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王都へ
別邸
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「では明日はシモン様がアンドレ様を屋敷にお連れすると言う事でよろしいのですね?あの、玄関までお連れしなくてもよろしいのですか?」
そう護衛のビクターに念押しされて、僕は頷いた。
「うん、大丈夫。そろそろ兄上が来る時間だから。ビクターは婚約者と楽しい週末を過ごしてね。」
僕がそう言っても、周囲を見渡してビクターは中々立ち去ろうとしなかった。馬車は先に屋敷に戻らせたから、ビクターは直接週末の自分の家に戻る事にしたのだろう。
ビクターが自分の仕事を遂行しようとしているのは理解できたけれど、流石に僕も小さな少年ではない。兄上に引き渡すまで動こうとしないビクターをどう説得しようかと思っていると、通りの向こうから一頭だての瀟洒な馬車が向かって来た。
ビクターはホッとした様子で馬車の紋章を確認すると、馬車から降りて来たシモン兄上に挨拶すると僕に微笑みかけて反対の通りへと弾む様な足取りで消えて行った。
僕がぼんやりビクターの後ろ姿を眺めていると、兄上の低い声が僕の耳を撫でた。
「…アンドレ、家に入ろう。遅れてすまなかった。…ビクターを選んで正解だったな。通りでアンドレを放り出す様では護衛の意味がない。」
僕はこれから実行される事から目を逸らしたくて、思わず兄上に口答えした。
「とは言え、僕は一人で通りを歩けるくらい十分に大人だと思いますけど。令嬢の様に過保護にされるのは勘弁して欲しいです。」
僕がまだ話しているのに、兄上はさっさと僕の腰を引き寄せてポーチまで連れ込むと、目の前で玄関の鍵を開けた。
「独り住まいは狭いが気楽で良い。屋敷に居ると、配下の目もあるから後継者として律しなければならない部分もあるからな。」
そう言うと僕を先に家の中へ行かせてカチリと鍵を閉めた。僕はその音を背中で聞いて、もう逃げる事が出来ないとゴクリと唾を飲んだ。もっとも逃げる気があったらここには来ていない。
兄上に拘束して連れてこられた訳じゃないのだから、ここまで来たのは自分の意思そのものだ。
兄上はランプの灯りをつけると、奥の方まで歩いて行った。僕がぼんやり突っ立って居ると、振り返って言った。
「…アンドレこちらに来なさい。」
僕は一気に緊張して来た。さっきまであった食欲もすっかり無くなってしまった。
「食事の用意はされてる様だが、どうする?先に食べるか?それとも…。」
兄上の燻る灰色の視線が強くて、僕は首を振った。
「今は食べたくない。…兄上はふしだらな僕を宥めてくれるのでしょう?」
一瞬眉を顰めた兄上は、チラッと湯浴み場の方を見て言った。
「先にお湯を使いなさい。後で私も使おう。…今日は忙しかったからさっぱりしたい。」
そう言いながら首元のボウタイを解いた。その色っぽい姿に視線が惹きつけられたけれど、兄上と目が合うと急に恥ずかしくなって慌てて湯浴みへと向かった。
けれども悲しいかな、箱入りの僕は湯の用意も出来ない。空っぽの鈍く光る浴槽をしかめ面で眺めて居ると、後ろからやって来た兄上が浴槽の側の紐を引っ張った。
「王都に居て便利なのはこれだな。新しい建物は従者が居なくても湯を使える。」
配管から音を立ててお湯が浴槽へと流れ落ちて来た。僕はそのお湯の勢いに目を瞬かせながら呟いた。
「屋敷はこんな感じじゃないけど…。」
すると兄上は僕に洗浄器具を渡して言った。
「屋敷は人手があるからな。仕上げにこれを使うだろう?…新しいものを用意しておいた。湯の量が良かったら紐を引きなさい。そうすれば止まるから。」
手のひらの上の冷たい器具の感触を感じながら、僕は踵を返して立ち去る兄上を振り返る事も出来なかった。動揺した顔を見られてしまう。
マリーの指南の後でこれと似たものを一度だけ使った事がある。あれはアランの指南のためだ。一年は経っていないだろうけど、その手のことからすっかり遠のいてしまったせいで、僕はぎこちなく手の中のそれを動かした。
かと言って兄上に助けてもらうことなど無理だ。僕のぎこちなさで、兄上の想像するふしだらな僕ではなくなってしまう。それは今夜のシナリオの崩壊を意味する。
事実を知ってしまったら兄上はきっと僕としないだろう。兄上はふしだらな僕が醜聞を撒き散らすのを防ぐために、身内の責任としてこうするのだから。
僕はこんな現実に薄く笑って、勢いよく脱いだ。着替えは多分屋敷から届けられて用意されて居るはずだ。こうして乱暴に服を剥ぎ取る事で僕は自分自身を奮い立たせた。
温かなお湯を使って何とか洗浄すると、僕はホッとして香りの良いお湯の中へと飛び込んだ。
湯浴みの棚に置いてある数本のエッセンスは見るからに特別なものだと言う事が分かる。兄上はこれを誰と使用しているのだろうと嫉妬めいた気持ちで、封の空いてない新品をわざと使ったんだ。
湯気に混じる豊かな香りは僕の大好きな花木のもので、僕は大きく息を吸い込んだ。これだけで何処か張り詰めていた心がほぐれた気がする。お湯の中に揺れる、無意識に期待する僕の少し兆したそれも落ち着いてくれたら良いのに…。
その時湯浴みの扉が開いて、兄上が全裸で立っていた。
ああ、僕はショックで倒れそうだった。想像よりもずっと鍛えられたすっかり大人の男としての兄上の身体は非の打ち所がなかった。そして中心のシンボルは、張り詰めてそびえ立っていた。
僕はそれを見てホッとしたのか、恐ろしくなったのか自分でも判断ができなかった。視線を引き剥がしてゆっくり兄上の身体をなぞる様に持ち上げて目を合わせた時、僕の見たものは何だっただろう。
いつもの感情を読み取れないポーカーフェイスの兄上はそこには居なかった。強張った顔で僕を黙って見つめる兄上の瞳が燃えるように見えたのは錯覚だっただろうか。
そして僕自身も、お湯の中ですっかり張り詰めてしまったのを自覚していた。ああ、もうどうにでもなれ!
そう護衛のビクターに念押しされて、僕は頷いた。
「うん、大丈夫。そろそろ兄上が来る時間だから。ビクターは婚約者と楽しい週末を過ごしてね。」
僕がそう言っても、周囲を見渡してビクターは中々立ち去ろうとしなかった。馬車は先に屋敷に戻らせたから、ビクターは直接週末の自分の家に戻る事にしたのだろう。
ビクターが自分の仕事を遂行しようとしているのは理解できたけれど、流石に僕も小さな少年ではない。兄上に引き渡すまで動こうとしないビクターをどう説得しようかと思っていると、通りの向こうから一頭だての瀟洒な馬車が向かって来た。
ビクターはホッとした様子で馬車の紋章を確認すると、馬車から降りて来たシモン兄上に挨拶すると僕に微笑みかけて反対の通りへと弾む様な足取りで消えて行った。
僕がぼんやりビクターの後ろ姿を眺めていると、兄上の低い声が僕の耳を撫でた。
「…アンドレ、家に入ろう。遅れてすまなかった。…ビクターを選んで正解だったな。通りでアンドレを放り出す様では護衛の意味がない。」
僕はこれから実行される事から目を逸らしたくて、思わず兄上に口答えした。
「とは言え、僕は一人で通りを歩けるくらい十分に大人だと思いますけど。令嬢の様に過保護にされるのは勘弁して欲しいです。」
僕がまだ話しているのに、兄上はさっさと僕の腰を引き寄せてポーチまで連れ込むと、目の前で玄関の鍵を開けた。
「独り住まいは狭いが気楽で良い。屋敷に居ると、配下の目もあるから後継者として律しなければならない部分もあるからな。」
そう言うと僕を先に家の中へ行かせてカチリと鍵を閉めた。僕はその音を背中で聞いて、もう逃げる事が出来ないとゴクリと唾を飲んだ。もっとも逃げる気があったらここには来ていない。
兄上に拘束して連れてこられた訳じゃないのだから、ここまで来たのは自分の意思そのものだ。
兄上はランプの灯りをつけると、奥の方まで歩いて行った。僕がぼんやり突っ立って居ると、振り返って言った。
「…アンドレこちらに来なさい。」
僕は一気に緊張して来た。さっきまであった食欲もすっかり無くなってしまった。
「食事の用意はされてる様だが、どうする?先に食べるか?それとも…。」
兄上の燻る灰色の視線が強くて、僕は首を振った。
「今は食べたくない。…兄上はふしだらな僕を宥めてくれるのでしょう?」
一瞬眉を顰めた兄上は、チラッと湯浴み場の方を見て言った。
「先にお湯を使いなさい。後で私も使おう。…今日は忙しかったからさっぱりしたい。」
そう言いながら首元のボウタイを解いた。その色っぽい姿に視線が惹きつけられたけれど、兄上と目が合うと急に恥ずかしくなって慌てて湯浴みへと向かった。
けれども悲しいかな、箱入りの僕は湯の用意も出来ない。空っぽの鈍く光る浴槽をしかめ面で眺めて居ると、後ろからやって来た兄上が浴槽の側の紐を引っ張った。
「王都に居て便利なのはこれだな。新しい建物は従者が居なくても湯を使える。」
配管から音を立ててお湯が浴槽へと流れ落ちて来た。僕はそのお湯の勢いに目を瞬かせながら呟いた。
「屋敷はこんな感じじゃないけど…。」
すると兄上は僕に洗浄器具を渡して言った。
「屋敷は人手があるからな。仕上げにこれを使うだろう?…新しいものを用意しておいた。湯の量が良かったら紐を引きなさい。そうすれば止まるから。」
手のひらの上の冷たい器具の感触を感じながら、僕は踵を返して立ち去る兄上を振り返る事も出来なかった。動揺した顔を見られてしまう。
マリーの指南の後でこれと似たものを一度だけ使った事がある。あれはアランの指南のためだ。一年は経っていないだろうけど、その手のことからすっかり遠のいてしまったせいで、僕はぎこちなく手の中のそれを動かした。
かと言って兄上に助けてもらうことなど無理だ。僕のぎこちなさで、兄上の想像するふしだらな僕ではなくなってしまう。それは今夜のシナリオの崩壊を意味する。
事実を知ってしまったら兄上はきっと僕としないだろう。兄上はふしだらな僕が醜聞を撒き散らすのを防ぐために、身内の責任としてこうするのだから。
僕はこんな現実に薄く笑って、勢いよく脱いだ。着替えは多分屋敷から届けられて用意されて居るはずだ。こうして乱暴に服を剥ぎ取る事で僕は自分自身を奮い立たせた。
温かなお湯を使って何とか洗浄すると、僕はホッとして香りの良いお湯の中へと飛び込んだ。
湯浴みの棚に置いてある数本のエッセンスは見るからに特別なものだと言う事が分かる。兄上はこれを誰と使用しているのだろうと嫉妬めいた気持ちで、封の空いてない新品をわざと使ったんだ。
湯気に混じる豊かな香りは僕の大好きな花木のもので、僕は大きく息を吸い込んだ。これだけで何処か張り詰めていた心がほぐれた気がする。お湯の中に揺れる、無意識に期待する僕の少し兆したそれも落ち着いてくれたら良いのに…。
その時湯浴みの扉が開いて、兄上が全裸で立っていた。
ああ、僕はショックで倒れそうだった。想像よりもずっと鍛えられたすっかり大人の男としての兄上の身体は非の打ち所がなかった。そして中心のシンボルは、張り詰めてそびえ立っていた。
僕はそれを見てホッとしたのか、恐ろしくなったのか自分でも判断ができなかった。視線を引き剥がしてゆっくり兄上の身体をなぞる様に持ち上げて目を合わせた時、僕の見たものは何だっただろう。
いつもの感情を読み取れないポーカーフェイスの兄上はそこには居なかった。強張った顔で僕を黙って見つめる兄上の瞳が燃えるように見えたのは錯覚だっただろうか。
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