不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話

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 西暦二〇二二年(令和四年)の二月上旬。
 深夜一時、東京の街の中、高台な地域で高級住宅街などが並び立つ中で一軒、二世帯住宅がある。
 その家の前に一台のタクシーが停車する。
「ありがとうございます。こんな夜分遅く毎日送っていただいて、すみません。」
 清水白きよみずましろは、焦げ茶髪ロング姿でサングラスやマスクを着けて、タクシーから下りながら、温厚な運転手、六十代ぐらいの男性に小声でお礼を言う。
「そんな毎回かしこまらなくていいよ。今やあんたは有名人、可愛い白ちゃんに何かあったら、おじさんが、あんたのお祖父さんにどやされちまう。ははは!」
 車のトランクを開け、運転手は外に出てキャリーバッグを下ろし、小声で話しながら白の前に置く。
「じゃあ、おやすみ。お祖父さんによろしく伝えておいてくれ。」
 運転手は爽やかに白へ手を振る。
「はい。伝えておきます。本当にありがとうございました。お気を付けて。」
 白はサングラスとマスクを外して笑顔で運転手を見送る。
 運転手は嬉しそうにタクシーに乗ると、すぐに去って行った。
 白は住宅の辺りを警戒しながら家の鍵を回して開き、素早く自宅の中へ入って閉め、鍵を掛けた。
「ただいまー!」
 白は玄関から上がると、テレビの音声が聞こえて来た。
『俺、やっと気が付いたんだ。お前のことが好きだって。』
『私も実は、亮くんのことが好き。』
 リビングに足を運ぶと、テレビ画面には夜十時ドラマに出演し、ヒロイン役の自分と彼氏役の俳優、天宮流斗あまみやりゅうととの二人のラブシーン映像が流れていた。
 白は、自分の顔に片方の手の平を当てながら呆れた溜息を吐いて身体の背筋が曲がる。
「また観てるよ。せめて歌かバラエティ番組にしようよ。もしくは私が出演してない番組とかさー。」
 白が帰って来る足音がすると、愛犬のシェルティー犬、メスのプーアルが彼女に向かって嬉しそうに駆け走って来た。
「ただいまー! プーアル!」
 白は明るく喜びながらプーアルに声を掛ける。
 忘れないように洗面台で手洗い、うがい、顔洗いし、タオルで手と顔を拭く。
 プーアルは、早く撫でて! と訴えかけるように目をうるうるさせる。
「よしよーし! 白お姉様が帰って来ましたよ―!」
 彼女が帰宅したのが余程嬉しかったのか尻尾を嬉しそうに振って着いてくる。
「おかえりー! 白、お疲れ様。」
 五十代後半の白の母親、かすみがパジャマ姿で化粧水パックしながら娘を出迎える。
「もう、お母さん。いい加減にしてよ。また私と流斗くんと共演している恋愛ドラマ観ながらニヤニヤして。」
 白は、呆れた表情で目を細めながらキャリーバッグを押しながら自室へ運ぶ。
「お母さん、キュンキュンしちゃう。うらやましい。白が流斗くんと共演して、演技とはいえ、キスもしちゃうなんてー! キャー! 彼とのキスってどんな味だったの!? 」
 母親の爆弾発言に、白は眉を寄せながらムスッとした顔で興奮するように怒る。
「してないよ!! 変な言い方は止めてよね。キスしているように撮影してあるだけだし、ドラマだから! 誤解招く発言は禁止! ああああ! 恥ずかしい! 」
 すると、安楽椅子に腰掛けてタブレット式のテレビ動画を観ていた祖父、七十代前後の虎之介が騒ぎ出す。
「けしからん! 嫁入り前の孫娘が夜十時のドラマでキラキラの青二才のイケメンとラブコメなんぞ認めん!」
 祖父は興奮しながらタブレットに映る映像を白に観せる。
「わしは、こっちの男性と白の方が良いと思うぞ。」
 映像は時代劇で戦国時代。お姫様役で美しい着物を纏い演じる白と、旦那役のカッコイイ三十代か四十代のイケメン俳優とのラブシーンだ。と言っても、少し大人の恋を描いている。
『あなた様をずっとお慕いしております。来世でまた、あなた様に出逢いたいです。』
『わしも、そなたを思っておる。わしも来世で、またそなたと出逢いたい。』
 しかし、映像は城の中が火の海状態であり、逃げ場がない。切なくも二人は亡くなってしまう場面だった。
「ああああー! わしの大切な孫娘である白が、死んでしまったー!」
 祖父は口を大きく開けてショックを受け、床に手を付けて嘆き悲しむ。
「いや、これ時代劇で大河ドラマだからね。私、実際死んでないし。」
 白は目が曇るほど母親と祖父のリアクションに着いていけず、キャリーバッグを開いて必要な荷物を取り出す。
「こんなに早く立派に娘が出世して、私達幸せね!」
 母親と祖父は歓喜だ。
 すると、別の部屋からリビングに顔を出す祖母、六十代後半の星子がスマホ動画で曲を聴いていた。
「私は、白が歌を歌ったり、ピアノやバイオリン弾いたりしている姿が好きだけどね。」
 スマホ動画映像には歌手として一人で歌う姿の白や音楽学生と一緒にコラボしたり、違うミュージカル俳優や歌手とカバー曲を歌番組で歌うなどの映像が流れていた。
「ありがとう! おばあちゃん!」
 深夜だというのに清水家の家族は明るくて賑やかだ。騒がしいくらいに。
「それより~。白、もらってきてくれた? サ・イ・ン~!」
 母親は、ニコニコしながら白に近寄る。
「もらってきたよ。流斗くんの直筆サインとか色々もろもろ。はい。どうぞ。」
 白は紙袋を母親に渡す。
「キャー! ありがとう!」
 喜び騒ぐ母親に注意する白。
「もう。私、流斗くんに頭下げるの大変なんだからね!」
 あんなヤツに頭なんか下げたくもなかったが、母親が流斗のファンなのだからしょうがない。
 白は他の紙袋を手に持ちながら叱るが、母親は懲りない。
「流斗くんの写真、隠し撮りしてきた?」
 からかうように面白がって娘に問う。
「するわけないでしょ。何で私が、あんなヤツの写真を隠し撮りしなきゃいけないのよ。そんなことしたら私が、あいつのストーカーや変態みたいじゃん。」
 額に手を当てながら盛大の溜息を吐く。
 実に不愉快だ。リアルに考えても笑えない。祖父にも紙袋を渡しながらそう思った。
「やったー! わしの好きな女優と演歌歌手の人のサイン等が!」
「もうこれ以上は本当に勘弁してください。」
 白は、二人に口を酸っぱく言いながら祖母にも紙袋を渡す。
「おばあちゃんにも、はい。好きな歌舞伎役者の人やミュージカル俳優さんらのサイン等。」
 祖母には、母親と祖父とは打って変わって態度が違い、優しく手渡す。
「あら~。わざわざ良いのに~。」
 祖母は申し訳なさそうに受け取る。
「だって、おばあちゃんだけないなんて悲しいじゃない。」
 白は祖母に笑顔で伝えながらプーアルとじゃれる。
「「何か態度違うくない!?」」
 母親と祖父は息が合ったみたいに声を揃えて言う。
「プーアルにも、おやつを買って来たよー!」
 プーアルは「きゅーん。」と甘えて白は、しつけをして、おやつの骨をあげる。
 彼女からもらうと骨をくわえて、さっさとハウスに持って行き、おいしそうにかぶりつく。
「白、それは?」
 母親は、白が持つ紙袋に目を向けて不思議がる。
「あー……実は、私の好きな推し俳優の堤陽太つつみようたくんからサイン等もらって帰って来たんだー!」
 目をキラキラと輝かせながら、紙袋を抱きしめて興奮する。
「あんたの一番の推し俳優は浅倉和輝あさくらかずきさんじゃなかったー?」
 母親からそう言われると、白は一気に暗い表情になり、顔が俯く。
「浅倉さんとは未だに共演どころか、顔を合わせる機会もないし、たまたますれ違って会っても、いつも緊張して連絡先交換忘れて挨拶くらいで終わってすれ違うだけで。サインをもらうのも……おこがましいというかー。」
「乙女か。普段はおこがましく色んな俳優や女優さんらに頭を下げて連絡先もサインももらってくるクセに。」
 母親は呆れた顔をする。
「お母さんには私の気持ちなんて分からないのよ! カッコイイ人と会うと、ドキドキして言葉が上手く出ないもんなのよ! 目も合わせづらいぐらい俳優の存在感がスゴくてね!」
 ソファーにダイブしながら白は黄色い声で興奮状態だ。
「白、あんた流斗くんや堤さんにはおこがましいと思わないの? 彼らも推しでしょ?」
 母親に尋ねられると白は手の平返しのように語る。
「堤くんは推しには変わりないけど。でも流斗くんは……推しじゃなくて、友達で仕事仲間みたいな感じだから別に、もうどうでもいいの。」
 陽太の話になると目をキラキラさせて声のトーンも明るいが、流斗になると興味失せたように声のトーンが普通に戻る。テンションの違いが、はっきりと分かりやすい。
 和輝の話になれば恋する乙女状態でドン引きする雰囲気に包まれる。
「あんたの男好みの切り替えと態度が分かりやすいし、早っ!」
 母親はパックを剥がしながら白に、うきうきしながら話し掛ける。
「でも白にもし、好きな俳優さんとお付き合いする機会があったら……ぜーったい! お母さんに知らせてね! お母さんは流斗くんが婿に来てくれたらいいなぁ。」
 母親はキラキラと乙女のように照れて、祈るように両手で拝む。
「勝手に私の将来、彼氏や旦那になる人を妄想願望して決めないでいただけますか。」
 白は、目を細めて心なしに感情的にならず冷たい態度で呟きながら、焦げ茶髪のロングカツラを取った。
 地毛である金髪の髪がサラッと流れ、長く綺麗に落ちる。
 実は彼女の髪は焦げ茶髪でも黒髪でもなく、生まれた時から金髪ふわゆるパーマ。しかもプラチナ金髪だ。
 しかも焦げ茶髪カツラ姿では胸ぐらいまであるが、地毛金髪の場合だと膝まで長いのだ。頭の左右両方には三つ編みしている。まるで別人のように見えるのだ。
「けしからん! 俳優や芸人、ユーチューバーだアイドルとかが可愛い孫娘を、たぶらかして彼氏になる男は一刀両断! 引き裂いてくれようぞ!」
 祖父は壁に立て掛けてある木刀を手に掴み「えーい!」と叫んで素振りをし出す。
「おじいちゃん、時代劇の武士の人みたい。でも、もう夜中だから静かにして。」
 白がダイブしたソファーから身体を起こすと祖父は彼女に泣きつくようにして強く抱きしめる。
「白が早く嫁に行くのはわしはイヤじゃー!」
「当分はないから、安心して。おじいちゃん。」
 抱きしめられる強さに痛みを感じながらも、泣きじゃくる祖父を落ち着かせる。
 祖母は穏やかに「私は白が本当に良いと思う人を連れて来てくれて、その人が白を大切に思って、幸せになれるなら、私はそれで構わないわ。」と呟いた。
「おばあちゃん……。」
 祖母の語る言葉に感動する白だったが、彼女は穏やかなまま、リビングに飾ってある花瓶に埋けてある花を一本取り、花用のハサミを取り出し、チョキン。と花の根元を切り落とす。
「けど、白を泣かせて逃げたり、バカな真似して浮気不倫や借金、麻薬だなんだ苦労させたり捨てたり裏切るようなことをするような男だと分かった時は……許しませんから。ほほほ。うっかり弓矢で討っちゃうかも。」
 祖母は目を細めながら瞳が定まってなく、曇って恐ろしい眼差しだ。
「二人とも怖いよ!」
 ガクガクブルブルと震えながら白は二人を落ち着かせる。
 大学を中退し、芸能界の道を歩み、貧乏ボロアパートから二世帯住宅に引っ越し、八年。白は二十八歳になっていた。
 家族は、白が芸能界の事務所オーディションに合格したことで、芸能界に入り女優になる。と打ち明けて、反対の声もなく賛成してくれた。受け入れてもらえた。
 ただ、何か騒がれるような報道になれば隠れられる場所があった方が良いと、保険の為に、貧乏ボロアパートは残されていた。一人暮らしであるタワマンもあるが、基本、この二世帯住宅に帰って来ている。
 世間的に白は超有名人なのだ。
 翌日。
 早朝、五時半。
 白は、早起きをして外で待ってもらっているタクシーに乗って、自分が所属している事務所前で到着して下りる。
 七階建てビルの五階が事務所、プロダクションだ。
 髪は金髪ではなく焦げ茶髪ロングカツラを付け、大人っぽいキレイ系の服装で、いつもの通り持って来たキャリーバッグを引きずり歩く。
 エレベーターに乗り、五階に到着すると、すぐに事務所の入り口があった。入る前にマスクを装着して「おはようございます。朝からお疲れ様です。」と言って中へ入る。
 白が所属している事務所はアイドル、俳優、女優、モデル、声優などの人もそうだが、マネージャーや副社長、社長などまだ早朝の時間だと言うのな忙しく慌ただしい雰囲気だ。
 あまり穏やかな日は少ないのかもしれない。この芸能界では。
 なぜなら一般人の生活に比べたら不規則な時間帯の仕事だからだ。
「白、おはよう。朝早く来てもらって早々悪いけど、今日のスケジュール伝えるわよ。」
 白のマネージャー、田中翠がマスク装着してタブレット、手帳、スマホを持って彼女の元へ来た。
「はい。おはようございます。朝からお疲れ様です。翠さん。」
「この前、オーディションでヒロイン役に受かった知らせは聞いたわね。」
「はい。」
 ダウンジャケットとキャリーバッグはソファーに置いて、翠と今日の予定を確認する白。
 しかし白の今日のスケジュールは、朝からみっちり予定が組み込まれてある。ハードだ。
 まず一つ目の仕事は午前中、五時間。新作映画の撮影前、キャスト、出演者や製作者に脚本家、監督などとの顔合わせ。今後の撮影日取りや場所の予定に、事故やケガがなく無事に撮影が終わるように神社へ皆で祈願しに行く予定だ。
「内容は、日本の政財界と裏社会を支配し闇ギャンブル組織経営する御曹司と暴力団ヤクザ組の跡取り娘がギャンブル頭脳心理戦でバトルする究極の騙し合いゲームとラブストーリーよ。」
「映画でギャンブルもだけど、ラブストーリーも初めてだよ! 良かったー! またホラー系のゾンビか幽霊や殺人鬼とか嫌な役に回って来たらどうしようかと心配だったんですよ。」
 まあ、新作映画の内容では、そんな役はあまりない。ただやはりヒロインの周りや御曹司の周り限らず、嫌な役は皆、曲者揃いで怖い上に信用ならない人間ばかりの世界観を描いている。
 唯一心強い信用出来る人間は、ヒロインや御曹司に仕えている側近だけだ。
「あ、他の出演者キャストリストはあなたのスマホにデータ送ってるから。結構難しい役柄だけど、頑張りなさい。」
 翠は、自分のデスクの下棚に準備していた本や脚本、雑誌や資料を抱えて白の前に持って来て手渡す。
 白は、重く沢山まとめられた本の量を受け取りながら嬉しそうにはしゃぐ。
すると、ソファーに腰掛けてスマホを扱う現在人気絶頂で話題沸騰の三十代イケメンモデル俳優、黒髪ストレートマッシュの髪型をした天宮流斗あまみやりゅうとが二人の会話に聞き耳を立てていたのか、何も言わずただ、クククッと口元に手を当てて笑いを耐えていた。きれいめ系の服装で彼もまたマスク装着している。
 白は彼の方を振り向くと、一瞬だけお互いに目が合うけれど、人をバカにしたような態度で目をそらされる。
 せっかく気分は明るい気持ちだったが、一気に流斗の素っ気ない態度には腹が立つ。
( 何なのよ! 顔を合わせる度に、嫌なヤツ! )
 しかし、ここで簡単に彼の挑発に乗るほど子供ではない。耐えるんだ。今は翠と話しているのだから。
 白は、自分に言い聞かせ、目線を手元にある資料に向ける。
「うわー……だけど、この物語のヒロイン、気が強いは口が悪い。ヤクザの娘なだけに。」
 そう白が呟くと、小声で流斗が「ぴったりじゃねぇか。役に抜擢してる。」とお腹を抱えながらまた鼻で笑う。
 白は、流斗を無視してバラッと色々ページを開くが、ダメだ。脳が着いていかない。
 暴力団、裏闇社会、ギャンブル系などは、白にとっては漫画、アニメ、ドラマ、映画の世界観イメージしか出来ない。本当の裏闇社会はもっと違うのかもしれない。
 こんな難しい役など初めてだ。喜んだのも一瞬。顔色が青ざめてき、顔の表情が悪くなる。
「オーディション合格したのは嬉しいけど、難易度高い! 演技はともかく、カジノとか賭け事は分かんないよ~。大丈夫かな?」
「安心しなさい。近いうち、あなたは天才ギャンブラーまではいかないけど、初心者並みに理解出来る程までゲームの楽しさと恐ろしさを指導する予定だから。他の役者さん達も何人かで一緒にね。」
 翠はポジティブな方向で話題を持っていく。
 流斗は、笑い転げそうだが、必至に耐えてい二人の会話を黙って聞いていた。
( もう! 何なの!? この映画の内容ストーリーに笑える要素とかないはずだし、ハラハラのドキドキ恐怖が入り交じる中の恋愛要素も取り入れた感動ものでしょ!? )
 白は、翠がタブレットに目を通している隙に、流斗をジロッと睨みつける。
 しかし、すぐに翠の声が聞こえれば、彼女の方へ向いて話を聞く。
「白。」
「はい!」
 スラスラと説明する翠。
「今回、あなたは映画撮影だけじゃなく、挿入歌の歌詞と歌のレコーディングすることも決まったから。撮影開始になるのは三月から五月の三ヶ月。映像編集など終われば映画公開予定は夏か秋になるはず。忙しくなるわよ。」
「挿入歌!?」
 白は挿入歌担当することにもなった事態に驚き口が大きくポカンと開く。
「主題歌は別の歌手が歌う予定だから。まあ、レコーディングの予定は後日になるわ。」
 そして二つ目、午後からは結婚式カタログ雑誌の撮影で俳優の堤陽太と一緒に仕事する予定だ。和装、洋装などで結構な時間、夕方の四時から六時までかかるかもしれない。
 更に三つ目、夜八時からは音楽番組出演の仕事スケジュールだ。
これで白の一日が終わる予定だが、本当に自分がいつもこんな仕事をしているのか、何年か前とは大違いだと、遠い目をしながら呆けた。
 長期戦仕事だ。
「白、あなたはカメレオン女優だけじゃなく、歌手にモデルとしても人気絶頂なのよ! デビューして八年間、ずっと好きな女優ランキングに二位! 支持率八十五パーセント! 女優の星乃羽奈は変わらず断トツ一位キープだけど、二位のあなたの次に互角で一条瑠華いちじょうるかが三位に並んでる。しっかりしないと蹴落とされるわよ。」と白に伝えると翠は電話を掛け、廊下へと出る。
「私は色々準備して、また三十分後に戻って来るわ。それまで適当に休憩してて良いから。けど、ちゃんと新作映画のストーリー内容読んで勉強するのも怠らないこと。」
「分かりました。」
 呆けていたが、我に返ると両方の拳にグッと力を入れて気合いを出す白。
 翠の姿が見えなくなると彼女は、すぐに振り返り眉間に皺を寄せて流斗の元へと近付く。
「……」
 流斗はスマホ動画で何か映像を観ていた。
 イヤホンコードを差して音が漏れないように片耳で聞いていた。
『皆さん、おはようございます。女優の清水白です。
 今日は、よろしくお願いします。』
 一度は地上波で放送されたトーク番組のオンデマンド配信版動画を流斗は観ていた。
 映像には焦げ茶髪姿の白が天使のように穏やかで微笑みながら挨拶する姿に、思わず笑みになる。
『今日のスペシャルトーク、ゲストは女優の清水白さんです。』
 番組のキャスターの三人のうち芸人二人が交互にトークを盛り上げ始める。
『いやー! 朝早くから清水さんが、このトーク番組に来てくれて、俺的には感激! 大ファンです。あ、時代劇の大河ドラマ観ました。お姫様役の清水さんが最高に素敵な女性なんですけど、亡くなってしまい、切なくてですね。泣いちゃいました。』
 白は太陽のように周りの雰囲気を明るくするコメントを返していた。
『ありがとうございます。私も、この番組に出させていただけて、とても嬉しいです。』
 もう一人の女性キャスターが『清水さんは、朝ドラはご覧になったことはありますか?』と話題を振る。
『はい。今は仕事が忙しいので、録画したのを観てます。子供の時から朝ドラ大好きです。』
『そんな朝ドラ好きの清水さんですが、まだ一度も朝ドラ出演されたことはない。と窺っております。本当なんですか?』
『そうですね。オーディションは何度も受けてはいるんですけど、何回も落ちてますね。ヒロインのオーディションは本当に作品に寄っては、難しい役柄で。他のドラマや時代劇には出演させていただいてますけど。一回くらい縁があれば朝ドラに出演してみたいですね。』
 そんな映像を観ている流斗の背後から本家本元の白が怖い顔で彼のスマホを奪い取った。
「あ! 何すんだよ。返せよ。俺のスマホ。」
 突然彼女からスマホを取り上げられ腹が立ち、流斗は低い声で静かに怒った。
 しかし、白は気にすることなく彼のスマホ動画に自分自身の映像が流れているのを観てドン引きした表情で彼を見、悪気もなく爽やかな顔でサラッと思ったまま素直に酷いことを伝える。
「うわー……流斗、私のこと好きだったんだ。でも、ごめんね。私、流斗タイプじゃないの。」
 そんな彼女の態度に流斗は苛立ち、皮肉と激辛口発言を勃発する。
「んなわけないだろ。自意識過剰だな。俺だって、お前なんかタイプじゃねぇよ。俺は、もし自分がゲストに呼ばれて、トークすることになったら、どうすれば良いのか、色々な俳優や女優、コメディアンとかの人達のトークを観て勉強してんだよ。」
 白の手から自分のスマホを取り戻し流斗は「それに俺は、この番組キャスター務めている芸人二人、博多羽根丸太地さんらのトークが面白いからもあり観てるんだよ。」と呟いて人をバカにするように止めを刺す言葉を彼女に言う。
「誰が元ヤンキーで、がさつな男女のお前なんか好きになるかよ。」と言って鼻で嘲笑う。
 白は苛立ちながら心の中で呟く。
( こいつ! ムカつく! 本当に今をときめく有名な三十代イケメン俳優? ただの中学生レベルの堅物×言葉遣い激辛口男子じゃない。)
 白は翠から受け取った資料等の山をテーブルの上へ乱暴に置き、言葉はなるべく穏やかで普通通りに話す。少しだけ棘のある言い方を付け加えて。
「あっそーですか。そーですか。元々こっちは、あんたみたいな堅物激辛口男なんて願い下げですけど。
 あーあ。あんた顔はイケメンなのに心は最低男ね。
 女性に何でも言って良いと思ってるの? 
 そんな性格だから、どんな女性と付き合っても、すぐに愛想つかされてフラれるのよ。
 そんな調子じゃ、本当に好きな子が現れたりしたとしても振り向いてもらえないわよ。」
 白は流斗と向き合う形でソファーに座り、コンビニで買って来た朝食のサンドイッチと野菜ジュースをキャリーバッグから取り出して、嵌めていたマスクを取り、口に頬張るようにして食べた。
「お前にだけは言われたくねぇ。」
 流斗は、そう呟いて苛立ちながらソファーから席を立ち、事務所に設置してある自動コーヒー機へと向かい、取って付き紙コップを置いて、ホットブラックコーヒーのボタンを押す。
「だいたい自分だって、暇さえあればイケメンの奴らの動画ばっかり観てんじゃねぇか。そして二言目には「和輝さん。」かよ。そんなにあの男が良いのかよ。」
 白には聞こえない程度に独り言を小声で呟く流斗。
 コーヒーを注ぎ終えると、それを持って、再び自分が座っていたソファーに腰掛け、また彼女と向き合う形になった。
 ただ、普通に朝食であるサンドイッチを食べているだけなのに、幸せそうに微笑んで食べる白の表情に流斗は照れ隠しのようにスマホを自分の額に当てる。
( はぁー……クソ可愛い! )
 だが残念なことに、白は流斗から好意を寄せられているとは気付かず、ただの仕事仲間、同期、友達、幼馴染レベルにしか思っていないのである。
 白は完食しお腹が満たされると、さっきの怒りは何処にいったのか何事もなかったかのようになり、普通に明るく気さくな感じで流斗に話し掛けた。
「あ。そうそう。今日、二月十四日だったよね。はい。流斗。これあげる。」
 白はキャリーバッグからラッピングされたお菓子を取り出し微笑んで彼に渡す。
 流斗はドキッと動揺しながら「な、何で?」と驚く。
「友チョコだよ。日頃、流斗からお世話になってるし、仕事仲間だもん。それに唯一、芸能養成所時代に私が実は焦げ茶髪じゃなくて地毛金髪のハーフだって知って黙ってくれている友達だし。口は悪いけど。」
「口が悪いとか余計な一言多いんだよ。」

               ◆

 八年前。西暦二〇十四(平成二十六年)の夏。
 白はオーディションに受かり事務所に所属したが、演技は良くても、ダンスや身体の動きも硬く、プロに比べたら足元にも及ばない。
 マネージャーの翠から二年制の芸能養成所に通い、猛勉強して指導を受けながら他の仕事もする方が良いというアドバイスをもらい通うことを決める。
 同時期、流斗もモデルのオーディションに受かり事務所でモデル雑誌などの仕事をしながら彼女と同じく彼のマネージャーから養成所へ薦められ、通うことになる。
 しかし二人は、お互いそれぞれ時間帯が合わず、必ず一緒に授業や指導など受けるわけではない。あまり顔を合わす機会がなかった。
 会っても挨拶程度でお互い年齢が違えど、新人で仕事仲間としか認識がなかった。
 そんなある日の夜。
 養成所で授業が終わり、生徒や指導する教師も皆、ほとんど帰って行く中で、白は女子トイレの鏡を見ながら焦げ茶髪のカツラを取った。
「暑ーっ。今日は、金髪にして一人で帰ろう。」
 彼女は誰も居ないのを確認し、養成所から出て家に帰ろうとしていた。
 きょろきょろと辺りを警戒し、誰とも出くわさないことを祈りながら養成所の門を潜ろうとするが、その扉は閉まっていた。
 扉は引き戸式だった。
 白は、めんどくさい。と思い、引き戸を開けることなく、よじ登って門を飛び越えて外へ出ようとする。まるでやることが不良だ。
 すると一度は帰ったはずの生徒、流斗が門の近くに立っていた。
 白が門の引き戸に跨いで飛び降り、外へ出ようとする現場を目撃されてしまったのだ。
「え!? お前……清水!? 何してんだ!?」
「げっ! あ、天宮!」
( ぎゃあああー! ば、バレた! よりにもよって、めんどくさい堅物男に! )
 白は、ひきつった表情をしながらも、門の外の道に着地し、流斗を警戒する。
「呼び捨てかよ。お前、こんな夜遅くに不良みたいなことして何やってんだよ。しかも何だよ。その長い金髪は? コスプレ? カツラでも被ってるのか? それともエクステ?」
 流斗の記憶上では、確か彼女の髪色は焦げ茶髪で髪の長さも胸の当たりまでの認識をしていた。
 流斗は気になり、手を伸ばし、白の金髪を優しく少しだけ掬い、軽く触ったり、引っ張ったりして確かめる。
「おい、何勝手に人の髪を触ってやがる。」
「本物? よく出来てるな。」
「気安くあたしの髪に触ってじゃねぇよ! これは地毛だ! バカヤロー! 」
 白は流斗の手を軽く叩いて振り払い睨み付けた。
「は!? 」
 彼の記憶上、焦げ茶髪姿の白の印象は、優しくて明るく素朴で天真爛漫だが、地毛金髪姿だと外見は髪長で天使か、あるいは女神みたいに見える。
 しかし、目付きや口調も女らしくない男みたいな喋り方だ。怖い。焦げ茶髪の時とは真逆で別人みたいだ。まるでやることなすこと不良娘だ。
 突然の白の変貌姿に状況が着いていけず混乱する流斗は、白へ無言で頭を下げて謝り、すぐに戸惑い逃げ出した。
 彼女は逃がすか! と思い、脚力に自信があったのか、彼に追い付くと腕を強く捕まえる。
「ちょっとツラ貸せよ。天宮流斗くん。」
 普段は敬語で優しく可愛い性格とは思えない態度と口の悪さのギャップを変えて、恐怖感を与える。顔の表情も天使から悪魔だ。
 白は、他に誰も居ないことを改めて確認して、再び養成所に引きずるようにして流斗を連れて行き、女子トイレに入り、誰も居ないことを確認して一緒に個室へ入る。
 そして流斗を壁に追い込み、彼のスマホに荷物を取り上げ、ドカッ! と彼の顔の横にある壁に片足を強く蹴り上げた。
 幸い、白の服装はカジュアルで、下はズボンだった。
 流斗は、自分の顔の横に彼女の足が近くにあることに驚愕して顔が真っ青になって固まる。
 白は怖い顔で睨み付けた。
(  くっ! 高校の時みたいに男子生徒を脅した時みたいにやるべき!? いや、でもそれは逆効果じゃない!? だって、こいつはたまたま目撃しただけだし、何も悪いことしてないし、むしろ私の方が悪いじゃない! )
 白は唇を噛みながら目を瞑り、頭を下げて冷静に考える。
( でも、私は何が何でも女優になるんだから! )
 壁から蹴り上げた片足の足を離し、白はもう一度、顔を上げ、今度は申し訳なさそうな顔をして流斗に頼み込んだ。
「天宮くん、お願い! 私の髪が実は『地毛金髪』だってことは誰にも言わないで秘密にしてもらいたいの! 事務所の人達には、この養成所を卒業したら、ちゃんと事情を説明するから!」
 流斗は、さっきの怖く豹変した態度とは打って変わり、子犬みたいに脅えて頼み込んできている白の態度にたじたじだ。
 実は彼女、オーディションの書類審査の写真に写る姿を地毛金髪ではなく、焦げ茶髪カツラを被って撮影していたのだ。
 そして、その写真を貼って応募し、カツラであることはバレることなく予選通過。書類審査に引っ掛かることなく合格したのだった。
 そのことを必至に流斗に伝える白。
「……。」
 焦げ茶髪はカツラで、実は地毛金髪でハーフでした。ぐらいで? と疑問に思いながら、彼女の話を聞き続けると、学生時代は荒れてヤンキーだったことも語られる。
 知る人は数知れず。学校や近所からも白い目で見られ恐れられていた。でも一部の人からは、白が本当は優しい子で明るくて天真爛漫であり、実は人を引き付ける天性の才能ある子と理解されていた。
 しかし、彼女の事情を聞いたところで、流斗にとっては知ったことではない。と思った。
 だが、芸能の勉強や指導を受けて頑張っている姿は知っていた。
 そこに偽りの姿はない。
 それに。
( うっ! 何だ、こいつ。さっきは暗くてよく分からなかったけど、金髪姿でも天使みてぇ! よく髪の色染めて歩く人を見ると、怖いとか思うことがあるけど、全然怖くない! ドラマ並みにスゴくカッコイイし、めっちゃ可愛い! )
 と、流斗は思った。
 しかも意外と個室のトイレに入って距離が近いのもあり、意識をしてしまったのだ。
 いわゆる、一目惚れというやつだ。
 流斗は自分の口元に手の平を当てて、顔を反らし「分かった。言わねぇよ。黙っててやる。」と伝えると白は天使の微笑みで嬉しそうにお礼を言う。
「ありがとう! 天宮くん! お互い頑張ろうね!」
 白は流斗に手を差し伸べて、言葉を付け足し「さっきは、脅すみたいなことをしてごめんね。これからは、お互い仲良くしようね。」と明るい言葉を掛ける。
 流斗は素っ気なくも「おう。」と返事をして白に手を伸ばして握手した。
 それ以来、口喧嘩はあれど仲良くお互いに頑張って卒業し、モデル俳優、カメレオン女優となった二人。
 ただ! 世間や芸能業界では未だに白が焦げ茶髪ではなく、地毛金髪ハーフであることは知られてはいない。元ヤンキーだったこともだ。
 事務所側では流斗だけしか知らないトップシークレット状態なのだ。ゴシップネタにされかねない。
 白は顔が日本人顔な故に、ちょっとやそっとではハーフだとは周りの人には気付かれない。
 子供の時から可愛いや優しいだの言われた試しがない。ギャルやヤンキーだ不良と言われ、怖い。性格悪い。とか、そんな感じで差別や偏見に、いじめも受けて来た。
 そんなのも乗り越えてなんとか今の非日常の芸能業界での仕事を頑張っている。

                ◆

 そして現在。
「あ。もしかして甘いもの苦手だった? チョコとかが良かった? それとも迷惑だったかな? ごめんね。
 もしかしたら、チョコ苦手な人とかいるかもだし、半分、変な誤解を真似きたくないんだよね。
 それにー……私、本命チョコは両想いになった人にしかあげないように決めてるんだ! 入らないんだったら、違う人に渡すけど。」
 白は、素直に言いたいことはすぐに主張出来る。ただし、人によっては不愉快にさせる性格でもある。しかし、何故か彼女は人を引き寄せる魅力があるのだから不思議だ。
 しかし、その本人は、まったく自覚がない。むしろ逆で自分は嫌われているんじゃないか。と思うことがある。自意識過剰になりやすいのだ。
 だが、自分は好かれている。好意を寄せられている。だのに関しては、そういったことは思わないし、考えてはいないのだ。
 流斗が実は、八年前のあの日から、白にずっと好意を抱いているなど、まったく毛ほども理解していないどころか気付いてもいない。
 彼からすれば白への想いは、長く片思いをしている状態だ。
「誰が迷惑だ、いらないって言ったよ。このバカ。」
 彼は苛立ちながら、白が手に持っているラッピングされたお菓子を乱暴に受け取る。
「もう、何でいきなり怒るのよ。ワケわかんない。」
 白は、少し頬を膨らませて怒る。
 流斗は、またスマホを額に当てながら顔を隠して落ち込む。
( クッソー! また心にもない酷いことを白に言っちまった。)
 深い溜め息を吐いて、額に当てたスマホを外し、白を見る。
( いつからだ? いつから、こんな嫌な男になったんだ? 何で素直に、こいつだけには優しく出来ないんだ? 何で、こんなに腹立たしい嫌なヤツだと思うのに……何で、いつの間にか白のことを好きになってんだよ! 俺ー! )
 他の女性には優しく接することが出来るのに、白には酷い言葉ばかり言うのだろう。自分が嫌になる。こんなの自分らしくない。と、心の中で思う。
「これ、お前の手作り……じゃなさそうだな。」
「違うよ。お菓子屋さんで試食して、おいしかったから、皆に食べてほしい。って思ってさ。
 流斗も知ってるでしょ。私がお菓子や料理とか作るの苦手だって。前に一度、一人で作ったことがあったんだけど。」
 白はクッキーなら簡単に作れるだろうと一人で挑戦した時期があった……のだが。
 焦げすぎて真っ黒な可哀想なのと、胃もたれするような味のしないクッキーを作った。
 レモンの砂糖漬けも作ったことがある。ものすごく酸っぱかった。
卵焼きさえ無理だった。卵を何十個も無駄にしたことにより、母親と祖母からは「あんたは座ってなさい! 何もしなくていいから! 危ない! 」などを言われて以来、食べることは大好きでも、料理を作ることは出来ない。仮定的な女性ではない。
「色々あって、約束された安全面のお菓子を食べてもらうのが良いかなあ。って。」
 暗い顔で流斗に打ち明ける。
「まあ、そりゃあ賢明だな。俺がわざわざ、休みを入れてお前の家に来て、料理を教えに来てやったのに。簡単なカレーさえも作れない超不器用だもんなあ。炭火焼きカレーでもなく、可哀想なカレーだったもんなあ。」
 流斗は、見かけは良くできたカレーのように見えた。が、自分が作るカレーより何か色が違うことに気付く。
 よく見ると黒焦げな部分もあったりする。
 出来たカレーさえ、食うな。という危険信号を醸し出している。
 彼女の母親と祖母からも食べない方が良い。と注意をされたが、白が作ったカレーを実際一口試しに食べてみた。
 が、意識を失って倒れたくらい不味かった。その後はトイレに駆け込み、しばらく閉じこもる羽目になったことを思い出した。
「あれはたまたまよ。進展は少しあったんだから! 目玉焼き焼けたし、クレープ生地焼けたんだよ! 」
「はいはい。良かったな。おめでとう。」
 流斗は、明るく喜ぶ白を無視して、冷たい言葉で呟いた。
「全然、信じてないわね。」
 すると、白は思い出したように何故、翠と話していた時、笑っていたのかを訪ねた。
「で? さっき何で笑ってたの?」
「ん?」
「私が田中さんと新作映画の話をしていた時だよ。」
 流斗は、白に聞かれて数分後のことを思い返す。
 確かに笑った。
「あー。お前にぴったりな役だから。元ヤンだから、ヤクザの娘の役なんて楽勝だろ。イメージに合ってると思ったら、マジで笑えて。」
 フッと鼻で笑う流斗に、再びイラッとする白。
「やっぱりあんたムカつくわ! 流斗のファンの人達、頭どうかしてるんじゃないの?」
「どういう意味だよ。それ。」
「自分の胸によーく聞いてみなさいよ。」
 白は、苛立ちながらジュースを、ごくごくと飲み終えると、席を立ちジュースの紙をゴミ箱に捨てる。
 流斗も苛立つ反面、気持ちはモヤモヤだった。
 心を落ち着かせようと、マスクを外しコーヒーを飲む。
 座っていた席に戻ろうとしていた白は、流斗がマスクを取って表情が見え、コーヒーを飲む姿に自分の顔が照れて「はにゃにゃん。」と意味不明な発言が出た。
「やっぱり表情がはっきり見えると良いなあ。流斗の顔がカッコイイの久しぶりに見たかも。」
「お前、まだイケメンの男の顔を見ると「はにゃにゃん。」状態になるのかよ。」
 苦笑いしながら流斗は引きつった表情で白に尋ねる。
「私、イケメンや美人や可愛い人の顔を見ないと元気でないし、仕事もやる気出ないの。」
 白のデレデレ顔に流斗は目を細め「悪いけど……キモッ。」と、また心にもないことを口走った。
「キモくて悪かったわね!」
 すると、事務所の壁際に設置されたテレビ画面では、朝からまたしても世間を騒がせる感染症の流行中の情報が飛び込んでいた。
 今から二年前、二〇二〇年の二月ぐらいから猛威を奮う感染症が世界各国で拡大し、日本にも到来した。
 いつもの平穏な日常、マスクなしの生活が、今や非日常に変わり、マスクは必ず必需品となった。外に出れば交通機関、職場内でもマスクする人ばかりで溢れている。
 食事の時だけマスクは外して黙食だのしていたりしていたりもするが、時が過ぎるに連れてゆるゆるだ。
 それでも、まだこの感染症は続いている。いたちごっこのように。
 しかし芸能界も、感染症対策を取り、撮影以外はマスク着用したりし過ごしている。
 白と流斗がマスク外した状態で話せるのは、二人の間のテーブルにあるフェイスガードが念の為に立て掛けられ設置されているからである。
「はぁ。いつになったらマスク外せるのかな。どうせ昔の大流行したスペイン風邪や、結核にコレラ、ハンセン病、エボラ、SARSにインフルエンザとかそういう類いになる、いたちごっこの感染症でしょ?  」
 白は深い溜め息を吐きながら呟くと、流斗もどうでもよさそうだが返事を返した。
「まあ、仮に今の感染症が治まっても、花粉症とか黄砂の場合はマスク外せないし、欠かせないけど。因みに、俺は花粉症だけど。」
 白は流斗が花粉症であることに驚きながらも、彼の言うことにはもっとなご意見だと頷きながら少しだけ話を続ける。
「撮影本番になったらマスク外して人の表情見えるけど、前みたいに、やっぱりいつでも表現見て話したいよ。」
 しかし、白のようにお互いに表現を見て話したい。という人も居れば、顔を見せるのが恥ずかしい。マスク外したくない。という人も居るらしい。
 二年の間にまた少しずつ価値観が変わり始めていた。
「その内、落ち着くだろう。」と流斗は言って、猛威の感染症の話しについては打ち切った。
 白は少しだけネガティブの話を出してしまったことに悪いと感じ、気分を変えようと違う話題を振る白。
「ねぇー。話は変わるんだけど、流斗は今誰かと付き合っている人は居るの?」と遠慮もなくまた突然に彼女は流斗へ聞く。
「ブーッ! 」と、恋愛の話題を振られたことに驚いて、飲んでいたコーヒーが口から出そうになった。幸いにも、口の中で飲み込んで、吐き出すことはなかった。
 ただ、喉に詰まりそうになったのは事実で咳き込む形になった。
「な、何で、男の俺にそんなこと聞くんだよ?」
 白は暢気に楽しそうに話す。
「だって、今日はバレンタインデーの日だよ! イケメンモデル俳優の流斗なら、女性から絶対もらうと思うの。」
 かと思えば少しだけしょんぼりと暗く落ち込む。
「堤くんとか和輝さんとか他のイケメンな俳優さんもカッコイイから女性達から絶対もらうし、受け取るよね。可愛くて美人なら尚更。」
 流斗は、じーっと白の顔を見る。
( いや、お前自分では気付いてないけど充分、可愛いし美人ですけど?  )
 流斗は密かに知っている。
 色んな有名な芸能人の男性や女性問わず、スタッフや脚本家や監督らからも好感度を持っている。ごく稀に、彼女に告白している男性だけじゃなく女性まで告白しているところも目撃している。
 こいつは意外と人たらしだ。
 誰に告白されても「友達からで良ければ。」や「ごめんね。あなたの気持ちは、とても嬉しい。でも私は、変わらずあなたと仕事仲間として付き合っていきたい。仲良くいきたい。ダメですか?」と当たり障りのない答えを持ち出してくる。
 相手を不愉快にさせない。むしろ、彼女にフラれてもダメージは軽減される。
 流斗とは裏腹に他の男性や女性には態度が違うのだ。
 こいつは二重人格か! と思うくらいだ。
 元ヤンキーなだけはあるのかもしれない。
 実際、あの八年前のあの夜に会った金髪姿の白の時は、蛇のように恐ろしかった。
「何見てんだ。ああ?」みたいな威圧感があった。
 それはともかく、焦げ茶髪姿の白へ自分も下手して告白をすれば、バカをみた奴らと同じ二の舞になる。
 今の男友達現状維持の方が、まだマシだ。傷が深くならずに済む。
「で? 流斗は去年、何個チョコもらったの?」
 白は、目をキラキラさせながら、わくわくするように聞いてきた。
「チョコは確かにもらったけど、本命や義理、友チョコとかじゃなくて、ただの差し入れでもらってる程度だよ。ドラマや映画だ舞台などのスタッフや共演者、事務所側の関係者らの人達からしか。」
 流斗は、バレンタインデーやクリスマスイベント時期になると不愉快に感じた。
「はぁ。お前は暢気だな。今時、女からチョコもらいたいと思う男も、男にチョコあげたいと思う女も少なくなってきてる世の中なのにさあ。
 おまけに最近は恋愛や婚活はマッチングアプリとかで五人に一人は結婚とか付き合えるとか言う世の中でもあるが。」
 盛大な溜め息を吐きながら、眉間に皺を寄せる流斗。
「俺に彼女なんかいるわけねぇだろ。前は、そりゃあ付き合ってた女は居たには居たけど。」
 白はともかく、他の女と付き合うなんて、懲り懲りだ。めんどくさいし、もう正直、関わりたくない気持ちだ。
「この男女イベント行事になると、今思い出しても腹が立つ。前付き合っていた女二人。」
 楽しい会話をしたつもりが、急にネガティブ方向に変わり、白は流斗に申し訳なく思い、謝る。
「ごめんね。気軽に聞いて。そんなつもりじゃなかったんだけど。でも、そ、そんなにその子達、嫌だったの? 」
 静かに怒りながら、流斗はコーヒーをごくごくと飲んで語り出した。
「一人目の女は「あれ買ってー!」だ「これ買ってー!」とか言ってねだり、高額な品を要求し、爆買いするお嬢様な女だった。」

                ◆

 西暦は二〇〇八年(平成二十年)の冬。
 まだモデルや俳優業の道にまっしぐら。とかはまだ考えていない。高校二年生で学校に通いながらバイトする生活をしていた時期の頃、無理やりに男子友達と大学生のフリをして合コンに誘われ参加した、そして女子大生の良い子と出逢い、付き合い始めた。
 しかし、最初の合コンで出逢った印象とは真逆で、デートをしたら別人みたいに、おねだり上手な女性だ。

                ◆

「そんな人、居るんだね。」
 その話を聞きながら白は、先程の新作映画内容の資料本をさりげなく手に取る。
「俺は自分なりに高額じゃない安い物なりに、その子に合ったプレゼント買って渡した。次のデート場所の日程も立てた。そしてデート当日だ。」

                ◆

 そして次の年、西暦二〇〇九年(平成二十一年)。
 流斗は四月を迎えると高校三年生に上がる。
 学校で、少し嫌な出来事があった為、髪を染めるのは規則違反だったが、自分の髪を気分転換の為に学校帰りに美容室に寄り道して金髪に染めた。少しの間だけだ。連休明けすれば黒に染め直すつもりだった。
 丁度五月のゴールデンウィークの日を選び、デートの待ち合わせ場所は映画館にし、朝九時半ぐらいから上映する作品を一緒に観るはずだった。
 チケットも席も先に買って、映画館内の入り口付近にあるポスター前で待っていると、彼女が見知らぬ別の男と腕を組んでいるではないか。
 しかも相手は年上で二十代ぐらいの大人だった。
 流斗自身は疑問に思いながら、固まる。
 彼女は、しかも平然と流斗に手を振り、前へと歩いて来る。しかもやけに明るいし、ニコニコと微笑んでいる。
 そして。
「私、流斗くんより好きな彼氏見つけて、この人と結婚することになったから。色んな場所で何度も会って、関わる内に意気投合して、運命感じちゃってね。何より、この人、あなたより超優しくて、支えたいし、一緒になりたいと思ったの。だから、バイバーイ!」
 事の状況に着いていけない流斗は放心状態になる。
 何か文句の一つや二つ言いたいところだが、言葉が上手く出ない。
「あ。これ、いらなーい。」
 しかも、自分が彼女へ二ヶ月前、ホワイトデーのお返しにプレゼントしたはずの品を、まるでゴミ箱に投げつけるようにして返してきたのである。

                ◆

 その話を聞き終えると、白は顔の表情が引きつる。
「わー……別の意味で切ないね。その爆買いするお嬢様みたいな元カノさん、中国か韓国の人なのかな?」

                ◆

 おまけに、流斗から通りすぎる間際に、今付き合っている彼氏と向き合いながら彼の悪口を言って去って行った。
「あの子さあ、身長高くてイケメンのわりには男らしくないし、動物苦手だわ、デリカシーない堅物で、いちいち小言うるさくてねー。真面目でガリ勉なわりには急に金髪にしだしてバカみたい。あれで医大目指してるとか頭おかしいでしょ。青臭いガキって感じ。」
 映画館に訪れてその現場を見ていた周りの客は、そのフラれたところまでばっちり立ち止まって離れたところから聞いていた。
放心状態で立っている流斗の姿を見ながら「あの男の人、可哀想。」と女性の人達が同情の声が小声で飛び交う。
「あの人、金髪だけど、カッコイイし、優しそうなのに。」
 男性達からも「うわあ。キッツー。何だよ。あの頭おかしい女。」だ「つか、あの男、女運悪くね? 俺ならあんな女選ばねぇ。」や、高齢者夫婦も「あの男、大丈夫か? 」や「心配ね。」と遠くから椅子に座ったまま小声で呟く。
 小さな子供や小学生らも家族で来ていた。
 親の元を離れて三才か四才の子供が一人、流斗の元へ歩いて行き、子供用のペロペロキャンディーを一個渡そうとする。
「お兄ちゃん、このアメあげるー。おいしいよ。」
 しかし、その言葉は彼に届くことなく、まだ放心状態だった。
 すぐに子供の親が近付いてき「うちの子が、すいません。」と頭を何度か下げて、アメを渡す子供の手を握り、小走りにチケットを買う場所に並び直す。
 放心状態だった流斗が、やっと我に返った。
 何故、あんな女を好きになった? 
 そもそも自分と付き合っていてデートの約束もしておきながら、他の男と付き合っていた上に結婚!? そんな雰囲気は一切匂わせなかったし、全然、気付かなかった。
( え。俺と、あの知らない男を、あの女は二股浮気していたのか? 大学生のフリをしていたことはちゃんとずるずる引きずらずに合コン終わったその日に謝って、許してもらえたし、変わりなく好きで付き合ってくれたんじゃなかったのか? 天使と思っていたのに! )
 正直、二枚のチケットを買ったが、観る気がしなくなった。
 彼女に会ったら、映画観た後に何処か食事する店で用意していた誕生日プレゼントも渡そうと思っていた。
 それなのに!
( 結婚報告と、この前あげたばかりのホワイトデーのお返しの品も投げつけた挙げ句に、俺の悪口を他の彼氏の前で言うのって酷くね!?  )
 流斗は、手元に持った二枚のチケットをグシャ! と強く握りながら、ゴミ箱を見つけて、さっさとそこに捨ててしまおうと決断する。
 目を細め、眉間に皺を寄せて、唇を噛みながら、苛立ち、さっさとこの場を去りたい。と考えながら、早歩きで進み、チケットを捨てようとした。
 すると。
「おい! お前、何やってんだよ! せっかくチケット買ったやつ捨てるなんて、持ったいねぇだろ! 」
 見知らぬ女の大きな声に、流斗は振り返る。
 相手は、ポニーテール髪をまとめて結んではいるが、腰まで長い髪が流れる金髪の女だった。しかも、頭はところどころ寝癖で跳ねている髪の毛はボサボサだ。
 そして自分より背が小さい。と、言っても、相手は百五十六センチくらいの身長だろう。
 服装は地味な服装でだぼだぼのパーカーにジャージ姿だ。頭にはキャップ帽子被っていた。肩にはショルダーバッグをかけている。
 何だ? この女。と思いながら、不愉快に感じ流斗は彼女に言う。
「他人のお前に関係ねぇだろ。」
 そう伝えると金髪の女は、また強く叫んで叱る。
「関係なくねぇ! その作品は超面白れぇ映画なんだぞ! チケット買わないで帰るなら未だしも、買っておきながら、作品も観ずに捨てて帰るなんて、製作した側や声優さんらの気持ち考えろよ! 失礼だし、可哀想だろが! ざけんな!  」
 映画館に訪れていた周りの客は、流斗と金髪の女との口論を見ながら、声をざわめかせる。
 映画館で働くスタッフも、駆け付けて来る雰囲気だ。
 しかし、流斗は周りを気にすることなく、彼女を睨み付ける。
 金髪の女も彼を睨み付ける。
 お互いの睨み合いに火花が散る。
 一人のスタッフが間に仲裁に入り「お二人とも、喧嘩はお止めください! 他のお客様のご迷惑になりますので!」と伝える。が。
「「喧嘩じゃねぇ! 」」
 二人が同時に大きな声でスタッフに怒り叫ぶ姿に仲裁に入ったスタッフは悲鳴を上げ怯える。
 金髪の女は、流斗が手に持っているチケットを軽く一枚奪う。
「よし、気に食わねぇが、あたしと一緒にその作品観ようぜ! 」
 彼女は一枚のチケットを手にし、笑顔で口元をニヤリと作り流斗を誘う。
「は!? 」
 突然何を言い出す。この女。
 そう思っていると、映画館スタッフのアナウンスが流れる。
流斗が買っていたチケットの作品タイトル『劇場版 少年探偵コナ。一番スクリーンで、まもなく九時半に上映致します。』の知らせだ。
「何してんだ!  自販機ヤロー! 早く来やがれ! 作品は始まっちまうだろ!」
 売店へ急いで来るように金髪の女は流斗を手招きして呼ぶ。
「自販機ヤローって、俺には名前が。」
 流斗は、売店に並び彼女の隣で一緒に注文しながら、ぶつぶつ文句を言う。
「テメーなんざの名を知って、どうこうなるつもりもねぇし、興味ねぇよ。これっきり会うこともねぇんだし。」
 一つ一つの金髪の女の言葉にグサッ! と来た。
「確かにそうだけど。」
 売店で二人は、ポップコーンにアイスコーヒー、アイスクリームにナチョス、ジュースを買い終えると、トイレを先に済ませるのを忘れていたため、スタッフを二人呼び、品を預け、流斗と金髪の女がお互いにトイレから戻って来るのを待つ。
 トイレを済ませると、スタッフ二人が持ってくれていた品を受け取り、入場口へ向かいチケットをスタッフに渡し、一番スクリーンへ入る。
 座る席は一番後ろの真ん中辺りだった。
 スクリーン全体が見える。
 まだ暗くなる前だった。
 チケットに指定された席に座りながら金髪の女は、隣に座る流斗をじっ、と疑うような目とガン付けたように見る。
「まさかお前、すっぽかすような真似して逃げる気じゃねぇだろうな?」
 流斗は、深い溜め息を吐きながら呟く。
「しねぇよ。わざわざ食べ物とかドリンク買ってんのに。」
 何でこんな流れで見知らぬ金髪の女と映画を観るはめに。
 こっちは適当にブラブラして、その後にカラオケに行き、一人カラオケ。好きな歌を熱唱してストレス発散したかったのに。
 そんなことを思っていると。
 隣で金髪の女はアイスクリームを、もう口に入れておいしそうに食べている。作品はまだ始まってもいないのに。
「もぐもぐ、ほのへいは、人気れさ、るっと一作目から続いれれさあ。推理サスペンフアヒメで最高なんらぜ!  まひかい爆はふするんだれ! らんか、スッゲー、ヒケットふり場ははんれれさあ。チハット買うろ省けはぜ!! ラッキー! なあ、なあ! 自販機ハローは、ひょう年たれてりロナがふきなのか? 」
 自分とは初めて会うというのに、金髪の女は気さくに話し掛けてくる。
 いきなり初対面で自分の名も名乗らず、相手の名も聞くこともなく、ここまで気さくに馴れ馴れしく話し掛けて来た女子はそういない。男子もそうだが。
「食べるか、喋るか、どっちかにしろよ。そして食べる時は口閉じろ。汚いし行儀悪いぞ。あと、何言ってるのか分かんねぇ。」
 金髪の女は、アイスクリームを食べ終わり、口に付いたアイスをハンカチで拭く。
「すんませーん。気をつけまーす。説教あざまーす。」
 彼女は、わざと下顎をしゃくれたようにして言う。そして、フンと鼻を鳴らし、舌を出す。あっかんべー。と流斗に向かってした。
「んだよ。コナ知らねぇで観に来たのかよ。つまんねー堅物ヤローだな。」
 金髪の女は、彼と話していると疲れるし、イライラする。ナチョスを食べながら退屈な顔をする。
「誰が堅物だ!  俺にはちゃんとした名前があるわ!」
「分かってるよ。自販機ヤローだろ? 」
「俺の名前は自販機ヤローじゃねぇ! だいたい 金髪娘のお前が勝手に付けた、あだ名だろ!」
 すると周りの皆は、何人かヒソヒソと話していた。
「見ろよ。俳優男性と付き合ってた彼女、二人の仲を引き裂いて奪おうとした奪略愛した女らしいぜ。」だ「学校に通わないで、他校の生徒と喧嘩してたり、危ない連中とも付き合ってるらしいよ。」や「何かナイトクラブとか色々な店転々としてるらしいぜ。あの女。」と「不良ヤンキーか何か知らないけど、怖っ。」呟く。
 流斗の隣に居る金髪の女の陰口を叩いていた。
 一方で、何も知らない客は「あの二人、金髪カップル?  高校生同士で付き合ってるのかな? 」や「不良仲間繋がり? 」だ「いや兄妹かもよ?  兄の方は妹萌え? 」の騒いでいた。
 流斗の隣で金髪の女は「ギャーギャーうるせー奴らだな。誰が奪略愛した女だっつーの。」と小声で独り言を呟く。
 彼女は、木のスプーンを口に突っ込んだまま、目を細め、スクリーンを見ていたが、何処か違う遠くを見つめていた。
 流斗は、隣に居る金髪の女の横顔を眺める。
 人の噂話など興味はないが、だが、よく見る彼女の顔の輪郭が自分の妹の雰囲気とよく似ている。金髪の女、ではなく少女だ。
 そして金髪の少女は、おそらく女子高生。
 流斗の妹が居るから一早く察する。
 自分は十八歳。だから、隣に居る金髪の少女は年下の高一で十六歳。
 そういえば、入場口で女性スタッフにチケット渡した時に「可愛い妹さんで、仲良いんですね。」と言われた。
 流斗は、このスタッフは何を意味が分からないことを言ってるんだ。と不思議に思ってはいたが。
( マジでか!? 女子高生!?  だとしても何で髪を金髪に染めてんだ? 学校サボッてる系?  いや、ギャルかな? いや、ギャルにしてはメイクとかしてなさそう?  )
 自分は髪は染めてはいるが、学校にはちゃんと通っていた。
 この金髪の少女は、どういう子なんだ? と今更になって気になる。
 流斗は、隣に居るアイスクリーム金髪の少女を、じーっと、疑いながら見つめて彼女に尋ねる。
「なあ。お前って………。」
 すると、周りの明かりが段々と暗くなる。
「しーっ! 始まったぜ!」
 金髪の少女は、アニメ映画が始まるとワクワクした顔で自分の口元に一本の人差し指を立てて静かにするように流斗の方を見て、小声で伝える。
 といっても、スクリーンの画面は、まだ近々の映画公開される作品の数々が予告映像が流れているだけだ。
 この作品が終わったら、後で絶対に、この金髪娘の素性問いただしてやる。
 そう思いながら、流斗は映画を観る。
 それから一時間ぐらいが経過した。
 金髪の少女は、隣に居る流斗の持つポップコーンが少し食べたくて、チラ見していた。
 アイスクリームにナチョスも平らげてしまった。残りはジュースだけだ。
「なあ。あたしにもそのポップコーン、少しくれない? 」
 彼女は流斗の方を見ながら小声で声を掛けると、彼は何故か映画を観ながらポップコーンを食べ、涙を流して、静かに泣いていた。
 金髪の少女は、目を大きく見開き驚いて流斗の顔をじーっ。と、しばらく見つめていた。
( な、何でこいつ映画観ながら泣いてんの?! 泣けるシーンなんて何処にもないはずだけど?! まだハラハラとか事件の捜査してるシーンしか出てないぞ? まあ普通に面白いけど。  )
 彼の涙まみれのポップコーンなんて食べれる気がしない。と、金髪の少女は思いジュースを黙って飲みながらまたスクリーンに前を向く。
( 変なヤツ……。 )
 彼女の隣で流斗は泣いてはいたが、それは映画の作品映像や話に感動して涙を流したわけではない。
 今日この映画を一緒に観るはずだった、付き合っていた彼女のことを思い出していた。
 そもそも一緒に観に行こう。と誘って来たのは彼女だったのに。
 前売り券も一緒に買ったし「二人で行くの楽しみだねぇ。」とか言ってのに。
 突然の別れ話、他の男との結婚、おまけに自分がホワイトデーにプレゼントした品を投げつけられ、悪口も言われたことが脳内で巡る。
 せめて最後くらい一言、ごめんね。や、楽しかった。ありがとう。の言葉くらい言えなかったのか。
 あの女性とは経ったの五ヶ月でフラれた。一方的だったが、失恋だ。
 苛立ちは悲しみに変わり、涙が溢れてくる。
 涙だけじゃなく鼻水流れてじゅるじゅるだ。
 ハンカチで拭きながら口に沢山、ポップコーンを詰め込んで食べながら、映像を観ていた。
 そしてエンドロールと次回作、公開決定! 知らせまで見終わり、出口へと出た。
「うぎゃああ! もう我慢出来ねー! トイレー! トイレー!」
 金髪の少女は、出口を出で早々にトイレに猛ダッシュして行った。
 あれだけ食べ物を沢山食べれば、誰でも大抵は途中でトイレに行きたくはなる。それを我慢してまで作品を観たかったのか。だが、我慢は体に毒だ。
 子供みたいに騒いでトイレに駆け込む姿には、思わず笑ってしまった。
 その頃にはもう流斗の涙は止まっていたが、目と鼻が腫れていた。
 すると、映画館スタッフが金髪の少女が、からっていたショルダーバッグを流斗に声を掛けて来た。
「あのー。お客様、このバッグ、お連れ様のお忘れ物です。」
「あ。ありがとう、ございます。すみません。」
 流斗は、あの金髪の少女とは、連れでもなければ、付き合っている彼女でも妹でもない。周りからは勘違いされていて逆に困る。
「あー、スッキリしたし、映画面白かったー!」
 金髪の少女は、トイレで手を洗い終えると、
すぐに映画のグッズコーナーへと走り、パンフレット買おうとし、バッグからお金を出そうとするが、バッグがない。あたふた混乱して「バッグ盗まれた!」と叫んだ。
「おい、金髪娘。」
 流斗は、彼女の後ろから声を掛け、頭にバッグを軽く乗せた。
「座席に忘れてたぞ。」
 金髪の少女は、上を少し向きながら手で触りバッグの感触を確かめ、振り向く。
 彼からバッグを受け取りながら興奮して嬉しそうに礼を言う。
「サンキュー! だけど、お前。てっきり、もう帰ったのかと思ったぜ。」
「礼を言わずに帰るわけねぇだろ。一応、礼は言わねぇとな。ありがとう。」
 金髪の少女は、財布が入ってるかや、金銭大丈夫か確認したり、他にも私物があるとホッと安堵する。
「礼も何も、あたしはただ、お前が、まだ観てもないチケット捨てようとしてたのが気に食わなかっただけだよ。アニメ映画じゃなくてもな。」
 バッグを肩にかけながら、流斗の顔を見る。
 彼は、そっぽ向いて「すんませんでしたね。本当に、あの時は観たくなかったんだよ。」と呟やいた。
 金髪の少女は、笑いながらさりげなく「もしかして、女にでもフラれたからチケット捨てようとしてたりしてな。」と悪気なく言った。
 当てられて、動揺し、肩が揺れた。
 流斗は苦笑いして話題を反らす。
「ところでお前、女子高生だろ。何だよ。この髪の色。学校では規則で髪染めるの禁止だろ? ろくな人生になんねぇぞ。」
 金髪の少女は彼に自分が女子高生とバレてしまい、注意もされた。しかし、彼女の反省の色はない上に舌打ちする。
「るせえよ。学校になんて行ってねぇし。だいたい、自分だって規則破って金髪に染めてるじゃねぇか。よく言うぜ。あたしの人生に、他人のあんたに色々と口出しされる言われる筋合いはないね。」
 さて、用は済んだ。さっさとグッズやパンフレットに次回作の映画チラシをもらえば解散だ。と、金髪の少女は思った。
 買った品の会計を払い終えたら、彼女は「じゃあな。」と、流斗に別れを言って、何処かの場所に向かおうと歩いて行く。
 が、途中で何か思い出したように立ち止まり、彼の方向へ振り向いて叫んだ。
「あ。自販機!」
 流斗は金髪の少女とは反対の道に行こうとしていた。
「自販機!? 」
 流斗は、彼女の方を振り向いて嫌そうな顔をする。自販機ヤローからヤローを削除され、あだ名のランクが更に下がっただけだ。
 周りの人の何人かは、クスクスと笑う。
「プッ! 自販機だって。」
 しかし、金髪の少女は気にすることなく、流斗に「ちょっと、ここに座れ。」と言って、人が何人か座れる、空いた椅子へ誘導する。
 流斗は、何なんだよ。と思いながら、その椅子に黙って座る。
 すると金髪の少女は、彼の頭に軽く手で優しくポンポンと撫でる。
「何があったから知らねぇが、生きてりゃ良いことあるさ。人生山あり谷ありは付きもんさ! 無理せず気長に頑張れよ。」
 流斗にそう伝え、優しく微笑む。
「きっとその内、お前を理解してくれる良い人らに出逢えるさ。」
 金髪の少女は、明るく太陽のように笑って励ました。
「まあ何だかんだ、お前と過ごして、あたしは面白かったし、楽しかったぜ! 」
 流斗の頭から手を離して「じゃあな。」と言って、再び風のように走り去って行った。

                 ◆

 嫌なこともあったし、映画なんて観たくもなかったが、泣いてスッキリしたことを白に話した。
「だけど、何でそんな人好きになったの?」
「実は俺にもよく分かんねぇ。ただ話は合うし、清楚で可愛くて、優しかったぞ。夢だって応援してくれてたのに。」
 お互いの気持ちがいつの間にか、すれ違い、ああいう結末になったんだろうと勝手に納得する流斗だった。
 一方、白は資料を読み直しながら彼が話していた元彼女の話で、金髪の女子高生が出て来る内容が気になった。
( ん? だけど……何か途中から金髪の女子高生の流れは……身に覚えがあるような? )
 しかし、彼女は自分のことなのではないか。とは、口に出さなかった。
 一方、流斗も。
( けど何か、その時の変な金髪娘……こいつに似ているような。 )
 高校の時に会った変わった金髪の少女と八年前の金髪姿の白が、髪型は違えど金髪で長髪印象はガッチするが、顔がイマイチ思い出せない。
 白も記憶が曖昧で、誰かと確かに映画は観たが、顔が浮かばない。
 何だかんだ、色んな人とたくさん出逢っては別れの繰り返しだと尚更である。
( そんなわけないよね。 )
 と白は心の中で思う。
( まさかな。 )
 流斗も白が、あの時の金髪の少女なのではないのか。と問いただすこともなく、違うだろうと思った。
 このご時世金髪の男だ女が街にありふれているのは、そんなに珍しくもない。
 問いただしたところで、セクハラだの自意識過剰やキモいとか言われて絶交を切り出され兼ねない。
 それに間違っていたり、勘違いだったら尚更恥ずかしい。
 流斗は、またコーヒーを飲んだ後に二人目の彼女のことを語り出す。
「んでさ、問題は二人目の女なんだが、ヤバい系でさ。まさかの危ないファンの人で、俺は何も知らずに付き合ってたんだけど、ある日の夜。」

                 ◆

 それは、だいぶモデル俳優として仕事にも板についてきた時期。
 白と仲良くなり、確実にまだ彼女に好意や意識し始める六年前の西暦、二〇十六年(平成二十八年)のことだ。
 色々な芸能業界繋がりの人からの紹介で出逢った女性で、しかも同い年だった。
 付き合い始めたのは五月半ばで、十二月ももうすぐ終わり、新しい年も迎えそう日にちが近付きそうになる、十二月二十五日の夜、クリスマスである。
 仕事が終わり家に帰って来た時間は深夜に回っている。
 親の元を離れ、流斗は安いアパートを借りて一人暮らしをしていた。
 五階建てで1LDKだ。
 二十四日を過ぎ、二十五日に日付が変わってしまった。
 付き合っている彼女と、クリスマスパーティーして過ごしたり、冬のイルミネーションを見に行ったり、何処かへ出掛けたりしたかったが、無理からぬ話だ。
 有名になると一般人の仕事やプライベートさえも大きく違う。不規則で朝、昼、夜と逆転生活になることもある。
 休みも大きな仕事がある程度終われば、一気に一ヶ月休み。なんてことも可能だが、わがまま言える立場もない。
 年が明けても、お正月も彼女とは過ごせなさそうだ。けれど、一月半ばになれば休みだ。とはいえ三週間だけである。
 彼女には、朝ぐらいに電話で連絡しよう。
 自分の家である玄関へ鍵を差し、回すと鍵が掛かっていなかった。開いていた。
 おかしい。自分は、しっかりと鍵で閉めて出て行ったはずなのに。
 怖かったが、すぐに玄関を開けて入ると自然に電気が付く、警戒しながらリビングへと向かい電気のスイッチを手で探し見つけ電気を点ける。
 そして部屋を覗いた。すると、ガサガサと一人の女性が鞄に何かを詰めていた。
 流斗の家に勝手に上がっていたのは、彼が付き合っていた彼女だった。

                ◆

「勝手に人の家に侵入して俺の私物を盗もうとしていたし、盗聴器も付けてたっけ。」
 白は、その話をまともに聞くつもりはなかったが結局真面目に聞いてしまった。
「怖いよ! 何それ!? マジな話なの!? 」
 本で顔を隠し、頭と目元だけを見せながら震えて聞く。
「中々仕事が忙しくて、どっかで食事やデート出来る回数少なくてさあ。LIMEや電話が多くて。まだ合鍵を渡すまでの仲じゃなくてさ。
 後で分かったことなんだけど。
 俺とデートしている時を見計らって、その女は勝手に俺の家の鍵を盗んで、合鍵を作ってたらしいんだよ。流石にマジで怖いと思ったから。」
今思い出してもリアルに怖い。

                ◆

 よく子供の頃、親に言い聞かされた。
 良い子にして過ごし寝ていたら、サンタクロースがクリスマスイブの真夜中にプレゼント置いて行ってくれるらしい。
 だが、それは小学一年から小学六年までだ。
 自分はサンタクロースは存在していると思っていた。
 外国のフィンランドという国にサンタクロースが居る。
 しかし、どうやって日本中の子供にプレゼント配ってるのだろうと考えた。
他の外国もそうだ。
 三才の頃から好奇心旺盛だった為、色々な事に興味持ち勉強していた。ありとあらゆる経験などをして、作戦を立て、サンタクロースは本当に来るのかどうか確かめる為に、寝ずに寝たふりをして起きていた。妹は、隣で暢気に爆睡だ。
 絶対にサンタクロースに会って、どういう風にプレゼント配ってるのか聞こうと考えていた。
 が、知らずの内に眠くなり、爆睡していた。
 毎年同じことの繰り返しで、その度にプレゼントが置かれていた。
 そして十二歳のクリスマスの朝、サンタクロースの正体は親だったことを明かされる。
 サンタクロースの話は夢の話。おとぎ話。
 プレゼントに貼られた一枚の絵ハガキ、クリスマスカードに、そうメッセージが書かれていた。
 残酷に打ち砕かれた気持ちだった。
 両親に泣いて怒りながら文句をたくさん言った。
 母親は「流斗、可愛い!」だの父親は「なんて純粋な子なんだ!」とか言って笑っていた。
 妹には秘密にするように言われていた。
 彼女も小学六年まで上がりサンタクロースを信じて何事もなくプレゼントをもらい喜んだら、種明かし、家族旅行で本当にフィンランドへ連れて行くと約束してくれたっけ。
 フィンランド超良いところだった。
 中学に上がってからだったが、本物のサンタクロースにも会えて嬉しかったし、食べ物もおいしいかった。
 懐かしい記憶だ。
 しかし、現実に帰ると。
 一人暮らしをしている流斗の家に居るのは付き合っている彼女。
 不法侵入、いや家宅侵入罪だ。
 サンタクロースだったり、親なら未だしも、会う約束さえもしていないし、家も教えていないはずなのに彼女が何故か居る。どういうことだ。混乱と恐怖に脅える。
 深夜だった為、余計に怖かった。
「ごめん。生理的に無理。別れよう。今すぐ出て行け! 」
 その怖い現場を目撃して早々にとった行動は、付き合っている彼女の腕を強く掴み、玄関の方へ連れて行く。
 玄関を開けた瞬間にすぐに彼女を追い出し、ドアを閉めた。内側から鍵を閉めて、ドアガードロックもする。
 が、その後、しつこくインターホンを押してきた。
 玄関のドアも何回も叩く。ドアノブもガチャガチャと勢いよく回す音もする。
 流斗は、彼女が入って来ないように自分の家具であるソファーを玄関の前に置いた。
 一人で持って運んで重かったし、腰が痛かったがやむ終えない状況だ。
「天宮くーん! ごめんなさい! 許して! 考え直して! そんなつもりはなかったの! 私は、ただ天宮くんに振り向いてもらいたくてー! 寂しくて。 でも全部、私がやって来たことは、あなたの為、愛なんだよ? ここを開けて、部屋に入れて?」
 何言ってんだ。この女。
 言うことがおかしい。
 何で、ほん怖番組に出て来るヤバイ霊がポルターガイスト現象を起こしているみたいな恐怖アピール行動してんだ。
 気持ち悪いし、近所迷惑になると思い警察に通報した。女は逮捕された。僅か半年で破局だ。

                ◆
 
「まあ、捕まっても、また家に侵入、或いは押し掛けて来るかもしれないから、新しい場所に引っ越したな。相手の電話番号も削除して更に自分の携帯機種も何もかも変えた。」
 話を終えると流斗は席を立ち、コーヒーの紙コップを潰してゴミ箱に捨て、また座り直す。
「リアルに怖いね。ストーカーじゃない。女版の。」
 白は脅えながら呟く。
「まあ、でも、最近は……少し気になる子が居る感じかな。」
「えー? また変な女じゃないの?  流斗、懲りないねぇ。で? どんな子?」
 白は、本をまたパラパラと開きながら聞く。
「っ、か、可愛い子だよ。飾らない素直で、天然、明るくて、天真爛漫、面白くて優しい。俺より年下で、太陽のような子だよ。芸能界に、居るかな。」
 流斗は白と目を合わさず、そっぽを向いたまま伝える。
 随分具体的に言ったつもりだ。それは目の前に居る清水白のことなのだ。
 が。
「へー! そうなんだ! どんな子か全く想像出来ないけど、きっと良い子なんだろうね。素敵じゃない! めっちゃ気になるー! 流斗にもまた再び恋の季節かー! 」
 白は、全く自分のことだとは思っていない。
 それに、そんな人は芸能界だろうと一般だろうがありふれているからだ。
「もしその人と付き合うことになったら、その彼女さんを私に紹介してね! 応援するし、結婚したら絶対お祝いするから! 」
 天使の微笑みで流斗がまた誰かに恋をしている。という話を聞いて、まるで自分のことのように喜び、彼の恋が上手く成就し、その人と幸せになってほしいと願いながら話す白。
 その彼女の表情に流斗は、またスマホを自分の額に当てて顔を隠す。
( いや、実はお前のことなんですけど……。 )
 流斗は赤い顔を隠しながら、目を瞑って深い溜め息を吐く。
「それより、お前こそどうなんだよ? 誰かを好きになったこととか、付き合ったこととかあるだろ。一度くらい。」
 未だに顔が赤く、流斗は頭を下に向けて、スマホを見ているフリをして白に尋ねる。
「ないよ。未だにない。学生時代ヤンキーだったし。まあ、高二で脱却して、それらしいのは……あったような。でも、思い出したくないかなー。」
 うんざりした顔で白は、声が低くなる。
「まあ、一番学生時代でマシな男子と言えば……小学五年の時の男子友達の子かなー。
 六年に上がってすぐに引っ越して、それ以来、会ってないけど。イケメンだったよー! 顔も心も子供ながら大人って感じでさー! 」
 白は過去の出来事を思い返し、急に黄色い声になって盛り上がるように話す。
「あー……よくある初恋系か。」
「そんなんじゃないよ。でも、今こうして私が芸能界に入り、頑張って女優や歌手になれたのは、その男の子のおかげなんだなぁ。て、たまに思うんだ。」
 懐かしいと思いに耽りながら語る。
「その男の子、大人になって、私のCD買って応援してくれてるかなー? とか、その子は、夢を叶えたのかなぁー? って。」
 流斗は、白が小学五年の時しか恋というものを知らないというのがおかしすぎて、呆れてしまう。
「もう何十年も前の話だから、お前のことなんて忘れてんじゃねぇの? 」
 白の話は、あくまでも思い出であり、過去。が、流斗からすれば全然面白くもなんともない。逆に、やけに明るく嬉しそうに話す彼女の表情に腹が立つ。
「なにをー!? 勝利はね! 流斗とは比べられないくらいカッコよくて、優しいんだから! まあ、そりゃあ、たまにはムカつくヤツだったけど。」
 白は立ち上がって腕を組み、気持ちを落ち着かせながら足踏みして、流斗から幼い頃をバカにされたことにショックを受ける。
「ドンだけ美化して盛ってんだよ。その勝利くんとやらに。」
 盛大な溜め息と、たまに偉そうに人を見下す彼の態度は流石に嫌になる。
 日常で話す分は良い。仕事でもそうだ。だが、疲れる。まともに喋っていると。
「くっ! 久しぶりに会って楽しく会話出来ると思っていたのに! 自分から質問してきといて何なのよ! 」
 こんな男に、お菓子なんてあげるんじゃなかった。と白は、そう思った。
 流斗のように怒ってばかりで優しくない失礼なことばかり言う人なんて、絶対顔がイケメンだろうがお断りだ。
 そう言えば、この後、新作映画で共演する人達にも差し入れ渡す予定だが、お菓子足りるだろうか。
 キャストリストデータを翠から送られて来たことを思い出しスマホのLIMEアプリにある翠のアイコンに指でタッチし、データ添付されているのを更にタッチして開き目で通す。
 出た。
 ずらりとキャストの名前が載っている。
 目を一回強く瞑り、また開く。
 そこに白の憧れの俳優の名前が乗っているではないか。
 顔がニヤけて「はにゃにゃん。」と口から出て、目をキラキラさせる。
 両腕にグッと力を入れ、白は、ある決断をする。
「流斗、お願いがあるだけどー。」
 トイ・プードルみたいに目を流斗にうるうるさせる。上目遣いだ。
「何だよ。気持ち悪い。何企んでる。」
 流斗は、眉間に皺を寄せながら顔を引きつった。
 こいつが上目遣いして頼み事する時は、あれの時だ。
「やっぱり考え直したんだけど、また料理上手く作れるように頑張るから、流斗の家に私がお邪魔か、私の家に流斗がお邪魔して、指導してくれない? お願い! 」
 来た。
 流斗は、苦笑いしながら一応彼女の要望を聞く。料理の内容によってだ。
「ほーう。それで? 何を作るおつもりで?」
 すると白は口に出す。
「ケーキか、ロールケーキ、タルトとか!」
 流斗は一気に顔が真っ青になる。
「いや、何言ってんの? お前。」
 脅えながら震える。
「アップパイやドーナッツもいいかも!」
 彼女はスマホで作り方をすぐに検索する。
「マジで何いきなりハードル上げてんの? バカだろ。全部可哀想なお菓子になりますよね?」
 流斗の顔はのっぺらぼうになりそうだ。
 彼女がそんなお菓子を美味しく作れるはずがない。
「冗談じゃねぇ! 絶対嫌だね! お前が俺の家で作ったら、リビングどころか部屋全体が焦げ臭くなるし、他のタワマン内もエレベーターの中までも被害が及んで火災報知器が鳴る事態になって迷惑だ! 俺が料理失敗したみたいに思われる! 」
 流斗は立ち上がり怒鳴って白に言う。
「もうちょっと料理作るレシピレベル下げろ。お前、やっぱりバカだろ。ダメだわ。」
 白の顔を指で指しながら、恐ろしい女だと思う。
「そんな言い方しなくたっていいじゃない! 私だって、他の女優さん達みたいに手作り料理作って差し入れしたいと思ってるのにー! それから、人を指で差さないでよ! 」
 流斗はマスクをはめて、白に近づいて両肩に優しく手を置く。
「お前、自分の不味い手作り料理を差し入れしてまで、共演者や製作スタッフ全員全滅させたいのか? 止めとけ。お前は充分、そのままで良いから。頼むから。な? 俺が変わりに作ってやるから。」
 笑顔で白に言う流斗。営業スマイルだ。
 白はギロッと蛇のような目で睨む。
 彼女もマスクをはめて、流斗に怒鳴る。
「流斗が作ったら意味ないの! 酷い。流斗なんて大嫌い! もういい! 流斗より優しく指導してくれる仲良い男性や女性の俳優か女優仲間の誰かに頼むから! 」
 彼の手を払い除け、新作映画の資料をキャリーバッグに詰めて閉じ、白は流斗の顔をしばらく見たくないと思い、拗ねる。
「羽奈に匙投げられただろ。他に誰に頼むんだよ。」
 羽奈という人は白の親友で芸能界に居る女優だ。といっても、彼女より年下だ。
「誰でも良いでしょ。流斗には関係ないんだから。」
 白は後ろを向き、キャリーバッグの掴むところを握り、流斗から距離をとって離れた。
 そんな時、白のマネージャーの翠が戻って来た。
「白、移動するわよ。」
 いつの間にか六時。三十分が経った。
「はい! 行ってきます。」
 事務所に居る人達に挨拶して白は出て行く。
「行ってらっしゃーい。」
 事務所の人達が何人か白達を見ながら見送りの挨拶を伝える。
「ま、白さん? 」
 流斗は、白が出て行く背中に恐る恐る声を掛ける。
 フン! と鼻を鳴らし、マスクを少しだけ手で下にずらし、舌を出す。あっかんべーと流斗の方に振り向いて出て行った。
 彼は彼女から「大嫌い。」と言われて、ショックを受け、経ったまま気絶した。
「流斗も出発するよ。」
 彼のマネージャー男性が声を掛けて来た。
「また白ちゃんと喧嘩したの? 毎回毎回絶えないねぇ。喧嘩する程、仲が良いとかよく言うけど。」
 流斗は、置いていた自分のリュックを片方だけにからいながらマネージャーに不満を呟いた。
「俺だって別に喧嘩したくてしているわけじゃないんです。でもあいつの料理は本当に不味いんですよ。何回、いや何度も胃袋を壊されたり、倒れたりしたのは事実なわけですし。」
「それを思いっきり本人に言うと傷付くし、そりゃあ怒るよ。あまり良くないんじゃないかな? そう言うの。」
 二人は、そんな会話をしながら雑誌撮影スタジオに向かう為に、白達より少し遅れて事務所を出て地下駐車場へ行く。

                  ◆

 地下駐車場に停めてある車。事務所用で使う数が、ずらりと並ぶ中で一台の翠が運転する車に乗る白達。
 先程の話、料理を流斗に教わりたいと頼んだら、その本人から断られたことへの不満を翠を言う。
「中々居ないわよ。わざわざ流斗くん、せっかくの大切な休みの日を使って、あなたの家に来たり、自分の家に招いてまで料理を教えてくれるなんて。優しいじゃない。」
 翠は運転席に座り、シートベルトをして、エンジンをかけて車を出し出発した。
「はい? 何処がですか? 」
 白は、後ろの座席に座りシートベルトをしながら翠に問う。
「彼、確かに激辛口堅物男子かもしれないし、言い方は酷いかもしれないけど、女性のあなたに、さりげなく料理作ってあげる。なんて言わないわよ。」
 翠はそう伝えた。
「彼、あなたのこと好きなんじゃないかしら。ツンデレね。」
「あははは! まさかー! そんなワケないですよ! だって流斗には、好きな人が居るって言ってましたもん。芸能界に居る……可愛い子で、飾らない素直な、天然、明るい、天真爛漫、面白くて優しい。流斗より年下で、太陽のような子だとか。名前は教えてくれませんでしたけど。」
 翠は、バッグミラーに写る白を見る。
 おそらく、流斗が言った好きな女性は白のことだと推測する。
「鈍いわね。」
「はにゃ? 」
「白、あなた流斗くんのこと、どう思っているの?」
「どうもこうもなにも幼馴染みで同期、同じ事務所の仕事仲間でもあり大切な友達です。それ以外何があるんですか?  」
 白は翠の質問にきょとん。とし、顔を傾げる。
 翠は溜め息をつく。
 流斗を可哀想に思う。
 好きな人に素直になれず、酷いことを言って、その相手から大嫌いだと毎回言われて傷付くが、都合の良い時になれば小犬みたいに懐いて気さくに話し掛けて来る白のギャップが好きなのだろう。
 それが白の魅力であるのだからしょうがない。
 一方、白は窓の景色を見ながら呟いた。
「本当に会えるんだ。十七年ぶりくらいかあ。」
 仕事でテレビや映画、舞台にバラエティーさえ共演は未だにない俳優ともうすぐ会える。
 全然会ってないと言えば嘘になる。テレビ局ビル内や雑誌の撮影終わりと入れ替わりで、すれ違う時に挨拶する程度だ。
 わくわくと嬉しい半面、暗い表情になったりする。
 白が一人で窓に向かって百面相する姿に翠は不思議がる。
 新作映画の為に、映画撮影スタジオのあるビルへと向かった。
 
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