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噂の令嬢
仮面祭り
*** 4年前 ***
私は少し暗くなり始めた街角で立ちすくんでいた。一緒に来た学院の令嬢らと、すっかりはぐれてしまった私は一人ぼっちで心細かったし、これ以上動いたら本当に迷い込んで二度と屋敷に帰れない気がした。
年に一度の王都の祭りには、領民も貴族も関係なく仮面をつけて繰り出す事が恒例となっていたせいで、右も左も仮面ばかりで知った顔も見つけられずに、私は助け手もなく、ここが何処かも分からずに途方にくれていた。
ふいに近づいてきた、酒に酔った男が私をジロジロと不躾に見つめながら、臭い息を吐き出して言った。
「お嬢ちゃん、随分と綺麗な肌をしてるな。なぁ、これから俺と一緒にいい事しようじゃねぇか。」
私は普段勉強ばかりしていたせいで、この手の事には不慣れだったこともあって、どうしていいかも分からなかった。足も竦むばかりで、助けを求めて周囲を見回した。
すると、少し先の店から出てきた大柄の男がこちらへと様子を見ながら近づいて来た。見れば身につけているものは質の良いもので、私は咄嗟にその男に向かって声を張り上げた。
「待ってたのよ?随分待たせたわね?」
絡んで来た酔っ払いは、その大男を一瞥すると分が悪いと思ったのか、何かブツブツ言い、よろけながら立ち去って行った。私はその酔っ払いを見送りながらほっとして、思わず胸に手を当てて息を吐いた。
「お嬢さん、私と待ち合わせだったみたいだね?」
そう言って悪戯っぽく私を見下ろしたのは、黒い仮面の奥に珍しい青紫の瞳を光らせた男だった。大きな引きしまった分厚い唇は面白げに緩んで、私の周囲を見回していた。
「君の様なひよっこがこんな所をぶらつくのは感心しないがね。さあ、大通りに連れて行ってやろう。大人しくお家に帰るんだな。」
そう横柄な口をきく、掴みどころの無い男に私は何故かイライラして、普段は殆どしない口答えをした。
「あの!私ひよっこじゃありません!ちゃんと20歳は超えてるんですから。立派なレディですわ。」
すると目の前の30歳ぐらいに見える男は、色の抜けた短い金髪を掻き上げて、仮面の奥の目をすがめて言った。
「ふーむ。しばらく王都に居ないうちに随分女が幼くなったものだ。あどけない振る舞いが流行っているのか?」
また馬鹿にされた気がして、私は咳払いをひとつすると男に流し目を送って、手を差し出して言った。
「ええ、そうですわ。流行りですの。さぁ、行きましょう。」
ニヤニヤとする男は、面白そうに私の手を取って自分の腕に掴ませると、ゆっくりと歩き出した。さりげないこの仕草でこの男が貴族の男だと言う事が分かった。粗暴に振る舞おうとしても社交マナーが出てしまうものだからだ。
私は男から漂ってくる香りを思わず吸い込んだ。森にピクニックへ行った時の深呼吸したくなる様なスパイシーな、でもその奥に潜む落ち着かない匂いは私をザワザワさせた。
「それで?君はどうしてあんな場所に居たのかな?レディ。」
私は水鳥の白い羽根で飾られた仮面越しに、男の顔を見つめて言った。
「エリザベスよ。私の名前はエリザベス。あなたは?」
男は一瞬虚をつかれた顔をしていたけれど、面白そうに言った。
「エリザベス、名前を名乗ったら仮面をつけている意味がないのでは?ふふ、だが可愛いエリザベスに免じて、私も特別に名を名乗ろう。ヴィンセントだ。これで満足かい?」
そう話してる間に、私たちは大通りにたどり着いていた。立ち止まった私たちの目の前を沢山の着飾った仮面の人々が賑やかに通り過ぎていく。私は思わずぎゅっとヴィンセントの腕を握り締めてしまった。
この喧騒の中に放り出されたら、またさっきの様な目に遭いそうで怖かった。ヴィンセントは私の手をそっと腕から外すと言った。
「…どうもエリザベスは危なっかしい。私と一緒にこの祭りを楽しむかい?」
そう言って、そっと私の手のひらを大きな手で掬い上げた。私はその節張った騎士の様な手のひらをじっと見つめて、ヴィンセントを見上げた。明るい場所でよく見れば、凄く魅力的な、でも十分に大人の男性なのだと少し怯む気もしたけれど、二十歳であると強がった手前、弱気な事は言えなかった。
「ええ。付き合ってあげても良くてよ?」
するとクスクスと笑ったヴィンセントは、私の目を覗き込む様にして、握った手の甲に柔らかく唇を押し当てて言った。
「仰せのままに、エリザベス。」
それから私たちは手を繋いで街の中を歩き回った。王都の祭りの熱気は盛り上がるばかりで、私も多分仮面をつけているせいでいつもの生真面目なエリザベスではなかった。一年分笑った気がしたし、ヴィンセントのエスコートは申し分がなかった。
時々私を見つめる眼差しが鋭くも熱くなっていく気がして、心臓が不規則に踊るのが分かった。そう、私は目の前のヴィンセントにすっかり堕ちてしまっていた。友人達と恋の話もしたことの無い堅物と言われていた私は、人生で初めての恋をした。
その時突然大粒の雨が地面にシミをつけ始めたと思ったら、あっという間に叩きつける様な雨に変わった。私たちは人々に押される様に大雨に急き立てられて、笑いながら一緒に真鍮の大きな扉をくぐった。
今でも私は考える事がある。あの時もし雨が降らなかったら、私たちの運命は今と大きく変わったに違いない。それが運命なのか、神様の悪戯なのか、少なくとも私はその場から退場する事は出来なくなってしまった。
私は少し暗くなり始めた街角で立ちすくんでいた。一緒に来た学院の令嬢らと、すっかりはぐれてしまった私は一人ぼっちで心細かったし、これ以上動いたら本当に迷い込んで二度と屋敷に帰れない気がした。
年に一度の王都の祭りには、領民も貴族も関係なく仮面をつけて繰り出す事が恒例となっていたせいで、右も左も仮面ばかりで知った顔も見つけられずに、私は助け手もなく、ここが何処かも分からずに途方にくれていた。
ふいに近づいてきた、酒に酔った男が私をジロジロと不躾に見つめながら、臭い息を吐き出して言った。
「お嬢ちゃん、随分と綺麗な肌をしてるな。なぁ、これから俺と一緒にいい事しようじゃねぇか。」
私は普段勉強ばかりしていたせいで、この手の事には不慣れだったこともあって、どうしていいかも分からなかった。足も竦むばかりで、助けを求めて周囲を見回した。
すると、少し先の店から出てきた大柄の男がこちらへと様子を見ながら近づいて来た。見れば身につけているものは質の良いもので、私は咄嗟にその男に向かって声を張り上げた。
「待ってたのよ?随分待たせたわね?」
絡んで来た酔っ払いは、その大男を一瞥すると分が悪いと思ったのか、何かブツブツ言い、よろけながら立ち去って行った。私はその酔っ払いを見送りながらほっとして、思わず胸に手を当てて息を吐いた。
「お嬢さん、私と待ち合わせだったみたいだね?」
そう言って悪戯っぽく私を見下ろしたのは、黒い仮面の奥に珍しい青紫の瞳を光らせた男だった。大きな引きしまった分厚い唇は面白げに緩んで、私の周囲を見回していた。
「君の様なひよっこがこんな所をぶらつくのは感心しないがね。さあ、大通りに連れて行ってやろう。大人しくお家に帰るんだな。」
そう横柄な口をきく、掴みどころの無い男に私は何故かイライラして、普段は殆どしない口答えをした。
「あの!私ひよっこじゃありません!ちゃんと20歳は超えてるんですから。立派なレディですわ。」
すると目の前の30歳ぐらいに見える男は、色の抜けた短い金髪を掻き上げて、仮面の奥の目をすがめて言った。
「ふーむ。しばらく王都に居ないうちに随分女が幼くなったものだ。あどけない振る舞いが流行っているのか?」
また馬鹿にされた気がして、私は咳払いをひとつすると男に流し目を送って、手を差し出して言った。
「ええ、そうですわ。流行りですの。さぁ、行きましょう。」
ニヤニヤとする男は、面白そうに私の手を取って自分の腕に掴ませると、ゆっくりと歩き出した。さりげないこの仕草でこの男が貴族の男だと言う事が分かった。粗暴に振る舞おうとしても社交マナーが出てしまうものだからだ。
私は男から漂ってくる香りを思わず吸い込んだ。森にピクニックへ行った時の深呼吸したくなる様なスパイシーな、でもその奥に潜む落ち着かない匂いは私をザワザワさせた。
「それで?君はどうしてあんな場所に居たのかな?レディ。」
私は水鳥の白い羽根で飾られた仮面越しに、男の顔を見つめて言った。
「エリザベスよ。私の名前はエリザベス。あなたは?」
男は一瞬虚をつかれた顔をしていたけれど、面白そうに言った。
「エリザベス、名前を名乗ったら仮面をつけている意味がないのでは?ふふ、だが可愛いエリザベスに免じて、私も特別に名を名乗ろう。ヴィンセントだ。これで満足かい?」
そう話してる間に、私たちは大通りにたどり着いていた。立ち止まった私たちの目の前を沢山の着飾った仮面の人々が賑やかに通り過ぎていく。私は思わずぎゅっとヴィンセントの腕を握り締めてしまった。
この喧騒の中に放り出されたら、またさっきの様な目に遭いそうで怖かった。ヴィンセントは私の手をそっと腕から外すと言った。
「…どうもエリザベスは危なっかしい。私と一緒にこの祭りを楽しむかい?」
そう言って、そっと私の手のひらを大きな手で掬い上げた。私はその節張った騎士の様な手のひらをじっと見つめて、ヴィンセントを見上げた。明るい場所でよく見れば、凄く魅力的な、でも十分に大人の男性なのだと少し怯む気もしたけれど、二十歳であると強がった手前、弱気な事は言えなかった。
「ええ。付き合ってあげても良くてよ?」
するとクスクスと笑ったヴィンセントは、私の目を覗き込む様にして、握った手の甲に柔らかく唇を押し当てて言った。
「仰せのままに、エリザベス。」
それから私たちは手を繋いで街の中を歩き回った。王都の祭りの熱気は盛り上がるばかりで、私も多分仮面をつけているせいでいつもの生真面目なエリザベスではなかった。一年分笑った気がしたし、ヴィンセントのエスコートは申し分がなかった。
時々私を見つめる眼差しが鋭くも熱くなっていく気がして、心臓が不規則に踊るのが分かった。そう、私は目の前のヴィンセントにすっかり堕ちてしまっていた。友人達と恋の話もしたことの無い堅物と言われていた私は、人生で初めての恋をした。
その時突然大粒の雨が地面にシミをつけ始めたと思ったら、あっという間に叩きつける様な雨に変わった。私たちは人々に押される様に大雨に急き立てられて、笑いながら一緒に真鍮の大きな扉をくぐった。
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⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。