世界の終わり、茜色の空

美汐

文字の大きさ
13 / 43
第三章 世界が終わる前にやりたいこと

世界が終わる前にやりたいこと6

しおりを挟む
 僕は茜のことが好きだ。
 そのことを僕はまだ誰にも話したことはなかった。そして、それでいいと思っていた。
 なぜならそれは、打ち明けるつもりのないことだったから。己のなかで昇華してしまうつもりの想いだったから。

 朔もきっと茜のことが好きなのだろう。
 そのことに気付いたのは、高校に入学して間もないころのこと。
 放課後に忘れ物をして教室に戻ったとき、そこに朔がいた。朔は窓の外の光景を眺めながら、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。
 声をかけるのもためらわれて、しばらく教室の手前で立ち尽くしていたが、すぐに朔はこちらのことに気が付いた。ごまかすように笑った朔は、慌てた様子で教室から出ていった。その不自然さに、つい魔が差してしまった。

 僕は朔が熱心に見ていたものがなんだったのかが気になり、そっと窓の外を見てみた。するとそこには、中庭でバレーボールを友達としている茜の姿が見えた。
 その事実に、僕は衝撃を受け、動揺した。

 朔も茜のことが好きなのかもしれない。
 その事実は、どうしようもなく僕を苛んだ。
 けれど、結局今までそのことを本人に確かめたことはなかった。もしかしたら自分の勘違いかもしれない。単に仲のいい女友達という、本当にそれだけの気持ちしかないのかもしれない。
 しかし、日に日にそうではないという思いのほうが強くなっていった。

 朔と茜はどこか気が合うのか、よく一緒に過ごすようになった。僕もそこにいることに楽しさを感じてもいた。
 朔は裏表のない人間で、とてもまっすぐで男気もあるいいやつだ。付き合っていて気持ちがいい。
 だからこそ、なおさら茜に対する自分の気持ちを表に出すことなどできなかった。
 もうそれでいいと、この関係のまま過ごしていければ充分だと思っていたのに。
 世界がもうすぐ終わってしまうかもしれないと考えたとき、揺らぐ気持ちが自分の奥底で疼いていることに気付いた。





 対局は続いていた。形勢はまだどちらが有利ともいえない状況で、際どい攻防戦が繰り広げられていた。
 茜はまだ風呂から帰ってきてはいない。茜の祖母も後片付けなどをしているのか、台所にこもりっきりだ。

「なあ、京」

 盤上を熱心に見つめていた朔が、ぽつりと口を開いた。

「賭けをしないか?」

 長考の姿勢を取っていた朔の口から意外な言葉が飛び出し、僕は驚いた。

「賭け?」

「そう。この勝負、俺が勝ったらお前は俺の言うことをひとつだけ聞く。反対にお前が勝ったら俺はお前の言うことを聞く」

「は? なんだそれ」

「いいだろ? 今思いついたんだ。世界が終わる前の大勝負」

 顔を上げ、にやりといたずら小僧のような笑みを浮かべる友人の顔を見つめ、僕は思わず吹き出してしまった。

「世界が終わる前の大勝負か。それ、いいかもな。悪くない」

「お、じゃあ商談成立だな。つーことで、この勝負、ぜってー負けねーからな」

「望むところだ」

 そしてまた将棋を僕らは差し始めた。





 勝ち、勝ち、勝ちと勝ちがずっと続いてきている場合、そのまま負け越すことはないだろうと考えるのは、勝負事において一番やってはいけない思考だ。確かに競馬などでも強い馬に賭けるのは悪くない賭けであり、確率の問題から考えれば、それが定石。勝つパターン。
 けれども、何事も常識で計りえないことがあるということを忘れてはいけない。競馬で万馬券が出ることも、貧乏人が一枚の宝くじを当てて億万長者になることも、この世の中にはあるのだ。

「負けました……」

 絶対に負けるわけがないという自負を持って臨んだ試合に、僕は負けてしまった。投了を宣言すると、朔は大威張りで胸を張った。

「どうだ! 思い知ったか! 今までの俺の雪辱をようやく果たしてやったぞ!」

「く……っ。なんだかものすごく悔しい……!」

「ふっふっふ。というわけで、京。賭けは俺の勝ちだ。覚悟しな」

 そうだった。先ほどの賭けはこの時点で朔の勝ちとなり、僕は彼の言うことを無条件で聞かなくてはならないことになった。朔はなにを僕に要求してくるのかわからないが、ものすごく不安なことだけは確かである。

「あ、試合終わったんだ」

 ふいにそんな声が聞こえ、そちらを振り向いてどきりとした。襖を開けて入ってきた茜は、白地に花柄の浴衣を身に着けており、濡れた頭にふんわりとタオルを被っていた。
 普段では見られないそんな姿はどことなく色気があり、僕はまともに彼女を直視することができずに視線をさまよわせる。
 完全に不意打ちだ。落ち着け僕の心臓。

「ふーん。で、どっちが勝ったの?」

「どっちが勝ったか知りたい? そうだろうそうだろう。是非とも教えてつわかそうじゃないか!」

 朔の思い切り不自然な態度に、茜は不審げに言った。

「え……? まさかのまさか? 嘘でしょ?」

「嘘ではない! 俺の勝利だ! さあ、遠慮せず褒め称えなさい。栄光の勝者に賛美を! 称賛を!」

 立ち上がって腰に手を当て胸を反らしながら、これでもかと鼻を高くして呵々大笑する朔は、どう見ても紳士ではなく子供のそれだった。
 悔しいが、まあ初めて僕に勝利したという感動が相当大きかったのに違いない。

「で、さっき朔が言ってた賭けってなんのこと?」

「ん? 賭け? まあそれはあれだ。男と男の秘密の約束というやつだ」

「えー? 気になるなぁ」

「気になっても教えてやることはできないのだ。秘密の約束だからな」

「もう、朔のいじわる」

 秘密の約束だったのか、と僕は思ったのだが、とりあえず朔のなかではそういうことらしい。まだなにを要求されるのかわからないが、そのことについては茜には明かさないほうがいいということだろう。

「とりあえず、先に私お風呂行っちゃったけど、今空いてるから二人も行ってきなよ」

「風呂も入ってっていいのか? サンキュー。ばあちゃんにも礼言っとかないとな」

「じゃあ朔先に行くか? 僕は後でもいいから」

 僕がそう言うと、朔は突然意味深な目をこちらに向けて不敵に微笑んだ。

「それより京。ちょっとこっち来いよ」

 と、朔はこちらに近づいてきて僕の腕を引っ張り、縁側の端の方へと僕を連れていった。

「な、なんだよ。いきなり」

 疑問を口にすると、朔は口元に人差し指を当て、小声で話し出した。

「だから、男同士の秘密の話だ。例の賭けに勝ったらって話」

「ああ。あれ」

 朔がなにを僕に要求してくるのか、無理難題が飛び出してはこないかと少しばかり不安が胸に広がった。

「俺の言うことをなんでもひとつだけ聞く。俺が勝利したんだから異存はないよな」

「ああ。実現可能なことなら、だが」

「その辺は大丈夫だ。別に宇宙に連れていけとか、逆立ちして100キロ走れなんてことは言わねーから。だけどその代わり、これは絶対に却下は不可だからな」

 妙に念を押してくる朔に、僕の不信感が募る。

「なんだよ。早く言えよ。やけにもったいつけるな」

「いいだろ。もったいつけたい話なんだから」

「まあいいけど」

「じゃあ言うぞ。後から無理とか、嫌だとかは一切受けつけない。絶対守ってもらうからな」

 そして朔はこそこそと僕に耳打ちした。
 それを聞いた瞬間、僕の頭のなかはまっ白になっていったのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

さようなら、私の初恋

しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」 物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。 だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。 「あんな女、落とすまでのゲームだよ」

処理中です...