十人十色(旧題:短編集)

星野 夜空

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その他

思い馳せる

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 本を閉じて余韻に浸る。記憶喪失の少女が少年と関わることで、自身の記憶を取り戻していく話だ。恋心とともに。
 分かるなぁ、と思った。私もきっと、一番幸せな状態で死ぬことが出来るならきっとそうしてしまう。許されるなら、という条件がつくけど。
 ふとカーテンへ目を向ければ、外は明るくて夜も終わる頃合いだった。完徹かあ、と思わず呟いてしまう。今寝たら絶対に寝坊してしまう。

「……良いなぁ、この人は」

 最終的に、両想いになれて。そんな言葉が口をついて出てしまった。
 私は、どうだろう。幸せなまま死のうとして、でもやっぱり死ねなくて、だけど心が追いつかない。その先に記憶を封じてしまう。
 だとしたら? あの人は一体どうするのだろう。この本の主人公みたいに奔走してくれるのだろうか。フィクションだと分かっているのにそう思ってしまうのは、やっぱり私は、求めているということなんだろうな。
 悲しい、よりも虚しい。そんなこと、考えたところで意味がない。文字通り意味がない。だってあの人の心に、私はいないんだから。
 いない、とはまた違う。気にはかけてくれてる、と思う。だけど、なんだろう。どこかにいる一人の人間として気にしてくれてるんじゃないか、というより普通の友人として見られていれば御の字、な気がしてならない。友人か知人か。たかが、されど。この差は大きい。
 もし、もしもあの人が私のことを好いてくれていたら、私はどうするんだろう。ヒロインのように驚きながらも想いを受け入れることが出来るのだろうか。
 無理だ、と即座に否定がきた。むしろ逃げる。速攻で。万一にもあり得ないことが起きたら、人間絶対そうする。片想いが長すぎて、私が好きだというのが思い浮かばない、が正しいけども。
 不敵な笑みも、寂しそうな顔も、辛そうな表情も、全部私に向けられたものじゃないって分かっているからかもしれない。
 あの人の全てはかの人のもの。その人がいるからこそ、あの人はあの人たる存在として立っていられる。強く、儚く、凛とした存在として。私のような弱い人間なんか、本来なら歯牙にもかけないような人なんだ。……なんて、夢物語を話しているかのようだ。事実なのがまた面白いけど。
 胸が痛い。押し潰されているみたいに。そんなこと、あり得ないのに。あの人を想う時は、いつもそうだ。苦しくて、切なくて、どうしようもなく、求めたくなる。どうにかしたくて、服越しに抱きしめた。
 すると、丁度街灯の灯りが消えた。夜は明けようとしてる。また一日が始まる合図だ。
 一つの呟きは、ひんやりとした風とともに溶けた。
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