妊娠したのはごめんなさい、でも結婚はしません!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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駆け引きは終わり

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 薫の口から呟かれた言葉は蒼一郎の待ちかねたものだった。蒼一郎は身を起こして薫の上にのし掛かると、薫と顔を突き合わせた。

「薫は私と一緒に居たいのか?急にどうしたんだ、今まで私と離れるとばかり言っていたじゃないか。」

 我ながら狡いと思ったけれど、自分との関係に後ろ向きな態度ばかりの薫への鬱憤が溜まっていたのかもしれない。思わず意地悪な物言いをしてしまった。


 薫は瞳を揺らして大きく深呼吸すると、覚悟した様子で口を開いた。

「蒼一郎が僕のことをどう思っているのかって散々考えたけど、もう僕には全然分からないんだ。分かってるのは僕が蒼一郎を愛してるってことだけ…。子供が生まれるまで言うつもりは無かったけど、それじゃ遅いと…。」

 そう震える声で囁く薫の瞳から涙がポロリと頬を伝っていく。蒼一郎はその涙を指先で拭って、まじまじと薫の顔を食い入る様に見つめた。


 「…君を愛してる。私がどんなにこの言葉を薫に言いたかったか分からないだろう?言うのは簡単だ。だけど薫は子供が出来たから私がそう言うしかなかったって絶対考えると思った。

 ふ、…薫は自立してる分捻くれてるからね。本当は今日の結婚式でちゃんと気持ちを伝える予定だったんだ。薫が私を愛してるのは分かっていたからね。」

 薫は蒼一郎の首に抱きついて、くぐもった声で呟いた。

「…蒼一郎の意地悪。…僕が蒼一郎を愛してるって、知ってたの?」


 蒼一郎は首に巻きついた薫の手を解くと、その柔らかな頬に手を添えて優しく口づけた。

「泣かないで…。ああ、知ってたんだ。薫が絶頂でとんでる時に私に告白してくれたから。やっぱり無意識だったんだね。」

 薫は目を見開いて、それから泣き笑いで顔をくしゃりと歪めた。

「…全然気付かなかった。蒼一郎も黙ってたなんて酷いよ。…蒼一郎が何を考えているのか全然分からなくて、僕本当に…。」

 ぶわりと薫の大きな瞳から涙が溢れ出てきて、蒼一郎は慌てて謝った。


 「悪かった…。私も拗ねてたんだ。薫があまりにも私から離れる事ばかり言うから。もしかしてあの時の言葉も雰囲気に流されて言ったのかもしれないと迷ったりして。

 私もこんなに人を好きになった事が無かったから…、色々不安になったり、怒ったりしてたんだ。薫の顔を見てたら酷く罵ってしまいそうで慌てて逃げ出したこともあったくらいだ。」


 薫は涙で滲んだ瞳を喜びで緩ませて、クスリと笑った。

「蒼一郎が密かにそんな風にオロオロしてたなんて、ちょっと信じられないよ。」

 蒼一郎は、もう一度薫の唇を甘く吸って囁いた。

「ああ、愛する人の前じゃ流石の私も馬鹿になってしまうのさ。」

 それからお互いの隙間を埋めるように、口づけを深めた。どこかしょっぱい味がしたせいで一生思い出せるだろう。


 うっとりと自分を見上げる薫から渋々身体を引き剥がしながら、蒼一郎は腕時計を見た。

「名残惜しいが、そろそろ行かないと。結婚式の準備があるからね。薫のために選んだ今日のための衣装、喜んでくれると良いけど…。」

「何着てもこの身体じゃ様にならないよ。そうじゃない?」

 そうじゃない事は蒼一郎にはよく分かっていた。妊娠した薫は以前よりずっと輝いていた。悪阻が終わったのもそうだし、安定期になって食欲が増したせいで顔色も良い。

 それに何より幸福感で笑顔が輝いていたのだから。


 
 木の匂いに満たされた瀟洒な小さな教会で、蒼一郎はクリーム色の絨毯の上を歩いて来る薫を眩しい気持ちで迎えた。光沢のある明るいグレーのロングジャケットは凝った品のある刺繍に縁取られて、スラリとした薫を引き立てている。

 少し伸びた髪は繊細なデザインの銀色のイヤーカフが飾られた耳に掛けられて、印象的な黒目がちな瞳を引き立たせている。

 タキシードを着こなした蒼一郎が手を差し出すと、レースの手袋に包まれた薫の手が乗せられた。

 蒼一郎は薫と見つめ合いながらぎゅっとその手を握りしめると、思わず引き寄せてそのふっくらとした唇に口づけた。

「…んっ、蒼一郎…!…もう。キスはまだでしょう?」


 赤らんで恥ずかしがっている薫に心臓を高鳴らせながら、蒼一郎は薫の耳元で囁いた。

「綺麗すぎて我慢できなかったんだ。…さっさと終わらせて二人きりにならなくちゃ。」

 ちろりと薫に睨まれて、蒼一郎は楽し気に笑った。牧師とホテルスタッフ数人の立ち会いでのシンプルな結婚式だったけれど、夕暮れから次第に闇が深くなっていくと、ランタンがあちこちに置かれた教会は酷く幻想的な景色に変わっていった。


 蒼一郎から嵌められた結婚指輪を嬉し気に見つめてから、薫はその上気した顔を蒼一郎に向けて微笑んだ。

「ありがとう、蒼一郎。素敵な結婚式を準備してくれて。一生忘れないよ。」

 蒼一郎は薫の腰に手を回して、こめかみにキスして言った。

「ああ、一生忘れないで私を愛し続けてくれ。私はもうそうするって決めているから。」

 その日幻想的な教会で、蒼一郎と薫は美しい結婚式を無事にあげた。二人の輝く様な幸せな画像は、後日センセーショナルなニュースになってSNSを駆け巡るのだけど、それは二人にとっては取るに足りない事だった。



 慌ただしく部屋に戻ってきた二人の目の前に美しい光景が広がっていた。あちこちの真鍮台の上の蝋燭からハーブの優しい香りが揺らめく灯りと共に漂っている。

 中央には軽食や豪華なフルーツ、デザートやシャンパンが真珠色のテーブルクロスの上に飾られている。真っ赤な薔薇のアレンジが美しく添えられていて、二人の特別な夜を引き立てている様子に薫は目を輝かせて喜んだ。

「蒼一郎が用意してくれたの?素敵だ…!」


 蒼一郎は後ろから薫を抱き寄せて柔らかな黒髪に鼻を埋めると、薫らしい少し甘くてスパイシーな香水を楽しみながら囁いた。

「喜んでくれて骨を折った甲斐があるよ。お腹空いてるか?実は私はもっと食べたいものがあるんだが…。」

 蒼一郎の腕の中でクルリと向きを変えた薫は、悪戯っぽい視線で蒼一郎を見上げて唇を尖らせた。

「何が食べたいの?…もしかして僕だったりする?」

「ああ、我慢できないんだ。食べても良いか?」

 クスクス笑いながら、薫は蒼一郎の手が素早く衣装を脱がすのに協力した。もちろん薫もまた蒼一郎のタキシードを脱がすのに手を動かしたけれど、蒼一郎が隙あらば薫を喘がせるせいで、大した貢献は出来なかった。


 もつれる様にシャワーを浴び、濡れた身体も拭く時間を惜しんで、蒼一郎は待ちきれないとばかりに薫をベッドに押し倒した。ベッドサイドの大理石のチェストの上に置かれた蝋燭が揺らめいて、幻想的な灯りを天井に届けた。

 プライバシーのためだろう、腰高より上に切り取られた大きな窓からは木々の影から星の瞬く空が見える。

「見て、蒼一郎。凄い星。…ロマンティックだね。」

「私の可愛い奥様にぴったりだろう?」

「ふふ、もう馬鹿なんだから…。」


 すんなりした指が伸びて蒼一郎の首と髪に絡みつくと、引き寄せられる様に蒼一郎は薫の唇を奪った。薫は蒼一郎との肉体の触れ合いに直ぐに夢中になった。

 安定期になったのは自分の調子で実感していた。あの悪夢の様だった悪阻つわりがまるで遠い記憶の様にしか今は感じられない。まして今は、こうして触れ合っている蒼一郎が自分を愛してると知ったのだ。

 薫は蒼一郎から惜しみなく与えられる口づけに応えながら微笑んだ。今夜は妊夫に遠慮がちな蒼一郎を、自分が貪り食べようと心に決めて。

















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