過去と未来と君と僕と

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第二章 英雄物語

2章-7話 戦争の責務

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 ううう・・皆、真面目だよぉ。緊張感溢れまくってるよぉ。俺、絶対ここにいるの場違いだ。裕也とリーアは、隙あらばすぐにでも逃げ出したい気分を懸命に抑えて、平静を装っていた。

 ルシファー軍、最高司令官の軍議。ルシファー邸に設けられていた大会議室は、昨日の宴会場とは、別次元の空間なのではないかと、疑わせるほど、静かで緊迫した雰囲気に包まれていた。

 「アストレア軍の攻勢は、高まるばかり。さらに、ラング王国クフ王、砂漠の国シスイ王国の女王パトラの軍勢も加わり、正直このままでは敗北は必至です」

 普段は沈着冷静なハルシオンが苦渋の表情を浮かべる。これまで、国を持たないルシファーの部族が、アストレアのような王国と対等に戦い続けてこれたのは、彼の力によるところが大きい。

 ハルシオンの強さは、単に魔物や魔獣を操れるというだけではない。むしろそんなものは彼の力の一端に過ぎない。いかなる状況、苦境に陥っても、常に平常心を保ち、落ち着いて最適な戦略を練っていく。沈着冷静さと先を見通す戦略眼こそが彼の最大の武器だ。ハルシオンはその武器によって、大勢のルシファー軍の命を助けてきた。

 しかもそれだけ、強い力と頭脳、立場を持ちながら、謙虚さと誠実さも持ち合わせている。ルシファーに対する忠誠心、部族への身分差別を問わない平等な接し方。問題事が起きても決して他責をせず、かといって自分を必要以上に責めることもせず、常に最適解を検討する姿勢。ルシファー軍にとっての彼の存在は、限りなく大きい。

 そのハルシオンをして、尚、今の状況は最悪という結論にいたっていた。周りの幹部たちも、沈痛な表情を浮かべている。

 「ルシファー様。ここは一層、和平交渉を掛け合ってみてはいかがでしょう?」

 だが、ルシファーは悲しそうに、首を横に振る。

 「ダメだ。それは出来ない。俺だって、本当はそうしたいがな。今の状況でこちらが和平を切り出してきても、クヌルフのような奴が現れれば、事態は絶対に好転しない。アクアにまで、手を出そうとしてきたのを、忘れたわけではあるまい」

 それを聞いて、アクアもまた目を伏せる。

 「いっそ、私一人の身で事態が収まっていたのなら、我慢すればよかった。そうすれば、ルシファー様も、こんなお辛い立場になることはなかったでしょうに」

 「何を言うんだ、アクア。もしお前が犠牲なっていれば、俺は間違いなく、今よりもずっと辛い思いをしていた。ここにいる皆も同じだろう」

 ルシファーの言に、その場にいた全員が同調の意を示す。アクアはそれでも難しい顔を崩さない。軍に関わるものならば、一時的な感情よりも、民やこれから産まれてくる子供たちのことを考えるべきだ。

 自分一人の犠牲で事が収まるのなら、安い買い物だ。エリスは、そんなアクアの肩に手をかけ、首を横に振る。皆が黙りこくる中、裕也の側で場の重い空気に耐えかねていたリーアが、ついに口を開いた。

 「マスター、クヌルフって、あの超偉そうなおっさんじゃない?たしかもう大臣失脚したよね」

 リーア同様、重い場の空気から、いかに逃げ出そうかと機会をうかがっていた裕也も同調する。

 「ん。ああ、そうだな。マルクの楽器の件を片付けたときに、最後はハルトが失脚させたんだっけか」

 「何言ってんのさ。最終的にはそうだけど、マスターだって貢献してたじゃん」

 裕也とリーアの会話に、周囲が一斉に驚き、ざわめきはじめる。ルシファーもまた驚きの表情を隠せない。

 「裕也。今の話は本当なのか?クヌルフは大臣を失脚したんだな」

 裕也の代わりにリーアが得意げに鼻を鳴らして答える。

 「だからそうだって、ボク、言ってるじゃん。ルシファーも黒猫亭で聞いたでしょ。あの吟遊詩人の演奏。マルクっていうんだけど、彼の楽器が一度壊された事件があってね。その犯人というか黒幕がクヌルフだったの。マスターやハルトたちで見事に真相を突き止めて、失脚させてやったんだから」

 「まぁ、あの件を本当に解決したのは、彼の演奏を楽しみにしてた、お客さんたちだけどな」

 裕也は、みんなが一丸となって、マルクの楽器を作り出した時のことを思い出し、つい暖かい気持ちを思い出す。

 そうなんだよな。アストレアの街の人たちも、ここの人たちも、ほとんどの人は戦争なんか望んじゃいない。ハルトもメイガンもルキナも皆いい奴らだ。ルシファーもアクアもエリスも一緒に飲んでて楽しい奴らだ。

 リーアに昨日、誰にでもいい顔をするなと言われたばかりだが、俺は皆が好きだ。皆にいい顔をしたい。こう思うのは俺の我が儘なのだろうか。であれば、それでも構わない。彼らが命を懸けて争いあうのは、どう考えても間違ってる。

 しばらく続いた沈黙の後、ルシファーは、意を決したように重たい口を開いた。

 「裕也。君は本当に不思議な男だよ。ニースを助け出してくれただけでなく、クヌルフまで知らない間に失脚させてくれてたとはな」

 「いや、だからそれは俺の力じゃないって・・」

 「だとしてもだ。その一端を担ったのだろう。それも、君は否定するのだろうが、意外と大きな役割で。なぁどうだろう、みんな。俺はこの裕也に和平会談の交渉役を任せてみたいと思う。彼はアストレア軍の英雄ハルト、メイガン、ルキナとも顔なじみだ。彼自身は雑兵一人倒す力も無いと言っている。だが、彼は、あの六大魔女を二人も救った実績の持ち主だ。ハルシオン、まずお前の意見を聞かせて欲しい」

 突然のルシファーの申し出に裕也は耳を疑った。ハルシオンが答える前に、内心焦りまくりで、首を思いっきり横に振る

 「ちょっと待てって。いいか、落ち着いて、よーく考えなおせ。俺にそんな大事な役割務められるわけないだろうが。何考えてんだ。ルシファー、あんた自分の部族を崩壊させる気かよ」

 裕也の焦りを、ハルシオンは冷静に観察する。裕也の言葉に耳を貸し、そしてゆっくりと自分の考えを述べた。

 「ルシファー様。私は賛成です。なるほど、彼は剣も魔法も得意ではないようだ。体つきも全然鍛えこまれてないし、魔力もせいぜいが新米の駆け出し魔法使いといったレベル。だが、彼にはそんなものを遥かに超えた何かがある」

 「いや、ハルシオンさん。初対面だけど、あんた目が腐ってるだろ。まあ、前半部分は大正解だ。だが、最後が全てを台無しにしている。俺のどこをどう見れば、そんな風に思えるってんだよ。俺を見て神通力でも感じたか?だとしたら、それは錯覚だ。すぐに忘れたほうがいい」

 必死になって断りをいれる裕也。自分のせいで、知りもしない大勢の人々の運命や下手すれば命まで左右されかねない事態を招きかねない。大体、俺が失敗すれば、今この場にいる奴ら、全員の明日が無くなる可能性すら否定できないんじゃないか。

 冗談じゃない!俺には、あまりにも責任が重すぎる。交渉事の経験もなければ、ベースとなるような力も知恵もない。バカじゃないのか、みんな。何をどう誤った判断をくだせば、そんなわけの分からない結論にいきつくんだ。

 「そうだ、アクア、エリス。俺と一緒にいたおまえらなら、俺の実力もわかるだろう。こいつらに言ってやってくれ。正直に包み隠さず言ってくれて構わないからさ」

 「ううっ、マスター。だから、そこまで自分を卑下しなくてもいいって。ボク、そこまでマスターが何もできないなんて思ってないよ」

 リーアが裕也を慰める。アクアとエリスが裕也のもとに近づいてくる。そっか、二人も慰めてくれるのか。いや、ありがたいよ。でも、俺に荷が重すぎるのは本当のことだもんな。裕也は顔を下に向ける。アクアとエリスは双子らしく、口をそろえて、自分たちの考えを口にした。

 「私も賛成です。裕也さんなら、きっとこの混沌とした事態をなんとかしてくれるはず。いえ、裕也さんにしか出来ないでしょう」

 「私もだ。裕也はこう見えて、いざとなったら驚くほど頼りになるやつだ。こいつなら、大丈夫。みんな、安心して信じてくれ」

 ・・は? 何言ってんだ、この大バカシスターズは。昨日の酒が今頃になってまわってきたか。だが、裕也の心の内を全否定するかのように、周囲の期待に満ちたまなざしが裕也に集まってくる。

 「ううっ、マスターどうしよう。皆こっち見てるよ。怖いよー」

 「俺の方が怖いって。なぁリーア。俺、何か誤解を招いたり、変な期待をさせるような発言したっけか?してないよな。っていうか、リーアがクヌルフ失脚の件とか言い出すからじゃないか。責任取ってリーアが交渉役やれよ」

 「何言ってんのさ、マスター。大体マスターが、俺がルシファーの姉さんを助けるの手伝ってやる~なんて調子こいて、ここまでついてきたんじゃないか」

 「調子こいてって・・一応、俺はおまえのマスターなんだよな?」

 「ふん、なにさ。マスターなんて、色んな女性に手を出して、ボクの気持ちを弄んでさ」

 「俺がいつ、リーアの気持ちを弄んだんだよ?」

 裕也とリーアの掛け合いは続く。だがそれでも、周囲のまなざしが変わることはない。なんでだ。普通、自分の精霊とこんなやりとりするような奴、信頼するか?しないよな。俺なら絶対しない。

 しかし周囲は裕也の考えなど関係ないようだ。アクアが裕也の左肩に手を置く。右肩にはエリスの手がのっていた。ルシファーは、気持ちのいい笑顔を浮かべて、裕也の目を見つめてくる。

 「裕也、頼んだぞ」

 絶対嫌だーーーーーーーーーーー。

 裕也の心からの叫びは、誰にも聞き入れられることなく、軍議はお開きとなった。


**************************************


 裕也が心の中で絶叫していたころ、アストレア軍もまた緊迫した雰囲気に包まれていた。クルガン王は、ルシファーとは別の意味で危機に立たされている。クフ王、パトラ女王の援助をうけてなお、いまだに国すら持たぬ一介の部族を制することが出来ない。自分の無能さを諸王国に暴露しているようなものだ。

 「ハルト、メイガン、ルキナ。次の攻撃は総群であたるぞ。今のうちに十分に準備をしておけ。これ以上、蛮族どもに遅れをとるわけにはいかん」

 ハルトの表情は冴えない。メイガンやルキナも同様だ。今、ルシファー軍には裕也とリーアがいる。こんなときに、全勢力であたることになるとは、本当に神を呪い殺したい気分になる。全軍突撃となれば、もはやハルト達がいかに頑張ったところで、裕也たちの命の保証は出来ない。

 「ハルト、仕方ないわよ。こうなった以上、私たちはもう後に引くことはできないわ」

 「願わくば、戦場であいつらに遭遇しないことを祈るしかないな」

 ルキナ、メイガンは意を決して、軽く拳を握りしめ、ハルトの胸を叩く。三名はアストレア軍にとって、中枢核に位置する存在。だからこそ、自分たちの個人的な感情は後回しにしなければならない。ハルトは腰の剣を抜き放つ。

 「くそっ、恨むなよ、裕也、リーア。俺たちは、この戦争を終わらせるため、全力でおまえたちのいる軍を叩き潰す」

 ハルト達は心を決めた。いや、少しでも足を止めてしまえば、もう前に進めなくなりそうになる心の歯止めに負けてしまいそうで、立ち止まることが出来なくなった。もしも、裕也たちをこの手にかけてしまったのなら、一生祟ってくれて構わない。アストレアの未来のために、そこに住む人々のために、全ての力を注ぎこむだけだ。

 ハルト達はそれぞれ自分の受け持つ隊を鼓舞する。ルシファーは一段高い物見矢倉から、眼前に広がる兵たちに号令をかける。

 「アストレアの民がこの先、新たな土地を得て、穀物を育て、子供たちを育てる場所を確保するため。賊軍ルシファーを今こそ討つ。決戦は明後日だ。この戦いで後れを取るような者は、今後の自分の居場所はないものと思え。この戦いを終えた後の酒が勝利の美酒となることを信じておる。ともに栄光を分かち合うのだ」

 ついにアストレア軍の総力が動き出す。クルガンはルシファーを哀れに思う。属国になるよう進言したのは確かにこちらだ。だが、クルガンは最大限の礼を尽くしたつもりだ。使いに出したクヌルフには国宝ともいえる宝のいくつかと、十分すぎるほどの献上金を持たせた。

 さらにはルシファーの部族に望む者がいれば、アストレアへの移住の自由と、子供たちへの教育の機会まで提案させた。もちろんルシファーの部族にも税は治めさせるつもりだが、その額は元々のアストレアの住人達と全く変わらない額だ。

 クヌルフから、ルシファーに宝と献上金を奪われた後、一方的に斬りつけられ、這う這うの体で逃げ延びてきたと連絡を受けたときは、何かの間違いじゃないかと我が耳を疑った。だが、クヌルフの体につけられた刃傷が全てを物語っていた。

 その後、何度かルシファー側からの使いがきたが、誰一人としてクヌルフへの謝罪を口にするもの、奪った金財を返そうとするものはいなかった。たった一言でも誠意を見せ、頭を下げればそれで許してやったものを。

 全てをクヌルフのせいにする使いの者の発言を聞き、激高した若い兵の一人が斬りつけてしまった。そこから先は泥沼だ。

 一度戦いが始まってからは、もう後には引けなくなった。これだけ戦争が長引いた割には、失った兵の数は少ない。だが、零ではない。彼らの無念を晴らすためにも、彼らの家族の悲しみを少しでも癒すためにも、ここで全てを終わらせる。

 いきり立つ兵たちの声が、アストレア内に木魂する。長かった戦いが、ようやく終わりを迎えようとしていた。


**************************************


 「はぁ~。なあ、どうしようか、リーア。なんかとんでもないことに、なっちまったな」

 「もう、マスター、情けない声出し過ぎ。そりゃ気持ちは分かるけどさ。誰だって、そんな大きな責任負いたくないよね」

 「そもそも、外交経験はおろか、普通の交渉経験すら碌にない俺が、長引く戦争をしている二国の和平交渉なんて、どう考えても無理難題過ぎるだろ。ああ、体調不良を理由に休めないかな・・」

 裕也は途方にくれ、ルシファー邸から少しだけ離れた位置を、行く当てもなくさまよっていた。とりあえず、部屋でじっとしているよりは、どこか散歩でもした方が、少しは気が落ち着くだろうと思っただけだ。だが、自分の意を無視して半強制的に課せられた、あまりに重すぎる責任を考えると、全く気が晴れることはなかった。

 トボトボと下を向きながら歩く裕也の足元に、動物の形をした竹のおもちゃがぶつかってきた。おもちゃには車輪がついていた。裕也は何の気なしに拾い上げる。

 「ダメだよ、お兄ちゃん。今、競争中なんだから、邪魔すんなよな」

 「マスター、なにそれ?」

 「さあ、俺にも分からない・・」

 活発そうな男の子が、裕也の元に駆け寄ってきた。他にも数名の少年少女が一緒に近づいてくる。裕也は男の子に、悪い悪いと謝罪し、おもちゃを返した。

 「なぁ、それここで流行ってんのか?どうやって遊ぶんだ?」

 「なんだよ、知らないのかよ。これは竹車っていうんだ。こうやって、坂道を走らせて、競争させるんだ。でも、ちゃんと最後まで行かなきゃ、どんなに速くても失格なんだぜ」

 「へぇ~。それにしても、よく出来てんな。お兄ちゃんにも一回、遊ばせてくれないか?」

 「しょうがねぇな。一回だけだぜ。ほら、ここをこうやって持つんだ。で、角度を調整して転がす」

 少年のアドバイスを受けて、裕也は竹車を走らせてみる。思ったよりも、ずっと速い。周りで見ていた少年少女も感心する。

 「お兄ちゃん、上手い上手い。本当に初めてなの?」

 「すっげー。なぁ、どうやったんだ?俺にも教えてくれよ」

 急に質問攻撃を受けて、焦る裕也だったが、悪い気はしなかった。こいつらなら、ルーシィといい友達になってくれるかもしれない。機会があれば紹介してやりたい。

 本来ならば、和平交渉に備えて段取りとか、文言を考えたりしなきゃいけないんだろうが、どうせ自分が考えても、碌なアイディアは浮かぶまい。だったら、いっそ何もかも忘れて、子供たちと遊ぶのもいいのではないだろうか。

 竹車の後は、裕也が少年少女と同じ年頃にしていた遊びを教えた。ドロ刑に、氷鬼。高鬼にイッセーの。本当なら野球やサッカーもやりたかったが、道具がないのが残念だ。

 ちなみにリーアが入ったチームは、チート級の強さとなるので、ドロ刑ならタッチを三回しなければならないなどの、ハンデを設けることにした。

 「裕也お兄ちゃん、リーアちゃん、楽しかったよ。明日も遊んでくれる?」

 「なぁ、また来てくれよな。待ってるからさ」

 子供たちは、すっかり裕也とリーアになついたようで、帰るときもずっと手を振っていた。

 「ああ、またな。アルス、クリード、ベスティ、シャーロット。みんな気を付けて帰るんだぞ」

 裕也は去っていく子供たちの姿を見て思う。戦争で一番傷つくのは、何の罪もないあの子たちかもしれない。やっぱり、戦争なんて無いに越したことはない。しかし、だからと言って、俺に何が出来る?ルシファーたちは、こんな俺に何を期待したのだろう。くそっ。せめて、和平交渉の場の間だけでいい。奇跡が降り注いで欲しい。

 「マスター、みんないい子たちだったね。ルシファーが負けちゃったら、あの子たち、どうなっちゃうのかな」

 「今の生活が出来なくなるかもな。だが逆に、ルシファーが勝つってことは、ハルト達が負けるってことだぜ。どっちが勝っても嫌な思いが残る。ああ、ちくしょう。リーア、悪いが今夜は一晩中付き合ってくれ」

 裕也の発言を受けたリーアは顔を真っ赤にして、しかしどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 「えっ、いや、でもボク・・こんな体だよ?それでも、マスターがいいっていうなら・・」

 「リーア、何を勘違いしてるか知らないが、一緒に和平交渉の文言や質疑応答文を考えるのに付き合ってくれって意味だからな」

 「あっ、えっ、ああそっか。そうだよね。うん分かった。ボクも出来る限りのことはするよ」

 その夜、裕也はリーアと一緒に、一晩中机に向かい、足りてない頭をフル回転させて、考えられる状況を試行錯誤していた。

 そして、翌朝。

 「おはよう、裕也さん。あら、目の下にクマが出来てるわよ」

 アクアから指摘され、裕也はとりあえず顔を洗いに洗面台に向かう。すると、エリスが封筒の束を持ってきた。

 「裕也、今朝見たらこれが郵便受けに入ってたんだけどさ。おまえ宛だって。何か心当たりあるか?」

 裕也は封筒を見る。差出人は・・ 裕也は驚き、急いで中の手紙を読んだ。読み終わった手紙を握りしめる。ああ、読まなきゃよかった。この想いだけは無駄にできない。裕也は手紙を懐深くしまうと、顔を入念に洗い、深呼吸を繰り返す。

 本当はすぐにでも逃げ出したい。仮病を装って休みたい。いっそ全治一週間くらいの怪我でも負えばいい。だが、こんな手紙をもらってしまった以上、逃げ隠れ出来ない。

 ああ、くそ・・本当に、とんだ貧乏くじ引かされたもんだ・・


**************************************


 ルシファーは、まずアストレアとの交渉の場をいかに設けるかを軍議の議題にかかげた。今まで膠着状態が続いていたが、それは表向き動きがないというだけで、決して、お互いがいい関係になっているというわけではない。隙あらばいつでも攻めてくる。互いに警戒心を高めあっての停滞だ。

 最初に意見をあげたのは、ハルシオンだった。

 「いきなり、交渉の場というのは実際には難しいでしょう。最終的に交渉に持っていくとしても、まず一戦交えないわけにはまいりすまい」

 ハルシオンを皮切りに、次々と重鎮たちが会議の発言を続けていく。

 「だが、その一戦で我々がどれだけの被害を被るかも検討がつかん。そもそも交渉の場など実現可能なのか?」

 「難しいだろうな。こっちが優勢な状況ならともかく、劣勢の軍の言うことを敵が大人しく聞いてくれるとも思えん」

 「それに仮に会談の場が出来たとしても、どうやって裕也殿を無事にそこまで連れていくかも問題だ。戦禍の中だ。道中、平穏な道のりとはいくまい」

 なかなか打開策が浮かばない中、それまで黙って話を聞いていたアクアが思いついたように意見を挟んできた。

 「いっそのこと、少数精鋭でクルガンのもとに忍び込むというのはいかがでしょうか?」

 「どういうことだ?」

 「皆様のおっしゃる通り、今この状況で和平交渉など切り出しても、まず聞いてはもらえないでしょう。ならば、敵の懐に自ら入り込み、強制的に意見交換の場を設けてしまうのです。もちろん危険は伴いますが、上手くいけばクルガン王と直接話せるかもしれません」

 「しかし、それは・・」

 「アクア殿。そんなことをすれば、事態はますます悪くなるだけ」

 否定的な意見がアクアに集まってくる。しかし、アクアは動じることなく話を続ける。

 「まだお分かりになりませんか?今、この状況こそが既に最悪の事態なのです。これ以上、何が悪くなるというのです。危険を冒さないものに道は開けません。裕也さんは、私とエリスで責任をもって、必ずクルガン王のもとへ届けて見せます」

 アクアの決意に感化され、エリスもまた意を決して立ち上がる。

 「アクア姉さん、随分、格好いいこと言うじゃんか。それでこそ、私の姉さんだ」

 周囲の注目が今度はアクアからエリスに移る。エリスは裕也も初めて見るような凛凛しさを顔に浮かべて、周囲を見渡す。

 「なあみんな、聞いてくれ。はっきり言わせてもらうぜ。私たちの勝ち目はかなり薄い。相手がアストレアだけなら、まだなんとか粘れたかもしれない。だが、敵はラング王国とシスイ王国まで加えた三国同盟だ。対してこちらは、国すら持たぬ部族の集まり。人も、金も、武器防具類も全てにおいてこちらが劣っている。これは事実だ」

 エリスの発言にその場にいた一人が、ヤジを飛ばしてくる。

 「エリス殿。それが分かっているから、危険だと言ってるのです」

 だが、エリスに怯みはない。

 「危険なんて、この状況じゃ、どんな選択肢選んでも、ついてくる代名詞じゃないか。だったらさ、攻めようぜ。あがいてみようぜ。無駄でばかばかしいと思えることに賭けてみようぜ。国を持たない私たちが、ありとあらゆる点で劣ってる私たちが、大国に唯一勝っていること。それは、いつでも開き直れるってことじゃないかな。この最大最強の武器を今生かさないで、いつ生かすっていうんだよ」

 ふいに一つの拍手が場に響いた。ルシファーがゆっくりと、自分の手を叩いている。拍手はルシファーの隣にいたものに感染する。感染は次第に広がっていき、ついには会場中を埋め尽くす。あたりに拍手が響き渡る中、裕也もまた、ゆっくりと立ち上がる。

 「アクア、エリス。俺とリーアの命はおまえらに預けたからな。絶対にクルガン王のところに連れて行けよ」

 言ってから、裕也は激しく後悔した。

 ああ、しまった・・つい勢いに感化されてしまった・・もう後戻りできない。やばい、やばいよー。どうしよう。何がクルガン王のもとに連れていけだ。俺の馬鹿。死ね、俺。くそっ今こそ、どこかのRPGのアイテム、時の砂を使いたい。たった一分でいい、時よ、舞い戻れ。バイツァ・ダスト。

 周囲の熱気はもはや、裕也が何を弁明しても覆らない。ルシファーが何やら演説を始めだした。アクアとエリスが期待をこもったまなざしで裕也を見つめてくる。皆の士気が高まっていくのが手に取るようにわかる。思わず頭を抱えそうになる裕也。そんな裕也の耳元で、この場で唯一、裕也の気持ちを理解してくれているリーアが囁く。

 「マスター、この前教えてもらった、マスターの国のことわざ。覆水盆に返らずって意味。ボク、よーく分かったよ」
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