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第2話 都市伝説
都市伝説(11)
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夜、妖怪達が暮らす異界の街にある一軒のキャバクラで、観月は鴉一族の兄弟達とお酒を飲んでいた。
「クソ。気に入らねぇ。あの杉浦って男が住み付いてから、どうも腹が立ってしょうがねぇ。酒も不味く感じる。」
グラスに入ったお酒を飲みながら、観月はムスッとした顔で苛立つ表情をしていた。
「なんだよ。観月、せっかくお兄様達がお前の悩みや愚痴を聞いてやる為に集まったのにさあ。」
観月を入れて十二人兄弟が、この店を貸し切りにして楽しんで騒いでいた。
しかし彼だけは馬鹿騒ぎすることもなく、物静かに飲んでいた。
「そうだぞ。憂さを晴らせ! 言いたいこと全部吐き出して、楽しもうぜ! 」
王様ゲームや人生ゲームなどで店の女の子達や兄弟ら何人かとやりながら観月に話しかける長男。
「そうそう。酒も煙草も、女遊びも出来るし。今夜ぐらい、パーッと派手に騒いで酔いつぶれて忘れな。」
続いては次男が、隣で相手をしてくれるお店の女性を優しく抱き寄せる。
彼女は嫌がることなく甘えて楽しそうにカードを出して、はしゃいでいた。
観月とは年齢が違い過ぎるのか、四十ぐらい老けている。他の皆は三十代。二十代は観月ぐらいだ。こんなおっさん世代に悩みを打ち明けても面白くもない。馬鹿にされるのが落ちだ。と、観月は兄達を相手にせず、カードゲームしながら楽しんでいた。
すると、観月の隣に座っていた右側に居た白い化け猫女性がお酒の瓶を手にして「観月様、お酒を注ぎますね! 」と言って丁度、観月の使っているグラスに入っていたお酒が空になっているのを見計らうようにして、注ごうとする。
観月は礼を言おうとすると、左側に居る別の茶色い化け猫女性が彼の腕に手を回して強く自分の方へ引き寄せる。
「ちょっと! あんた、抜け駆けはダメよ! 私が観月さんの相手するんだから! 」
観月の使っていたグラスを勝手に奪い取り、さりげなく氷を入れて別のお酒を注いで彼に渡す。用意周到だ。
「はーい! 観月さん! どうそ。フルーツもありますよ! 」
「あ、ああ……。ありがとう」
観月は、茶色い化け猫女性に苦笑いしつつも、笑顔で礼を言う。
女性は嬉しそうに観月の顔を見て照れ、彼の腕に抱きついて「観月さんの為なら。」と呟いて、右側の白い化け猫女性に睨み付ける。
「どっちがよ! この性悪女! 観月様から離れなさいよ! 今は私が彼の相手をしているんだから! 」
白い化け猫女性は茶色い化け猫女性の行動に腹が立ったのか、もう片方の観月の腕に自分の手を回して彼女と同じように強く引き寄せ、睨み返した。
観月は、店の女性二人に間へ挟まれ、頭が痛くなる。
「モテモテじゃなぇか。観月。」
三男に囃し立てられるが、観月は「嬉しくない。」と呟く。
彼は彼女らの腕を振りほどこうと思えば出来ないこともない。だが、相手は女性だ。そんな強く振りほどく手荒な真似はしたくない。それに今は店で働く妖怪達だ。客をおもてなしする為に、接客中だ。そんなことぐらいで、店を不愉快な雰囲気も荒らすこともしたくなかった。
観月は、ここは自分が大人になって冷静に優しくあしらおうと考えていた。
「でも意外。まだ主である姫様にお熱なの? 観月様って一途なのねぇ。私妬けちゃーう。」
白い化け猫女性はトランプで神経衰弱に参加しいた。二枚のトランプをめくるが揃わず悔しがるように頬を膨らましながら、観月に話しかける。
「あの姫様は、観月様より昔の人間の男を忘れられないんでしょ。未練がましい女よねぇ。」
茶色い化け猫女性も、彼女と気が合うように話す。
「どうかしているわよね。死んだ人間に拘り続けるなんて。私だったら過去の人間の男より、観月さんを選ぶー! カッコいいし、強いし、女性に優しいし、鴉の一族の中で一番イケメンだし! 」
分かりにくいが、きっと彼女らは観月が好きな女性、蕨のことを話題に出し、嫌みや悪口と言った嫉妬的なことを呟いているのだろう。
観月からすれば、不愉快な話だ。しかし、彼は何も言わない。ただ黙ってグラスに口をつける。
どんなに好きな人に好意を持って近付いても、思い通りに相手の心を自分に向けることは叶わない。操れもしない。こればかりは、どうしようもない現実だ。
カランッ。と、グラスに入った氷が揺れる音がする。まるで、観月の嫉妬する闇を逆なでするかのように。彼の脳裏には、過去の映像がフラッシュバックのように二つ浮かんでは消える。
一つは、毒をある湯呑に仕込んだ行動。
二つは、裏から手を回してある赤い紙をある男の元に届くように仕向けた行動。でも、それはもう何十年も前の出来事だ。終わったことだ。
それでも、蕨にとっては終わりにはならないのだろう。ずっと永遠に避けられない深い哀しみの心の傷だ。
彼女のことを思ってしていたことが、実は自分の為だった。
私利私欲の為に、昔自分は二度も蕨が大切に思っていた人達の人生を奪った。
それでも、蕨の傍から離れるなんて出来ないのも事実。
例え、妖怪の種族が違うけれど、慕う気持ちに変わりはない。嫌われたって、自分に好意を持ってくれなくても、笑顔で幸せに元気に変わらず傍に居てくれればそれでいい。
そう思っているのだが、一がこの遠野家に訪れてからというもの、実に気に入らない。
蕨と出逢って来た人間の顔に似ている男となると反吐が出そうなくらい怒りが込み上げる。
酒をいくら飲んでも酔えない。
( いっそどっかの女に慰めてもらうか。一夜だけの仮初め。ってのも、悪くないか。 )
きまぐれに遊郭にもよく行く観月は、女遊びも上手く人気な面もあり女性には大人気だ。
深い溜め息を吐いて、自分の番が回って来るとカードをめくる。
一番好きな人に触れられないって、辛い。告白も出来ない。したところで、彼女には時間がない。そう考えれば考えるほど、自分の無力さや嫉妬深さに腹が立つ。
そんな思いに耽っていると「はい。ライムちゃん、あーん。」と言う男の人の声が近くで聞こえた。聞き覚えのある名前にも耳が反応する。
「あーん。」と呟く声を聞くと間違いなくライムの声だった。
立ち上がり、左奥の席を覗くと鴉天狗一族の男一人と楽しそうに飲み食いしていた。
観月は、自分の左右の腕に抱きつく女性二人を振りほどいてライムの所へ向かう。
「縁がちょう! 」
二人の間を裂くようにして男が手に持っていた、さくらんぼを叩き落とす。
「ぬわあああ! ライムのさくらんぼに何するんですか! 何処に落ちたんでしょう? ああ! 勿体ない! フルーツの、さくらんぼがあああ! 」
何処と呟いて、しゃがみ込む。そして床をひたすら探す。犬のように匂いを嗅ぐ。
観月はライムに、あーん。をしていた男をギロリと睨む。
そんなことはお構いなしにライムは落ちていた、さくらんぼを見つけるとすぐに拾い食いをする。
「おいしい。」と呟いているライムに観月は、襟首を掴んだ。
「おい、何でテメーがキャバクラに来てんだ。」
「ライムはフルーツの盛り合わせが食べたくて来たんですよ。」
「ここじゃなくても食えるだろ。」
「ライムはフルーツ、果物がないとお腹満たされないんですよ! 」
襟首を掴まれつつもライムは暴れながら駄々をこねる子供のように振る舞う。
うるさく騒ぐライムを気にする者はおらず、鴉の仲間の誰かが彼女を歓迎するように言葉を掛けた。
「まあ、良いじゃないか! ライムちゃんが居れば花が咲いたみたいに雰囲気明るくなるし。」
観月は掴んでいたライムの襟首から手を離しながら「花? 何処が!? 」と悪気なしに重いっきしに酷いことを言う。
しかし、ライムは気にすることなく今度は白い毛並みのオオカミの姿で犬みたいに、お客さんにおねだりするように、おすわり。おて。ふせ。など芸を披露しては撫でられてご褒美のように果物等をくすねては食べている。
「犬に成り下がるな! お前はバカ! 」と喝を入れるようして、ピコピコハンマーで一発軽く叩いた。すると再び元のかわいい人の姿のライムに戻り頭を抑える。
「別に観月様には関係ないじゃないですか。ライムが他の誰と何しようが。自分だって暇さえあれば女遊びばっかりしているクセに! 」
ライムは観月に指を差して怒る。よっぽど食べ物をおいしく食べているところを邪魔されて
苛立っている様子だ。
「何だ? 観月、珍しく別の女にヤキモチか!? 」
また違う鴉が面白がるように冷やかすように騒ぐ。
「断じて違う。誰があんな犬。俺は妖怪仲間として。だいたいライムは、パーソナルスペースが、距離がおかしいから心配なだけで。」
「過保護? 」
ライムはそんなどうでもいい会話を無視して観月が座っていた席に勝手に座り「ライムもやりたい! 参加しまーす! 」と楽しそうに皆の輪の中に入る。
客の男達からも店の女性達からも「かわいい! 」とか「面白い! 」とか好意的に思われて一緒に楽しんでいる。
「観月様、私達と一緒に先ほどのゲームを楽しみましょう! 」
別の女妖怪一人が、観月の腕に絡みついて身体を寄せて彼を誘う。
「それか二人で店を抜け出して、抱いてくださいませ。」
「悪いけど、今宵は気分のらないんだわ。ごめんな。」
そう言って、観月はライムの襟首を掴み「今宵の相手はコイツなんで。」と意味ありげな発言を残して店を出て行こうとする。
「何が今宵の相手はコイツですか。 冗談も大概にしてください。」
しかし、ライムの機嫌は悪く次から次に悪い。
観月の結んである髪を強く握り引っ張る。
痛いと叫ぶ観月から手を離したライムはオオカミの姿に変化して彼の背中を蹴る。
「この獣! 女の敵! 」
観月の背中に何度も飛び跳ねる。
「獣はお前もだろ~! 」
「浮気者! 不潔です! 色々な女性と女遊びばかりするのは恥ずかしくないんですか?
だいたい、姫君一筋だったんじゃないんですか~? 神経疑いかねますねえ。」
ライムのお仕置きで床にうつ伏せ状態で倒れている観月は、苛立ちながら答える。
「るっせーな。別に俺が何処で誰と付き合おうが良いだろ。確かに女遊びしているが、何も疚しいこと一切してないぞ。」
思いつく限り噓偽りなく言葉にする。
「お座敷遊び、逢瀬、キャバクラ、ラブホとか遊郭行ったり来たりしているが添い寝だけで、あんなこともそんなこととかは断じてしてないぞ」
ドラマなどでは不倫、浮気がばれたりしたら、怯えたり、謝罪などあるが実際こんなに観月みたいに反省どころか開き直りする者がいるのか。呆れてものも言えない。
「ああ。クズですね。マジで気持ち悪いので、しばらくライムに話しかけないでください。」
ライムは興ざめな目で観月の背中から降りてまた普通の耳と尻尾付きの擬人化姿に戻り、皆がゲームや飲み食いしている席に歩いて行く。外に出る通りを無視して。
「あ、ライムさん、ごめんなさい。お願いだから、俺と表に出て行ってくれないかなぁ? あの空気の場に居たくないんだよ。外の空気吸いたい。」
観月は、人が変わったようにへこへこと頭をライムに下げて追いかける、
「逆にライムは今、ものすごーく観月様と一緒に居て空気吸いたくない気分なんですけど。」
不愉快な顔をしながら立ち止まり、観月と口喧嘩する二人を鴉や店の女性達は面白がるように見ていた。
「意外と仲が良いじゃねぇか 。」
「鴉と狼だけどな。」
そんな騒がしい中で、このキャバクラを仕切るママ的な存在の女性が狐の耳を立てて、観月とライムの元に背後から近寄って来た。
「皆さん、誰かが高級フルーツを贈ってくださいましたよ。」
若い女性達の中で年齢は五十代だが美しい着物を纏った一番美人女性だ。
鴉一族も大喜びだ。
しかし、観月だけは目付きが変わる。
「高級果物!」
フルーツバスケットを抱えていたママ狐にライムは警戒心もなく素早い速さで奪った。
「もぐもぐ、はぐはぐ。美味です! 」
ビニールを破いて、即、夕張メロンをスプーンで一人食べている。
狼の割には猿なのではないかというくらい、いつの間にか食べ終わり、皆に残った高級フルーツを切って配り周っていた。
「あらあら。食いしん坊な子の割には気が利くじゃない。」
ママ狐は、そのまま観月の隣を通り過ぎて行こうとすると、彼は目を細め、怖い顔で、その女性の手首を強く掴む。
「暢気に、ここで何をしてやがる? 」
観月は乱暴にその女性を巴投げしようとするが、逆に彼が床に叩きつけられた。
突然の観月の恐ろしい行動とママ狐の変貌に、この店で働く女性達は悲鳴を上げる。もちろん鴉一族も驚く。
「このっ、化け狐! 」
観月は、痛めた身体を起こしながら、近くのテーブルに置いてある氷を砕くアイスピックを手に取って、ママ狐の顔に突き刺そうとする。
しかし、彼の目の前で女性の姿は消える。
背後から殺気と悪寒がする。
観月は持っていたアイスピックを後ろへ振り返りながらダーツのように素早く投げつけた。
素早く飛んでくるアイスピックの先が自分に、ママ狐の顔へ向かってくる。
だが、何処から取り出したのか、お盆で振り払った。
「ちょっと危ないわね。うちの店内を荒らす真似はよしとくれよ。物騒な物投げて。」
床に落ちたアイスピックを拾い、机にそっと置き直すママ狐は以外と冷静だった。
「白々しい。この店のママの顔に上手く化けたつもりだろうが、俺の目や鼻は誤魔化されると思うなよ。黒狐。いや、稲荷。」
眉間に皺を寄せて睨み付ける観月は、そう名を呼ぶと同時に本物のママ狐が現れる。
「何? 今、この部屋で、すごい物音がしたけど……って、何よこれ! 乱闘騒ぎでもあったの!? 」
ヒソヒソと小言や噂話など妖怪達の警戒心の行動に聞き耳を立てる偽者が「つまらん。」と呟いて、懐から狐のお面を取り出し、それを自分の顔に張り付けた。
すると女性の身体が男の背丈へ、服も昔の平安時代の十二単の着物を纏い、足の脚まで伸びた黒長の髪をした姿に変わる。
「あんたに本当の顔など有りはしない。男か女か性別も色々怪しいし、気味が悪い。
俺は昔から長く付き合ってきた。だから分かるんだよ。」
「やれやれ。お主が考えなしに暴れて騒ぎを起こすから、せっかくのキャバが台無しではないか。」
男か女なのか混ざった違和感のある声で話す稲荷は、パチンッと指を鳴らす。
すると巻き戻しのように周りの人々の行動が巻き戻ってゆく。
稲荷が再びタイミングを見計らって止めると、床で割れた皿やアイススピックの位置も元通りになった。
観月と稲荷の二人だけが変わらずに動けるし話せる。後の者達は停止した状態だ。
「相変わらず時空、時を操る力を使って行き来しているのか? 」
観月は警戒するように稲荷から距離を取って話かける。
「まあな。しかし、この力を使ったのは久々じゃ。しばらく使ってはおらなんだ。」
「稲荷、お前は何百年前か陰陽師か巫女、或いは徳の高い坊主辺りに封印されて神社に弔われていたはずだ。人間、妖怪だろうと、その者の心や力を圧倒的に打ち砕く能力を秘めて恐れられていて邪魔な存在故に。それなのにわざわざこんな東北の地に来てまで何の用だ? 」
稲荷は警戒する観月を気にすることなく、鉄扇を開いて口元に当ててクスクスと微笑む。
「妾は、またお主の力を借りたいと思うて会いに来たのじゃ。七十年前、いやもっと前に一緒に協力したではないか。あの時のように愉快に楽しもうぞ。」
観月の方にゆっくりと歩もうとすると、錫杖がお面のところに急に伸びてくる。
錫杖は観月が取り出した物だった。それを稲荷の顔に向けて、自分の範囲に入って来るなと
目で訴える。
「世迷言を抜かすな。あんたはただ俺を利用し、傍観者みたいに楽しんで高みの見物していただけだろうが。」
「はて? そうじゃったか? 」
稲荷は持っている鉄扇で錫杖を軽く払いつつも余裕に澄ました顔で話す。
「生憎だったな。俺はもうあんたと手を組む気はねぇ。」
観月は口喧嘩する姿に巻き戻るライムの頭に触れると彼女だけが動く。
突然の沈黙の空間にライムは呆けた顔をしていたが、観月はお構いなしに彼女の手を引っ張って表の外へと出て行く。
「貴様のことじゃ。未だに、あの娘の心に二度も深い傷を負ったこと悔やんでいるのだろう?
何処をほっつき歩き、酒をどんなに飲んでも酔えまい。」
しかし、稲荷の言葉にどうしても耳を傾けてしまい、観月の進んでいた足が止まる。
「昔の自分の行動に嫌気がさすだろ。愛しい女に振り向いてほしくて、その女の恋人をお主は。」
「ああ? この俺に喧嘩でも売るつもりか? 過去の話を掘り返して。」
ライムは何が何だか分からない状況だが、悪い妖怪が観月を挑発するような言葉を述べているのは分かる。
結局、観月と稲荷は個室の部屋で酒を飲みながら話をすることにした。もちろんライムも狼の姿で付き添いだ。
「何でライムまで、こんな嫌な雰囲気の中に居なきゃいけないんですか! しかも何故に狼の姿で観月様のお膝に居なきゃいけないんですか!? ライム、お腹空いてるんですけど。」
ライムはいじけて観月の膝に丸まって待機していた。そんな彼女を稲荷は興味深そうに見る。
「ほう。これは面白い。観月、お前は番犬でも手に入れたのか? 」
稲荷に番犬呼ばわりされるとライムの目は点になった。
「まあ、番犬みたいなものかな。」
観月は、警戒心は消してはいないが、思ったままのことを稲荷に平然と心にもないことを述べる。
「誰が番犬ですか! 」
「まあ、そう怒るな。先程の詫びじゃ。ほれ。スイカじゃ。」
「果物! ありがたく受け取らせて頂きます! 」
膝から立ち上がりライムは稲荷の方に移動しようとするが、観月に身体を捕まえられる。
「話が進まねぇから、後にしてくれ。」
ライムは、腹が立ちながらも大人しく観月の膝に座って、お腹空いたと思いつつもまた再び黙って二人の話に聞き耳を立てる。
警戒心がないわけではない。ライムは事の状況に呑み込めないが、この稲荷の身体の周りを包む妖気がすごいのは分かる。
「さっさと目的を話せ。過去の話なんざ興味ねぇし、俺は絶対に、もうあいつを、蕨を裏切らないと決めたんだ。」
ライムの背中の毛を優しく撫でながら稲荷に話しかける観月に稲荷は意外そうな顔で彼に言葉を返す。
「随分と決心が硬いようじゃなあ。そんなにあの七十年前が応えたのか? お主は、そんな人間なんぞの悲しみや苦しみ心痛み、腑抜けになるほど心が折れ、半妖の小娘の傍に居座る器ではない。嫉妬などの醜い心で怒り、人の命も好きな女の心も打ち砕き戦争の引き金も引ける。鴉天狗の中で一番、最強の妖怪の器ではないか。」
やけにしつこい奴だ。と観月は思いながら、睨む。
「蕨との昔の因縁か……それとも恨みか? どうでもいいが、どんな小細工送り込んだって、蕨がお前と対峙することはない。」
「どうじゃろ。勝手に自己完結で、もう過去の因縁は断ち切れた。未練はない。畏れはない。悔いはない。そう本当に思っている愚かな主の行動に、妾は心底腸が煮えくりかえるわ。」
観月はまたライムの毛並みを撫でながら怒りを鎮める。感情的に話すと、ろくなことにはならない。
さっさと稲荷と話して、どっかで安らぎたいと思っていた。
「そう言えば、旅館の客やお前らと同居している人間とは仲は良いのか? 」
稲荷が珍しく人間の話、様子を尋ねて来た。
「別に。普通に変わりない。」
観月は、そう言いつつも頭の中では一が蕨と親しく話す姿が気に入らない。
いや、そもそも最初に出逢った時から気に入らない。イライラする。生理的に嫌いで苦手だ。
しかし、三ヵ月の辛抱だ。それが過ぎれば心が晴れるだろう。
稲荷は、観月の表情を窺いながら、お面の顔の下から笑みを浮かべる。でもそれは薄ら笑い。
人をバカにする嘲笑いとは、また少し違う。
「ほう。そうか。変わりないなら良かった。」
稲荷は、お面の下を少しずらしてお酒を飲む。そしてまたお面を元に戻す。
そう言うと、扇子を懐から取り出して、何もない空間に一人が通れるくらいの大きな円を描く。すると霊道の空間が開く。
「また会いに来るぞ。観月。妾は意外とお前を気に入っているからな。」
言いたいことだけ言って稲荷は気まぐれに霊道に入ると姿消え、道も閉じた。
「何なんですか? あの変なお面狐の妖怪さん。」
ライムは狼の姿から擬人化した姿に戻ると、テーブルに置いてある大きな丸いスイカを手に取り、その場で爪の刃で綺麗に四つに割り、その一つを更に細かく切って、犬食いのようにかぶりつき食べながら観月に聞く。
「まあ、随分前の主かな。」
「そうなんですか。」
残りのスイカには、どこから取り出したのかラップをかけるライムを見て観月は呆れた表情で彼女に話しかける。
「お前、何も聞かないんだな。」
「だって観月様にも言いたくないこと一つや二つあるでしょうし、誰でもそう思うことだってありますし。」
テーブルに用意されている、おしぼりを手に取り、手を拭くライムは観月の表情を見つめながら天真爛漫な微笑で言う。
「話したいと思ったら、いつでも遠慮なくライムに話してください! 相談に乗りますよ! あ、恋愛関連とかそういうのはアドバイス出来かねますが、観月様の心が少しでも晴れるのであれば、嬉しく思いますから。」
観月はライムのその言葉に少しだけ嬉しく思う。
ライムの頭に軽く手を乗せて「ありがとな。」と素っ気ない態度だが礼を伝える。
そう言ってライムと観月は店を出て行った。
夜、妖怪達が暮らす異界の街にある一軒のキャバクラで、観月は鴉一族の兄弟達とお酒を飲んでいた。
「クソ。気に入らねぇ。あの杉浦って男が住み付いてから、どうも腹が立ってしょうがねぇ。酒も不味く感じる。」
グラスに入ったお酒を飲みながら、観月はムスッとした顔で苛立つ表情をしていた。
「なんだよ。観月、せっかくお兄様達がお前の悩みや愚痴を聞いてやる為に集まったのにさあ。」
観月を入れて十二人兄弟が、この店を貸し切りにして楽しんで騒いでいた。
しかし彼だけは馬鹿騒ぎすることもなく、物静かに飲んでいた。
「そうだぞ。憂さを晴らせ! 言いたいこと全部吐き出して、楽しもうぜ! 」
王様ゲームや人生ゲームなどで店の女の子達や兄弟ら何人かとやりながら観月に話しかける長男。
「そうそう。酒も煙草も、女遊びも出来るし。今夜ぐらい、パーッと派手に騒いで酔いつぶれて忘れな。」
続いては次男が、隣で相手をしてくれるお店の女性を優しく抱き寄せる。
彼女は嫌がることなく甘えて楽しそうにカードを出して、はしゃいでいた。
観月とは年齢が違い過ぎるのか、四十ぐらい老けている。他の皆は三十代。二十代は観月ぐらいだ。こんなおっさん世代に悩みを打ち明けても面白くもない。馬鹿にされるのが落ちだ。と、観月は兄達を相手にせず、カードゲームしながら楽しんでいた。
すると、観月の隣に座っていた右側に居た白い化け猫女性がお酒の瓶を手にして「観月様、お酒を注ぎますね! 」と言って丁度、観月の使っているグラスに入っていたお酒が空になっているのを見計らうようにして、注ごうとする。
観月は礼を言おうとすると、左側に居る別の茶色い化け猫女性が彼の腕に手を回して強く自分の方へ引き寄せる。
「ちょっと! あんた、抜け駆けはダメよ! 私が観月さんの相手するんだから! 」
観月の使っていたグラスを勝手に奪い取り、さりげなく氷を入れて別のお酒を注いで彼に渡す。用意周到だ。
「はーい! 観月さん! どうそ。フルーツもありますよ! 」
「あ、ああ……。ありがとう」
観月は、茶色い化け猫女性に苦笑いしつつも、笑顔で礼を言う。
女性は嬉しそうに観月の顔を見て照れ、彼の腕に抱きついて「観月さんの為なら。」と呟いて、右側の白い化け猫女性に睨み付ける。
「どっちがよ! この性悪女! 観月様から離れなさいよ! 今は私が彼の相手をしているんだから! 」
白い化け猫女性は茶色い化け猫女性の行動に腹が立ったのか、もう片方の観月の腕に自分の手を回して彼女と同じように強く引き寄せ、睨み返した。
観月は、店の女性二人に間へ挟まれ、頭が痛くなる。
「モテモテじゃなぇか。観月。」
三男に囃し立てられるが、観月は「嬉しくない。」と呟く。
彼は彼女らの腕を振りほどこうと思えば出来ないこともない。だが、相手は女性だ。そんな強く振りほどく手荒な真似はしたくない。それに今は店で働く妖怪達だ。客をおもてなしする為に、接客中だ。そんなことぐらいで、店を不愉快な雰囲気も荒らすこともしたくなかった。
観月は、ここは自分が大人になって冷静に優しくあしらおうと考えていた。
「でも意外。まだ主である姫様にお熱なの? 観月様って一途なのねぇ。私妬けちゃーう。」
白い化け猫女性はトランプで神経衰弱に参加しいた。二枚のトランプをめくるが揃わず悔しがるように頬を膨らましながら、観月に話しかける。
「あの姫様は、観月様より昔の人間の男を忘れられないんでしょ。未練がましい女よねぇ。」
茶色い化け猫女性も、彼女と気が合うように話す。
「どうかしているわよね。死んだ人間に拘り続けるなんて。私だったら過去の人間の男より、観月さんを選ぶー! カッコいいし、強いし、女性に優しいし、鴉の一族の中で一番イケメンだし! 」
分かりにくいが、きっと彼女らは観月が好きな女性、蕨のことを話題に出し、嫌みや悪口と言った嫉妬的なことを呟いているのだろう。
観月からすれば、不愉快な話だ。しかし、彼は何も言わない。ただ黙ってグラスに口をつける。
どんなに好きな人に好意を持って近付いても、思い通りに相手の心を自分に向けることは叶わない。操れもしない。こればかりは、どうしようもない現実だ。
カランッ。と、グラスに入った氷が揺れる音がする。まるで、観月の嫉妬する闇を逆なでするかのように。彼の脳裏には、過去の映像がフラッシュバックのように二つ浮かんでは消える。
一つは、毒をある湯呑に仕込んだ行動。
二つは、裏から手を回してある赤い紙をある男の元に届くように仕向けた行動。でも、それはもう何十年も前の出来事だ。終わったことだ。
それでも、蕨にとっては終わりにはならないのだろう。ずっと永遠に避けられない深い哀しみの心の傷だ。
彼女のことを思ってしていたことが、実は自分の為だった。
私利私欲の為に、昔自分は二度も蕨が大切に思っていた人達の人生を奪った。
それでも、蕨の傍から離れるなんて出来ないのも事実。
例え、妖怪の種族が違うけれど、慕う気持ちに変わりはない。嫌われたって、自分に好意を持ってくれなくても、笑顔で幸せに元気に変わらず傍に居てくれればそれでいい。
そう思っているのだが、一がこの遠野家に訪れてからというもの、実に気に入らない。
蕨と出逢って来た人間の顔に似ている男となると反吐が出そうなくらい怒りが込み上げる。
酒をいくら飲んでも酔えない。
( いっそどっかの女に慰めてもらうか。一夜だけの仮初め。ってのも、悪くないか。 )
きまぐれに遊郭にもよく行く観月は、女遊びも上手く人気な面もあり女性には大人気だ。
深い溜め息を吐いて、自分の番が回って来るとカードをめくる。
一番好きな人に触れられないって、辛い。告白も出来ない。したところで、彼女には時間がない。そう考えれば考えるほど、自分の無力さや嫉妬深さに腹が立つ。
そんな思いに耽っていると「はい。ライムちゃん、あーん。」と言う男の人の声が近くで聞こえた。聞き覚えのある名前にも耳が反応する。
「あーん。」と呟く声を聞くと間違いなくライムの声だった。
立ち上がり、左奥の席を覗くと鴉天狗一族の男一人と楽しそうに飲み食いしていた。
観月は、自分の左右の腕に抱きつく女性二人を振りほどいてライムの所へ向かう。
「縁がちょう! 」
二人の間を裂くようにして男が手に持っていた、さくらんぼを叩き落とす。
「ぬわあああ! ライムのさくらんぼに何するんですか! 何処に落ちたんでしょう? ああ! 勿体ない! フルーツの、さくらんぼがあああ! 」
何処と呟いて、しゃがみ込む。そして床をひたすら探す。犬のように匂いを嗅ぐ。
観月はライムに、あーん。をしていた男をギロリと睨む。
そんなことはお構いなしにライムは落ちていた、さくらんぼを見つけるとすぐに拾い食いをする。
「おいしい。」と呟いているライムに観月は、襟首を掴んだ。
「おい、何でテメーがキャバクラに来てんだ。」
「ライムはフルーツの盛り合わせが食べたくて来たんですよ。」
「ここじゃなくても食えるだろ。」
「ライムはフルーツ、果物がないとお腹満たされないんですよ! 」
襟首を掴まれつつもライムは暴れながら駄々をこねる子供のように振る舞う。
うるさく騒ぐライムを気にする者はおらず、鴉の仲間の誰かが彼女を歓迎するように言葉を掛けた。
「まあ、良いじゃないか! ライムちゃんが居れば花が咲いたみたいに雰囲気明るくなるし。」
観月は掴んでいたライムの襟首から手を離しながら「花? 何処が!? 」と悪気なしに重いっきしに酷いことを言う。
しかし、ライムは気にすることなく今度は白い毛並みのオオカミの姿で犬みたいに、お客さんにおねだりするように、おすわり。おて。ふせ。など芸を披露しては撫でられてご褒美のように果物等をくすねては食べている。
「犬に成り下がるな! お前はバカ! 」と喝を入れるようして、ピコピコハンマーで一発軽く叩いた。すると再び元のかわいい人の姿のライムに戻り頭を抑える。
「別に観月様には関係ないじゃないですか。ライムが他の誰と何しようが。自分だって暇さえあれば女遊びばっかりしているクセに! 」
ライムは観月に指を差して怒る。よっぽど食べ物をおいしく食べているところを邪魔されて
苛立っている様子だ。
「何だ? 観月、珍しく別の女にヤキモチか!? 」
また違う鴉が面白がるように冷やかすように騒ぐ。
「断じて違う。誰があんな犬。俺は妖怪仲間として。だいたいライムは、パーソナルスペースが、距離がおかしいから心配なだけで。」
「過保護? 」
ライムはそんなどうでもいい会話を無視して観月が座っていた席に勝手に座り「ライムもやりたい! 参加しまーす! 」と楽しそうに皆の輪の中に入る。
客の男達からも店の女性達からも「かわいい! 」とか「面白い! 」とか好意的に思われて一緒に楽しんでいる。
「観月様、私達と一緒に先ほどのゲームを楽しみましょう! 」
別の女妖怪一人が、観月の腕に絡みついて身体を寄せて彼を誘う。
「それか二人で店を抜け出して、抱いてくださいませ。」
「悪いけど、今宵は気分のらないんだわ。ごめんな。」
そう言って、観月はライムの襟首を掴み「今宵の相手はコイツなんで。」と意味ありげな発言を残して店を出て行こうとする。
「何が今宵の相手はコイツですか。 冗談も大概にしてください。」
しかし、ライムの機嫌は悪く次から次に悪い。
観月の結んである髪を強く握り引っ張る。
痛いと叫ぶ観月から手を離したライムはオオカミの姿に変化して彼の背中を蹴る。
「この獣! 女の敵! 」
観月の背中に何度も飛び跳ねる。
「獣はお前もだろ~! 」
「浮気者! 不潔です! 色々な女性と女遊びばかりするのは恥ずかしくないんですか?
だいたい、姫君一筋だったんじゃないんですか~? 神経疑いかねますねえ。」
ライムのお仕置きで床にうつ伏せ状態で倒れている観月は、苛立ちながら答える。
「るっせーな。別に俺が何処で誰と付き合おうが良いだろ。確かに女遊びしているが、何も疚しいこと一切してないぞ。」
思いつく限り噓偽りなく言葉にする。
「お座敷遊び、逢瀬、キャバクラ、ラブホとか遊郭行ったり来たりしているが添い寝だけで、あんなこともそんなこととかは断じてしてないぞ」
ドラマなどでは不倫、浮気がばれたりしたら、怯えたり、謝罪などあるが実際こんなに観月みたいに反省どころか開き直りする者がいるのか。呆れてものも言えない。
「ああ。クズですね。マジで気持ち悪いので、しばらくライムに話しかけないでください。」
ライムは興ざめな目で観月の背中から降りてまた普通の耳と尻尾付きの擬人化姿に戻り、皆がゲームや飲み食いしている席に歩いて行く。外に出る通りを無視して。
「あ、ライムさん、ごめんなさい。お願いだから、俺と表に出て行ってくれないかなぁ? あの空気の場に居たくないんだよ。外の空気吸いたい。」
観月は、人が変わったようにへこへこと頭をライムに下げて追いかける、
「逆にライムは今、ものすごーく観月様と一緒に居て空気吸いたくない気分なんですけど。」
不愉快な顔をしながら立ち止まり、観月と口喧嘩する二人を鴉や店の女性達は面白がるように見ていた。
「意外と仲が良いじゃねぇか 。」
「鴉と狼だけどな。」
そんな騒がしい中で、このキャバクラを仕切るママ的な存在の女性が狐の耳を立てて、観月とライムの元に背後から近寄って来た。
「皆さん、誰かが高級フルーツを贈ってくださいましたよ。」
若い女性達の中で年齢は五十代だが美しい着物を纏った一番美人女性だ。
鴉一族も大喜びだ。
しかし、観月だけは目付きが変わる。
「高級果物!」
フルーツバスケットを抱えていたママ狐にライムは警戒心もなく素早い速さで奪った。
「もぐもぐ、はぐはぐ。美味です! 」
ビニールを破いて、即、夕張メロンをスプーンで一人食べている。
狼の割には猿なのではないかというくらい、いつの間にか食べ終わり、皆に残った高級フルーツを切って配り周っていた。
「あらあら。食いしん坊な子の割には気が利くじゃない。」
ママ狐は、そのまま観月の隣を通り過ぎて行こうとすると、彼は目を細め、怖い顔で、その女性の手首を強く掴む。
「暢気に、ここで何をしてやがる? 」
観月は乱暴にその女性を巴投げしようとするが、逆に彼が床に叩きつけられた。
突然の観月の恐ろしい行動とママ狐の変貌に、この店で働く女性達は悲鳴を上げる。もちろん鴉一族も驚く。
「このっ、化け狐! 」
観月は、痛めた身体を起こしながら、近くのテーブルに置いてある氷を砕くアイスピックを手に取って、ママ狐の顔に突き刺そうとする。
しかし、彼の目の前で女性の姿は消える。
背後から殺気と悪寒がする。
観月は持っていたアイスピックを後ろへ振り返りながらダーツのように素早く投げつけた。
素早く飛んでくるアイスピックの先が自分に、ママ狐の顔へ向かってくる。
だが、何処から取り出したのか、お盆で振り払った。
「ちょっと危ないわね。うちの店内を荒らす真似はよしとくれよ。物騒な物投げて。」
床に落ちたアイスピックを拾い、机にそっと置き直すママ狐は以外と冷静だった。
「白々しい。この店のママの顔に上手く化けたつもりだろうが、俺の目や鼻は誤魔化されると思うなよ。黒狐。いや、稲荷。」
眉間に皺を寄せて睨み付ける観月は、そう名を呼ぶと同時に本物のママ狐が現れる。
「何? 今、この部屋で、すごい物音がしたけど……って、何よこれ! 乱闘騒ぎでもあったの!? 」
ヒソヒソと小言や噂話など妖怪達の警戒心の行動に聞き耳を立てる偽者が「つまらん。」と呟いて、懐から狐のお面を取り出し、それを自分の顔に張り付けた。
すると女性の身体が男の背丈へ、服も昔の平安時代の十二単の着物を纏い、足の脚まで伸びた黒長の髪をした姿に変わる。
「あんたに本当の顔など有りはしない。男か女か性別も色々怪しいし、気味が悪い。
俺は昔から長く付き合ってきた。だから分かるんだよ。」
「やれやれ。お主が考えなしに暴れて騒ぎを起こすから、せっかくのキャバが台無しではないか。」
男か女なのか混ざった違和感のある声で話す稲荷は、パチンッと指を鳴らす。
すると巻き戻しのように周りの人々の行動が巻き戻ってゆく。
稲荷が再びタイミングを見計らって止めると、床で割れた皿やアイススピックの位置も元通りになった。
観月と稲荷の二人だけが変わらずに動けるし話せる。後の者達は停止した状態だ。
「相変わらず時空、時を操る力を使って行き来しているのか? 」
観月は警戒するように稲荷から距離を取って話かける。
「まあな。しかし、この力を使ったのは久々じゃ。しばらく使ってはおらなんだ。」
「稲荷、お前は何百年前か陰陽師か巫女、或いは徳の高い坊主辺りに封印されて神社に弔われていたはずだ。人間、妖怪だろうと、その者の心や力を圧倒的に打ち砕く能力を秘めて恐れられていて邪魔な存在故に。それなのにわざわざこんな東北の地に来てまで何の用だ? 」
稲荷は警戒する観月を気にすることなく、鉄扇を開いて口元に当ててクスクスと微笑む。
「妾は、またお主の力を借りたいと思うて会いに来たのじゃ。七十年前、いやもっと前に一緒に協力したではないか。あの時のように愉快に楽しもうぞ。」
観月の方にゆっくりと歩もうとすると、錫杖がお面のところに急に伸びてくる。
錫杖は観月が取り出した物だった。それを稲荷の顔に向けて、自分の範囲に入って来るなと
目で訴える。
「世迷言を抜かすな。あんたはただ俺を利用し、傍観者みたいに楽しんで高みの見物していただけだろうが。」
「はて? そうじゃったか? 」
稲荷は持っている鉄扇で錫杖を軽く払いつつも余裕に澄ました顔で話す。
「生憎だったな。俺はもうあんたと手を組む気はねぇ。」
観月は口喧嘩する姿に巻き戻るライムの頭に触れると彼女だけが動く。
突然の沈黙の空間にライムは呆けた顔をしていたが、観月はお構いなしに彼女の手を引っ張って表の外へと出て行く。
「貴様のことじゃ。未だに、あの娘の心に二度も深い傷を負ったこと悔やんでいるのだろう?
何処をほっつき歩き、酒をどんなに飲んでも酔えまい。」
しかし、稲荷の言葉にどうしても耳を傾けてしまい、観月の進んでいた足が止まる。
「昔の自分の行動に嫌気がさすだろ。愛しい女に振り向いてほしくて、その女の恋人をお主は。」
「ああ? この俺に喧嘩でも売るつもりか? 過去の話を掘り返して。」
ライムは何が何だか分からない状況だが、悪い妖怪が観月を挑発するような言葉を述べているのは分かる。
結局、観月と稲荷は個室の部屋で酒を飲みながら話をすることにした。もちろんライムも狼の姿で付き添いだ。
「何でライムまで、こんな嫌な雰囲気の中に居なきゃいけないんですか! しかも何故に狼の姿で観月様のお膝に居なきゃいけないんですか!? ライム、お腹空いてるんですけど。」
ライムはいじけて観月の膝に丸まって待機していた。そんな彼女を稲荷は興味深そうに見る。
「ほう。これは面白い。観月、お前は番犬でも手に入れたのか? 」
稲荷に番犬呼ばわりされるとライムの目は点になった。
「まあ、番犬みたいなものかな。」
観月は、警戒心は消してはいないが、思ったままのことを稲荷に平然と心にもないことを述べる。
「誰が番犬ですか! 」
「まあ、そう怒るな。先程の詫びじゃ。ほれ。スイカじゃ。」
「果物! ありがたく受け取らせて頂きます! 」
膝から立ち上がりライムは稲荷の方に移動しようとするが、観月に身体を捕まえられる。
「話が進まねぇから、後にしてくれ。」
ライムは、腹が立ちながらも大人しく観月の膝に座って、お腹空いたと思いつつもまた再び黙って二人の話に聞き耳を立てる。
警戒心がないわけではない。ライムは事の状況に呑み込めないが、この稲荷の身体の周りを包む妖気がすごいのは分かる。
「さっさと目的を話せ。過去の話なんざ興味ねぇし、俺は絶対に、もうあいつを、蕨を裏切らないと決めたんだ。」
ライムの背中の毛を優しく撫でながら稲荷に話しかける観月に稲荷は意外そうな顔で彼に言葉を返す。
「随分と決心が硬いようじゃなあ。そんなにあの七十年前が応えたのか? お主は、そんな人間なんぞの悲しみや苦しみ心痛み、腑抜けになるほど心が折れ、半妖の小娘の傍に居座る器ではない。嫉妬などの醜い心で怒り、人の命も好きな女の心も打ち砕き戦争の引き金も引ける。鴉天狗の中で一番、最強の妖怪の器ではないか。」
やけにしつこい奴だ。と観月は思いながら、睨む。
「蕨との昔の因縁か……それとも恨みか? どうでもいいが、どんな小細工送り込んだって、蕨がお前と対峙することはない。」
「どうじゃろ。勝手に自己完結で、もう過去の因縁は断ち切れた。未練はない。畏れはない。悔いはない。そう本当に思っている愚かな主の行動に、妾は心底腸が煮えくりかえるわ。」
観月はまたライムの毛並みを撫でながら怒りを鎮める。感情的に話すと、ろくなことにはならない。
さっさと稲荷と話して、どっかで安らぎたいと思っていた。
「そう言えば、旅館の客やお前らと同居している人間とは仲は良いのか? 」
稲荷が珍しく人間の話、様子を尋ねて来た。
「別に。普通に変わりない。」
観月は、そう言いつつも頭の中では一が蕨と親しく話す姿が気に入らない。
いや、そもそも最初に出逢った時から気に入らない。イライラする。生理的に嫌いで苦手だ。
しかし、三ヵ月の辛抱だ。それが過ぎれば心が晴れるだろう。
稲荷は、観月の表情を窺いながら、お面の顔の下から笑みを浮かべる。でもそれは薄ら笑い。
人をバカにする嘲笑いとは、また少し違う。
「ほう。そうか。変わりないなら良かった。」
稲荷は、お面の下を少しずらしてお酒を飲む。そしてまたお面を元に戻す。
そう言うと、扇子を懐から取り出して、何もない空間に一人が通れるくらいの大きな円を描く。すると霊道の空間が開く。
「また会いに来るぞ。観月。妾は意外とお前を気に入っているからな。」
言いたいことだけ言って稲荷は気まぐれに霊道に入ると姿消え、道も閉じた。
「何なんですか? あの変なお面狐の妖怪さん。」
ライムは狼の姿から擬人化した姿に戻ると、テーブルに置いてある大きな丸いスイカを手に取り、その場で爪の刃で綺麗に四つに割り、その一つを更に細かく切って、犬食いのようにかぶりつき食べながら観月に聞く。
「まあ、随分前の主かな。」
「そうなんですか。」
残りのスイカには、どこから取り出したのかラップをかけるライムを見て観月は呆れた表情で彼女に話しかける。
「お前、何も聞かないんだな。」
「だって観月様にも言いたくないこと一つや二つあるでしょうし、誰でもそう思うことだってありますし。」
テーブルに用意されている、おしぼりを手に取り、手を拭くライムは観月の表情を見つめながら天真爛漫な微笑で言う。
「話したいと思ったら、いつでも遠慮なくライムに話してください! 相談に乗りますよ! あ、恋愛関連とかそういうのはアドバイス出来かねますが、観月様の心が少しでも晴れるのであれば、嬉しく思いますから。」
観月はライムのその言葉に少しだけ嬉しく思う。
ライムの頭に軽く手を乗せて「ありがとな。」と素っ気ない態度だが礼を伝える。
そう言ってライムと観月は店を出て行った。
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