秋月真夜は泣くことにしたー東の京のエグレゴア

鹿村杞憂

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第一章 東の京のエグレゴア

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エグレゴア【Egregore】
-集合的無意識や集団の思念が具現化した存在や霊的エネルギー。元は西洋の秘教で用いられた概念。集団の信念や感情が独自の意識を持ち、形を成すとされる-


「『蠱毒』というものを聞いたことがあるかい?」
霊媒師・秋月真夜(以下、"秋月真夜"と呼称する)は、ジントニックを飲み干したばかりのグラスをカラカラと回しながら言った。

新宿三丁目の一角にある商業ビルの2階にあるバー”おはぎ”。
3名ほどが座れるカウンター席があり、奥には大きな本棚と、その前に四人用のソファ席がある。
将来、もし自分が店を持つなら、こんな風にしてみたいと思わせるような、そんな趣のある空間だった。

僕と秋月真夜はソファ席で向かい合って話していた。


、、
蠱毒(こどく)か、
確か平安時代から存在し、虫を使って人を呪い殺す手法の一つだったはずだ。
最近何かの小説で読んだ気がする。

「はい、呪術の類ですね。それが?」と僕が答えると、秋月真夜は満足そうに微笑んで、「さすが学生さん、とても勉強熱心だね。」と言った。

テーブルにグラスが置かれた。その音が異様に店内で響く。

その店には全く"音"が無かった。

カウンターには立派なスピーカーやレコードプレイヤーが置かれていたが、肝心のプラグが刺さっていないようで、店には何の音楽も流れていなかった。
客は僕と秋月真夜しかおらず、カウンターには初老のオーナーらしき男性が立ち黙々とグラスを拭いていた。
その男はテキパキと働いているのではあるがその所作、一挙手一投足の全てから"音"と呼べるものは発せられていなかった。
その店の中で聞こえ得るものは僕と秋月真夜の会話、そして窓の外から聞こえる雨の音のみだった(そういえば、今日の東京は雨であった。

どうやらその店は"音"を所有していないようだった。

「ふふ、ご存知の通り、蠱毒は遥か昔の中国で使われていた呪術だね。
毒蛇やムカデなど、非常に強い毒や殺傷能力を持つ選りすぐりの生き物達100種以上を壺に入れて放置する。」

僕は壺の中にギチギチと詰められた昆虫や爬虫類達のことを想像した。
昔の人間はえげつないことを考える。

「そうするとどうなるかというと、当然のごとく中にいる蟲たちは互いを傷つけ、殺し、喰らい合う。空腹を満たすため、身を守るため、あるいは、何が何だか分からずに周りに流されて殺し合っているのかもしれない。
時間が経つにつれてもちろん蟲たちの数は減っていくのだけど、反比例的に怨念や呪いの感情といった有象無象で壺は満たされていく。」

「そして、最後に生き残った蟲が『蠱毒』と呼ばれる呪いとなる」僕は口を挟んだ。

秋月真夜は嬉しそうな顔をして、「そうだね。
古代の呪術師たちは、その蟲に蓄積された呪いを利用して、恨みを持つ相手を呪い殺していた、というわけだ。」

そうだ。それが蠱毒、であった。
僕が読んだ小説でも確か、悪い陰陽師が蠱毒を生成しライバルの陰陽師を呪い殺そうとするのであるが、なんと呪詛返しにあってしまい逆に呪い殺されてしまうという話であった。

「蠱毒に呪われた人物はかなり残酷な死に方をしたとか。」

「そうそう。
確か身体中のありとあらゆる穴から血と膿を吹き出して死んだり、呪いの対象の家族はみんな不幸な死に方をしたのよね。
怖い怖い。」

そうだっけ?
、、、とは口に出さないことにした。

秋月真夜はおかわりのジントニックをバーテンダーに注文した。
バーテンダーはまた音もなくドリンクを作り始めた。


「自分がその壺に入れられた1匹の蟲だったらって想像してみたことはある?」

「え?」

「ふふ、君は一匹の蟲として自然の中で暮らしていたが、ある日突然人間たちに捕まり暗い壺に入れられることになる。

気づくと今まで見たことないような外の世界ではほとんど出会うことがないような生き物達に囲まれている。

あれよあれよという間に殺し合いが始まって、私も生き延びるために隣にいた蟲達を殺していく。

逃げて、殺して、喰って、その繰り返し。

その光景は考えられる限り最も悲惨な地獄。」


想像して吐き気を催した。

「しばらくすると骸の山の中で動いているのが自分だけになっていることに気づくのね。」

お通しでもらったレーズンを摘み上げて秋月真夜は言った。
「自分が最後の1匹であることに気づいたアナタは、
冷えた、暗い、死と絶望の臭いに満ちた壺の中で、
自分の積み上げてきた骸の上で、

その時いったい何を思うのかしら」


、、、、、


「。。。。さぁどうでしょうね。それをお店の食べ物で表現するのはいかがなものかとは、今思っています」

「くすくす、そうね。ごめんなさい。」

秋月真夜はレーズンを口に入れ、新しく来たジントニックで流し込んだ。
僕も頼んであったハイボールにようやく口をつけた。


「ところで私たちは何故『蠱毒』の話をしていたのかしら」

それはこっちのセリフだ。
今日は僕の"相談"の話をしに来たのに急に古代中国の呪術の話をし出したのはあんただっただろう。
何かしらの深い意図があるのだろうと思い意味のわからないまま話を合わせていたのが恥ずかしく思えてくる。


「まぁ、そんなことはどうでもいいわ。」


「いいのかよ」思わず口をついて出てしまった。

「貴方の”相談”の話だったわね。非常に恐縮なのだけれど、もう一度最初から説明してくれる?」

僕はため息をつきながら、テーブルにあるスマートフォンを手に取り、一枚の写真を再度表示させて秋月真夜に見せた。先日虎ノ門で撮影したストリートスナップ写真だ。

そこには顔に穴の空いた細身で長身の人影が映っていた。


そうだった、そうだったと秋月真夜は不気味に笑った。

彼女ははその影のことを”エグレゴア”と呼んだ。

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