14 / 51
第14話 お風呂はゆっくり思案の時間?
しおりを挟む
仕方が無いとはいえ、これはないわ……。
濡れて重くなった衣服を、史華は背後を気にしながら脱いでいく。脱衣所で音がしているのは、着替えなどの準備をしてくれているからなのだろう。そうだと理解しているのに、様子が気になって落ち着かない。
自分のドジで招いた事態であるとはいえ、初めて入った男性の家で、無防備な姿にならねばならないことは不安にしかならない。状況が状況であり、ここが浴室であることはまだありがたい。
「史華ちゃん、着替えは棚に置いたから、上がったらそれを着てね。浴室のドアを開けたところに脱衣カゴ置いておいたから、脱いだものはその中に、ね」
「は、はい!」
コーヒー色にまだらに染まるウールのシャツを床に置き、ジーンズを重ならないように並べる。履いていた薄手の黒いソックスを脱ぎ捨て、ブラジャーとショーツという姿になった。湯船から立ち上る湯気で曇った大きな鏡に自分の姿が映っている。それに気付いた史華は顔の部分だけを手でこすってみれば、よく知る冴えない顔がそこにあった。
覚悟を決めねば……。
裸を見られることは回避できるかもしれないが、洗濯してもらう都合上、否応無しに下着は見られてしまう。新しい下着を買ったのが就職活動を始めた頃の話だから、一年以上前だ。つまり、ボロい。
いや、むしろ新調したばかりじゃなくて良かったと考えるべきか。そういう心算でいました、みたいなものじゃなくて本当に良かったけど……。
ブラジャーを外して、その使い古された様子にがっかりする。
同性にも見られたくないわ……。
自分の胸に合ったブラジャーを探すのは、服を探す以上に苦戦した。ふくよかな体型であるため、サイズを置いている店が少ないのだ。だからといって専門店に行くのはどこか気が引けて、結果として物理的に使えなくなるまで着る。今着けていたものも、おそらく他の女性陣から見たらもう捨てているようなレベルに違いない。
ブラジャーとショーツが揃っていないのも、自分としては見慣れてしまったけど、どうなのかなぁ。
今朝まで読んでいた小説にそんなくだりがあったのを思い出す。
★ ★ ★
「こうなるって、想像していなかったんだね」
「だって……」
柔らかなベッドに身体をうずめ、上に陣取ってあたしを拘束する彼を見上げた。彼の視線が、捲り上がったワンピースから覗く身体をなぞっているのがわかる。ペアが成立していない下着を見て、そう指摘したのだとわかった。
「良いんだよ。お前らしい」
嬉しそうに微笑むと、彼はあたしの額に口付けを落とした。くすぐったくて身を捩ると、キスのシャワーを全身に浴びることになる。
★ ★ ★
「――って、ここで詳細を思い出すなぁぁぁっ!」
恥ずかしさのあまり、握っていたブラジャーを床に叩きつける。
中途半端に記憶力がよくて妄想力に長けている自分を、史華は恨まざるを得なかった。色白の肌が、桜色に染まっている。
自分の身には当分起こり得ないことである。何を意識してしまっているのだろうか。
「叫び声が聞こえたけど、どうかしたかい?」
「あー、いえいえっ! なんでもないんですっ!」
脱衣所からの悠の呼びかけに、史華は慌てて返事をする。いつまでも全裸になるのを躊躇しているわけにはいかないので、勢いに任せてショーツも脱ぎ去った。
「何か不便なことがあったら聞いて。――そうそう。シャンプーとかボディーソープとか、中にあるの適当に使って良いから。うちで提携してる企業からいただいたサンプルなんだ。せっかくだから、後で感想を聞かせて」
「は、はい! 承知しました!」
彼が脱衣所を出て行くのを聞き耳を立てて確認し、ドアを開ける。服は彼が言っていた脱衣カゴの中に突っ込んで、素早くドアを閉めた。
「…………」
冷静に考えるとどこか滑稽で笑えてしまう。それでいくらか緊張が解れた。
「提携してる企業のサンプルね……」
こんなときに仕事の話をするのだから、案外と真面目なところもあるのだなと史華は思った。警戒し過ぎていたと感じて、あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。
気を取り直したところで、整理整頓されている棚を見る。
提携している企業というのは一社だけではないらしい。複数のメーカーのものが並んでいる。ボディーソープだけでも三種類。並ぶボトルは十本近くあるだろうか。それがずらりと並んでいても邪魔にならない程度には広いし、きちんと片付けられている。
「って、愛由美が愛用してるメーカーのじゃない」
史華の給料だと贅沢品になるので買ってはいないのだが、愛由美の家でお泊まり会をした時に見かけて教えてもらったものだ。香りが爽やかで、肌がすべすべになるから史華も気に入っている。
ファンシーグッズを手掛けているってサイトには書いてあったけど、こういうメーカーと一緒に開発をするような会社なんだなぁ。
社長の顔と名前を確認すると同時に、何の会社なのかも調べていた。株式会社ラブロマンスと聞いて、なんとなくいかがわしい商品を取り扱っているのではないかと警戒していたが、そんなことはない。大人の女性をターゲットにした商品開発をしている健全な企業だ。
せっかくだから、これ使おうっと。
愛由美が勧めるメーカーのボディーソープを使って丁寧に身体を洗うと、シャワーで隅々まで流した。そして、ちょうどよくお湯が張られた湯船に身体を沈める。
「広い……」
湯船は二人で入っても余裕がありそうなくらい充分に広くて、足をしっかり伸ばせた。お湯の温度も熱すぎず温すぎずで心地よい。
「気持ちいい……」
美味しいものをたっぷり食べて、お風呂でゆっくりと寛いで。ちょっとした旅行をしているみたいな気分になった。
「こんな時間がもっと続けば良いのに……」
夢を見ているようだなと思っているうちに、史華の意識は薄れていったのだった。
濡れて重くなった衣服を、史華は背後を気にしながら脱いでいく。脱衣所で音がしているのは、着替えなどの準備をしてくれているからなのだろう。そうだと理解しているのに、様子が気になって落ち着かない。
自分のドジで招いた事態であるとはいえ、初めて入った男性の家で、無防備な姿にならねばならないことは不安にしかならない。状況が状況であり、ここが浴室であることはまだありがたい。
「史華ちゃん、着替えは棚に置いたから、上がったらそれを着てね。浴室のドアを開けたところに脱衣カゴ置いておいたから、脱いだものはその中に、ね」
「は、はい!」
コーヒー色にまだらに染まるウールのシャツを床に置き、ジーンズを重ならないように並べる。履いていた薄手の黒いソックスを脱ぎ捨て、ブラジャーとショーツという姿になった。湯船から立ち上る湯気で曇った大きな鏡に自分の姿が映っている。それに気付いた史華は顔の部分だけを手でこすってみれば、よく知る冴えない顔がそこにあった。
覚悟を決めねば……。
裸を見られることは回避できるかもしれないが、洗濯してもらう都合上、否応無しに下着は見られてしまう。新しい下着を買ったのが就職活動を始めた頃の話だから、一年以上前だ。つまり、ボロい。
いや、むしろ新調したばかりじゃなくて良かったと考えるべきか。そういう心算でいました、みたいなものじゃなくて本当に良かったけど……。
ブラジャーを外して、その使い古された様子にがっかりする。
同性にも見られたくないわ……。
自分の胸に合ったブラジャーを探すのは、服を探す以上に苦戦した。ふくよかな体型であるため、サイズを置いている店が少ないのだ。だからといって専門店に行くのはどこか気が引けて、結果として物理的に使えなくなるまで着る。今着けていたものも、おそらく他の女性陣から見たらもう捨てているようなレベルに違いない。
ブラジャーとショーツが揃っていないのも、自分としては見慣れてしまったけど、どうなのかなぁ。
今朝まで読んでいた小説にそんなくだりがあったのを思い出す。
★ ★ ★
「こうなるって、想像していなかったんだね」
「だって……」
柔らかなベッドに身体をうずめ、上に陣取ってあたしを拘束する彼を見上げた。彼の視線が、捲り上がったワンピースから覗く身体をなぞっているのがわかる。ペアが成立していない下着を見て、そう指摘したのだとわかった。
「良いんだよ。お前らしい」
嬉しそうに微笑むと、彼はあたしの額に口付けを落とした。くすぐったくて身を捩ると、キスのシャワーを全身に浴びることになる。
★ ★ ★
「――って、ここで詳細を思い出すなぁぁぁっ!」
恥ずかしさのあまり、握っていたブラジャーを床に叩きつける。
中途半端に記憶力がよくて妄想力に長けている自分を、史華は恨まざるを得なかった。色白の肌が、桜色に染まっている。
自分の身には当分起こり得ないことである。何を意識してしまっているのだろうか。
「叫び声が聞こえたけど、どうかしたかい?」
「あー、いえいえっ! なんでもないんですっ!」
脱衣所からの悠の呼びかけに、史華は慌てて返事をする。いつまでも全裸になるのを躊躇しているわけにはいかないので、勢いに任せてショーツも脱ぎ去った。
「何か不便なことがあったら聞いて。――そうそう。シャンプーとかボディーソープとか、中にあるの適当に使って良いから。うちで提携してる企業からいただいたサンプルなんだ。せっかくだから、後で感想を聞かせて」
「は、はい! 承知しました!」
彼が脱衣所を出て行くのを聞き耳を立てて確認し、ドアを開ける。服は彼が言っていた脱衣カゴの中に突っ込んで、素早くドアを閉めた。
「…………」
冷静に考えるとどこか滑稽で笑えてしまう。それでいくらか緊張が解れた。
「提携してる企業のサンプルね……」
こんなときに仕事の話をするのだから、案外と真面目なところもあるのだなと史華は思った。警戒し過ぎていたと感じて、あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい気分だ。
気を取り直したところで、整理整頓されている棚を見る。
提携している企業というのは一社だけではないらしい。複数のメーカーのものが並んでいる。ボディーソープだけでも三種類。並ぶボトルは十本近くあるだろうか。それがずらりと並んでいても邪魔にならない程度には広いし、きちんと片付けられている。
「って、愛由美が愛用してるメーカーのじゃない」
史華の給料だと贅沢品になるので買ってはいないのだが、愛由美の家でお泊まり会をした時に見かけて教えてもらったものだ。香りが爽やかで、肌がすべすべになるから史華も気に入っている。
ファンシーグッズを手掛けているってサイトには書いてあったけど、こういうメーカーと一緒に開発をするような会社なんだなぁ。
社長の顔と名前を確認すると同時に、何の会社なのかも調べていた。株式会社ラブロマンスと聞いて、なんとなくいかがわしい商品を取り扱っているのではないかと警戒していたが、そんなことはない。大人の女性をターゲットにした商品開発をしている健全な企業だ。
せっかくだから、これ使おうっと。
愛由美が勧めるメーカーのボディーソープを使って丁寧に身体を洗うと、シャワーで隅々まで流した。そして、ちょうどよくお湯が張られた湯船に身体を沈める。
「広い……」
湯船は二人で入っても余裕がありそうなくらい充分に広くて、足をしっかり伸ばせた。お湯の温度も熱すぎず温すぎずで心地よい。
「気持ちいい……」
美味しいものをたっぷり食べて、お風呂でゆっくりと寛いで。ちょっとした旅行をしているみたいな気分になった。
「こんな時間がもっと続けば良いのに……」
夢を見ているようだなと思っているうちに、史華の意識は薄れていったのだった。
12
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。
久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる