多重世界シンドローム

一花カナウ

文字の大きさ
13 / 24
元カノの死因

雨のファミレスにて

しおりを挟む


 学校のそばにあるファミレス。いくつかの席には世継学園の制服を着た生徒たちが座っている。テストが近いのか、いずれの机にもノートや問題集が広げられ、あぁでもないこうでもないと頭を抱えている様子がうかがい知れた。

「僕はコーヒーを頼むけど、何か食べます?」

 窓際の席で向かい合わせに腰を下ろした井上が、メニューを見ながら問う。

「えっと……」

 お腹はすいていない。カフェラテがあればそうしようかとも思ったが、残念ながらないようだ。あやめはメニューの後ろにあるデザートやドリンクのページを見ながら悩む。

「ここのアップルパイは美味しい上にリーズナブルでおすすめですよ」

 井上が勧めるアップルパイはメニューの左端に大きな写真で載っていた。四角いアップルパイの上に、バニラアイスが乗せられている洒落たスイーツである。値段も見た目より安いようだ。

「確かに美味しそうですね。ワタシはアップルパイにします」

 断る理由もないので勧められるままにそれを選ぶ。

「了解」

 言って、井上は店員を呼んで注文を済ませる。

「――よく来るのですか?」

 店員が去ると、あやめはなんとなく訊ねる。世継学園の生徒たちが出入りする店には違いないのだろうと店内の様子から想像できた。

「友達と来ることはありますよ」

 井上は窓の外を眺めながら答える。雨は止む気配なく降り続いている。通りを歩く人々も世継学園の制服に身を包んでいた。おそらくこの店は通学路に面しているのだろう。

「貴家さまも来るのでしょうか?」

「彼はあまり立ち寄らないかな。真っ直ぐ家に帰ることが多いから」

「そうですか」

 そこでコーヒーが届く。井上はミルクだけカップに足すと、一口すする。

「――で、訊きたいことって?」

 暗い瞳があやめを見つめる。

「あなた様が仰ったことが気になって……」

「怪我をしたくないなら、貴家礼於とは付き合わないほうが賢明だって言ったこと?」

「はい」

 あやめは素直に頷く。

「笹倉一葉さまとも関連があるのですか?」

 一番知りたいのは笹倉一葉についてだ。今の貴家を作る大きな原因になっているように思えてならない。

「カズハを知ってるの?」

 大して驚いた様子はなかった。井上は興味深そうに訊ねる。

「えぇ、貴家さまからお聞きしております」

「彼は何て言ってました?」

「井上さまと共通の幼馴染みであり、前に付き合っていたと。――そして、すでに他界していると」

 貴家が苦しそうにしていたのを思い出す。井上も一葉とは幼馴染みであったのだから、あまり触れられたくない話題かもしれない。あやめは後半の台詞を小声で告げた。

「へぇ……あなたにその話をするなんて、友達だと言っておきながらだいぶ親しいのですね」

「はい?」

 どういうことなのかあやめにはピンとこない。

「カズハがどんなふうに死んだのか、知ってる?」

 井上はあやめの疑問に答えることなく次の問いを投げる。

「いえ……」

 あんな表情をする貴家に訊けるわけがない。だからこそあやめは井上の元を訪ねたのだ。

「交通事故ですよ」

「交通……事故……?」

「貴家さんとのデートの帰りにね。交差点で別れたあと、それぞれの家に向かう途中だって言っていたかな。信号無視で突っ込んできた乗用車にひかれて亡くなったんですよ」

「そんなことが……」

 デートの帰りであったのなら、貴家は自分を責めたことだろう。優しい彼のことだ、家まで送るべきであったと悔やんだに違いない。

 あやめは苦しくなった。

「死んだことは聞いていても、死因は知らなかったか。貴家さんでも、まだ吹っ切れていないようですね」

 他人事のように淡々と告げる井上。その態度があやめには引っ掛かる。

「井上さまは平気なんですか?」

「何が?」

「幼馴染みだったのでしょう? 一葉さまと」

 貴家が悲しみから抜け出せないでいるのは、より近しい人物であったからなのだろう。しかし、井上だって仲が良かったはずである。こんなに態度が違うのは不自然だ。

「だからなんだというのです? いつまでもくよくよしていたって仕方がないでしょう。ずっと引きずっていても、死んだ人間は蘇らない」

「それは正しいですけど……」

 考え方は理解できるし正しいともあやめは思う。縁であればこんなことに引っ掛かることはなかっただろう。だが、気持ちとしては納得できない。

「――それにね、僕は彼女に忠告したんですよ。彼とは付き合わない方がいいって」

「どういう意味です?」

 あやめが井上を見ると、彼は口元を笑みの形に歪めた。

「それまでにも、彼は告白されるたびに女のコと付き合っていました。ですが、どういうわけか付き合って数週間以内に怪我をするんです。絆創膏で足りる怪我から通院が必要な怪我まで。怪我をしても意地で付き合っていたコもいましたが、最後は入院しちゃったかな。だいたいが怖がって別れるんです。女のコたちの間では、ライバルが多いから祟られるんだって噂になっているようですが」

「偶然でしょう?」

 貴家は多重世界シンドローム発症者である。いつ頃発症したのかは定かではないものの、付き合った人間が怪我をするのであればそうならないように願うはずである。

(貴家さまなら必ず願うはずです。ならば、その頃はまだ発症していなかったのでしょうか)

 偶然だろうと言ったものの気になる話題だった。

「どうかなぁ」

 言って喉の奥で笑う井上。その周辺がわずかに歪んで見えた。

(え?)

 それはほんの一瞬で、多重世界シンドロームの発動だとは確信できない。

(まさか……)

 そこであやめが注文していたアップルパイがテーブルにやってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編7が完結しました!(2026.1.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

処理中です...