼へ振り返る。
「告白~!? 誰が!? 昼間っから!? 」
 シッ! と人差し指を口元に持って来て高丘は吉野の声が大きいことを注意する。
 それからは誰にも聞こえないように、吉野へ耳打ちをする高丘。
 和輝からは距離が少しある為、二人の内緒話の会話は聞き取れなかった。
 だが、高丘と同じく吉野も壁に耳を近付けてすました。
 カエルがへばり着いたようなことはしていないが、おっさん座りをして腰を低くしている。
「何か若い頃を思い出すな。」
 吉野は口元に手を当てながら笑いを耐える。
「だろ? だろ? 」
 高丘も彼と同じく笑いを耐える。
 和輝は、苛立ちながらテーブルの位置を戻し終えると、ヒソヒソと話す高丘と吉野の二人に近付いて注意する。
「良い大人が何してるんですか。次の仕事するスタジオとかに向かわなくて大丈夫なんですか? 」
 白に共演者皆を引き止めるように頼まれたが、この二人には伝えずらかった。
「浅倉さん、意外と面白いものが見られるかもしれませんよ。フッ。」
 気持ち悪い顔と鼻で笑う高丘に、一歩後ろへ下がった。絶対何かこの後、悪巧みする顔だ。
「やめませんか? その年で若い子の気持ちを面白がり、からかいっていじめるの。」
 高丘は目を細目ながら振り向き和輝へ冷たい視線を送る。
「は? いじめてねぇよ。これは協力と応援だ。俺は立川の為を思って、どうにか清水に告白する勇気やきっかけを与えただけよ。それにこれはな、あいつにとっては恋の試練なのさ。」
 和輝は真顔で、心の中で何言ってんだ。この人と。思いながら高丘の話を一応聞く。
「ずっと幼馴染みや番犬みたいにくっついて曖昧な関係を気付き、彼氏面し優位に立ってると勘違いして、告白する勇気もない腰抜けの天宮より、勇気を出して相手に告白する男こそカッコイイんだよ! 何度フラれて嫌われても、逃げずに立ち向かい、再アタックしたり、遊びにさそうとか……。」
 高丘が興奮状態で熱く語る中、吉野も振り返りながら会話に入る。
「ドが過ぎたら、しつこい男は嫌われるがな。
 けど、言わないと伝わらない時もあるからなあ。」
 吉野は、高丘の味方をするように頷く。
 こいつらマジでいい加減しろよ。と心の中でまた呟いて、和輝は無表情ではあるが、目を細めて訴える。
「そっとしといてあげましょうよ。」
 しかし、二人に彼の言葉は通じなかった。
 高丘は、和輝の言葉を無視して話続ける。
「フフフッ。もし立川が清水にフラれたとしても、この俺が、あの二人を恋のキューピッドとして役に立ちカップル成立させ、清水と天宮の仲を引き裂くさ。」
 彼がそう言うと吉野は興奮し楽しそうに叫んだ。
「俺も混ぜろ! そん時は! 天宮より立川の方がお似合いだと俺も思ってたんだよ。」
「おお! ありがたい! ここは俺達大人が、協力して清水と立川の仲を取り持ち、恋を成就させてやんよ。」
 吉野も高丘と同じく完全に面白がっている。
「「へへへへ。」」
 こいつら、人の恋を面白がって楽しみ冷やかすバカな中学か高校の男子か。と和輝は思いながら呆れた。
「大人でも六十代のおっさんですよね? お二人とも。」
 高丘の言葉が和輝にとっては、何処までが本当で何処までが嘘なのか分からない。が、高丘はやけに熱く語る。
「バカヤロー。俺達おっさんでもな、三十代後半の独身童貞のあんたより、結婚して妻も子供も居て長く夫婦円満を築いている勝ち組側だぞ! 」
「僕の方を見ながら独身童貞とか酷いことサラッと言うのやめてくれます? 勝ち組って何ですか? 負け組とかあるんですか? 」
 和輝は、冷静で真顔だが流石にカチンと頭にきていた。
 すると深澤も高丘と吉野の二人と同じく壁に耳を傾けながら話し掛けてくる。
「サイテーだし、イヤらしい上に、キッモー。」
 水牧も深澤に加勢するように言い返す。
「もう! 聞こえないんだけど! ウザい! それに何~? 恋のキューピッドとか。ダサッ! ダサッ!  」
 二人の発言に聞き捨てならないと思い、苛立つ吉野。
「お前らも聞き耳立てといて何言ってんだ! 」
 ドアの近くの壁には水牧、深澤、伊野の順番にが並んで耳をすましていた。
 伊野が立ち上がり、吉野をバカにするような目線で反論する。
「私達は白ちゃんを見守ってるの。立川くんは別にイケメンだしモテない男ってわけじゃないけど、どっかのバカ騒ぎして面白がるおっさん達の口車にまんまと乗せられて、ダメなアドバイス通りに行動してモテないダメ男になり下がり、騙されて白ちゃんが傷付いてしまうんじゃないかって、心配なだけよ。」
 そして女子高生のように「ねー!」と女子組が黄色い声で騒ぐ。
「あ。実は私、結婚してる勝ち組ですけど、何か? あははっ! 」
 水牧は手をあげて明るく高笑いしながら強く高丘と吉野に主張する。
「自慢かよ。」
 高丘は、そう呟いて目を細めて水牧を見る。
「「私達は一生、男には頼らない独身女突き通しますが、何か? 」」
 深澤と伊野は同士みたいに一緒に声を揃えて彼ら二人を睨みつけた。
 和輝は俳優軍団と女優軍団のバチバチ空気に更に呆れてしまう。
「マジで勝ち組だの負け組とかあるんですか? 」
 早くこの騒がしい茶番をやめさせたいと思う和輝だが、今度は渡瀬が椅子に腰掛けてテーブルの上に両手を握り肘を付いて穏やかに落ち着いた表情で彼を引き止める。
「放っておきなさい。浅倉くん。相手にしない方が良い。女と関わると、ろくなことにはならない。」
 あんまり会話に入って来ない人が珍しく自分から話し掛けて来た。
「もう昔の話だが。私も女性にモテていた時期がありましてね。因みに童貞ではない。何回も過去に女性に手を出して色々ありフラれた。それだけならまだ良い。だが、しつこく慰謝料や子供の養育費払えとか、うるさくガミガミと言われたなあ。」
 和輝限らず、いきなり語り出した渡瀬に皆彼の方へ視線を送る。
「間違ってたらすみません。僕の気のせいですかねぇ? 渡瀬さん、それ武勇伝で語ってません? それに聞けば最低男じゃないですか。」
 和輝は真顔で彼にツッコミを入れた。
「もうとっくの昔に終わった話だ。
 だが、心に止めておくといい。女性を大事にしないと男にはいつか天罰が下る。相手の気持ちを考えず、偉そうに自己中心的な振る舞いをすれば痛い目に合い捨てられる。彼女か妻が居るのに、他の女のところに走り女遊びや浮気だ不倫の道を歩んだら終わりだよ。」
 何、真面目にサラッと悟ったように語っているんだ。この人。と和輝は口をポカンと開いた。
「いや、失敗談語られても……。てか、なんだかんだ興味あるんですね。」
 和輝が言い終えると、盛大な溜め息で高丘が渡瀬に話し掛ける。
「あー。その話、以前にも聞きましたよ。他にも確か女性と付き合ってたけど、知らない内に酒で酔いつぶれ、知らないホテルに寝かせられていて、気が付いたらクレジットカード等が盗まれていたんでしょ? 」
 渡瀬は「あながち、間違ってはいないな。」と開き直るように返事を返した。
 吉野は眉間に皺を寄せながら火が付いたように顔を赤くして怒る。
「その話、暇さえあれば何十回も言ってるぞ! 面白くねぇんだよ! たくコラッ! 聞き飽きたわ! 白ちゃんに告白している立川の声が聞こえねぇだろうが! 黙ってろ! うるせぇんだよ! 」
 伊野は吉野のうるさい声に苛立ちながら注意した。
「黙るのはあんたでしょ。」
 水牧も頬を膨らませながら睨む。
「一番声デカくてうるさい。ちょっと黙ってくれますか? 」
 吉野は逆ギレして鬼のように怒り出す勢いだ。
「んだと!? コラッ! 」
 皆の喧嘩腰の会話が最終的には和輝からすればうるさくて疲れてしまう。
「バカバカしい。」
 彼は羽奈に近付いて、白からの伝言を自分の代わりに伝えてほしいと話す。
 彼女が伝言を引き受けてくれることを了承してくれると和輝は羽奈から離れて、お手洗いに行こうと、もう一つある別の出入口のドアノブに手を掛けた。
 しかし、ガシッ! と横から素早く高丘が和輝の手首を強く掴み、ドアを開けるのを止めた。
「ちっ、ちょっ、ちょっと待てって! 浅倉さん。いくらなんでも、今ここから出て行くのは筋違いでしょう! 」
 和輝の手を振りほどこうとする。
 深澤はドアの壁に両手を強く押さえて開かないようにしながら和輝に注意する。
「そうよ! せっかく二人の良い雰囲気かもしれない中で、あんたが顔を出してみなさいよ! 水を差すようなもんよ! 空気読みなさいよ! 」
 吉野は和輝が手で掴んでいるドアノブから手を離そうと彼の腕を強く引っ張る。
「もう少しだけ。な? な? 耐えよう。さっきは悪かった。おじさん謝るから。」
 渡瀬は、さりげなく席を立ち、白と立川が出て行った入り口に自分の背中を寄りかかり、誰も出ないように腕組みをして守る。
「やれやれ。私は先程、自分勝手な行動するのはダメだと言ったばかりだぞ。バカなのか? 君は。一体何を聞いていたんだ。」
「僕は、ただお手洗いに行きたいだけなんですけど……っ。」
 和輝は皆に邪魔されている内に、握っていたドアノブが押すんだっけ? 引くんだっけ? と困惑する事態に追い込まれる。
 彼が皆から止められている中、八乙女は面白がり、遠巻きのように見ていた。
「告白しといる人達の間に土足のように割って入り、良い雰囲気ぶち壊す行動とる人、初めて見たかも。」
 一方。
 白は立川と二人でお互い手に何かを持ち歩いて違う廊下の道から、また再びこの会議室に足を運んでいた。
「ありがとう、理くん。手伝ってくれて。助かったよ。」
「いいよ。これくらい。」
 白は立川と仲良く会話していた。
 彼女は、忘れないように一度立ち止まり持っていた紙袋の中からラッピングされたお菓子包みを立川へ手渡す。
「あ。皆より先に渡しておくね。はい。これ。理くんの分。」
 少し照れながらも、天使の微笑みで気持ちを伝える。
「バレンタインデーの本命チョコとか手作りじゃないけど……日頃、お世話になってるし、感謝の気持ち。差し入れ。」
 立川は受けとりながら、白に爽やかで眩しい優しい笑顔を見せる。
「ありがとう。白ちゃん。超嬉しい。」
 白は立川の嬉しそうな顔にキュンとする。
( 参ったなぁ。いつもはここで、フル流れだけど……ドストライクの空手世界チャンピオンの強い男子の理くんから告白されたら、即効フルなんてそんな真似出来ないよ。 )
 自分の両方の頬に両手を当てながら立川に聞こえないように小声で「はにゃにゃん。」と呟いた。
 立川から話があると言われて白は丁度、彼に手伝ってほしいことがあると頼んでいた。
 白が使う楽屋へ立川を招き、皆への差し入れのお菓子を大きな紙袋二枚に詰め込み、いつでも持って行けるように小さな和室の壁際に立て掛けていた。
 それを彼に一つ持って一緒に運んでほしいと伝えた。
 立川は了承してくれた。
 お菓子が入った紙袋一袋を、お互いに持ち楽屋を出ようとした時、白は思い出す。
「そう言えば立川くん、私に何か話があるって言ってたよね? 」
 白が立川に尋ねると、彼は紙袋を壁際に置いて「ちょっと待って。」と言われる。
 そして、急に何故か白の前で、数々の空手技を披露し出した。
 白は目を点にして、立川の不可解な行動に不思議がり首を傾げる。
「よし! 」
 立川の空手技が終わると白は拍手を送る。
「おお。カッコイイよ! 理くん。」
 何故、いきなり一人空手技披露が行われたのだろう? と白は疑問に思っていると。
 彼は白にゆっくりと歩みより、自分が付けていたマスクを外して立ち止まり、真剣な顔で彼女へ伝えた。
「俺、白ちゃんが……っ、清水白さんが大好きです。」
 立川の突然の真剣な告白に白は火が出るくらい顔が赤くなり「ええええー!? 」と驚き叫んだ。
 しかし、あくまで彼は白へ気持ちを伝えただけだった。
 付き合ってほしい。などは言わなかった。
 ただ「友達としてじゃなく、一人の男として見てほしい。」と言われた。
 すぐに返事を出さなくても良いとも言われた。
 今まで数々の男性達から呼び出され告白されたが、その後すぐに「付き合ってほしい。」だのありがちなパターンだった。
 今朝の陽太からの告白は異例枠だが。
 あれはあれで心臓に悪かった。
 他の女性は、大抵一発でメロメロに惚れるだろう。
 それに比べて立川は普通にまともで良い好青年だ。
 白は「ありがとう。理くん。気持ちを伝えてくれて。嬉しい。」と伝えた。その後「うん。分かった。考えてみるね。」と返事をした。
 楽屋を出た後は何事もなかったかのように普通の日常会話、世間話をして歩いていた。
( はぁ。理くんなら、気が合いそうだし、付き合うくらいはいいかなぁって、思ってるけど。彼は、この姿が本当の清水白だと思ってるんだよね。)
 しかし、立川と付き合う権利は自分にはない。
 本当は焦げ茶髪姿ではないし日本人でもない。
 アメリカ生まれで、地毛金髪ハーフだ。おまけに元ヤンだ。
 そんなことは立川は知るはずもない。
「あの、理くん! 」
 白は勇気を振り絞り決心するよう隣を歩く彼へ声を掛けた。
「ん? 」
 立川は白の方へ振り向き首を傾げる。
 白は、うさぎのように目をうるうるさせながら伝える。
「仮の話なんだけど。私の髪の色が金髪でも……好き? 」
 彼は普通に笑顔で「好きだよ。」と返事を即答で返ってきた。
「ホント!? 」
 白は、キラキラと目を輝かせて嬉しそうな顔をする。
「白ちゃん、新作映画では、髪を金髪に染める予定なんだよね。似合いそう。」
 立川から、そう返事が返って来ると白はガッカリしてしまう。
「あ、いや、そうじゃなくて……。」
 どうやら完全に立川は、収録予定の新作映画話題だと勘違いしていた。
「いつか一緒に遊びに行った時、強気で逞しい姿の白ちゃん、ホント映画のヒロインにイメージ通りに似てるよね。」
「あははは。」
 四年前、白が男女で何人かと一緒に遊びに行った時には立川も参加していた。
 もちろん焦げ茶髪姿でだ。変装もして。
 そして、仕事ではなくプライベートでだ。
 その日、立川がオススメしたい楽しい場所、キックボクシングジムへ案内された。
 その場所で白は、わくわくし火が付いたみたいに周りを気にせず一人で楽しむ。
 サンドバッグに足でキックや飛び蹴りやボクシンググローブ装着して腕でも遠慮なく殴りまくる。
 ジムのスタッフも女性、男性客も周りはドン引きしていた。
 だが立川は、その白の普段の可愛さと意外な強気の一面姿ギャップに惚れてしまったのだった。
 白は元ヤンだ。
 グレて荒れる前から何かと祖父から鍛えてもらっていたが、中学に上がってからは学校に行かず、他校と喧嘩三昧になり、負けない為には体力がいる。と思い、並外れた身体能力や瞬発力など様々な運動、スポーツなどをし、護身術も身に付けた。とんでもなく強い女である。
 しかも今回の新作映画では白が演じるヒロインは金髪らしい。しかも強気な娘役だ。
 まずい! 非常にまずい! 立川だけではなく、新作映画に関わる全ての人達に、今度こそ焦げ茶髪姿ではなく地毛金髪姿だとバレてしまう。と怯える。嫌われる。離れて行く。信用、信頼もくずれてしまうのではないかと不安が募る。
( ううっ! 現実、極道でもヤクザでもない娘だけど、実は元ヤンで、マジで地毛金髪なんですけどねーって。ツッコミてぇー! けど、言えなーい! )
 白は一瞬だけ顔が暗くなって落ち込んでいると、会議室のドアノブが異様に激しくガチャガチャと上下に揺れるのを立川が目撃する。
「白ちゃん、危ないからこっちに来て。」
 呆けた白の手を優しく握りに、自分達が出入りした奥の新作映画のキャストスタッフ一同という張り紙があるドアに誘導する。
 白は立川からの指示でそのドア付近に立つ。
 立川は和輝達が居るドアの入り口へ手を掛けドアを引くと、皆が悲鳴を上げてドミノ倒しみたいに流れて床へ倒れた。
 和輝は皆の体重に押しつぶされ、一番下で伸びていた。
「何んしてんスか? 」
「何って僕は、お手洗いに行きたかっただけでっ。ぶっ! 」
 和輝は頭だけ動かしながら静かに怒る。が、近くに居た深澤から手で頭を押さえられ、彼の顔は床に軽く叩きつけられる。
「あれ? 白ちゃんは? 」
 深澤は、身体を起こしながら廊下の辺りをきょろきょろと見渡すけれど白の姿は見当たらない。
「隣のドアですよ。」
 立川がそう言うと「まだ皆居た! 良かったー! 」と白が喜んで会議室に入って来た。
「皆さんに、差し入れでーす! 」
 白は持っていた紙袋から流斗や陽太に渡した同じお菓子を取り出して、ドア付近に居た渡瀬に手渡す。
「どうもありがとう。清水さん。」
 白は先程暗くなっていた表情は変わり、また明るく気さくに差し入れのお菓子を配り周っている。
 皆、ドミノ倒しみたいに倒れていたが、身体を起こして普通に通れるようになると、一番下に倒れていた和輝は不愉快な表情をする。
「酷い目にあった。何で僕がこんな目に。僕、こういうキャラじゃないんだけど。」
 独り言を呟きながら身体を起こし、服に着いた埃を軽く祓った。
 不満はあるが、これで心置きなくトイレに行ける。と思い、部屋を出て行った。
 立川は和輝を追いかけることはなく、高丘、吉野、深澤の三人を睨む。
「まさかとは思いますけど、廊下の会話を盗み聞きしていたんじゃないでしょうね? 」
 立川が三人に問うと高丘は「それがどうした。」と開き直った。
「悪趣味な。そういうことして何が面白いんですか? 」
 立川は呆れた表情をしていると、高丘から勝手に自分の肩に腕を回され、端っこの方の壁に連れて行かれる。
「立川、ちょっとこっちへ来い。」
「何ですか? 」
 吉野は高丘に連れて行かれる立川の方へ着いて行く。
 深澤は面白がるように白の方に近寄って行った。
「白ちゃーん! 」
「ユリさん。お疲れ様です。」
「ねぇ。白ちゃん、理くんから廊下に呼び出されていたんでしょ? 何か言われなかった? 」
「何かとは? 」
 白は深澤が何の話を聞きたがっているのか分からず首を傾げる。
 しかし羽奈が突然飛び入り参加のように入って来る。
「相変わらず鈍いわね。白は。告白されたんでしょ。理くんから。」
「な、何で知ってるの!? 」
 白は深澤や羽奈から立川から告白されたことを感付かれると慌てふためく。
「普通「二人だけで話したいことがあるんだ。」とか言われたらさあ。告白でしょー! 」
「そ、そうなの? 」
 白が居る女性仲間達とは別に男性仲間達の方はというと。
「で? どうなんだ? 清水に告ったんだろ? 」
 高丘は普段から気さくに話し掛けてくる人ではあるが、何故か今日は立川の肩に腕を回して来るくらいパーソナルスペースが近い。
「そこの廊下じゃないですけど……告りましたよ。それが何なんですか? 」
 立川は眉間に皺を寄せながら気味が悪い様子で高丘を見て答える。
「即フラれることなく、友達から仮カレとして付き合いにこじつけたのは良かったぞ。勇気を讃える。だが問題は、この先だ。」
 高丘の言葉に嫌な予感を感じ、立川は背筋が震える。
 吉野も立川の空いている左側に立って話し出す。
「いいか? 友達から彼氏に昇格するには、カッコよく、良い男を見せることだ。」
 吉野は拳をグッと握って真剣に立川と白を両想いにしようと恋愛アドバイスを突然し出す。
「女は敏感なんだ。即、会って早々、イチャイチャや、やたらと触るのはダメだ。グイグイもヤバいな。ちょっとでいいんだ。うん。」
 立川は引きつったで「一体……何の話ですか? 」と二人に尋ねた。
「お前と清水の恋を成就させる為に、俺達がアドバイスしてやるんだよ。ありがたく思え。」
 高丘は悪魔みたいにクククッと笑う。
「いや、おっさん二人にアドバイスされても、ありがた迷惑だわ。」
 立川の言葉に耳を傾けず高丘は勝手にまた話を進める。
「よくある失敗パターンは、車の座席だ。運転中に、さりげないつもりでも女の膝に手を間違っても置くなよ。気持ち悪がられるのが落ちだ。」
 立川は即、否定するように呟いた。
「そんなことしませんよ。」
「あとな、キスとかも狙うなよ。キスしたいだ、キスしていいかとか、爆弾発言にも気を付けろ。」
 高丘のアドバイスが馬鹿馬鹿しすぎて立川は彼の腕を軽く祓い退ける。
「そんなキモい男、マジで本当にいるんですか? 」
 立川は疑うように高丘を見つめる。
 吉野は腕組みをしながら白が女性陣と話す様子を見ながら話す。
「甘いな。男は好きな女性の前では、気付かぬ内に、いつの間にか、獣やチンパンジーにオラウータン、猿、ゴリラ等に早変わりするもんなんだよ。恋は盲目。慎重にいかないと好きになってもらう前に別れを切り出されるぞ。」
「心配してくれるのはありがたいですけど、俺は、あなた達が考えている女性に嫌われるような最低男の行動はしませんから。安心してください。」
 立川は二人のおっさんコンビから距離を取りたく、離れようとするが再びガシッ! と強く肩を掴まれる。
「そういうヤツこそ失敗する可能性があるんだよ! 」
 高丘の顔が恐ろしいほど大きく感じた。
「少女漫画や少年漫画を読めば、好きな女を口説けると思ったら大間違いだ。
 あんなもんはな、全部幻想だ。ファンタジーで読む分は良い。だが現実はな、こんな薄っぺらな紙漫画やアプリ漫画とは違うんだよ。」
 吉野も高丘と同じように真剣で伝える。
「めんどくさい人達だなあ! 」
 立川は高丘と吉野に猛反発していると、トイレに行っていた和輝が再び会議室に戻って来たことに気付く。
「浅倉さん! 」
 立川は良いところに来たと思い、和輝に駆け寄る。興奮しながら彼に相談し助けを乞う。
「あの二人がしつこいんですよ! おっさんから恋愛アドバイスとか聞くだけでキモいんですよ! 」
 しかし空しくも和輝からは冷たくされる。
「どうせ僕は所詮、演技の中でしかカッコイイ男を演じられない童貞独身男ですよ。だいたい間にウケたり、相手にしなきゃ良い話でしょ。」
 和輝は眉間に皺を寄せ迷惑そうに立川の方を見て言う。
「浅倉さん! 俺は白ちゃんとは上手く付き合って行きたいんですよ! あんなおっさん二人の恋愛アドバイスなんて聞きたくもないです! まだ堤さんからとかにアドバイスもらう方がマシっスよ! 」
「陽太くんから? 恋愛アドバイス? あの人は……僕はオススメしないかなあ。」
 和輝は苦笑いしながら立川へ陽太には恋愛アドバイスはもらわない方が良いと忠告をする。
「立川。話はまだ終わってねぇぞ! 」
 高丘と吉野の二人が巨人怪獣のように見え、立川は悲鳴を上げ顔を青ざめ、和輝の背後に周りしがみつくように隠れる。
「あのさ……僕を盾にするのやめて。理くん。」
 和輝は立川とおっさんコンビの高丘と吉野に絡まれてしまった。
 白は、そんな騒がしい四人の方を振り向いて何やっているのだろう。と様子を窺う。
「高丘さん達、何してるんですかね? 」
 深澤は白から差し入れのお菓子を嬉しそうに受け取る。
「白ちゃんは、何にも気にしなくていいのよ。」
 伊野は白からもらったお菓子、クッキーを頬張って食べながら呟いた。
「男達のちょっとした、くだらない戯言話よ。」
 やっと三人から解放された和輝は、疲れた顔をして長く何枚も壁に貼られた鏡の場所の角際に置いていた自分の水筒などが入ったバッグを手に取ろうとする。
「浅倉さん! 」
 白は和輝へ気さくに近付いて連絡先を交換しても良いかどうか問いかける。
 そう言えば何だかんだ忙しく時間は過ぎ、白とはメアド交換もしていなかったことに気が付いた。
「ああ。構わないけど。」
 和輝はスマホを取り出して、白と向き合い形で彼女のスマホに自分のLIMEをQRコードを使って読み込ませ登録する。メアドも教えた。
 白も同じように和輝へ連絡先を教えてLIME交換をする。
( やったー! 十七年ぶりに浅倉さんのメアドもLIMEも登録したー! 幸せすぎる! )
 白は、興奮するくらい喜んでいたが、落ち着いて連絡先交換が終わると差し入れを和輝にも手渡した。
「あと、これ浅倉さんの分で、差し入れです。」
「ああ。ありがとう。」
 和輝は嬉しそうな声で感謝の言葉を白へ伝えた。
 彼の表情はマスクで覆われ、よく見えないが目元や優しい声などで、過去の微笑む姿を想像出来た。
 白は和輝に受け取って貰えたことにホッと安堵する。
 その二人の姿を瑠華は冷たい目で見ていた。
「……。」
 白は、まったく瑠華の様子には気付くことなく、和輝から少し距離を取り、羽奈の隣へさりげなく立つ。
 そしてLIMEで彼のアイコンを指で軽くタッチし、メッセージを素早く打ち送信する。
( お願い! 既読になってー! )
 白は自分のスマホをギュッと両手で祈るように握りしめていると羽奈が声を掛けてきた。
「浅倉さんとLIME交換出来た? 」
「う、うん。まあね。」
「やったじゃーん! 何かメッセージ送ったの? 」
 羽奈は肘で白の脇を軽く突っついてからかう。
「お互い映画撮影収録頑張りましょう。的なメッセージは送ったよ。」
「それだけかい! 面白みないなあ。」
 羽奈はそういうと、すぐにまた立川から告白されたことについて白に興味津々に尋ねる。
「で? 理くんと付き合うの? 」
「保留。」
「何で保留? 絶対、理くんと気が合いそうだし、優しいじゃん! これをおきにさあ、どっかの幼馴染みの流斗くんとは距離つか卒業しなって。」
「羽奈はホント流斗、嫌ってるんだね。」
 そんな二人が会話している姿を和輝は見つめる。
「……。」
 和輝はスマホ画面で白が送って来たメッセージを見ていた。
『あの、浅倉さんに大切な話があります。私が先に出るので、浅倉さんは後から必ず一人で来てください。』
 周りの皆は、とくに人の様子を気にしていないようだ。
 流石に立川に告白された後に、直接面と向かって「二人っきりで話があります。」など言えないだろ。普通に皆の冷たい視線が来るはずだ。
 和輝はスマホ画面を見て、メッセージを素早く打ち送る。
『皆に聞かれたくない話? 』
 するとすぐに返信が返って来た。
『はい。』
 幸い和輝は次の仕事までは二時間は余裕があった。
『分かった。』と、彼は白へ送信する。
 白は、羽奈や他の人に自分のスマホ画面を見られていないか、和輝とのLIMEの返信やり取りがバレていないか気になるが、今のところなさそうだ。
 立川から告白された後に、和輝と二人だけで会い、話をするのは申し訳なく思う。
 しかし、どうしても白は和輝に伝えなければならない事があった。
( 理くんとはあくまでも付き合うわけでもなく、様子見で保留だもん。現状維持。 )
 付き合うという前提にしていたら白い目で間違いなく見られる。ギリギリラインだ。
( 理くんが良い人で助かったよ。 )
 白は自分のバッグを持ちながら重い溜め息を吐いた。
( でも。流石に今回の仕事は誤魔化せなさそうだし、乗り越えられなさそうだなあ。  )
 撮影前になんとしても、和輝に言わなければ。
 焦げ茶髪カツラを被り、日本人だと偽り、八年前から芸能界に戻って来て芸能活動していたこと。学生時代はヤンキーだったこと。八年も芸能界にいる人達やファンを騙していたこと。数々のことを秘密にして来た事実を和輝にはいち早くカミングアウトしなければならないと決意した。
( いやー……でも。よう、八年もバレないで済んだもんよ。浅倉さんとの共演なんて縁もないと勝手に思ってたしねー。 )
 白は内心、笑い話になる程度で大丈夫なのではないか。と思う反面、芸能界からもファンからも白い目で見られてSNSとかで炎上するかのどっちかだ。
( 怖いー! )
 今のところ白の秘密を知るのは、家族と流斗だけしか知らない。
 それなのに、和輝とは今日、久しぶりに会ってからというもの……。
 彼が自分を暇さえあれば不信と疑いの目でチラ見していた。
 送迎の中では、やたら変な空気だった。気まずいわけでもないが。
 あの自分が寝て目が覚めた瞬間に和輝の表情が何処か切なさを感じさせていた。
 それが何なのかは分からない。
 彼自身からは白へは何も言ってこないし、避けているわけでもなく、普通に人として接している良い人であり、大人だ。
 だからこそ怖い。他の誰から言われるより、和輝から罵倒されることが一番おっかない。
 彼は、今、会っている焦げ茶姿の白が十七年前に会った地毛金髪姿でハーフの白、同一人物だと気付いているのか、気付いてないかが分からない状態が一番怖い!
 ネットでは未だに誰だか知らないが、根に持ち、ずっと地毛金髪ハーフの白は、叩かれて炎上されている。
 何故か焦げ茶髪姿の白は叩かれるような書き込みは一切ないが。
( この新作映画……やっぱり、もしかしてしなくても私を落とし入れる為の罠なんじゃ。 )
 白は色々頭で考えていると、ズキッ! と軽い頭痛がし出した。
 頭を片手で押さえながら、スゴく長い溜め息を出す。
 嫌な予感がする。
 頭を押さえながら、もしかしたら世に言う片頭痛なのではないかといち早く悟る。
( 冗談じゃないよ! )
 白は自分のバッグを持ちながら、カバンから飲料水と保険みたいに頭痛薬を取り出し、口に放り込み、水を飲み干した。
 そして、誰にも見られないように壁際に行き、後ろを向き、バキッ! と一発で固いペットボトルを強くグシャと曲げる。
( 気合いよ! 気合い! たかが頭痛ぐらいで弱気になったり、挫けてられるかつーの! )
 白は、表の表情は天使の微笑みだが、裏顔は瞳孔が開くぐらい怖い表情だった。
 誰にも見られないように変形したペットボトルをバッグにしまう。
 その彼女の様子を羽奈は見て口元をニヤリとし、またLIMEで流斗のアイコンを軽くタッチしてメッセージを打ち送信する。
「星乃さん、誰とLIMEしてるんですか? 」
 瑠華は、さりげなく羽奈へ近付いて尋ね話し掛ける。
「え? 流斗くんだよー。」
 羽奈が悪気もなくそう言うと、瑠華は苛立ちながら興奮して騒ぐ。
「何で星乃さん、天宮先輩とLIME交換や連絡先知ってるんですか! 共演とか一度もないのに! 」
「そりゃあ、白と友達繋がりで流斗くんとコンタクト取ったし。普通に流斗くんに「連絡先教えて」って言ったら教えてくれたよ? 」
 瑠華は羽奈がうらやましく感じ、餅のように頬を膨らます。
「あら? 瑠華ちゃん、不機嫌な上にだんまりー。」
 そんな会話を二人がしていると白は、残っている共演者に「皆さん、お疲れ様でした。私、お先に失礼します。」と言って会議室を出て行く。
 皆「お疲れ様です。」と声を揃える。
 白は立川に「理くん、また後でLIMEするね。」と素直な天使の微笑みで一言言って手を振った。
「うん。分かった。またね。白ちゃん。」
 立川の後に八乙女も爽やかに手を振る。
「バイバーイ!」
 白の姿が見えなくなり、ドアが閉まると立川は興奮する。
「マジで半端なく、可愛い! 」
「俺も告りたかったなあ。白ちゃんに。」
 八乙女は、しれっと暢気にとんでもない爆弾発言を口にする。
 立川は「え。」と呟いてドン引きした目で彼を見る。
「冗談だよ。白ちゃんは確かに可愛いけど。俺、自分の時間を女に振り回されるの嫌いだから。」
「白ちゃんは、そんな女の子じゃないよ。前に男女何人か誘って遊びに行ったことあるし。超、その時、俺と気が合って楽しかったし。」
「ああ、はいはい。お前の白ちゃんにデレデレです。って話は聞きたくない。」
 八乙女は興味ない感じで声のテンションを下げた。
 彼らの近くで高丘は顎に手を乗せながら呟く。
「清水、断トツに可愛いな。俺がまだ若かったら。」
 傍に居た吉野が軽く彼の頭をパシッと手の平で叩いて叱る。
「お前、妻に子供も居るだろ。まあ、確かにキュートだよな。うん。俺も若かったら……。うやましいな。理のヤツ。」
 渡瀬は、高丘と吉野の二人の会話を聞いてドン引きする。
「マジで君達、キモいよ。おっさん二人、セクハラだよ。」
一端は恋愛話に参加するつもりはなかったが八乙女も白のことについて語る。
「でもさ、即フラれるよりマシじゃね? 理。」
「どういう意味? 」
 立川は八乙女から話を聞く。
「俺、フラれた男らから聞いた話なんだけど、仮にフラれても……。」

                  ◆

「ずっと友達のままで居たら、ダメかな? 気まずくなるのは嫌だよ。また一緒に男女皆でどっか遊びに行きたいし。」
 そういう白の優しい言葉と天使の微笑みで皆大抵はそれを受け入れるのである。

                  ◆

「って、言ってくれるらしいよ。」
 八乙女は何人かの芸能仲間友達から聞いた話を伝える。
 立川は頷きながら呟く。
「めっちゃ良い子なんだよ。そんな優しい女子あんまり居ないよ。」と呟く。
 一方、瑠華は何もほぼ喋ってはいなかったがついに口を開いた。
「私、清水さん苦手です。私には理解不能な上に不愉快ですね。良い子とは思えません。」
 白からもらったお菓子に力入れてバキッと粉々にする。
 彼女の傍に居た羽奈はツッコむ。
「怖っわー。何処が清楚女子よー。」
 瑠華は興奮しながら文句を言う。
「だって酷いんですよ! 」
 それは、休憩時間の合間のことだ。
 白と仲良くするつもりは毛頭ないが、流斗のことが好きな瑠華は彼の連絡先を知りたく、一番仲の良い彼女から聞こうとしていた。
 しかし。
「ごめんね。瑠華ちゃん、教えてあげたいんだけど……自分で直接、流斗に聞いて教えてもらった方が良いと思う。個人情報流出やプライバシーの侵害になるじゃない? 」
 そう白に言われ断られたのである。
 その会話を聞いていた水牧は爆笑しながら伝える。
「いや、それは白ちゃんの言う通りだと思うし、筋が通ってるって。瑠華ちゃん。」
「せめてですよ! きっかけを作るとか、お近づきみたいに誘導してくれても良いじゃないですか! 」
 瑠華は拗ねてブツブツと小言を言うのだった。
 一回笑えば中々止まらない水牧は、お腹を抱えて笑い続けていた。
「そんなに流斗くんが好きなら告白しなよ。瑠華ちゃん。ずっと待ってても王子様は寄って来ないわよ。自分から流斗くんに積極的に近付いてアタックしないと何も始まるわけないじゃん。」
「そんないきなりグイグイ行ったら引かれるじゃないですか! 」
 瑠華が感情的になって流斗のことを真剣に話していると深澤は言う。
「一条さん、今日はバレンタインデーよ。流斗くんが好きなら彼にチョコかなんかを渡して来なさいよ。ついでに連絡先交換出来るし。一石二鳥じゃない。」
「そっ、そんな恥ずかしいこと出来るわけないじゃないですか! 今時、好きな人にチョコ渡して告白なんてっ。フラれるか両想いのどっちかしかない冷やかし罰ゲームじゃないですか! 」
 瑠華は、もじもじしながら興奮して顔が真っ赤になるくらい叫ぶ。
「白ちゃんみたいに「差し入れです。」とか、日頃の感謝のお礼とか言って上手く誤魔化せばいいじゃん。」
 水牧もそう呟いた。
 瑠華は頬を膨らませながら、流斗を好きになったきっかけを思い返す。

                  ◆

 六年前。
 瑠華は平日、仕事がオフで帽子やメガネを掛けて変装して、買い物しに街へ来ていた。
 渋谷の青山通り辺りで服を買おうと思っていたのだが、渋谷駅辺りを何回も行ったり来たりしていた。
 何処かで財布を落としてしまった瑠華は顔が真っ青だった。
 何処で落としたのか検討もつかない。
 衣服店で服を支払おうとしたが、財布が忽然と消えていた。
「すみません! すぐに戻って来ますのでっ、この服、預かっといてください! 」
「お客様!? 」
 店員に一声掛けて瑠華は、すぐに血相を変えて店を飛び出して約一時間経過していた。
 心当たりのある所を周ったがなかった。
「交番か駅に行こう。」
 ハチ公の銅像がある場所で呆然と立ち尽くしていると、金髪でサングラスを掛けた二十代ぐらいの男性が瑠華の財布を手に持って通りすぎて行くのを目撃する。
 財布の中身を確認する金髪サングラス男性の後を追う。
( あのスリ野郎! )
 その男性は、どうやら交番に財布を届けようと向かっているみたいだ。
 だが、安心は出来ない。
 さっき彼は、財布の中身を見ていた。あれにはクレジットカードや自分の個人情報の免許証なども入っている。色々ヤバい。
 ストーカー被害にも発展するかもしれない。何故なら自分は芸能人で女優だからだ。
 冗談じゃない。
 瑠華は、男性の背後から自分のバッグで背中に強く叩きつけようとした。
「このっ、スリ金髪男! 」
 だみ声で彼女は叫んだ。
 金髪男は、後ろから殺気を感じ取ったの間一髪で避けた。
 よろけながらも振り返り、金髪男は瑠華を見、足を強くアスファルトに地を着けた。
「ちょっと待てって! 落ち着いて、話を聞けって! 俺は怪しいヤツでも、スリでもないから! 」
 金髪男は慌てふためきながら、だみ声で会話する。その彼は、サングラスとマスクを掛けていた。
「惚けんじゃないわよ! 私の財布をよくもスッたわね! それに充分怪しいわ。だいたい、あなた素顔も晒してないじゃない。」
 ビシッと瑠華は金髪男に指を指して言う。
 彼は眉間に皺を寄せ、辺りを気にしながら挙動不審にしながらも彼女の返事に答える。
「こっちは花粉症なんだから、しょうがねぇだろ。」
 金髪男は、めんどくさいという表情で早く人通りが多いところから離れたい雰囲気を出していた。
「それにサングラス掛けてるのは事情があってだな。あと、あんまり声を大きく叫ばないでくれるかな。」
 すると、金髪男は瑠華の顔を改めて見ると芸能界で仕事仲間だと分かる。
「って、よく見たら一条? 」
 金髪男は、サングラスとマスクを軽く少しだけずらして取り、素顔を見せる。それは流斗だった。
「天宮流斗先輩!? 」
 彼女が大声で彼のフルネームを叫ぶと、街を歩く人々は立ち止まったり、ジロジロと痛い視線が来る。
 流斗はすぐにマスクとサングラスを掛けてダミ声で瑠華の額を人差し指で軽くつつく。
「何言ってるのかな? コイツめー。」
 流斗は、冷静に対応しようとするが明らかに動揺する。
「違いますよー。違うから。お、俺は俳優じゃあございませんよー。」
 瑠華に流斗は注意する。
「デタラメは止めようねー。ははは。」
 すると街をたまたま歩いていた女性が勇気を出して流斗に近付き声を掛けられた。
「あのー……モデル俳優の天宮流斗さんですか? 」
 流斗はサングラスとマスクを外して営業スマイルで対応する。
「はい。そうです。」
 ダミ声ではなく普通の声に戻しながら良い人を演じる。素早く仕事モードに切り替えた。
「私、大ファンで、いつも流斗くんのドラマや映画に舞台も観に行ってます! 応援してます! 」
「ありがとうございます。」
 流斗は営業スマイルで声を掛けられた女性と話す。
「何してるんですか? 撮影ですか? 」
「バラエティー番組の『ニンゲンモニター』の撮影でブラブラしてます。いつ放送かは未定です。」
 瑠華は流斗の腰を肘で軽く突っついて、彼の背中に隠れて小声で彼に話し掛ける。
「何デタラメぶっこいてるんですか! 番組カメラスタッフ居ないのに! 」
 流斗は、営業スマイルを保ちながら黄色い声を上げ嬉しそうに待ち遠しくウキウキして流斗がバラエティー番組に出るのを楽しみにしている。
「あ! 握手してください! あと、サインも!」
「いいですよ。」
 流斗は常日頃、仕事で持ち歩く必需品の黒のマジック、サインペンを取り出し、手慣れたようにスラスラと自分のサインを書いた。
 彼がサインする爽やかな顔や微笑みながら握手や話すボイスに目がハートマークだ。
「流斗様。」
 名前を呟くのがやっとで、ぼーっと流斗の顔に見とれる。
「これから一生っ、手を洗いません! もう、死んでもいい! 」
「いやあの、死なないでください。では、俺はこれで。応援してくれてありがとうございます。あなたも、仕事も恋も頑張ってください。」
 流斗は営業スマイルで手を振って、相手の女性が背中を見せ嬉しそうに去って行くと、背後から片方の腕で瑠華の腕をさりげなく掴んで、彼女も一緒に猛ダッシュして走り去って行った。
 そして人が少ない場所へ移動すると、瑠華の腕を離し、サングラスとマスクを掛け直した。
 気は進まなかったが、近くのとあるファーストフード店に入り、ハンバーガーやポテトを注文し、二人座れる席へと腰掛ける。
「つ、疲れたー! 一条、大声で俺をフルネームで叫ぶなよ! 」
 流斗はムスッと不機嫌な顔をして小声で注意した。
「ごめんなさい。」
 瑠華は小声で、申し訳なさそうに謝る。
「まあ、もう良いけど。嘘ついた件の、バラエティー番組の放送予定についてはそのうち忘れるだろ。俺の直筆サインと握手した上に会話したんだから。」
 流斗は、マスクとサングラスが煩わしくなり取り外しながらやっと一息つけてホッと安堵する。
 注意文していたカップ式のアイスクリームを口に頬張る。
「しかし、バラエティー番組と違って街を出歩くのと、プライベートで出歩くのは違うし危険だぜ。一人で出掛ける時は誰も気が付かないけど。」
 瑠華は驚きながら、小声で流斗に呟いた。
「ち、ちょっと! 大丈夫なんですか? 素顔晒して。」
「客少ないし、あんまり大きな会話しなければ大丈夫だろ。」
 昼に込む時間帯は過ぎていたが為、客は少なかった。空席も多い。周りの客は気付かず、店を出入りしたり、一人で注文や席に座り食べたり、誰かと一緒に来て話し掛け食べたりしている。
 スマホで音楽を聞いたり、観たり、タブレットやノートPCで仕事しながら飲み物を飲んでいる人も居る。
「意外と人って、周りの人なんて見てやしねぇよ。さっきのあれはイレギュラーだから。」
 流斗は、そう伝えながら瑠華に財布を渡した。
「ほら。これ。お前、駅付近で落としてたぞ。どんくさいヤツだな。俺がたまたま、すぐ拾ったから良かったこど。次からは気を付けろよ。」
 駅か交番に届けようとも考えたが、まだ近くに居る瑠華を探して直接手渡そうと考えて追いかけたが、見失った。だからやむを得ず交番に向かっていたのだ。
「は、はい。拾ってくれてありがとうございました。すみません。私、てっきりスリ男だと思って……バッグで殴ろうとしてしまいました。本当にごめんなさい! 」
「別にいいよ。それより財布の中身、ちゃんと確認したか? 」
 瑠華は財布の中身を確認する。何もなくなっていない。ホッと安堵する。
「大丈夫です。」
「良かったな。」
 流斗の優しい微笑みにドキッとなり顔が赤くなり恥ずかしくなる。
 先程、街中で勇気を出して流斗に声を掛けて来た女性ファンの人が目がハートになり好意を寄せるのは分かる気がする。
 クールかと思いきや話して見ると優しいし、笑うと無邪気で子供っぽい。
 何故あの女、白の前では彼の態度は全然違うのだろう。
 瑠華はその女性の顔を思い出そうとすると何故かイラッとする。
 彼女は頭を左右に振りながら忘れよう切り替えようとする。
 流斗にときめき赤くなった顔も振り払う。
「それにしても、意外です。天宮先輩も仕事オフの時は、渋谷の街に来ることあるんですね。」
「別に珍しくも何でもねぇだろ。まあ、一条とか他の芸能人仲間と仕事以外のプライベートで偶然会うのはあまりないけどな。」
 あまり流斗とは仕事以外で話すほど親しくない瑠華にとっては、ドキドキだった。
 芸能界と違い一般人みたいに溶け込んでは居るが、彼の私服もカッコイイ服装だ。存在感が違う。やはりイケメンだ。
「す、好き! 」
「え? 」
「金髪に染めた天宮先輩、似合っています。カッコイイです。」
「ああ。ドラマや映画で撮影に使うから髪染めたんだ。ありがとう。」
 改めて流斗の顔を間近で見ると、彼の存在感がカッコよく、一目惚れで好きになってしまった。っと言いたかった。が、下手に言えばドン引きされかねない。
 爽やかに微笑む流斗の表情や声に瑠華は改めて意識してしまう。
 今まではただの先輩で、意識も話す機会もないくらい興味もなかったが、普段より近くに親しくなると緊張して言葉が出ない。
 流斗と目を合わせるのも難しくなるくらい好きになってしまった。
 瑠華は、このまま時が止まればいい。と思っていた。すると。
「Hey! 流~! 」
 流斗に瑠華と同い年の二十代女性が、外の通りにあるガラス窓を軽く叩いて呼び掛けて手を振る。買ったブランドの服やらの袋や沢山の紙袋荷物を持っていた。
「しろ。」
 流斗は振り向き、その女性の名を呟くと彼女は、その店に入り、気さくに流斗に明るく話し掛けて来る。
「偶然だな。流も仕事オフだったんだ。」
「お前は相変わらず緊張感どころか暢気だな。」
 彼に話し掛けて来た金髪の女性は白だった。
「あー。疲れた。お! ポテトじゃねぇか! 一本ちょうだい? 」
 白は金髪姿の時は言葉遣いが男っぽくなっていた。
 暢気で深く考えず白は、馴れ馴れしく流斗に親しくする。
「ああ。テメー。一本どころか何本も取って食ってんじゃねぇか! 」
「細けぇ男だな。ふいふいじゃねぇか。Lサイズらし。」
「ハムスターみたいに口にいっぱい入れて喋るな。そして座って食べろ。人が通る時、邪魔になるだろ。」
 流斗は近くにあった椅子を持って来て、白を座らせる。
「サンキュー! 気が利くじゃねぇか! 」
 持っていた荷物も流斗の傍に押し付けるように置く。
「お前なあ。」
 しばらくすると、白が注文した品を店員が持って来た。
「デカ盛りダブルバーガーとシェイクでございます。」
「Thanks! 」
 白は店員から受け取ると、すぐにデカ盛りダブルバガーを取り頬張る。
「yummy! yummy! 」
 おいしそうに食べる白の頬や口元にはパンクズや、ポテトが付いている。
 可愛い顔が台無しで下品だ。
 流斗は深い溜め息を吐いて、白の頬に付いたパンクズを取る。
「付いてるぞ。口拭け。」
 近くにあったナプキンも取り、白へと手渡す。
「気安く触んなって言ってんだろうが。そういうのはカノジョにしてやれよ。付き合ってるカノジョさんが偶然見てたら、流じゃなくてオレが目を付けられるだろ。」
 白は乱暴に流斗からナプキンを受け取り、口元を拭きながら呟いた。
「お前は元ヤン+バイオレンスだから大丈夫だろ。やみ討ちに合おうが、過激ファンに襲われようが平気だろ。」
 白は流斗を見ながらジロッと睨み付ける。
「ああ!? どういう意味でい? 」
「色気や気品もない上に、女じゃなくて男だし。」
「テメー言わしておけば! そんな酷いことを平気で言えるよな。」
 瑠華は金髪の女性が白とは気付かない。が、突然現れて気安く話し掛け流斗と仲良くする姿にモヤモヤイライラしてしまう。
「私、帰ります。急用を思い出しましたので。」
 瑠華は仲良くする二人にいたたまれなくなり席を立ち、店から出て行こうとする。
「気を付けて帰れよ。」
 流斗は、優しい言い方で瑠華に伝える。
 しかし、彼女は彼に素っ気ない態度を取って街の外へ歩き出す。
「何よ。あの女! 」
 早歩きしながら苛立つ。
 財布が見つかり、衣服店で選んだ服を支払う為に再びその店へ戻って来た。
「いらっしゃいませー。」
 瑠華は店の店員に声を掛け、レジに向かう。
「預かってもらっていた服の会計をお願いします。」
 クレジット決済で支払い、買った服の入った袋を受け取り店から出て少し歩くと「瑠華! 」と誰かに呼び止められる。
 俯いて歩いていた瑠華は顔を上げると流斗がサングラスとマスクを掛けて彼女の後を急いで追って来たようだ。
「天宮先輩。」
「スマホ。置き忘れて行ってたぞ。」
 流斗は、少し息を切らして瑠華にスマホを手渡した。
「それで、わざわざ走って来たんですか? 私の為に? 」
「まあ、財布もだけどスマホもないと困るだろ。
 特に俺達有名人は個人情報とか色々流されると事務所とか連絡先の人や多くの人に迷惑が掛かるだろうから。」
 瑠華と今度いつ会えるかも分からない。交番に預けるのも忍びなかった。
 まだ近くに居るなら後を追って渡そうと考えた。
 白に聞いて、たぶん瑠華は、とある衣服店へ控えしているのではないかと教えてもらい、すぐに走り回った。
 瑠華は、また流斗に礼を言う。
「ありがとうございます。」
「いいよ。暇だったし。」
 流斗は彼女に返事を返すと瑠華を下の名で呼んでしまったことを思い出し、慌てふためきつつも謝る。
「あ。悪い! つい呼び捨てしちまった! ごめんな。嫌だったよな? 」
「いいえ。嬉しいです。わざわざ何度も物を拾っていただいて助かりました。」
 瑠華は以前までは流斗が怖かった。無愛想で素っ気ないし嫌な人だと思っていたけど、話してみると楽しいし、嬉しい。
 彼女は彼からスマホを受け取りながら、もうこれで流斗とはお別れで、後は芸能界の仕事上でしか会えないし、こんなに気安く話せることもなくなるのだろうと溜め息が出る。
 すると瑠華の背後から一人の男性が「可愛いね。君。暇なら俺達とお茶しない? 」とナンパのように話し掛けて来た。
 彼女は振り向くと、うぞぞぞぞ! っとなるほど顔が猿やチンパンジー、時にじゃがいもやナスビに見える気持ち悪いがらの悪そうな男子三人組が自分の背後に居て身体が震える。
 イケメンの流斗と比較すると、明らかにナンパしてきた三人組の男達が普通にキモイ。
 恐怖で言葉が出ない上に身体が動かない。
 その時、流斗が瑠華を庇うように彼女の前に出て守るように立ち、マスクを外して取り注意した。
「あんたらさあ。そんなことして恥ずかしくないんですか? だっせーし、暇な人達ですね。品性や骨格、性格直して出直して来た方が良いですよ。
 それに今時ナンパなんて流行んないし、そんなことしても惨めになるだけです。何より女性の方が脅えてるじゃないですか。」
 だみ声で注意する流斗にナンパの三人組の男達は爆笑する。
 その内の一人が流斗の偉そうな態度が気に入らず彼の胸倉を強く掴む。
「んだと。コラッ! カッコつけてんじゃねぇよ。テメーなんか大したこともねぇしカッコよくもねぇクセに、偉そうなことほざくわ、ちょっと背が高いからって調子こいてんじゃねぇよ!金髪自販機ヤロー! 」
 胸倉を捕まれ、流斗の掛けていたサングラスが少しズレて落ちる。
 しまった。男達に素顔がバレてしまった。
 しかし流斗は、まあ良いや。と冷静な態度を取り目の前の胸倉を掴む男をガン付けた。
「あんたらモテたいなら、まず女性に優しくろよ。暴力で解決しても無意味ですよ。」
 そう言い放った。
 流斗の胸倉を掴んでいた男は彼の素顔を見て、自分と違って骨格やスタイル、高身長、何もかもがカッコイイことに口がポカンと開く。
 今人気のイケメンモデル俳優に街中で胸倉を掴んで喧嘩したらまずい。評判が悪くなるのは明らかに自分達だ。と思い、パッと手を離す。
 本家本元の天宮流斗とまだ気付いていない二人の男は「顔が似てるだけじゃねぇの? 」や「芸能人が堂々と街歩くか?」とコソコソと呟いて話ていると、周りの視線が痛く感じる。
 男達三人は周りの視線に目を向けると、街を歩く女性陣が立ち止まり、白い目で見ている。
 スマホで動画撮影もしている。
 今、ここで推しの俳優殴ってみろ。SNSで晒してやる。という冷たい視線だ。
「ヒイイイ! 」
 しかもよく見ると流斗の背後で脅えるナンパした女性は、女優の一条瑠華だと気付く。
 三人組の男達は別の意味で酷くショックを受ける。
「ま、間違えました。お、お二人は、つ、付き合ってたんですね……っ。デートの邪魔をして、すみませんでしたー! 」
 男達は顔を真っ青になるくらい脅えて、深々と頭を下げて恥をかいたみたいにして逃走するように逃げた。
「失礼しましたー! 」
 流斗は男達が去った後、足元に落ちたサングラスを取って、何事もなかったかのようにかけ直す。
 ざわざわと道を通行する人達が、いつの間にか立ち止まり黄色い目で流斗を見ていた。
「大丈夫か? 」
 しかし、流斗は脅えていた瑠華へ振り向き声を掛ける。
「す、少し怖かったですけど、平気です。」
 瑠華は、がらの悪い男達から守ってくれた流斗のカッコ良さにドキッと胸が高鳴っていた。
( 本物の王子様だああ! いやナイト様ああ! )
 一方、流斗は周りが騒がしくなって来ていることに気付く。
 派手に立ち振る舞いすぎたと思う。
「瑠華、何処か違う場所に移動を……。」
 流斗は彼女に話を持ち掛ける。だが、瑠華の脅えた表情は何処に行ったと思うくらい態度が激変していることに驚く。
「着いて行きます! 何処までも! 」
「え。」
「今度から、流斗様って呼んで良いですか? 」
 瑠華は流斗に熱いまなざしを送る。
「『様』は、ちょっと……せめて下の名前で。」
 彼女の熱い視線にドン引きし、流斗は引きつった顔ではあるがスマイルで対応をする。
「好きです! ファンになりました。一生慕います! 」
「ああ。そうなんだ。ありがとう。」
 流斗は『LIKE』だよな。『LOVE』じゃないよな。ただの社交辞令だよな。と思いながら瑠華を見る。
 一緒に違う場所へ移動しようかと考えていたが、彼女と行動するのが少し怖くなった。
 流石に一人くらいの一般人に声を掛けられても神対応出来て隙を作り姿を消すことも出来るが、これだけ多くの人達が集まる中、脚光を浴びるような目立つ行動を取れば、数時間前と同じようなことは出来ない。
 冷や汗を掻きながら流斗は地声からダミ声に変えながら話す。
「悪い。俺、急用を思い出した。帰らないと。ごめんな。じゃあな。気を付けて帰れよ。」
 流斗は、そう瑠華に伝えるとすぐに猛ダッシュして人込みの中へと消えて行こうとする。
 しかし、流れ込むように周りに居た一般人に取り囲まれてしまう。
 瑠華だけは、何故か誰かから弾き飛ばされて蚊帳の外だ。
 流斗は、まるで押しくら饅頭状態で人込みから抜け出せなくなってしまう。
「違うからね!? 顔は似ているだけで、芸能人じゃないですから! 別人だから! 」
 だみ声で彼は周りの人達に距離を取るように言葉を掛けるが、その声は黄色い声で掻き消されて届かない。
「誰か助けて!! 」
 流斗は人込みの中でダミ声で叫び助けを呼ぶ。
 近くに居た金髪姿の白は、流斗の僅かな声を耳で聞き取る。
 白は、その近くのコインロッカーに自分が買った品を詰め終わり、小銭を入れて鍵を掛けて、コインロッカーの鍵を引き抜きバッグの中にしまうと、近くのアイスクリーム屋でアイスクリームを買って食べていた。
 人込みを見ながら白は呆れた表情をし溜め息を吐いた。
「何やってんだか。しょうがねぇな。」
 白は持っていたアイスを悪いと思いながらも近くに居た人込みの一人にわざとぶつかり、自分の持っていたアイスを、その相手の服に着けた。
「うわっ! オレのアイスが! 」
 白は、男口調で本当にぶつかったような大きな声で叫ぶ。
 すると。
 白とぶつかった一人の女性の服にアイスが派手にべっとりと付いていることに気付き冷や汗を掻きながら悲鳴を上げる。
「ちょっと! 最悪! 誰よ!私の服にアイス付けたの! 」
 その一人の悲鳴に人込みが一気に乱れ崩れる。
 押しくら饅頭状態も緩んできた。
 白はその隙を付いて、人込みの中へ滑り込むように入り流斗の所に辿り着き、彼女は彼の手首を強くしっかり掴んだ。
「何、ちんたらやってんだよ。」
「うおお! しろ! 」
 突然、流斗の目の前に誰にも気付かれることなく金髪姿の白が現れたことに驚く。
「この混乱を利用して、ずらかるぞ! 」
 なんとか白と流斗の二人は人込みを抜け出し、今度こそ消えて行った。
 瑠華は、その二人の後ろ姿を見て嫉妬する。
「何よ! あの金髪女! 流斗様の手首を気安く握って! 私が何とかお助けしようと思ってたのに~! 」
 彼女も流斗を取り囲む人達を、どうにかして止めようとしていたが、その度に弾かれたり、人込みの中の一部の人に「邪魔! 」や「ブス! 」と酷いことを言われていた。
「私が? ははは……。ブスですって~?! メス豚が! 生姜焼きにしてやる! 」
 それからもあきらめずに人込みの中を突破しようと思い、流斗を助けようと彼の名前を叫んで手を伸ばしたり心試みたが、瑠華の声は人々の声に掻き消されて、先程よりもヘアースタイルが乱れ、服も汚れて惨めな姿になって弾き出され上に、買い物袋も皺が寄ってしまった。
 気が付けば人込みは収まり、自分ではなく、あの流斗と親しい金髪の女性によって、彼は助かり、そのまま何処かへ行ってしまった。
 しかし流斗とは芸能界ではなく、平凡な日常で出逢い、話せたり、助けてもらった。
 芸能界に戻っても、親しく話せたらどんなに良いかと思う。
 慌ただしい別れ方にはなったが、瑠華にとっては短かったが凄く楽しく幸せな時間だった。

                  ◆

 という瑠華が流斗を好きになったきっかけの出来事があったのである。
 瑠華は頬両方に手の平に当て、テーブルに肘を付き流斗のことを考えてると照れる。
 しかし、それも一瞬だ。
 表情は険しくなり、怖い顔で目を細め、高丘達に呆れて見る和輝を睨み付ける。
( 浅倉和輝なんて流斗様に比べたら全然優しくないし、淡白男のおっさんじゃない!
 あんな女心分かってない石頭の何処が良いのか理解不能よ。清水白、趣味が悪っ! 
 それに、誰でも彼でも八方美人に振る舞って。流斗様の心まで弄ぶ最低な女! 絶対に、芸能界から追い出してやる! )
 六年前ではあるが、あの金髪女もムカついたが焦げ茶髪の白の方がもっとイライラだ。
 流斗と白が他の人より仲が良すぎてカップルかと思うくらい腹が立つ。
 引き裂いてやる。と腹黒いことを考えていた。
 因みに瑠華は未だに、金髪姿も焦げ茶姿もどっちも白だということにはが付いてはいない。
 羽奈は瑠華がマスク装着していて目元の表情しか見えないが近くで観察していた。
「瑠華ちゃん、顔が怖い。」
 一方、和輝は十分経ったと腕時計で確認すると、皆に「んじゃ、僕もこれで失礼します。お疲れ様でした。また撮影時よろしくお願いします。」と言って頭を下げ、軽い荷物を持って会議室を出た。

                  ◆

 午前十一時半。
 ビル内の七階にある休憩所の椅子に向かい合う形で、白と和輝は座っていた。
 間にはもちろんテーブルとフェイスガードが立て掛けてある。
 だが、五分経ったてもまったく一言も喋らず沈黙が続いていた。
( 気まずいいいい! 何か話さないと! 大切な話があると自分からLIMEで知らせ、呼び出しておいて、何も口を開かないのはまずい! )
 白は和輝の様子を窺いながら、どう話を持って行こうかと必死に考える。
 しかし今、白は突然の片頭痛に悩まされていた。
( 恐ろしいくらい、頭が痛くて考えがまとまらないんですけど! 頭痛薬飲んだのに全然効いてくれないし! 死ぬううう!! )
 立川に告白された時までは、軽くズキッとなるぐらいだったのだが、ドンドンと痛さはヒートアップしていた。何故こんな時に。と思いながら目を瞑る。
( 具合が悪いから、また別の機会を作って浅倉さんを呼び出して……。いや、ここは彼にわざわざ時間を割いてまで来てもらったんだから、言わないと! )
 まるで刑事から事情聴取、あるいは裁判所に立たされている、と同時に頭痛の痛み。金づちで頭を打たれ、それが何度も行われ公開処刑されている気分だ。
「はあぁぁ……。」
 元気がなく溜め息を白が吐くと和輝は心配そうに彼女の様子を窺う。
「大丈夫? 清水さん。もしかして具合でも悪いの? 」
「え。」
「さっきまであんなにハイテンションなくらい元気で明るくかったのに、静かで大人しいし。
 朝早くから四時間ぶっ続けな上に、この後も仕事が入っているでしょ?
 今は大切な休憩時間だから、無理してまで僕と話さなくてもいいよ。
 さっき理くんや他の人達に呼び出されてかなり動き回っていたし……少し休んだら? 」
 和輝の気遣いと優しい言い方に白は嬉しく思う。
「平気です! すいません。少し、頭が痛くて。」
「頭痛? 痛み止めとか飲んだ? 」
「飲んだんですけど、中々効かなくて。」
「もしかして片頭痛? 」
「は、はい。」
「気温や湿度、天気とか気候変動が激しいもんねえ。それに最近はマスク頭痛とかもあるし。」
「そうみたいですね。私はマスク頭痛はないんですけど。」
 和輝は、席を立って近くの自販機に行って飲み物を買いに行こうとする。
「僕が何か飲み物を買って来てあげるよ。少し飲めば気分良くなるかもしれないしね。
 清水さんは、座ってて。辛かったらテーブルに伏せっても良いから。」
「はい。」
 白は和輝に言われた通り、彼が席を外すと顔をテーブルに伏せる。腕も両方伸ばす形だ。
( 浅倉さん、めっちゃくちゃ気を使ってくれてるー! 良い人だー! )
 白は、へにゃへにゃのお疲れモードだった。
 本来なら、すぐにカミングアウトするつもりだった。
 自分が本当は地毛金髪で、ハーフ。それなのに焦げ茶髪で日本人とオーディション履歴書に一部の嘘を記入し、写真まで焦げ茶髪姿の写真を貼って合格してしまったのがそもそも誤解の始まり。
 白が地毛金髪で焦げ茶髪はカツラだという真実を最初に気付かれたのは流斗で口止めとはいえカミングアウト出来たのだから、何処かで必ず事務所側に言えたはずだ。しかし、だんだんと言う暇がないくらい仕事が多くなり言えなくなってしまった。ダラダラ長々と八年ぐらいの月日。
 だが、今回の新作映画ではそうはいかない。
 和輝が居るからだ。
 本当はカミングアウトしたところでバッシングなんて屁の河童だ。
 ただ。
 カミングアウトしたらしたで一番迷惑が掛かるのは和輝だ。
 今現在、彼は十七年前より更に磨きが掛かりプロ、いやベテラン俳優でイケメン人気絶頂で活躍している。
 過激ファンなら十七年前の過去をほじくり返し、再びSNSで炎上書き込みするに違いない。
 何より和輝に、学生時代にグレて自分はヤンキーやって荒れていた黒歴史を知られたくない。
 現在、元ヤンは脱却卒業していても仕事オフで金髪姿で平然と別人のように大立ち回りしている。
 言葉遣いも汚い。
「私」ではなく「オレ」と口走っている時もある。
( 暇さえあればまだヤンキー魂抜け切ってなく、女性らしく振る舞ってないなんて言えない! )
 焦げ茶髪姿の天真爛漫で素朴な白と金髪姿では元ヤンで女性らしくない男まさりで活発系だ。
 別に和輝に好かれようとは思ってはいない。が、嫌われて白い目で見られるのは嫌だった。
 頭痛に苦しみ頭を押さえながら、どう伝えようかと必死に考える。
 因みに。
 和輝は送迎の中で焦げ茶髪姿の白が寝ている時にSNSの金髪姿の彼女の誹謗中傷コメントを見ていた。
 金髪姿の白が元ヤンであることには別に何にも驚いてはいなかった。
 ただ姿を変えて自分には何も言わず、芸能界の世界に再び足を踏み入れて芸能人、女優や歌手になり、共演話が出て対面するまで気付かなかった。
 彼は何も言わないけれど、今、目の前に居る焦げ茶髪姿の白と十七年前の金髪姿の白が同一人物だと薄々ではあるが和輝は気付き始めていた。
  
                  ◆

 送迎で祈願をしに神社へ向かう更に数時間前の午前八時半過ぎ。
 台本の読み合わせを終え、休憩時間十五分の合間の出来事である。
「スゴイ! 白ちゃん、迫真の演技だよ! めっちゃくちゃ鳥肌が立つくらいビビッたわー! 」
 八乙女が白に近付いて興奮して白を褒める。
「おほほほ。こ、これくらい大したことないよ。」
 白は八乙女から褒められても嬉しくない様子で目線を反らす。
 立川も白の隣の席で笑いながら話す。
「俺もビックリしたー。何かヤンキー・・・・か不良で男っぽくて、はっきり主張する女子みたいな話し方だった。昔のさあ、スケバンとか何か格闘技漫画の強気な主人公ヒロインみたい。」
 白は台詞の読み合わせだというのに思わず演技ではなく素の自分。
 ヤンキー魂の血が沸き上がってしまい口調が乱暴になり、向かい合う形で一緒に台詞の練習をしていた和輝の胸倉を強く掴み、顔を至近距離まで近付いて、怖い顔で睨み付ける展開になってしまった。
「はい、ストップ。」
 監督に言われ、我に返ると周りにいた役者も他の脚本家らも含め、沈黙と痛い視線に身震いして白は脅え青白い顔になる。
「す、すみません! 」
 白は、和輝の掴んだ胸倉からすぐに手を離し、距離も取り、席を立ち皆に何度も頭を下げて申し訳なさそうに謝る。
 彼女に胸倉を強く掴まれ、身体の上半身が椅子から離れるくらいテーブルに近付き白は、その上に片足を乗せて、恨みでもあるのかと思うくらい睨みの圧が怖かった。
「浅倉さんもすみません! い、痛かったですよね? 急に胸倉を掴んだりして。」
「大丈夫だよ。気にしないで。演技でしょ? 」
「は、はい……。」
 白は、優しく冷静に接してくれる和輝の言葉に心の中で、この人は菩薩かと思う反面、申し訳ないという気持ちはいっぱいになり、頭で何度も頷いて謝る。
「中々良いんじゃない? 」
 監督や俳優や女優の役者らは「スゴイ!  」だ「ヒロインになりきっている。」や「白ちゃんじゃないみたい。別人。」やら、お褒めの言葉をもらう形となった。
 それを思い出すように隣で話す立川の様子を窺う白。
「新作映画の参考に色々映像観たりして勉強してるんだねぇ。白ちゃん。」
 立川は感心するように白に伝える。
「そ、そんなことないよ。」
 目を泳がせ台本で顔を隠す。声は低めだ。
( あれ? バレてない? )
 冷や汗が流れるくらい不安だった白は、台本の台詞に目を通す。
 羽奈は和輝に白の迫真の演技をどう思ったか尋ねる。
「映画のヒロインのイメージ通りで良かったと思うよ。ちょっと怖かったけど。」
 白は和輝の表情を窺うが、マスクで分からない。
 話し方も落ち着いている感じで、いつも通り、あんまり変わらない。
「……。」
 白は和輝の顔を見ながら、あの頃の自分が十二歳の時に出逢った表情豊かに喜怒哀楽があった彼の面影は一体何処へ行ってしまったのか。別人みたいだ。
( 私が出逢った若い頃の浅倉さんと比べたら随分年月経っているし、変わるのは当たり前だよね。 )
 そんなことを思っていると監督が収録当日、金髪に染めるかカツラを被って撮影するかどうするかの相談を持ち掛けてくる。
「き、金髪に染めるかカツラ……ですか。」
「ヒロイン金髪設定だったの……もしかして忘れてた? 清水さん。」
「すみません。」
 白は、流石にカツラの上にカツラを被る。という選択肢は痛かった。
 今の焦げ茶髪はカツラであり、その下は地毛金髪。
 カミングアウトしようと思えば今が絶好の機会。なのだが、和輝の視線が痛い。
 白は監督らに金髪に染めて来ると嘘を付いた。
 しかし金髪にも色が明るめ、暗めがある。どっちが新作映画のイメージに合うか相談する。
 するとデザインを担当するさスタッフに和輝が呼び出され、彼からの意見が出された。
 和輝は、白に「マスクで表情が見えないからマスク取ってもらえるかな。」と提案した。
 白はビクッと肩を揺らしながら脅える。
 が、自分は雑誌や写真集やテレビにCDと様々に発売している。
 似ている顔の人なんて三人に一人は居る。
 大丈夫。と思い、白はマスクを取り素顔を見せる。
 半分、もう、どうにでもなれー! と心の中で叫んだ。
「あの、ヒロインのイメージつきました? 」
 白は謙虚に和輝へ尋ねる。
 彼女の素顔を見てしばらく釘付けになる。
 本当は数秒ぐらいかもしれないが二人にとっては一分ぐらい長く感じた。
 白は、これカツラ被っているとはいえどバカ丸出しなのではないか。と顔が一気に真っ青になる。
 だが、和輝の様子は普通に見えた。
 というか無表情だ。
 何かしらの反応してくれないと困るし気まずい。
 彼はこんな人だったけ?
 気づいてないのかそうじゃないのかどっちなのかはっきりしてほしい。心臓が持たない。
 そう思っていると和輝は、顎に手を添えてやっと意見を発した。
「そうですねぇ。僕は……清水さんが金髪に染めるんでしたらプラチナブロンドが似合うと思いますけど。」
 しかし、和輝は口に出して話してはいるが脳裏では全く違うことを考えていて混乱していた。
( ちょっ、ちょっと待って? 一旦、落ち着こう。清水さんの素顔を見たら何故か僕が二十歳の時に出逢った十二歳の頃の金髪の白ちゃんとデジャヴったよ? )
 これまで普通に和輝も白の雑誌やCM、ドラマ、歌番組等を数々観ていた。
 今までは深く考えずに似ている人、他人と思っていた。
 だが、こう改めて彼女を見ると、やっぱり顔の面影が似すぎている。
( え? やっぱり焦げ茶髪の清水さんと金髪の白ちゃんは同一人物なの? )
 和輝は頭をバリバリと片方の手で掻きながら戸惑う。表情は表には出さないが。
 その一方、サラッと答えた和輝の言葉に白は何も大きな反応はしなかったが、やはり確実に気付いていると察する。
( 浅倉さん、絶対気付いてる! 私が、あの時の清水白だって! 本当は焦げ茶髪なんかじゃない地毛金髪だって確信している! )
 あくまで和輝は映画の内容と白に似合うイメージで答えただけである。
 けれど彼女の言う通り彼も薄々、過去に出逢った金髪の頃の姿も今の焦げ茶髪の姿も同一人物なのではないかと疑っているのもまた事実。
 白は、打ち明けたらその分、信用と信頼ダメージが大きくなるのではないか不安がいっぱいだがやむ負えまい。
( ああ。浅倉さんに言ってしまえば後は楽になれる。 )
 来月の撮影に支障が出る前に彼に打ち明けよう。
 魂が出そうなくらい気が重く深い溜め息を付いた。
 すると、脚本家の人が監督に白の黒歴史事件を話題にしていた。
「そう言えば監督。何年か前にテレビやらで話題になってましたよね?
 不登校のヤンキーの女子高生が色々な犯罪を未然に防いで、警察送りにしたとか。」
 無論、その女子高生が白と知らない上で話している。が、近くに居る彼女からすれば頭が痛い話だ。
「あったねー。当時、しばらくずっと話題持ちきりだった記憶あるよ。」
「学生の名前とか、何処の学校だとか分かりませんけど、金髪の子だとか。」
 白は、映画の原作本を読むフリをして聞き耳を立てる。
「でも急に途絶えたんだよねぇ。その話題も。」
 脚本家の人は、まだしつこく話題を続ける。
「何かあったんですかねぇ。」
「んまあ。金髪ヤンキーだからね。世間的に良くないイメージだもん。日本あるある偏見社会だからなあ。理不尽な話だよ。」
 監督はタブレットで何か操作しながら呟く。
「その子、その後どうなったんでしょうねー。この映画のヒロインが金髪の女子高生って設定を見て思い出しましたよ。」
 脚本家の人は監督と交互に話しながら腕組みをする。
「黒髪に染め直して、立派な社会人として職に就いているか、あるいは田舎に引っ越したか、二ート、引きこもり……そういう感じじゃない? 」
「でも大立ち回りしていたぐらいですよ? 不良男子と喧嘩してボッコボコにしたとか噂がありますし。」
「漫画やドラマみたいだけど、面白い子だよねー。もしかしたら、髪染めてかカツラでも被って姿変えて芸能人になってたりしてなあ。」
 監督がさりげなくそう言うと脚本家の人は、お腹を抱えて笑う。
「まさかー! あはは! んなベタな。ウケますねー! 監督! でも本当に居たら居たで、見てみたいですよねー。その子。美人ですかね? それとも可愛い子かな? 」
 監督も釣られて大笑いだ。
 すると八乙女もその話題に食いついた。
「監督さんらの話、俺も覚えありますよ。一部の男子や女子が怖がってましたけど、中にはその女子高生がカッコイイとか美人って話題になってましたもん。」
 そう彼が呟くと高丘も食いついた。
「美人!? 見てみたいな。」
 両手を握りながら顎に手を乗せて高丘は興味津々だ。
 白は引きつる表情で思う。
( 話盛り過ぎてない? )
 立川はボソッと独り言のようにツッコんだ。
「高丘さん、奥さん居るのに美人って言葉に食いついたよ。」
 吉野も話の波に乗ってきた?
「マジでか? 美人? そのヤンキー女子、美人なのか? 巨乳か? ボンキュンボン?  」
 立川は流石に彼にツッコミを入れる。
「何で美人なら巨乳発想に繋がるんですか? 」
 和輝は白を見ながら考える。
( 美人? かな? 彼女どちらかと言えば可愛い方じゃ……。)
 そう思いつつも目線は自分のスマホへと戻す。
 すると高丘が彼に絡む。
「浅倉、お前さっきから何だよ。その無反応。美人好きだろ? 今まで付き合って来た女、ほとんど美人ばっかりだっただろ。」
 彼の言葉に和輝は不機嫌で低い声を出して呟く。
「僕の過ぎた過去の恋愛話をほじくり返して話題出すの止めてもらって良いですか? 」
 高丘に視線を向けながら話す和輝。
「確かに美人は好きですけど。僕の付き合って来た元カノ達は、どちらかと言えば可愛い系ですから。」
 すると深澤が和輝をいじり出した。
「浅倉くんの元カノ皆、メンヘラや匂わせのヤバイ女子達だったよねー。」
 伊野は、からかいながら笑う。
「恋愛運てか女運悪いんじゃない? 」
 水牧は面白がりながら和輝にある提案をする。
「バラエティー番組の占いに出て占い師に占ってもらえば!? 白ちゃんと出てさあ。」
 和輝は彼女の提案をすぐに却下する。
「僕、占いなんかで自分の人生振り回されたくないんで。」
 白は、そんな深澤達の会話も聞いていた。
( バラエティー番組枠で浅倉さんの占いするところ見たいけど、私も占いは……。 )
 あの番組に出る占い師は大半占った人の未来だけ性格等も当てるらしい。
 しかし、白の話題はまだしつこく続いていた。
「ブスやぽっちゃりデブではなさそうだな。」
 吉野は高丘と同じで興味津々だ。
「ストイックそー。」
 八乙女は、どんな子かと想像する。
「この話題まだ続くんですか? 」
 立川は心底どうでも良さそうに溜め息を付く。
「理は知ってた?」
 八乙女に尋ねられ立川は苦笑いする。
「俺、空手とかスポーツに熱中してたので知らないスね。すみません。」
 八乙女は今度は羽奈に振る。
 羽奈は明るく笑いながら答える。
「私、学校と芸能生活に必死だったから、分からないです。そんな話題があったんですねー。」
 瑠華にも八乙女は尋ねた。
「私、テレビは観ない派なんで。」
 瑠華はキラキラと爽やかに即答で答えた。
 高丘はツッコんだ。
「まあ、世代が違うからな。」
 八乙女は白にも聞いてきた。
「私、学校行事や生徒会に力を入れたり、勉強に力を入れていたのでー! 」
 白は、やけに明るく答えた。
「皆、真面目ー! 」
 なんとか答えたが白は心が痛い。
( 「それ私です。」だなんて口が裂けても言えない! )
 陽太に再会してなかったら、近所の人らに「あそこの家のお孫さんは未だに不真面目で不良娘。」とか言われ続けていただろう。
 八乙女は「ちぇっ。つまんなー。」と呟き話題はお開きになろうとしていたが、水牧が立ち上がってテーブルを手で思いっきり強く叩いた。
「ちょっと、ちょっとー! 何で私達には聞かないんですかー!? 
 あんたら、何勝手に話題お開きにしようとしてんのよ! ふざけんな! 」
 水牧の口調に今まで黙秘していた渡瀬がツッコむ。
「口が悪いよ。君。」
 感情的になり男性陣に怒り出す水牧に続いて伊野も興奮して言う。
「そうよ! 酷くない!? 」
 吉野は、鼻をフンとし、嘲笑う。
「お前らババアと話しても楽しくもなんともねーんだよ。」
 八乙女は、そういうつもりではなかったと謝る。気が利かなかっただけだった。
 しかし、彼に対してではなく吉野の失礼な発言に伊野がぶちギレた。
「はあ!? 聞き捨てならないわね。誰がババアですってー!? ならあんたらはジジイでしょ!? 」
 水牧もショックを受け吉野と口喧嘩をする。
「酷い! 私まだ三十だっつーの! こんの~! 女の敵! 」
 和輝は、目を細めながら別の意味で騒がしい雰囲気に不安になった。
 そんな中、深澤が和輝に声を掛けてきた。
「そう言えば私、思い出したんだけど。
 浅倉くんが二十歳の時、金髪の小学生の女の子を助けた事件あったの覚えてる?
 その助けた子と金髪の女子高生……もしかして同一人物じゃない? 」
 すると、そんな深澤の会話を聞き取り高丘が尋ねる。
「何だ? その話、初耳だぞ。」
 深澤は口元に指を当てて思い出す。
「確かその子は当時、浅倉くんの付き人を三ヶ月くらいしてて。名前は……んと~。」
 しかし思い出せない。深澤は前髪を掻きながら悔しげに呟く。
「だ、ダメだわ。名前も顔も思い出せない。十七年も前だし、芸能界に出入りする関係者達が多すぎて。金髪の子だったのは確かなんだけど。」
 渡瀬は和輝に話し掛ける。
「ほーお。独身童貞の浅倉さん、小学生の子を付き人にしていた時期があったんですか。もしもしてロリコン? 」
 羽奈が渡瀬の呟きが上手く聞き取れず、天然発言をしてきた。
「え? 何? ポリゴン? 」
「いや、それ面白くないから。」
 渡瀬は真面目にツッコミを入れる。
 高丘達を無視して和輝は深澤と話す。
「確かに付き人していた時期ありましたよ。けど、たぶんユリさん、勘違いしてると思います。金髪の小学生じゃなくて、僕の義妹のあきらだったと思います。」
 彬は和輝の義理の妹だ。母親が違い父親と再婚し、その義母との間に生まれた娘だ。
 因みに和輝の母親は彼が十歳の時に交通事故に合い亡くなった。父親が和輝のことを思い転々と再婚繰り返していた。しかし、彼からすれば嬉しくもなかった。亡くなった母親の両親、祖父母に引き取られ育てられた。そして十四歳の時に、彼らからお芝居、劇団へ連れて行かれ観て感動し、劇団を目指す為にオーディションを受け合格した。
 二、三年後に他の事務所からスカウトされ、モデルや俳優の世界に入った。
 祖父母の元を離れ、十八歳で一人暮らしを初め、更に時は流れ二十歳、白と別れ帰宅した夜、義母が四歳の娘を和輝の元に連れて来、彼に押し付けるように育てるように言われ、芸能の仕事をこなしながら義妹の彬を育てた。
 今では彼女は二十歳で和輝と暮らしてはいない。
「ああ。浅倉さんの妹の彬ちゃんか。なーんだ。つまんねー。」
 高丘はアクビしながらつまんなさそうな表情をする。
 和輝の義妹の彬は、プロのヘアメイクになる為に専門学校に通い、良い仕事仲間と出逢い勉強しながら海外を飛び回っていた。
 芸能界には彬の名は知れ渡っていた。和輝の義妹の存在は白と同じように彼の付き人となった時期もあり彼女より彬の方が芸能界の出入りが多くの有名人に認識されていた。
 深澤も知る一人だが、強く違うと否定した。
「違いますって! 彬ちゃんじゃなくてー! 」
 和輝を見ながら深澤は彼に悔しがり怒る。
「ちょっとー! 何で誤魔化すのよ! 浅倉くん! 本当は覚えてるクセに。プンプン! 」
 和輝は彼女に気付かれないように、目の前に居る白を一瞬だけチラッと見、深澤にどう答えるべきか考える。
 当時の十七年前ことを再び思い返す。

                  ◆

 十二歳の地毛金髪姿の白から和輝は確かに名前を聞いていた。
 あの自分が付き合っていた一番最初のカノジョ、梓と話し合っていた時、迷子になって会場内うろうろしているところを鉢合わせたのが出逢いだ。
「清水白です。」
 白は脅えながらも、そうはっきり聞いた。
 考えている内に、他にも白との僅かに関わった記憶が思い起こされる。
 和輝が入院している病院に白が、こっそり同い年の男子と二人でお見舞いに来てくれてた時。
「浅倉さんと出逢えて、こんな近くで話せるなんて奇跡です。」
 そう伝え太陽のように微笑む表情や、付き人として白と過ごした数々の日々が思い出された。
 あの日、白と最後に別れた日。
 西暦二〇〇五年( 平成十七年 )十二月。午後十四時過ぎ。
 和輝の行き付けの素朴で庶民的なファミレスで彼女と待ち合わせをしていた。
 窓際の席に座り、白が外から来ても店内ですぐに自分の姿が見える場所に居た。
 しかし約束していた時間は過ぎ、1時間ぐらい経過していた。
 何も注文せずに水ばかり暇さえあれば飲んでいた。
 店員らは注文せずにずっと約束している相手をイライラせずに待っている忠犬ハチ公の姿の和輝に大人だ。と感心していた。
 和輝は、店内の壁に立て掛けてある時計を見る。
「バカだよな。来るわけないのに。」
 外の通りも見るが白が立ち寄る姿はない。
 まさか何処かで事故や誰かに誘拐されたか、もしくは迷子にでもなっているのではないかと心配になった。
 和輝は、携帯を取り出し白に電話を掛ける。
 耳に携帯を当てる。
 話し中の切れる着信音でもなく繋がるプルプルという着信音が鳴り続ける。
 彼女の通話が繋がると和輝はすぐに心配する。
「もしもし!? 白ちゃん!? 今、何処!? 心配してたんだよ。近くに居るなら迎えに行くから! 」
 外の通りを見ながら席を立ち上がりると、白が傘をさして店の扉の前で立ち止まっていた。
 彼女は和輝の顔に目線を合わさず、俯いていた。
「っ………。」
 和輝は席を離れずガラス越しの壁に背中を付けて立ち、電話の向こうで聞こえる白の泣く声が聞こえる。
 彼女も自分の携帯に耳を当てて和輝へ言葉を告げる。
『その必要はありません。どうか、そのまま、話を聞いてください。』
 外で震える声を必死耐え、白は目から溢れる涙を流す。
「迷惑かけて、騒ぎを起こして……っ、すみませんでした……っ。」
 白は店内に入らず和輝の顔も見ずに、歩き出し通りすぎて行く。
「私、もう……浅倉さんには、会いません。電話もメールも消します。」
 外の気温の寒さで僅かに白い息が出る。
 しかし寒いのは気温だけではなく、白の心もだった。
「今まで、ありがとうございました。あなたと過ごした時間、とても楽しかったです。」
 外では雨でも雪でもないみぞれが降っていた。
 和輝が居た店から離れ歩道をただ行く宛もなく歩いていく。
 頬に涙が流れる。唇を噛みしめて最後の言葉を電話で伝えた。
「さようなら。」
 白は、その言葉を伝えると通話を自ら断った。
 一方、和輝はすぐに追い掛けることはなく、席に一度腰掛け唇を噛みしめて苦しんでいた。
 分かっていたことじゃないか。
 遅かれ早かれ白と別れが来ることは。
 けれど、こんな結末は望んではいない。
 最後くらい、お互い笑い会ってお別れ会をしたかった。
 あの面白おかしくデタラメなゴシップ記事に対し、対処や配慮もしてくれなかった自分のプロダクション事務所の社長とマネージャーには腹が立った。
 信用や信頼もガタ落ちだ。ヤクザかと思うような脅迫や威圧な態度に苛立った。
 今居る事務所を退社して何処か違う事務所に移籍しようかとも考える。
 思い出しても吐き気がする上に胸が悪くなる。
 自分だけならまだマシだが、白は関係ないではないか。
 本当はここで踏みと止まるべきなのかもしれない。だが、せめて、白に謝らなければと思い、席を立ち急いで店内から飛び出すように駆け走る。
「……っ。」
 白が向かった方向、右側の道へ向かう。
 傘はささず必死に追い掛けたが、白の姿は何処にもなかった。
 辺りを見渡すが、大人の人達や親子、違う子供や学生が、和輝の隣をすれ違うように通りすぎて行く。
 和輝は、そんなにまだ遠くに行ってはいないはずだ。
 携帯で白の番号に電話を掛け耳に当てながら、白を探す。
「っ……。白ちゃん……っ! 」
 霙が街に降り、やがて雪に変わる中で、すれ違うように白は和輝が辿り着く前に、バス停に停車したバスに彼から逃げるように急いで乗り込んだ。そして、彼女は反対側の和輝からは見えない窓際の席に腰掛けて窓際に頭を寄り掛かり、外の景色をボーッと眺める。瞳は虚ろで、まるで空虚だ。ただ涙は流れ続けていた。
 和輝はプルプルと呼び出し音を鳴らすが出ない。
「何処に居るんだよ……っ、白ー! 」
 走り続けながら白を探す。しかし、電話は繋がらなかった。
『お掛けになった電話番号は、現在、電波の届かない場所に居るか、または電源が入っていない為、掛かりません。こちらは……。』
 和輝は、目が虚ろになった。
 足を止めて携帯から手を下ろし、しばらく呆けていた。
「白……。」
 和輝は来た道を戻り、待ち合わせしていたファミレスに戻って来た。
 置き忘れた傘だけを取りに戻って帰るという選択もあったが、和輝は店内に入り注文し、お酒を頼んだ。
 しばらく一ヶ月は仕事オフだ。
 酒をいくら飲んでも自分は酔わない。しかし、今は酔いたい気分だ。

                  ◆

「さあ、忘れました。人間の脳の記憶力は限界がありますから。必要のない記憶は、知らないうちに消去れますよ。インパクトがないと。」
 和輝は我に返ると、深澤から目を逸らして再び台本に目を向けて伝えた。
「インパクトあったわよ! 」
 深澤は頬を膨らまし反論する。
「ユリさん、その割には顔も名前も忘れてるじゃないですか。」
 和輝がそう言うと彼女は白の方を見て叫んだ。
「何か……そう。白ちゃんに雰囲気似てた! 」
 白は深澤の叫んだ声に肩が震えるくらい驚く。
「へ? 私ですか? でも当時、芸能界に出入りしたことないですけど。」
 すると、吉野が深い溜め息を付いてつまんなそうに呟いた。
「深澤、お前の勘違いだろ。金髪の女なんて珍しくもなんともねぇし。」
 深澤は、しつこく言い続ける。
「今、思い出した。その子、金髪ハーフで顔は日本人顔だったのよ! ね? 浅倉くん。」
 和輝は真顔で深澤に惚けた。
「そうでしたっけ? 」
「あんたテレビで「普段は常日頃、勉強してるくらい頭良いし記憶力もある。」って言ってたの嘘なんじゃないの!? 」
 白は深澤と和輝の会話を聞いていた。

                  ◆

 現在、休憩室で白が頭痛で伏せっている中、和輝はある自販機の前で固まっていた。
 お札や小銭を入れたりする機会ではなく、飲み物に画面をタッチし現金以外に電子マネー支払い出来る自販機だった。
 それには買う飲み物画面とは別にCM告知映像が流れている。が、買いたい飲み物を選択しタッチするとCM告知映像は途絶え、変な二択問題の文章が出た。
『一番記憶に残る大切な人はいますか? 』
 それを見た和輝は不思議に思う。
( いきなり文字が表示された! 何これ? )
 NOかYESのどちらか一つを選択に入る仕組みのようだ。
 小文字で『ただし、二択問題は一人一回まで。そして、この質問表示画面は他人には見えません。選択するかしないかは、あなたの自由です。』と表示にNOかYESの選択画面がある。しかも三十秒以内のルール。
 いわくつきか、それとも新しい試し自販機か。あるいは何かのバラエティー番組のドッキリ企画で置いてあるのか色々考える。
「変な自販機。」
 和輝は適当に二択問題のYESをタッチした。
 そして一番上の列にある飲料水分ドリンクを押す。白の分だ。あと自分の分、ホットミルク紅茶缶を押す。
 彼の手には別の自販機で買った品一缶持っている。
 選択した飲み物二つが下から出てきた。
 あの二択問題は押したら『ありがとうございました。』と表示が出てまた普通にCM告知映像が流れた。
( 何やってんだ! 俺はああああ! 何真面目に押しちゃってるの!? バカだろ! )
 和輝は今更になって押したことを後悔して顔を青ざめる。
 顔を左右に何度か振り、ただのアンケートか何かだろうと思い、出てきた飲み物二つを取って、白の元へ戻る。
「はい。清水さん。他の飲み物より気分良くなると思って、これにしたよ。」
「ありがとうございます。飲み物代……。」
 白は和輝から手渡された飲料水分ドリンクを受け取り感謝を伝える。
「必要ないよ。それより気分はどう? 少しは良くなった? 」
 和輝は椅子に腰掛けながら白を心配する。
「だいぶ良くなったと思います。」
「清水さん。来月から撮影収録日、クランクインまで日にちあるけど、無理しないように身体を休めといた方が良いと思うよ。若いから頑張らなきゃとか思って無茶しないようにね。って、言っても君は無茶しそうだけど。」
 白は和輝自身、何も言わないけれど、やはり彼は自分のことを同一人物の清水白として見て気付いているのだろう。
( 不思議だなあ。浅倉さんとは何も会話は弾まなくても、あの頃とは違うけれど、隣に居るだけほっとする。)
 飲料水分ドリンクのキャップを捻り開け、マスクを取り、水分補給をする。
「どっかの器の小さい男とは大違い。」と小声で文句を吐いた。
 頭では流斗の顔が浮かぶ。
 白が体調が悪くなっても心配などしない。
 馬鹿にしたり、怒鳴ったりする。
 それに比べて和輝は全然、タイプが違う。やはり彼は大人。
 頭痛の痛みは先程よりマシになってきたけれど、額を押さえながら白は目を細めて思う。
( でも、それだけ浅倉さんは、いつか私が本当のことを伝えてくれるのを待ってくれてるし、信じてくれているのかもしれない。)
 休憩所の周りには今、和輝と自分だけだ。
 言うなら今がチャンスだ。
「浅倉さん! あの、大切な話があるって私、先程LIMEで伝えていたと思います。」
 白は勇気を振り絞り、和輝の顔を見て伝えようとする。
「うん。」
「私、実は……昔っ。」
 その言葉の先を繋げようとした。しかし。
 和輝の手の中にある品に目線がいく。
「か、缶ケーキー! 」
「ああ、そこの自販機で売っていたよ。だけど、僕が買ったら売り切れたみたい。」
「そ、そうですか……残念ですうう。」
 白は落ち込み、再び元気を失くす。
 それでも和輝が缶を開ける瞬間を食い入るように見ている。
 怖いくらい缶ケーキをガン見する白に、和輝は手が止まる。
「清水さん、もしかしてスイーツ好きなの? 」
 白は何も言わないが缶ケーキを見つめながら頭だけで何度も頷く。
「じゃあ、僕の分を少し分けてあげるよ。食欲があるなら良い方だね。それにまだ手に付けてないし。」
「そんな! 悪いです。 人様の食べ物をもらうなんて。い、良いんですか!? 」
 白は言っていることが途中から無茶苦茶だ。
 けれど和輝は不愉快には思わずに話す。
「さっきお菓子くれたお礼にあげる。」
「ありがとうございます! 」
 白は、楽屋から持って来たキャリーバッグから、プラスチックの小さなマグカップを準備し、彼に手渡しながらキラキラと物欲しそうな目で缶ケーキを見続ける。
 和輝はスプーンで白のマグカップに缶ケーキを分けて彼女に手渡した。
 白は、プラスチックの小さなフォークでおいしそうにケーキを頬張る。
( 何か清水さん、人懐っこい子犬みたいだなあ。)
 和輝もマスクを外し缶ケーキを食べながら、嬉しそうに食べる白を見つめる。
( ちょっと可愛い……かも。あざとい。)
 和輝は、なるほど。流石、数々の男子や女子にも人気女優。と思いながら白の顔色を窺う。
 先程より顔色が良い。食欲もある。とりあえず大丈夫で良かったと安堵する。
「浅倉さん。映画撮影、お互い頑張りましょうね。」
 白は素直に、天使の微笑みで彼に伝えた。
 すると、和輝は彼女の表情を見た瞬間、食べていたケーキが喉に詰まって蒸せ咳き込んだ。
「大丈夫ですか? 浅倉さん! 」
 白は驚き心配しながら立ち上がる。
「へ、平気だよ。」
 和輝はハンカチを取り出し口を押さえ、咳きが落ち着くと持っていた水を飲む。
 そして缶ケーキを掴んで白に食べる姿を見せないように後ろを向いて掻き込むように全て完食する。
 彼は更に手の平サイズの折り畳み式の手鏡を取り出し、表情はいつもの真顔に戻っていることを確認する。
 良し。と思い席を立ち上がる。
「僕、ちょっとあそこの喫煙所で一服して来る。終わったらすぐに戻って来るから。」
 白に伝えて、和輝は彼女の後ろにある喫煙ルームボックスを指を指してそこに向かって歩いて行った。
「はい。分かりました。」
 白は喫煙ルームボックスに入って行く和輝を見送り、またケーキを頬張る。彼女は暢気においしそうに食べ小さな幸せを感じていた。

                  ◆

 和輝は喫煙ルームボックスに入ると、ドアを閉めて壁に頭を何度か軽く打ち付ける。
 壁に手を置いて頭からは血は流れてないが鼻から鼻血が垂れる。
 鼻を指で押さえ顔を下へ向く。
 ポケットティッシュを所持していた和輝は何枚か取って鼻血が出た方の鼻穴に丸めたティッシュを詰めり。
 和輝は、深い溜め息を吐き電子タバコを取り出す。
 気持ちを落ち着かせようと、電子タバコをくわえる。
 紙式タバコと違い電子タバコからは煙は出ないが赤いランプが付く。
 くわえていた電子タバコから口を離すと僅かに煙りっぽいのが舞う。
「ゲホッ! 本当はタバコ嫌いだし、演技以外は吸わないんだけど。」
 止めた。換気しよう。と和輝は換気電源を入れ回す。
 彼は喫煙所になんかに入るつもりは毛頭なかった。
 幸いここは個室で狭く誰もいない。独り言を呟いても安心だ。
「疲れてるのかな? 俺……。
 さっき、清水さんの微笑む表情が、あの頃の金髪姿の白ちゃんに見えたなんて。
 妄想って怖っ。そんなベタ展開あるわけないし。あり得ない。うん。気のせい。ない、ない、ない。あははは。」
 それでも、もし本当に焦げ茶髪姿の白が、十七年前に出逢った地毛金髪姿の白、同一人物ならどんなに良いかと思う。
 あれから、すぐではなかったけれど十年後ぐらいしてから、自分の所属事務所の方針は少しずつ変わった。
 前の社長も解任され、長く活躍した俳優が引退退社し、違う事務所に移籍し、代わり社長に就任にした。
 和輝のマネージャーも変わり、違う新しいマネージャーになって不安はあったが、何もかも上手くスムーズにいっていた。
 自分が白を付き人にした件は当時、批判がかなり多発していたが、今は減少し、毎回新しい話題に飛び付き、面白がったり、賛否両論や叩いたり、違う話題にいたちごっこが続いていた。
 事務所内だけでなく芸能界も変わっていく中、和輝は仕事の向かう合間や仕事オフの時に金髪の白の行方を探していた。
 ニュースや風の噂ではヤンキーして荒れていたことを知る。
 しかし、だんだんと噂は途絶え、数年後入れ替わるように焦げ茶髪姿の白が女優として活躍する姿を、自分の自宅で朝、彬に朝食と弁当を作りながらテレビを通して観た。
 同姓同名。顔も似ているだけの別の人だ。
 間近で本人に会い会話して確かめるまでは、信じない。
 ただ本当に白が同一人物なら、あの時のことを謝らなければ。
 そして、彼女の心や笑顔を失くし暗く傷付けた分、いっぱい笑って幸せにしたい。心の底から思った。そうなればいつかは、きっと良い思い出になる。
 もしまた白が違う形で批判され叩かれて騒がれても、今度は離れたりも逃げたり背けたりもせず味方になるし、守ってみせる。
 和輝は固く決意する。
 でも白は、太陽のように笑ってそんなことは気にしないって、表情をしてくれる……そんな気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...