A_vous_aussi

魚倉 温

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06

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ネオンに照らされ、エイデンの顔はよく見えなかった。こんな夜中まで彼が起きているときは大抵青ざめた顔をしている、とその時の土のような色を思い出しながら、そうだとしても起きている、歩いているということは何かあるのだろうと判断し、アイビーは、ただエイデンの横顔を見下ろしながら歩く。

「死んでいないだけだ、と言ったよ」

割れた音の残滓が響く景色の中、いやに静かに、エイデンは言った。

「ここにいる人々はみんな、死んでいないだけなんだそうだ」

悲しいかな、言わんとすることはアイビーにも理解できた。生きているのではなく、死んでいないだけ。人間としての理性や尊厳や願望、あって然るべきものが既にない。あの密林で何度も見た光景だった。
空腹に耐えかね、鉛中毒の人肉を口に運んで死んだ者がいた。ありもしない銃声を聞き、駆け出して戻らなかった者がいた。遠くで炸裂した閃光弾の眩さに常夜灯にたかる虫のように惹かれ、翌朝そこで肉塊になっていた者がいた。理性とは何かと考え続け、余計なエネルギーを消耗して腹を空かせた。尊厳とは、と、仲間を助けること、義憤や責任感に似たそれに駆られて現実を見失った。楽になりたい、そう言って死んだ。
自覚した者から、死んだ。
アイビーがずっと、視線を逸らし続けたものだった。

「もう誰も、おんなじようなモノでしょ」
「そう。そのはずだ」

ヒトよりも大きなハメダマが、ネオンの一部を隠す。陰になったそこでようやく見えたエイデンは、その口角を上げていた。

「けれど僕らは違ったらしい。違って見えたらしい」

今度は、何が言いたいのだか、分からなかった。エイデンは依然静かに、指の隙間から石ころを転げ落とすように言葉を重ねる。何度か見た、彼曰くの"アップデート"の光景。今までは野生動物の排泄物だとか、ハメダマの生態だとか、そういった下らないことをきっかけに始まっていた儀式。アイビーは初めて、この儀式に"儀式"たりうる気味悪さを感じた。

「あの繭の中に残っていた食糧は、十人が十日、生きていけるくらいだそうだ。もちろん上等なものはない。ブロック剤、缶詰、瓶詰め、パウチが主だという。……それを、彼は僕の愛車に全て積み込んだのだとさ」
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