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本編
聖王は神子を愛する
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子どもの頃から、エヴァルドは体格が良かった。
片や兄のヴィルフレードは、オラトリオの教義にも合う、中性的な容姿の持ち主だった。
兄が聖王を継ぐのは明白で、弟のエヴァルドが警吏総監を目指したのも、自然の成り行きといえた。
しかし成人の儀にて、それは呆気なく覆される。
エヴァルドのほうに「神子の守り人」の称号が現れたからだ。
同時に、ヴィルフレードには「聖王を見定める者」という称号が現れた。
周囲は騒然となったが、称号は神から与えられるものである。
兄弟の父親である聖王もそれを認め、早々にエヴァルドへ譲位することを決めた。
「神子の守り人」が現れるとき、神子も宿魂によって目覚めると伝承にはある。
神子が目覚めるときには、聖王は「神子の守り人」でなければならない。
状況が一変し、議会は荒れに荒れた。
依然として兄ヴィルフレードを聖王に推す、王兄派。
称号が何よりの証拠だとエヴァルドを推す、聖王派。
オラトリオにおいて、神子は平和の象徴であり、信仰の対象でもあったが、その宿魂については伝承があるのみで、半ば神話の存在と化していた。
神子については形骸化したものだという考えが生まれており、それが派閥を大きく分けたのだ。
ゆえに信仰心の篤い者ほど聖王派に組みし、実利を求める者ほど王兄派に組みするようになった。
王兄派から命を狙われるようになったエヴァルドは、ただただ悔しかった。
神から与えられた称号を持つ人物を亡き者にしようとするほど、王兄派の信仰心が薄れていることに。
もちろんそれは一部の過激的な者に限られたが。
「腐っている……」
報告書を握り絞め、天井を仰ぐ。
そこには枢機卿による汚職の疑いが記されていた。
枢機卿は、神官の最上位職であり、聖王と共に国を運営する立場にある。
優秀な神官から選出されるのが決まりだが、そのほとんどは世襲だった。
現在の枢機卿が、全員上流階級の出であることからも、組織としての硬直化が窺える。
「このような状況で、神子の宿魂など迎えられるものかっ」
宗教とは、信仰とは何だったのか。
全ての神をまつる地。
人々に安寧を教える地であるはずの場所でおこなわれている蛮行に、エヴァルドは眉根を寄せ、奥歯を噛みしめる。
「せめて神子が目覚める前に、この穢れを浄化せねば」
エヴァルドは、神子の宿魂を信じていた。
エヴァルドに限らず、王族はみな信じている。
何せ聖王だけは、神子の寝室へ入ることが許され、眠る神子を間近で眺められるのだから。
先代である父親が熱く語っていたのを思いだす。
どれだけ神子が神聖で、美しい存在か。
今はエヴァルド自身が、それを目の当たりにする立場だ。
全身真っ白な神子の寝姿を見たときの衝撃は忘れない。
暗闇の中にあっても、光り放つような神々しさを。
薄く色付く唇を。
血が通い、熱を持った姿を夢想しては、神への冒涜だと自分を戒めた。
いっそ目覚めることなく、自分だけが知る存在でいて欲しいなどと、考えてはならない。
覚悟を決め、荒療治に乗り出す。
短期間で成果を得るには、手段など選んではいられなかった。
反発は大きかった。
けれど、それすらも相手を見極める糧とした。
少しでも、神子にとって大神殿が穢れなき場所であるために。
しかし宿魂に、浄化は間に合わなかった。
それもまさか、目覚めに立ち会うことになろうとは。
驚きで思考が止まる中、祝辞だけでもよく言えたと思う。
混乱のあまり、執務と変わらない対応しかできなかったのは反省するところだ。
「不興を買っても仕方がないというのに……」
イリアは怒るどころか、謝ってすらきて。
「あの反応は反則だろう」
今思いだしても顔が緩みそうになる。
常人と変わらない、いやそれ以上の初心な反応に、つい調子にのってしまったのは否めない。
腕を腰に回しただけで頬を染める姿を浮かべ、心の中で身悶える。
「余の魔眼を見ても物怖じしないのは、やはり神子だからか」
赤目のクセに、とは王兄派からよく言われる陰口だ。
魔物を連想させる赤い瞳は、オラトリオでも忌避される。
けれどイリアがそれを指摘したことは一度もなかった。
普段の様子をファビオから聞けば、倫理観に感銘を受ける。
優しい内面を知り、だからこそ大神殿に潜む醜い部分は見せたくないと強く思う。
何としてでも見た目通りの清らかさを守りたかった。
同時に、あの純白な姿を汚したくなる欲求を飲み込む。
愛おしかった。
言葉を交わすたびに、心が囚われていく。
体に触れれば、それだけで胸が熱くなった。
しかし神子に対して欲情するなど、あってはならぬことだ。
わかっているのに、感情を抑えきれない。
金色の瞳に見つめられれば、理性を溶かされる自分がいる。
こんなことで「神子の守り人」が務まるのか。
イリアと会ったあとには、必ず罪悪感に苛まれた。
だというのに。
結局は自分を律することもできず、過ちを犯してしまった。
イリアを怒らせてしまった。
寝室に向かうのを止められなかった。
宿魂前のように眠る姿を見て、絶望した。
「余が未熟だったばかりに……」
大神殿の浄化も叶わず、イリアに対し聖人として接せられず。
愚かな徒人でしかなかった。
どうしてこんな取り返しのつかない状況に陥ってしまったのか。
「甘えがあったのか……」
イリアなら許してくれるだろうという。
会って、まだ間もない神子に対し、なんと愚劣なことだろう。
実利を求める者たちの信仰心の薄さを嘆いておきながら、その実、自分こそが何も理解していなかったのではないか。
握り絞めた拳の中で、爪が手の平に食い込む。
懺悔はイリアが目覚めるまで続き――。
許しを得て、気持ちを昇華させた。
「神子の婚約者」になったのならば。
これからは守るのではなく、心のまま愛そうと。
片や兄のヴィルフレードは、オラトリオの教義にも合う、中性的な容姿の持ち主だった。
兄が聖王を継ぐのは明白で、弟のエヴァルドが警吏総監を目指したのも、自然の成り行きといえた。
しかし成人の儀にて、それは呆気なく覆される。
エヴァルドのほうに「神子の守り人」の称号が現れたからだ。
同時に、ヴィルフレードには「聖王を見定める者」という称号が現れた。
周囲は騒然となったが、称号は神から与えられるものである。
兄弟の父親である聖王もそれを認め、早々にエヴァルドへ譲位することを決めた。
「神子の守り人」が現れるとき、神子も宿魂によって目覚めると伝承にはある。
神子が目覚めるときには、聖王は「神子の守り人」でなければならない。
状況が一変し、議会は荒れに荒れた。
依然として兄ヴィルフレードを聖王に推す、王兄派。
称号が何よりの証拠だとエヴァルドを推す、聖王派。
オラトリオにおいて、神子は平和の象徴であり、信仰の対象でもあったが、その宿魂については伝承があるのみで、半ば神話の存在と化していた。
神子については形骸化したものだという考えが生まれており、それが派閥を大きく分けたのだ。
ゆえに信仰心の篤い者ほど聖王派に組みし、実利を求める者ほど王兄派に組みするようになった。
王兄派から命を狙われるようになったエヴァルドは、ただただ悔しかった。
神から与えられた称号を持つ人物を亡き者にしようとするほど、王兄派の信仰心が薄れていることに。
もちろんそれは一部の過激的な者に限られたが。
「腐っている……」
報告書を握り絞め、天井を仰ぐ。
そこには枢機卿による汚職の疑いが記されていた。
枢機卿は、神官の最上位職であり、聖王と共に国を運営する立場にある。
優秀な神官から選出されるのが決まりだが、そのほとんどは世襲だった。
現在の枢機卿が、全員上流階級の出であることからも、組織としての硬直化が窺える。
「このような状況で、神子の宿魂など迎えられるものかっ」
宗教とは、信仰とは何だったのか。
全ての神をまつる地。
人々に安寧を教える地であるはずの場所でおこなわれている蛮行に、エヴァルドは眉根を寄せ、奥歯を噛みしめる。
「せめて神子が目覚める前に、この穢れを浄化せねば」
エヴァルドは、神子の宿魂を信じていた。
エヴァルドに限らず、王族はみな信じている。
何せ聖王だけは、神子の寝室へ入ることが許され、眠る神子を間近で眺められるのだから。
先代である父親が熱く語っていたのを思いだす。
どれだけ神子が神聖で、美しい存在か。
今はエヴァルド自身が、それを目の当たりにする立場だ。
全身真っ白な神子の寝姿を見たときの衝撃は忘れない。
暗闇の中にあっても、光り放つような神々しさを。
薄く色付く唇を。
血が通い、熱を持った姿を夢想しては、神への冒涜だと自分を戒めた。
いっそ目覚めることなく、自分だけが知る存在でいて欲しいなどと、考えてはならない。
覚悟を決め、荒療治に乗り出す。
短期間で成果を得るには、手段など選んではいられなかった。
反発は大きかった。
けれど、それすらも相手を見極める糧とした。
少しでも、神子にとって大神殿が穢れなき場所であるために。
しかし宿魂に、浄化は間に合わなかった。
それもまさか、目覚めに立ち会うことになろうとは。
驚きで思考が止まる中、祝辞だけでもよく言えたと思う。
混乱のあまり、執務と変わらない対応しかできなかったのは反省するところだ。
「不興を買っても仕方がないというのに……」
イリアは怒るどころか、謝ってすらきて。
「あの反応は反則だろう」
今思いだしても顔が緩みそうになる。
常人と変わらない、いやそれ以上の初心な反応に、つい調子にのってしまったのは否めない。
腕を腰に回しただけで頬を染める姿を浮かべ、心の中で身悶える。
「余の魔眼を見ても物怖じしないのは、やはり神子だからか」
赤目のクセに、とは王兄派からよく言われる陰口だ。
魔物を連想させる赤い瞳は、オラトリオでも忌避される。
けれどイリアがそれを指摘したことは一度もなかった。
普段の様子をファビオから聞けば、倫理観に感銘を受ける。
優しい内面を知り、だからこそ大神殿に潜む醜い部分は見せたくないと強く思う。
何としてでも見た目通りの清らかさを守りたかった。
同時に、あの純白な姿を汚したくなる欲求を飲み込む。
愛おしかった。
言葉を交わすたびに、心が囚われていく。
体に触れれば、それだけで胸が熱くなった。
しかし神子に対して欲情するなど、あってはならぬことだ。
わかっているのに、感情を抑えきれない。
金色の瞳に見つめられれば、理性を溶かされる自分がいる。
こんなことで「神子の守り人」が務まるのか。
イリアと会ったあとには、必ず罪悪感に苛まれた。
だというのに。
結局は自分を律することもできず、過ちを犯してしまった。
イリアを怒らせてしまった。
寝室に向かうのを止められなかった。
宿魂前のように眠る姿を見て、絶望した。
「余が未熟だったばかりに……」
大神殿の浄化も叶わず、イリアに対し聖人として接せられず。
愚かな徒人でしかなかった。
どうしてこんな取り返しのつかない状況に陥ってしまったのか。
「甘えがあったのか……」
イリアなら許してくれるだろうという。
会って、まだ間もない神子に対し、なんと愚劣なことだろう。
実利を求める者たちの信仰心の薄さを嘆いておきながら、その実、自分こそが何も理解していなかったのではないか。
握り絞めた拳の中で、爪が手の平に食い込む。
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許しを得て、気持ちを昇華させた。
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