竜の国の人間様

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

文字の大きさ
78 / 217
ちっちゃな身体じゃ物足りない?

バルトside心配の元

しおりを挟む
 「バルト、騎士団長と随行が決まったぞ。時間がないから直ぐに準備しろ。…行き先は辺境の町だ。」

 そう、赤龍のブランに意味深に言われて私は目を見開いた。テディの住んでいる町だ。最後にテディに会ったのは吸虫球にテディが噛まれて倒れたあの時以来だ。

 私はテディに会えるかもしれない嬉しさの一方で、騎士団長がわざわざあの場所へと赴く意味を考えて、思わず顔を顰めてブランに尋ねた。

「一体どうして騎士団長があの場所に…!?」


 すると、ブランは眉を顰めて声を落とした。

「それがまだハッキリした事は分かっていないんだ。どうもあの辺境の町の近くで死の沼が発生したらしくてな、しかもパーカス殿がそこに囚われたらしいのだ。ちょ、ちょっと待て!話は最後まで聞くんだ!」

 私は今すぐに飛び立って、テディの無事を確信したかった。パーカス殿が死の沼に囚われてしまったとなれば、テディも無事かどうかは分からない。

 私の苛立つ様子を見ていたブランが、肩に手を置いて諭す様に言った。


 「良いか、王都からあの場所へは急いでも二日は掛かる。どうしようもない事はあるんだ。団長のことだから、休憩は最低限で飛ぶだろうし。うかうかしてると置いてかれるぞ?本当にあの御仁は疲れ知らずだからな…。」

 そう言って顔を顰めるブランを見ていて冷静さを取り戻した私は、それでも拳を握ってしわがれた声を出した。

「…しかし死の沼とは。私が知る限りでは確認されたのはかなり昔だと…。教科書の中の話だと思っていた。」

 ブランは顔を顰めて呟いた。

「確かにな。そもそも死の沼に関しては分からないことだらけだ。パーカス殿の無事を祈ろう。」


 
  それからノンストップと言える程の強行軍で、我々と騎士団長は空を駆けた。中継地点の宿泊先で、辺境の町の領主と特殊な魔法道具でやり取りしてた団長が、険しい顔を緩めて我々に呟いた。

「良かった…!犠牲者は居ない様だ。パーカス殿が死の沼に取り込まれたのは確かな様だったが、うまく逃れられたようだ。…しかしあんな辺境の地に連絡の取れる魔法道具がある事自体驚きだな。あそこの領主の事は知っているか?」

 そう団長に尋ねられて、私は賑やかな熊獣人を思い浮かべた。初めて会ったのは食事処だったが、まさかあの男が辺境の町の領主だとは思いもしなかった。

 けれども、王都で話題になった魔素の多いミルも、王都までの東のエリアのダダ鳥の流通元もあの辺境の町のマークが刻印されているのを見れば、なかなか抜け目のない男の様だ。


 「気の良いまだ若い男ですが、商売に長けている様です。」

 私がそう言うと、騎士団長は頷いて肩を回した。

「会うのが楽しみだ。取り敢えず慌てて行くことは無くなったが、色々話を聞いたり、現地で調査もしなくてはならない。ここまで来たんだ、ついでに砦の視察もしよう。

 そう言えば、今回の件には砦の騎士も関わっている様だ。詳しくは時間が無くて聞けなかったが。明日も飛ぶからな、しっかり休め。」

 そう、言いたいことだけ言うと、団長は夕食のテーブルを立って部屋に戻って行ってしまった。


 ブランは宿の主人に二人分のお代わりの酒を頼むと、目の前の魔鳥の焼き物をつついた。

「良かったじゃないか、犠牲者が誰も居なくて。パーカス殿も無事、あの子はそもそも死の沼とは関係がなかったのかもしれないな。」

 主人が持ってきたお代わりの酒を喉に流し込むと、私はぎゅっと目を瞑って大きく息をついた。

「ああ、無事で良かった。だが、パーカス殿が死の沼に囚われたのは事実の様だ。テディがどんな気持ちになったのかを考えると、胸が痛むよ。」


 するとブランが急に咳払いをして、何気ない風で尋ねてきた。

「あー、前から聞きたかったんだが、あの子はお前にとって何なんだ?…番いなのか?」

 全然何気なくないブランに少し笑って、今まで何度も自問自答してきたそれを初めて言葉にした。

「ああ。テディは私の番いだ。私にとっては。テディはどう感じているのかはまるで分からないが…。」

 するとブランはガチリと音を立てて私の盃に自分のそれをぶつけると、酒をひと口飲んだ。


 「…あのパーカス殿のお子さんが番か。お前も中々の苦難の道だぞ?竜人同士なら番いはピンとくるらしいが、獣人は成熟しないと気付かないだろう?ましてパーカス殿が溺愛するあの幼な子だ。

 お前が番いだとアピールするのは藪蛇かもしれないな。もう二度と会わせてもらえないかもしれないぞ。ははは。」

 そう面白げに笑うブランに、思い詰めていた気持ちが緩んで、私もようやく酒の味を楽しめる様になった。さっきまではやはり心配で緊張していたんだろう。

 そんな私をじっと見ていたブランが、少し不貞腐れた様に呟いた。


 「あの子は小さすぎて将来がどうなるかは不明だが、お前のそんな顔を見ていると少し羨ましいよ。一人の相手にそこまで心を突き動かされるというのは、どんな気持ちなんだろうな。俺には経験できるかどうかも分からない…。」

 私はブランの言葉を聞きながら、一方的な今の気持ちはただ一人でから回っているだけなので、決して報われるものではないと言いたくなった。

 ただ、苦しい気持ちは一方で、テディ本人を目の前にした時、あの成長した姿を目に焼き付けてしまった後では喜びの方が大きいのかもしれない。


 
 そんなブランとの話の余韻があったせいか、私達が辺境の町の領主の屋敷に降り立った時、いや、降り立つ前から、目の前に小さな姿が目に飛び込んできたその喜びは圧倒的なものだった。

 パーカス殿に抱っこされた肩越しに、カシコまった表情で私達に手を振って合図してくれた時の、胸を満たす暖かな気持ちはテディにしか感じたことの無いものだった。ああ、確かに彼は私の番いなのだ。


 しかし死の沼の話はそう簡単では無かった。どうもパーカス殿の話にははっきりしない所があった。死の沼で救出に手を貸した砦の国境警備隊長が、テディに道案内されたと言い始めて私はハッとした。

 確かに薬を飲めば大きくなれるテディが、パーカス殿の危機に黙って待っているわけはない。隊長の言う様にパーカス殿の魔力が分かるならなおのことだ。

 腑に落ちない騎士団長がテディから直接話を聞いてみたいと、部屋に控えていたこの町の領主殿にテディを連れて来るよう頼んだ。


 だから領主にちょこんと抱っこされて、さっきまで遊んでいた様に見える顔色の良いテディが現れた時、この部屋の空気が明らかに戸惑いの色をそれぞれに滲ませた。

 そして開口一番長老が悪い竜人ちとだと拙い口調で言い切ったのだから、流石に私も団長が可哀想に思えた。

 その上腕の中から逃げ出したワタ虫を、一生懸命捕まえようとする幼な子を見て、本当にこの子がこの救出劇に重要な役回りをしたのだと、知ってるものでさえ事実だと思えなかったろう。

 
 後からパーカス殿に個別に大まかな所を聞いた際には、パーカス殿もテディに関しては私を少しは信用してくれているのだと妙に心躍るものだった。

『バルトも分かっているじゃろうが、あの子は注目を集めすぎるのでの。だから少しでもそれを遅らせたいと思うのは、私の親心じゃよ。…其方なら分かってくれるじゃろうて。』



 幸いな事に当事者達の意見によれば、規模は縮小傾向にあるとのことだった死の沼の現地調査の後、疲れ知らずの騎士団長がそのまま砦の視察に行くと言い出した時は、テディにさよならを言えなかったと残念な気持ちになった。

 しかし寂しい気持ちで辺境の町を見下ろした私の感傷は、準備もなくこの国を揺るがす大事件にテディ共々巻き込まれて、たわいもなく吹き飛ばされてしまった。










しおりを挟む
感想 119

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

大好きな獅子様の番になりたい

あまさき
BL
獣人騎士×魔術学院生 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ カナリエ=リュードリアには夢があった。 それは〝王家の獅子〟レオス=シェルリオンの番になること。しかし臆病なカナリエは、自身がレオスの番でないことを知るのが怖くて距離を置いてきた。 そして特別な血を持つリュードリア家の人間であるカナリエは、レオスに番が見つからなかった場合彼の婚約者になることが決まっている。 望まれない婚姻への苦しみ、捨てきれない運命への期待。 「____僕は、貴方の番になれますか?」 臆病な魔術師と番を手に入れたい騎士の、すれ違いラブコメディ ※第1章完結しました ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 長編です。お付き合いくださると嬉しいです。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

処理中です...