不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話

過去と今(2)

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                 2

 午前六時半。
 映画撮影が行われるスタジオビルへと到着。
 ビルは十五階以上あり、そのうちの十二階で新作映画の共演者との顔合わせ、打ち合わせのてんこ盛りの場所に向かう。
 八年幾多いくたも行ったり来たり通い続けるが、見上げれば首が痛くなるほどビルの高さに凄さを感じる。
 中に入れば、色んな人達と沢山すれ違う。
 エレベーターで六階。楽屋のある場所に到着する。
 通路の廊下を歩くと、他の楽屋もそれぞれ有名人の名前が貼り紙されてある。
 もちろん、きちんと『清水 白様』と楽屋に名前が貼って準備してあった。
 そして隣の楽屋には『堤 陽太様』と名前が貼ってあることに気付く。
( 堤さんも朝から来てるんだ。新作映画の前に少しだけ会って話したり出来ないかなぁ。 )
 ドアの前で白は浮かれていると、翠から「さっさと入りなさい。」と注意された。
 白は自分の楽屋に入り、荷物を置く。
 メイクする場所と休憩する和室空間がある。
「共演者の人達は、色々な仕事を掛け持ちしながら忙しい中、日程を合わせて来て下さっている。何度も言ってるけど一般人より芸能業界は曲者揃いだから、気を付けるのよ。」
「了解です。」
「心配だわ。白の人に対しての警戒心のなさ。コミニュケーション能力も演技とかも良いんだけど……。」
 翠は、白に自分の足で先に映画共演する俳優、女優が居る十二階の部屋へと向かうように指示を出し、彼女はマネージャーとして別行動で監督や脚本家やスタッフなどに先に挨拶などして来ると言い、楽屋を出て行った。
 白は翠が居なくなると、持って来たキャリーバッグから、小さな折り畳み式の手提げバッグを取り出し、筆記用具、メモ帳、スマホ、一応台本も入れる。普通はこれぐらいだ。
 だが、白は流斗にも渡したラッピングされたお菓子、三個手に掴んで素早く入れる。
「確か共演者リストに女優、星乃羽奈ちゃんの名前があっし、親友なら良いよね! 先に渡したって! あと他に二人くらいまでなら許されるはず。」
 貴重品は翠に預けてある。キャリーバッグには大したものは入っていないが、盗まれるとそれはまた面倒だ。
 スタッフに頼み、戸締まりする鍵をもらったのを持って白は楽屋から出た。
 ごく稀に、芸能人の関係だと偽り、過激なファンが楽屋に忍び込み、芸能人の私物などを盗難、または芸能人を待ち伏せて楽屋に居たり、ストーカー待ち伏せ行動、盗撮、盗聴器などする者も居るらしい。昔に比べたらセキュリティ万全で、あまり過激なファンは入って来ることはなくなった。が、中には別の芸能人が他の芸能人に嫌がらせをされる場合もあるのだ。
 戸締まりをして、エレベーターに向かおうとすると、隣の楽屋から男性、堤陽太つつみようたが出て来た。
 流斗と同じ三十代イケメン俳優。黒髪でニュアンスパーマに前髪はセンター分けの髪型だ。
 女性ファンからは童話に出て来る『爽やか王子様』と騒がれている。
 ただ彼は流斗と違い、六才の頃から子役デビューして芸能界で生き俳優業歴が長い。
 白や流斗とは比べものにならないくらい映画やドラマ作品が数々あり、大ヒットさせている。
 ストイックで、爽やかな笑顔から、たまにクールな一面もあり日本だけでなく、海外からも大人気俳優だ。
 白は陽太の存在に気付くと、すぐに振り返りお辞儀をして挨拶する。
「あ、堤さん。おはようございます。朝からお疲れ様です。」
「おはよう。朝からお疲れ様です。白ちゃんも、早朝から仕事なんだ。」
 陽太もマスクをしているけれど、朝から明るく太陽のように爽やかな笑顔で白に挨拶する。
「はい。新作映画の共演で、俳優や女優さん達と顔合わせとか色々ありまして。堤さんは? 」
「俺は今度公開予定の映画宣伝とか共演者の方々と、作品の良さとかファンや他の人にもコメントして映画の魅力を伝える完成披露試写会的なことをする予定。
 まあ午前中、色々移動しなきゃならなくて……。午後からは一緒にウェディング雑誌の撮影だったね。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
 白は陽太と歩きながらエレベーターのドアの前に来ると立ち止まった。
 二人とも、上の階に上がるので陽太がリードするようにボタンを押すと、すぐにエレベーターのドアが開いた。誰も乗っていないようだ。
 白が先に乗れるように促し、後から陽太も乗る。
「白ちゃんは何回で下りる? 」
「あ、十二階です。」
 陽太は白が向かう十二階のボタンを押す。自分は彼女よりも上の階、十六階のボタンを押した。
 エレベーターのドアが閉まると、二人だけの空間だ。
「はにゃにゃん。」
 白は、マスクをした状態ではあるが、自分の頬に両手を置いて、照れながら溜め息を吐いた。
( あの時、出逢った堤さんと、同じ芸能業界に私も居るなんて夢みたい。事務所違うけど。 )

                 ◆

 今を遡ること十七年前の、西暦二〇〇四年(平成十六年)、十一月。
 白は小学六年で、本来ならば学校に通っているのだが事情により、不登校をしていた。
 表向きは。
 学校側には連絡を入れて、白は俳優のある青年男性、浅倉和輝の付き人としてと、役者希望で勉強の為にと学びに、芸能の世界に足を踏み入れ、テレビ局に来ていた。
 白い目で見る者も居れば、普通に接してくれる者も居た。
 一ヶ月間、白は芸能界での仕事現場を間近で見たり、指示を受ければ、すぐに必要な小道具などを手渡したり、飲み物を買って来たり、様々なことを学んで感じ経験をしていた。メモも欠かさずに。
 白を付き人として傍に置いている彼は、スゴく優しい人だった。彼女とは八歳年上で二十歳で大人だった。
 あるきっかけで白と和輝は親しくなり、約三ヶ月の間だけだったが、時々会って話したり、電話やメールで連絡するくらい、仲が良かった。友人のようで、年の離れた兄と妹のような不思議で特別な関係だった。
 大御所に、プロの俳優や女優達に一部の関係者、テレビ局に事務所の人達に頭を下げて頼み込んで、許可をもらい、色んな撮影、収録現場や舞台などにも着いて行った。
 時には何処かのホテルや温泉旅館に宿泊する日もあった。そういう場合は違う信頼ある女優さん達の部屋に預けていた。
 白の家族は、和輝を信頼し娘を預けた。
 本来なら、そんなことは許されるはずはない。
 特別扱いだ。えこひいきだ。と思う者も居たと思えば嘘になる。
 実際は子役の子供も、オーディションを受けたりしてドラマなどに出ている。親が付き添って着いて来たりしている。
 新人俳優などもオーディションを受けて、親の付き添いはないが、色んな仕事を引き受けている。
 そんな中で、役者希望でも子供を付き人としていること事態がおかしい。
 大人なら未だしも。
 不信に思って見たりや不愉快に眉間に皺を寄せたりする人も居た。
 けれど白は、周りの目を気にすることなく懸命に与えられた仕事をこなした。
 付き人をしている和輝が彼女の傍を離れても、良くしてくれる別の俳優や女優が暖かく身守ってくれたり、話し掛けてくれたからだ。
 しかし、そんな隙を見て新人俳優や女優さんらが白が一人でトイレから出て来ると待ち伏せされていて、何処かの部屋へと誘導させられた。
 そして壁に追い詰められ、取り囲まれ文句を言われたり罵られた。
 白からすれば恐怖だった。
 自分より身長が高い大人から取り囲まれていること事態に脅えた。
 子供に取り囲まれた時もあったが、大人は違って見えた。
 その人達は白を嘲笑いや高笑いしながらバカにする。
 涙が目から溢れそうになった。身体も震える。顔も血の気が引き真っ青になる。
 泣いたらダメだ。と思っても、涙が頬に流れる。
 白は、どうにか逃げ出そうと思い、目の前の男性の大事な場所を蹴ったり、手を噛み付いたりして、隙を見て出口に向かい、部屋から飛び出し、廊下を必死に走って逃げた。
 しかし、芸能界のビル内は迷路だった。
 自分は、何処の階から来て、何階に楽屋があったんだろうと混乱する。
 携帯は、うっかり付き人として一緒に行動している彼の楽屋に置いて来てしまった。
 おろおろとしながら辺りを見回し、途方もなく歩いていると、角の道から出て来た人と身体がぶつかる。
「すみません! 余所見をしていて、ごめんなさい! 」
 白は、ぶつかった相手に頭を下げる。
 すると。
「何慌ててんの? 」
 ぶつかった相手が立ち止まり声を掛ける。
 頭を上げると、自分よりも年齢が上な高校生くらいの男子が立って居た。
 カッコよく爽やかな印象もあるが、何処かクールな部分があった。
 そんなこと思っていると、騒がしい人の声が後ろからする。
 さっきの怖い新人俳優達だ。
「俺の後ろに隠れてな。大丈夫だから。」
 男子は背中を壁につけ、腕組みをしながら、怖い新人俳優達を爽やかな顔で話し掛ける。
「何してるんですか? あなた方。脚本のドラマ台詞暗記や練習せずに、たかが一人の小学生の女の子を寄ってたかって、いじめて……楽しいですか? 大人のクセに。性格悪いッスね。」
 新人俳優達は、顔を引きつらせた。
「つ、堤さん。」
 白とぶつかった相手の男子は、現在の堤陽太だった。
 ただ、過去の彼は若い。男なのに女みたいに幼い。
「だっせースよ。女の子には優しくしないと。嫌われますよ?」
 陽太は爽やかな顔から小悪魔な表情に変わり、ギロッと睨む。
「それに女をなめてたら、怖いですから。」
 彼の態度の変化に脅える新人俳優達。
「俺らは別にいじめてなんて。」
 他の人も、首を左右に振り必死に否定する。
「へー。じゃあ。これは何かの間違いかな? 」
 陽太はニコッと微笑み、ポケットからボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。
 否定した嫌な新人俳優らの声が流れる。
 白を脅す。彼女の付き人を許す俳優をネット炎天させ役者人生の地位を落とし、芸能界から追放する。だ、他にも俳優や女優の悪口が録音されていた。
 いつ何処で陽太は録音したのかと不思議に思う反面、恐怖で顔色が皆、真っ青になる。
「いやー。偶然だね。君達が居たスタジオに俺、ボイスレコーダーを忘れちゃってて。しかも、録音したままだったんだ。ごめん。」
 舌を出し笑って伝える陽太に、新人俳優一人が脅えながら言う。
「俺らを脅迫するつもりですか!? 」
「まさかー。そんなことして俺に何のメリットがあるの。仮に脅迫したらしたで、今度は俺を逆恨みして仕返しのようにネット炎上する気でしょ。 俺、そういうのマジ勘弁だから。やられたら、やり返すとか好きじゃねぇし。」
 ピッと再生ボタンを止め、陽太は壁から離れ向き合う形で、彼らに厳しく注意した。
「他人に色々文句とかを言う前に、自分のことに専念するべきでは? 今度放送されるスペシャルドラマの役作りの勉強をした方が良いんじゃないんですか? それとも油を売るくらいこの仕事が暇だとか簡単に乗り越えられ生き残れる世界だと余裕かましてるんですか? 」
 白は、陽太は高校生なのに、大人らしい行動に驚く。
「そういうことはさあ。自分の実力を築き上げて、大御所俳優になってから言えば? 」
 陽太は容赦なく新人俳優達に言う。
「まあ、あんたらみたいな大根役者が、芸能界に長く居て、有名になり大御所やプロ俳優になれる器とは思えないけど。」
 新人俳優達は何も言わずに、脅える。
 陽太の笑顔が怖い。悪魔に見えた。
「す、すみませんでした。」
 新人俳優達は顔が真っ青になり、彼が怖くなり謝る。
「俺だけじゃなくて、この子にも謝りなよ。」
 陽太は、後ろに隠れていた白に謝るように促す。
「ごめんなさい。すみませんでした。」
 彼女にそういうと、そそくさと悔しそうに陽太を見て逃げて行った。
 陽太は、疲れた顔になる。
「あの、助けてくれて、ありがとうございます。実は、道に迷ってしまって。楽屋に向かおうと思ったんですけど。」
「ああ。このビル内、迷路みたいだもんね。道、教えるよ。」
 陽太が優しい声で親切に道案内しようとしている。でも、さっき取り囲まれた悪い大人達の印象が脳裏に浮かび、顔がまともに見れない。
 この人は優しくて良い人なのかもしれない。しかし、信頼出来る人なのか不安に刈られた。
 あの人達はニコニコしながら、態度がコロッと変わったから尚更だ。
「ねぇ? 顔色を悪いけど、大丈夫? 君。」
 陽太は、白の様子がおかしく思い、近付き、少し背を低くして顔を覗く。
 白は、ビクッと身体が震え彼から距離を取った。
 尋ねるが反応がない。
 彼は、その後、何も言わずに白の頭に優しくポンポンと手で撫でて慰める。
 白は、目の前に居る陽太が優しく、悪い人ではないことが分かると、少しほっとして、顔を上げる。
 陽太は、白の目や鼻が腫れていて、涙がスゴく流れているのに居たたまれなくなり「ちょっと、着いて来て。」と言って、彼女の手を優しく握り、近くのトイレに連れて行く。
 彼は白が女子トイレから出て来るのを廊下で立って待っていた。
 白に優しく洗面所で顔を洗うように指示をし、陽太に言われた通りに彼女は洗面所で顔を水で洗っていた。
 水で顔を洗ったらスッキリした。
 しかし、拭くハンカチもタオルもない。
 壁に立て掛けてあるペーパー紙で拭こうと手にするが、それより先に廊下の通路から陽太が手だけを出してタオルを渡す。
「あ、ありがとうございます。」
 白はタオルを受け取り顔を拭き終わると廊下を出た。
 廊下には陽太が携帯いじりながら立っていた。
「落ち着いた? 」
 陽太は白の方を振り返りながら尋ねる。
「はい。」
「あんた、浅倉和輝あさくらかずきさんの付き人してる子の清水白でしょ? こんなところで一人、何してんの? あの人の元を離れて。」
 白は、どう言えばいいのか言葉に悩む。
「まあ大方、新人俳優らに、どっかで取り囲まれたて逃げて来たってところか。」
 陽太がそう言うと、彼女は頷いた。
 深い溜め息を吐いて彼は、自分の頭を手で軽くかく。
「何やってんだよ。あの人は。」
「和輝さんは別に悪くないんです。楽屋に待機してるように言われてたのに、勝手に私、一人でお手洗いに行ってしまったので。携帯も持たず、置きっぱなしで出たから。」
 陽太は、携帯に耳を当てながら「ちょっと待ってな。」と伝え、誰かに電話する。
「あ。もしもし。こんばんは。お疲れ様です。陽太です。あんたんとこの付き人、お転婆ちんちくりん娘。発見したので俺が楽屋に連れて来ます。」
 白は自分のことを言われていると思い、ショックを受ける。
「お、お転婆ちんちくりん!? 」
 携帯の電源を切り、ズボンのポケットに居れながら白に悪気もなく言う。
「見たまんまでしょ。あ。お転婆じゃなかった。じゃじゃ馬だ。」
 本当にさっき助けてくれた人なのだろうか。と白は目が点になる。
「冗談だよ。元気があって可愛いよ。君。」
 と陽太の爽やかな笑顔と小悪魔な性格に彼女は何故か太陽みたい人に思えた。
 普通は誰でも怒るか泣くところだが、何故か彼がそう呟いても白には不思議なことに、そういう感情が一切沸いて来なかった。
 陽太と廊下を歩きながら、エレベーターか階段を探し回る。
「あの、あなた新人俳優さんですか? 」
 白は陽太へ素直に尋ねた。
「はあ~? 俺が新人なワケないだろ。堤陽太。子役の頃からデビューして人気絶頂の俳優。こう見えて小学生らにも密かに人気なんだぜ。 」
 白は首をかしげる。
「ごめんなさい。知らないです。 」
 陽太は、今まで誰だか分からずに話し掛けてたのか。この娘は。とショックを受け、身体が少し傾く。
「最近の朝ドラにも出てたんだけど。観てねぇの? 」
 白は、顎に手を乗せて思い出そうとする。
 記憶にない。
「朝ドラ観てますけど、堤さんは、今の作品に出たんでしたっけ? 」
 陽太は顔に手のひらを当てながら更にショックを受ける。
「去年の前期の作品に出てたの! 」
「ごめんなさい。私、去年の五月から日本に引っ越しして来て、アニメばかり見てたから。唯一、夜九時代の学園ドラマ『中三B組金八教師』とか大河ドラマだけ観てたので。母とお祖父ちゃん、お祖母ちゃん隙だから。」
 白は、さっきから陽太との会話で、話の腰を折るばかりで情けなくなる。しょんぼりとしながらそう呟いた。
「そないですか。」
 白は、すぐに陽太がどんな作品に出てるのか、わくわく興奮しながら尋ねる。
「なんて作品ですか?! 今度、レンタルビデオ借りて観ますね! 」
「朝ドラ限らず、他のドラマや映画にも出てるよ。ネットで検索すれば分かるよ。」
 陽太は、クールな割には優しくて気さくだった。
「あ。そうですね!」
 しかも、高校生の男子と話すのは初めてだ。
「信じらねぇ。このガキちょ。俺は六歳で子役デビューし、史上最年少で新人俳優賞も取ったし、この前の日本アカデミー賞で映画も主演男優賞取ったのに。その俺を知らないヤツが居たなんて! 写真集も雑誌にも出てるのに! 」
 陽太は不機嫌そうに呟く。
 そんな中で、白は、また疑問に思うことを口にして首をかしげる。
「写真集? 何ですか!? それ面白いんですか!?  」
 わくわくと興奮しキラキラな目で訴えるように白は陽太に質問した。
「お子ちゃまのあんたにはまだ早いし、知らない方が良いよ。買うのも大人になってから。」
 陽太は、そう白に注意し、言い聞かせた。
 写真集とは俳優に女優、またはアイドルが掲載されたカラー本だ。
 中には少しだけ刺激がある写真もある。
 陽太の写真集にも少しだけあるのも事実だ。
 教育上、小学生の彼女には刺激的すぎるし、本当によろしくない。
 白は「何で? 」と何度も尋ねて来てしつこく騒ぐ彼女に陽太は黙秘する。
 エレベーターで行こうと思ったが、上がって来る階にしても、下る階にしても、今自分達が居る階まで待ってるのは無駄にロスだ。
 階段で行こうと陽太は、エレベーターの近くにある階段を見付けて、白と一緒に上の階に上がりながら違う話題を振る。
「あんた、何で和輝さんと出会ったの? 」
「お祖母ちゃんが好きな俳優さんが、舞台に出ていて、私に一緒に観に行こう。って誘われたんです。」
 登るスピードは、白に合わせてゆっくりと上がる。
「和輝さんは、最近のCMやドラマで少し観て、一目惚れしたと言いますか。えへへ。」
「単純だな。あんた。」
 陽太は何気な世間話をする。
「同い年とか俺くらいの年齢じゃないの? 一目惚れするの。」
「私、青年や大人の年上が好きなんです。だって学校の男子、皆、顔がサル類レベル、女の子にデリカシーないし、ブスとかチビとか容赦なく言ってくるし、男らしくないし、優しくないんです。」
 陽太は苦笑いしながらツッコむ。
「あんた、めっちゃくちゃ容赦なく言うな。」
「でも唯一、私が通ってる学校にイケメンの男子居ましたよ。もう九州地方辺りに引っ越しちゃったんですけど。」
 階段を淡々と二段ずつ早く登りながら、陽太に話し掛ける。
「初めてです。高校生で俳優の堤さんと話せるなんて。特別イケメンで爽やかな外国のおとぎ話に出て来る王子様みたいだから、ファンになりました。和輝さんの二番目くらい。」
 微笑みながら楽しそうに話す白に、陽太は苦笑いしながら、この子、意外にはっきりと口にする。嘘がないくらい素直だ。
「芸能人の俺に直接言われると、ちょっと心傷付くわ。」
「は! すみません。」
 失言してしまいあたふたと慌てて謝った。
「素直だな。しかも立ち直り早いし。さっきまで本当に泣いてた女かよ。変わってんな。あんた。」
 陽太は、フッと不敵な笑みで呟いた。
「堤さん、さっきから「あんた」言ってばっかり。酷い! 」
 白は階段の手すりに両腕を置いて、顔を乗せて、登って来る陽太を待ちながら頬を膨らませながら拗ねた。
「白。だろ? 」
 陽太の突然、優しく太陽のような爽やかな笑みに彼女は、顔が赤くなる。
「ふ、不意打ちです。その顔。」
 白は彼に背を向けて、頬に両手をくっつけて照れて隠しをする。
「なあ。白は、この業界に遊びに来たり、ちやほやされたい為に、見学、勉強しに来たわけじゃないんだろ? 
 本当に役者になりたくて和輝さんの力を借りてまで、ここに来た。
 なら周りに何を言われようが、あんなことぐらいで、泣くな。胸を張って、堂々としてろ。
 言い返すとかそんなこと出来ないなら、無理しなくて答えなくて良いんだよ。無視とか、適当に受け流せよ。まともに相手して傷付いて怖がってたら、この芸能界でも一般社会に出ても、仕事なんてやっていけねぇぞ。」
 陽太は白が立ち止まっている間に、さりげなくそう言葉にして伝えた。刺のある言い方などではなく、諭すように言いながら、彼女の居る階に辿り着く。
「厳しいこと言うけど、子供の内は多少は大人は甘く見てくれて、ちやほやしたり可愛がったりしてもらえるかも知れねぇけど、年齢上がったら、厳しい目で見られるんだからな。」
 白は、目を切なそうにしながら陽太の言葉に耳を傾ける。
「はい。」
「それと、この付き人仕事が終わったら、和輝さんと早く距離を取って離れろよ。あの人だって有名人なんだ。あんたにずっと構う程、暇じゃないし、色々忙しいんだ。」
「はい。」
 白は今一緒に行動している和輝のことを想像する。
 その人は、何も自分に言わないけれど、きっと迷惑に思っていたりしているんじゃないだろうか。や、不安はいっぱいだった。
 今、こうして自分が芸能界で色々動けたり、芸能人と関われるのは夢のよう時間なのかもしれない。
 陽太ともこうして会い、話せることも奇跡なことだ。
 いつかは、会えなくなる。
 別れれば、会えるのはきっと映像の中や舞台だけだ。
 また現実、当たり前の日常生活が待ち受けている。
 私のしていることは、自分勝手でわがままなことなのかもしれない。
 そう思った。
 白は、自分がしてきた行動は余計なお節介と自己中心的で浅はかな考えなのかもしれない。
 陽太の言葉が重く彼女の心に突き刺さった瞬間だった。
 彼の言うことはもっともだ。
 白は、これからの自分の人生を将来どうするか考えなきゃ。現実逃避みたいにして逃げたらダメだ。立ち向かって、学校生活に戻らないと。
 後で今後のことを、彼に話そうと思った。
「あの、堤さんは、何で俳優になろうと思ったんですか? 」
 白は、陽太の背中を追いかけながら尋ねる。
 彼は答えてくれないかもしれないと思った。
 それでも、この人は私の為を思ってくれて伝えたくれた。
 少しだけ陽太のことが知りたくなった。
 彼は、楽屋がある階に辿り着くと、その廊下通路の方へ歩きながら話す。
「母親が……才能あるから、オーディションに出て役者になれ。って言われて。なんとなく受けて合格したから流れで仕事をこなして、演技、違う色んな自分になれて、演じるのが楽しくて。」
 陽太は不思議だったが、白に自然と答えていた。
「だけど、最近……辞めたい。と思ってて。この仕事、別に嫌いって訳じゃないんだけどさ。」
 彼は辛そうな顔を隠して伝える。
「芸能界って、楽しくてきらびやか部分に見えるけど、そうじゃない部分もあるから、芸能界にいつか入るなら気を付けな。変わり者が多くて、良い人ばかりじゃない。それに……俺には。」
 白に話していると脳裏にふと、自分の家庭が幼い頃とは、まったく変わってしまったことを改めて現実を突き付けられた気がし、伝えようと思っていた言葉は途中で止まる。
 小学生に何言ってるんだ。馬鹿らしい。
 陽太は、深い溜め息を吐いた。
「白は、何で役者を目指そうと思ってるの? 」
「堤さんと一緒です。色んな自分になれるからです。でも、いつかは歌手にもなりたいんです。」
 アメリカで父親ともだが、弟とも気持ちがすれ違い離ればなれになってしまったことや、別れたくなかったけれど、初めての友達でお互いの夢の話したり、遊んだりした男の子を想像する白。
「大切な人達に歌で伝えたいんです。直接な言葉では無理でも、歌や歌詞でなら届くかもしれないって。」
 陽太は彼女の言葉に、家族のことを頭に浮かべる。
 言葉で何を叫んで訴えても、あの人だけは一生伝わらない。
 自分も歌手になれるなら、白と同じように歌で分かってもらいたい。伝えたい。と何処かで思っていた。
「ふーん。なれるといいね。」
「はい。」
「白が、またいつか芸能界に戻って来て歌手デビューしたら、俺がファン第一号になってあげる。」
「私も、堤さんがもし歌手デビューしたらファン第一号になりますね。」
 二人は、立ち止まってお互いに小指を絡めて約束をし、微笑んだ。
「あ。そう言えば、あのボイスレコーダーはどうするんですか? 」
「ああ。使わないよ。ただ念の為にデータは移し変えておくけどね。何か俺が不利になった場合に使うよ。あ。安心して。上手く編集して、白と和輝さんや他の俳優女優さんのは使わないから。削除しておくから。」
 白は顔が引きつった。
 ニコニコと笑ってはいるが、悪巧みするキツネ顔をしている陽太が恐ろしい。抜け目がない。
 歩いて、やっと楽屋の部屋に貼られた俳優の名前を見つけ、彼は入り口のドアに優しく手の甲で静かにノックを三回した。
「お届けものでーす。」
 するとガチャ。とドアが開く。
 楽屋から出て来た俳優の青年男性、和輝が、安堵した顔で彼に礼を言う。
「陽太くん、ありがとう。白ちゃん探して連れて来てくれて。助かったよ。」
 陽太は、向き合う和輝にツンと冷たい態度をとった。
「別に。大したことしてないんで。」
 白の背中を軽く押しながら、和輝に会わせた。
「じゃ。俺はこれで失礼します。」
 陽太が楽屋から離れて何処かへ歩いて行く背中を、白は追い掛けて呼び止める。
「堤さん! 」
 陽太は立ち止まり、彼女へ振り返る。
「あの、色々ありがとうございました。助かりました。優しいんですね。」
「優しくねぇよ。」
 陽太は、不敵な笑みをしながら白にそう伝えた。
「もし白が本当に芸能界に来たら、いじめるかもしれねぇよ? 」
 彼は、腰を低くしながら、白の目線に合わせて耳元に優しく囁く。
「お転婆だけど超変わってて他の女子と違うから面白いし、キュートだから。」
 白は目が点になり、呆ける。
 さりげにキザな言葉や距離にどう反応していいものか、彼女は混乱する。
「後、メイクとか服装とかレベルアップすれば、より魅力が出るんじゃねぇの? 今も充分キュートだけどさ。」
 ポンポンと白の頭を優しく撫でながら言う。
 すると、和輝が陽太の手を軽く叩いて払い除け注意する。
「コラコラ。陽太くん。高校生の君が、年下で小学生の白ちゃんにも口説くの? 止めなよ。」
 白に和輝は苦笑いしながら伝える。
「彼は、からかってるだけだから。他の女の子にも同じこと言ってるし。真に受けたらダメだよ。」
 白は和輝が言った言葉で正気に戻ると、陽太と別れる前に言いたいことがあったこと思い出した。
「あの、堤さん。好きな色は何ですか? 」
 彼は、きょとんと不思議な顔をする。
「暖かい色かな? 何? いきなり。」
 陽太は白の質問が気になる。
「いいえ。ちょっと聞いてみただけです。」
「本当に変な女。」
 彼は白の髪をさりげなく自分の指で絡んで遊ぶ。
 その彼の行動に和輝は、また軽く手を叩いて叱る。
「陽太くんって、小学生にもナンパする趣味あったんだね。知らなかったよ。」
「やだなあ。ナンパじゃないですよ。俺、小中学生のガキには興味ないんで。俺と同じ高校生とか、もっと二十代ぐらいの年齢に上がったら考えてやっても構いませんけど。」
 陽太は白の前で片膝を付いて、彼女の片方の手首を優しく取り、彼女の手の甲にキスをする。
「でも、俺にとって白は誰よりも超面白い女の子だから。分かんねぇかも。」
 白は、また目が点になって呆けた。
 和輝は、眉間に皺を寄せながら無言を貫いた。
 白と陽太を交互に見ながら、何故か二人の様子にムカムカ苛立っていた。
「なんてな。じゃあな。白。」
 そう言って陽太は立ち上がり、和輝の方を一瞬だけ見つめ。
「この子、守ってやりなよ。先輩。」
 そう彼に伝えると、今度は振り返らずに背中を向けて、白と別れた。

                   ◆

 それからまた更に時は流れる。
 西暦二〇〇十年(平成二十二年)、七月。
 白は高校二年生。平凡なごく普通の女子高生として生活を送って……は、いなかった。
 中学から高校二年生になっても地毛金髪姿で学校には行かず不登校。平日、東京の街中を動きやすい私服姿で転々と歩いていた。
 目付きは悪く、現在とは打って変わって、優しく明るい天真爛漫な面影もなく荒れヤンキー女子となっていた。顔も喧嘩したのか傷だらけだ。
 別に彼女は毎回、他校の不良と喧嘩しているわけではない。
 コンビニや店から万引き、または街中でのスリ、物取り、空き巣する犯人、賽銭泥棒などを見かけたら、足で引っかけて転ばせ、柔道や空手技を使い気絶させれば警察に連絡し犯人は逮捕。
 他にも電車内で痴漢や盗撮犯罪者を見つけては、ことごとく同じ手を使い、自分で引っ捕らえて駅員の人のところまで犯人を引きずって通報などもある。
 正義の味方のように人助けなどしていたりするが、自分の存在は知られたくないので姿を消して逃げる感じだ。
 本当は白のお手柄である。だが、世間には公にされることはない。未成年で不登校の女子高生だからだ。
 だが、度々テレビでは『犯罪者を警察よりも早く未然に防ぐ謎の女子高生』と騒がれていた。
 東京の中央区の街中、日本橋近くの喫茶店で、五十代ぐらいの男性店員が、壁に立て掛けてある小型テレビ画面に流れる映像ニュースに、その特集が流れていたのを観ながら溜め息を付きながら、グラスにパフェの具を盛り付けていく。
「白ちゃん、学校サボって何やってんの? 
ギャルなら分かるけどヤンキーになって一人で他校の不良男子と喧嘩以外に犯罪防止とか人助けして危ないよ。夜もうろうろして。
 たまに柄の悪い青年とゲーセンとかクラブとかネットカフェで寝泊まりしてるって悪い噂も流れてる。
 君のお母さん、きっと心配してるよ? 帰ってあげなよ。」
 注文する店長の言葉を聞きながら、白はカウンター席で注文したクレープをおいしそうに食べていた。その時だけは、目がキラキラし可愛い普通の女子高生の姿だった。
「柄の悪い青年とクラブだあ? なんじゃそら。んな所に行ったことないよ。デタラメだっつーの。」
「白ちゃんの何が嘘で本当か分からないし、何があったか知らないけど……ちゃんと、今後の将来のこと考えた方が、おじさんは良いと思うけどねぇ。」
 白は、店長の言葉を無視して、無言でクレープを頬張って食べる。
「将来ねぇ……。どっかのバカな淡白好青年の男も言ってたねぇ。」
 白は、目を細目ながら遠い目をする。
「何の目的も夢に就職する気もないのに、学校になんか行っても楽しくねぇよ。体育祭、文化祭とか何か盛り上がるイベントなら参加してやっても良いけどさ。
 ま、いいじゃないの。期末テストに中間テストも受けてんだから。委員会の仕事や部活も最小限には参加してんだし。結果オーライでしょ。」
 白は、店長が作った試作中のパフェを、じーっと食い入るように見つめながら答えた。
「でも流石に高校上がってもヤンキーなんて……止めた方が良いと思うんだよ。せめて、ギャルぐらいに昇格したら? 」
 幸いにこの店には客の足取りは少ない。
 白は、店長が後ろを向いている隙に、席を立ち、誰にも気付かれることなく、足音立てることなく厨房に忍び込んで、試作中のパフェに手を伸ばす。
「オシャレなんて興味ないし、一人が楽ってもんだぜ。女子友達グループ作って、つるむなんてバカバカしい。どうせハブかれたり、いじめられたりして精神的に追い詰められて不登校か自殺に追い込まれるのが落ちだよ。」
 白はまた音を立てずに何事もなくカウンター席に戻ってパフェを食べる。
「けどねぇ。白ちゃんは髪も顔も性格も可愛いんだからさあ。せめて言葉遣いとか直そう。
 もし好きな人が出来た時、流石にヤンキーで言葉遣い悪いとさあ。誰も振り向いてくれないよ? 」
「男なんて女よりろくなもんじゃねぇよ。嫌いだね。でも、優しいおじさんみたいな男なら許す! おいしいもの作る料理人とかパティシェとか。」
 すると「店長! 」とバイトに来ている店員の女性が彼に大きな声で声を掛けた。
「何?  」と女性店員に振り向く。
「今さっさ店長が作った試作中のパフェ、カウンターに居る子が勝手にまた厨房に忍び込んで取って、平然と食べてますよ。」
 女性店員に言われて、近くの厨房台に置いていた試作中パフェらが忽然と消えていた。
 確か一個とかではなく四個ぐらい作っていた。
 それが全部ない。
 カウンター席で堂々と白がスプーンで食べているのに驚愕だ。
「うめー! このパフェめっちゃ最高! おじさん、これ新作商品にしたら売れるぜ! あたしが保証する! 」
 柄のグラスが四台の内、三台あった。
 中身は全て白の胃袋の中だ。
 彼女は、おいしいスイーツや食べ物料理を食べている時だけは明るくて天真爛漫で笑顔だ。
 ただ逆に店長は、涙が出るくらいショックすぎてガッカリする。
「白ちゃん。おじさん、君の胃袋の中に入れる為にパフェ作ったんじゃないよ。」
「細かいことは気にすんなって。金は、ちゃんと後で払うからさ。」
 そんな賑やかな会話をしていると、街の外が何やら騒がしくなる。中には黄色い声やらが混ざる。
「何だ? ありゃ? 」
 白は残り一個のパフェを手に持ちながら喫茶店の出入り口から顔を出して、外の通りを見る。
「芸能人がグルメリポートか何かで取材ついでに、ファンに挨拶でもしてるんじゃないの。番組宣伝の為とか。」
「ふーん。」
 テレビ局のカメラマンスタッフやアナウンサーが通りすがりの人々に声を掛けているようだ。
 白は、興味をなさそうな顔で、また店内に戻っていく。
「あれ? 意外と興味ないの? 小五か六の時、イケメン俳優やアイドルにドラマとか好きで騒いでいた時期があったじゃない。」
「ドラマと現実は違うの。どうせ顔がイケメンでも性格とかはろくな奴じゃないよ。お面か何か付けて皮を被ってるだけさ。本当は大したことねぇんじゃねぇの? 」
 白は、立ったまま最後の一個のパフェも完食し、グラスをカウンター席に置く。
 五、六年前は芸能界に憧れていた頃の純粋な白は何処へ行ったのやら。
 すっかりと心が荒んでひねくれてしまった様子だ。
 店員女性は「用が済んだなら早くお勘定払って学校に帰りなさい。この甘党味バカ娘。」と白に注意する。
「誰が、あんたの指図なんか受けるか! 学校なんか帰るわけねぇだろ! 」
 白は店員女性にガンつけるように睨み合う。
 そんな二人が口喧嘩していると、まだ外の様子を見ていた店長が慌てて、白の首根っこを掴んで、再び厨房へ引きずるように連れていく。
「白ちゃん、頭を下げて隠れて! 学校サボっているヤンキー女子高生を、平然と平日に店で食べさせているとバレたら、風評被害に合うし、この店の主人は何でヤンキーに平然と仲良く接しているのかとか、注意しないのだとか色々世間にテレビで映ったらアウトだから! 」
 白の身体を無理矢理にしゃがませ、姿が見えないようにする。静かにするように言い聞かせる店長。
「世知辛い世の中だなぁ。少し前までは暴走族も居たのにさ。」
 小声で白は文句を言って、パーカーやズボンのポケットの中に手を突っ込んで何かを探す。
 ない。携帯がない。
 顔が真っ青になり、さっきパフェを持ったまま外に出て立ち食いしながらインタビュー取材を、ぼーっと眺めていた時に、ポケットから携帯が落ちたに違いない。
「冗談じゃねぇ! 携帯がなくなったら、お母さんに連絡出来ねーじゃねーか! 」
 白は厨房を飛び出し、喫茶店の入り口を出て、歩道の道を片っ端からしゃがんで、見て探す。
 すると、行き交う人の足に蹴られ、傷付いてはいたが白の携帯が道端に落ちていた。
 数キロの歩道に、現代では折り畳んで使うガラケーという携帯を発見する。
 液晶画面や電話番号のボタンなどが開いた状態だ。
( 誰も踏むなよ! もし、あたしの携帯踏んで壊した奴は容赦なく放り投げてやるぜ! )
 白の目には、自分の携帯を一点に集中して見つめる。
 その時だ。
 向かい側から急ぐように走って来る青年らしき男性が、歩道の道に落ちている白の携帯だと気付くことなく、思いっきり強く踏んづけた。

 バキッ!

「え? 何? 今の音? 何か踏んだ? 」
 青年は、慌てていたが、何か壊れた音に立ち止まり、自分の足元を見る。
 白の携帯は真っ二つに破損した。無惨だ。
 彼女は自分の破損した携帯にしか目を向けておらず、踏んづけた青年を手で強く突き飛ばした。
「ぎゃあああー! あたしの携帯があああ! 何すんだ! テメー! 足元よく見て走れや! 」
 青年は尻もちを付いて「痛ってー! 」と呟くが、白からしたら突き飛ばした青年より破損した携帯の方がショックで、とっさに彼の胸倉を強く掴んで怒鳴り散らした。
 すると、白の目の前にイケメン俳優の堤陽太の顔があった。
「ごめん! 急いでて。弁償したいんだけど、俺、仕事でさ。」
 白にとっては、奇跡みたいな話だ。
( 五年前に芸能界で会って、話した堤さんだ。)
 我に返ると、白は慌てふためき、彼から手を離した。
「本当にごめんねー! お詫びに何か……。」
 陽太は、焦りながら本当に申し訳なさそうにして、上着やズボンポケットに手を突っ込んで何かを探す。
「あー……しまった。何かチケットとか持っていれば良かったんだけど。この前買った高級キャラメルと油性マジックペンとスマホぐらいしかねぇ。」
 陽太は深い溜め息を付くが、意外とお気楽だ。
「まあ、いいや。君、名前は? 」
 白は彼に名前を訪ねられるが、彼女にとっては、これは現実だろうか? 久しぶりの再会に緊張して声が出ない上に、身体が動かない。
 目の前にある爽やかな笑顔の陽太に赤くなる。
「あ、あの……えっと、っ……しろ。」
 緊張で、やっと声を出したが「ましろ」の「ま」が掻き消えて呟いてしまった。
「しろちゃんねー。」
 陽太はキャラメルの箱に素早く自分のサインを書いた。
「はい。俺のサイン付き高級キャラメルあげるー! 特別ね。携帯壊して本当にごめん。」
「いいえ! あの、こちらこそ、すみません。突き飛ばしたり、胸倉掴んだり。サイン、ありがとう……ございます。」
 有名人で俳優の堤さんにケガをさせてしまったのではないかと脅えつつも、陽太の身体から離れて何度も頭を下げて詫びる白。
 陽太は、立ち上がりながら足のズボンに付いた汚れや砂などを祓い、ようやくきちんと白の顔を認識した。
「お。よく見たら……ギャルかヤンキーか分かんないけど、君、ちょー可愛い! 金髪だし天使みたい。オシャレしたら、きっともっと可愛く綺麗な女性になれると思うよ。」
 白はニコニコと陽太が微笑むと、あの五年前の台詞が鮮明に思い出された。

                  ◆

「もし白が本当に芸能界に来たら、いじめるかもしれねぇよ? 」や「お転婆だけど超変わってて他の女子と違うから面白いし、キュートだから。」だ「後、メイクとか服装とかレベルアップすれば、より魅力が出るんじゃねぇの? 今も充分キュートだけどさ。」と言われた確かな言葉。

                  ◆

 白は五年ぶりに陽太の言葉や記憶を思い出し、懐かしくなり頬に涙が流れた。
「どうしたの? 」
 陽太は白のことは覚えていない様子だった。
「ああ。泣かないで。あんまり泣くと目が腫れちゃうよ。」
 陽太からすれば、何で金髪の少女は急に泣き出すのか意味が分からず戸惑う。
 ハンカチを取り出して、白に手渡した。
「堤さん、ごめんなさいっ。」
 白は言葉を敬語に戻して、謝った。
 彼から受け取ったハンカチで涙を吹きながら、言葉を繋いだ。
「あの、浅倉和輝さん、元気にしてますか? 」
 陽太は、首を傾げる。
「ん? 」
「いや、その! 」
 そうだった。堤さんは自分のことを覚えていないんだった。
 人の覚えている記憶というものは限界がある。
 とくに有名人は一般人より沢山の人と会う。
 そんな中で白と会って話したのは一回だけだ。
 忘れてしまう。よっぽどの強い印象がないと。
「いえ! 何でもないです! 」
 白のしょんぼりと暗い様子に陽太は気になっていた。何とか笑顔になってもらわなければ。と思い、また手にポケットの中を探る。
「お。カメラもあーった! インスタントカメラだけど。」
 そして、さりげなく白の手を握り、先程彼女が居た喫茶店へ引っ張って歩いて行く。
「お邪魔しまーす! 店長さん、俺ら撮って! このカメラで! 」
 店の出入り口のドアのベルが鳴り、客かと思いきや俳優の陽太と白が中に入って来ると、店長は呆けた顔をする。
 店員女性は「陽太様! 」と目がハートになる。声も黄色い声だ。
 客は少ないが数人居た女性達も黄色い声を上げる。
「どーも。」と営業スマイルだろうが、陽太のニコニコな微笑みに一部の女性達は瞬殺のように倒れる。
 白と店員女性、店長は意外と冷静だった。
 何枚か店長に撮ってもらい、この喫茶店の店長、店員女性、陽太、白の四人での写真も撮った。
 店長からインスタントカメラを受け取ると、陽太は店に飾る色紙に自分のサインを書きながら、白に話し掛ける。
「お詫びって言っても、こんなことしか出来ない。」
 陽太はサインを書き終え色紙を店長に渡すと、傍に居た白の頭に手を軽く乗せる。
「何を悩んで荒れちゃって、そんな悪そうな子になってるか知らないけど、早くしろちゃんが心から笑えて人生再スタート出来るように俺が出演している映画やドラマとか観て元気出してね。」
 そう言って、彼女の頭を優しくポンポンと撫で微笑む。
 いつかの時と同じ撫で方だった。
「相変わらず反則ですよ。もう。」
 白は、陽太から背中を向けながら、そっぽを向き照れる。
「どっかのお転婆ちんちくり娘に似てるね。君。」
 白に聞こえるか聞こえない声で陽太は、そう呟くと、自分のズボンポケットからスマホの着信音が鳴る。
 スマホを取り出し、素早く電話に耳を当てて出た。
「はい。もしもし。」
『陽太くん! 君、今何してるの!? 番組収録場所に着くの間に合わないよ。何処までトイレに走って行ったの? 十分ロスだよ。』
 相手は陽太のマネージャーからだった。
 陽太は白の金髪の髪を指で絡め遊びながらマネージャーと会話する。
 いつか幼い白にした仕草も同じだった。
「すみません。ちょっとしたアクシデントがありまして。今、近くの喫茶店に居ます。安心してください。その件は片付いたので。すぐに向かいまーす。」
 そう言って電話を切り、絡めてい指を優しく離す。
「ごめん。俺、本当に行かないと。近い内に、今の撮った写真をこの店に送るから! 」
 陽太は飛び出すように入り口のドアノブに手を掛けて引いた。
「じゃあバイバイ! しろちゃん! 俺が出る番組とか舞台観に来てねー! 」
 陽太は、白に笑顔を返して去って行った。
「あ、あの! 」
 白は、彼の後を追いかけ店を出て姿を探す。
 停まっていた芸能人が移動に使う車に乗り込もうとする陽太を見つける。
「堤さん! 私の本当の名前「しろ」じゃなくて! 」
 白は大きな声で叫ぶが、陽太は車に乗ってしまった上に、ドアも閉められた。そして、発進し走り去って行った。
「応援してる。っても、言えなかった。うわあああ! あたしのバカー! チクショー! 」
 彼女は、自分の頭の左右を両手でぐちゃぐちゃにして悔しく思いながら、遠ざかる陽太が乗った車を見つめた。見えなくなるまで。

                   ◆

 一方、車の中に乗って座席に座り、シートベルトをすると陽太は白と撮ったインスタントカメラを車の中に詰んである紙袋に入れながら、マネージャーに写真印刷するようにお願いした。
 マネージャーは「分かったよ。」と呆れながら答えた。
 すると、自分の手に金髪の長い髪一本が付いてることに気が付く陽太。
 先程の喫茶店で白の髪を絡め遊んでいた時、自然に抜けた彼女の一本の金髪の長い髪だ。
車から街の景色を眺めながら、指で一本の金髪の髪を優しく撫でる。
「あのさー。芸能界に『しろ』って女優……居たっけ? 」
 ふと陽太は運転するマネージャーに尋ねていた。
「『しろ』? そんな女優、芸能界に居ないけど。」
「さっき金髪の女子高生っぽい子がさあ。」
 彼は一人の金髪の女子高生が「堤さん、ごめんなさいっ。」や「あの、浅倉和輝さん、元気にしてますか? 」と聞いてきたことに疑問に思い、マネージャーに話て聞かせた。
「何かさあ。俺や和輝さん知ってる感じで、話し掛けて来てさあ。」
 金髪の髪に目線を送り見つめながら呟く。
「俺、付き人とかしたことないし、和輝さんの知り合いとかで付き人していた女なんて居たっけ? 」
 マネージャーが「浅倉さんか彼の事務所に連絡して聞いてみる? 」と問う。
 陽太は、眉間に皺を寄せながら複雑な表情をする。
「いいや。しない。面倒くせーし。」
 金髪の一本を陽太は近くにあったドラマの台本の間に挟み込む。
「ははは。金髪の女性なんて、今時は芸能界にいっぱい居るよ。」
 マネージャーは運転し笑いながら彼に返事を返す。
「だよねー。」
 陽太は自分のスマホをいじくりながら、マネージャーの話を聞く。
「浅倉和輝さんのファンや付き合いたいって女性も沢山居るよ。芸能界でもしかりで。」
「だけどさあ。あの金髪の子、泣いてたんだよねー。」
 珍しく一人の女の子を気に掛ける陽太に少し驚くマネージャーだった。
 バックミラーに映る彼を一瞬だけ見て、また前を向いて安全運転する。
「何かの間違いじゃない? 二人とも有名人だから適当に名前出して、お近づきみたいにして、きっかけ作ろうとしたのかもよ。」
 それでも陽太は納得しない不満顔だ。
「俺には、あの『しろ』ちゃんて子が、陰湿で嫌な女には見えなかったけど。」
「まあ、仮にそんな子が居たとしても、芸能業界に入っても、挫折して辞める、引退する人も沢山居て出入りが多いじゃない。君が深刻に気に掛ける必要はないよ。」
 マネージャーと会話しながら、陽太はスマホで『金髪の女子高生』、『俳優』、『浅倉和輝』とスペース一個ずつ間を開けて文字を指で打ちネット検索する。
 液晶画面にはネット検索した結果が一番上から順番に色んな情報が出て来た。
 すると、脳裏に一瞬だけ小学生の白の顔が浮かんだ。そして、さっき泣いていた金髪の女子高生の顔を思い出す。
「まさか……白? 」
 陽太は目を大きく開きながら呟いた。
「何か言った? 陽太くん。 」
 マネージャーの言葉に彼は、すぐに表情を元に戻しながら答える。
「別にー。」
 そう言いながら、心の中で陽太は、思い出した。
( ふーん。なるほどね。 )
 五年前ぐらい確かに一度だけ会って話した幼い白と、さっき会った金髪の女子高生の顔が確かに面影が重なる。
 忘れてたが同一人物だと認識し、陽太は口元をニヤリとして笑う。キツネみたいに目を細めて。
「いつか、マジで芸能界に戻って来たら、面白そう。」
 そう思っていると、スマホの液晶画面がネットサイトから非通知電話画面に突然切り替わる。
「っ……! 」
 恐怖感を感じ、すぐに電話拒否する。
 が、またしつこく掛かって来る。
 着信音を消したくてバイブではなくサイレントに切り替えた。
 そして、スマホを台本の近くに強く放り投げ、今までにない重く苦しい溜め息を吐いた。
 陽太は一気に顔が真っ青になり、自分の心を落ち着かせる為に自分の爪を唇で軽く噛んだ。
「いつになったら、楽になれるんだ。俺は。」
 陽太は車の窓から空を眺め、疲れたような顔をしながらも撮影現場へと車で向かって行った。

                    ◆

 白は陽太に上手く別れの言葉が言えなかったことにもショックを受けてもいたが、五年前に一ヶ月だけ芸能業界を行き来していた清水白であることを打ち明けることも出来なかったことに、盛大な溜め息を吐いて喫茶店に戻って来た。
 カウンター席に座り、うつ伏せになってしばらく落ち込んでいた。
( 今の私じゃダメだ。和輝さんにも堤さんにも会わせる顔がない。 )
 目を瞑りながら、過去に過ごした二人の顔が久しぶりに記憶に甦る。
( 今の私じゃ……会えない。 )
 店長は、心配そうに白の様子を見ていた。
「どうしちゃったんだろうね? 急に白ちゃん、静かになっちゃって。」
店員女性は「パフェ食べ過ぎて、お腹壊し店のトイレで嘔吐されちゃ迷惑ですね。」と嫌みを試しに呟いてみる。
「誰がパフェ食べ過ぎて、お腹壊して店のトイレで嘔吐するか! んなわけねぇだろうが! 」
 白は怖い顔で振り向き店員女性を睨んだ。
「あ、聞こえてたみたいだね。」
 店長は、また試作品パフェを一から作り始めながら呟いた。
 白は、カウンターの席から立ち上がり、テーブルにバン! と手を強くついて呟いた。
「よし! 決めたぜ! 」
 彼女はニヤリと笑う。
「あいつらを負かしてやる! このあたしを忘れたこと後悔させてやるぜ! 」
 独り言を呟く白を見、店長は不思議がり首を傾げる。
「誰を? 」
 店員女性も「さあ? 」と同じく首を傾げて言う。
「あの時よりも可愛く綺麗になって、再びあいつらの前に降臨し、びっくりさせてやる。にゃはは! 」
 口を猫みたいにして笑い、小悪魔みたいな思考に走る。
「店長! 」
 白は叫びながら店長の方を見る。
「ん~? 」
 そしてとんでもないことを言い出した。
「あたし、ヤンキー脱却して普通の高校生に戻ることにしたぜ! んで! 可愛くなって男に振り向いてもらえるくらいモテまくってやんのよ! その為にはやっぱりオシャレっつーものが必要だろ? どうすりゃいいんだ?  」
 白は、カウンター席から厨房へと移動し、店長の元へ行き胸倉掴んで、彼の身体を強く揺らす。
「お、男のおじさんに尋ねられても……。」
 店長は目を回しながら、白の手首を掴んで優しく下ろしながら、厨房の台に手を付きよろけて答えた。
 店員女性は白のとんでもない決断に呆れ顔だ。
「あなた、どういう風の吹きまわしですか? いきなりオシャレとか言い出すなんて。」
 じーっと、彼女に不信な目で見られながら白は厨房から出て来て、自分の顎に手を乗せてニヤリと微笑み調子に乗るように言う。
「それは……。つ、堤陽太みたいなカッコイイ男を彼氏としてゲット。幸せを勝ち取る為さ。」
 本当は芸能界に居る俳優の和輝と陽太にもう一度会いたいからである。そして、自分自身の夢の為だ。
 そんなこと言えるはずもない。
 言ったら笑われるのが落ちだ。
 自分は意外とプロポーションも顔立ちも悪くないし、透明感素肌だ。イケる。
 心の中で、そう思っていると。
「無理ですね。」
 と、店員女性は真顔で言う。
 他のお客が来ると真顔から営業スマイルで「いらっしゃいませ。」と言い、グラスに水を入れてお盆を持って行き席を案内はさ、ハンディターミナルを使い注文を取った。
「あんだとコラッ! 」
 白は、素知らぬ顔をし客に注文を取る彼女に逆ギレし怒りながら床を片方の足で貧乏揺すりをする。
「容赦ないし、身も蓋もないね。」
 店長は厨房で、ボウルを使いメレンゲを作る為にカシャカシャと泡立て器を使いながら呆れ顔だ。他にも厨房で働くパティシエの男女達や他の店員男女達は苦笑いだ。
「お待たせしました。パンケーキセットになります。以上でご注文の品よろしいでしょうか?」
 店員女性は営業スマイルで注文した客にメニューを運び、仕事をする。
 白は、さっきの彼女の言ったことが気にいらず、納得いかないので、客に見られないバックヤードに移動し店員女性を待っている。
 店員女性は彼女がまだ居ることに深い溜め息を吐いた。
「だいたい、あなたがヤンキー脱却したとしても、顔がいくら可愛かろうが、あんたみたいなちんちくりんで考えなしの行動するわ、口悪いわ、品性も服装も地味。何の魅力もなのよ。」
 女性店員の言葉は意外にも的確についている。
 少しだけ白は動揺し傷付いた。
 店長は厨房から白の姿を一度見て「確かにそうだけど、酷いこと言うねぇ。」と呟く。
 白は服装が動きやすいとはいえど、地味に男が着てそうな大きなパーカーとジャージズボン姿。女ではなく男っぽい。
「天地がひっくり返っても陽太様は芸能人俳優です。」
 しかし白は、すぐに立ち直り「良いんだよ。んな細けぇーことは。あの人みたいな男の隣に立っても大丈夫なように魅力を引き出せればそれで良いんだ! 」とポジティブに戻り主張する。
 店員女性は真顔で「いや、ないですね。陽太様みたい男の人は。仮に居たとしても隣に立つ? 何言ってるのあなたは。バカなんですか? 」とグサッとくる言葉を言い放つ。
 店長は店員女性に「君、心にもないこと意外にはっきり言うよね。」と呟いた。
 すると白は能天気に笑いながら、尋ねる。
「ところでさー……普通の女子高生って、制服以外普段はどんな服着てんだっけ? 何をすればいいんだっけ? 」
 店長と店員女性は、彼女の言葉にガクッと身体が傾く。
「店長、この子、やっぱりバカなんじゃないんですか? 」
「んー……どちらかと言えば天然かなぁ。」
 何だかんだ店の人や客にアドバイスをもらい、白は、明るく笑いながら風のようにさって行った。
 それから二ヶ月後、九月。
 白はヤンキーを脱却し、学校に行くことを決意した。
 相変わらず髪の色は地毛金髪には変わりないが、髪の質は前よりは良くなってふわふわだ。ボサボサ感はない。
 髪の毛を左右三つ編みに結び、残る後ろの髪は残し、腰まで流れていた。
 背筋もまっすぐで、肌も手入れも前より良く透明感で艶々だ。制服の服装改善もない。乱れなく普通だ。男みたいに腕組みも、股を開く仕草も、座る時に足を組むこともない。
( 完璧だぜ! ……じゃなくて、完璧ね。 )
 鏡の前で、陽太のニコニコをイメージして微笑む。
 言葉は標準語。です。ます。をなるべく使う。ちょっとしたことで、すぐにぶちギレて暴言も怒鳴るのもなしだ。心穏やかに。優しい口調で話せば楽勝だと思いながら学校へと向かう為に、ボロアパートの家を出る。
「行って来るね。お母さん。」
 母親も仕事の為、家を一緒に出て行く。
「白、まさか学校に行くのは……気に入らない男子生徒を殴りに行く為……とかじゃないわよね?」
「何言ってるのよ。お母さん。普通に学校に行くんだよ。」
 ガクッと身体を傾けながら、深い溜め息を吐いた。
「じゃあ、期末テストとかそういうの受けたら、すぐに帰って来るとか? 」
 まだ母親は信じてくれてないようだ。
「だから、今日から平日毎日学校に勉強しに行くんだって。生徒や先生達とコミュニケーションも取り関わり社会を学びに行くの。」
 白はアパートの階段を下りながら話す。
「実はね。堤さんと会ったんだよ。夢みたいな話だけど。」
 母親は、黙ったまま話を聞いていた。
「私、頑張って高校卒業したら、大学まで行く。そして、いつかはまた夢を追いかける。随分と時間掛かったし、遠回りしたけど。あの二人に再会するその時まで、恥じない行き方する。」
 母親は幼い頃の笑顔で素直な娘に戻ったのが嬉しくてクスクスと笑いながら言葉を返した。
「三日坊主で終わらないように頑張りなさい。」
 白は陽太と再会したことは全然信じてくれてないな。と思った。
「行ってらっしゃい。」
 母親は娘にそう伝えて仕事場へと向かう。
「うん。お母さんも無理せず仕事頑張ってね。」
 白も母親にそう伝え、お互いに道を別れて、彼女は学校と歩いて行った。
 学校に向かう為、生徒らは徒歩で通う者も居れば自転車通勤、交通機関を使い登校する者も居た。
 白も交通機関を利用して徒歩で向かう。
 その度に街の人も生徒も、じろじろと不信に思いながら見る。
 校門の近くを清掃する人や、挨拶運動の為に、早く来た生徒と教師が並び「おはようございます。」と言う中で、白は校門を潜り抜け皆に天使の微笑みでさりげなく頭を下げて「おはようございます! 今日は良い天気ですね。」と言って通りすぎて行く。
 皆、一瞬で言葉が止まる。
 学校の校舎に入る彼女の後ろ姿を皆、不信に思いながら、しばらく言葉が失うくらい見つめた。
 職員室では、職員会議が朝から行われ、教師達や教頭に理事長が悩ましげに話をしていた。
「本当に来るんですかね? 今日から登校って聞いてますが……。」
「親御さんから連絡もらってますから、間違いないとは思いますけど。」
 男性の教頭と女性の理事長が困惑しつつも、職員室に白が来るのを待っていた。
「二年二組の清水白さんでしょ? 不良ヤンキー女子と噂の。そんな生徒を担任教師のあなたが指導するのは大変ですね。」
 男性の体育教師から同情され、白の担任の男性教師は不安で朝から気が重い。
「今更そんな問題児が学校に来られても、生徒さん方に悪影響与えるだけですよ。」
 女性の英語教師や現代と古文の女性教師も話して白の好印象を持たずにいた。
「どういう風の浮き回しなんですかねー? 」
 他の教師達でさえもヤンキー女子の白が来るのは気が引けた。今後の教育指導をどうしたものかと悩んでいると、職員室のドアを三回軽くノックして「清水です。失礼します。」と言って入って来た。
 教師達は驚いて口をポカーンと開けたり、教科書を思わず落としたりする人もいる。
 白は「おはようございます。二組二組、清水白です。先生方、ご心配お掛けしてすみませんでした。今日から、よろしくお願いします。」ニコニコと笑顔で挨拶をする。
 教師達はヤンキーで怖い目付きをしていたし、態度もひねくれ言葉遣いも酷かった彼女が、明るく素直で優しい、天使みたいになっている。変わっている。別人みたいな性格になったそんな白に怖く感じ「おはようございます。よろしく。」と弱々しくぎこちなかったが返事を返した。
「あ。先生、渡したい物が。」
 白は担任に近付いて、何かをスカートのポケットこら取り出す。
 皆、刃物か何かを取り出すか!? と驚き恐怖する。
 担任は後退り脅えながら悲鳴を上げる。
「あのー……地毛なので証明になる写真と許可証の紙を渡しに来たんですけど。」
 髪が生れつき金髪の白や、茶髪だったりする生徒は許可証を渡せば、そのままで学校を通うことが許される学校内で規則だ。
「あ、はい。た、確かに受け取りました。」
 担任は安堵しながら写真を見て許可証の紙を受け取る。
「では、失礼しました。」
 白は謙虚に振る舞い職員室を出て行った。
 教師二人は、彼女の後ろ姿を出入り口から顔だけ出して覗き様子を伺う。
「何か悪いものでも食べて性格変わっちゃったんですかね? 」
「え? 人って、悪いもの食べて性格変わるもんなんですか? 頭を打って記憶喪失とかフリとかになるなら未だしも。」
 白の変わりように未だに驚きを隠せない。
 ずっと不登校続きだった白が学校に姿を現したことに教師達はヒソヒソと小声で話すのだった。
 男性の教頭も顔だけ出して睨み呟く。
「長くは続きませんよ。三日坊主か一週間で終わりますよ。すぐ化けの皮が剥がれることでしょう。演技という可能性もありますからね。」
 男性の教頭は職員室に戻り、理事長よりかなり強気な態度で教師達に伝える。
「二年二組の清水白さんをしばらく厳重注意してください。彼女が、もしこの学校で何か問題を起こせば即刻、退学処分にします! 」
 一方、廊下を歩く白を見ながら生徒達もヒソヒソ小声で呟く。
「あれ、誰? 」
 女子生徒の誰かが呟く。
「あいつ、ほとんど不登校で、ヤンキーやってるって噂の清水白だよな? 二年二組の。」
 今度は男子生徒が言う。
「目付き悪かったし、ガサツで品性の欠片もなくて、男女で怖かったイメージが……。」
 三年の先輩男子生徒でさえも、白がヤンキーだと知っている様子だ。
「頭でも打ったのか? 」と三人組で話す男子生徒、白と同じクラスメイトの一人目もそう呟いた。
「表情も怖くない。むしろニコニコだぜ? 」と二人目も脅えながら呟いた。
「なんだ? あの微笑み。悪魔から天使? 怖っ。」と三人目も口にした。
 次は違う女子生徒の二人組が呟く。
「明日から雨か台風、雪、あるいは槍とか降るんじゃ? 」
「天変地異でも起きたりして。」
 教師達が職員会議を終えて、それぞれクラスの教室へと向かう中で、現代社会に歴史の男性教師が呟く。
「本当に可愛い。あれ、本当にヤンキーだった清水白さん? 」
 音楽の女性教師も一緒に話す。
「先生。「可愛い。」発言、セクハラになりますよ。だけど全然違いますねー。雰囲気も明るいし。」
 女性の理事長は男性の教頭も白の様子を見る為に歩きながら話す。
「前より清水さん、真面目で清楚っぽくて女性らしくなっているじゃありませんか。金髪綺麗だし天使みたいです。」
 男性の教頭は苛立ちながら言い放った。
「甘いですね。髪の毛も金髪のままじゃないですか。学生の間は黒髪ですよ。く・ろ・か・み! 社会に出て就職に付く時も黒髪社会が当たり前なんです。だいたい日本人らしくない。」
 が、その教頭が言った言葉は、それはもはや偏見以外のなにものでもない。
 実際に、学校では許可証があれば髪をわざわざ黒髪に染める必要なく認めてもらい通うことが出来る。という校則はある。白の学校でもそうだ。
 しかし、一部の生徒や大人からは異様に見えるのだろう。怖い。地毛なんて嘘だ。何故あの生徒は髪色染めているのに自分はダメなのか。だ、頭がおかしい。日本人らしくない。黒髪にしろ。可愛くない。などよく思ってない人達も存在する。理不尽や不公平だと思うのだろう。中には。
 白は、挨拶をして二年二組の教室に入ると、自分の机に菊の花が花瓶に立てて置いてあるのを目撃し、驚愕する。
「ははは……。」
 苦笑いだ。
 もっと席に近付くと机に落書きだ。
『死ね!』や『学校の評判悪くするな!』だ『アメリカに帰れ! 』に『略奪愛女』、『社会のグズめ! 』などが油性マジックで書かれている。
 深い溜め息だ。
 自分は何を言われようが、何されようが構わないが、物に当たるのは違うだろ。机が可哀想だ。
 よく見ると座る椅子でさえ、支えとなる椅子の足の部分一つに、ノコギリか何かで少しだけ切った部分がある。おそらく、白が座ったら、椅子がひっくり返し、壊れる仕組みだったのだろう。
 陰湿すぎる。
 白は、ここで怒鳴るとまた逆戻りだ。大人になれ。私。と心の中でグッと耐え、机に椅子を立てて一人で抱えて、使われてない机に椅子がある階へ行き、新しい机と椅子を持って教室に再び戻って来た。
(  グズは、人が使う机に落書きや菊の花を置いた奴らでしょ。 )
 白は心の中で呟きながら、鼻歌歌いながらニコニコし誤魔化す。机と椅子を並べると席に座る。
 皆、彼女が席に座ると一斉に、白の周りに並んでいた机をずらした。
( まあ、現実は漫画やらなんやらみたいにスムーズにいくわけないよね。 )
 それでも笑顔はキープだ。
 白は、持って来たリュックから教科書やらを出し、机の中にしまい、横のフックに引っかけた。
 そして。
「はにゃにゃん。」
 携帯音楽プレイヤーで、陽太が出したCDアルバム曲を聴く。
 新しく買ったスマホと携帯のダブル機能、スマケーでも陽太の画像を眺めて、ときめく。
( ニコニコするぐらい朝飯前よ! 堤さんの、あの太陽のような爽やかな笑みを意識すれば楽勝よ! )
 とは言っても、白は実際何万回、家にある母親の化粧台鏡で見て練習したから分からないくらい、笑顔作りにも奔走していた。
 怖い態度や顔をして長く過ごした為、笑顔だった頃に戻ろうと思っても癖で、すぐに戻ってしまう。
 母親からは何も言われなかったが、相当気持ち悪るがられていたに違いない。
 祖父、祖母の家に顔を出し、その二人の知り合い繋がりや、あの喫茶店の店員達や近所付き合いの人の力を借り、スパルタ指導により短期間ではあったが女性らしくはなった。料理と裁縫に関しては一切ダメだったが。
 男っぽい服は全て処分、女性らしいカジュアルや綺麗系、ポップス系などの様々な服やコスメ、メイク道具、雑誌などを出来る限り揃えた。
 祖父と祖母からかなりの大金お年玉を貯めへそくりのように隠し持っていたので使った。
 白は血の涙が出そうだった。血の滲む努力の二ヶ月だった。
 レジスタッフ店員に現金を渡す時も手がかなりブルブル震えた。
 来月からバイトしよう。即、白は音楽聴きながら、そう思った。
 いずれ芸能界に戻るにしても、またそれ相応のお金も時間も必要だ。今度は脱貧乏女子を目指さなければ。あのオンボロアパートから普通のアパート生活に変わるくらい昇格せねば。
 そんなことを考えていると、同じクラスの男子生徒の一人が、何か裏があるのではないか問いただそうと白に近付く。丁度席が隣だったのもあり、探りや真意を探ろうとする。
「おい! 清水! 」と、嫌な強い口調で声を掛ける。
 イヤホン外しながら白は「なーに? 」と言って振り向く。スマケーの画像で陽太の画像や歌に胸キュンし気分が良かったのか、優しい表情と声で近付いて来た男子生徒に頬笑む。
 すると、白の可愛い微笑みに鼓動が高鳴る男子学生。
「あ、いや……清水さん。」
 顔も赤くなる上に態度も強い口調も変わり優しく話し出す。
「俺……教科書、忘れちゃってさ。良かったら、か、貸してくれませんか? 」
 男子生徒は自分の頭を掻き頼み込んだ。
 周りの生徒達は、さっき強気で声を掛けた時と、急に優しい話し方が変わった態度が違いすぎる。とドン引きし、男子学生をジロッと睨み付けた。
 問いただすのではなかったのか! と不穏な空気だ。
 しかし、白は普通に「いいよ。一緒に使って勉強しよう。」と偽りのない優しく明るい笑顔で答えた。
「サンキュー。」
 男子学生は、苦笑いしお礼を言う。
 皆の視線が痛いのだろう。
 白は何も気にすることなく男子生徒に伝える。
「えーっと。沢谷くんだっけ? 私、ずっと不登校で勉強疎かにしてきたらから、授業の内容にも着いていくのも大変なんだ。良かったら授業で書き写したノートとか貸してくれないかな? 」
 彼女の天然な行動と素直に男を頼る姿に、男子生徒には胸キュンだ。
 他の男子生徒達は嫉妬するようにジロッと彼を更に睨む。
 一部の女子生徒達も男子生徒に媚を売る白をジロッと睨む。
 白は女子に頼もうと思ったが自分が元ヤンだから話し掛けても無視か怖がって逃げるかもしれない。たまたま男子生徒が元ヤンだろうが気にせず、声を掛けてくれたのならチャンスだ。
 実際、勉強の方は怠っていて一切手を付けていない。
 話し掛けて来た男子生徒は「良いよ。貸してやる。」と言う寸前に女子生徒が彼を強く身体を突き飛ばして、授業でまとめたノートを、白に手渡す。
「白様! 私のノート使って下さい! 分かりやすくまとめてありますので! 」
「ありがとう。牧原さん。」
 白は天真爛漫な微笑みとノートを貸してくれた嬉しさに歓喜を感じて女子生徒にお礼を言うと男子生徒と同じく、胸キュンだ。
「めっちゃ可愛い! 」
 まだ白のことを良く思っていない人達は険悪な雰囲気だが、大半は周りに居た男子生徒に女子生徒達も黄色い声で白と仲良くなろうと声を掛けて来た。
「白様ー! 」
 白は、微笑みを保ち「『様』って……。」と小声で呟く。
( なるほど。堤さんの笑顔って意外と効果的だなぁ。 )
 そういうわけではない。
 白自身が気付いてないだけであり、彼女にはそれなりに人を惹き付ける天性の魅力があったのだ。
 元々、天然で天真爛漫で優しい性格だったが、日本に来て小学五年生からずっと偏見を持つ一部の教師や生徒からからかわれ、それが原因で言葉遣いも悪くなったり、ひねくれた態度を振る舞うようになったのだ。
 ヤンキーに目覚めたのはまた別の話だ。
 白は、イメチェンではなく普通に戻っただけだ。
 クラスメイトの皆の手の平返しにの態度には多少腹が立つが、孤立や雰囲気悪くなるよりはマシだろうと納得した。
 授業も一日受けて、休み時間も女子生徒達と話しながら昼食を取ったりした。
 吹奏楽や合唱、スポーツや色々な部活に入っている生徒から部活に入るように誘われたりすることもあった。
「なら、見学だけ。」と言って、初日から弓道部に入った。
 夕方。もうすぐ日が沈む時刻。十六時頃だ。
 学校内の購買で買ったコロッケパンを校庭のグラウンド付近の高い木の上に登って一人で座り、食べながら愚痴る。
「疲れるー! 好きや得意な科目はともかく、数学、家庭科分かんないし、英語の授業とか簡単すぎて寝てしまうかと思ったよ。」
 紙パック式のバナナオレを飲み文句三昧だ。
 すると、何やら体育館側の人通りがあまり少ない路地から、男子生徒の騒がしい声が聞こえる。
( 何の騒ぎだろ? )
 木の上から様子を窺っても明らかにおかしい。
 一人の男子生徒を取り押さえて、無理やり連れて行く六人組が通り過ぎて行く。
 六人組は嘲笑いしている。一方、一人だけ男子生徒は暗い顔だ。楽しそうな雰囲気には見えない。
 体育館は全校集会、また授業や部活、イベント行事ぐらいしか使わないし、人も来ない。
 スポーツ関連は、大抵は夜二十時か二十一時までやっているはず。
 その部活をサボってまで体育館側の路地に行くなんて、尚更あるわけがない。
 気になり木の上から飛び降た。静かに人の気配など警戒しながら足音立てずに体育館路地に向かい、顔を少しだけ覗いた。
 なんと男子生徒六人が一人の男子生徒を取り囲んでいるではないか。
「金だせ。」だの言って、現金が少なければ脅し「どっかに隠し持ってんだろ? 嘘ついてんじゃねぇよ! 」と怒鳴る。
「こいつのズボン脱がそうぜ! 」とも言い出し、一人の男子生徒の身体を何人かで押さえつけたりする会話と姿を目撃してしまう。
 白はすぐにスマケーで動画を撮影し録画する。
 仮に脱却したヤンキーの自分が考えなしに初日早々、カツアゲしている生徒達を目撃し、人助けの為に殴ったと教師に報告しても、あの六人組が誤魔化す可能性もある。あの一人の男子生徒も彼らに脅され、実はいじめられているなど本当のことを口にもしないだろ。
 こんなもんか。と撮影を止め、保存し、スマケーは制服のスカートのポケット。ではなく、その下に履いてる体操服ズボンポケットにしまう。
「授業サボって、こんな人気のない場所で何してるの? カツアゲ? 」
 白は、路地裏の壁に背を付けて腕組みをし、男子生徒ら六人を見て声を掛ける。
 何処となく、五年前に陽太が助けてくれた時と同じような雰囲気を醸し出している。
「誰だ? あんた。」
 リーダーらしき男子生徒が白を見る。
「二年二組、清水白。弱い者いじめは止めなさい。ろくな大人にならないわよ。」
 白が優しく注意すると、リーダーらしき男子生徒は、彼女には聞こえない程度の小声で舌打ちし「女のクセに偉そうに。」と呟いた。
 リーダーらしき男子生徒は、表情を優しくし良い生徒かのような顔をして白に伝える。
「俺達は別に何もしてませんよ。なぁ? 」
 白は目を細め、飲み終えた紙パック式のバナナオレをリーダーらしき男子生徒に強く投げつけた。
「見え見えなのよ。誤魔化そうったって、私には無駄だから。」
「テメー! 何しやがる! 」
 リーダーらしき男子生徒は、豹変するように怒りだした。
 どうやら、白がどういう人物なのか知らない様子だ。
 後輩である一学年には、自分の素性は伝わっていないみたいだ。
 どうなってるんだ。この学校は。名門じゃなかったのか。と、ガッカリし深い溜め息を白は吐いた。
「あーあ。私は、もう喧嘩はしない主義にしたつりだったのに。でも、弱い者いじめは見過ごせないわ。」
 そう言って、走りながら途中で飛び蹴りし、リーダーらしき男子生徒の身体をぶっ飛ばした。
「な、ななな! 何者なんだよ! お前! 」
 他の男子生徒達も白の行動に驚愕して叫ぶ。
「愛と正義の、平穏、平和主義者! 地球の未来と天に代わって、この私がお仕置きです! 」
 九十年代の少女漫画アニメに登場するヒロインキャラクターがやる決めポーズのモノマネを両手を使ってする。
 しかし、男子生徒らは大爆笑してバカにする。
「ぎゃははは! 恥ずかしくないのかよ! 」
「笑ってられるのも今の内よ。私、ヤンキーやってたの。今は脱却して金髪清楚女子でーす! 夜露死苦よろしくー! てへぺろ。」
 白は可愛くぶって髪を軽く手で掻き、ピースを目の近くでしながら宣言する。
 男子生徒のまた違う一人が叫ぶ。
「何が清楚女子だ! このクソ男女ババア! 」
 白は、その言葉に雷が落ちるくらいの怒りが込み上げた。
「誰がクソ男女ババアだ! この生意気なクソガキがあああ! その腐った根性叩き直してやる! 覚悟しやがれ! 」と呟き、蛇みたいな怖い顔で男子生徒を片っ端から殴ったり蹴ったり、放り投げる。
 気が付けば、暗くなっていた。
 脅えて隠れていた男子生徒一人が顔を出す。
 カツアゲされた上に制服を脱がされそうになっていた生徒だ。
「スカッとするわね! やっぱり! 気持ちーい! 」
 悪い男子生徒はノックアウトにされていた。
 白は、何処から持って来たのかロープで一人ずつ手足を縛る。
 まるで少年漫画のような話だが、それが彼女の学生時代なのである。
ヤンキーは確かに脱却した。しかし、いじめを目撃、あるいは学校内の不正や事件などを暴き、弱い者を守る正義の味方みたいなことをして高校の学園生活を送り卒業した。

                                                            ◆

 そして、現在。
 芸能業界の映画撮影スタジオビルのエレベーターの中で、白は小学校と高校時代の出来事を思い出しながら、今一緒に居る陽太を見つめた。
( 堤さん、覚えているわけないよね。あの時、私、金髪だったし、ヤンキーだったし、態度に口調も悪かったし。)
 陽太は白に見つめられていることには気付くことなく、コードなしのカナル型イヤホンを耳に付けてスマホで音楽を聴いていた。
 白は陽太のクールで黙っている姿にも、ときめいてしまう。
( あなたの、あの言葉を言われて私は脱却したんですよー! ヤンキーを! 芸能界に入ったのは……また少し違うけど。 )
 幸せすぎる。夢のようだ。と感じる。
 すると陽太がイヤホンを取り白の方を振り向きなが笑う。
「何か随分とご機嫌で楽しそうだね。白ちゃん。何か良いことでもあったの? 」
 白は、目をキラキラさせながら陽太に気さくに呟いた。
「分かりますー? いやあ、こうして二人でいると昔のこと思い出して、懐かしいなあ。って。」
 陽太は白の言葉に首を傾げながら尋ねる。
「懐かしい? 何が? 」
 しまった! 陽太は十七年前と再会した十二年前の金髪姿の自分を覚えてないんだった。
「っ、いえ! 何でもありません! 」
 思わず口が滑りそうになった。危ない。
 けれど陽太が振り向いて会話をしてくれたチャンスだ。
「あ、あの! 堤さん、もし、良かったら。これ。差し入れです。」
 手提げバッグに入れたラッピングされたお菓子を取り出し陽太に手渡した。ある包み紙袋も添えて。
「わざわざ、ありがとう。白ちゃん。」
 陽太は、爽やかな笑顔で嬉しそうに受け取る。
「て、手作りじゃあないんですけど……。おいしいので。どうぞ。」
 白は自分の両方の人差し指を合わせて、照れくさそうにする。
「今日はバレンタインデーだもんねー。ホワイトデーのお返し何が良い? 」
 陽太は白に尋ねると即答に「いいえ! 必要ありません! 気持ちだけ受け取っときます! 」と顔の左右を振り、両手で慌てふためきながら、お返しを断った。
「ふーん。ところでさー。何? この包み紙袋。」
 彼から更に尋ねられ、ギクッ! と白は肩を震わせる。
「堤さん、確か……近々誕生日でしたから、早めの、た、誕生日プレゼントです。ご、五月が誕生日だったでしょ? 私、色々仕事が忙しくて、また堤さんといつ仕事するか分からないので。」
 まだ二月である。
 陽太の誕生日まで約四ヶ月先だ。
 苦しい言い訳だが、渡す機会を何度も失い、今日こそは。と渡した。
「ふーん。ありがとう。」
 彼は包み紙袋の中に何が入っているのか気になり開ける。
 中身は太陽のような明るいオレンジ色で誰でも使える違和感のない、手触りが良いハンドタオルと男性用のハンカチだった。
 十七年前に白が陽太に何色が好きか尋ねたら「暖かい色かな? 」と答えた、あの時のお返しをプレゼントした。
 白は陽太から借りたタオルを返す機会を失い、あの時のタオルは可哀想な状態で家にある。
 愛犬、プーアルが仔犬の時にどっからか引っ張り出して、おもちゃにされ、黄ばんだ上にボロボロだ。
 今は噛んではいないが、お気に入りのようにして寝る時に枕替わりのようにして寝ている。
 十二年前も同じで彼にハンカチを返しそびれ、クローゼットの引き出しの中に大切にしまってあった。
 白にとっては二つの品は大切な宝物だ。
 しかし陽太は、そんなことを覚えているわけもなく、首を傾げる。
「変な女。」
 しかも、彼の場合、金髪姿の白と出逢って話したことも、名前さえ完全に忘れていた。
 焦げ茶髪姿の白が芸能界に入って活躍していても、同一人物だとか同姓同名ですら思っていない。
 十二年前なら気付いてもらえたやも知れないが、更に時は流れると人によっては忘れてしまうのだ。
( 堤さん、本当に私のこと完璧に忘れてるのは、ちょっとショックだけど。 )
 白は、マスクしているが苦笑いして誤魔化し乗りきり安堵が、今から会う和輝という男性俳優と対面も嬉しいようで気が引ける。
( けど、和輝さんも堤さんと同じで、忘れてるんだと思うとショック続きだけど。ちゃんと、面と向かって会って話すのは十七年ぶりだから、楽しみだなあ。 )
 そんなことを考えていると「ねぇ。白ちゃん。」と爽やかな笑みで話掛けて来た。
「はい。何ですか? 」
「今度、俺と一緒に食事しない? 何人か誘って。少人数で。誰か友達誘って来なよ。
 俺のよく行くおすすめの店とか他の芸能人が行っている食べ物がおいしい店、教えてあげるよ。」
 白は「食べ物。」や「食事。」というキーワードが出ると喜んで飛び付く性格だ。
「デザートは付いてきますか!? 」
 彼女は食べることが大好きなのである。特に甘いものには目がない。
「さー。まだ行く店さえ決めてないし。デザートの注文は別になることもあるから。
 何処の店も大抵はあるんじゃない? 」
 陽太は、目をキラキラさせて質問してくる白に苦笑いしつつも答える。
「行きます! 」
 白は手を上げて即決する。
( 外食久しぶりだー! 誰かと行くのも久々だけど。テイクアウト、インスタント食品、実家料理ばかり。テレビ番組での食べ物やデザート出されても少ししか食べられないし。 )
 しかし、喜びも束の間だ。
 スマホでスケジュール予定を確認するが、ほぼびっしりに仕事だらけでいっぱいだ。
「あ、でも私、仕事が忙しくて半年スケジュール埋まっていて。難しいかもです。すみません。」
 車の中で白は、マネージャーの翠から伝え忘れていた話を聞いていた。
「もしかしたら映画は前編、後編で製作される可能性もあるから、予定三ヶ月分空けときなさい。」
 と付け足しのように言われたことを思い出した。
 白はガッカリとした様子で壁の隅に身体を寄せて暗くなる。
「人気絶頂だもんねー。そうだよなあ。実は俺もなんだ。でも全然大丈夫だよ。十月か十一月どうかな? いつでもLIMEで連絡して。」
「分かりました。とりあえず参加しますね。」
 白は、陽太と会話しながらスマホ内のスケジュールに食事の約束。堤さん達と。と、指で素早く打った。
 一方、陽太は白の言葉に疑問を持っていた。
( ん? 「とりあえず。」? この子、ドタキャンするタイプ? 女性達は大抵、俺が誘えば嬉しがるのに……。変だなあ? 意外と反応薄い? )
 白は陽太に対して恋愛感情は抱いてはいない。
 ただ食事に行けたり、色んな人と親しくなれるからである。
 確かに彼女は彼のことは好きではあるが、あくまで推し俳優、先輩という立場で尊敬していたからである。本気でガチ恋しているわけではない。ヤンキーを辞めて普通の高校生活に戻してくれるきっかけをくれた人だ。この芸能界で陽太と再会出来、ドラマやら色んな仕事や人と関われて奇跡のようなものだ。
 白が十二歳と十七歳の時に陽太と出逢ったことは、彼自身には未だに明かしてはいない。
( 芸能業界に入って堤さんと再会した時は、イメージ変わって、女ったらしで女遊び激しいだなんだと騒がれているけど……私にとってはハンカチ王子様には変わりないもん。彼にも色々苦労があったと思えば。 )
 と心の中で浮かれてはしゃいでいると、嫌みを言い出す流斗の顔とセリフが脳裏に過る。
「堤さんとかマジで辞めとけ。男に警戒心持てよ。お花畑なヤツだな。本当に元ヤンかよ。スキャンダルネタにされても知らねぇからな。」
 鼻で笑う流斗の姿が浮かび苛立つ白。
( 知るかーい! あんの薄情な男! 別にそんなつもりサラサラないし! )
 白は、陽太にまだ感謝の言葉もきちんと未だに言えてない。
 いつか絶対に伝えなければ。あなたのおかげで改心しました。と。そしていつか打ち明けなければ。

                 ◆

「堤さん、あの時は、ありがとうございました! ずっと今でも変わらず尊敬しています。応援しています。」
 地毛金髪の自分と陽太が向かい合い彼に想いを伝える。
「あの金髪の子、白ちゃんだったんだ。綺麗になったね。これからもお互いに頑張ろうね。」
 陽太は爽やかな眩しい笑顔で微笑む。
「はい! 」

                 ◆

 誰しも都合の良いように解釈や想像、妄想する。白も勝手な幻想を抱きながら喜ぶのだった。
 一方、白の隣に居た陽太は、彼女が知る数々の奇跡の出逢い、再会の出来事に関してや前の性格など様々なことが大きく変わり、年月が経ち、綺麗に完全に忘れていた。
 ファンが多いのもあるが、彼女の言う通り色々苦労があり、意外にも密かに誰にも言えない悩みがあり闇を抱え、仕事以外は女性との関係を持たないとダメになってしまった。いわゆる病気的だ。
 白が知る爽やかなイケメン王子の面影はない。
 超ヤバイ。女性にとってはもっとも危険な男に変わっていた。
( 今、付き合っている女も飽きたなあー。どの子も最近つまんねー。皆、可愛いし、身体の相性も良いけど。心が満たされねぇ。 )
 またイヤホンをはめて音楽を聴きながら考え込んでいると、LIME登録している女性の何人かから返信が来る。
 クールな表情で心の中では、めんどくさ。と目を細めながら既読スルーをした。
( 見ていても飽きない、身体だけじゃねぇ、何かグッとくる本気になる女が居ればなあ。 )
 陽太の隣で白は暢気に鼻歌を歌いながら、スマホ画面を見ている。
( たまには、まったく違うタイプの女に手を出してみるか? )
 彼女の頭から、つま先まで本人に気付かれることなく横目で観察する。
( 白ちゃんみたいな面白い子でも、単純に他の子達みたいに、すぐあっさり落ちてくれるのかなー? )
 陽太は、いつも女性を口説く前は、出逢った人の顔、身体の体格、服装、バストやヒップなど見て決めている。性格なんてどうでもいい。可愛くあれば誰でも良いのだ。
 以前までは、ころっ。と簡単に落ちる女性は可愛いと思ったし、憂さを晴らしていた。
 しかし最近は、どんな女性と付き合っても、抱いて寝ても、眠れない夜を過ごしていた。
 女性は好きだが、恋や愛に関しては全然だ。
 どんなに色んな子に「好きだよ。」と顔の表情や言葉巧みに口説いても、まるで二重人格のように人前では誰にでも爽やかにニコニコだが、一人の時になるとクールに人が変わるみたいに冷たくなる。
 誰もあまり彼の本当の表情を知る者は少ない。
 ただ、イケメン俳優で仕事はストイックに何でも出来ても、女ったらしな上、付き合ってはポイする最低男だと思われていることの方が多い。
 今回はターゲットを変えてみようと陽太は白の素性や性格を窺う。
 白は顔も可愛いのは確かだが、他の女性達と比べると、自分へ簡単には靡かない。媚も売らない。どんなに女性が喜びそうな胸キュンワードみたいな台詞を使っても効果がなし。人に好意を寄せられても、恋愛経験なしの超ドン感で天然なのだ。
 そして! 意外にも恋愛や結婚は興味ゼロ女子である。少し前までは憧れ願望もあったが、すぐにドライとなった。
 流斗でさえも白を落とせないでいる。
 だが、陽太からすれば、中々落とせない靡かない女性なほど燃えるものなのだ。
 彼はニヤリと笑みを浮かべ、小悪魔なキャラで靡かせてみようと、イヤホンを再び外し作戦実行する。
「白ちゃん、君、好きな男性はいないの? 本当に付き合っている彼氏とかも居ない感じ?  」
 陽太はさりげなく彼女に尋ねた。
「いいえ。居ませんけど。」と白は警戒することなく素直に答えた。
「勿体ないよねー。君、チャーミングで素直だし、綺麗で素敵な女性なのに。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。」
 白は陽太限らず、この質問は色んな人に言われている為、社交辞令だろうと思い自然に言葉を返した。
「そうじゃなくてさ。」
 陽太は、自分のマスクを外して白の方へ振り向き近付き、彼女のマスクを優しく外す。
 そして片方の耳の近く髪を少し優しく後ろにかけて耳元に顔を寄せて「俺と付き合わない? 」と囁いた。
 白の表情や反応を見ようと、身体を離して彼女の顔を見る。
 彼女の表情は目が点になり口がポカンと開いていた。
 白は頭を左右に振り、自分が持っている手提げ袋から最新携帯用の額や手も素早く触れず熱を計れる優れものだ。
 その体温計を取り出し、陽太の額へ当てて、ピッ。と音が鳴ると、彼の体温……まさかの九十九度七分だった。
「えええええー!? 沸騰するレベル?! もうすぐ百度……。 」
 白は自分の額も計ってみた。
 三十二度だった。低い。顔が真っ青になる。
「んなバカな! Unbelievableー! 」
 陽太は、白が一人で慌てふためくのを見て、呆けていたが、おかしくて笑ってしまった。
「プッ! あはは! 壊れてるだけだよ。」
 彼は久しぶりに心から笑った気がした。
 白も花が咲くみたいに笑う。
「あの時と一緒ですね。」
 彼女は微笑みながら、そう呟いた。
「あの時? 」
 陽太は首を傾げる。
 白は少し切なげな表情で陽太に伝える。
「私、他の女性達みたいに推しとやかでもないですし、清楚女子じゃないし……どちらかと言えば。」
 開き直るみたいに明るく笑う。
「お転婆ちんちくりんか、あるいはじゃじゃ馬娘だと思うんですよ。お気持ちは嬉しいんですけど、堤さんとは釣り合わないと思います。それに……私。」
 白の脳裏に昔、別れた弟に言われた言葉が心に強く突き刺さる。

                 ◆

 白には弟が居た。
 本来なら弟も母親と自分を入れて三人で日本へ向かう為に空港に来ていた。
 もうすぐ一緒に飛行機に乗るはずだった。
 しかし。
 突然、日本には行かない。アメリカに残る。と言い出した。
「姉ちゃんなんか、白なんか大嫌いだ。いや、もう俺は姉なんて思わない。」
 白に母親も驚愕して言葉が出なかった。
 弟は冷たい表情で、心にもないことを色々と淡々言葉を並べて言った後に白に止めを刺すような傷付く最後の言葉を口にした。
「姉ちゃんのこと、誰も好きにならないよ。」

                 ◆

 弟の話はせず、苦笑いしながら白は陽太に言う。
「堤さんのこと、よく分からないし。堤さんだって、私の何も分かってないし、お互い何も知らないじゃないですか。」
 白は母親と父親が、いつの間にか家庭内で夫婦喧嘩がエスカレートし、価値観が変わり、すれ違い、口喧嘩から暴力を振るったりするようになったことをよく知っている。
 白は父親から暴力されることはなかったが、言葉で精神的に痛め付けられた。
 食欲もなくなり眠れず体調を崩したりもあった。
 弟は部屋、自分の世界に、一人の空間に閉じこもる。
 その繰り返しの生活だった。
 皆がそういう生活をしているわけではない。が、白にとっては自分達の家庭内暴力環境に苦痛を感じる日々だった。
 今は、もう違う平穏な日常だ。
 ただ。白が誰か一人だけ、男性を恋愛感情で好きになることはない。
 友達や仕事仲間としてLIKE的な適度な距離で会話する方が楽だ。
「例えお互い分かりあえても、私は誰も好きになることや、付き合うこともないと思います。」
 白は、そう思いながら陽太の返事を優しく断った。
 すると、エレベーターは十二階に着いて、扉が開いた。
「だから……ごめんなさい!」
 白は、頭を下げて陽太が持っていた自分の使っていたマスクをサッとさりげなく取り、また顔に装着した。
「では、堤さん、また後で! 」
 申し訳ない顔をして、十二階で下りた。
 エレベーターの扉は、そこで閉まった。
「へー。面白いじゃん。めんどくせーけど。」
 陽太はニコニコの表情からクールに変わり小悪魔のように口元をニヤリと笑みを作る。
 彼はエレベーターの中で、今まで付き合って来た女性達と違う白の素朴な性格に興味を持った。
 彼女からは付き合う返事を断られたが、諦める様子はなかった。
 すると、スマホから電話の着信が何度も長く鳴る。マナーモードにしていた為、音はしない。がポケットの中では、ずっとスマホが震える。
 陽太は虚ろな目で、今スマホに掛かってきている電話に鬱陶しくなる。
 マスクをしない状態でエレベーターの十六階に到着し、扉が開くとすぐに下りて、ポケットにあるスマホを取り出しながら、公衆電話ボックスの場所を見つけ、そこに入りドアを閉める。
 スマホ画面には非通知番号がある。
 陽太は怒りを押さえ、一回、息を吐いて深呼吸する。冷静になって電話に出て耳にスマホを当て「もしもし。」と呟く。
 陽太の通話相手は彼の声を聞き取ると嘲笑う声で話し掛けて来た。
『また勝手に番号やメアド、IDパスワードだの変えたのか。みちるが使っていた家の中にある品を漁りお前の連絡先や住所を探しだせた。苦労したぜ。』
 みちるとは、陽太の母親である。
 そして、陽太の電話して来た相手は父親だった。
 陽太は唇を噛みながら、ニコニコした表情で話し出す。
「勝手は、あなたの方では? 朝から電話なんて掛けて来ないでください。いつかの時は深夜遅くに掛けて来ましたね。
 迷惑なんですよ。正直。
 俺はもう、あなたの息子だとも、父親とも思ってない。赤の他人です。
 お金をせびりに来ても無駄ですから。信用出来る弁護士と話し合ってますし。次にあなたがまた俺の前に現れたら警察に突き出して、裁判沙汰にして、訴えますから。」
 公衆電話に手を置いて、用意されている椅子に腰掛けて話す。
 話し方は普通だが、僅かだが刺のある言い方で冷たい。
『お前、今まで誰のおかげで今の生活や仕事出来ると思っているんだ? 俺のおかげだろ。』
「ふざけたことを。何が「俺のおかげ。」ですか。デタラメ言わないで下さいよ。
 本当に自分の都合いいように話すんですね。」
 陽太は、ニコニコの顔からクールな態度に打って変わり目付きが悪くなる。
「俺がこの芸能界に入り、ずっと一人で頑張って来た、居場所をくれたのは、あなたじゃない。母です。」
 父親の声なんて聞きたくもない。話すのも耳障りだ。発する言葉にも怒りの感情が沸き上がる。話し方も乱暴になってしまう。
 腕時計の針や時間を確認しながら話す。
「母は女で一人、働きながら俺と弟を育ててくれました。
 あなたが闇金の借金を返さず、母の通帳を持ち逃げして、勤めていた会社も辞めて、職を、求人探さしもせず、企業会社にも就かず、パチンコや、賭博、競馬、麻雀、カジノと金を注ぎ込んで、勝ったら他の女の所やキャバクラに豪遊に使うの繰り返し生活している中。母はどんなに苦労したと思ってるんですか。」
 あまり良い過去の記憶はない陽太の辛い日々を思い返す。
 陽太が六歳の時、古いアパートで部屋は狭く貧しかったが、そこには確かに暖かい家庭があった。
 その頃はまだ生活は豊かとは言えないが、父親は暴力も振るうことなどはなかった。
 父親もその頃は、警備員や清掃、スーパーの品だしやレジスタッフ、ガソリンスタンドなど転々としたり、掛け持ちしながらも真面目に働いて家族の暮らしを支えていた。幸せだった。
 陽太の母親、みちるが息子を子役のオーディションを受けさせたいが為に、彼の写真や応募書類用紙を書いて勝手に送り、書類審査が通ると、陽太を連れて付き添い、一次、二次と実技テストを受けに行けるくらい自由に動けた時間があった。
 そんな貧しくても明るい家庭が、何処で狂ったのだろう。何がきっかけだったのか分からない。
 陽太が十歳の頃になると、父親は、やっと安定した仕事に就職した。大きな企業会社ではなく、評判も良い中小企業だ。
 家族、皆で喜んだ。
 めったに外食は行かなかったが、お祝いな時は特別だった。
 それから、陽太が十三歳を迎えた頃だ。
 父親の様子が変わり始めたのは。
「あなたが、どういう風の吹き回しで突然、企業を立ち上げると言って闇金に手を染め、借りまくって、ついには母の通帳やらまで持ち逃げみたいにして家を出て行き、帰って来なかった。この人でなし。」
 闇金業者の人達が父親が借りた金の返済を取り返しに借金取りとして陽太達の家に来たり、電話で脅迫したりが続く非日常生活に逆転した。
 母親と陽太、弟の三人が協力し頑張って働き、父親が借りた闇金を全額返し終えたが、生活は前より大変になった。
 やっと落ち着いた頃になり父親が帰って来た。
 しかし父親は帰って来て早々に家の中を荒らし、金銭や金目の物になるバッグや宝石を奪って出て行った。
 母親が止めたりしたが、優しかった父親の面影は消え、豹変し家庭内暴力が始まった。
「母は旦那であるあなたの機嫌を窺い、あなたが俺らを家のベランダの外に放り出されて鍵を掛けられて閉じ込められたりした時も、隙を見て必死に庇って助けてくれた。胸を張って守って頑張ってましたよ。」
 父親が次に家へ帰って来る間に、母親の新しい講座をいくつか作り、陽太と弟の通帳は無事に保管し、母親が二人の息子の為にこまめに振り込みしてくれていた為、中高大学まで通うことが出来た。
 ボロアパートも出て行き、新しいマンションに引っ越した。
 母親の通帳を持ち出され使われたりしたのはショックだったが、厄介で目障りな父親はまた当分帰って来ない。居なくなった。精々した。
 ところが、陽太が二十六歳の頃に彼の弟が交通事故に合う。
 幸い命は取り留めたが、足が不自由になり脳に多少の障害を持ってしまい、まともな就職に就くことは出来なくなってしまった。言葉もあまり上手く話せないという生活となった。
 母親は弟を障害者施設に預け、そこでどうにか働けるように手続きをし、彼の居場所や生活を改善しながらも自分の仕事も掛け持ちしていた。
 陽太は芸能活動の仕事が多く母親と弟の元を離れ一人暮らしをしていた。
 連絡を取ったりはしても、家族に会いに行くのは中々難しい、忙しい毎日だ。
 そして去年のことだ。
 身体が祟ってか陽太の母親は、くも膜下出血で倒れて、一命は取り留めたが数ヶ月、他界した。
 今は母親の代わりに陽太が弟に仕送りをしている。
 弟が色々な人達の手を借りて母親の死を見取り、葬儀も上げた。
 彼は障害者施設のグループホームで暮らしている。
「あなたは何していた? って話しですよ。」
 陽太は通話で父親に怒りをぶつける。
「ずっとこの先、あなたに振り回される人生なんてのは、もうごめんなんですよ。来るならどうぞ。俺が即刻、警察か弁護士に付き出してやりますから。」
 言葉足らずだが、陽太は父親に忠告となるべく自ら罪を償い自粛して欲しいことからだった。
しかし、父親は『今夜、お前のマンションに来るからな。』と言い出した。
「どうぞ。ご勝手に。」
 陽太は、そう口にしたが、今日の夜に父親と会う気にはならなかった。
 しかも、夜は歌番組の仕事が入っている。
 収録が終わり家に帰っても深夜過ぎ。
 マンションの下と上の階の住民の皆が寝静まる夜中に父親と揉め事は面倒だ。
 今日は家に帰らず、違う場所で泊まろう。と考える。
 すると父親がとんでもない一言を発した。
『そうだ。言い忘れてた。三日前、お前のマンションを訪ねたんだよ。管理人を脅迫したら、あっさり部屋のマスターキー渡してくれてなあ。簡単に入れたぜ。』
 陽太は表情が一気に真っ青になった。
「は? 」
『通帳もないし、売れる物も大してなかったからすぐに帰ったんだ。
 しかしお前、まだあいつの墓も建てず、遺骨も入れずに家の中に置いてあったとはなあ。
 目障りだったからトイレに流してやったぜ。」
 嘲笑う父親の声と、その行動をしたことに陽太は、ぶち切れ怒鳴った。
「っ……! 何処までやれば気が済むんだよ! あんたは! 家宅侵入罪で訴えるぞ! 」
 敬語で話していたが、余程陽太の心を傷付き、感情的になり、タメ口に戻り声が大きくなり荒げてしまった。
 しかし、父親は反省する様子もなく『じゃあな。また連絡するからな。』と言い通話は途絶えた。
 陽太は唇を噛みながら公衆電話ボックスの壁を強く片腕で殴った。
 幸いに誰も外の廊下には居なかった。
 冷静になろうと外の廊下へ出た。
 スマホ画面をカメラモードにし、自分の顔へカメラレンズ切り替えする。
 怖い顔だ。
 陽太は周りの人に気付かれないようにしなくては。と、ニコニコの表情を作る。
 今から今度公開予定の映画宣伝で共演者の方々と、作品の良さやファン、他にも映画を好きな人達にもコメントし、映画の魅力を伝える完成披露試写会的なことをする予定だ。
 遅れることはないが家族、家庭、プライベートのことは話せない。迷惑はかけられない。私情もさらけ出すなどあってはならない。
( 今夜は、千春のところに泊まるか。 )
 陽太はLIMEで、千春ちはると言う女性のアイコンを探し、軽くタッチし彼女にメッセージを送る。
 相手の千春は陽太の返事に、いいよ。スタンプにメッセージも『待ってるね。』と返信も来た。
 陽太は自分の父親に振り回される嫌な暮らしに現実逃避をしたく、数々の女性を口説いてはホテルや相手の女性の家へ寝泊まりする日々だった。まさに精神的病気だった。
 陽太は、そのことは誰にも相談出来ずにいた。
 彼はニコニコしながらスタジオに入り「おはようございます。」と、スタッフや共演者らに挨拶をして仕事モードに切り替えた。
 白は陽太が芸能活動も抱え、そんな苦労をして苦しんでいることも知らずにいた。
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