俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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26〔マンション〕

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「じゃあこれを片付けたら出ましょうか。でもだいぶ眠そう。大丈夫かな」
「へーきだってー。こんな時間に寝れるかよー」
「そういえば……」
片付けの為か、立ち上がった横でうーんと腕を伸ばす。顔に触れてみると、良い感じに熱くなっていた。部屋が明るかったら、赤いのバレていたんだろうな。
二人分だしケーキと軽食だけなので、片付けも少ない。名残惜しいけどもう写真も撮りまくったので、ライトを消して普通の照明に変える。
「はー、生活感マックス。だせぇー萎える」
「あっ」
明るくなったことにより、部屋の隅に向かっていた姿が目に入った。
「何してんだお前」
「バレたからには、先手!」
「あ、そこ入るなって」
間に合わずに寝室が開かれた。この部屋から退けた、生活感があるものを一時的にこちらに寄せた残骸と、まだベッドの上にはあいつがいる。
奥の方までは見えないけど、ここの照明で見える範囲だけでも、この部屋のヤバさが伝わってくる。

「……自己責任だからな」
「……大丈夫、大丈夫です」
「言い聞かせてんじゃねーか。おい、進むな進むな。戻れなくなっても知らんぞ」
「あ、電気ここですね」
あんなに美しかったパーティーの記憶が薄れていく。頭を抱えながら後を追った。
「わぁ……これは、確かに近くで見ると怖いですね。ノートを読み返したんですけど、あの反応はリアルだったんだ。あーこれが例のウィッグ。はは、実物見ると面白いなぁ」
「……やめて……夢であって、この光景」
なんて悪夢なんだ。せめてベッドの下には気がつくな。
「ん、何か手に当たった。この箱は」
「ダメだ! 離れろ、危険だぞっ」
後ろから引っ張るも虚しく、ベッドの下から箱を出してしまった。
「ヘッドフォンとCD。あ、これもノートに書いてあったやつだ。で、こっちが……」
ぷよんと相手の手の中で揺れていた。俺の相棒達。その名の通り棒達……後は振動するやつとか、吸うやつとかも入っていたはずだ。
「やめて……もうやめて……」
「これはどこに使うんですか? これも分からないなぁ……はは、沢山ありますね」
「……もしかして平気な人? 同士得たり?」
「いや違いますけど」
「ごめんなさい」
「ふふ、初めて見ましたけど、貴方のだと思うと大丈夫です。それに誰かに使われていた訳じゃなくて、一人で楽しむ為の道具ですし。ならいいかなって」
俺の中では彼に使われていた認定になるんだけど、側から見ればジンのことも含め、全て一人遊びなのかもしれない。
「これ持っていきましょうか?」
「やめろ、いらん」
「道具は無しで、僕だけでいいってことですか?」
「え? まぁ……そう?」
だって後は家に帰るだけなんだろ? いまいちズレたものを感じながら、ますますご機嫌になる顔を眺めていた。


19
そういえば普通に酒飲んでたけど、徒歩で向かうつもりかと、手を擦り合わせながら聞く。
「貴方を寒空の下歩かせたりしませんよ。ほら、着いたって連絡が来ました」
誰がと問おうとしたところで、マンションの下に車が停まっていた。
「タクシー個人で呼ぶとかやべぇ……震えてきたぜ」
「そんな大したことじゃないですよ。普通に来てくれます」
さすがに第三者がいる前ではまともなのか、会話も当たり障りのないことばかりだ。そのおかげか、熱も酔いも冷めてくる。さっきが熱すぎたから、丁度いい具合になっているかもしれない。
「はい、次は僕が招く番ですね」
冷静になったと思ったのに、タクシーが行った瞬間手を繋いできた。
「あー綺麗なマンションだこと。高すぎて上が見えない」
「僕は空を見るのが好きなので、高いところが良かったんですよね」
「部屋選ぶ理由……やべぇ」
もう笑うしかない。こうなったら価値観の違いを堪能させてもらおう。

窓から見下ろす夜景。特に装飾品を用意しなくても、勝手に映える美しい部屋。物は少ないけど、洗練されたデザインでまとめられている。
「ここ本当に住んでんの、実はホテルだったりしない?」
「僕の家ですから安心してください。まぁほとんど使ってないせいか、新品みたいに見えますけど」
ふーんと返事をしてソファーに腰を下ろす。俺のちまちました頑張りが虚しくなってくるほど、綺麗な景色だ。
「僕も少し用意していたんですよ。お腹は空いていないかもしれませんが、飲み直しましょうか。貴方の好きそうなものを選んだつもりです」
爽やかな香りがふわりと舞った。ピンク色の透き通ったシャンパンが注がれる。ロゼってやつだ。
「やっぱり可愛いな、この色。これも甘くて飲みやすい。でも慣れてるやつは、甘いのあんまり好きじゃないんじゃないか? 世の中のほとんどは甘くないやつだろ」
「食事に合わせるなら辛口が多いですけど、単体とかスイーツと一緒なら全然有りですよ。それに好みよりも、貴方と一緒に飲める方が嬉しいです」
さらりと告げて、またキッチンへ戻っていった。優しい言葉ばっかりかけてくるけど、どうしてここまで懐かれたのか謎だ。
「これ何か分からないけど美味いなぁ~」
「ふふ、まだありますからお好きにどうぞ」
「お前が作ったの?」
「いえ、そういうサービスがあるんですよ。今回も作ってもらいました。ほら、ケータリングとか頼むこともあるでしょ。その中から気に入ったお店を選んで、今日は特別メニューにしてもらいました」
「はぇー、縁が無い世界だ。お前といると金持ちの解像度がどんどん上がっていくー」

もうどれぐらい飲んだのだろう。とろけるような甘い液体が体内に沈んでいく。外からも中からも暖かくなって、ジャケットを脱いだ。
「珍しいネクタイしてますね」
「これぇ? うん……プレゼントの候補でさぁ、没にしたから着けてきちゃった」
テーブルからソファーにグラスだけ持っていく。お腹の方はかなり満足した。
だらりと寝そべって夜景を眺めながら、半分夢の中みたいな会話をする。
「はは、似合わないでしょ? スーツと全然合ってないんだよー。あと俺の顔ともー。あはは」
するりと抜かれると、まじまじとそれを見つめていた。
「お前には合いそうだなぁ」
「じゃあ貰ってもいいですか」
「いいけどー、お前には安物じゃないかぁ? 俺とは逆の意味で浮くだろ。あ、せめて箱に入れて渡す……」
「大丈夫ですよ、箱がなくても。……こういう貴方を感じられるアイテムが欲しかったんですよね」
「えーそんなこと思ってたのかぁ? じゃあお前にも何か用意しとけば良かったなー」
ごめんなーと起き上がって頭を撫でる。ネクタイを首元に上から当ててみると、結構似合っていた。
「……だから、不意打ちで仕掛けてこないでくださいってば」
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