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魔術学園の講師を始めました1
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『兄様っ!』
誰かが僕を追い掛けて来る。──必死に、その華奢な身体で追い掛けてくる。
もう、顔も覚えてないけど、名前だけは分かる。
『ソフィー! 元気に過ごすんだよ!』
僕の声だ。昔、聞き慣れた僕の声。
もう何年になるんだろう、彼女と別れてから。
段々と馬車の速度が早くなり、彼女の足では追い付けなくなっていく。
『……ごめんね、ソフィ。……できるなら、またいつか、どこかで』
そんな、どこか後悔の混じった言葉と共に夢は終わりを迎え──
☆★☆★☆
「──せ──い! 先生! 先生! そろそろ入学式ですよ、起きてください!」
「ん……くぅ……だれ……?」
聞き覚えのある声に問い掛ける。
「もう! 変なことを言ってないで入学式に参列してください! ノワール=エルトリンデ先生、入学式初日からサボってたら学園長から怒られますよ!」
「アリシア先生、家名を言うのはやめてくださいと何度言えば分かってもらえるんですか? この王立魔術学園では、貴賎なんて物は重要じゃありませんよ?」
目を開けると、この学園の講師服にそのスレンダーな身を包んだ栗色の髪と目をした女性、アリシアだ。
「確かに、この学園では貴族かそうでないかは重要ではありません。ですが、ノワール様はこの学園でもかなりの逸話を作っているのですから」
アリシア先生がぐいっと近付いてくる。
近い近い。先生、顔が近いってば。
「僕なんかそんな大層なもんじゃありませんよ。上には上がいるんですから」
……にしても、アリシア先生って自覚してないけど、そんじょそこらの貴族婦人よりも可愛くて美人さんだから困る。本当に23歳なのだろうk──
「ノワール先生、なにか、私の年齢について考えました?」
急に表情が消えるのはやめて欲しい。怖い。
「……参列に行きましょうか」
「はいっ!」
先程までの顔はなんだったのか。そこには満面の笑みで先導するアリシア先生の姿があった。
☆★☆★☆
「あー、あー、拡声魔術のテスト中、拡声魔術のテスト中。本日は晴天也、本日は晴天也。……こほん。えー、御来賓、御観覧の皆様、失礼いたします。本日は、本学──王立魔術学園の入学式へ参列していただきまして、まことにありがとうございます。本学生徒会を代表して厚く御礼申し上げます。遅ればせながら、自己紹介を申し上げます。本日の司会進行を務めさせて頂きます、生徒会副会長のイリーナと申します。本日はよろしくお願いいたします。既に新入生の皆様の準備は終わりましたが、祝辞を行います一昨年度卒業生首席がまだこちらにお越しになっていない為、お忙しい中、大変申し訳ございませんが、もう暫くお待ちください。現在、本学魔術講師が総出を払って捜索しております」
そう言って、桃色の髪が特徴のイリーナは頭を下げて下がって行った。
因みに、一昨年度卒業生って、僕のことなんだけど……もしかして、みんな僕待ち?
「ほら、先生、早く行ってくださいっ!」
「分かってますよ。ああ、そうだ、アリシア先生。生徒イリーナに謝っておいてください」
「ご自分でなされた方がよろしいのでは?」
「それもそうですね。ありがとうございます、先生。では、これで」
そう言って彼女と分かれた。
舞台裏に来ると、眉間に皺を寄せたイリーナに睨まれた。……そこまでしなくてもいいじゃん。可愛い顔が台無しだよ?
「生徒イリーナ、すみません。ちょっと職員室で寝てました」
「ふざけないでください。凍らせますよ?」
「凍らせられるのは勘弁かな。ほら、だって僕、寒いの苦手だし」
「なら今すぐ凍らせましょう」
そう言ってB級魔術【氷花】の起動式を展開させようとする彼女。
うーん、精密だけど、ちょっと詰めが甘いかな。
「──んな!? 私の十八番の制御を乗っ取りましたね!?」
魔術の制御系に干渉して無理矢理分解したらキレられた。理不尽だ。
「そんなことより、式を始めなくていいんですか? 生徒イリーナ」
「そ、そんなことって……分かりました。取り敢えず、式を始めますね」
そう言って彼女はどこか不服そうにして舞台横に移動した。
☆★☆★☆
「皆様、大変お待たせいたしました。只今より、王立魔術学園の入学式を執り行わせていただきます。まず初めに、新入生の入場です」
その言葉を合図に、講師の一人が会場の仕掛けを操作し、入口にスポットライトを当てる。
そして、新入生達は堂々とした様子で入場。
その先頭には、白色の花を刺繍した黒のローブに身を包んだプラチナブロンド色の髪の少女が。
周りの生徒に比べて随分と背が小さい。
あの子が今年の首席だ。
面倒くさかったから名前を見てないけど、あの雰囲気、何処かで見たことがあるような……?
「皆様、改めて自己紹介を申し上げます。本日の司会進行を務めます、生徒会副会長のイリーナと申します。後程、会長より祝辞を賜りますが、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんが本学で優秀な成績を納めますことを心より応援申し上げます。続きまして、一昨年度卒業生首席より、祝辞を賜ります」
おっと、僕の番か。
そのまま、舞台袖から壇上に上がり、拡声魔術を起動する。
「えー、新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。一昨年度卒業生のノワールです。本当は、ノワール=エルトリンデと言うんですけれど、この学園では、貴賎なんて古臭い物は関係ありません。なので、ここではノワールと名乗っています。その点については、魔術学校の方を卒業された皆さんならよくわかっていると思います。それ以外の皆さんは気を付けるようにしてください。さて、首席で卒業した私ですが、実の所、C級とB級の魔術しか使えません」
ざわざわと会場がざわつく。
「では、何故私が首席卒業なのか。それは実技ではなく、学科で優秀な成績を収めていたからです。というのも、本学は姉妹校である王立魔術学校を卒業している前提で話が進んでいきます。つまりは、魔術の基礎──位階で表すと、B級魔術まではある程度出来ているという前提です。確かに、A級やS級魔術を使うことも重要です。しかし、この学園では、授業で習ったことをどれだけ自分の魔術に応用出来るかというのが目的になっています。……そうですね、生徒イリーナ」
「──!? は、はい!」
僕に突然呼ばれたイリーナがビクッと肩を震わせ、返事をする。
「登壇を許可します。こちらに来てください」
「はい!」
元気よく返事をして上がってくる。こういう所は素直で可愛い、いい子なんだけどな。
「生徒イリーナ、この前教えた氷結系魔術と炎熱系魔術の複合、使えますか?」
「はい、できます」
「御来賓、御観覧の皆様、只今より本学生徒会副会長、イリーナによる魔術実演を行います。安全には、十分に配慮して行いますので、安心してください。新入生の皆さん、ご自分で防郭術式や対抗魔術の起動ぐらいは出来ますね? 万が一、苦手だったり起動出来ない人は心の中でそう思ってください。本学のマスコ──こほん。アイドルの生徒会長が助けに来てくれますから。あ、使えないことを恥じる必要はないですよ? 人には得手不得手というものがありますから」
拡声魔術をずっと起動していたので聞こえていただろうけど、念の為注意を促す。
「では、生徒イリーナ、やってください。わかりやすいように、呪文付きで」
「はい」
そう言って呪文を唱える。
「《氷火よ》」
その瞬間、舞台上に炎が立ち上り、次の瞬間には巨大な氷柱で氷漬けにされていた。
炎の氷漬け? なんて言ったらいいんだろう。
「まぁ、魔術の根本的な部分を理解し、応用出来ればこんなことも出来るのです。皆さん、今まで、〝氷は炎に弱い〟と思っていませんでしたか? 魔術にそんな物理論なんか通用しません。通用するのは努力です。……と、そろそろ時間が……そうですね」
生徒イリーナの複合魔術の魔術式に強制介入して無理矢理解呪する。分かりやすいようにフィンガースナップ付きで。
「まぁ、勉強すれば、このぐらいは出来ます。さて、保護者様方。御子息、御息女の御入学、誠におめでとう御座います。お子様の安全は我々魔術講師が行いますので、御心配なきようお願い申し上げます。以上で私からの祝辞らしからぬ祝辞とさせていただきます」
そう言って降壇する。
……さっきから、首席の子に物凄く見られてる。僕、なにかしたかな? ちょっ、痛いっ、イリーナ、痛いですって!
……なんで僕が蹴られないといけないのさ。
まぁ、こうして式は滞りなく終わった。らしい。
僕は途中退席して寝に行ったからね。その後、イリーナに凍らされかけたけど。
誰かが僕を追い掛けて来る。──必死に、その華奢な身体で追い掛けてくる。
もう、顔も覚えてないけど、名前だけは分かる。
『ソフィー! 元気に過ごすんだよ!』
僕の声だ。昔、聞き慣れた僕の声。
もう何年になるんだろう、彼女と別れてから。
段々と馬車の速度が早くなり、彼女の足では追い付けなくなっていく。
『……ごめんね、ソフィ。……できるなら、またいつか、どこかで』
そんな、どこか後悔の混じった言葉と共に夢は終わりを迎え──
☆★☆★☆
「──せ──い! 先生! 先生! そろそろ入学式ですよ、起きてください!」
「ん……くぅ……だれ……?」
聞き覚えのある声に問い掛ける。
「もう! 変なことを言ってないで入学式に参列してください! ノワール=エルトリンデ先生、入学式初日からサボってたら学園長から怒られますよ!」
「アリシア先生、家名を言うのはやめてくださいと何度言えば分かってもらえるんですか? この王立魔術学園では、貴賎なんて物は重要じゃありませんよ?」
目を開けると、この学園の講師服にそのスレンダーな身を包んだ栗色の髪と目をした女性、アリシアだ。
「確かに、この学園では貴族かそうでないかは重要ではありません。ですが、ノワール様はこの学園でもかなりの逸話を作っているのですから」
アリシア先生がぐいっと近付いてくる。
近い近い。先生、顔が近いってば。
「僕なんかそんな大層なもんじゃありませんよ。上には上がいるんですから」
……にしても、アリシア先生って自覚してないけど、そんじょそこらの貴族婦人よりも可愛くて美人さんだから困る。本当に23歳なのだろうk──
「ノワール先生、なにか、私の年齢について考えました?」
急に表情が消えるのはやめて欲しい。怖い。
「……参列に行きましょうか」
「はいっ!」
先程までの顔はなんだったのか。そこには満面の笑みで先導するアリシア先生の姿があった。
☆★☆★☆
「あー、あー、拡声魔術のテスト中、拡声魔術のテスト中。本日は晴天也、本日は晴天也。……こほん。えー、御来賓、御観覧の皆様、失礼いたします。本日は、本学──王立魔術学園の入学式へ参列していただきまして、まことにありがとうございます。本学生徒会を代表して厚く御礼申し上げます。遅ればせながら、自己紹介を申し上げます。本日の司会進行を務めさせて頂きます、生徒会副会長のイリーナと申します。本日はよろしくお願いいたします。既に新入生の皆様の準備は終わりましたが、祝辞を行います一昨年度卒業生首席がまだこちらにお越しになっていない為、お忙しい中、大変申し訳ございませんが、もう暫くお待ちください。現在、本学魔術講師が総出を払って捜索しております」
そう言って、桃色の髪が特徴のイリーナは頭を下げて下がって行った。
因みに、一昨年度卒業生って、僕のことなんだけど……もしかして、みんな僕待ち?
「ほら、先生、早く行ってくださいっ!」
「分かってますよ。ああ、そうだ、アリシア先生。生徒イリーナに謝っておいてください」
「ご自分でなされた方がよろしいのでは?」
「それもそうですね。ありがとうございます、先生。では、これで」
そう言って彼女と分かれた。
舞台裏に来ると、眉間に皺を寄せたイリーナに睨まれた。……そこまでしなくてもいいじゃん。可愛い顔が台無しだよ?
「生徒イリーナ、すみません。ちょっと職員室で寝てました」
「ふざけないでください。凍らせますよ?」
「凍らせられるのは勘弁かな。ほら、だって僕、寒いの苦手だし」
「なら今すぐ凍らせましょう」
そう言ってB級魔術【氷花】の起動式を展開させようとする彼女。
うーん、精密だけど、ちょっと詰めが甘いかな。
「──んな!? 私の十八番の制御を乗っ取りましたね!?」
魔術の制御系に干渉して無理矢理分解したらキレられた。理不尽だ。
「そんなことより、式を始めなくていいんですか? 生徒イリーナ」
「そ、そんなことって……分かりました。取り敢えず、式を始めますね」
そう言って彼女はどこか不服そうにして舞台横に移動した。
☆★☆★☆
「皆様、大変お待たせいたしました。只今より、王立魔術学園の入学式を執り行わせていただきます。まず初めに、新入生の入場です」
その言葉を合図に、講師の一人が会場の仕掛けを操作し、入口にスポットライトを当てる。
そして、新入生達は堂々とした様子で入場。
その先頭には、白色の花を刺繍した黒のローブに身を包んだプラチナブロンド色の髪の少女が。
周りの生徒に比べて随分と背が小さい。
あの子が今年の首席だ。
面倒くさかったから名前を見てないけど、あの雰囲気、何処かで見たことがあるような……?
「皆様、改めて自己紹介を申し上げます。本日の司会進行を務めます、生徒会副会長のイリーナと申します。後程、会長より祝辞を賜りますが、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんが本学で優秀な成績を納めますことを心より応援申し上げます。続きまして、一昨年度卒業生首席より、祝辞を賜ります」
おっと、僕の番か。
そのまま、舞台袖から壇上に上がり、拡声魔術を起動する。
「えー、新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。一昨年度卒業生のノワールです。本当は、ノワール=エルトリンデと言うんですけれど、この学園では、貴賎なんて古臭い物は関係ありません。なので、ここではノワールと名乗っています。その点については、魔術学校の方を卒業された皆さんならよくわかっていると思います。それ以外の皆さんは気を付けるようにしてください。さて、首席で卒業した私ですが、実の所、C級とB級の魔術しか使えません」
ざわざわと会場がざわつく。
「では、何故私が首席卒業なのか。それは実技ではなく、学科で優秀な成績を収めていたからです。というのも、本学は姉妹校である王立魔術学校を卒業している前提で話が進んでいきます。つまりは、魔術の基礎──位階で表すと、B級魔術まではある程度出来ているという前提です。確かに、A級やS級魔術を使うことも重要です。しかし、この学園では、授業で習ったことをどれだけ自分の魔術に応用出来るかというのが目的になっています。……そうですね、生徒イリーナ」
「──!? は、はい!」
僕に突然呼ばれたイリーナがビクッと肩を震わせ、返事をする。
「登壇を許可します。こちらに来てください」
「はい!」
元気よく返事をして上がってくる。こういう所は素直で可愛い、いい子なんだけどな。
「生徒イリーナ、この前教えた氷結系魔術と炎熱系魔術の複合、使えますか?」
「はい、できます」
「御来賓、御観覧の皆様、只今より本学生徒会副会長、イリーナによる魔術実演を行います。安全には、十分に配慮して行いますので、安心してください。新入生の皆さん、ご自分で防郭術式や対抗魔術の起動ぐらいは出来ますね? 万が一、苦手だったり起動出来ない人は心の中でそう思ってください。本学のマスコ──こほん。アイドルの生徒会長が助けに来てくれますから。あ、使えないことを恥じる必要はないですよ? 人には得手不得手というものがありますから」
拡声魔術をずっと起動していたので聞こえていただろうけど、念の為注意を促す。
「では、生徒イリーナ、やってください。わかりやすいように、呪文付きで」
「はい」
そう言って呪文を唱える。
「《氷火よ》」
その瞬間、舞台上に炎が立ち上り、次の瞬間には巨大な氷柱で氷漬けにされていた。
炎の氷漬け? なんて言ったらいいんだろう。
「まぁ、魔術の根本的な部分を理解し、応用出来ればこんなことも出来るのです。皆さん、今まで、〝氷は炎に弱い〟と思っていませんでしたか? 魔術にそんな物理論なんか通用しません。通用するのは努力です。……と、そろそろ時間が……そうですね」
生徒イリーナの複合魔術の魔術式に強制介入して無理矢理解呪する。分かりやすいようにフィンガースナップ付きで。
「まぁ、勉強すれば、このぐらいは出来ます。さて、保護者様方。御子息、御息女の御入学、誠におめでとう御座います。お子様の安全は我々魔術講師が行いますので、御心配なきようお願い申し上げます。以上で私からの祝辞らしからぬ祝辞とさせていただきます」
そう言って降壇する。
……さっきから、首席の子に物凄く見られてる。僕、なにかしたかな? ちょっ、痛いっ、イリーナ、痛いですって!
……なんで僕が蹴られないといけないのさ。
まぁ、こうして式は滞りなく終わった。らしい。
僕は途中退席して寝に行ったからね。その後、イリーナに凍らされかけたけど。
応援ありがとうございます!
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