題:戦闘機

月夜桜

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戦争の始まり

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 機内に警戒管制官からの呼び出しが掛かっていることを報せる電子音が鳴る。

「こちらストライク・ワン。どうした?」
『Abort RTB. Update the Mission. Target 2 o'clock 30 nm. 2 BOGGY Approaching on violation course. (帰投中止。作戦変更。目標、2時の方向30マイル。2機の彼我不明機が領空侵犯をする針路を執っている)』

 因みに、ここでのマイルとは国際海里、つまりはノーティカルマイル、1.852kmのことである。

「おいおい、こっちは記者を乗せてんだぞ? 万が一、戦闘になったらどうするんだ」
『現在即応可能な部隊は貴隊しかいない。通常の対領空侵犯措置を実施せよ』
「……拒否権は無しかよ……。了解、現在の作戦を変更し、対領空侵犯措置を実施する」

 彼は少しだけ顔をこちらに向けるとこう言った。

「すまねぇな。ちょっとお隣さんがちょっかい掛けてきやがったみたいだわ。危険に晒しちまうが、観念してくれ。上の連中は皆頭が固いからな」

 彼はそう言うなり機体を右に傾けてから左に傾け、一番後ろにいる機体が同じく翼を振るのを確認するまでそれを継続する。
 一番後ろの機体──4番機が翼を振って応答した事を確認すると、機体を右に30°傾けて、指示された方位に機首を向ける。
 それと同時に他の機体はこの機体に向けて集合をし始める。

「ツー、スリー、フォー、付いてこい。4機で手厚くもてなしてやろうぜ」
『『『了解』』』

 彼はそのまま管制に目標の位置を聞き始める。
 戦闘隊形に遷移した後は管制の指示に従い、目標の左前方をすれ違おうとした所で目標がこちらに機首を向け、下を潜り抜けるようにして飛行し、そのまま反転し始めた。

「くっそっ! あんにゃろうっ! 挑発しやがったッ!! ユーク! 後ろを取られるなッ!」

 ユークと呼ばれた機体はバレルロールやシャンデル。ハイ・ヨーヨーやロー・ヨーヨーを駆使し、逃げ切ろうとするが、機体性能の差で次第に追いつかれてドックファイトに縺れ込んだ。
 次の瞬間、一瞬、身体に大きな負荷が掛かったと思うと視界が、内臓が、全てが逆さまになった。

「コントロール、ストライク・ワン! ボギーをバンディットと断定! 指示を請う!」
『対領空侵犯措置を実施せよ』
「くそがッ! 国籍、中国2機。警告を開始する! Warning to People's Liberation Army Air Force Aircraft!! This is Japan Air Force!! Stop the Engagement Action Immediately!! You will violate Japanese Airspace!! Follow my Guidance Immediately!! 解放军机注意!! 解放军机注意!! 我们是日本航空自卫队! 现在你们飞行日本空域! 跟随我们的指导! 跟随我们的指导! (人民解放軍空軍の航空機へ警告する!! 我々は航空自衛隊である!! 直ちに交戦行為を停止し、我が方へ続け!! 貴機は我が国の領空を侵犯しようとしている!!)」

 意味は分からないが、恐らくは警告と思われる無線を発信する彼。
 しかし、敵はそれに従う様子はない。彼は少し思案する素振りを見せ、無線に向かってこう言った。

「Mission Abort!! Mission Abort!! RTB!! (作戦中止! 作戦中止! 帰投する!)」

 彼はそう言うと、チャフとフレア──ミサイルを撹乱するための発火したアルミ箔等──を撒き散らしながら他の僚機を逃がすために囮になる。
 ……私も乗っているのだが、まぁ、仕方の無いことであろう。
 一民間人と自分の部下。どちらを選ぶかと言えば、私なら自分の部下の命を優先させるであろう。何故なら、民間人は戦力にはならないから。
 民間人を生還させたとして、失うのは貴重な人材資源。それも、換えの効かない唯一無二の資源。そんなものを2つも失わせる訳にはいかないだろう。
 私がそんな思考を巡らせていると、事態が急転した。

『コントロールよりストライク・ワン。交戦を許可する。この命令は日本国総理大臣に於いて発令された【防衛出動】に基づくものである。先程、我が国は中華人民共和国による宣戦布告を受け、戦争状態に入った。何としてでも食い止めろ。敵方の生死は問わん。以上』
「敵は2機……俺たちは4機……いけるか……?」

 彼は冷静に戦力差を考えているようであった。

「ウィルコ。ストライク・ワン、マスターアームオン、シーカーオープン、エンゲージ。(了解。ストライク・ワン、火器管制装置作動、探知機作動、交戦する)」
『ツー、エンゲージ』
『スリー、エンゲージ』
『フォー、エンゲージ』

 その瞬間、今までは逃げの一手だった僚機の内、ユークと呼ばれた機体──ストライク・ツーが海に向かってダイブ。敵機から発射されたミサイルを避けてそのままアフターバーナーを焚き、力に物を言わせて無理矢理上昇し、反撃とばかりにミサイルを放つ。
 一方、私が乗った機体は逆さまになりながら電子音を響かせて急降下する。
 先程まで感じていたGとは比べ物にならない程のGが身体に掛かる。
 〝Gravity Acceleration〟と書かれた計器を見ると、その針は5.1を示していた。なんの訓練もしていない健康な一般人が対Gスーツを着て耐えられるとする5.0Gを少し超えている。確かに、少し私の視界が暗転し始めている。これが、ブラックアウトというやつか。
 そんなことを考えていると隊長の彼が「FOX2! FOX2! (赤外線ミサイル、発射!)」と言った。
 すると、ミサイルが2発、煙を吐きながら敵へと進み始める。

 一方、機体は、ミサイルを発射した直後に回避機動に移り、雲を引きながらレーダーにロックされないように逃げる。
 BEEEEP
 ロックされた。
 どうやら先程のミサイルは当たらなかったようだ。

「クッソ! 気絶しても許せよッ! それっ!」

 その瞬間、私の意識は途絶えた。
 急激なGに身体が耐えられなくなったのだろう。

 ☆★☆★☆

 次に意識が戻ったのは戦闘が終わる直前だった。

「ストライク・ワン、スプラッシュ・ワン」

 後方で爆発が起こる。
 どうやら撃墜したようだ。

「おい、お前。ようやく起きたか」
「……はい」
「体に異変は?」
「少しだるいですが、大丈夫です」
「了解、このまま帰投する。Control, STRIKE1. Picture clear. RTB. (コントロール、ストライク・ワン。レーダーに機影なし。帰投する)」
『STRIKE FLIGHT, also Radar clear. RTB. (ストライク隊、こちらもレーダーに機影なし。帰投せよ)』
『Two.』
『Three.』
『Four.』

 こうして基地に生還した私だが、撮影した写真は没収され、尚且つ、暫くは基地の中で過ごすように言われたのであった。
 これは、今から約10年程前の話である。
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