竜の国の人間様

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
30 / 217
王都への旅路

虎獣人ロバートside目を離せない幼な子

しおりを挟む
 遠見の守りから速鳥が寄越されたのは、ブレート様が執務の最中だった。この街に向かって黒竜が飛んできていると聞いた途端、ブレート様は慌てた様に仕事を放り出して、街の端にある広場へ向かうべく俺たちをせき立てた。

 ダダ鳥に乗って屋敷から数頭で広場に乗り付けると、そこには既に街の獣人達が集まって空を見上げている。ブレート様の飛翔は見た事があったけれど、その黒竜の飛翔は何と言うか印象的だった。


 明らかに大きく無駄のない動きで広場に降り立った黒竜は、足に掴んだ荷物をドサリと置くと、手を地面につけて広げた。そこからのそのそと何か小さなモノが這い出てきた。子供だろうか?それにしては小さい。俺がそれに気を取られていると、いつの間にか黒竜は、白髪に黒の混じった長い髪の老竜人に姿を変えていた。

 俺は辺境の地にいると言う、世捨て老竜人を思い出した。噂では武人で有名だったと言うその老竜人と、目の前の人物は同じだろう。

 
 ブレート様が少し緊張を滲ませて老竜人と小さな子供?の側に近づいて行くのを、俺たちは慌てて追いかけた。側に寄ると、少しも侮れない人物だと言うことが老竜人の眼差しで直ぐに感じられたし、小さな子供は見たことがない可愛らしさだった。

 柔らかな真っ黒な髪がふんわりと繊細な顔を包んでいて、ぱっちりとした明るい緑色の瞳は好奇心で煌めいていた。特筆すべきはその幼さだろう。こんなに儚げな小さな人型の者は見たことがない。

 竜人は獣人より時間を掛けて人型になるが、だからと言ってこんなに小さくはないはずだ。抱きしめて頬ずりしたいその可愛らしさは、俺をすっかり虜にした。ブレート様と老竜人のパーカス様が挨拶を交わしている時も、気もそぞろでその幼な子ばかり見ていた。


 だから幼な子とは言え、荷物を受け取る際に尻尾を寄せるような無作法な事をしてしまったのは本当に無意識だった。その子が俺の尻尾の先をぎゅっと握って、まじまじと手の中の尻尾を見つめているのに気づいた時、俺はこの可愛いらしい子をやっぱり抱きしめて頬ずりしたくなってしまった。

 獣人にとって尻尾というのは夫婦や恋人、自分の子供以外に触れさせると、小さな子供と言えどもゾワゾワする様な嫌悪感が湧いて出てくるものだ。けれど、この時の気持ちは何て言うか、もっと触って弄り倒して欲しいと言うか、グルーミングして欲しいそんな感覚に近かった。


 ブレート様の大事な客に、しかも幼な子にそんな感覚を覚えてしまった俺は動揺した。一方で頭の中で『番は出会ったら分かるらしいぞ』と言う友人達の戯言が不意に浮かび上がってきて、俺は思わずこの場所から逃げ出してしまった。

 荷物を運びながら動揺した俺の後をつけてくる下働き達が、ヒソヒソと話しているのを聞くともなしに聞いていた。

「黒竜様はどうもブレート様の大事な客みたいだな。それより見たか?めちゃくちゃちっこくて可愛いあの子を。あんな可愛い子は見たことねぇよなあ。きっと大きくなったら凄い美人になるぜ?」

 俺はそんな風にあの子が獣人の噂のネタにされる事が我慢ならなかったけれど、そう言ったところで下働きが戸惑うのも分かっていた。どうも俺は過剰反応している。


 彼らの荷物を馬車に乗せさせると、ブレート様がこちらへ戻って来た。俺の顔を見るとニヤリとしたが、それ以上何も言わなかった。それはそれで居た堪れない。それから思い出した様に俺に言った。

「ロバート、あの養い子は可愛すぎる。そう思わないか?この街は平和だが、時には他所から変な輩も紛れ込む。まして昨日からの双頭魔魚の件で今日は領民以外の者も多いだろう。

 あの養い子が心配だ。パーカス殿は元騎士団中枢でお強いが、慣れない場所で目を離してしまわないとも限らない。お前護衛についてくれないか?…その方がお前も安心だろう?」


 ブレート様が俺を揶揄っているのか、それとも俺の動揺を感じているのか分からなかったけれど、俺は頷くとその場から急いであの二人を追いかけた。俺の後ろ姿を見つめながらブレート様が何か呟いた声は俺には聞こえなかったけれど、聞き返す時間も惜しい気がして俺は足を早めた。

 結局道行く獣人達に尋ねて、昼食に入った食事処に辿り着いた。俺は息を整えながらホッとして耳をすませた。店の中からあの子のメニューをたどたどしく読む可愛い声が聞こえて来て、俺は胸が温かくなった。


 あんなに小さな子なのにメニューが読めるのか?そうだとすれば何て賢いのだろう。それにあの子は一体何の種族なんだろう。あからさまな耳も尻尾も見えなかった。竜人?いや、竜人の子が人型になる時期は、獣人と同じ様な5~6歳の見かけになると聞いたことがある。

 道行く獣人達を眺めながら、俺はあの子の事ばかり考えていた。ふと軽い足音がトトトと店の入り口に聞こえて来て、俺は扉が押されるのを感じて、手を貸して開けるのを手伝った。あの子が俺を見上げていた。しかも俺のことを覚えていてくれたらしい。

 俺が思わずかがみ込んで話をしていると、不意にあの子が後ろから来たパーカス様に抱き上げられていた。睨む様な不機嫌なパーカス様に慌てて護衛の件を伝えると、断られるかと思ったが、あの子が自分は弱いから護衛してもらうと助け舟を出してくれたんだ。…可愛い。


 それからあの湖での出来事は、俺のこれからの獣生の中でも二度と起きることはないだろう。あの子とパーカス様が眉を顰めて何事かを話している時には、恐ろしい事が起き始めていたんだ。

 あの子は誰よりも幼い人型だけれど、明らかにパーカス様と対等だった。パーカス様はあの子の言葉を信じて、そして対処した。あの子は唇を引き締めながら、まるで大人びた眼差しで俺の手をぎゅっと握って、恐怖と不安に抗っていた。俺はこの儚げに見えて、その実強いこの子を絶対に守りたいと思った。


 パーカス様が見事恐ろしい魔物を倒した時、この子は俺の尻尾を手の中で一生懸命にぎにぎしていた。それはまるでそうする事で自分の不安を必死で耐えている様にしか見えなくて、俺が好きだから尻尾を触ってしまうのとは違うのだと何となく分かってしまった。

 幼くても自分の番は分かると酒の席で言われがちな伝説は、やはり伝説に過ぎないのかもしれない。俺は息を吐き出して妙にガッカリした気持ちのままテディを抱き上げると、パーカス様の元へと急いだ。

 結局この子が俺を番だと認識してなかったとしても、俺はやっぱりこの子が可愛いし、こうして抱き上げて運んでいると、その甘い匂いに庇護欲は恐ろしい勢いで膨れ上がるのは自覚できた。


 ボロボロになったパーカス様を見て、溢れ出る涙を必死で手のひらで拭いながら、怪我の事ばかり心配するこの子とパーカス様の絆を感じて、もしこの子が大人になった暁に俺の存在を見て欲しかったら、まずはパーカス様に認められなければ駄目なのだとよく分かった気がした。

 可愛いテディ、大人になった君に相応しい俺になろう。縁あれば君と俺はまた近づくだろう。その時まで君の事を忘れないよ、君が俺を忘れてもね。





しおりを挟む
感想 119

あなたにおすすめの小説

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

処理中です...