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第七章 真犯人
真犯人7
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「あれは、五月の初めごろのことだった。僕は授業で自画像を課題にした。池沢は人物画はそう得意ではなかったようだったが、熱心に取り組んでなかなかのものを仕上げていた。しかし、その絵を返した日の部活で、彼の様子はなんとなくおかしかった。怪訝に思った僕は、どうしたのか訊ねてみた。彼は頑なになにも言わなかったが、横に置いてあった鞄に一瞬視線を向けていた。僕はその中に答えがあるのだと察し、無理遣りその鞄の中を調べてみた。
すると、鞄の中からぐちゃぐちゃになった紙が出てきた。それは、その日返した自画像だった。彼の描いた自画像は、酷い落書きをされていた。僕は誰がこんな酷いことをしたのかと問い糾したが、彼は答えなかった。そして、誰にも言わないで欲しいと彼に口止めされた。僕はしかし、それでは気が済まなかった。どうにかしてそんなことをした犯人を懲らしめたいと思った」
そう言った直後、青山先生の顔は狂気に歪んだ。僕はそれを見て、ぞっと体を震わせた。
「そこで思い付いたのが、呪いだよ。僕は呪いに見せかけて、彼の絵に酷いことをした犯人に仕返しをすることにした。犯人は特定できていなかったから、対象はクラスの生徒全員だ。特に美術を軽視している人間には、重い罰を与えることにした」
青山先生は卑屈な笑みを浮かべていた。その目付きは、病んでいた。
「池沢には真実を知らせず、いつもの世間話のように呪いの噂を話していた。そんな中で、僕は放課後誰もいない教室で、生徒の私物を盗んだり、壊したりした。ときどき教室でラップ音みたいな音を、隠し持っていたICレコーダーで流したりもした。ときには、一人で焼却炉に行く生徒を気付かれないように、釣り糸で作った罠に引っかけて転ばしたりもした。そのうちに、生徒たちは疑心暗鬼に囚われていった。そして狙い通り、池沢の言う呪いの噂は、クラス内におもしろいように広まっていった」
それが、呪いの正体。
すべては青山先生によって仕組まれたことだった。きっと担任という立場だからこそ、できたことだったのだろう。
「どうしてそんなことをしたんですか。他に違う方法があったんじゃないですか? こんな馬鹿げたことするなんてどうかしてます!」
僕はそう叫んだ。理解できなかった。どうして呪いなんて。
「馬鹿げている。本当にそうだ。どうかしてたんだよ。でも、あのときの僕にはそれしか方法が思い付かなかった。きっと僕は復讐をしたかったんだと思う。池沢のことを口実に、美術を馬鹿にしたやつらを懲らしめてやるつもりだったんだ」
「途中でやめようとは思わなかったんですか? ここまで続ける必要はあったんですか?」
冷静な口調でミナミが言った。
「もう、気付いたときには止められないところまで来てたんだよ。僕が動かなくても、もう呪いは生徒たちにかかっていた。なにか不幸な事件が起きれば、それはすべて呪いのせいということになる。呪いの噂は一人歩きを始めていた。僕はただ、それを傍観していることしかできなかったんだ」
「人形の呪いというのも先生が言ったんですか?」
「いや、それは僕も知らないうちにそうなっていたんだよ。誰が言い出したのかはわからない」
「きっと池沢くんよ。池沢くんはあの人形を見たことを誰かに聞いて欲しかった。だから、うちのサイトに書き込みをしたのよ。クラスでもきっと人形のことを誰かに話しているはずだわ」
「そうか……。それから『人形の呪い』が生まれたんだ」
僕はようやく合点がいった。噂というのは、本当に生き物のようだと思う。ちょっとしたことで、それは形を変えていく。そしてどんどん大きく成長していくのだ。さらに、そんな噂が広まれば広まるほど、それは現実味を帯びてくる。不幸は不幸を呼び、呪われたクラスは現実のものとなった。
「でも、まだ一番肝心なことを教えてもらってないですね。結局、池沢くんはどうして死んでしまったんですか?」
僕がそう訊くと、沈黙している青山先生の代わりにミナミが口を開いた。
「誠二くん。先生にも聞いてもらいたいんですけど、呪いは一人歩きをしていた。これってどういうことかわかる?」
「え? というと?」
「呪われたクラスは完成していた。呪いの効力は、なにもしなくても発揮されていた。つまりそれは、青山先生でなくても呪いは起こせるということよ」
青山先生でなくても呪いは起こせる? それは、他にも誰かが故意に呪いを起こしていたということなのか。
でもいったい誰がそんなことを?
「青山先生、心当たりありませんか?」
青山先生は苦しそうに顔を歪めた。そして、観念したように、こくりとうなずいた。
「一度、三上という生徒が階段から落ちて、骨折するほどの怪我を負ったことがあった。その現場で、ある生徒が逃げるように走り去って行くのを見たんだ」
覚えがある。美鈴ちゃんたちが呪いの話をしていた中で、階段から見えない誰かに突き落とされた生徒がいたと聞いた。あれは青山先生ではなかったということか。
「誰だったんですか? その走り去っていった生徒っていうのは」
青山先生は視線をある方向に向けていた。
その先にあったのは、美しく描かれた風景。未完成のまま、そこに置かれた絵。
そして先生は言った。
「……池沢だったよ」
すると、鞄の中からぐちゃぐちゃになった紙が出てきた。それは、その日返した自画像だった。彼の描いた自画像は、酷い落書きをされていた。僕は誰がこんな酷いことをしたのかと問い糾したが、彼は答えなかった。そして、誰にも言わないで欲しいと彼に口止めされた。僕はしかし、それでは気が済まなかった。どうにかしてそんなことをした犯人を懲らしめたいと思った」
そう言った直後、青山先生の顔は狂気に歪んだ。僕はそれを見て、ぞっと体を震わせた。
「そこで思い付いたのが、呪いだよ。僕は呪いに見せかけて、彼の絵に酷いことをした犯人に仕返しをすることにした。犯人は特定できていなかったから、対象はクラスの生徒全員だ。特に美術を軽視している人間には、重い罰を与えることにした」
青山先生は卑屈な笑みを浮かべていた。その目付きは、病んでいた。
「池沢には真実を知らせず、いつもの世間話のように呪いの噂を話していた。そんな中で、僕は放課後誰もいない教室で、生徒の私物を盗んだり、壊したりした。ときどき教室でラップ音みたいな音を、隠し持っていたICレコーダーで流したりもした。ときには、一人で焼却炉に行く生徒を気付かれないように、釣り糸で作った罠に引っかけて転ばしたりもした。そのうちに、生徒たちは疑心暗鬼に囚われていった。そして狙い通り、池沢の言う呪いの噂は、クラス内におもしろいように広まっていった」
それが、呪いの正体。
すべては青山先生によって仕組まれたことだった。きっと担任という立場だからこそ、できたことだったのだろう。
「どうしてそんなことをしたんですか。他に違う方法があったんじゃないですか? こんな馬鹿げたことするなんてどうかしてます!」
僕はそう叫んだ。理解できなかった。どうして呪いなんて。
「馬鹿げている。本当にそうだ。どうかしてたんだよ。でも、あのときの僕にはそれしか方法が思い付かなかった。きっと僕は復讐をしたかったんだと思う。池沢のことを口実に、美術を馬鹿にしたやつらを懲らしめてやるつもりだったんだ」
「途中でやめようとは思わなかったんですか? ここまで続ける必要はあったんですか?」
冷静な口調でミナミが言った。
「もう、気付いたときには止められないところまで来てたんだよ。僕が動かなくても、もう呪いは生徒たちにかかっていた。なにか不幸な事件が起きれば、それはすべて呪いのせいということになる。呪いの噂は一人歩きを始めていた。僕はただ、それを傍観していることしかできなかったんだ」
「人形の呪いというのも先生が言ったんですか?」
「いや、それは僕も知らないうちにそうなっていたんだよ。誰が言い出したのかはわからない」
「きっと池沢くんよ。池沢くんはあの人形を見たことを誰かに聞いて欲しかった。だから、うちのサイトに書き込みをしたのよ。クラスでもきっと人形のことを誰かに話しているはずだわ」
「そうか……。それから『人形の呪い』が生まれたんだ」
僕はようやく合点がいった。噂というのは、本当に生き物のようだと思う。ちょっとしたことで、それは形を変えていく。そしてどんどん大きく成長していくのだ。さらに、そんな噂が広まれば広まるほど、それは現実味を帯びてくる。不幸は不幸を呼び、呪われたクラスは現実のものとなった。
「でも、まだ一番肝心なことを教えてもらってないですね。結局、池沢くんはどうして死んでしまったんですか?」
僕がそう訊くと、沈黙している青山先生の代わりにミナミが口を開いた。
「誠二くん。先生にも聞いてもらいたいんですけど、呪いは一人歩きをしていた。これってどういうことかわかる?」
「え? というと?」
「呪われたクラスは完成していた。呪いの効力は、なにもしなくても発揮されていた。つまりそれは、青山先生でなくても呪いは起こせるということよ」
青山先生でなくても呪いは起こせる? それは、他にも誰かが故意に呪いを起こしていたということなのか。
でもいったい誰がそんなことを?
「青山先生、心当たりありませんか?」
青山先生は苦しそうに顔を歪めた。そして、観念したように、こくりとうなずいた。
「一度、三上という生徒が階段から落ちて、骨折するほどの怪我を負ったことがあった。その現場で、ある生徒が逃げるように走り去って行くのを見たんだ」
覚えがある。美鈴ちゃんたちが呪いの話をしていた中で、階段から見えない誰かに突き落とされた生徒がいたと聞いた。あれは青山先生ではなかったということか。
「誰だったんですか? その走り去っていった生徒っていうのは」
青山先生は視線をある方向に向けていた。
その先にあったのは、美しく描かれた風景。未完成のまま、そこに置かれた絵。
そして先生は言った。
「……池沢だったよ」
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