世界の終わり、茜色の空

美汐

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第五章 変化の兆し

変化の兆し4

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 人の心は予想を超える。
 思ってもみない方向から別の感情が訪れる。
 鈴の朔への想いを聞いたとき、その予想だにしなかったことに、情けないことだが混乱した。
 朔はきっと茜のことが好きなのだろう。だとしたら、鈴の恋は初めから報われないもの。一方通行の片想い。
 けれど、だからといってあきらめたほうがいいとどうして言えるのだろう。

「ありがとうございました。いろいろ教えていただいて」

「いえいえ。というか、私たちもそれほど朔のことについてくわしく知ってるわけじゃないから、そんなにたいしたこと教えてあげられなくてごめんね」

「いえ、とても参考になりました」

 茜は鈴に対し、すっかり警戒心を解いた様子で、にこやかに応対していた。しかし、僕にはひとつだけ気にかかることがあった。

「秋野さん、ひとつだけいいかな」

 僕が切り出すと、彼女はほんの少し怯えたようにぴくりと体を震わせた。

「はい」

 どことなく緊張した空気が伝わり、僕としても慎重に言葉を重ねる。

「きみは朔をどこで知ったの? 同じ学校ではないよね?」

「ああ、ええと……」

 口ごもり、言葉を探す素振りをする。しばらくして、予想もしていなかった答えが彼女の口から飛び出した。

「一目惚れ……っていうんですか? たまたま見かけて気になってしまうこと」

 ぽかんと口を開く、という状況は朔の突飛な行動で慣れてしまったと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。茜もしばらく絶句状態のまま、目をぱちくりとさせていた。

「ひ、一目惚れ? そっか~。確かに朔って黙ってれば結構イケメンなのかもしれないけど」

「普段の姿を知っているせいか、意外で驚いたな……」

 本人がこの場にいないからといってそれぞれ酷い言いようだが、あの朔にこんな可愛らしい女の子が一目惚れとは、なんとも驚愕の事態であると言えよう。
 それはそれとして、だ。
 彼女には、伝えておいたほうがいいのかもしれない。さりげなく。

「秋野さん、もし……もしもの話だけど、告白とかをするなら、行動はとにかく早いほうがいいかもしれない。たとえば、そう。明日の陽が沈むまでの間に」

「え?」

 目を丸くする彼女。わかっている。自分でも突拍子もないことを言っていると思う。
 けれど。

「聞き流してくれても構わない戯れ言だと思ってくれてもいい。だけど、もしもきみの気持ちが本気なら。本当にその気持ちが揺るがないのであれば。今僕が言ったことをほんの少しだけ気に留めてくれたら、と思う」

 彼女に話ながら、自分に言い聞かせているのだと自覚していた。気持ちを伝えたい。それは自己の欲求を満たすための行為なのかもしれない。それにより誰かが傷ついたり、なにかを壊したりしてしまうのかもしれない。
 できるなら、そんなことはしたくないと思う。

 けれど、傷つくことを恐れてなにもしないことは、なにも生み出さないということでもあるのだ。
 彼女の恋はきっと実ることはないだろう。だからといって、なにもしないうちからあきらめたほうがいいなんて、とてもじゃないが言えない。当たって砕けろ、なんて気障な台詞を面と向かって言えるほどの度量は持ち合わせていない。けれど、それでもこれだけは言っておきたい。

「心残りにだけはしないように」

 そう決意した。彼女に言うふりをしながら、僕は心を固める。
 明日、最期のときがくるまでに言おう。
 そのときまでに、朔にもちゃんと気持ちを確かめる。それを確かめたあとに。

 正々堂々。
 僕は茜に告白をする。





 家に帰り、自分の部屋に入ってドアを閉めると、すぐに僕は朔に電話をかけた。メールやLINEでは伝えるのが難しく思え、やはり直接声でやりとりしたかった。
 コール音が響く。こうして待っている時間がもどかしい。
 今日は結局、朔と二人きりでゆっくり話をすることがあまりできなかった。もう時間はあまり残されていないのだ。すぐにでも朔と話がしたかった。

 しかし、なぜか待てども待てども朔が電話口に出ることはなかった。
 スマホを鞄に入れっぱなしで気づいていないのだろうか?
 仕方なく、留守番電話サービスにまた連絡が欲しいとだけ言って通話を終了する。
 机にスマホを置く。と、手を動かした拍子に硬い物に手の甲がぶつかり、ごろんと転がった。
 横向きになった金色の招き猫がこちらに目を向けている。姉がくれたどこかのお土産だ。金運だか幸運だかを招くらしく、通常片方の手をあげているのが両方の手をあげているものである。
 すぐに元に戻すが、なんとなく感じた不吉な予感は胸の奥に残ったまま消え去ることはなかった。

 明日、もし本当に世界が終わるのだとしたら。
 自分は後悔せずにそのときを迎えることができるのだろうか。
 朔にもそれを訊きたい。
 鳴らない電話を見つめながら、僕はその日、眠れぬ夜を過ごしていた。

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