結婚する気なんかなかったのに、隣国の皇子に求婚されて困ってます

星降る夜の獅子

文字の大きさ
16 / 60
リラとロイド

出逢〜リラとロイド〜(後編)

しおりを挟む
 リラの学級委員としての振る舞いは皆の予想に反して、期待以上のものだった。
 皆をまとめることも上手く、それでいて強制されているような威圧感が全くなかった。

 成績も優秀で、人当たりもよく、授業のわからないところをリラに質問する生徒もいたくらいだ。
 そんなリラは、生徒からだけでなく教員からの信頼も厚かった。
 リラに任せれば問題ない、そんなことを教員たちも口にするくらいだった。

 それは、まさにロイドが憧れとしている人物像そのものだった。



 ある日の放課後。
 ロイドはリラが分厚い書籍を数冊ひとりで抱えてよたよた歩く姿を見かけた。
 ロイドは、危ないと思い咄嗟にその書籍を持ち上げた。

「殿下、ありがとうございます。ですが、この後もお忙しいのではないでしょうか。このくらい私ひとりでも大丈夫ですよ。」

 リラはにこやかにそう答えるが、どう見ても女性ひとりで任すには些か多すぎる量であった。

「いや、女性にこのような重い物を運ばせるわけにはいかない。ひとりの紳士として、どうか、手伝わせてもらえないだろうか。」

 リラは一瞬迷った表情を浮かべたものの、紳士の申し出を無碍にするのはできないと思い、ロイドに半分ほどの書籍を渡した。

「ふふ、ありがとうございます。殿下は、お優しいのですね。私のようなものにもお心遣いいただいけて有難い限りです。」

 ロイドは、リラの褒め言葉が素直に受け取り照れ臭くなった。



 ロイドに近づくものの大半は皇宮でもアベリア学園でも変わなかった。

 多分に褒める教員。
 何かと色目を使う令嬢。
 冷ややかな視線の令息。

 それは『皇族』として『皇子』としての自分がそうさせているのだろう。
 誰しも疎まれ、期待される立場に産まれたのだから、仕方ないのかもしれない。

 しかし、受け入れる器はまだロイドには持ち合わせていなかった。
 そんな中で、リラだけは、自分に期待も嫉妬も執着も何も持ち合わせていないようだった。

 目の前のリラは言葉以上の意味もなく、ただ一緒に書籍を運んでいるだけのことへの感謝を述べているのだろう。

「…ありがとう。それで、リラ嬢に聞きたいことがあったのだがよろしいだろうか。」

 ロイドは恥ずかし気にリラに尋ねた。

「なぜ、リラ嬢は学級委員に立候補したのだろうか。」

 ロイドはずっと気になっていた。
 あのとき、リラはなぜ自分に微笑みかけたのだろうか。

 不甲斐ない自分を見かねたのだろうか。
 それとも、哀れな自分を助ける女神だったのだろうか。

 そんな期待とは裏腹にリラは目をぱちくりさせた。質問が意外だったのだろうか。

「え?やりたかったからですよ。あ、もしかして、殿下…。」

 リラは言葉を詰まらせた。おそらくロイドが本心では学級員をやりたかったと思ったのだろう。
 ロイドは慌ててぶんぶんと首を横に振った。

「いや。そんな。リラ嬢が立候補してくれ、この上なく感謝している。どうやれば、そのように上手く皆をまとめられるのか学びたいくらいだ。」

 ロイドは視線を逸らし頬を染めながらそう言った。

「え、そんな。殿下にお褒め頂けるなんて…至極光栄でございます。私も立候補しておきながら、自信がなかったので、とても安心いたしました。」

 一方のリラはロイドの言葉を受け、こちらも俯き恥ずかしげそうにしていた。
 そんなリラの愛らしい表情を見て、リラは女神でもなくただの人間なのだとロイドを安心させた。

「実は、恥ずかしながら、皇子であるいも関わらず人前がどうも苦手で、皆をまとめるなどやったこともなくて…。」

 その言葉にリラは驚いた表情を浮かべつつも、ふふっと優しげに笑った。
 決してロイドを嘲笑するものではなくロイドは嫌な気分は全くなかった。
 むしろ、やっとを本音をぶつけられる友人ができたような心地だった。

「すいません。その、私もすごく苦手なんです!殿下も一緒だったのか、と思いましたら、なんだか嬉しくなってしまいまして。」

 ロイドは、あまりにも意外なリラの発言に思わず立ち止まった。

「いや、しかし、あのように堂々と…。」

 あのように堂々とした立ち振る舞いができるにも関わらず苦手など考えられもしなかったのだった。

「ふふふ。いつも教壇に立つ前は心臓がバクバクなんですよ。でも、自分でやると決めたのだからと、奮い立たせております。」

 リラは無邪気にそう告げた。
 成績優秀で誰にでも親切な非の打ち所のない優等生かと思っていたが、今は年齢よりも少し幼いくらいに見えた。
 これが彼女の本音なのだろう。

 ロイドは、その愛らしい表情にドキリッと心臓を掴まれた。

「では、なぜ、あのように機転が効くというか饒舌というか…。」

「あ、あれは。少しばかり他人より経験があるというか。」

 リラは伏し目がちにそう応えた。

「お恥ずかしながら、私は我がアリエス領地の一部の管理を父から任せていただいておりまして。そのことで色々経験があるというか…。」

「領地の管理!?」

 リラは恥じらいながら言葉を紡ぐがロイドは驚きと感心しかなかった。
 自分と同い年の令嬢が、すでにそのようなことができるなど考えもおよばなかった。

「ただの令嬢が、そのような男性の真似事、恥ずべき行為なのは重々承知なのですが…。」

「いや、私は素晴らしいと思う!むしろ学ばせて頂きたいくらいだ。」

 ロイドは熱い眼差しをリラに注いだ。
 リラは、あまりの熱意に圧倒され、思わず笑みを溢した。

「ふふ、羊の飼い方にそんなにご興味がございますか?」

「いや、そうではなく…。」

 楽しそうに冗談を言うリラに、ロイドは赤面しながら慌てて否定した。

「ふふ、わかってますよ。ちょうど図書館に向かってますので、お時間がございましたら、少しお薦めの書籍を紹介させていただきますね。」

 リラはにっこり笑ってそういった。


 ふたりが図書館に着くと、リラは書籍の返却を終え、ロイドのお勧めの書籍をいくつか見繕った。
 それは心理学に行動分析学、統計学など多種多様であった。

「もし、すでにお読みになっておりましたら申し訳ありません。会議やスピーチなどに参考になりそうなものは、こちらですかね。あと、会議で出た数値について分析するには、こちらの書籍の考え方を学ぶのもお薦めいたします。私は片田舎の伯爵家ですので、十分な専門家からの指導がなく、このような書籍を参考にいたしました。」

「な、なるほど…。」

 今のロイドに必要なものは『皇族』として、『皇子』として、どのように立ち振る舞えばいいか、その足がかりとなる何かが必要だった。

 家庭教師は一般教養を教えてくれても、このようなことを教えてくれはしなかった。
 また、他の家臣もロイドの『皇族』として、『皇子』としての立場がそうさせるの自分を褒め称えるばかりで何一つこのようなことは教えてはくれなかったのだった。

 そんな中で、こんなにも端的に自分に必要なものを教えてくれたのが、まさかこのような令嬢とは誰が想像できただろうか。
 ロイドにとっては目から鱗だった。

「もし読みづらいようでしたら、他にもわかりやすい書籍がございます。必要であればお申し出ください。」

 ロイドは、そんなふうに自分を気遣うリラが眩しくて仕方がなかった。

 『皇族』として、『皇子』としてではなく、ひとりのロイドという同い年の人間として接してくれるリラにロイドは沸々と湧き上がる恋情を抑えずにはいられなかった。

 リラともっと話したい。
 もっと一緒にいたい。

「その、何か礼をさせてもらえないだろうか…。」

 そんな想いからロイドは自然と言葉が溢れた。

「いえ、大したことはしておりません。殿下は皇子とはいえ、今は共にアベリア学園で学ぶ、私の一人の学友だと僭越ながら思っております。困っている学友の相談に乗るのは必然ではないでしょうか。どうぞ、お気になさらないでください。」

 ロイドはリラのそんな言葉に胸がいっぱいになり目頭が熱くなった。
 今まで、自分が求めていたものは、まさにこれだったのかと痛感した。

「で、では、せめて学友であるならば、ロイドと呼んでもらえないだろうか。」

「そうですね。学友であるなら、お名前でお呼びするのが適切かもしれませんね。では園内ではそのようにお呼びさせていただきます。ロイド様。」

 リラはそういうと屈託のない笑顔をロイドに向けた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...