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竜人の養い子
初めての来客
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「テディ、何処か具合が悪いのかの?最近元気がないのう。」
そう心配げな顔でテーブルの向こうから僕を見つめるパーカスに、僕は首を振った。
「…だいじょぶ。ぼく…、ぼく…。ぱーかちゅ、ぼく、じゅーじんちあう。りゅーじんちあう。ぼく…。」
やっぱりパーカスに僕が人間だなんて言えない。人間て何かって聞かれてもどう説明したら良いんだろう。獣人の様に特別な運動能力は無いし、竜人の様に魔法も使えない。只々脆弱な生き物だ。人間てそんなに使えない存在だっただろうか。
するとパーカスはにっこり微笑んで言った。
「何だ、テディは自分が何者かわからなくて不安になっているのか?今は小さいから特性が無いだけで、成長してくれば自ずと分かるものじゃ。…それにテディは私の大事な家族だからの。何も心配する事はなかろうよ。」
僕は人間と知られてしまう事への不安な気持ちと、パーカスの優しい言葉に胸が詰まって、知らず涙が出てきた。感情が直ぐに決壊してしまうこの幼い身体は、パーカスに抱き上げられて、パーカスの優しい鼻歌に慰められて、そしていつもの事だけど眠くなった。
目が覚めると、パーカスは庭にでも出ているのか部屋は静まり返っていた。僕は目を擦りながら、無様な姿を見せてしまったと恥ずかしい気持ちでパーカスを探して歩いた。やっぱり家の中には居ない。
パーカスの家は部屋数は少ないものの広々としていて、玄関までさえ僕の身体では距離を感じる。僕がようやく玄関に辿り着くと、パーカスが誰かと話しをしている気配がした。
パーカスの家に来客があるのは初めての経験だ。しかも何だかパーカスの声音がいつもと全然違って突き放す様な冷たい感じだった。
僕は邪魔をしない様に、でも誰が来ているのか知りたくて、玄関の隣の部屋の窓からこっそり外を伺い見た。実際は窓際に大きな壺があって、その隙間から覗いたので向こうからは見えないはずだ。
パーカスの前に立っていたのは、黒くて長いマントを羽織った騎士の様な姿の人物だった。後ろ姿しか見えなかったけれど、真っ青な髪と銀色の角が目に飛び込んで来た。
パーカスと同じ背格好で似た銀の角があるので、多分竜人のお仲間だ。僕がもっと見ようと身を乗り出すと、その奥に居た赤い髪のもう一人の騎士が、ふいとこちらを見つめたのに気がついた。
竜人の瞳は不思議だ。パーカスの瞳もその時々で色が変化するけれど、目が合った騎士の瞳もまた赤やオレンジに変化した。僕が思わずその瞳から目を逸らせずにいると、その赤髪の騎士が僕を見て何か言った。
僕は慌てて部屋を飛び出すと、ベッドルームへと走った。何となく彼らに見つかってはいけない気がした。何者でも無い、この世界では異端な僕を保護しているパーカスの迷惑になってしまったらどうしようかと、そればかり気になって僕の心臓はドキドキと煩くなった。
僕はベッドルームを見回すと、部屋の隅に置いてあるシーツなどの入った籠の中へと潜り込んだ。こんな時にはこの小さな身体は便利だ。僕がじっと息を潜めていると、パーカスの声が聞こえてきた。家の中に入ってきたみたいだ。
「急にこんな風に来られても困るのじゃ。私にも都合というものがあるでの。半年後の娘の結婚記念の晩餐会には行く予定じゃから、その時に王とは話をしようぞ。それで良いじゃろう?」
半年後にパーカスは何処かに行くみたいだ。王様?パーカスは王様と話をする様な竜人なのかな。僕の頭の中は目まぐるしく回った。
すると聞いたことの無い、冷た気な低い声が響いた。
「パーカス殿、ここに来る前、貴殿が幼な子と暮らしていると街で聞きました。一体どこの誰と暮らしているのですか?拾い子だとしたら、街で適切な者に養ってもらった方が宜しいのでは?パーカス殿はまだこの国で必要なお方なのですから、子育てなどしている場合ではありますまい。」
やっぱり僕はこの世界では、いやパーカスにとってはお邪魔虫みたいだ。仕立て屋さんの言った事は、間違っていたわけでは無いんだ。
「勝手な事を言いおって。私はもう引退した身。どう生きようがお前たちにつべこべ言われる筋合いは無い。それは王にもじゃ。幼な子は私の元で育てるつもりじゃ。万にひとつあの子が魔物だとしても、他の者に渡すつもりはないからの。」
パーカスの聞いたことの無い厳しい声が響いて、僕のドキドキはますます激しくなった。すると少し柔らかな声が響いた。
「さっき、私は窓からこちらを覗き見ていた幼な子を見ましたよ。緑色の綺麗な瞳をしていましたね。私はバルトの様に一元的な見方はしません。確かにパーカス殿が引退するには早いとは思いますが。時々は助言など頂くだけでも助かるというもの。どうでしょう、たまに王都で騎士たちに教育をして頂くというのは。」
パーカスは少し声を和らげて、気が向けば用向き次第では考えても良いと答えていた。多分僕と目が合った方の赤い髪の騎士の声なんだろう。その声の持ち主は続けてこう言った。
「パーカス殿、ぜひ貴方の幼な子を我らに紹介して下さい。パーカス殿が溺愛する子がどんな子か知りたいじゃないですか。王への良い土産話になりますし、養い子のために王都へ向かえないと言う良い言い訳になりますよ?」
僕はあの騎士は随分口が上手いと思った。そして同時に、今僕がこの籠の中から登場したら随分間抜けに見えるだろうと、はたと気づいてしまった。ああ、何で僕はこんな籠の中に隠れてしまったんだろう!
そう心配げな顔でテーブルの向こうから僕を見つめるパーカスに、僕は首を振った。
「…だいじょぶ。ぼく…、ぼく…。ぱーかちゅ、ぼく、じゅーじんちあう。りゅーじんちあう。ぼく…。」
やっぱりパーカスに僕が人間だなんて言えない。人間て何かって聞かれてもどう説明したら良いんだろう。獣人の様に特別な運動能力は無いし、竜人の様に魔法も使えない。只々脆弱な生き物だ。人間てそんなに使えない存在だっただろうか。
するとパーカスはにっこり微笑んで言った。
「何だ、テディは自分が何者かわからなくて不安になっているのか?今は小さいから特性が無いだけで、成長してくれば自ずと分かるものじゃ。…それにテディは私の大事な家族だからの。何も心配する事はなかろうよ。」
僕は人間と知られてしまう事への不安な気持ちと、パーカスの優しい言葉に胸が詰まって、知らず涙が出てきた。感情が直ぐに決壊してしまうこの幼い身体は、パーカスに抱き上げられて、パーカスの優しい鼻歌に慰められて、そしていつもの事だけど眠くなった。
目が覚めると、パーカスは庭にでも出ているのか部屋は静まり返っていた。僕は目を擦りながら、無様な姿を見せてしまったと恥ずかしい気持ちでパーカスを探して歩いた。やっぱり家の中には居ない。
パーカスの家は部屋数は少ないものの広々としていて、玄関までさえ僕の身体では距離を感じる。僕がようやく玄関に辿り着くと、パーカスが誰かと話しをしている気配がした。
パーカスの家に来客があるのは初めての経験だ。しかも何だかパーカスの声音がいつもと全然違って突き放す様な冷たい感じだった。
僕は邪魔をしない様に、でも誰が来ているのか知りたくて、玄関の隣の部屋の窓からこっそり外を伺い見た。実際は窓際に大きな壺があって、その隙間から覗いたので向こうからは見えないはずだ。
パーカスの前に立っていたのは、黒くて長いマントを羽織った騎士の様な姿の人物だった。後ろ姿しか見えなかったけれど、真っ青な髪と銀色の角が目に飛び込んで来た。
パーカスと同じ背格好で似た銀の角があるので、多分竜人のお仲間だ。僕がもっと見ようと身を乗り出すと、その奥に居た赤い髪のもう一人の騎士が、ふいとこちらを見つめたのに気がついた。
竜人の瞳は不思議だ。パーカスの瞳もその時々で色が変化するけれど、目が合った騎士の瞳もまた赤やオレンジに変化した。僕が思わずその瞳から目を逸らせずにいると、その赤髪の騎士が僕を見て何か言った。
僕は慌てて部屋を飛び出すと、ベッドルームへと走った。何となく彼らに見つかってはいけない気がした。何者でも無い、この世界では異端な僕を保護しているパーカスの迷惑になってしまったらどうしようかと、そればかり気になって僕の心臓はドキドキと煩くなった。
僕はベッドルームを見回すと、部屋の隅に置いてあるシーツなどの入った籠の中へと潜り込んだ。こんな時にはこの小さな身体は便利だ。僕がじっと息を潜めていると、パーカスの声が聞こえてきた。家の中に入ってきたみたいだ。
「急にこんな風に来られても困るのじゃ。私にも都合というものがあるでの。半年後の娘の結婚記念の晩餐会には行く予定じゃから、その時に王とは話をしようぞ。それで良いじゃろう?」
半年後にパーカスは何処かに行くみたいだ。王様?パーカスは王様と話をする様な竜人なのかな。僕の頭の中は目まぐるしく回った。
すると聞いたことの無い、冷た気な低い声が響いた。
「パーカス殿、ここに来る前、貴殿が幼な子と暮らしていると街で聞きました。一体どこの誰と暮らしているのですか?拾い子だとしたら、街で適切な者に養ってもらった方が宜しいのでは?パーカス殿はまだこの国で必要なお方なのですから、子育てなどしている場合ではありますまい。」
やっぱり僕はこの世界では、いやパーカスにとってはお邪魔虫みたいだ。仕立て屋さんの言った事は、間違っていたわけでは無いんだ。
「勝手な事を言いおって。私はもう引退した身。どう生きようがお前たちにつべこべ言われる筋合いは無い。それは王にもじゃ。幼な子は私の元で育てるつもりじゃ。万にひとつあの子が魔物だとしても、他の者に渡すつもりはないからの。」
パーカスの聞いたことの無い厳しい声が響いて、僕のドキドキはますます激しくなった。すると少し柔らかな声が響いた。
「さっき、私は窓からこちらを覗き見ていた幼な子を見ましたよ。緑色の綺麗な瞳をしていましたね。私はバルトの様に一元的な見方はしません。確かにパーカス殿が引退するには早いとは思いますが。時々は助言など頂くだけでも助かるというもの。どうでしょう、たまに王都で騎士たちに教育をして頂くというのは。」
パーカスは少し声を和らげて、気が向けば用向き次第では考えても良いと答えていた。多分僕と目が合った方の赤い髪の騎士の声なんだろう。その声の持ち主は続けてこう言った。
「パーカス殿、ぜひ貴方の幼な子を我らに紹介して下さい。パーカス殿が溺愛する子がどんな子か知りたいじゃないですか。王への良い土産話になりますし、養い子のために王都へ向かえないと言う良い言い訳になりますよ?」
僕はあの騎士は随分口が上手いと思った。そして同時に、今僕がこの籠の中から登場したら随分間抜けに見えるだろうと、はたと気づいてしまった。ああ、何で僕はこんな籠の中に隠れてしまったんだろう!
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