見習い王宮魔導師アリス=ルヴィニの受難

一花カナウ

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本当に君は鈍いのですね【完結】

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 鼓動が早くなる。

「……あたしが看病した王宮魔導師は、あなただったんですね」

 アリスが過去の夢を見たのは、単なる偶然などではなく、彼の面影が記憶に引っかかったせいなのだ。あどけない美少年の印象が強く、立派な青年となった今のウラノスと重ねることが全くできなかった。だから、ずっと心の中でくすぶることになってしまったらしかった。

「その反応ですと、すっかり忘れられていたようですね。君が来るのを楽しみにしていたのに」

「だって、先生はあたしに再会したとき、そんな素振そぶりは一瞬たりともしなかったじゃないですか。眼鏡をかけて、雰囲気も違ったし……」

「眼鏡は研究のし過ぎの影響ですよ。雰囲気は意図的に変えました。上を目指すためにも都合が良かったので。それに、アリス君と繋がりがあると知れたら、贔屓ひいきだとねたむ者も出てきましょう。そうでなくても、ロディア君のように嫉妬しっとする人もいるのですから」

 さらさらと答えられてしまった。アリスはうつむく。

 ――確かに、贔屓されて合格を得たいとは思っていなかったけど……。

 そう考えると、自分がまるっきりウラノスのことを忘れていたのは好都合だったように思えてくる。妙な誤解を生まないためにも、それがいい。

 ――でも、どうしてこんな大事な、あたしがここにいる要因になっている出来事を忘れていたの?

「あ……」

 自問して、アリスは心の奥底に閉じ込めていた気持ちに意識が向いた。言葉となって、口からこぼれ落ちる。

「……あたしは、ずっと、あなたから魔法を習いたかったのよ」

 あの日々の記憶を忘れていたのは、忘れようとしていたからだ――そこに至って、やっとすべてを思い出した。

 顔を上げて、アリスは続ける。

「あたし、あなたをうらんでた。王都に行くことなどできないって知っているはずなのに、王宮で待っているだなんて言ったから。なんて意地悪いじわるなことを言うんだろう、どうして視察団として来てくれないんだろうって、ずっとずっと恨んでたっ!」

 感情のままにアリスはウラノスにぶつけた。どんどんとあのときの気持ちが呼び起こされる。

 アリスが魔法を学びたいと本気になっていたのは事実だ。だが、視察団としてやって来た王宮魔導師たちに魔法を教えてと頼んだ理由はそれだけではない。ひょっとしたら再会できるんじゃないか、せめて彼のうわさくらいは手には入るんではないかと、淡い期待を抱いていたからだ。もしかしたら、魔法を学ぼうと努力していることが彼に伝わるんじゃないかと思ったからだ。それが幼い彼女なりに考えた、当時できたことのすべて。

「探していたのに。会いたかったのに。あなたは一度もあたしの故郷には現れなかった。だからあたしは、魔法を教えても良いって言ってくれたフィロさんを頼って、必死に学んだのよっ。あなたを忘れたい一心で。もう二度と会えないだろう人から魔法を学ぼうなどと思わないようにっ!」

 封印してきた想いを全部ウラノスにぶちまけた。これが、九つになる前のあの日から抱え続けてきた自分の気持ちだ。

 怒りのままに叫んで肩で荒く呼吸をするアリスを、ウラノスはそっと抱きすくめた。

「っ!?」

「アリス君? 私と君は再会することができましたし、これからは私が君の先生です。君の願いはまもなく叶いますよ」

 落ち着くようにと背中を撫でられている。アリスは身をよじるが、彼の腕の中からは抜け出せない。

 ウラノスはアリスの耳元で優しく囁く。

「寂しい思いをさせてしまったことは謝ります。今まで黙っていたことも」

「…………」

 抵抗が無理だと判断したアリスは、しぶしぶウラノスに合わせる。無言のまま、ただ耳を傾ける。

「私は王宮で待つと約束しました。その理由が、君には伝わっていなかったようですね」

 ウラノスは回していた腕をくと、アリスの肩に手を置いて向かい合った。

「君にはもっといろいろな経験をさせてあげたいと思いました。あんなに幼かったにもかかわらず、自分の将来に夢や希望を持てない君だったから。世の中には様々な選択肢があって、君自身にも価値があるということを証明してやりたいと考えてしまった。それが、尽くしてくれたアリス君に対して私ができる最大の恩返しだと――」

 そこまで告げると、彼はため息をついて視線を外した。

「君に私の気持ちが伝わっていなかったのなら、私が君を思ってしてきたことはただの自己満足でしかなかったということでしょう。フィロ君にも指摘されていたことでしたし……おとなしく認めておけば良かった」

 最後はぼそりとつぶやいて、アリスの肩から手をどけた。そしてくるりと背を向けてしまう。

「――結局、君は私の意図とは関係なく王宮魔導師採用試験を受け、合格を手にしました。それはまぎれもなく君の努力が実を結んで得られたものですよ。自信を持って、行きたい道に進めばいい。私は君を応援いたします」

 そう告げて、彼は眼鏡をかけ直すとアリスを肩越しに見やった。

「私の年来の思いは聞かなかったことにしてください。溜め込んできてしまったものを、誰の邪魔もされないところで吐き出したかっただけですから」

 彼の笑顔には寂しげな色がにじんでいた。

「どうして……」

 呟いて、アリスは一度俯いてこぶしを作る。そして唇を動かした。

「どうしてそんな顔で言うんですかっ!?」

「どうしてって……」

「あたしはもう忘れたくありません。どんなに恨んでいたとしても、なかったことになんてしたくないっ」

 ありったけの力を込めて、アリスは叫ぶ。

「それに、呪いを解くのと引き換えにあなたを師範にしてみせるって誓いました。あたし、立派な王宮魔導師になって、あなたが見いだしてくれた力が役立つことを示したいですっ。それがきっとあなたがあたしのためにしてくれたことの恩返しになるって思うからっ!」

 フィロに再会したとき、彼は言っていたではないか。『頼まれていなくてもそうした』と、『偶然ではない』と。あれはつまり、ウラノスに頼まれてアリスの指導をすることに決めていたということだろう。直接習う機会こそ得られなかったが、故郷にいた間もウラノスはずっとアリスのことを気にかけてくれていたのだ。

 ――気づけなかったのはあたしが幼かったせいよ。だから、今度は絶対に忘れない。忘れるものか。

「アリス君――」

「くしゅんっ!!」

 盛大なくしゃみが出て、アリスは自分の肩を撫でる。陽が暮れて風が出てきたからだろうか、だいぶ肌寒い。

 ウラノスは小さく笑った。

「くくくっ……しまりませんね」

「黙っていてください」

 格好がつかないのは承知している。わざわざ指摘などされたくはない。

「ローブだけでは寒いでしょう? 君の着替えも持ってきていますよ」

「そういうことはもっと早く言ってよ……」

 がっくりとしたまま、アリスは岸に上がる。空にはまるく輝く月とたくさんの明るい星。辺りはすっかり暗い。

 ウラノスが持ってきた荷物の中から、アリスが王宮入りに備えてまとめていた荷物が出てきた。それを受け取ると、中身を確認する。着替えのほかに、使い込まれた雑記帳も出てきた。無事だったらしい。表紙をなでると、それをフィロから受け取った日のことを思い出す。

 ――これはエマペトラ先生からの……。

 ぎゅっと抱きしめて、鞄の中にしまう。彼が背を向けている間に着替えを済ませた。

「――期待して良いですか?」

 不意にかけられた問い。アリスはローブに袖を通しながら、その問いに応じる。

「立派な王宮魔導師になるっていう誓いは、破るつもりはないですよ? エマペトラ先生の指導をしっかり身に付けてみせます」

「頼もしい台詞で何よりです。――それに早く一人前になってもらわないと、責任取れませんからねぇ」

「責任?」

 ウラノスの終わりの台詞にアリスは首をかしげる。

「……見ちゃいましたからね、事故とはいえ」

 その呟きに、引いていた熱がぶり返す。裸を見られてしまったことを言っているのだと理解できたからだ。

「無理しなくていいです! ってか、それはきれいさっぱり忘れてくださいっ! 責任取れだなんて言いませんから!」

 アリスはウラノスの背に向かって叫ぶ。そんな理由で彼から結婚を申し込まれたくはない。

「ですが、それだけじゃないのですよ?」

 ウラノスはアリスが着替え終わっているのを見越して振り向いた。その顔には不敵な笑みが張り付いている。

「本当に君は鈍いのですね。君を王宮魔導師にするために私がここまで尽くしてきた理由を、あの日の恩返しや職務上のほこり、出世のためだと本気で思っているのですか?」

 ――え? えええ??

 言っている意味が理解できない。できないというか、したくない。

 戸惑い、わけがわからずきょとんとしているアリスにウラノスは背を向けて歩き出す。

「――さて、帰りましょうか。次の行事は任命式です。この調子では王宮に着きませんよ? いきなりクビにされそうですね」

 王宮で会ったときと同じ冷たい声でウラノスはきっぱり告げる。ぼんやりしていたら置いていかれてしまいそうだ。

「帰りますっ! 帰りますから先に行かないでください!」

 アリスは慌ててウラノスの後を追いかける。

 ――なんか、衝撃的な告白をごまかされたような気がするけど……あたし、またからかわれている?

 ウラノスの本心がどこにあるのか、アリスにはさっぱり想像できない。

「ぐずぐずしていると置いていきますよ?」

「わかってますって!」

 アリスは胸がドキドキするのを感じる。それは新しくはじまる見習い王宮魔導師としての生活に期待しているからだろうか、それとも別の理由があるからだろうか。

 二人は馬に乗ると、王宮を目指して走り出したのだった。

《了》
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