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第三章 世界が終わる前にやりたいこと
世界が終わる前にやりたいこと7
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風呂の湯船に浸かりながら、僕はぐるぐると眩暈のするような思いに苛まれていた。
無理だ。そんなことできるわけがない。
ああでも、断ることは許されない。そういう種類の賭けだった。
僕は朔が出してきた要求に、心底悩み戸惑っていた。
朔が出してきた僕への要求とは、こういうものだった。
『世界が終わるときまでに、好きな子に告白をすること』
とんでもない要求に、僕は聞いた瞬間のけぞり、倒れそうになってしまった。本当に倒れることはなかったけれど、すぐにでも布団に入って寝込んでしまいたい気分になっていた。
「馬鹿野郎。そんなことできるわけないじゃないか」
湯を手で掬い、そこに顔を浸した。顔の表面を濡らした湯が、手から溢れて指の間から伝い落ちていく。
好きな子に告白する。それはつまり、茜に僕の気持ちを打ち明けるということだ。
そんなことはできるわけがない。それは、心にしまって封印してしまうつもりのことであり、してはいけないことだと言い聞かせてきたことなのだ。
「朔のやつ……。本当はわかって言っているんじゃないのか……?」
僕が茜のことを好きだということを。
けれど、わかっていて言っているのだとすれば、やつは本当に馬鹿だ。朔も茜を好きなのだとすれば、それはライバルの背中を押す行為であり、もし茜が僕の告白を受け入れるようなことになれば、自分は失恋してしまうのだ。
そんなことは、あまりにお人好し過ぎる。いくら朔が馬鹿だとしても、そこまで馬鹿なことをするだろうか。
しかし、どちらにしろ告白などという、今までのすべてをぶち壊してしまうようなことなどできるわけがない。
朔には悪いが、こればかりは無理なこと。
バシャッともう一度、両手で顔に湯をかけた。
――だけど。
もし本当にこのまま世界が終わってしまうのだとしたら。
胸に沸き起こってくるある想いを、僕は必死に押さえ込もうとしていた。
風呂からあがると、和室の縁側では朔と茜が並んで座りながら談笑していた。僕が近くまで来ていることにもまだ気づいていない様子で、二人の世界をそこに形成していた。
二人の楽しそうな横顔を見たその瞬間。
僕のなかに、ある種の感情が生まれていた。
ずんと重く胃の底の辺りに湧いてきたそれは、とても薄汚く、どす黒く、不快なもので、自分のもっとも嫌う種類のものだった。なのに、どうしようもなくそれは己の身のうちを支配し、侵そうとしていた。
駄目だ。
駄目だ駄目だ。
こんな感情を僕は持ってなどいなかった。こんな汚い感情を、僕は身のうちに飼った覚えなどなかった。
なのに、どうしてだか僕はいつものように二人に近づいていくことができなかった。仲のいい二人の姿を見ていることが、辛くて辛くて仕方なかった。
朔。
茜。
二人のことを好きなはずなのに、なぜこんな気持ちになるのだろう。
二人が仲良くしているのを、なぜ僕は辛く思うのだろう。
その感情の名を僕は認めたくなくて、しばらくずっと息を止めたままその場で立ち尽くしていた。
「おや、どうしたんかね。部屋に入らんと。そんな寒いところにずっとおると風呂冷めするよ」
突然背後からそんな声がして、僕は口から心臓が飛び出そうなほどびっくりした。気づくと真後ろにおばあさんが立っていた。
「あれ? 京、お風呂からあがったんだ。早くなかに入ってこればいいのに」
振り向いた茜が、なんの違和感も感じてないふうにそんなことを言った。
「おいおい。もしかして迷子にでもなってたのか? 京って結構方向音痴なとこあるからな」
朔はこちらを見て笑い声をあげている。
いつもの二人。僕を無条件に受け入れてくれる彼ら。
なのに、僕だけがいつもの自分と違っていた。
なぜこんな嫌な人間になってしまったのだろう。
どうしてこんな感情を僕は抱いているのだろう。
知りたくなんかなかった。
恋なんてしなければよかった。
僕は作り笑顔を浮かべながら二人に近づいていった。
――嫉妬という感情を胸の奥に抱えたまま。
無理だ。そんなことできるわけがない。
ああでも、断ることは許されない。そういう種類の賭けだった。
僕は朔が出してきた要求に、心底悩み戸惑っていた。
朔が出してきた僕への要求とは、こういうものだった。
『世界が終わるときまでに、好きな子に告白をすること』
とんでもない要求に、僕は聞いた瞬間のけぞり、倒れそうになってしまった。本当に倒れることはなかったけれど、すぐにでも布団に入って寝込んでしまいたい気分になっていた。
「馬鹿野郎。そんなことできるわけないじゃないか」
湯を手で掬い、そこに顔を浸した。顔の表面を濡らした湯が、手から溢れて指の間から伝い落ちていく。
好きな子に告白する。それはつまり、茜に僕の気持ちを打ち明けるということだ。
そんなことはできるわけがない。それは、心にしまって封印してしまうつもりのことであり、してはいけないことだと言い聞かせてきたことなのだ。
「朔のやつ……。本当はわかって言っているんじゃないのか……?」
僕が茜のことを好きだということを。
けれど、わかっていて言っているのだとすれば、やつは本当に馬鹿だ。朔も茜を好きなのだとすれば、それはライバルの背中を押す行為であり、もし茜が僕の告白を受け入れるようなことになれば、自分は失恋してしまうのだ。
そんなことは、あまりにお人好し過ぎる。いくら朔が馬鹿だとしても、そこまで馬鹿なことをするだろうか。
しかし、どちらにしろ告白などという、今までのすべてをぶち壊してしまうようなことなどできるわけがない。
朔には悪いが、こればかりは無理なこと。
バシャッともう一度、両手で顔に湯をかけた。
――だけど。
もし本当にこのまま世界が終わってしまうのだとしたら。
胸に沸き起こってくるある想いを、僕は必死に押さえ込もうとしていた。
風呂からあがると、和室の縁側では朔と茜が並んで座りながら談笑していた。僕が近くまで来ていることにもまだ気づいていない様子で、二人の世界をそこに形成していた。
二人の楽しそうな横顔を見たその瞬間。
僕のなかに、ある種の感情が生まれていた。
ずんと重く胃の底の辺りに湧いてきたそれは、とても薄汚く、どす黒く、不快なもので、自分のもっとも嫌う種類のものだった。なのに、どうしようもなくそれは己の身のうちを支配し、侵そうとしていた。
駄目だ。
駄目だ駄目だ。
こんな感情を僕は持ってなどいなかった。こんな汚い感情を、僕は身のうちに飼った覚えなどなかった。
なのに、どうしてだか僕はいつものように二人に近づいていくことができなかった。仲のいい二人の姿を見ていることが、辛くて辛くて仕方なかった。
朔。
茜。
二人のことを好きなはずなのに、なぜこんな気持ちになるのだろう。
二人が仲良くしているのを、なぜ僕は辛く思うのだろう。
その感情の名を僕は認めたくなくて、しばらくずっと息を止めたままその場で立ち尽くしていた。
「おや、どうしたんかね。部屋に入らんと。そんな寒いところにずっとおると風呂冷めするよ」
突然背後からそんな声がして、僕は口から心臓が飛び出そうなほどびっくりした。気づくと真後ろにおばあさんが立っていた。
「あれ? 京、お風呂からあがったんだ。早くなかに入ってこればいいのに」
振り向いた茜が、なんの違和感も感じてないふうにそんなことを言った。
「おいおい。もしかして迷子にでもなってたのか? 京って結構方向音痴なとこあるからな」
朔はこちらを見て笑い声をあげている。
いつもの二人。僕を無条件に受け入れてくれる彼ら。
なのに、僕だけがいつもの自分と違っていた。
なぜこんな嫌な人間になってしまったのだろう。
どうしてこんな感情を僕は抱いているのだろう。
知りたくなんかなかった。
恋なんてしなければよかった。
僕は作り笑顔を浮かべながら二人に近づいていった。
――嫉妬という感情を胸の奥に抱えたまま。
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