特別な魔物

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26

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侯爵家

怪鳥の正体

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 アルバートは青白い顔で瞼を閉じてベッドに横たわるエドを見下ろしていた。突然騎士団に入った報告に、一瞬で血の気が無くなる感覚は初めての経験だった。エドの腕に巻きつけられた白い包帯が痛々しい。

 医者の言うことには、見た事のない裂傷で微かに毒の反応があるとの事だった。一応万能毒消しを処方してもらったが、白い包帯の隙間から見える肌の一部の変色がアルバートをゾッとさせた。


 「アルバート、大魔法師アドラー様に来て貰えるように頼んである。医者以外にエドに対処出来るとすればアドラー様以外には居ないだろう。しかし一体その怪鳥は何なのだろう。

 サミュエルや従者の言う事は本当なのだろうが、今ひとつ信じられない。だが、明らかに特別な魔物であるエドを狙ったものだろうな。」

 そう、隣に立つ父である侯爵に言われて、アルバートは言葉少なに頷いた。

「エドが護身魔法を会得していて幸いでした。そうでなければ状況的にはその怪鳥に拐われた可能性が大きいのですから。」


 それから程なくしてゼインを同伴して大魔法師が侯爵家を訪れた。エドの腕の様子を観察したアドラーはゼインに命じると虹色魔石を呪文で水に溶かさせた。

「これはエドが自分の魔力で注入した魔石だ。腕の変色は毒のように見えるが、これはその怪鳥の魔力だ。エドに絡みつく執念の様なものだから、ある種自分の魔力でこの魔法を打ち払えるだろう。」

 そう言うと虹色に染まったその液体を包帯の上から満遍なく掛けた。


 液体に触れたところから、ゆっくり紫色の煙の様なものが立ち上がって、アドラーは慌てて皆を部屋から追い出した。

 ゼインが窓を開けたのを見計らって、アドラーは風魔法でその煙を部屋から吹き飛ばした。それを何度かやるうちに、紫の煙が出ることは無くなった。

「アドラー様、もう大丈夫でしょうか。一応傷を見てみますか?」

 アドラーの合図でゼインはアルバートたちを部屋に呼び入れて包帯をゆっくり外して行った。そこに見えたものを見て、静かな部屋に大きく喘いだ皆の息遣いが響いた。


 「…!これは一体どう言うことでしょう。医師の言うには深い裂傷だったと言う話でした。実際血が出てましたし、こんなものではなかった筈です!」

 エドの白い二の腕には人間の手が掴んだ青あざがくっきりとついていた。その下の裂傷自体は赤い筋の様にまだその痕跡を残していたけれど、そのせいで余計に不気味さを感じさせた。

「…ここを見ろ。裂傷自体は確かにあったんだ。ただエドの魔力で相手の本質を炙り出したという事かもしれない。怪鳥に見えていたのは実は人間の変幻したものかもしれないという事だ。」


 アルバートは掴まれた手型の跡に自分の手を重ねて呟いた。

「…私より大きい。それが人間の姿をしているとすればかなり体格の良い者、多分男でしょう。しかし一体何者なのでしょうか。」

 それに答えられる者は居なかったけれど、アドラーは身体を起こして自ら窓を閉めると、魔法の杖で何箇所か突いて振り返った。

「とりあえず結界の魔法を掛けておいた。魔物であるエドが何者かに狙われたのは間違いない。しばらくはっきりした事が分かるまで用心した方がいいだろう。

 こうなったら、エドにも攻撃魔法を訓練した方が良さそうだな。防御だけではいかんせん無理がある。」


 
 皆が立ち去って、アルバートはエドの眠るベッドの側に椅子を置いて付き添っていた。

 じんわりと汗をかいたエドは時々青ざめた顔を顰めて何か呟いている。それは言葉にならなかったけれど、まだ少年の見かけのエドの姿ではより一層痛ましく見える。

「エド…。大丈夫だ。もう毒はないし、ここは安全だ。」

 そうアルバートが言い聞かせる様にエドに話しかけてサラリとした黒髪を撫でると、エドは眉間の皺を緩ませた。


 自分がエドをこの世界に捕らえてしまったのは間違っていたのだろうかと、アルバートは初めてそう考えた。特別な魔物を手に入れるのは、この世界、この国に生まれた者にとっては疑いようも無い願いではあったけれど、エドは無理やりここに連れてこられたと言っていたのではなかったか?

 もしそうなら、こうしてエドが狙われて怪我を負うのも、全てアルバートのせいなのかもしれない。

 それでもなおアルバートは、やはりエドと会わなければ良かったとは思えなかったし、あの夢の中で初めて目にした時からエドを手に入れる事を渇望してしまった事は疑いもなかった。








 




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