喫茶店オルゴールの不可思議レシピ

一花カナウ

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雨の思い出 ~ You sing a song for me ~

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 * * * * * 

 翌日、東京地方は晴れた。よって、オルゴールはお休みの日である。
 節はオルゴールに向かわなかった。いつもならダイレクトメールなどの処理のために出向くのだが、昨晩のことにまだ腹が立っていたので、子どもじみているとは思ったが行くのをやめた。そもそも出勤は義務ではない。
 その代わり、節は車を少し走らせ、郊外にある川に行くことにした。なんとなく、昔を思い出してしまったからだ。
 この川は昔、まだ節が生まれるずっと前はその両岸がコンクリートで固められていた。しかし、都市緑化構想に基づき、両岸は草が茂っていた。草刈りが行われていないのか、子どもの背丈ほどまで伸びている。堤防を兼ねた小高い場所はサイクリングロードとして整備され、自転車に乗る人やジョギングを楽しむ中高年の姿を見かける。川の水位は連日の雨で増していたが、危険水位からはほど遠い。
 節は駐車場として開放されている砂利の敷き詰められた場所に車を停めると、周辺を散策することにした。
 やや湿気を含んでいるが、初夏を感じさせる風は心地よい。空は珍しく青く広がっている。太陽がとても明るく街を照らしている。気温が上がることうけあいだ。こんなに晴れていても、おそらく夕立が降ることだろう。
 節が歩きながら考えているのは律のことだ。律に対する苛立ちはもうほとんど収まっていたが、代わりにその気持ちは自分自身に向けられた。苛立ちというより、焦燥感に似ていると彼自身は理解していた。
 律に対する気持ちは明らかだ。ライバル、それがふさわしい。もはやその言葉はこの時代にとって死んでしまっているような、物語の中でしか存在しないような気もしたが、同程度の力を持ち、競い続けたい相手、いつか勝ち、また負けて互いに影響を及ぼしたいというなら、その単語はしっくりくる。一方的ではなく、双方的であるのが重要だ。
 しかし、今では律に勝てるはずがない、とどこか引いた場所で考える自分がいる。同程度の力、似た力だと思っていたものが、表面上はそう見えても本質は全くの別物ではないかと不安に思えたからだ。
 ――律のそばにいることは、互いにとってプラスに働くのだろうか。このままで良いのだろうか。
 律とケンカらしいケンカをしたことはない。ちょっとした言い争い、ちょうど昨晩のようなことは時々あるが、大抵律を甘やかしてしまうので、彼の意見が通ることが多い。よって節は律に振り回されることになる。
 なんで自分は律に甘いのか――節にはよくわからない。
 とはいえ、思い当たる点はあるのだ。
 律の雰囲気、そして第一印象……。
 節は今でも鮮明に覚えている。
 初めて見かけたときのあの冷たい表情。およそ人だとは思えない美しさと妖しさを持った横顔を。
 話しかけたときに無邪気で天真爛漫な顔をしたものだから、そのギャップに驚いて記憶に刻まれてしまったのだろう。
 あの彼と今見せる彼、ともに同一人物なのか、いや、少なくとも同一人格ではないだろう、と密かに節は思っていた。
 五年も四六時中顔を合わせているが、あの強烈な印象に相当するほどの表情はあの日の一度きりだった。
 なぜこんなことを考え出したのか、そのこと自体が不思議だった。最近、とりわけ詩音という少女に出会ってから心境の変化が目立ってきた気がする。
 店の空気も変わった。それにここのところ仕事が忙しい。店も忙しいし、裏稼業の呼び出しも増えた。転換期だろうか。あまり関わりのない大きな事件に進展があったらしく、律と節が所属している組織ではてんやわんやらしい。だからそちらが手の回らない範囲で対応できそうなものが二人に回ってくるらしかった。節としても律としても、オルゴールの経営以外の仕事は好きではなく、できることなら触れたくないことだった。
 そこまでゆっくりと考えていると、やがて公園にたどり着いた。ふっと節の脳裏に、以前ここで起こった出来事が過ぎった。
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