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引き寄せられる運命

離宮への招待

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結局、伯爵家に届いたヴィンセントから贈られたドレスを横目に、私の持っている一番のドレスを選んで迎えに来た瀟洒な馬車に乗った。話し合いがどこに向かうかも分からなかったので、エメラルドの耳飾りを着けるものどうかと思ったけれど、お父様がせめてそれだけは身につけていく様にと強く主張したせいで着けざるを得なかった。

後妻であるマリエッタは、私が向かう先が王弟閣下の住まう離宮だと聞いたせいなのか、それとも次々に届く贈り物が積み上がっていくせいなのか、私に対してどんな態度をとって良いか分からない様子だった。


伯爵家に贈り物が届く理由は、最初に小さな私の屋敷に届いた花籠に入っていたカードに書いてあった。クセのあるその筆跡がもうヴィンセントのものであるとすっかり覚えてしまった私は、その事に自分でも苦笑してしまう。

貴重なものをこの屋敷に置いておくのは不用心との事で伯爵家に届けると書いてあったけれど、確かに女子供、老夫だけのこの屋敷では不用心なのかもしれない。今までそんな心配などした事がなかったのが不思議に思えるくらいだった。


まして私が居ない間にテオを家に残すのも怖い気がして、お父様に頼んでヴィンセントと会っている間は伯爵家でテオをマリーとナンシーと一緒に待たせてもらう事にした。

「こうなってみれば、テオは王弟の子だ。まだそれを知るものはほとんど居ないが、全然居ないと言うわけではないだろう。この手の話はあっという間に広がるものだからね。

王弟の子を狙う輩も出てこないとは言い切れない。良い機会だから、とりあえずテオはこの屋敷に住まわせたらどうかい?勿論お前達もここに戻って来れば良い。」


私はテオの父親が王弟であるヴィンセントだとはっきりしたせいで、自分を取り巻く様々な事が目まぐるしく変わり始めているのを感じて落ち着かない気持ちになった。私たちは何一つ変わったわけではないのに、立場というものが付随するとこんなにも変わるものなのだろうか。

お父様にそう言われて仕舞えば私もテオを危険な目に晒したくはなかったので、伯爵家に戻ることに頷くしかなかった。ふとマリエッタがどう思うかは気になったけれど、彼女と話しをする前に王弟閣下の迎えの馬車が到着したのを執事のセバスチャンが伝えに来た。


「おかぁちゃま、いってらっちゃい。おかぁちゃま、きえい。おみみ、きあきあ。」

そう言って、私に抱き上げられたテオの小さな手がヴィンセントから贈られたエメラルドの耳飾りに触れると、私は苦笑して行って来ますの口づけをテオにして迎えの馬車に乗り込んだ。

普通の貴族が乗るものとは格段に違う座り心地を感じながら、私はこれから一体何が私たちの身に起きるのかと考え込んでいた。ただ私が一番優先すべきは、テオを決して手放さない事だった。それ以上に大事な事など今の私にはなかったのだから。


王弟閣下の住まいである離宮は王宮のある王都の中心を少し外れた場所にあった。とは言え王族の住まう離宮ではあるので、門から城の入口への長い馬車道は白と緑を基調とした美しい植栽で彩られていた。

一際目についたのは何箇所かに今が盛りと咲いている白い薔薇の絡まるオブジェで、ヴィンセントも白い薔薇が好きなのかと私の緊張した心を和ませた。それはまた屋敷に二日置きに届いたヴィンセントからの花籠に、必ず白い薔薇が入っていた事を思い出させた。


ふと馬車が停まった気がして顔を上げると、堅牢な印象でありながら細かなレリーフが所々に飾られた城の玄関口に誰か数人が立っているのに気がついた。胸がドクンと響いた気がして、私は無意識に胸に手を当てていた。

人より大柄の恵まれた体格のヴィンセントがわざわざ出迎えてくれている様だった。従者に馬車から降ろして貰うと、私はヴィンセントの前まで連れて行かれた。


「…エリザベス、よく来てくれたね。さぁ、こちらだ。」

そう言って差し出す手を無視する理由もなくて、私はぎこちなくヴィンセントの手のひらに自分の手を重ねた。一瞬ぎゅっと握られた気がして、ハッと顔を上げるとヴィンセントが私をじっと見下ろしていた。

その強張った眼差しは何を考えているのかは分からなかったけれど、私はもしかしてヴィンセントもまた緊張しているのかもしれないと思ってしまった。


私達は4年という月日ですっかり見知らぬ間柄になってしまって、あの時の燃え上がった情熱が幻の様にしか感じられなかった。けれども、以前と同じようにエスコートされて歩き出すと懐かしささえ感じてしまう。確かに隣を歩くヴィンセントは、あの日の人には間違いなかった。

「エリザベスは花が好きだと言っていたね。ここは白薔薇の城と呼ばれている。気に入ってくれたら嬉しいが。」

そうヴィンセントが言った通り、玄関ホールを抜けた正面の広い庭園には見事な白薔薇のアーチが続いていた。


「綺麗…。」

思わず亡くなったお母様の愛した大輪の白い薔薇を思い出していると、ヴィンセントが少し微笑んだ気がした。私たちはその時初めてお互いを、何のこだわりもない眼差しで見つめ合った。

そして何かを探す様に私を見つめるヴィンセントの視線に耐えられなくて、先に目を逸らしたのは私だった。そしてもう一度目の前の白薔薇のアーチに目をやると、ヴィンセントが言った。

「話は後でも出来る。庭を歩こう。私もまだここに戻ってきてそう日が経っていないんだ。庭師達が私が戻って来ると信じて手入れし続けてくれた想いのこもった薔薇だ。」

そう言って私をエスコートしながら甘い香りの白薔薇の庭園へと足を踏み出した。












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