多重世界シンドローム

一花カナウ

文字の大きさ
23 / 24
未来を賭けた対決

願ってほしい

しおりを挟む
「そうだ。――我が主を救って欲しいのだ」

「救うって……?」

 ――我が主を救って欲しい。

 縁の意外な台詞。てっきり委員長(モイラ)になれと命令するのだとばかり予想していたあやめは自分の聴き間違いではないかと耳を疑う。なぜなら、あやめも貴家に縁と同じ依頼をしようと思っていたのだ。

「願ってくれるだけでいい。この世界を安定させたい、と。そうだな――神様を信じてくれればいいのだ」

「神様を信じる?」

「ワタシからもお願いいたします」

 半信半疑の貴家に、あやめも頭を下げる。

「いや、よくわからないんだが。オレが神を信じることで、君たちの主が救われるのか?」

「はい。――どこからどう話せば信じてもらえるかはわかりませぬが、とにかくそういうことなのです。そうでなければ、あなた様に主になってもらうほかにないのです」

「なんだかそれもよくわからない話だが」

 話についていけないのはよくわかる。事情を知らない人間が、いきなり神様を信じてくれと二人の少女からお願いされたら、それは怪しげな宗教の勧誘とみなされることだろう。たとえ依頼してきた少女たちにとってそれが切実な問題だったとしても。

「――主になるということは、今までの生活を捨てて世界の一部となることに等しい。それを強制することもできるが、私はそうしたくはない」

 言って、縁はちらりとあやめを見る。

「神様とか世界とか、話がぶっ飛んでいるかと……」

 苦笑する貴家。それは当然の反応だろう。

「ならばわかりやすく問うとしよう」

 縁は面倒くさそうな顔をして語り始める。

(わかりやすく? これ以上わかりやすくしようがないかと思うのですが)

 自分たちの境遇の説明に関しては今までので精一杯のはずだ。下界の人間に委員会(モイライ)の存在を理解させ、その存在意義を説くのは難しい。当たり前に思っていることを当たり前と思っていない人間に理解してもらうことはかなりの労力がいる作業だ。

 あやめは縁が何を言い出すのか黙って待つことにする。

「簡単に言うとな、あやめを取るか、それとも捨てるかという話だ」

「は?」

 驚きの声を上げたのは他でもない、あやめであった。

「どどど、どういうことでございますか? 霧島さま!」

 きょとんとしている貴家をおいて、あやめは割り込む。全身が火照っているのは隠しようがない。

「そのままだろう? 貴家が委員長(モイラ)の座につくことになれば、その記憶は初期化され、機能の一部として多重世界シンドロームの力を使うことになる。つまり、貴様と貴家は精神的な意味で別れることになる。また、貴家がそれを拒否する場合、私は貴家から多重世界シンドロームの力を消し去る必要がある。他の人間を委員長(モイラ)とするのに邪魔になるからな。つまりこの場合も必然的に破局となる。もしも貴家があやめを必要とするのであれば、今の委員長(モイラ)を維持し、貴家よりも能力値の高い新たな発症者が出現するのを待つのが一番だ。違うか?」

「そ、それはそうですけど……」

 縁の意見は筋が通っている。だが、こうもあっさりと言われてしまってはどうにも気持ちが納まらない。当人を目の前にして聞きたくないものではある。

 そもそもあやめも考えていたのだ。今の委員長(モイラ)を現在の状態で延命させるには貴家がそれを願うのが一番であると。それは自分が貴家の傍にもっと長くいたいと思ったからではない。今の委員長(モイラ)を引退させることで、縁がつらい想いをするかもしれないと思ったからこその考えである。貴家と一緒にいられるというのは副次的なものだ。

(……そのはずだったのですけど、こうもうまく霧島さまに利用されるとは……)

 果たして貴家はどう答えるのだろうか。あやめは高鳴る鼓動を抑えきれないまま貴家を見つめる。

「で、結論は?」

 さらりと問う縁に、貴家は当然という顔をする。

「それならオレはあやめを取る。まだ彼女のことをよく知らないしな。なぁ、あやめもそう思ってくれるだろ?」

「貴家さま……!」

 あまりにも嬉しくって、あやめは涙を流す。嬉しくても泣けると言うことを、あやめはこのとき初めて知った。

「ふん、最近のあやめは泣いてばかりだな。もっと笑った顔を見ていたいのだが」

 縁がつまらなそうに言うので、あやめは涙をブラウスの袖で拭う。

「これからはもっと笑顔でいられますよ」

「だと良いのだがな」

 答えると、背負っていた井上を貴家に突きつける。

「私にはこいつを背負い続ける義理はない。返す」

「お、おう」

 軽々と担いでいるかに見えたが、それは気のせいだったらしい。気絶した井上を受け取った貴家は苦労して背負う位置を直していた。

「では、私は帰るとしよう。――そうそう、あやめ?」

「はい?」

 身体の向きを変えたところで、縁が話し掛ける。

「貴家と契約を交わしておけ。貴家を貴様の主に認める」

「はい!」

「委員長(モイラ)の容態が安定したら、残る《紡ぎ手(クロトー)》と《断ち切り手(アトロポス)》を派遣するとしよう」

「わかりました」

 はきはきと答えると、縁はあやめを見てにっこりと笑んだ。

「――これが私ができる精一杯の礼だ。恩に着るぞ、緒方あやめ」

「はい?」

 言っている意味がよくわからない。それを聞き返す間もなく、縁は姿を消した。

「どういうことなんでしょう?」

「んー……よくわからんが、彼女にとっての大切な人が主さんだったってことじゃないか? その人をオレがあやめを取ることで救われたから、礼を言った、とか」

「はぁ……」

 あやめは縁の行動が読めない。長く部下をしてきたが、正直な話、不機嫌そうにしている印象ばかりで、普段何を考えているのかよくわからなかった。今もそうである。

「やっぱり鈍いんだな、あやめは」

「そ、そうでしょうか?」

「でもそこがまた愛おしく思う」

 笑いながら貴家はあやめの頭を撫でる。そんな一つ一つの言動をあやめはとても幸福に感じる。

「ワタシは幸せです、貴家さま」

「もっともっと幸せにしてやるよ。――ま、今はオレの背中の不幸せをどうにか片付けたいけどな」

 背負った井上にちらりと目をやる。井上は気絶したまま目覚めていない。

「そうですね」

(霧島さまは彼にどんな処置をしたのでしょう?)

 ――とりあえず、多重世界シンドロームの力は回収させてもらったぞ。

 縁が発した台詞の意味が気に掛かる。

(後で聞いておきましょう)

「――ところで、なぜ貴家さまは外に出ていらしたのですか?」

 あやめは思い出した疑問を口にする。

「背中のこいつに呼び出されたんだよ、マンションの門のところに。でも待ち合わせの時間になってもこねーから、公園まで探しに来たっつーわけだ。ジュンの家からオレのマンションに来るにはこの公園を突っ切るのが一番早いからな」

「なるほど、そういうことでしたか」

 そのおかげでピンチを救ってもらえたのだから悪くはない。また、呼び出した井上が果物ナイフを所持していたということは、殺すことを目的として待ち合わせを持ちかけたとも考えられる。それを未然に防ぐことができたのなら運がよい。

 あやめが納得していると、貴家がはっとした顔を作る。

「あ、ひょっとしてオレに電話したとか?」

「えぇ、まぁ」

「すぐに話が終わるかと思って携帯電話部屋に置いてきちまったからなぁ。それは悪かったな」

「あ、いえ。――また助けてもらっちゃいましたし」

 知り合うきっかけとなった出来事を思い出す。ずいぶんと昔のことのようにも感じられたが、つい最近の話だ。

「ピンチのときはいつでも助けてやるよ」

「はい」

「だから、オレがピンチのときは助けてくれ」

「はい」

「――というわけで、オレは今すごくピンチだ。ジュンを運ぶのを手伝ってくれ」

「はい!」

 自然と笑みがこぼれる。とても嬉しいし、とても楽しい。

 互いに笑顔を交わすと、あやめと貴家は井上を家に届けるべく、並んで歩き出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...