不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話

過去と今(3)

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           3

 陽太と別れた後、白は廊下を歩きながら呆けた顔で考えていた。
( 今さっきのは……ナンパ? それとも遊び? からかわれただけだよね? 堤さんが本気で私を好きで付き合ってほしい。なんて、あるわけないし。あはは……相変わらず彼らしいというか。  )
 白は、陽太の告白は断り別れたが……口元が緩む。
 数分前にエレベーターの中で陽太がマスクを取り、素顔を見せてくれた姿にはドキッとしたし、自分の耳元で甘く囁いた彼の声を思い出すと嬉しくなり思わずニヤけてしまう。
 今、自分の頬はきっと赤いに違いない。
「はにゃにゃん。あの堤さんが……私にっ! 告白してきたー! 嘘でも嬉しいー! それに、やっぱりカッコイイー! 」
 途中から歩きがスキップしてしまう白。
( 世の中の女性何割かは、チャラいとか女ったらしだと分かっていても、好きになる気持ち分かるかもー! )
 今はマスクを装着しているから良かった。
 口元はニヤけ口が開いていた。
 陽太の時は、突然の出来事に目が点になって呆けた。どういうリアクションを取れば良いのか分からなかったのだ。あの小学六年の頃みたいに。
( でも、ごめんなさい。堤さん。私は誰とも付き合うつもりはないんです! あなたがどんなに爽やか王子様でも。 )
 心の中で白は少しだけ有頂天になり朝から幸せだと感じていると。
 映画のタイトル【 ライアーハリケーン 】のキャストの方々。と部屋の隣の壁に貼紙が貼られている。
 打ち合わせ等で使う為に会議室が準備されている場所へ到着だ。
 部屋には明かりが点いている。誰か先に共演者が来ているのだろう。
 しかし白は、それよりも陽太のことを考えていた。
「それにしても。堤さん、私の顔を、あんな近い距離で見ても『しろちゃん』だって気付かないって、すごいなあ。」
 何度でも言おう。
 陽太は確かに金髪姿の白に二回会っている。
 彼女が十二歳の時と、十七歳の時だ。
 が! 陽太からは完全に忘れられていた。ファン限らず関わる人が多すぎるからである。芸能仕事活動と家庭内問題も抱えていて、白とは長く関わったわけではない。少しの約三十分から一時間時間帯だけだった。
 焦げ茶髪姿の白とはデビューして約八年。陽太とは頻繁に共演が多い為、彼にも認識されてはいるが、地毛金髪姿の『しろ』と女優の焦げ茶髪姿の白が同一人物だ。と気付くはずもない。
 よっぽど相手の記憶に残るくらい印象強い存在感だったりしないと分からないかもしれない。
 ただ白の場合は、女優という仕事上での時は、焦げ茶髪長髪ロングカツラを被っているだけなのだが。
 それは芸能界側と世間にも秘密にしている。
 秘密を知っているのは、白の家族と流斗だけだ。
「でも、やっぱりマスクなしの姿が良いなあ。表情見えるし、流斗や堤さん、数々のイケメン達の表情が見えると痺れるくらい素敵すぎるー! 」
 廊下に何人かスタッフが行ったり来たりしている中、白が黄色い声で一人で騒いでいる姿にドン引きしていた。
 白は部屋の前に来ると、ドアを手の甲で軽く三回ノックし「失礼します。」と声を掛け、中に誰か居るのを確認する。
「どうぞ。」と誰かの返事が返って来ると、白はノブに手を掛けて、ドアを開けて入った。
「失礼します。おはようございます。朝からお疲れ様です。清水白です。今日から、よろしくお願いします。」と、優雅にお辞儀し天使の微笑みで挨拶をする。
「おはようございます。お疲れ様です。浅倉和輝です。今日から、よろしくお願いします。」
 部屋の中には、白と同じくカメレオン俳優の浅倉和輝が居た。
 十七年前、白と会った時の彼は二十歳で好青年だったが、現在は三十六という三十代後半イケメンだ。
 本当に今、目の前に居るのはご本人なのか。そっくりさんか、あるいは夢? 幻なのではないのかと思い、白は「失礼しました。」と言って、そのまま廊下へ下がり、ドアを閉めた。
「あれ? 」
 和輝は白のおかしな行動に呆ける。
 廊下に居た白はドアの前で壁を背にして、両手を握りしめて、兎のように足をピョンピョンと数回飛びながら喜びを噛みしめていた。
( 和輝さん……っ、じゃなかった。浅倉さんだああああ! 本家本元! )
 思わず足踏みもしてしまう。
 白は落ち着けと自分に言い聞かせ、もう一度ドアを開けた。
「すみません。き、緊張してしまいまして。」
 流斗や陽太とはまた打って変わって、和輝に話し掛ける言葉は震えてしまう。口が上手くはっきりと回らない。ド緊張だ。
 和輝の髪型はツーブロックの黒短髪で、流斗と陽太は三十代前半の好青年だが、彼らに比べたら彼は大人だ。
「君とは初共演だよね。お互い頑張ろうね。」
 お互いマスクで顔の表情は見えないが、白と和輝が目を合わせた瞬間だった。
「ん? 」
 和輝は白の顔を、じーっと数秒見る。
( 清水白? 同姓同名……かな? テレビ以外でも、この女優さんのことは観ているし、俺との共演ではこの映画が本当に初めてなはずなんだけど。 )
 彼は彼女の顔を見ながら首をかしげる。
 何故か焦げ茶髪姿の白の顔を見ると、十七年前の同じ名前、金髪姿の清水白という少女のことが脳裏に甦る。
 そして金髪姿の白と今、目の前に居る焦げ茶髪姿の白がデジャヴのように重なって見えた。
 いやいやいや、まさか。
 同一人物なワケがない。
 顔が似ている人は、世の中に三人は入るという。
 実際、芸能界でも生き別れの兄弟、姉妹かと騒がれるくらい俳優や女優の顔比べなどで噂は絶えないくらい似ている芸能人は数々ある。闇と光の存在みたいに。
 きっと、彼女もそうに違いない。
 まったくの別人だろう。
 と、勝手に和輝は自己完結する。
 一方で白自身は彼の様子には気付かずにいた。
「はい。この映画を感動起こすような良い作品に残るように、一緒に頑張りましょう。浅倉さん。」
 と、気さくに明るく素直に返事を返した。
「あ。後で私とLIME交換とかしていただけますか? もし良かったら……携帯番号とかもお願いします。」
「ああ。良いよ。でも僕あんまりLIMEしないから。見るのは見るけど、とくに用事がない限り返事は返さないかも。」
 白ここで天使の微笑みで、とんでもないバカ正直発言をする。
「分かってまーす! 」
 和輝の脳裏には、またしても疑問が浮かぶ。
( ちょっと待って。え? これって本当に初めて清水さんからの連絡先交換頼みだよね。
 何で俺があんまりメールやLIME返信しないことを知っているの? テレビ番組や雑誌とかのコメントにも何も伝えてないはずだけど。どういうこと? )
 真顔ではあるが、和輝は白の天然行動や発言にに気になりながらも、役柄の割り振りで座る席が決まっていることを彼女に説明する。
「清水さんの席は、僕と向き合う形になるから、廊下側の方の席に座って。
 それと紹介するね。僕の隣に座っている彼女は一条瑠華さん。同じ事務所に所属している後輩なんだ。」
 瑠華は和輝に紹介されると席を立って、白のところへ歩いて来る。
「おはようございます。お疲れ様です。清水さん。私は一条瑠華いちじょうるかです。今日から、よろしくお願いします。」と言って、控えめに頭を下げて自己紹介した。
 彼女は黒髪でふわゆるパーマ・ロングだ。
「清水白です。よろしくお願いします。一条さん。」
 白のマネージャーの翠が言っていた現在人気話題沸騰の若手女優ランキングで二位の白に続き三位に並ぶ、清楚女子の瑠華に会えて感激する。同い年でありながら自分とはこうも違うのかと、驚きながらテンションが上がってしまう白だった。
( 可愛い! 瑠華ちゃん。この子とも初共演だ! 仲良くなれるかな? 浅倉さんと同じ事務所所属なんて羨ましいい! )
 白が目をキラキラさせながら瑠華を見つめているのと打って変わって、瑠華自身はというと。
( この子、何朝からニコニコヘラヘラしているの? ムカつく! 流斗様の周りをうろつく邪魔な女! 他の男にも色目使って嫌な女。いつか滅して、芸能界からも追い出してやる! )
 ニコニコとこちらも白に負けないように微笑むが、心は腹黒だった。
( 私の流斗様を弄ぶ悪い女は排除よ! 清水白! )
 瑠華は挨拶を終えると、白とは距離を取り自分の席に戻り座り直し、スマホ画面を見る。
 ホーム画面は雑誌撮影された流斗の写真画像待ち受けに設定されていた。
( 絶対、私は流斗様と一緒になるんだから! )

                 ◆

 その頃、雑誌ビル内の撮影スタジオでは。
 カッコイイブランド服に着替えた流斗がマスクを外し素顔を見せ、四十代ぐらいの男性カメラマンから撮影されていた。
 立ちポーズはもちろん、だらしなく椅子や床に座ったり、喜怒哀楽の表情、そっぽ向いたり、見上げたりなど、好きに身体を動かしていた。
 順調そうかと思いきや、カメラマンは撮影を一旦、止めてカメラ写真画像を確認し、残念そうな顔をする。
「流斗くん、何かあった? 」
「え。」
「暇さえあれば眉間に皺が寄って不機嫌な顔になったり、溜め息吐いたり、上の空になってるんだけど。」
 カメラマンが流斗に、自分の所に来るように手招きし撮ったカメラの写真画像データをPCに繋げて何枚か見せる。
「すみません。」
 流斗は、申し訳なさそうにして頭を下げ、必至にカメラマンに謝った。
 しかし彼から不信な目で見られ流斗はギクッ! と動揺する。
「まさか仕事中に私情を持ち込んだりしてないよね? 例えばプライベート的なこととか。」
 流斗は、笑いながら誤魔化した。
「んなわけないじゃないですかー。」
 カメラマンは、まだ疑っていたが、問い詰めて撮影する時間をロスさせる暇はない。
「集中してよ。」
 流斗は何度もカメラマンに頭を下げる。他のスタッフに頭を下げて謝る。
 溜め息を吐きながら、流斗は仕事に集中しようと考える。
 カメラマンには上手く誤魔化したが、実は私情を持ち込んでいた。
 白と数時間前に喧嘩した出来事を引きずっていたのだ。
( 早い方が良いよな。謝るなら俺からの方が。長引いて、白とこのまま疎遠なんてなったら……。 )
 築き上げて来た友情の八年間が崩れ、崖っぷちだ。
 仲直りする機会を早い内に作らないと、白が違う誰か、特に男性とまた仲良くなり、その人と付き合う関係になり、知らない間にスピード結婚。なんて流れにもなれば、おしまいだ。
 考えるだけでもゾッとする。
 何とか白との喧嘩したことを詫び、友情を修復しなくては。と流斗は決意する。
 因みに流斗と白は、こんな風に日常茶飯事に、くだらない喧嘩を何回何百回と繰り返している。
 流斗は撮影していた場所の位置に戻り、カメラマンから「撮影再開しまーす! 」と指示を出されると気持ちを切り替える。
「はい! お願いします! 」
 しかし、そんな矢先だ。
 流斗に突然、悪寒を感じ肩が震える。
 それは丁度、瑠華の欲望膨らむ同時時刻だった。
「さ、寒っ! な、何か一瞬だけ寒気が……。」
 流斗は、両手で両腕を擦り、自分の身体を落ち着かせる。
 カメラマンは流石に先程より不機嫌を通り越して鬼顔になる。
 一度は流斗を許したが撮影再開した瞬間、また同じように変なポーズや、ぶれている。また残念な写真画像が撮れてしまった。
「流斗くーん。いい加減にしないと、怒るよ?」
「あ、いや! これは違っ……じゃなくて、すみません! 」
 流斗は、しまった。と口を慌て塞いだ。
 カメラマンは彼の発言にジロッと見る。
「「これは違う。」って何? さっきはのあれはやっぱり私情持ち込んでたの!? 誤魔化したの!?」
「うっ! は、はい。誤魔化した。すみません。」
「集中してよ! ホント! 君さあ。遊びに来てるじゃなくて仕事しに来てるんだよ!? 芸能人であること自覚してもらわないと困るんだよ! もう一回、ぶれたところから撮り直しだから! 」
 流斗はカメラマンやスタッフにまた謝る。
 今度は本当に申し訳ない顔で反省した。
「はい! 集中します! もう一度お願いします! 」

                 ◆

 一方、白はというと。
 午前九時過ぎ。
 ドラマや映画を撮影するスタジオビルの地下一階の駐車場にある三台のうちの一台の車で十人乗れる席の一つ、運転席の後ろの窓際の席に乗り込み、腰掛けていた。
 あれから映画共演者やスタッフ全員が揃うと、監督が代表のように挨拶をし、それからは流れのように淡々と自己紹介や打ち合わせなどを行い、あっという間に二時間が過ぎる。
 それが終わると、次は共演者達と各自それぞれの送迎車に乗り、映画撮影の祈祷をする為に一時間掛けたところの有名で由緒ある神社へ向かうことになっていた。
 白は忘れずにシートベルトを閉めようとする。
 すると、和輝が彼女の隣に座ろうと一声掛けて来た。
「隣、いいかな? 」
白は和輝の方へ振り向くと、緊張した声でドキドキしながら返事を返した。
「は、はい! どうぞ。」
 白は、すぐに顔を反らし、窓際の景色を見る。
( ぬおおお! 十七年ぶりに浅倉さんと、こんな近い距離で座ることになるなんて! 何か話題を出して話さないと! )
 そうだ。和輝とまだLIME交換をしていない。今、ここでさりげなくお願いしよう。と、ズボンの手前ポケットに入ったスマホを取り出し、頑張って声を掛けようと彼の方を振り向くけれど、横顔を見るだけで顔が火照ほてる。
( ああああ! 浅倉さん、あの頃よりもよりカッコよさがパワーアップしてる! )
 白はまた窓際の方を振り向いて頬に両手を当てて幸せな溜め息を出した。
「はにゃにゃん。 」
 和輝は、突然、彼女の異様な発言にビクッと驚いて、白の方を振り向いて心配する。
「あのー……大丈夫? 清水さん。」
「へ、平気です! お気遣いなく! 」
 白は発進する車の車内窓から景色を眺めながら隣に座る和輝のことを想い馳せる。
( 浅倉さんとこうして再会するどころか、一緒にW共演なんて。夢みたい。 )
 実は白が和輝と出逢ったのは今回が初めてではない。

                 ◆

 それは白が十二歳、小学六年生の頃。
 西暦二〇〇四年( 平成十六年 )、八月下旬。
 彼女は、和輝が出演する舞台会場に母親と祖父母の四人で観に来ていた。時間帯は夜の部で午後十八時半からの最終公演だった。
 時刻は午後二十一半過ぎ。
「何処? ここ……。」
 舞台会場内のとある通路廊下を白は一人で歩いていた。
 もちろん地毛金髪姿だ。
 髪型はいつもと違い、オシャレに子供ながらではあるが、金髪の長い髪を大人っぽく三つ編みした髪をぐるぐるに巻いてピンや髪留めをしてお団子にしていた。
 服装は可愛いボレロ系だった。
 舞台やコンサートにミュージカルを観るからには多少はオシャレな服を着て行くのが一般的だ。
 普段はカジュアル限らず子供っぽい動きやすい服そうだったり男っぽい服だったりだが、たくさん集まる公共の場、例えば、結婚式や高級レストラン、パーティーなどのきちんとした格式が高い行事イベントは正装。というように服装マナーを守っていた。
「ウソー!? 完全に私、迷子じゃん! しかも会場内で! 」
 近くにある壁に手を置いて、ガッカリする。
「せっかくトイレから出られたのに! 」
 白はショルダーバッグに入れている携帯を取り出し、誰かに電話をするが『電源が入っていない為、掛かりません。』や、繋がらない。
「お母さんとお祖母ちゃんはともかく、お祖父ちゃんの薄情者! 」
 一時間前の二十時半。
 左右何十も並ぶトイレ、その一室で洋式便座に座り閉じこもる白。
 トイレットペーパーの芯に付いてる僅かな紙を取りプルプルと震わせてグシャ。っと手で握りつぶした。
 この会場に来る前、白は自宅で夕方のおやつをこれでもかと何個もバクバク食べていた。
 その中、どれかのお菓子が賞味期限が切れていた上に腐っていたのを口に入れてしまった。
 その五時間後だ。
 顔が真っ青になるくらいお腹が痛くなった。
 しかも、夜の部の前半中だった。
 何とか耐えて休憩時間が来てトイレに駆け込んだが、ずらりとどの階も人が行列に並んでいる。
 しかも女子トイレが特に。
 最大のピンチだった。
 多目的トイレか男子トイレに行くという選択もあった。
 が、そんなところに素直に足を運べるはずもない。
 だからといって大声上げてトイレを譲ってほしいという声さえも上げれないくらいお腹が痛かった。
 最後尾に並び、やっとトイレに辿り着いたが十五分後だった。
 白は洋式トイレに駆け込んだが、まさかの紙が切れていた場所に入ってしまった。
 何も知らず、そのままトイレを済ましたが、拭く紙がないではないか。
 予備のトイレットペーパー補充さえもない。
 後半は、もう公演されている。
 女子トイレと男子トイレの間、微妙な位置の廊下通路に祖父が立って待っているはずだと思い、誰も居なくなった女子トイレから大きな声で祖父の名前を何度も叫ぶが、全く反応がない。
 祖父は舞台を観に来ていたが、前半の公演中に居眠りをし、おまけにイビキの音があまりにも五月蝿うるさく、客にも演技している役者さんらにも迷惑がかかった為に強制退場をさせられてしまった。
 三十分間の休憩の時には確かにまだ会場内に居た。
 母親と祖母はトイレから出て来ない白が心配で公演するギリギリ五分前に駆け付けて来た。
 祖父が近くに居るから、母親と祖母には後半の公演を観て来て良いと、トイレの中から伝えた。
 だから母親と祖母は後半の公演を観ているはずだ。
 祖父は、おそらく孫の白の為に便秘薬を買って来る。と言って会場内を抜け出しバスかタクシーを捕まえて行き、途中までは彼女への薬は買ったが、パチンコ店に目がくらみ、パチンコスロットでもしているに違いない。彼はパチンコするのが大好きなのだ。
 意外にも白の予想は当たっていた。
 ただ彼女の薬ではなく煙草を買い、吸いながらパチンコ店へ真っ先に行き閉じこもり、スロットをしていた。
 孫娘をほっぱらかして気まぐれに自分勝手なおひとり様行動を取っていた。
 白は座ったまま溜め息を吐いた。
「何が「可愛い孫娘。」よ! 」
 すると女子トイレに泣いて入って来る女性と、その人を慰める二人女性が駆け付けて来る。
 トイレから出られるチャンスだ。
 しかし、何やら深刻な話で中々声を掛けづらい。
 女子トイレに来た三人の女性達は、白より年上の高校生で観客のようだ。
 話の内容によると白が好きな俳優、和輝のファンで楽屋に向かい、ファンレター渡しや、応援の言葉など伝えに来ていたが、彼が付き合っているカノジョが舞台公演を観に来ていて、楽屋まで足を運んでいるらしい。
 その彼女が酷いことに、和輝がファンの為に色紙にサインしたの彼がいないのを見計らい、三人の手から取り上げゴミ箱に捨てたらしい。
 彼に渡したはずのファンレターも取り、ファンの目の前で破いたりもされたと言う。
「浅倉さん、女性を見る目ないよ。絶対に騙されてるよ。」
「まあまあ。浅倉さんだってその内、気付くって。ファン思いだもん。そりゃあ、普通はファンでも楽屋から追い返すけどさあ。」
 泣く女子を慰めながら二人で交互に話す。
「全くさあ。本当にカノジョなら彼氏に迷惑掛けないのが普通でしょ。芸能人と付き合っている匂わせ女とか嫌がらせとか嘘を付く人じゃなく、上手く付き合って彼氏を支える芸能人や一般女性スゴいわ。そっちの方が尊敬する。」
「その人と付き合って結婚する流れなら許すけど。あのカノジョさんはダメダメ。」
 泣いてる女子は洗面所で顔を洗いながらも涙はどんどん流れる。止まらない様子だ。そんな彼女にポジティブな言葉を掛ける二人。
「きっと浅倉さん、舞台が終わった後でカノジョさんを叱ってくれるって。」
 何故か慰めていた二人の内の一人が他のトイレからトイレットペーパー一ロールごと持って来きて、泣いてる女子に渡す。
「これで拭きなよ。」
「ティッシュかハンカチでしょ。そこは。」
 笑う三人に声にトイレットペーパーが近くにあると思い、白はトイレの中から声を出した。
「あのー……。」
 何処かのトイレから白の声が聞こえると三人の内の女子が驚き怖がる。
「誰!? トイレの花子さん!? 」
 白は左右の内、右側三番目のトイレに入っていた。
「トイレの花子? 何ですか? それ。」
 因みに白はアメリカ育ちな故に、日本の幽霊や妖怪、おばけ等などの存在は知らない。
 まだ彼女は日本に来て一年しか経っていないが、そんな噂は通う学校では聞いたことがなかった。
 それどころの話ではないくらい、白はクラスの生徒らと喧嘩などをして対立、孤立していたが為に友達を作るのも、違う生徒と仲良くなるのも相当苦労して、今は何人も友達が居て、クラスともまあまあ以前より睨み合う雰囲気はなくなり、良くなっている。
「トイレの花子さんは確かに三番目のトイレだけど小学校の女子トイレだけだよ。」
 もう一人の一緒に慰めていた女子が呟く。
「清水白です。トイレットペーパー、どっか別のトイレにありませんか? 一ロールください。出るに出られないんです。落ち込んでるとこ申し訳ないんですけど。」
 トイレットペーパーロール持っていた女子が白が居るトイレの外側の上から渡した。
「ありがとうございます! 」
 彼女はトイレットペーパーを受け取り、お礼と女子高生、三人の話を盗み聞きしてしまい申し訳ないと謝った。
 女子高生らは、気にすることなく白に「トイレから出られて良かったね。」と呟いた。
 しかし、後半の公演はかなり進んでしまっていた。
 三人の内、一人が「どうする? 」と呟き出した。
「後半の公演……観れそう? 」
 泣いていた女子は涙は止まっていた、公演は途中ではあるが公演会場観客席ホールには戻ることも出来る。慰めていた二人の内、違う一人がその人に尋ねる。
「無理。」
 泣いていた女子は、鼻が赤く目元も赤く腫れている。泣いていたが落ち着いて、もう涙は止まっていたが舞台を見たら違う意味でまた泣き出すかもしれない。
「帰ろうか。私も、気分じゃないし。」
「そうだね。浅倉さんや出演者さんらには悪いけど。」
 そう言って三人は女子トイレを出て行く。
 白は洗面所で手を洗いながら、彼女らにお別れを言う。
 すると、三人の内の一人が白に振り向いて助言、忠告をした。
「あなたも浅倉さんに会いに楽屋に行くつもりなら止めた方がいいわよ。」
 白はその彼女達とは別れ、しばらくしてトイレを出た。
 が!
 それから午後二十一半過ぎ。
 白は何故か会場ホールには戻れず、会場内の何処かで迷子になっていたわけである。
 しかも何階に居るのかも分からないでいた。
 行くとこ行くとこ人はいない。
 鍵が掛かっている部屋や、薄暗く変な衣装があったり、誰にも気付かれることなく、裏舞台の天井に出たりの一点張りだ。
 やっとまともな何処かの面白みもない人気のない通路廊下に出た。
 この会場内に電話を掛けたいが、電話番号が分からなかった。
 やはり人を探しながら最初に辿り着いた一階のロビー受け付けに向かうしかない。
 しかし、可哀想で気の毒な話だ。
 あの三人の女子高生は帰ってしまった。
 文句や不満、愚痴をこぼすのは少し分かる。心が痛む。
 でも何より白が心痛く感じたのは、何も知らず和輝の心を踏みにじっているカノジョに腹が立った。
 彼の知らない所でファンに嫌がらせをして、公演中で観に来ている客を帰らせる彼女が許せない。陰湿なやり方だ。
 かと言って、自分がそれをどうこうする理由も権利もないわけだが。
「芸能人って大変だなあ。私、あの子達みたいに泣いたり怒ったり黄色い声上げる程、俳優好きかっていったら……ちょっと違うし。」
 そんなことを思っていると。
 壁角に設置してあるスピーカーから観客の拍手や黄色い声や「ブラボー! 」とかの声が上がる。
「げっ! 嘘おおおお!? 舞台っ、終わっちゃたの!? まずいよ! お母さん、お祖母ちゃん絶対心配するよね!? 」
 あたふたしながら、道を歩いて行くが非常口に辿り着いた。
「ははは……最悪。」
 今日は夕方からついてない。
 また違う道を途方もなく歩いていると。
「どういうつもりだよ! お前。」
 大きな声で怒鳴る一人の男性の声が聞こえてきた。
「びっ、ビックリしたー! 」
 白は彼の声に驚き、腰が抜けて身体が床に着いて、小声で呟いた。
 ハイハイと赤ちゃんみたいに手を床に着けて、歩く。
 壁の曲がり角から顔だけを出して様子を伺う。
 その男性の声は白が居た場所から近かったからだ。
 すると舞台公演の仕事を終えたばかりで、まだ舞台の衣装を着たままの和輝と彼のカノジョの二人が立ってお互い顔を向き合い話をしているではないか。
「「お前。」って酷い! 何? 急に……舞台が終わったらこんなところに呼び出して怒って。和輝、怖いよ。」
 カノジョは嘘泣きと悲劇のヒロインみたいにして和輝を困らせていた。
「都合が悪くなったら、そうやって泣いて誤魔化してきたみたいだけど、俺にはもうその猫被り嘘泣きは通用しないからな。」
 本家本元のテレビで観たことがあるイケメン俳優、浅倉和輝がそこに立って話している。
 まじまじとガン見してしまう。
 カッコイイ。
 芸能人才能オーラが出ている。
 この頃、彼は現代とは違い若く二十歳で好青年だ。
 白は、バッグの中に入れていたオペラグラスを取り出し、それで和輝を覗いてズームインする。ニヤケだ。
 しかし、すぐに我に返り顔を引っ込ませ、壁際に隠れた。
 これでは自分が彼のストーカーまたは変態ではないか。
 顔を左右に振りながら、赤く火照る熱を冷まそうとする。
 白が近くに居るとは知らない和輝は自分と付き合っているカノジョである矢神梓やがみあずさに破かれたファンレターとぼろぼろに折れ曲がり汚れたサイン色紙を透明なビニール袋にいれたのを見せつける。
「これ。お前が捨てたんだろ。」
 声のトーンを低くして静かに怒る。
「さっきの休憩時間、楽屋に来てくれた三人の子達に俺がサインしたはずの色紙が、ゴミ箱にすぐ捨てあるなんて普通ありえないだろ。」
 梓は、ハンカチを取り出し、涙を拭きながら和輝に伝えてる。
「違うよ。あの子達、嬉しそうにサインもらってたけど、和輝が居なくなったら「浅倉和輝って大したことないねー。」って言って捨ててたんだよ。」
 白はその様子を見、口をポカンと開けて白目になる。
 和輝は口をへの字に曲げて眉間に皺を寄せて、声の中で同時に思う。
(( 何言ってんだ。この女。 ))
 よく平気で嘘を付けるものだ。呆れてしまう二人だった。
「あの子らがそんなこと言うわけねぇだろ。」
 彼はイライラしながら、言葉に刺が入る。
「和輝はあの子達を信じるの!? 」
「俺もお前のこと信じたかったよ。だけど流石に、こう何度もさあ。続くとね……。」
 和輝は深い溜め息を吐いて、額に手を当てる。
「せっかく来てくれた客を不愉快にさせただけじゃなく、追い返すみたいにして帰らせるのは違うだろ。」
 そう彼が呟くと突然のアナウンスが流れた。
『迷子のお客様のご連絡致します。清水白様。ご家族の方がお待ちです。いらっしゃいましたら、ロビーの一階、受付カウンターに起こしください。』
 白は壁に隠れながら小声で呟いて、身体をしゃがみこみ落ち込む。
「そんなこと言われても、ここが何処だか分からないのに……。」
 しかし、その声が梓に聞こえてしまう。
「誰!? 」
 彼女は白の居る壁際の道を歩き、曲がり角の方を振り向いた。
 白は、梓と顔を合わせると表情が青くなる。
「ちょっと! あんた、ずっとそこの壁に隠れて私達の会話を盗み聞きしてたの? 最低! 」
 手首を強く捕まれ、無理やり立たされ、引きずられて和輝が居るところまで連れて来た。
「ご、ごめんなさい! 私、たまたま、ここに来てしまっただけで。どうぞ。続けて。いない者として話してください。」
 白は、梓から手首を離されると両手の平で二人でお話の続けるように促した。
「続けられるわけないでしょ! 」
 梓は苛立ちながら白に怒った。
 和輝は白を責めることなく、彼女に優しく尋ねる。
「もしかして、今アナウンスで流れた迷子の子の清水白ちゃん? 」
「はい。」
 白は、和輝にも怒られると怯えながらも言葉を繋ぐ。
 事情を説明し、ここが何階かも分からず、迷っていたことを素直に和輝に話した。
 しかし、梓からは嘲笑われてしまう。
「嘘草~。迷子のフリして本当は和輝目当てで楽屋の階まで下りて、会いに来たんじゃないの? 」
「いやいや、本当に迷子です。」
 白は冷静に言うが、梓は信じる気はない雰囲気だ。
 だが白が本当だと言うと、彼女は態度が変わり、優しくなる。
「そうなんだ。じゃあ、お姉さんが送って行ってあげるー。」
 白の手首を強く掴み、階段を強引に上って行く。
「おい! 梓!? 」
 和輝は、すぐに二人を追い掛けるが姿が見えなくなる。見失った。
 一方、梓は階段をひたすら上がり、関係者以外立入禁止の階に連れて来ていた。
「い、痛いじゃないですか! 」
 明らかに一階のロビーではない。
 人気もない。非常階段っぽいし、怖い。
 梓と向かい合い壁に追い詰められている状況に白は足がガクガクだ。
 漫画やドラマみたいな陰湿で逃げ場がなく取り囲まれる展開。
 梓から手首を離されると、手を出された。
「渡しなさい。」
「はい? 」
「私に、渡して。 あんたのバッグ。」
  彼女から、白が首から掛けている小さなショルダーバッグを渡すように突然命令される。
「な、何であなたにバッグを渡さなきゃならないんですか! 」
 白は、自分のバッグをギュッと腕の中に握りしめて抱える。渡すもんか。と思う。
「いいから! 見せなさいよ! 」
 しかし、あっさりとバッグは梓に取られてしまう。
 そして、バッグのチャックを勝手に開けられ、逆さまに向け、入れていた品が全て床へと散らばる。
「何これ? 望遠鏡とかで覗き? キモいんですけど。」
 先程、和輝を見ていた時に使っていた望遠鏡もそこに転げ落ちた。
「それはただの鑑賞用のオペラグラスですよ。」
 舞台やコンサート、音楽鑑賞と様々なところで活躍するファンには欠かせないアイテムだ。
 他にもペンライトやうちわ、タオルなどを所持する者もいる。
 白は何なんだ。このカノジョは。と不愉快に思っていると。
 梓は足で何度も白のオペラグラスを彼女の目の前で強く踏んづけた。
「ああ! 酷い! 私のお婆ちゃんの大切なオペラグラスが! 何するンですか! 」
 他にも床に散らばる品の中に手紙封筒が一枚ある。
 梓はそれを拾い、白に見せる。
「ふーん。やっぱりあるんじゃない。和輝へのファンレター。」
 白は、レンズにヒビが入り割れているオペラグラスにショックを受けていたが、更に手紙まで取られてしまう。
「そっ、それは! 返して! 外側の封筒は確かに浅倉さん宛だけど、中身の手紙は違うんです! 」
 白は、真剣に伝えるが梓には全然信じてもらえない。
「よくもそんな見え透いた嘘を付けるわね。」
「コラコラッ! 嘘を付いてるのはあなたでしょうが! 」
 転校した親友の為に書いた手紙便箋を間違えて、和輝のファンレターに入れてしまった。
 だから逆に転校した親友の封筒には和輝宛て手紙便箋が入っている。
 嘘は言っていない。
 焦って確認もせずに会場に向かい、着いてバッグの中のファンレターを確かめたら本当に間違えていたのだ。
 和輝に直接会って渡せるなんて夢にも思ってもいない。楽屋にまで押し掛けるつもりは毛頭なかった。
 けれど、梓はファンレターの手紙の内容は和輝への手紙だと勘違いしているようだ。
 彼女は白の前で容赦なく手でビリビリに破き、バラバラに粉々となったのを階段の下へ紙吹雪のように捨てた。
 白は、親友に手書きで一生懸命に書いた文章と、和輝宛の封筒を一緒に破かれたことにショックを受ける。
 本当は泣きたいところだが、唇を噛み締めて耐える。
「フッ! フフフッ! そ、そんなことされても痛くも痒くもないもんねー! あっかんべー! 」
 白は、また最初から書けば良いだけの話だ。
 彼女は梓に向かって舌を出しながら平気、へっちゃらだと余裕で生意気な顔をして言いきった。
 梓は、そんな彼女の態度にますますムカッと尚更苛立った。
 白は、そんな中で梓に頭を下げて梓に謝る。
「立ち聞きしたのは悪かったとは思います。謝ります。ごめんなさい。」
 けれど、やはり白も納得いかない部分もある。
 何故、そんな彼女は自分に敵視しているのかがさっぱり分からなかった。
 はやり、女子高生の三人が言っていたことは本当らしい。梓という和輝のカノジョは性格が良くない。どんなに顔が美人で可愛かろうが。
 ここまで自分も巻き込まれる事態ならば致し方ない。
「ですが、第三者の私から見て言わせてもらいますけど。」
 腕組みをし、女性らしくなく男勝りに年上の大人である梓に注意する。
 眉間に皺を寄せて、はっきりと思ったままを口にした。
「私、あなたのやってることは正しいとは思えません! 浅倉さんの彼女だろうが、彼のファン限らず、他の出演者の方々が舞台の芝居に情熱を燃やし、演じて各地方会場を周り、芝居を愛するお客様の心を傷付けることも、ファンレターを破ったり、嘲笑い、会場を追い出し帰らせる権利はありません! 」
 と伝えたが、彼女には分かってはもらえないようだ。
「はあ? 」
「それに。好きな人に振り向いてほしいなら、正々堂々としてれば良いし、好きな人を困らせるようなことはしてはいけないと思います。本当の彼女さんなら彼の心に寄り添い支えるのがベストです。自分の気持ちや悩み悲しいことなどを分かってほしいのなら、きちんと大切な人に素直に伝えるべきです! 自己中やマウントなど振る舞いなどをして、他人に八つ当たりは違います! 」
 白は、ただ自分が素直に思ったままを口にした。
 梓は何を思い、勘違いしているのか。
 和輝は確かにカッコイイかもしれないが、相手は芸能人だ。あくまでも好きは好きだが、推しであり、本当に恋愛感情から来るものではない。
 だいたい、テレビでしか観たことがない人と会っても、本当はどういう人かも分からないのに一目惚れみたいになり恋愛感情で好きになれるものなのか。
 確かに憧れみたいなものはあり照れたりカッコイイとは思う。けれど、ワクワクなどはあってもドキドキ切なくなる恋心のような感情が今のところない。
 白の両親の仲が悪くなり離婚したからか、あれ以来、人を好きになるという感覚麻痺してしまったのかもしれない。
 だから学校内で、女子が男子に告白していても、自分が逆に男子から告白されても理解出来ず、断るったり不思議に思うだけで終わる。
 偉そうなことは言えないが、白にとっては相手が自分を好きになってくれなくても、振り向いてくれなくても相手や誰かが幸せになってくれるなら、それが一番良いのだ。
「って、そう偉そうなことは言える立場ではないし、あなたみたいに彼氏も好きな人もいないんですけども! あっははは!」
 白は頭を搔きながら苦笑いする。
 すると、梓は白を睨み付けて感情的になり彼女の頬を遠慮もなくひっぱたこうとする。
 幸いにも白は間一髪で右頬を叩かれる寸前に手で防御して彼女の手を振り払った。
「何するのよ! 」
「「何するのよ! 」 は、こっちのセリフですよ! 私は叩かれるのも、するのも嫌です。別に浅倉さんとどうこうなりたいとか思って言ってるわけでもないし。怖い怖い怖い! 」
 白は猫のように彼女の隙を見て逃げ出し距離を取り、背中を見せないように警戒して階段を下りようとする。
 手すりや壁、ゆっくりと下る階段の段差など確認しつつも彼女の行動が読めない。
「あんた何様? 和輝のこと一番分かっているような素振りをして……偽善や純情ぶって正義感面してさあ。気に入らない。生意気なんだけど。」
 白が十二歳なら梓は和輝と同じ二十代だ。身体つきから違うし、大人だ。
 身長も恐ろしい程違う。白より彼女の方が上で高い。見下されてる気分だ。
 白を静かに着いて来て階段を下りて来ると尚更。
「和輝は私と付き合ってるの。あの女子高生らみたいに痛い目に合いたくなかったらー。彼の前から消えて? 」
 ニコニコしながら梓は白を見つめて言った。
「私の和輝に近付かないでくれる。この金髪に染めた不良娘のお嬢さん。」
 明らかに笑ってはいるが、態度が悪い。
 声も刺のある言い方だ。
「誰が金髪に染めた不良娘よ! 私の髪は地毛だし! 」
 梓に負けじと白も冷静に話し掛けた。
「浅倉さんに好かれて愛されたいなら、そのひん曲がった性格直して来なさいよ。 このっ、性格ブスの性悪女。」
 すると白は、下り階段から二段目の所で足を挫き、床に尻もちを付いて倒れてしまう。
 バッグ事態を置いて来てしまったが致し方ない。こっちの身が危ない。
 逃げようと身体の腰を上げ立つ白。
 だが、立ち上がった瞬間に梓から髪を強く捕まれてしまう。
「小学生が大人の私に偉そうに説教なんざウザいんですけど。なめてンじゃねぇよ。ガキが。」
「痛いっ! 」
 梓はニコニコから睨み付け怖い表情で、自分の持つカバンの中から刃物、ハサミを取り出した。
「地毛金髪か何か知らないけど、女って「髪。」か「顔。」が命ってよく言うよね? 」
 白のお団子ヘアーしていたピンや髪留めして止めていたのを強引に梓から引き抜かれて髪が崩れ乱れ、長い髪は綺麗に流れる。
「綺麗で素敵な髪ねぇ。和輝や他の男に好意を寄せられないくらい惨めな髪型にしてあげる。」
 彼女は白の髪を優しく持ったかと思うと、ギュッと強く痛いくらいに引っ張り、ハサミの刃をチョキチョキと音を鳴らす。
「ぎええええー! やだやだやだ! イヤイヤイヤ! 冗談も大概にしてよ! 危ないじゃない! 私、この髪色に髪型も気に入ってるんだからー! 止めて止めて止めてー! 」
 白は幼稚園児並みに泣き虫になり、手に付けられないほど泣きじゃくる。
 梓は白の髪を強く引っ張って自分の顔を近くまで寄せて「じゃあ、私に土下座しなさいよ。そして謝罪もね。そしたら許してあげる。」と囁いた。
「あなたに土下座なんてするわけないでしょ!? 私、間違ったこと言ってないもん! 」
 白は強い意志は健在だ。
 しかし、そう反抗的な態度を取った瞬間。
 ジャキ! とハサミで何かを切った音がした。
 白は驚愕する。
(  嘘。 )
 横髪の金髪が少しだけの量だが、バサッと落ちた。
 流石に顔が青ざめる。
 梓から掴まれていた髪の部分をハサミで切られた。
「あんたなんか別に大して可愛くもないブスのクセに! 和輝の気を惹こうとして私と彼の仲を引き裂こうとしてるんでしょ! 性格悪っ! 」
 白は、すぐに彼女の身体を強く突飛ばし距離を取り、切られた部分の髪を触る。
 本当にハサミで切り付けて来るなんて、どうかしている。
「私、人生で一度も自分のこと可愛いとか男の気を惹こうとか思ったことないんですけど。逆にそれは、あなたのことなのでは。」
 白は声が震えながらも言葉を繋ぐ。
「うるさい! この泥棒猫! 和輝は私のものなんだから! 」
 白は何とかハサミを避けながら階段をまた下るが、先程までではないけれど、また少し髪を切られる。
 酷い時はハサミの先が白の横顔の頬に傷が付く。
 僅かに傷の痛みがヒリッとする。
 髪がどんなに切り刻まれようが構わないが、身体に万が一ハサミの刃が当たれば洒落にならない。大怪我しかねない。
 避けて隙を見て梓が持つ凶器を手放さなければ。
「いやいや……私、別に浅倉さんとまだどうもこうも親密な関係にもなってないし、好感度も何もまったく上がってないんですけど。」
 白は眉間に皺を寄せながら彼女と冷静に会話しながら、どうしようと考える。
 空手や数々のスポーツをし、瞬発力や反射神経はある。体力だって付いている。
 しかし動きやすい慣れた服装ではない為、動きが鈍る。
 避けて逃げるのが精一杯だ。
「私はただ、あなたが人としてどうなのか、行き過ぎた行動なんじゃないかと思って注意をしただけで。ていうか浅倉さんは「もの。」じゃないし、誰のものでもないですよね? 」
 下手に動けば、自分が危ない。
 白は落ち着いて話し合おうと梓に説得しようと提案するが彼女は聞く耳持たず、ハサミの刃を白に容赦なく向ける。
 しかも先程より速さが増している。
 梓が恐ろしい女性だと白は思う。
「わわわっ! 死んでも絶対あなたに土下座なんてしないし、髪をこれ以上切られるのもケガするのも、いやいやいや! 」
 何とか階段を下り、何処かの通路に出る道を見つける。
 しかし梓はしつこく白にゆっくりと迫って来る。
 すると。
「梓! 何やってんだよ! 」
 梓の背後から舞台の衣装から私服に着替えた和輝が姿を現し、彼女が手に掴んでいるハサミを取り上げる。
「か、和輝!? 」
 梓が冷静差を取り戻し和輝と会話しているのを見て、白は安堵し腰が抜け、床に膝を付いて座る。
「大丈夫? 」
 和輝は、腰を抜かして床に座る白に優しく声を掛けて近付き心配する。
「は、はい。」
 白は苦笑いしながら和輝を安心させるように呟いた。
 しかし、彼は白の姿を見ると焦った表情を見せて顔も青ざめる。
「ちょっ! 君の髪っ、所々切られてるし、顔に傷が付いてケガしてるじゃない! 」
 白とお互いに向き合えば一目瞭然に分かる。
 先程、会った時は髪型は綺麗にお団子ヘアーだった。だが、髪型は乱れ崩れているだけでなく、所々髪の毛が酷く刃物で切られ長い金髪の綺麗な姿が無残になっている。左頬に微かな傷も付いて赤くなっている。服も少し汚れている。
 白が持っていたはずのバッグも彼女の手元にもない。
 明らかに梓から一方的で陰湿な嫌がらせなどを受けていたに違いないと察する。
「へ、平気です。髪なんてまた伸びますし、傷だって、そんな深くないし。」
 白は苦笑いしながら、未だに泣いたらダメだと思い平気を装った。
「強がらなくていいよ。痛かっただろ。」
 和輝は白の目線に合わせ背を低くして、彼女の乱れた髪を優しく整えて、頭を撫でる。
「ごめんね。君を巻き込んで。」
 白は彼の顔を見る。
 傷付いた顔をし、申し訳なさそうにして謝る。
 そこに僅かに哀しむ表情が見えた気がした。
 白は左右に首を振り、彼に謝る。
「いいえ。私も、すみません。お二人の話を立ち聞きしてしまって。梓さんは半分、私に不満があって色々言い掛かり付けて来たと思います。それなのに彼女へ余計なことを……色々注意してしまいました。」
 白は素直に迷子になる前、トイレでの出来事を話した。
「実はトイレで帰ってしまわれた女子高生、三人の話をたまたま聞いてしまって。凄く可哀想だなとか思って。泣いてる子も居たから。そのことを知ってほしいと思って。自分の正義感が突っ走ってしまいました。私も悪かったんです。」
 白は、和輝と梓に頭を下げながら謝罪をした。
 しかし、梓は否定する。
「デタラメよ! この子が私に言い掛かりを付けてきて! 私と和輝を仲を引き裂こうとして、わざと嘘をついてるのよ! 」
 まだ素直に自分がしたことを認めず、自分は被害者で和輝に悲劇のヒロイン面をするというのか。
 白はますます恐ろしい女性だと思ってしまう。
 和輝は梓を眉間に皺を寄せながら睨む。
「ふーん。それで頭にきてハサミを取り出し、白ちゃんに酷いことをしたってわけ? 」
「違っ……。和輝、私がデタラメを言ってると思ってるの? 」
「俺、白ちゃんとは初めて会ったし、何も知らないけど、彼女は素直で正直だし良い子だよ。」
 和輝は白の手を取って、腰が抜けて立てない彼女をゆっくりと立たせながら伝える。
「梓、いい加減に見え透いた嘘をつくのはもう止めろよ。嘘を付く度に、今まで積み上げて来た努力も信用、信頼させえも全て失って、どんどんお前が惨めになっていくだけだぞ。」
 和輝は、あの後すぐに楽屋に行き早着替えをし、梓と白を探そうと思っていた。
 そんな時、舞台会場案内するスタッフや裏方の仕事をしている人などが和輝のカノジョが観に来ている客と騒ぎを起こしていることが飛び交い、多くの関係者に知られてしまった。
「スタッフや他の共演者が騒いでたんだからな。観に来てくれた客が三人帰ったって。他の舞台会場でも似たようなことで帰った客がいたって。普通、梓がそんなことする権利ないはずだよな? 」
 和輝は梓から取り上げたハサミを彼女に見せながら真剣に伝える。
「どんな理由があるにしても他人に、こんな刃物向けたりするのは違うだろ。」
 白は和輝の怒る姿に怖さを感じた。
 自分が怒られているわけではないが、母親と父親が大喧嘩する前兆によく似ていた。
 ドラマや舞台で演じて怒るシーンとはわけが違う。
 迫力を感じるとかそういうのではない。
 和輝は冷静に感情的になってないのは良いが、梓の方は感情的になり気持ちが押さえられず手に付けられない性格だ。
 怖い。
 しかし、二人から離れることは出来ない。
「しかも、自分の商売として使ってるプロカットバサミを刃物……凶器に変えて、こんな陰湿なことに使ってんじゃねぇよ。美容師の仕事としてのプライドを持ってた梓は何処に行ったんだよ!? こんなことするお前じゃなかっただろ。」
 和輝は深い盛大な溜め息吐きながら唇を噛む。
「付き合う前だって二人で色々お互いの事情を話して決めただろ? 」
 和輝は梓と付き合うと決める前にいくつかルールを決めていた。
 お互い仕事にもプライベートにも差し支えることがないように、芸能人と付き合っている匂わせ投稿はしない。
 週刊誌や芸能界、一般人に知られたとしても何も自分から騒ぎを起こさない。
 ファンに対しても失礼なことや心を傷付けたりしない。などを忠告も兼ねてしていた。
 和輝は自分が芸能人俳優だから、相手によっては付き合ったら付き合ったで嬉しく匂わせ投稿や噂されたりしたいという人は居る。
 そういった自己中心的な人とは和輝自身は付き合いたくはなかった。
 芸能人や有名人、俳優とかではなく一人の人間として分かった上で惹かれ好きになり付き合える女性が良かったのだ。
 梓は、それを理解してくれた上で付き合ってくれているのだと思っていたし、信じていたのに。違った。
「なのに、色んな人に迷惑掛けて騒ぎ起こして。」
 和輝は何でこんなことに。と思いながら言葉を繋ぐ。
 以前、出逢った時、梓はこんな嫌な女性ではなかったのに。
「梓、俺のこと理解してくれてなかったんだな。信じてくれてもなかったんだな。」
 和輝はそう呟くと、梓は項垂れるように頭を下げて震える声で彼に伝える。
「和輝だって……。私を理解してくれてなかったし、信じてくれなかったじゃない。」
 彼女は床に涙が数摘こぼした。
「元々は和輝が悪いのよ! 」
 唇を噛みしめ、悔しく思いながら眉間に皺を寄せ和輝を見、泣きながら彼を責めた。
「こんな嫌な私にしたのは元を辿れば全部和輝のせいよ! 」
 和輝は、感情的に泣き出した梓に動揺して驚くが逆に自分のせいだと責められてしまい、思わず口がポカンと開いてしまう。
「はあ? 」
「私が彼女なのに! 誰にでも優しくして仲良くなって。私のことなんて全然構ってくれない! 私が悩んでいても、料理を作っても、見てくれなかったし、笑ってもくれない。おいしいの一言も言ってくれないじゃない! 仕事仕事っ。デートの約束しても、いつもドタキャンじゃない。」
 梓の強い主張に和輝は、白い目になる。
「料理って……あれは梓が作ったやつじゃなくて、本当は俺が作った料理で、それをあたかも自分が作ったように見せかけてブログやらに書き込みしてたんだろ。お前、買い物で買ってくるの大概、コンビニの弁当かお惣菜だし。」
 和輝はそう呟いた。
 知り合いが梓のブログを彼に教え、そのサイトを見たら匂わせ投稿や和輝が自分で作った料理を彼女が作ったと嘘の書き込みマウントをしていた。ドン引きだった。
 白は和輝が呟いた後に個人的な意見として伝えた。
「浅倉さんは芸能人で俳優だから、しょうがないのでは? 彼女さんとデートより芸能の仕事や友人、役者仲間と打ち上げとか食事付き合いとか優先なのは当たり前のような。休み取れたとしてもプライベートで一人で過ごしたい時もあるでしょうし。」
 当たり障りのないように梓へ言ったが、その彼女からギロッと睨まれる。
「あんた、さっきから何なの? でしゃばってさあ! 私は和輝と話してるの! 」
 白はビクッと震えるた。
 でしゃばったつもりはなかった。
 あくまで第三者からの意見を答えただけだ。
 何故そんなに自分を敵視するのだろう。白は怯えながらそう思った。
 梓は和輝の方に視線を変えると、涙をハンカチで涙を拭きながら強く気持ちを訴えた。
「和輝にとっては、私よりファンや仕事、芸能人仲間が大事なんでしょ。そんな得たいのしれない、ちんちくりん不良かギャルか分からない娘に味方ばっかりしてるし。」
 白は和輝にさりげなく気さくに近より顔を寄せて小声で呟いた。
「な、何か浅倉さんの彼女さん「私と仕事どっちが大事なの? 」みたいなタイプの人ですね。」
 和輝は白の方に目線だけ流して、軽く頷く。
 彼はその後、また溜め息を吐いて「めんどくさい。」と呟いた。
 頭を軽く掻きながら和輝は梓に白へ謝罪するように指示を出した。
「とにかく。梓……お前、白ちゃんに謝れ。彼女にケガをさせたり、髪を切ったりしたんだろ? 」
 しかし梓は拒否し反発をする。
「嫌よ! 私は和輝の為を思って、今までっ。自分なりに頑張って努力してあなたを支えて寄り添おうとしてきたのに! なのにっ。何で。その子の味方ばかっかりで、私を見てくれないのよ! 」
 彼女は感情的に怒りながら和輝の頬を手の平で強くひっぱたいた。
「痛ってー! 」
 和輝は身体が倒れる程、梓に叩かれ床に倒れる形になった。
 彼は頬を強く叩かれその部分をさする。よっぽど痛かったのだろう。
 白は、目の前で和輝が梓に叩かれる姿を見て驚愕し青ざめた。
 いつの間にか彼と梓の修羅場の中に自分が居る状況にまずい。離れなければ。と思うがタイミングを逃してしまった。
 自分がそもそも梓に対して余計なことに口を出したり、二人の話を立ち聞きしてしまったのがいけなかった。
 彼が彼女に叩かれることもなかったはずだ。
 白は、とっさに和輝に駆け寄り心配をする。
「だ、大丈夫ですか!?  和輝さん。」
 和輝に青い顔をしながら申し訳ない表情で言葉を発した。
「浅倉さん、もういいです。充分です。梓さんからの謝罪は。」
 和輝は白の表情が明らかに悪いことに気が付き、心配する。
「白ちゃん。そういうわけにはいかないよ。」
 彼は、きっと白は自分と梓が喧嘩して言い荒らそう姿に驚き怯えているのかもしれないと察した。
 和輝も申し訳ない表情をし、白を見つめる。
 しかし梓には彼と白の二人のお互いに想い合ってる雰囲気に見えたのか嫉妬をし、衝動的に彼女へ近付く。
「ムカつく! 和輝に気安く触らないで! 」
 そして、梓は白の身体を強く両手で突き飛ばした。
 白が突き飛ばされる近くは階段があった。しかも下り階段だ。
 前のめりになりうつ伏せに落ちそうになる。
 突然、梓に身体を押され階段から落ちる流れに白は混乱する。
「白ちゃん! 」
 和輝は目の前で梓が白を突き飛ばす瞬間を見て、とっさに白の名を呼んで手を伸ばす。
 彼女の身体を必至に自分の腕の中に引き寄せる。頭も片方の手で守るように。
 だが、和輝もバランスを崩し二人同時に階段から転げ落ちた。
 床に強く叩き付けられたが幸い和輝は、意識があり、頭に外傷はない。が身体中は筋肉痛のように痛かった。おそらく打撲などしているに違いない。
 あまりにも激痛がして動けないし、息が上がる。
 和輝の腕の中に居る白は嘘のように無傷だった。
 白は、自分は階段から転げ落ちて死ぬかもしれないと恐怖を感じ目を瞑っていた。
 しかし、和輝が叫んだ声と自分の身体を引き寄せられる感覚に白は目を開ける。
 気が付けば、和輝の腕の中に守られていた。
 頭と身体を支えられ、彼が床に仰向け状態で倒れていることに気が付いた。
「浅倉さん! 」
 白は自分を庇い、守り抱きしめ和輝も階段から一緒に転げ落ちたのだと察する。
 驚いて、身体を起こして和輝の身体から離れて心配するように顔を見る。
「ケガ……はない? 痛いところ……とか。」
 和輝は、痛みに耐え眉間に皺を寄せながらゆっくりと上半身だけ起こし、自分のことより白を気にかけた。
「は、はい。大丈夫です。 それより浅倉さんの方が……っ。大丈夫ですか!? 救急車を呼ばないと!  」
 白は、混乱し慌てふためき和輝を気遣う。
「大丈夫だよ。っ……。頭は打ってないから。」
 和輝は安心させるように優しく微笑んだ。
「ドラマ撮影の為に普段から身体鍛えておいて良かったあ。たぶん、かすり傷や脱臼打撲程度だよ。」
「ほ、本当に? 平気なんですか?  骨とか折れたり……あ! 頭は!? 頭は大丈夫ですか!? 病院に行って精密検査した方が良いんじゃ。」
 白が自分のことより人の心配をしている表情に和輝は彼女が無事だったことに安堵する。
 一方、白は自分の携帯をスカートのポケットから取り出し、電話を掛けようと番号を指で押して呼び出そうと考えるが、この会場場所の住所や会場内の何階に今居るのか分からず固まる。
 和輝が傍に居るから分からなければ、彼に聞けば良いと思い電話を掛け、白は自分の耳に携帯を当てる。
 しかし梓が階段を下り終え、白を強く突き飛ばしたことで、せっかく繋がりかけた携帯は白の手を離れ、電話も切れた。おまけに床へうつ伏せに倒れる形になった。
 和輝は梓の白への態度にもだが、ケガをしている自分に容赦もなく身体に抱き付く彼女に限界がきていた。
「和輝! ごめんなさい! 」
 梓に抱き付かれると、彼女の体重が自分の身体に負荷がかかり、身体中の痛みが走る。
 ここまで来ると和輝はもう激怒だ。
「梓、お前マジでいい加減にしろよ! 子供相手にむきになるとかどうかしてるぞ。この子が本当に命の危険があったり、大怪我して重症になって障害持ったらどうするつもりだったんだよ。」
 抱き付く梓の腕を強く振りほどき、彼女を睨みつけた。
 ついに和輝まで感情的になり怒鳴りだした彼の姿に白は怖かった。が、震えながらも「浅倉さん、私は大丈夫ですので。そんなに怒らないであげて下さい。」と梓の怯える表情も交互に見ながら和輝に伝えた。
「たく。俺は本当なら、共演者達と今回の公演での出来の感想を話合ったり、写真撮影や着替え、舞台の後片付けし終えたら皆で打ち上げに行く予定だったのに。全て台無ししやがって! ふざけるのも大概にしろ! 」
 和輝は深い溜め息を吐いて、ゆっくりと立ち上がる。
「梓は俺がお前を見てないとか言ってるけど、梓が一番、俺のこと見てねぇじゃねぇか! 」
 唇を噛みながら、こんな事態が起きる、各県の地域、舞台会場を周り公演を演じる二ヶ月前のことを和輝は振り返る。

                 ◆

 彼は梓と自分の家、アパートに同居してた。
 しかし、彼女とはもうお互い気持ちが、心が離れていた。一緒に暮らす意味がない。と和輝は思い、朝焼けさえもまだ昇らない早い時刻、深夜三時半に起きて、寝室でまだ寝たフリをしている梓に一声掛けた。
「梓、今度ちゃんと……今の舞台仕事が終わったら、ゆっくり話をしよう。」
 梓は和輝に背中を向け布団を羽織ったまま、呟いた。
「私、和輝とは別れないよ。今の彼女は私だから。」
 そう言うと彼女は、また二度寝をした。
 和輝は暗い顔をしながら、まとめた旅行用のキャリーバッグやリュックを持って、家を静かに出て行った。リビングのテーブルには置き手紙を残して。
『しばらく、この家には帰って来ない。早く自分の荷物をまとめて出て行ってくれ。渡していた合鍵はポストに入れておいてくれ。梓とは、もう一緒に居たくない。』というメッセージを書いていた。

                 ◆

 和輝は、感情的に言葉の伝え方が荒くなったり声も大きくなってしまったことに大人げなかったと思い、一旦深呼吸をして睨んでいた表情から冷たい冷徹な表情に変えて梓に静かに冷静な話し方、感情的にならずに伝えた。
「だけど、今回のことで決心がついた。もう、俺達別れよう。最初から遅かれ早かれ、どっち道そうなってたんだから。」
 彼はズボンのポケットに入れていた指輪、梓との婚約指輪を取り出し、彼女の片方の手首を強く掴み手の平へ、自分が持っていたその指輪を置いた。
「もう二度とお前の顔も見たくない。」
 和輝は、そう梓へ伝えると白の方へ歩み寄った。
 白は、すでに自分で立ち上がり、和輝と梓の会話を黙って聞いていた。
「おいで。白ちゃん。」
 和輝は白の手を優しく取り、一階の受付カウンターへ連れて行く。
 白は何も言わず、和輝と梓を交互に見つめながら歩く。
 和輝は梓の方へは振り返ることなく、最後に「さようなら。」と彼女へ別れの言葉を呟いた。
 白は辛い表情で和輝の隣を歩いた。
 本当は、こんな悲しい別れの結末ではなかったのかもしれない。自分が間に入ったことで二人の関係を壊してしまった。
 そう思うと心が痛かった。
 一階の受付カウンターロビーに着くと、受付係やスタッフ、共演者の一部の人、白の家族が待っていた。
 和輝は平気だと言っていたが、そんな彼は何だか顔色が違っていた。冷や汗も流れ、傷の痛みに耐え痩せ我慢をし、辛そうだった。
 白は和輝を立ち止まらせ、待つように言い聞かせた。そして、近くのスタッフに駆け寄り、彼が大ケガをしていることを伝えた。

                 ◆

 そして現在。
 白は送迎の車内中に爆睡しいた。
「スー……スー……。」
「……。」
 彼女の隣座席に座っていた和輝は、白の寝顔をチラッと見て、すぐに自分のスマホ画面に目を向ける。
 いつの間にか白は、過去の出来事を懐かしく思い耽り気付けば眠気が反り、眠ってしまった。
 窓際に頭を傾けていたが、自然に和輝の肩に寄り添う形になる。
 一度は目を開くが普段の疲れが溜まっているのか、また目を瞑って夢の中だ。
 和輝は横目で白の寝顔を見ながら思う。
( 彼女、よっぽど仕事抱えすぎて疲れてるんだな。 )
 彼は車内で白に声を掛けてコミニュケーションを取ろうと考えていた。
 しかし、話し掛けたい相手の白が寝ていては会話すら出来ない。
 白がはめていたマスクはいつの間にかズレ、素顔が見えていた。
 和輝は、じーっと彼女の顔を盗み見た。
 金髪姿の白と焦げ茶髪姿の白は同一人物ではない。同姓同名で顔が似ているだけ。別人だ。と、和輝は否定してきたが、やはり同一人物なのではないかと思い始めた。
 彼は、自分のスマホを上着のポケットから取り出し画面を指で操作しネット検索で『 女優 』、『 清水白 』と打ち、決定を押す。
 普通に焦げ茶姿の白が、写真やプロフィール、芸術歴などが掲載されて出てくる。
 一見、何処も怪しい点はないように見えるが、
 和輝が気になるのは生まれた国、県、土地と家族関係だ。
 焦げ茶髪姿の白は、生まれた国は日本。県は東京。家族関係は、母親、祖父、祖母の三人。
 少し考えて、彼は打った文字の『 女優 』を削除し『 金髪 』と変換する。
 『 金髪 』、『 清水白 』、『 同姓同名 』と決定で検索し直すと出た。
 しかし、金髪姿の白の顔写真は一切出なかった。家族構成なども分からない。
 芸能人でも有名人、政治家などでもないから当たり前か。
 ただダーッと情報が出てくる。
『女優の清水白に似た女性を見た。』だ『同じ同姓同名にしても許せない。』などあくまで噂がネット内で誰かが勝手に書き込み、面白がるように誹謗中傷コメントが飛び交っていた。
 他にも『女優の清水白を貶してる。』や『奪略愛女。』に『金髪姿の白は不良ヤンキー説。』数々のバッシングがあった。
 辿ってゆくと十七年前の過去、和輝が二十歳の時に舞台会場内の階段で十二歳の金髪の少女を助けて庇いケガを負った記事も掲載されている内容もあった。
 じーっと和輝は隣で眠る白の顔を再び見る。
 髪は焦げ茶だ。金髪ではない。髪を染めたのか、それともカツラでも被っているのか。気になる。
 和輝は反対の手で頭を掻きながら溜め息を吐く。
 無言で再び彼は、指でスマホ画面をスライドし記事を読む。
( 内容を見る限り、金髪の白ちゃんの顔は掲載されてないみたいだけど、隣に居る女優の清水さん……顔が似てる。え? てか、クリソツだし同姓同名どころかどっちも本人なんじゃ。 )
 白に直接聞いてみたい。確かめたい。
 しかし。
 仮に白へ近付き「俺と何処かで、会ったことない? 」と訊ねたとしよう。
「えっと、それってナンパのつもりですか? 浅倉さんみたいな人でもナンパするんですね。キモいし、ヤッバー! 」
 これはあくまでも和輝の想像である。
 だが、女性の何割かは引くはずだ。
 相手が一般人、有名人にしてもそれを発言するとアウトだ。セクハラやナンパ扱いにされるに違いない。
 他人の空似。わざわざそんなこと訊ね時間を割くのも馬鹿馬鹿しい。
 和輝は額に手の平を当てて頭を下げる。
 更に進むと『金髪の清水白、障害事件の真相』とサイトを押す。
 すると、そのサイトには喧嘩、暴行騒ぎを起こす問題児、元生徒で元不良ヤンキー。と書き込みがある。その感想コメントに『女優の清水白の株を下げてマジ最低。』だ『死ね。地獄に堕ちろ。』や『人として終わってる。生きてる価値のない人間しょ。』と更に酷い書き込みがある。
( 怖わああああ! 何これ!? 白ちゃん、可哀想! これ絶対半分話盛ってるでしょ。 )
 和輝は金髪の白がヤンキーで怖いイメージを想像する。
 ダメだ。彼女がヤンキーだなんて信じられない。
 だが、残念ながら金髪姿の白の学生時代はほぼ事実だ。
 和輝は隣で眠る焦げ茶髪姿の白をまた見ながら推理する。
 金髪姿の白は当時十二歳だが、現在は二十八歳に違いない。今、隣で眠る焦げ茶髪姿の白も年齢は同じ。同姓同名。
 あとは髪色や長さに話し方や好印象等だ。
 和輝から見て、金髪姿の白は活発で、はっきりとした主張する素直な子だ。危険もかえりみない度胸があり逞しく危なっかしいが面白い子でもある。
 焦げ茶髪姿の白は、真逆で天真爛漫で天然だ。活発というより可憐で太陽のようで天使だ。何より気取ってない。俳優や女優仲間らやスタッフと仲良く話しているし、優しい。こちらも同じく素直だ。
 陽太と違い和輝は当時の白との出来事は今でも鮮明に覚えていた。
 何しろ十七年前は別の意味で痛い思いをしまくりの年だったからだ。
 一人目の彼女、大学時代からの梓と付き合いながら芸能の仕事を抱え、収録場所や舞台会場に向かう際は新幹線や飛行機に車などが多く、毎回クタクタだった。
 それでも最初は梓とは気が合っていたし、仲良く傍にいて楽しかったし、幸せを感じた気がした。
 しかし、だんだんと彼女とは心が離れ、仕事が終わり自宅へ帰宅し梓が笑顔で迎えたり料理を作って寝ずに待っていても和輝は笑顔で「ただいま。」と言っていた表情も言葉も消え、疲れた顔や不愉快な表情、そしていつしか梓との会話が減っていた。彼女を無視するようになった。
 梓が和輝に対して不満や激怒し出すようになったのは白と会う前の六月だった。
 和輝は梓には逆ギレや不満などは言い返さず、無言を貫いた。
 彼女がテーブルに並べていた和輝が作った料理を全て手で振り払い皿や料理が床に散らばった日も合った。
 和輝は割れた食器やダメになった料理を片付ける。その日も無言。ただ表情は不機嫌だった。
 砕けた食器を拾う際、指に食器の破片が当たり指先に傷が付いた。少しだが血が流れる。
 その瞬間だった。
「梓、俺達……別れよう。」
 無言、黙秘を貫いて来た和輝が久しぶりに梓対して話し掛けた日でもあり、別れる決断をしたきっかけでもあった。
 しかし、ダラダラと長引き、白と出逢ったあの日を迎えた。
 梓に突き飛ばされ階段から転がり落ちる白を和輝がとっさに庇い重症になるほどケガをした。
 かすり傷や打撲だけではなく、肩腕、肩足を骨折していた。
 検査入院どころかまさかの二週間入院だった。
 今後の仕事スケジュールに穴や予定変更で都内の病院で当分治療入院生活だ。
 個室の病室のベッドでは、一切身体が動かせない状態で寝たきりだ。
 看護師を呼び、テレビを付けてもらった。
 テレビでは付き合っていた女性とのトラブル殺傷事件のニュース報道や新聞記事で大騒ぎの事態。
 彼女との別れ方は最悪だし、まさか入院するとは思わなかった。しかし、久しぶりの休暇だ。
 しばらく寝たきりで動けないが。これで心に余裕が出来るし、新しく気持ちを切り替えてリセット生活だ。
 そう思ったのもつかの間だ。
 入院して三日後。
「浅倉さん。親戚の小さな可愛いお子さん二人がお見えですよ。お見舞いにだそうです。」
 看護師が和輝の病室に来て、二人の客が看護師の後ろから顔を出す。
 白と彼女の幼馴染みで友達の男子が現れた。
「Hello! 浅倉さん。」
 和輝は複雑な気持ちだったが、せっかくお見舞いに来てくれたのだ。すぐに追い返しては可愛いそうだ。
 これっきりだ。と和輝はこの時、そう思った。
 けれど、まさか白と三ヶ月過ごし、哀しい別れになる形となるとは夢にも思わずに。
 ただあの日から梓とは破局。何年かは、ひたすらに仕事に専念していたが、そののち、また二人目のカノジョ、芸能人で女優と付き合う。しかし、それも長続きせず。
 三人目、四人目、五人目と転々と付き合うが結局破局。何故か自分からフルより相手にフラれるパターンが多くなり、今はフリーで付き合っている彼女はいない。
 それに時が経つにつれ、白と出逢った当時の和輝とは変わっていった。
 あの事件以来、誰にでも優しくするのは止めようと思い、控えめで謙虚な態度を取るようになった。
 笑うのは仕事の合間だけ。他は、ある程度の信用ある友達や事務所の人達に絞る。
 女性との恋愛などの報道や噂も付き合うのも馬鹿らしくなった。女とはもう懲り懲りとなり、テレビや雑誌などでは優しい印象や色んな役を完璧に演じる演技がスゴイ俳優。たまにお茶目だが大人で紳士だとか表向きは高評価でも、裏では淡白男だの表情が読めない真顔人間、笑い顔が嘘臭い。と噂される程の真逆男となり、表情もほぼ無表情。恋愛もしない。必要以上のことは話さない。踏み込まない。非常に分かりにくい男になっていた。
( 清水さんが当時の白ちゃんかどうかは……まあ、いいか。どうでも。)
 白のことより、今は違うことにノイローゼで和輝は悩みを抱えていた。
 和輝のLIMEに友達登録された人の中、ある二人の男女が一方的に彼へトーク返信を競い合うように送り付けて来られていた。
 その二人のアイコンLIME通知メッセージ件数は二百になっていた。
 その者達のアイコンは触ってないし見てもいないから既読は付けてない。
 メッセージならまだ良いが電話も恐ろしいくらい掛かって来たりしているのだ。それも頻繁である。
 スマホの充電していた電気パーセントが百から四十に下がる消費が早い。
 ちなみに和輝は朝から充電満タンにしてきていた。まだ朝九時。半日も経ってない。
( 何なんだ! この二人! くだらないメッセージ送って来て! キモい、ウザい、怖い! )
 これは明らかに迷惑メールやチャットに値する。後、ストーカー行為されている可能性があるかもしれない。と思い近々警察に被害届けと裁判沙汰案件を起こそうと考える。
 勝手にブロックや削除、通報しようという考えもあったが、これだけ執着する相手を拒否拒絶するのは返って良くない。相手を刺激し、自分自身が逆恨みされて事件に巻き込まれたら大変だ。
 何故、男の自分が女性達みたいにストーカー被害に合わなければならないのか、さっぱり分からない。
 和輝は、相手が一方的に自分に好意を抱いているにしても、好かれた心辺りが一切ない。
 本当に怖い。
 しかし、警察に相談したとしても、芸能人である自分の話など信じてくれるだろうか。
 よく収録撮影終わりに夜遅く一人道を歩いて帰っている途中で、警察に引き止められ怪しい不審者かで職務質問されたりすることも稀にある。
 名乗っても顔を知らなければ証拠、身分証明書出せと言われるなんて厳しい世知辛い世の中なんだ。
 そしていつも大概警察は事件になってからしか動かない無能だ。
 やはり弁護士にも相談しておこう。そう和輝は強く決意する。防犯グッズも買って準備だ。護身術も身に付けよう。
 そんなことを考え終えると丁度、祈祷する目的の神社へ到着した。
「清水さん、着いたよ。」
 自分のシートベルトを外し、優しく白の身体を揺らし、起こす。
 白は夢の中で誰かの声が聞こえ、起きなきゃと目を必死に開けようとするが、瞼が重い。眉間に皺を寄せる。
 白が寝て見ている夢の中では十七年前、和輝と過ごした短かった日々の中の楽しかった思い出を体感していた。
 彼女にとって和輝はまるで、年の離れた兄のような存在だった。
 一方、夢の中ではない現実の和輝は困った顔をする。
 皆、先に車から下りてしまった。
 運転席で運転手は、早く下りろと痛い視線を向けて来た。
 もう一度、和輝は声を掛けようとしたその時。
「和輝さん……。」
 白が寝言で自分の名を呟いたことに一瞬驚く。
 もしかしたら、自分とは違う『和輝。』という人かもしれない。
 それでも、今、目の前にいる焦げ茶髪の白を金髪の姿の白を想像して呟いた。
「ごめんね。白ちゃん。」
 和輝はマスクを外して素顔を見せる。
 ここに居るのが自分の知る金髪の白なら、どんなに良いか。
 自分が不甲斐ないばっかりに、守れなかった。
 金髪の白は中途半端な気持ちで芸能界に入りたがっていたわけではなかった。
 それなのに最低だ。
 軽率で優しく特別にえこひいきみたいに金髪の白を振り回し、自分が彼女を踏み台のようにして事務所側の言いなりに動き、傷付けて、突き放し、白から背いて逃げるように忘れるように連絡を断ち、別れた。
 彼女の力になれるなら少しでも役に立ちたかった。
 和輝にとって白は、自分の意志で新しい道を切り開いて進み芸能界で生きていく覚悟や演技の良さを多くの人に伝えたいと思うような自分を変えてくれた人だから。
 金髪の白に本当は謝らないといけない。
 焦げ茶髪の白を見ながら切ない表情をした。 
 本当に向き合い話すべきは金髪の白だというのに。
 焦げ茶髪の白に、しかも寝ている時に言ってしまうなんて、お門違いだ。
 そう思っていると白が目をパチッ。と開いた。
 和輝の切ない表情が意外にも近くだった為、驚き窓際に寄り距離を取る。
「す、すみません! のうのうと浅倉さんの隣で居眠りしてしまって……。わざわざ起こしていただいてありがとうございます。」
 よく確認すると自分のマスクがズレて素顔を晒しているではないか。
 和輝も何故かマスクを外して素顔を見せている。どういう状況だと混乱する。
 陽太の時は、まだバレなかったが流石に和輝はバレたのではないかと冷や汗を掻く。
「いいよ。気にしないで。」
 和輝は、至って普通の無表情に戻り答えた。
 白は和輝の後を追いかけるように彼が立ち上がり車から下りようとする中、自分もシートベルトを外して立ち上ろうとした瞬間だった。
 足元を躓き、身体がよろけ和輝の背中に頭をぶつけ押し倒しそうになる。
「和輝さん! 危なーい! 」
「ん? 」
 白の方へ振り向いた直後、彼女の額と自分の額に、ゴツンッ! と当たる。
 とっさに白の身体を支え、狭い車内の床に倒れ気絶した。
 白は、和輝の腕の中に居た。
 あの時みたいに。
 白は、すぐに自分の額を擦りながら起き上がり、倒れた和輝を心配する。
「か! っ……あ、浅倉さん! しっかりしてください! 大丈夫ですか!? 」
 彼の身体を軽く揺するが動かない。
「嘘……和輝さんが……死んじゃったー! 」
 白は気絶した和輝を死んだと勘違いし、大袈裟に子供のように泣きじゃくった。
 和輝は、すぐに意識を取り戻し目を開いた。
「勝手に僕を殺さないでくれるかな。」
 ズキズキする額を押さえながら、しかめっ面をして上半身を起こした。
「良かったー! 生きてたんですね! 」
 白は、思わず嬉しくなり和輝に抱き付こうとするけれど、彼からその前に両頬を軽く片手で掴まれ止められる。
「ふあにふるんですか~! ひんぱいひたのに~! 」
 白は、両腕を上下に振りながら拗ねた。
「こんなことぐらいで死ぬわけないでしょ。」
 和輝は呆れ溜め息を吐き、白の顔から手を離した。
「清水さんこそ大丈夫? 」
「私は大丈夫です。その、本当にすみません。庇ってくれて、ありがとうございます。浅倉さん。」
 白は微笑みながら感謝の気持ちを告げて頭を下げた。
「清水さんの、たまに、おっちょこちょいなところ……僕の知ってる人に、よく似てる。」
 和輝は、金髪の白を思い出しながらそう呟き、立ち上がり身体に付いた誇りを軽く祓い、車を下り、マスクを装着し直した。
「……。」
 白は和輝に秘密がバレなかったと安堵の溜め息を吐いた。カツラって改めてスゴイ。と感心した。
 白はマスクを装着し直し、やっと車から下りて、車内より外の寒く冷たい気温に「寒う~! 」と呟く。
 スタッフや警備員が車や人を誘導していた。
「立ち止まらないで進んでくださーい。勝手な行動は控えてくださーい。お手洗いに行きたい方は、あちらへお越しくださーい。」
 和輝と乗って来た送迎車に居た他の共演者達に着いて行くと、別の送迎車が来た。
 その車が停車すると、二十代前半で今話題で人気絶頂に活躍する千年に一度の絶世の美少女と噂で女優、星乃羽奈が下りて来て、明るく白の元に掛け寄って来る。
 しかし、二十代後半の今人気絶頂イケメン俳優の立川わたるが羽奈よりも早く白の所へ来た。
「白ちゃん。」
 白と立川は他のドラマで共演していたこともあり、今では仕事仲間である。
「おお。どうしたの? 理くん。」
 白は、きょとんとした表情で首を傾げる。
「ちょっと俺、白ちゃんと話したいことがあって……。今、ここじゃあ……っ、ちょっと! 話づらくて。スタジオに戻ってから、廊下とかで十分くらい話せないかな? 俺と白ちゃんの二人っきりで!…… ダメ?」
 立川は、自分の髪を手で掻きながら、自信がなさそうに白へ尋ねる。
「うん。分かった。話を聞くよ。」
 白は、天使の微笑みで立川にそう伝えた。
「ホント!? よし! 」
 立川は、拳に力を入れた。喜んだ。
「ありがとう。白ちゃん。」
 変だな。白は立川の様子が、いつもと違うように感じた。
 別に男女で二人話すのは変だとは思わないが。
いつもなら色々、立川は気さくに話し掛けて来るのに。それがない。
 ただ彼の目は真剣だ。
 しかし、白は特に疑うことなく明るく立川に話し掛けた。
「私もね。実はちょうど、理くんに頼みたいことがあったんだー。」
 そんな二人が会話する姿を後ろから自分のスマホ動画で撮影し聞き耳を立てる羽奈。
 歩きながら録画した映像を最初から巻き戻し再生する。音声も聞き取れるように大きくした。
 自分が聞き取れるくらいの二人の会話はバッチリ聞こえる。
「キター! 」
 羽奈はわくわくと興奮して大声で空に向かって叫ぶ。
 すると、五十代後半の大御所俳優、高丘広正ひろただが、羽奈の背後から「わっ! 」と声を上げ、彼女の背中を軽く押し脅かした。
「うわっ! びっくりしたー! 」
 振り返りながら羽奈は不満な表情でムスっとする。
「お前が今ビックリしたように周りの皆、星乃の突然の叫び声に驚いている。そして、うるさい。静かにしろ。二人の良い雰囲気に水を差すな。」
 高丘は、羽奈の隣を歩きながら小声で注意する。
「はーい。すみませーん。」
 羽奈は、高丘に謝りつつも、またスマホで立川と白が歩きながら微笑み楽しく話す二人を撮影し、写真を撮った。
 保存し、LIMEに登録している芸能の仕事仲間の流斗のアイコンにタッチする。
 そして、さっき撮ったばかりの写真を添付する。
 ニヤリと小悪魔みたいに面白がる。
 送信しようと思うと、違う相手、同じ芸能の仕事仲間の女優が羽奈へLIMEトークに何か画像を送ってきた。
 すぐに、その人のアイコンをタッチする。
 それは先程の事故で和輝が白の身体を支え倒れ気絶した写真と座席で眠る白の寝顔を見つめる和輝の写真の二枚を送って来た。
 すぐに保存し、流斗のLIMEトークに立川と白、和輝と白の写真を計四枚添付し送信した。
 既読がすぐに付いた。
 流斗が激怒の可愛い足踏みし、腕組みしたキャラクタースタンプを送ってきた。
 羽奈は、彼の返信に爆笑する。
 一方、羽奈に和輝と白の写真画像二枚を送って来た相手は四十代後半の女優、深澤ユリだった。
 隣には和輝と話しながら歩いてスマホ画面の羽奈のLIMEメッセージを見て口元に手を当ててクスッと笑っていた。
 深澤は、白と和輝に気付かれることなくあの写真を撮っていた。
 そんなことは知らず和輝は彼女の様子に何一人で笑ってるのか気になり尋ねる。
「何してるんですか? ユリさん。」
 はとニヤニヤしながら和輝へ答えた。
「別にー。」
 こういう表情している時は何か企んだりしてい顔だ。
 長年一緒に仕事していると分かるものだ。
「何に企んでるか知りませんけど、悪趣味な真似は止めてくださいよ。」
 和輝は深澤に注意した。
「分かってるわよ。」
 が、そう呟いた後、自分達の前を歩く白と立川の様子を見る和輝は不思議に思う。
 随分前の十七年前、金髪姿の白を助けた時と、現在さっき焦げ茶髪姿の白と額がぶつかって気絶し倒れる寸前……女性の香りが、彼女の匂いが一緒だった。 香水とかではない、その人の自然な匂いだ。
 どういうことだ? と思う。
 本当に彼女は同姓同名の別人ではなく同一人物なのか? と混乱する。
 思えば、焦げ茶髪姿の白の数々の行動や話し方などが和輝にとっては心当たりありすぎだ。
 気絶していた時、とっさに自分を心配してなのか、苗字ではなく下の名前で呼んでいた。
 意識が戻れば苗字で呼び直していたが。
 経ったの二、三時間の間にボロが出過ぎてる。
 無自覚でやってるのか? と和輝は複雑な表情をする。
 金髪姿と焦げ茶髪姿の白が本当に同一人物なら、学生時代にヤンキーしていたことも事実なのか? 
 いや、そんなことより和輝は心の中で別のことで不愉快な言葉を爆弾発言してしまったことにショックでグサッと胸に突き刺さった。
( てか、匂いが一緒だったから。って発言はキモくね? 変態じゃん! 口に出てなくて良かったー! )
 白に深入りし、色々詮索し疑うのは止めようと思った。
 ただ、自分が出逢い別れた金髪姿の白は今何処で何をして過ごしているのだろうと考えながら空を見上げた。
 賑やかに共演者達と話しながら神社へ向かって歩く中、白は表向きの表情はスマイルだが、内心では悩み考え事をしていた。
( どうしよう。車の中で暢気に寝てて、すっかり忘れてたけど……清水白、このままだと人生最大のピンチなんでした! )

                 ◆

 それは二時間前の午前七時を回ってすぐのことだ。
 監督らが来て挨拶と自己紹介を終えるとすぐに打ち合わせという流れ……かと思いきや、アイスブレイクをしてからにしよう。という提案が出た。
 高岳が「ならババ抜きにしましょう。」と言い出した。しかも、何か賭けや命令をするというルールだ。
 しかし人数が多い為、二つのチームに別れ違うゲームをすることになった。
 じゃんけんでババ抜き組かウノゲームすることになったのだが、意外な組み合わせとなった。
 ウノゲーム組は女性陣は白、羽奈、深澤、三十代前半の女優、水牧愛理にデザイナーの人だった。
 男性陣は監督や脚本家、和輝となる。
 和輝は、何なんだ。この組み合わせ。と思いながら死んだ魚の目をして彼がカードをシャッフルして皆に配る。
 そんな中、新作映画の共演者の内の一人、親友でもありライバルでもある羽奈に今朝、事務所で会った流斗と喧嘩をしてしまったことを打ち明けていた。
 しかも、つい勢いで流斗には頼らない。料理指導の先生は自分で探す。と言いきってしまったことも伝えた。
 すると、羽奈は口元をニヤリとし、面白がるように企むような顔をするのだった。
「なるほど。よし! 白が困ってるならー。この羽奈様に任せなさーい! 流斗くんの代わりとなる新しい先生を探して、その相手を交渉してみるから! 」
 そういうと、すぐに羽奈は和輝の元へさりげなく近付いた。
「あ・さ・く・ら・さーん。」
 和輝がカードを皆に配り終えると、羽奈の気さくに明るく話し掛ける声に気付いた和輝は、彼女の方へ見上げる。
「何? 羽奈ちゃん。」
「あの―。私、浅倉さんにお願いがあるんですけどー。」
 羽奈は和輝の隣の席に座っていた瑠華の空席椅子に座り、付けていたマスクを取り、彼氏に甘えるように頼み事をする。
「流斗くんの代わりにー、白の料理指導の先生になっていただけませんかー? 」
 和輝は目が点になった。
 羽奈自身の頼みではなく白からの頼み事だったことに驚いた。
「は? 意味がよく分からないんだけど。何で僕が流斗くんの代わりに清水さんの料理指導の先生にならなきゃならないの? それに他に料理上手で教えられる人は居るでしょ。」
 羽奈の甘える姿に興味がないのか和輝は、素っ気ない態度を取り、ウノゲームカードに目を通そうとする。
 しかし、羽奈は諦める様子はない。
「実は白……超ウルトラ料理ド下手なんです。」
 その二人の会話を聞いていた白は、何を突然、羽奈は白自身の苦手な分野を勝手に和輝へ暴露しているんだろう。ショックな上に不愉快で超恥ずかしい。
「ちょっと羽奈!? 」
 これ以上、羽奈の話す白の黒歴史や秘密、恥ずかしい内容などを知られるのはマズイ! 和輝に軽蔑されたくなく、羽奈を和輝から引き離そう駆け寄り、二人の間に割り込んだ。
「うわああ! それ以上、浅倉さんにペラペラ何でも私のことは言わないでよー! 」
 けれど会話の邪魔だという雰囲気で羽奈から軽く肘で腰を押され突き飛ばされる白だった。
「私も流斗も匙を投げるくらいお手上げで。でも、きっと浅倉さんなら白の料理を人並み普通に作れるレベルの料理指導出来ると思うんです。は・なー、浅倉さんが料理指導する姿見てみたいなあ。してほしいなあ。」
 羽奈はチワワみたいな目で和輝を上目遣いをして見つめる。
 普通なら一般人限らず芸能人でも羽奈の上目遣いに男性の多くは胸キュンをし、彼女の気持ちに答えてあげたい衝動にかられたり、自分のことを好きなのではないか好意的な行動だと思う。
 だが、和輝には何の効果もなかった。
 彼は呆れた溜め息を吐いて羽奈の頼み事を拒み断ろうとする。
「そう可愛いく上目遣いで頼まれてもねぇ。」
 羽奈は、何で!? と驚愕する。顔色も青ざめる形だ。
「ガーン! ウソでしょ!? この羽奈様の上目遣いに効かない、靡かない男が居るなんて! 私、千年に一度の絶世の美少女ですよ? ええええええ!? 何で浅倉さんには効かないの!? 」
 席を立ち上がりながら羽奈は、恐ろしい男と思い和輝から距離を取る。
 白は苦笑いしながら羽奈に近寄り、小声で耳打ちをして教えた。
「羽奈。浅倉さんには色々事情があって、ちょっとやそっとで簡単に女性へは靡かないんだよ。」
「何それ!? てか、何で白がそんなこと知ってるの? 」
 羽奈は白から教えてもらい和輝の事情は分かったが、何故彼女は彼とは初対面で初共演のはずなのに、そのことを知っているのだろう。と不思議がる。
 不信な目で見て来る羽奈に白は、動揺するようにたじろぐ。
「もしかして……白。」
 羽奈の次に繋げる言葉が、白にとっては冷や汗を掻く。
 すぐ傍に居る和輝も、羽奈の言うことには一理ある。と思った。
 白の言葉には少しだけ引っ掛かった。
 そんなこと彼女には一言も話していない。
 羽奈が何を口走るかは分からないが、白の立場からすれば恐怖のドキドキだ。
「エスパー!? 」
 白は、羽奈が的外れなことを呟いたおかげで、安堵したが緊張していた為、気が緩み身体のバランスが少しだけよろけた。
 一瞬だけ、羽奈に自分の秘密がバレそうになったかと思った。でも、違った。良かった。
「ち、違うよ。え、SNS上でファンの口コミ情報で知ったというか。あっははは! 」
 笑って誤魔化しながら何とか白は、その話題から反らす。
「もう。それなら早く言ってよ。超痛いし、恥ずかしいじゃん。」
 羽奈は不信には思っていないようだ。和輝もきっと彼女と同じ気持ちに違いないと良いように自己完結する。
( 羽奈、俳優仲間の大河くんという彼氏が居ながら、浅倉さんに平然と上目遣い技を! スゴい! 私には絶対真似出来ない。自分だったら手か足で壁ドンしガンつけて脅す形になってしまう。 ) 
 白が内心そんなことを思っている中、和輝は羽奈とは違って白を疑って見ていた。
 すると、今度は深澤が白を気にして和輝達の元へ近付いて来た。
「浅倉くん、私からもお願い! 白ちゃんをどうにかしてあげてー。」
  水牧も心配するように駆け寄る。
「私からも頼まっせー! 私らもさあ、頑張って白ちゃんに料理指導したんだよ。だけど、匙を投げざる終えないぐらい料理が……ね。うん。」
 羽奈限らず、深澤と水牧に事実を突き付けられると流石に胸が、心が痛い白。
「何か泣けて来たんですけど……。そんなに言わなくていいじゃない! 皆、酷い! あんまりよ! 」
 羽奈達により、和輝に白が料理に関しては超ド下手でおいしい食べ物が作れない女であることがバレてしまい、現実逃避をしたくテーブルに顔を伏せて勝手に一人で落ち込む。
 和輝は、そんな白を無視して羽奈達、三人と話を続けていた。
「そんなに皆、匙を投げるくらいお手上げ状態なのに、僕が流斗くんの代わりに料理指導の先生なって教えても意味はないような気がするけどなあ。」
 顎に手を乗せて和輝は悩む。
 羽奈は外していたマスクを装着し直し、話題を戻し話す。
「いや、きーっと! 浅倉さんなら白の超ウルトラ料理下手を治せます! 」
 まるで未来は絶対、白の料理の腕前は直っている。と悟ったかのように、未来予知した。と自信満々に言い切る羽奈だった。
「その根拠はどっから来るの? 羽奈ちゃん。」
 和輝は、目を死んだ魚の目で見ながら羽奈へツッコんだ。
 羽奈は近くで落ち込んだ白を立ち上がらせ、彼女の肩に両手を置いて必死に励ます。
「白、思考を変えてやってみて。料理を食べて おいしいって言ってもらえる相手を思えば、きっといける! 」
 しかし、白の目は淀んでいた。虚ろな上に自信なさげだ。やる気を失くしている。
「そう言われても、好きな相手なんていないし……。」
 ネガティブ状態で暗い。不のオーラが白の身体全体から駄々漏れだ。
 それでも羽奈は白にやる気を起こさせようと、和輝に聞こえないように羽奈は小声で白に耳打ちをする。
「じゃあ。推しの浅倉さんは? 」
 白は羽奈から和輝の名を出されると、態度がコロッと変わる。
 目がキラキラと輝き、心に花が咲いたみたいに元気になり、幸せを感じ復活する。
「そりゃあー、好きに決まってんじゃーん! 」
 白は頬に両手を軽く当て、デレデレだ。
 単純な性格だなあ。と羽奈は思いながらも彼女へ説得を続けた。
「その彼に料理を作って「おいしい。」と食べてもらえたら嬉しいでしょ? 」
「うっ! それは、まあ。うん。そうだね。」
 羽奈の言うことは一理ある。
 和輝限らず色んな人に料理が上手くなり食べてもらい「おいしい。」と言われたら、嬉しいに決まっている。
 あの姑みたいにネチネチ嫌みや文句など言う器の小さい流斗でさえもギャフンと言わせれる、負かすことが出来るかもしれない。
「思考を変えてやってみれば、変わるはず! 」
「そう……かな? 」
 しかし、果たして可能なのだろうか。
 白には不安ばかりだ。全然、未来予想図が出来ない。
 羽奈は、腕組みをしながら考える。
「でも念の為に、毒味する人は必要よね。」
 考えた末、人差し指をピンと立てて羽奈は呟いた。
「うん。流斗くんは継続にしよう。」
 知らない内に流斗は毒味、いや味見係に決められる。
「毒味って。本当に清水さんが作る料理まずいの? そんな漫画みたいなベタな話がある? 」
 和輝はそんな大袈裟な話なのか? と思い、無表情でツッコむ。すると深澤が彼に何かを一つ手渡した。
「はい。これ。あげる。お守りに。」
 和輝は渡された手元を見る。
 胃薬だった。
 一瞬固まり、白目になる。頭が痛い話だ。
 そして今度は水牧が和輝にまた何か手渡して来た。
「私もあげるー。」
 コトッ。とテーブルに はさりげなく箱付きのビン薬が置かれる。
 箱を読むと乳酸菌薬だった。
「ビオ◯ェルミン……って。えー。何この流れ。僕に拒否なくないですか? 」
 和輝のドン引きと呆れた表情に白は顔色を悪くし、申し訳なくなり頭を何度も下げる。
「すみません! 浅倉さん! 本当なら、私からお願いするべきなのに! 」
「まあ、清水さんが本当にやる気あって、人並みに料理上手になりたいなら協力するけど。」
 白は和輝の「協力。」という言葉に目がキラキラ輝いて黄色歓喜の声を上げる。
「本当ですか!? わーい! もちろん、する! する! します! 是非、お願いしますー! 」
 バンザイと両手を上げたり、手を繋ぎ浮かれて自分の頬に手の甲をスリスリしたり、和輝の両手をさりげなく取り、笑顔で感謝の気持ちを伝え、ピョンピョンとうさぎみたいにその場で軽く飛んだ。
 その白の行動が過去に金髪姿の白がやっていた行動に似ていた。
 和輝は白の顔を、何も言わずただ、じーっと見つめる。
 白は我に帰ると、立ち止まり彼の手から自分の手を離し何事もなく会話を続けた。
 ウノゲームではなく共演者でのトークが始まってしまった。
 監督らはゲームはしないのかと独り言を呟く。
 彼等を無視して白達は話を続けていた。
「でも、そうなるとー、あと一人必要じゃない? 『三人寄れば文殊の知恵』って言うし。
 頭固い淡泊な浅倉くんと激辛口堅物な天宮くんだけじゃあバチバチよ。絶対。仲裁、押さえてくれる穏やかな人が必要よね。」
 深澤が新たな提案を出したが、言い方が良くなかったのか和輝は無表情のままだが、不機嫌になる。
「『頭固い淡泊な』や『激辛口堅物』とかは余計だよ。」
 そんな中、白は表情が青ざめ悪くなる。
( しまった! つい、何も考えず、浅倉さんに頼み込んじゃったよ! )
 和輝に料理指導してもらうのは構わないが、一緒に長く時間を過ごしたり、だんだん親しくなれば確実に自分が過去に出会った地毛金髪の白だということも元ヤンであることもバレてしまう。
 なにより、和輝を白の実家に招いたら家族が別の意味で大騒ぎになりかねない。
 特に祖父はヤバイ。
「貴様にお義祖父さんと言われる筋合いはない! 孫娘はやらん! 」とか騒ぎそうだ。
 流斗を実家に招いた時もだいたい同じだったから間違いない。
 彼の場合は祖父に木刀を振り回し追い立てられていた記憶が白の頭には残っている。
 白は、和輝達の会話する様子を見ながら深刻な表情を作る
( しかも、どうしよう。断るに断れなくなってるー! )
 断ろうかと考えるが、でも今ここで断ったら共演者の人らも不信がるだろうし、浅倉さんにも「なんていい加減で、わがまま自己中女なんだろ。」とか思われて、嫌われてしまうかもしれない。
 今はまだ断る空気ではなさそうだ。
 この仕事が終わったら流斗と連絡を取り、謝り何とかして二人で作戦立てねば。と考える。
 一方、ババ抜きをしている組はというと。
「おかしい! これは何かの間違いですって! 俺、ババ抜きで負けたこと一度もないスッもん! 高丘さん、絶対イカサマしてるでしょ! 」
 立川が自分の手元に持つババ、ジョーカーのカードを見つめ顔色を真っ青になる。身体も震えショックを受けて席を立ち上がり、高丘に抗議していた。
「何をバカげたことを。俺がそんな卑怯な男に見えるか? 」
 高丘はフッ。と鼻で立川を見て笑う。
「いや、見えますね。」
 立川は彼を睨み付け、歯軋りをしながら悔しがる。
「だが、負けたのは事実だ。さあ、今すぐ清水に告白しろ。」
 高丘はニヤリと悪魔みたいな顔をして立川の肩に腕を回し、白の方を見て彼に命令を下した。が。
「断固拒否します。 」
 立川は高丘の腕を乱暴に振りほどいた。
「立川。そもそも、俺がババ抜きを提案した理由はな。お前が清水を好きで、どうすればいい。悩んで毎回俺に相談して来たのが始まりだ。
 お前、清水が好きとか言う割には全然自分から行動しようとしねぇじゃねぇか。だからこうして。」
「いやマジでそうそうお節介いらないですから。つーか、この前、遊びに誘いましたよ。」
 高丘は立川がそう宣言したが、動揺する素振りは見せず、目を細め疑う。
「ほー? だが、それだけだろ? 後は何も進展してないんだろ。」
「うっ! しょうがないでしょ。俺、今超売れてて、たくさん芸能仕事が入って、遊びに誘う暇なんてないんですから! 」
 高丘は情けないと言いたげに溜め息を吐き立川に不満を言う。
「天宮だってお前と同等の立場だが、他人の手を一切借りずに自力で清水を上手く誘っているぞ。」
 立川は高丘に流斗の名を出されて、ズキッと心が痛み身体がよろける。
「そりゃあ、天宮先輩は優位に白ちゃんと同じ事務所所属だし幼馴染みみたいな関係だからで。」
 立川と同じく二十代後半の人気絶頂に活躍する
俳優、八乙女暁がカードをシャッフルしながら呟いく。
「なんでも良いけどさあ。ぐずぐずしてると白ちゃん、誰かに取られるのは間違いないと思いますよー。確かー……俳優の須賀雅康さんなんて、共演した女優の誰かにグイグイアタックしてスピード電撃結婚しましたからねー。」
 八乙女はカードを皆に配り、次の第三回戦が行う。
「普通は、あまり強引すぎると相手に嫌がられたり嫌われそうだけどな。」
 高丘はテーブルに置いてある配られたカードを手に取り、席に座る。
「羽奈ちゃんも最近、俳優の永瀨大河くんと付き合いだしたし。次は白ちゃんも誰かと熱愛報道って可能性もありそー。
 てか、絶対誰も可愛い彼女を方っておかないでしょ。男は。
 俺はまあ、誰かと付き合うより男友達と楽しくやれればそれでいいんスけど。」
 八乙女の隣の席では五十代前半の宝塚女優の伊野妃の肩を六十代前半の俳優、吉野銀次郎が叩いたり、揉んだりマッサージを嫌々していた。
「ええええい! くそっ! 何故、俺が宝塚の男女まさりの美魔女ババアの肩をマッサージしなきゃならねぇんだ! 」
 伊野は、女王様気分だ。
「自分こそ魔王様や偉そうにした独裁者みたいなジジイでしょ~。そんな無駄口叩くぐらい悔しいなら~ババ抜きで一度、勝手からにしなさいよ~。負けた人は勝った人の言うこと聞くルールだったでしょ~。ああ~、気持ち~。効くわ~。」
 吉野は苛立ち文句をひたすら呟いていた。
「誰が魔王や独裁者だ! 自分でエステとか整骨院予約して行き、そのスタッフにマッサージしてもらえや! 」
 八乙女は、そんな二人を見ながら苦笑いする。
「伊野さん……大御所俳優の吉野さんを平然としもべみたいに使ってる。スゲー。俺は真似出来ねぇわー。」
 五十代ぐらいの大御所俳優、渡瀬健蔵は最初から手札に揃っている数字のカードを捨てながら自分の願望を叶える為に必死だ。
「次は絶対私が勝つ。勝ったら、タバコを買って来てもらうとしよう。」
 吉野は肩叩きが終わると、またカードを手に取る。
「渡瀬のヤツ、完全にパシリ扱いする気満々だな。」
 瑠華は数字がバラバラな手札カードを皆に見えないようにして手元にトランプを持つ。
 因みにジョーカーは彼女の手元にあった。
「私、星乃さんに聞いたんですけど、清水さんは強く、逞しくて優しい男の人がタイプらしいですよ。立川さん、きっと清水さんと気が合うんじゃないでしょうか。」
 高丘は瑠華の一言に「グッジョブ! 一条。」と言って親指を立てる。
 瑠華はカードを向けて八乙女と向き合い、彼のカードを一枚引いた。が、揃わなかった。
 ババ抜きをしながら瑠華は欲望を企てていた。
( 立川くんと清水白が付き合えば、流斗様は彼女を諦めざる終えなくなる。そうなれば、私が落ち込んでいる流斗様に手を差し伸べて慰めてあげれば良いだけの話。 )
 マスクで大抵は表情が見えにくいが、瑠華はマスクをしていても分かりやすく、眉や目元の動きがニヤニヤだ。
「瑠華ちゃん、分かりやすーい。」
 八乙女は笑いながらツッコんだ。
「一条は天宮が好きだからな。」
 高丘は時計回りに回って来た相手、渡瀬のカードを取る。数字が揃うと捨てる。
「清水は確か食べ物が好きだったはずだ。食事に誘えばきっと「行く。」と言うはずだ。高級レストランとかどうだ? 芸能人がよく行く安全な店なら、素顔晒しても大丈夫だろ。」
 立川に今度は自分の手札を見せながら話す。
「ちょうど新作映画の親睦会とか理由つけとけば来るか……。俺は芸能歴長いからどっか飯が上手いレストランはリサーチして……。」
 自分のスマホで店の名前を検索しようと考えた。が、高丘は店の名をド忘れした。
「おい。お前ら、ちょっと食べ物が上手い店知ってんだろ。教えろ。」
 立川は瑠華の手札にあるカードを引いて固まっていた。
 またジョーカーが自分の手元に来た。引いてしまった。ショックだ。ニコニコと笑って誤魔化すが痛い。
 そんな立川に高丘は肘で腕を突っつく。
「何ボサッとしてアホヅラしてんだ。さっさと、清水に告白と食事に誘って来い。」
「えええええ!? 」
 高丘にそう言われるが、立川は嫌そうな顔をする。
「お前、まさか清水が好きな気持ちはその程度だったのか? 」
 高丘は立川の態度に呆れた溜め息をまた吐いた。
「違……っ! 」
 立川が高丘に否定しようとすると、人の気配を消して、ひょっこりと立川と高丘の間に顔を出して現れる。
「食事!? 」
 立川と高丘は突然現れた白に驚きビックリすり。
 八乙女は、もう慣れたようにリアクション薄い。
「白ちゃん、動物並みに現れるッスね。」
 そんなことにはお構い無しに白は立川と高丘の話に食い付く。
「今、食事って言いました!? 」
 高丘は苦笑いして白に伝えた。
「し、親睦会開こうと思ってな。こ、高級レストランとか予約しようと思ってだな。」
 まだあくまで予定だ。しかし、白はもう行く気満々である。
「行きます! 」
 ハイテンションにすぐ手を上げる。
「理くんも来る? 」
 白は立川の方へ振り向いて期待する。
「う、うん。来るよ。」
 立川は、白にそう告げると彼女は嬉しそうに微笑み喜んだ。
「良かったあ! 楽しみだね!」
 立川は白の天使の微笑みに胸キュンと和輝としたみたいにまたその場で彼の手を自然に優しく握り嬉しく飛ぶ行動に顔が赤くなる。
 子供っぽいが可愛い。と立川は思った。
「高級レストランで親睦会するんですってー! 高丘さんが今、言ってました。 」
 白は和輝達に声を掛けて伝えた。
 高丘は、白の喜ぶ姿を見てまた親指をババ抜き組に向かって立てる。
「よし。何か知らんが上手く清水を誘えた。後は立川が彼女に告白し、清水が立川の手を取れば、天宮はおしまいよ。フッ。」
 それは三十分くらいの出来事だった。

                 ◆

 そんな会話をしたことを白は、すっかり忘れていた。
( それだけならまだマシだったけど、まさか新作映画のヒロインの髪の色が金髪設定だったなんて! )
 その後、映画のストーリーや登場人物の特徴や性格などの話合いが始まり、脚本家の人から伝えられた白は最大の動揺とショックを受けて目がバッキバキに瞳孔が開いた。
 ヤンキーだった時期や脱却してから流斗に姿が違うことがバレた時もよく目を怖い表情をして脅しや威圧する時と同じだ。
( 金髪なんかにしたら黒歴史である元ヤンの清水白だとバカ丸出し状態で日本全国どころか世界各国に上映されちまうじゃねぇーか! )
 幸い誰にも気付かれることなく表情を普通に戻せたが、内心は穏やかではない。
 準備された会場で祈祷行事が行われる中、白は頭を二回下げ、二回手の平を叩いて神社のお堂の中にある大きな仏像に祈願する。
 ケガや事故がなく、無事に撮影が終われるように皆で祈る。
 しかし、白だけは違うことを願っていた。
( 叶うなら、超売れる前ぐらいの過去に戻りてぇ! んなことは、まあ無理な話だけど。 )
 その事業が終わると、また移動し、新作映画製作決定のお知らせインタビュー記者会見が行われた。
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