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【1、帰宅】
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《No.1》
本当は窓から覗いていたから知っているけど、気づかないふりをして部屋に戻る。
座って、頭の中でカウントを始めた。いつも同じ秒数。何回やっても、残り十秒を切るともう余裕なんて消えてしまう。
「ただいま」
「……お帰りなさい」
ちゃんと震えずに、いつも通りに言えただろうか。
近づいてみると、ちょっと煙草と香水の匂いがした。少しむっとしながら睨んで、ジャケットを受け取る。
「仕方ないと思うけど、毎日こうして匂いを付けて帰ってくるなんてね……本当はわざと近づいてるんじゃない? 僕をからかってやろうって」
「そんなことしない……」
「あっ、髪の毛ついてるよ。長いね、三十センチぐらいはあるかな……会社、それとも電車? 女が寄った、っていうか触れたってことだよね」
「そんなのいちいち気づかないって」
「……っ光太郎! 勝手に爪切ったの? なんで何回も言ってるのに分かってくれないのかな……僕にさせてって言ってるのに」
「……えっと、ご飯」
「できてるよ。でもその前にちゃんと……して」
「……分かったよ」
目を閉じて、息を止める。本当はとても怖い。この間に消えちゃったらどうしようって。それなのに自分の憎い口は止まってくれない。震えてるのをバレないようにして、ただ信じて待つ。
微かに呼吸する音が聞こえて、心臓が騒ぎ出す。近づいてくる気配がする。触れる前と後の一秒では、まるで気持ちが違っていた。
もう一回せがみたいのを堪えて、今はこうしてくれた光太郎にありがとうと心の中で言う。スッともやもやしていた気持ちが消えた。
いつもの約束の仲直り。ただの習慣だとしても、これがあるのが救いだった。
「……ゴメンね。光太郎も疲れてるのに、色々言っちゃって」
「……いいよ」
ぽすっと手が頭の上に乗せられた。雑にぐしゃぐしゃと何度か撫でると、ネクタイを緩める。
「……っ」
光太郎は思ったよりも、僕のことを知ってくれているのかもしれない。
食べている間、そっと横顔を見つめる。
今この瞬間にいるのが、一番側にいるのが自分だということ。あの頃はただ見ていれば満足だったのに、そんな人がここに居て、僕だけを見てくれているなんて……。時々分からなくなる。都合のいい夢なんじゃないかって。そう頭の中で誰かが囁く。
「ねぇ……それ、どうかな」
「えっ? ああ、美味しいよ」
「本当?」
「……ん」
初めて会った時からだけど、光太郎は言葉が少ない。そんなところも不器用で可愛いと思うけど、こっちも話す方じゃないから空間は静かになることが多い。でもそれを気にしている様子はなかった。光太郎と暮らし始めて分かったのは神経質に見えるだけで、実は色々と適当だってことだ。良く言えばおおらかで平和的な性格。
「今日はあの人達に何も言われなかった?」
「……ああ、まぁ」
「……ごめん。仕事の話なんかやめよっか」
同じ職場にいたから周りの人間がどんな視線を彼に投げつけて、どんな風に接したかは容易に想像できる。中には厄介な人もいたから、いつだって心配は尽きない。
隣に座り直して少し身を寄せると、頭に手が回ってくるこの瞬間がとても好きだ。一瞬で顔に熱が集まって、体全体が上昇していくこの感じ。
……いつの間に、こんなに貴方のことを好きになってしまったんだろう。僕達の出会いを思い浮かべた。
「だから、そんな色々考えるなって」
「……光太郎のこと以外で、考えることなんかないよ」
「……っ」
少しだけ染まった頬を隠すように携帯に手を延ばしたので、その手を取って指先を絡めた。
「これからは僕の時間だから」
誰にも渡さないよ……。
本当は窓から覗いていたから知っているけど、気づかないふりをして部屋に戻る。
座って、頭の中でカウントを始めた。いつも同じ秒数。何回やっても、残り十秒を切るともう余裕なんて消えてしまう。
「ただいま」
「……お帰りなさい」
ちゃんと震えずに、いつも通りに言えただろうか。
近づいてみると、ちょっと煙草と香水の匂いがした。少しむっとしながら睨んで、ジャケットを受け取る。
「仕方ないと思うけど、毎日こうして匂いを付けて帰ってくるなんてね……本当はわざと近づいてるんじゃない? 僕をからかってやろうって」
「そんなことしない……」
「あっ、髪の毛ついてるよ。長いね、三十センチぐらいはあるかな……会社、それとも電車? 女が寄った、っていうか触れたってことだよね」
「そんなのいちいち気づかないって」
「……っ光太郎! 勝手に爪切ったの? なんで何回も言ってるのに分かってくれないのかな……僕にさせてって言ってるのに」
「……えっと、ご飯」
「できてるよ。でもその前にちゃんと……して」
「……分かったよ」
目を閉じて、息を止める。本当はとても怖い。この間に消えちゃったらどうしようって。それなのに自分の憎い口は止まってくれない。震えてるのをバレないようにして、ただ信じて待つ。
微かに呼吸する音が聞こえて、心臓が騒ぎ出す。近づいてくる気配がする。触れる前と後の一秒では、まるで気持ちが違っていた。
もう一回せがみたいのを堪えて、今はこうしてくれた光太郎にありがとうと心の中で言う。スッともやもやしていた気持ちが消えた。
いつもの約束の仲直り。ただの習慣だとしても、これがあるのが救いだった。
「……ゴメンね。光太郎も疲れてるのに、色々言っちゃって」
「……いいよ」
ぽすっと手が頭の上に乗せられた。雑にぐしゃぐしゃと何度か撫でると、ネクタイを緩める。
「……っ」
光太郎は思ったよりも、僕のことを知ってくれているのかもしれない。
食べている間、そっと横顔を見つめる。
今この瞬間にいるのが、一番側にいるのが自分だということ。あの頃はただ見ていれば満足だったのに、そんな人がここに居て、僕だけを見てくれているなんて……。時々分からなくなる。都合のいい夢なんじゃないかって。そう頭の中で誰かが囁く。
「ねぇ……それ、どうかな」
「えっ? ああ、美味しいよ」
「本当?」
「……ん」
初めて会った時からだけど、光太郎は言葉が少ない。そんなところも不器用で可愛いと思うけど、こっちも話す方じゃないから空間は静かになることが多い。でもそれを気にしている様子はなかった。光太郎と暮らし始めて分かったのは神経質に見えるだけで、実は色々と適当だってことだ。良く言えばおおらかで平和的な性格。
「今日はあの人達に何も言われなかった?」
「……ああ、まぁ」
「……ごめん。仕事の話なんかやめよっか」
同じ職場にいたから周りの人間がどんな視線を彼に投げつけて、どんな風に接したかは容易に想像できる。中には厄介な人もいたから、いつだって心配は尽きない。
隣に座り直して少し身を寄せると、頭に手が回ってくるこの瞬間がとても好きだ。一瞬で顔に熱が集まって、体全体が上昇していくこの感じ。
……いつの間に、こんなに貴方のことを好きになってしまったんだろう。僕達の出会いを思い浮かべた。
「だから、そんな色々考えるなって」
「……光太郎のこと以外で、考えることなんかないよ」
「……っ」
少しだけ染まった頬を隠すように携帯に手を延ばしたので、その手を取って指先を絡めた。
「これからは僕の時間だから」
誰にも渡さないよ……。
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