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新しい日々
懐かしい場所
「おかぁちゃま!こちきてぇ?」
いつも以上にはしゃいで歩き回っているテオを追いかけて、私とヴィンセントは以前住んでいたこぢんまりした屋敷に来ていた。ヴィンセントと結婚が急遽決まって、慌ただしく立ち去った屋敷が気になっていたのもあったし、ヴィンセントが一度見に行きたいと言ったからだ。
大柄なヴィンセントと一緒だと一気に狭く感じるこの家は、こうして改めて見ると懐かしかった。住んでいないのに埃っぽくないのはお父様が管理しているのだろう。赤ちゃんのテオを中心に、私たちは世間とは隔絶された箱庭の様な世界で閉じこもって生きてきた。それは心が擦り切れた私には必要な癒しの時間だった。
「私、ここでの生活は好きだったわ。余計な声は届かなかったし、毎日おままごとの様な優しい時間が過ぎて。ここで癒されたからこそ、研究室での仕事に誘われた時に行こうと思えた気がするの。
研究室の中に入ってしまえばそこは老先生の清廉な天文学だけの世界で、私は自分らしく何も気にせずにいられたわ。ただ、慣れるまでは学院へ通うことが辛くないとは言えなかったの。
ただでさえ悪名高い私が堂々と研究室へ通うのだから、今考えると周囲の貴族たちもどんな顔をして良いか分からなかったのかもしれないわ。」
私たちはテオが小さな庭に出て自分が遊んでいた砂場を指差しながら、離宮から一緒に来ていた子守にたどたどしくも一生懸命説明している姿を見つめていた。ヴィンセントは私の腰を引いてこめかみに唇を押し当てて呟いた。
「君には要らぬ苦労を掛けたね。ただ、君を見つめていた貴族たちは、君の美しさに見惚れていたのではないかなと思うけれど。結婚前に私の知り合いは、君は悪い男に踏み躙られた可哀想なお姫様という位置付けだったよ。
まさかその悪い男が私だとは知らずに彼らも好き放題言ってくれたが。でもそう言われても仕方がないね。美しくも若く才能豊かな君を絶望に突き落としてしまったのだから。でもここは素敵な場所だ。まるで絵本の中の様じゃないか?」
テオが走り回っている箱庭にはあの小さな白い花が絨毯の様に広がっていた。私は思わず顔を綻ばしてヴィンセントに頼んだ。
「ヴィンセント、あの白い小さな花は私とテオの思い出の花なの。離宮でも一角で良いからあの花を植え付けて貰えないかしら。今度一緒にあの野原へ行きたいわ。広い野原が一面あの花で埋め尽くされていて忘れられない美しさだったわ。」
ヴィンセントは優しい眼差しで私を見つめると、唇に触れる口づけをして甘く囁いた。
「愛する奥様のお望みの通りに。君とテオが白い花の野原に佇んでいたら、きっと絵師が思わず筆を執ってしまうことだろうね。私もそこに行きたいな。」
私たちはその足で学院のパーシー老先生の研究室へ向かった。ヴィンセントも老先生とは面識がある様で、少し苦手なのだと落ち着きがなくなるのが可笑しかった。
テオに初めて会った老先生は大層な喜び様で、ヴィンセントとテオがよく似ていることに感心していた。
「王弟閣下も身動き出来なかったと聴き覚えてはおりますが、私の可愛い愛弟子のエリザベスが悲しそうな顔をする度に、不埒な男に私はムカムカと腹を立てていたのですぞ?エリザベス、よくテオを連れて来てくれたね。一度クッキーのお礼をしたいと思っていたのじゃよ。」
そう言うと、テオに何か色々話しかけていた。ヴィンセントは研究室を眺めまわして、突然の王弟閣下の登場に驚いて顔を引き攣らせている研究員を一人づつ眺め回していた。そしてジャスティンに目を止めると、ツカツカと近づいて言った。
「私の居ない間、エリザベスと仲良くしてくれた様だね。礼を言うよ。」
シャスティンは一瞬気を削がれた様だったけれど、ヴィンセントを真っ直ぐに見つめて言った。
「王弟閣下のお帰りがもう少し遅れたら、私はエリザベスに結婚を申し込んだところです。運が良かったですね、王弟閣下。」
二人はしばらく睨み合っていたが、ヴィンセントがジャスティンに手を差し出して言った。
「エリザベスを見守ってくれて感謝する。」
ジャスティンも微笑んでヴィンセントの差し出した手を握り返していた。
馬車に乗り込んで、疲れて眠り始めたテオを膝に乗せて柔らかな黒髪を撫でながら私は微笑んで言った。
「ヴィンセントと私の居場所だった所を巡れて良かったですわ。ヴィンセントが彼の国で必死に死と闘っていた時、私も決して苦しみばかりでは無かったって知ってもらえたんですもの。
私たちは二人とも自分たちで出来る精一杯をしていたんですわ。勿論あの時の悲しみを思い出せば胸は痛みますけど、今となっては楽しかった事ばかり思い出します。」
すると正面に座っていたヴィンセントは私の隣に移ってきて私を寄り掛からせると、私の膝の上で寝息を立てているテオの髪を一緒に撫でて言った。
「彼の国から戻って来て、エリザベスが研究室のあの男と楽しげに王都で買い物しているのを見ていた時の、あの胸を締め付けられる痛みを思い出したよ。それは同時に私が今でもエリザベスを愛していると自覚した瞬間だったんだ。
私達は少し行き違って苦しんだけれど、それでも私はエリザベスへの愛の前では心を曝け出して、跪いて愛を請うしかなかった。私の愛に応えてくれてありがとう。愛してるよ、私の奥様。」
いつも以上にはしゃいで歩き回っているテオを追いかけて、私とヴィンセントは以前住んでいたこぢんまりした屋敷に来ていた。ヴィンセントと結婚が急遽決まって、慌ただしく立ち去った屋敷が気になっていたのもあったし、ヴィンセントが一度見に行きたいと言ったからだ。
大柄なヴィンセントと一緒だと一気に狭く感じるこの家は、こうして改めて見ると懐かしかった。住んでいないのに埃っぽくないのはお父様が管理しているのだろう。赤ちゃんのテオを中心に、私たちは世間とは隔絶された箱庭の様な世界で閉じこもって生きてきた。それは心が擦り切れた私には必要な癒しの時間だった。
「私、ここでの生活は好きだったわ。余計な声は届かなかったし、毎日おままごとの様な優しい時間が過ぎて。ここで癒されたからこそ、研究室での仕事に誘われた時に行こうと思えた気がするの。
研究室の中に入ってしまえばそこは老先生の清廉な天文学だけの世界で、私は自分らしく何も気にせずにいられたわ。ただ、慣れるまでは学院へ通うことが辛くないとは言えなかったの。
ただでさえ悪名高い私が堂々と研究室へ通うのだから、今考えると周囲の貴族たちもどんな顔をして良いか分からなかったのかもしれないわ。」
私たちはテオが小さな庭に出て自分が遊んでいた砂場を指差しながら、離宮から一緒に来ていた子守にたどたどしくも一生懸命説明している姿を見つめていた。ヴィンセントは私の腰を引いてこめかみに唇を押し当てて呟いた。
「君には要らぬ苦労を掛けたね。ただ、君を見つめていた貴族たちは、君の美しさに見惚れていたのではないかなと思うけれど。結婚前に私の知り合いは、君は悪い男に踏み躙られた可哀想なお姫様という位置付けだったよ。
まさかその悪い男が私だとは知らずに彼らも好き放題言ってくれたが。でもそう言われても仕方がないね。美しくも若く才能豊かな君を絶望に突き落としてしまったのだから。でもここは素敵な場所だ。まるで絵本の中の様じゃないか?」
テオが走り回っている箱庭にはあの小さな白い花が絨毯の様に広がっていた。私は思わず顔を綻ばしてヴィンセントに頼んだ。
「ヴィンセント、あの白い小さな花は私とテオの思い出の花なの。離宮でも一角で良いからあの花を植え付けて貰えないかしら。今度一緒にあの野原へ行きたいわ。広い野原が一面あの花で埋め尽くされていて忘れられない美しさだったわ。」
ヴィンセントは優しい眼差しで私を見つめると、唇に触れる口づけをして甘く囁いた。
「愛する奥様のお望みの通りに。君とテオが白い花の野原に佇んでいたら、きっと絵師が思わず筆を執ってしまうことだろうね。私もそこに行きたいな。」
私たちはその足で学院のパーシー老先生の研究室へ向かった。ヴィンセントも老先生とは面識がある様で、少し苦手なのだと落ち着きがなくなるのが可笑しかった。
テオに初めて会った老先生は大層な喜び様で、ヴィンセントとテオがよく似ていることに感心していた。
「王弟閣下も身動き出来なかったと聴き覚えてはおりますが、私の可愛い愛弟子のエリザベスが悲しそうな顔をする度に、不埒な男に私はムカムカと腹を立てていたのですぞ?エリザベス、よくテオを連れて来てくれたね。一度クッキーのお礼をしたいと思っていたのじゃよ。」
そう言うと、テオに何か色々話しかけていた。ヴィンセントは研究室を眺めまわして、突然の王弟閣下の登場に驚いて顔を引き攣らせている研究員を一人づつ眺め回していた。そしてジャスティンに目を止めると、ツカツカと近づいて言った。
「私の居ない間、エリザベスと仲良くしてくれた様だね。礼を言うよ。」
シャスティンは一瞬気を削がれた様だったけれど、ヴィンセントを真っ直ぐに見つめて言った。
「王弟閣下のお帰りがもう少し遅れたら、私はエリザベスに結婚を申し込んだところです。運が良かったですね、王弟閣下。」
二人はしばらく睨み合っていたが、ヴィンセントがジャスティンに手を差し出して言った。
「エリザベスを見守ってくれて感謝する。」
ジャスティンも微笑んでヴィンセントの差し出した手を握り返していた。
馬車に乗り込んで、疲れて眠り始めたテオを膝に乗せて柔らかな黒髪を撫でながら私は微笑んで言った。
「ヴィンセントと私の居場所だった所を巡れて良かったですわ。ヴィンセントが彼の国で必死に死と闘っていた時、私も決して苦しみばかりでは無かったって知ってもらえたんですもの。
私たちは二人とも自分たちで出来る精一杯をしていたんですわ。勿論あの時の悲しみを思い出せば胸は痛みますけど、今となっては楽しかった事ばかり思い出します。」
すると正面に座っていたヴィンセントは私の隣に移ってきて私を寄り掛からせると、私の膝の上で寝息を立てているテオの髪を一緒に撫でて言った。
「彼の国から戻って来て、エリザベスが研究室のあの男と楽しげに王都で買い物しているのを見ていた時の、あの胸を締め付けられる痛みを思い出したよ。それは同時に私が今でもエリザベスを愛していると自覚した瞬間だったんだ。
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⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。