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愛しき機織り娘
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しおりを挟む「――あぁ、そうですか。わかりました」
工房はまだ明かりがついていたが、サンドラはそこにはいなかった。夕陽が地平線の先に沈んだ頃、用事があるからと慌てて出て行ったそうだ。キースは説明をしてくれた娘に頭を下げると、通りに向かう。
(行き違いになったか? いや、でも、ほぼ一本道なんだが……)
サンドラにとっても通いなれた道だ。暗くなってはいても、さすがに道に迷うことはないだろう。
(どこに行ったかな……)
夕陽が沈んだ頃というのが本当であれば、もうだいぶ時間が経ってしまっている。町で何か買い物をしていたとしても、グレイスワーズ商店にたどり着いていても良さそうなものだ。
行き先を考えながら来た道を歩く。やがて町役場前の広場にたどり着いた。
「おや? キース君。今頃はお楽しみかと思ったが、こんなところでどうしたかね?」
「あぁ、アルベルトか。その下品な言い方は感心できないが、今は楽しみたくても楽しめない状況だ」
声をかけてきたのはアルベルトだった。これから自分の屋敷に帰るところだったのだろう。楽器を背負ったままキースに近付いてきた。
「喧嘩でもしたのか?」
深刻そうな空気をまとうキースに、いつになく真面目な声でアルベルトは問う。キースは首を横に振った。
「まだそのほうがマシだな……」
「……何があった?」
「サンドラの行方がわからない」
キースの答えに、アルベルトは空を見上げる。
「もうだいぶ遅い時間だぞ? 工房は訪ねたのか?」
「あぁ。でももう帰ったって」
「オスカーが嘘を言わせているんじゃないのか? 何か特別な織物を作らせる都合で」
「まさか。契約書まで作って僕たちの中を認めさせたんだぞ? 今さら邪魔してどうするんだよ。そんな労力をあの男が払うとは思えない」
「確かに、そうかもしれないな……」
気落ちしているキースを見る。アルベルトは彼の肩を叩いた。
「よし。探しに行こう。うっかり何かに引っかかっているのかもしれないし」
「でもお前……」
「親友の誕生日を台無しにしたくはないからな。俺は君たちを全力で応援しているんだ。手伝ってやるよ。つーか、何のために彼女に君の誕生日を教えたと思っているんだ?」
言って、アルベルトはにかっと笑う。
(なんかいつも巻き込んでばっかりだな……申し訳ない……)
他に頼る人もいない。ここは親友の申し出を素直に受け入れるのが良いだろう。
「――悪いな、アルベルト」
「なぁに。いいってことよ。――だから、今夜こそは押し倒してものにしとけよ?」
「なんだか感謝の念が半減したぞ」
元気付けるためにわざとせっつくようなことを言うアルベルトに、苦笑いを浮かべてキースは答える。アルベルトは明るく笑って、そして真顔に戻る。
「とにかく、さっさと見つけるぞ。最近、不審な男たちがうろうろしているって情報が役場に入っているんだ」
「なんだって?」
嫌な感じが胸の中で広がっていく。
「夕方から夜にかけて、人気のない場所を数人の男が何かしているんだと。見かけない顔らしいんで警戒しているんだけどな」
「ちょっと待て。それを知っていたら僕は――」
血の気が引いていくのがはっきりとわかる。悪い想像しかできない。
「いや、場所は海辺の方だから、もしやと思っただけだ。君の店は丘の中腹で、比較的人通りはある。そう考えたら安全だろ?」
「店の周辺はそうかもしれないが、この場所から丘を登る途中にはほとんど人が通らない場所があるんだよ。お前、日中しか通らないから知らないのだろうけど――」
嫌な場面ばかりが脳内に作られては次々に切り替わっていく。
「ここで議論している場合じゃない。僕は探しにいく」
キースはアルベルトを置いて走り出す。店に続く坂と行き止まりに繋がる道とに分かれる場所に向かって。そこは町の中心部と住宅街とを分ける地域。陽の暮れてしまえばほとんど人通りがなくなってしまう、危険な場所――。
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