伯爵令嬢の秘密の愛し子〜傲慢な王弟は運命の恋に跪く

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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噂の令嬢

私の日常

少しぐずるテオを抱き上げて頬やおでこに優しく唇を押し当てると、少し甘える様に私に寄り掛かるのは毎朝の儀式の様なものだ。特に今日は私が学院の研究室へと行く日なのだと感じているせいか、ぴったりと離れない。

私はナンシーに小言を言われながらも、ついついテオを甘やかしてしまう。そんな私達を見つめてナンシーはボソリと呟いた。

「お嬢様は本来なら、殿方に大いに甘やかされて、大事にされているはずのお年頃の筈でしょうに。若くして母親になってしまったせいで、しなくても良い苦労をする事になってしまいましたね。」


私はナンシーを睨むと、テオの耳に手を当てて言った。

「ナンシーが心配する気持ちは有難いけれど、テオの前でそんな事は言わないで欲しいわ。この子ももう直ぐ三歳になるのだから、要らぬ事を耳に入れたくはないの。それに私も21歳になるの。もう立派な大人の淑女で、殿方の庇護の元で大人しくしているような小娘じゃないわ。」

テオがその美しい青紫の煌めく瞳を私に向けて笑いかけるので、私はこちょこちょとくすぐって、楽しげなテオの声につられて笑った。

  
ナンシーはそんな私達をやっぱり困り顔で見つめていたけれど、諦めた様に侍女と今日の仕事の打ち合わせをし始めた。私はナンシーを頼りにしてはいるけれど、祖母と言える様な年回りのナンシーにとっては、貴族令嬢が働きに出るという今の状態には一言も、二言も言いたくなるのだろう。

今は貴族令嬢も家に篭っているばかりでなくて、それぞれが役割を持って研究をしたり、仕事をしている方もちらほら見かけるようになっていた。それでも彼女達の多くが男爵や子爵だったせいもあって、伯爵出身の私は、まして醜聞付きの私は悪目立ちしていた。


実際のところ私はお母様の看病で、妊娠中や産後は人前に出る事がほとんど無かったので、一説には死亡説まで流れていたと学院時代の親友のシャルロットが面白おかしく教えてくれた。

伯爵令嬢の彼女も今は幼馴染の伯爵令息との婚約期間中で、それはそれで忙しくしているけれど、時々我が家に遊びに来てはテオと遊んでくれる得難い友人だった。


しばらく会っていない親友にいつ贈り物を届けようかと考えながら、学院までの道を馬車に揺られて、ざわめく朝の人々の様子を眺めていた。そうは言っても私は馬車に乗って学院へ通う様な、甘やかされた貴族には間違いないのだと一人苦笑した。

学院の馬車止めで降りると、私は足早に研究室へと向かう人々に紛れて前を真っ直ぐ向いて歩いた。もう慣れたとはいえ、私の事を盗み見る人達の視線が何か言いたげで、最初の頃はこの時間が一番辛かった。

今はジロジロ見つめる相手を真っ直ぐに見返すくらいの気概は身についた様に思う。


けれども今朝は、妙にまとわりつく視線を感じて其方に顔を向けたけれど、それは直ぐに消えてしまった。

私はヴィンセントが目の前に現れて以降、また不意に目の前に姿を現すのではないかと気にしていた。けれど呆気ないほど気配が無く、ひと月が過ぎようとしていた。

確かに彼は二度と会わないと言っていた。その事実が胸を引っ掻く事に気づかないフリをして、私は肩をすくめて老先生の待つ研究室へ続く階段を登って行った。


研究室の扉を開け、雑多な香りが混ざった空気に顔を顰めて窓際へと急ぐと、重い窓扉を開け放った。今朝は明るい日差しがここまで届いて、私は窓際に置いてある小さな白い小花の鉢植えを外のフレームの中へ置いた。

この小花は去年テオと遠出した野原一面に咲いていた花を、侍女のマリーが根ごと持ち帰って育てたもので、その花が今やすっかり庭のあちこちで可愛らしく咲き誇っているので、下男のビルに小鉢に仕立ててもらって老先生にプレゼントしたものだった。

まるでここだけがあの楽しい思い出の詰まった野原の様で、研究室に持ってきたのは私自身の為だったのではないかと苦笑した。


「おはよう、エリザベス。今朝も元気だね。早速で悪いんだが、昨日遅くまでやった資料の整理をお願いしてもいいかね。」

そう私に声を掛けてきたのは老先生で、わたしはにっこり微笑んで朝の挨拶を済ませると、早速山積みになった資料を仕分けし始めた。私たちがこの作業する音しか聞こえないけれど、リラックス出来る空間でそれぞれの仕事に励んでいると、扉がノックされていつもの研究員達が出勤して来た。

「おはようございます、パーシー先生。エリザベス。相変わらず毎朝早いですね。いや、私達が遅いのではないですからね?あなた方が早いだけですから。」


ひと仕事終えた私は、自分の席を立ってお茶のテーブルへ向かうと、先日専門店で購入した評判の紅茶を淹れた。丁度非番だった昨日、テオと一緒に作ったクッキーをバックから取り出すと、アンティークの小皿に3枚置いて、紅茶と一緒に銀のトレーに載せて老先生の所へと運んで行った。

「先生?今朝もお食事が早かったんじゃありませんか?甘いものを食べた方が頭の回転が良くなると聞きました。昨日テオと作ったんです。良かったら召し上がってください。」


実際の年齢は幾つなのか誰も知らない老先生は、ため息をつくと、鎖のついた眼鏡を胸に下ろして小皿からクッキーをひとつ摘んで口に放り込んだ。そして美味しそうに食べるとお気に入りのカップからひと口紅茶を飲んで言った。

「ああ、確かに身体が欲していたかもしれないね。そうか、テオはもうクッキーを作れるほどに大きく成長したのだね。子供というものはあっという間に大きくなる…。その割にエリザベスは、私の研究室に遊びに来た17歳の時からそう変わっていないのが不思議じゃよ。」


そう言って微笑む老先生にクスクス笑うと、首を長くして待っている研究員の人たち用に、別の銀トレーに盛り付けたクッキーを紅茶と一緒に丸テーブルに用意した。彼らの楽しそうな会話を聞きながら、私は窓の縁で日差しを受けて輝く白い花を微笑んで眺めた。
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