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雨の思い出 ~ You sing a song for me ~
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家に着いてやることは宿題と企画書だ。
誰も家にいないのを寂しいと思ったことはない。こんなもんかとぼんやり考えるくらいだ。最近は塾に通う友達も増えていたので、委員会の仕事で帰りが遅くなってしまう節は、共に遊ぶようなことも減りつつあった。
節は私立の学校に通う予定もなかったし、勉強はできるほうであったので、塾に通うつもりもなかった。両親も特に求めることもなく、試験が嫌いな節にとって都合よく感じていたくらいだ。
家に一人でいる間は大抵宿題をしたり、本を読んだり、勉強関係の資料検索をするなどして過ごした。この家にゲーム機はない。両親が認めなかったのもあるが、節自身も興味はなかった。ゲームをするより楽器をいじっているのが好きだから、というのもある。流行にも興味がなかったので、ここ最近は同級生との話題も合わなかったが、節のお人好しな性格のためか友人は多く信頼もあつかった。
夕方までに宿題を終え、企画書をまとめ始めた頃、雨が降り出した。かなり強い雨だ。雷も鳴っている。昼間晴れて気温が上がったためであろう。室内は冷房がかかっていたからよくわからなかったが、たぶんそうだと節は思う。
窓の外に目を向ける。高層階にあたるこの部屋の西側の窓からは川とその奥に緑地帯が見える。眺めがとても良い立地だ。だが、今見える外の景色は節の頭の中のようにうっすらと霞んでいた。
時々稲光が走る。激しく雨が叩きつけられる音が地響きとなって身体に伝わってくる。
節は心配になった。何を心配したのか、このときは全くわからなかったが、風の音がいつもと違うような、そんな気がしたかららしかった。
そのとき、突然電話が鳴った。
「はい!」
節が返事をすると回線が繋がる。端末の画面に映った中年女性には見覚えがあった。レンの母親だ。彼女は不安げな面持ちである。視線が節の背後をなぞっていた。
「レンがそちらにお邪魔していないかと思いまして」
いきなり本題に入った。少々早口であり、焦りが窺える。
「学校で別れてから会っていませんよ。何かあったんですか?」
節の問いに、彼女は言うか言うまいか視線をさまよわせ、やがて口を開く。
「それが……」
節は夕立が降る街を傘を片手にうろついていた。正確にはレンを探している。
「……ったくあいつは……」
傘は大して意味をなさない。土砂降りの雨の中、節はレンが行きそうな場所をあたっているところなのだが、今のところ有力な手がかりすら見つかっていない。レンの母親は思い付く場所すべてに連絡をとっているようだったが、いい情報はなかった。レンは携帯端末を買い与えられていたが、それは部屋に残されたままだったという。
何故彼女は出て行ったか――それは些細なことが原因だった。夏休みに入ると同時に引っ越すことが決まったのだ。つまり、今彼女が取り組んでいる企画、林間学校のイベント準備が流れてしまう可能性が高いのだ。ひょっとしたら林間学校までは参加するのかも知れないが、彼女が考えた企画を準備するのはそれこそ難しくなるだろう。
「一体どこなんだ……?」
大抵、彼女が家族ともめたときは節に愚痴が飛んでくるものだが、放課後のやり取りの意地か、今日は何の知らせもない。節は彼女がどうしているのか気になった。
児童館は閉館時間前で、子どもの姿はまばらだったがそこに彼女がいた形跡はなかった。彼女と行ったことがあるファストフード店にも見当たらない。コミュニティーセンターでレンを見なかったか尋ねたが、期待する情報は得られなかった。
この雨だから屋内だろうと思ったのだが、姿はない。住宅地区にあるのは、あとはコンビニエンスストアくらいだろうか。
川の向こうの商業地まで行けば店などいくらでもあるが、この辺りからそこに向かうには子どもの足で三十分は掛かる。普通ならバスを利用するか自転車を使うところだ。彼女の自転車はそのままになっていたし、金銭類も傘も、つまりほとんど何も持たずに出ている。携帯端末さえあれば、バスには乗れるし買い物もできるが、それさえ置いていっているのだ。家を出た時刻も含めて想像するに、そう遠くまで行っているとは考えにくい。
節が思いついた場所を一通り回った頃には、雨は小降りになっていた。すっかり足元がぐしゃぐしゃになってしまって気持ち悪い。
節は大きなため息をついた。
――これ以上は無理かな……。
諦めて家に戻ろうかと思った。辺りはもう暗い。街灯が点きはじめている。家に両親も帰ってくる頃だ。一応伝言メモを置いてきてはいるが、あまり遅くなると心配するだろう。
――そういえば、傷害事件があったばかりなんだよな……。
治安は決して良くはない。学校で近隣の事件や事故の話はよく聞かされていたし、だから一人での行動は控えるようにと耳にタコができるくらいに注意されている。安全対策は街全体に施されているが、後手にまわっているという事実は事件発生件数が物語っている。
節は不安になった。彼女が何らかのトラブルに巻き込まれているのではないか、と。
そう思ったとき、何かひらめくようなものがあった。風がざわついている。
節は最後に一ヶ所だけ行ってみようと、風の誘いに乗って足を向けた。
誰も家にいないのを寂しいと思ったことはない。こんなもんかとぼんやり考えるくらいだ。最近は塾に通う友達も増えていたので、委員会の仕事で帰りが遅くなってしまう節は、共に遊ぶようなことも減りつつあった。
節は私立の学校に通う予定もなかったし、勉強はできるほうであったので、塾に通うつもりもなかった。両親も特に求めることもなく、試験が嫌いな節にとって都合よく感じていたくらいだ。
家に一人でいる間は大抵宿題をしたり、本を読んだり、勉強関係の資料検索をするなどして過ごした。この家にゲーム機はない。両親が認めなかったのもあるが、節自身も興味はなかった。ゲームをするより楽器をいじっているのが好きだから、というのもある。流行にも興味がなかったので、ここ最近は同級生との話題も合わなかったが、節のお人好しな性格のためか友人は多く信頼もあつかった。
夕方までに宿題を終え、企画書をまとめ始めた頃、雨が降り出した。かなり強い雨だ。雷も鳴っている。昼間晴れて気温が上がったためであろう。室内は冷房がかかっていたからよくわからなかったが、たぶんそうだと節は思う。
窓の外に目を向ける。高層階にあたるこの部屋の西側の窓からは川とその奥に緑地帯が見える。眺めがとても良い立地だ。だが、今見える外の景色は節の頭の中のようにうっすらと霞んでいた。
時々稲光が走る。激しく雨が叩きつけられる音が地響きとなって身体に伝わってくる。
節は心配になった。何を心配したのか、このときは全くわからなかったが、風の音がいつもと違うような、そんな気がしたかららしかった。
そのとき、突然電話が鳴った。
「はい!」
節が返事をすると回線が繋がる。端末の画面に映った中年女性には見覚えがあった。レンの母親だ。彼女は不安げな面持ちである。視線が節の背後をなぞっていた。
「レンがそちらにお邪魔していないかと思いまして」
いきなり本題に入った。少々早口であり、焦りが窺える。
「学校で別れてから会っていませんよ。何かあったんですか?」
節の問いに、彼女は言うか言うまいか視線をさまよわせ、やがて口を開く。
「それが……」
節は夕立が降る街を傘を片手にうろついていた。正確にはレンを探している。
「……ったくあいつは……」
傘は大して意味をなさない。土砂降りの雨の中、節はレンが行きそうな場所をあたっているところなのだが、今のところ有力な手がかりすら見つかっていない。レンの母親は思い付く場所すべてに連絡をとっているようだったが、いい情報はなかった。レンは携帯端末を買い与えられていたが、それは部屋に残されたままだったという。
何故彼女は出て行ったか――それは些細なことが原因だった。夏休みに入ると同時に引っ越すことが決まったのだ。つまり、今彼女が取り組んでいる企画、林間学校のイベント準備が流れてしまう可能性が高いのだ。ひょっとしたら林間学校までは参加するのかも知れないが、彼女が考えた企画を準備するのはそれこそ難しくなるだろう。
「一体どこなんだ……?」
大抵、彼女が家族ともめたときは節に愚痴が飛んでくるものだが、放課後のやり取りの意地か、今日は何の知らせもない。節は彼女がどうしているのか気になった。
児童館は閉館時間前で、子どもの姿はまばらだったがそこに彼女がいた形跡はなかった。彼女と行ったことがあるファストフード店にも見当たらない。コミュニティーセンターでレンを見なかったか尋ねたが、期待する情報は得られなかった。
この雨だから屋内だろうと思ったのだが、姿はない。住宅地区にあるのは、あとはコンビニエンスストアくらいだろうか。
川の向こうの商業地まで行けば店などいくらでもあるが、この辺りからそこに向かうには子どもの足で三十分は掛かる。普通ならバスを利用するか自転車を使うところだ。彼女の自転車はそのままになっていたし、金銭類も傘も、つまりほとんど何も持たずに出ている。携帯端末さえあれば、バスには乗れるし買い物もできるが、それさえ置いていっているのだ。家を出た時刻も含めて想像するに、そう遠くまで行っているとは考えにくい。
節が思いついた場所を一通り回った頃には、雨は小降りになっていた。すっかり足元がぐしゃぐしゃになってしまって気持ち悪い。
節は大きなため息をついた。
――これ以上は無理かな……。
諦めて家に戻ろうかと思った。辺りはもう暗い。街灯が点きはじめている。家に両親も帰ってくる頃だ。一応伝言メモを置いてきてはいるが、あまり遅くなると心配するだろう。
――そういえば、傷害事件があったばかりなんだよな……。
治安は決して良くはない。学校で近隣の事件や事故の話はよく聞かされていたし、だから一人での行動は控えるようにと耳にタコができるくらいに注意されている。安全対策は街全体に施されているが、後手にまわっているという事実は事件発生件数が物語っている。
節は不安になった。彼女が何らかのトラブルに巻き込まれているのではないか、と。
そう思ったとき、何かひらめくようなものがあった。風がざわついている。
節は最後に一ヶ所だけ行ってみようと、風の誘いに乗って足を向けた。
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