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寄せては返す波のように

積み重なる思い

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ヴィンセントと向かい合って食べる晩餐はいつの間にか長いテーブルから、短いものへと変わっていた。テオは乳母と先に済ませて眠りについているので、毎晩二人きりだ。

長いテーブルで食べていた時は寂しくも気楽だったけれど、こうして蝋燭の揺らめく美しい夜に、ヴィンセントの青紫の瞳の中の煌めきが見える様な距離で見つめられながら食べる食事は、食べるどころでは無くなって胸がドキドキとしてしまう。


「エリザベス、今度湖へテオを連れて行かないか。気候も良いし、きっと気持ちが良いよ。」

そうヴィンセントに話し掛けられて、デザートの手が止まった。王都での湖と言えばウルナ湖だわ。学院生の頃に行ったことがあった。私は思わず顔を綻ばして言った。

「ウルナ湖ですか?学院生の頃、お父様に無理言って一度だけ友人と行ったことがありますわ。本当に美しい所でした。嬉しいです。テオもきっと喜ぶわ。」


はしゃいでしまった私をヴィンセントは微笑んで見つめた。私は少し恥ずかしくなって、咳払いした。ヴィンセントを前にすると、その大人の余裕に自分が恐ろしく子供っぽく思えてしまうのはいつもの事だった。

本当だったら、きっとヴィンセントはもっと大人の淑女とこなれた会話をするに違い無かった。私は子育てと、研究室しか知らなかった。男女の駆け引きも知らないという、その考えは私を落ち込ませるのに十分だった。


「ウルナ湖は夜の星空が美しいよ。エリザベスは天文学の研究室に居ただろう。本当はもっとあそこで仕事をしたかったのでは無いかい?結婚で続けられなくなったお詫びにウルナ湖の別邸で一晩過ごそう。」

そうヴィンセントが言うので、私は老先生と最後に交わした会話を思い出してクスクス笑いながら言った。

「老先生は私が結婚でもう通えなくなるって伝えた時に、こう仰ったんですの。エリザベスのクッキーが食べられなくなるのが一番の損失だって。」


ヴィンセントが赤いワインを傾けて言った。

「君はクッキーも作るのかい?」

私はあの小さな屋敷で、テオとマリー達と紡いだささやかな暮らしを思い出しながら言った。

「ええ。あの小さな可愛い屋敷で、私はテオと侍女とクッキーを良く作りました。テオが粉だらけになって後が大変でしたけど、テオにとっては遊びのひとつでしたから。

料理人の様な凝ったものは作れませんでしたけど、老先生はいつも研究の合間に時々差し入れたクッキーを食べる事をことの他気に入って下さっていたんです。」


ヴィンセントは微笑んでため息をついた。

「パーシー老先生は、我が国でも高名な研究者の一人だ。そして偏屈で有名なね。あの方の心を開くのは難しい。エリザベスは彼とは仲良しだったのだね。」

私は頷いて蝋燭の焔を見つめて、あの頃の事を思い出しながら呟いた。


「私は援助はありましたけれど、家から出されてこれからどうしたら良いか分かりませんでした。テオのために自分で何か出来ることが無いかと思った時に、学院時代に老先生に卒業後研究の手伝いに来ないかと誘われていたのを思い出したんですの。

老先生は私の醜聞めいた境遇などまるで関係ないと、笑顔で受け入れて下さったんです。あの時私は仕事をする事ばかりではなく、醜聞めいた状況でも私という人間性を受け入れて下さったことに救われたんですわ。

だから老先生にには感謝しても仕切れません。研究室は私の心の拠り所になったんですから。」


そう言うとまるで蝋燭の燃える音が聞こえるように静かになった。ヴィンセントはおもむろに席を立つと、私の側に来て手を差し出して言った。

「パーシー老先生に、私は大きな借りがある様だ。エリザベスが想像以上に困難状況にあった事は分かっていた気になっていたが…。テオが生まれたことに少しの後悔もないが、その分エリザベスには要らぬ苦労をかけたね。」

私はヴィンセントの手のひらの上に自分の手を乗せながら、そう言われて唇が震えるのを我慢する事が出来なかった。あの頃の心細い思いがどっと溢れてきて、気がつけばヴィンセントの腕の中で抱き締められていた。


「…もう何も心配する事はない。エリザベスもテオも私が一生守っていくから。」

そう言って泣きじゃくる私を抱き上げて自分の部屋へと連れて行った。ベッドに腰掛けながら、あやす様に私を抱きしめていたヴィンセントは泣き腫らした私を優しく脱がせると、一緒に甘い香りのする湯船へと沈んだ。

すっかり泣き疲れてぼんやりした私は、ヴィンセントの肩に頭を乗せて甘やかされる事に癒されていく気がした。少し落ち着いた私が顔を上げると、ヴィンセントは慰める様に何度も私に触れるだけの口づけを落とした。

それから私をじっと見つめて囁いた。


「今夜は一緒に眠ろう、エリザベス。」


















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