白の部屋

迷空哀路

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10〈終焉〉

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「……律、だっけ。合ってるよね。何回も確認したんだけど、興味ないことって忘れちゃうみたい」
食器棚と壁の間に隙間ができていた。部屋の外側から押したらしい。そこから一人の男が現れた。
手にはボウガンのような武器を持っている。髪を後ろで縛り、眼鏡をかけたその瞳は色を失っていた。隠しきれない憎悪みたいなものを感じて、本能的に後ずさった。
「こんにちはってそんなこと言ってる場合じゃないみたいだね。馬鹿だなぁ……頭いいのかと思ってた。こういう危ない奴には優しくしなきゃ……ああでも優しくしすぎても、逆に懐かれそうか」
一人で何か言いながら近づいてくるので、ナオの体を庇うように抱き寄せた。
「そろそろ聞いてらんないから、来ちゃったよ。……この子が君に危害を与えられるような奴なら、嫌いになるかと思った。自分の為に簡単に人を傷つけられる奴なんか……。何だよそれ。死んでも、殺されてもいいから好きだって言ってるようなものだ。でもそんなのただの自己満足だろ。意地になって無理矢理痛みや悔しさを、愛だの恋だのに当てはめようとしているだけさ」
「……触るな!」
逃げようと思っても、ナオを抱えて動けるのはほんの数ミリだ。それでもこんな奴にこれ以上関わってほしくなくて、力を込める。こいつだ。ナオにずっとつきまとってたのは。
「同じようなタイプだと思ってたけど、案外違うのかな。ははは、いいね。好きな人と家族になれて。普通はそこまでの過程に苦労するんだよ。まぁその分、君たちはそれ以上にはなれないんだけど」
先ほどから見えている壁の向こう側も白で、この部屋から出ても意味がないんじゃないかという絶望がじわりと頭を侵食し始める。
腕の中でぐったりして、呼吸が浅くなっているナオをどうすればいいか。それだけを考えていた。
「……いいものを見せてもらったよ。なかなか楽しめた。誰かを監禁するなんて普通じゃできない体験だからね。君に傷を負わせられた時点で僕の勝ちさ。一生忘れられないんだろうからね。一つ言うなら、悪かった。あのとき手紙は読んでもらえなかったけど、それは正解だ。だってあの後に、呼び出して……実験でもしてやろうと、思ってたんだから」
こちらに背を向けたその声は、少し震えていた。
「ストーカーごっこも面白かったよ。バレないように写真を撮るのも、プライベートなことを知れるのも、刺激があった」
終わりは唐突だった。バタバタと騒がしい音がすると、白の中に黒が増えた。黒い人達の鋭い目がこちらを捉えている。男は抵抗せずに、そのまま連れていかれた。その隙間から別の服を着た人達がこちらに向かってきて、俺からナオを離すと、テキパキと動いて台の上に乗せた。
一瞬の出来事だった。壁だけがぐちゃぐちゃに壊されている部屋は、案外呆気なかった。

真っ白な部屋で、赤い血だけがいつまでも鮮やかだった。

恐る恐る外に出てみると、右側に穴があった。それは階段に繋がっている。驚くことにそれを進むと出てきたのは、普通の家だった。リビングは広かったけど、人の住んでいる様子はあまり感じられない。空き家? なのかもしれない。
わらわらといる警察の一人話しかけられた。ブランケットみたいなのを受け取って体に巻くと、車に乗せられた。それは救急車を追っているらしい。
あの男が来てから、現実味が感じられなかった。映画を見ているかのように、景色が次々と変わる。
病院で着替えて、ぼうっとナオを待って……いたかったけど、あれこれ興味津々という感じで聞かれてしまった。
でも言えることなんて少ない。気がついたらあそこにいて、犯人はナオのストーカーらしくて、突然部屋が蹴破られました……って感じ。

ベッドの横でただ待っているのは、少し退屈だった。ゆっくりとここ何時間のできごとを一つ一つ思い出す。手を握ると暖かくて、ホッとした。
「早く……起きて」
謝りたい。あと怒りたい。庇って怪我を負うとか……一歩間違えたら死んでたかもしれないんだぞ。ふざけんな……絶対死なせないって誓ってたのに。例え自分が死んでも……ってああ、同じことをこいつも思っていたのか。ズルいじゃん。お前だけ証明できて。
「……ナオ」

――ねぇ、リツ。俺はリツのお兄ちゃんになれてよかったって思ってるけど……リツもそう、かな。

「……俺は、初めから……本当は、お前のこと……」

まぁといつもみたいにさりげなく、呟くように言った。その言葉に泣きそうな顔で笑ったから、なんていうかもう今までだって、これからだってナオに勝てることはないのだろうと思った。

「……俺にはもったいなかった。一歩外に出ればそれだけで女が寄ってくるような奴なのに。こんな冴えなくて、性格も良くない……だから俺に構ってちゃダメだって、分からせたかったのに」

――こんなに可愛い弟、俺にはもったいないなぁ。

幻聴かと思った。いつもの妄想が無自覚にでてきたのかと。でも腕に埋めていた顔を上げると、あの顔でこちらを見てくれていた。
「……おはよ、リツ」
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