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影の王女の成婚
望まぬ取り調べ 1
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*****
意識を取り戻して、私は瞬時に上体を起こした。寝たふりをして様子を見るのがセオリーであると叩き込まれていたが、一刻も早くこのベッドから出たかったのだ。
清潔な敷布、花の香り。これらが私が寝起きしている宿舎のものと異なることくらいすぐに知れること。誰のものなのかを理解するまで時間はかからなかった。
「――そう慌てるな。仕事なら、僕が言って免除させたから心配いらないぞ」
声は横から聞こえてきた。バルドゥインのものだ。ベッドの端に腰を下ろし、読書をしていたらしい。
ちらりと見えた本のタイトルから想像するに、それはこの国の歴史書だろう。第二王子は勉強熱心である。
「それはお手数おかけしてすみませんでした。私は部屋に帰ります」
時間を確認しようと手を伸ばし、そこで初めて懐中時計がないことに気づいた。冷や汗が流れる。
私が狼狽えているのに気づいたようだ。バルドゥインはベッドに近いテーブルに本を置いて、ジャケットの下、自身の胸元から懐中時計を取り出す。
「探し物はこれかな?」
私に懐中時計が向けられる。ご丁寧に、紋章が刻まれた部分がよく見えるように持ってくれている。その紋章は今は亡き国を示す意匠だ。
「…………」
大切なものではあるが、落としてなくしたわけではないなら諦めるのも手のような気がした。私はまだ任務中で、この王宮から情報を引き出していない。個人的な感傷は捨てて、事を荒らげないようにしよう。
私は微笑んだ。
「差し上げますわ。あなた様にはもっと相応しいものがあると思いますけども、欲しいのでしたらどうぞ」
持っているのがバルドゥインであるなら、ある意味では安全である。ほかの人間が拾っていたら、拷問にかけられてもおかしくない品であり私の身も危うくなるが、彼はきっとそんなことはしない。また、面倒ごとの火種となるものだとわかっていて雑に廃棄することもないと信用できた。
バルドゥインが意外そうな顔をした。
「大切なものなのだろう?」
「ええ、大切なものではありますが、第二王子には逆らえません」
無難に切り抜けよう。機嫌を損ねたら詰みだ。
これを機に第二王子であるバルドゥインを誘惑して、私が狙っている第一王子の情報を引き出すようなことができれば都合がいい。しかし、残念ながらそんな技術を私が持っているわけはなく。ここは逃げることを選択する。
ベッドから降りようとした私の腕をバルドゥインは強く引っ張ってベッドに倒した。
「ちょっ」
「もう少し楽しんでいったらどうだ?」
「ですから、メイドに手を出したらいよいよ分が悪くなりますよ」
「別に僕は構わないよ。分が悪くなるのは君たちのほうだし」
「…………」
その通りなので、私は横を向いて膨れた。降参である。
――バルドゥイン様はどこまでご存知なのだろう。
君たち、と彼は告げた。私が単独で潜入しているわけではないこともお見通しというわけだ。
おとなしくしていると、彼は私の上にまたがる。
「……物好きですね」
背が低く、線も細いために幼く見える私を大人として見る者は少ない。だからこそ、それを活かして年齢も詐称し、この宮殿に入り込むことになったわけで。
ちなみにエリーゼは今年で二十歳だそうだが、私は彼女よりも実年齢は上で二十二歳である。潜入の都合で十五歳であると偽っているが。
すると、バルドゥインは薄く笑った。
「悪趣味と言われなくてよかったよ」
この様子だと、年齢詐称も気づかれているのだろう。
記憶に違いがないならば彼の年齢は二十五歳のはずで、その彼がメイドである上に未成年の少女に手を出したとなると罪に問われる。王族であっても、成人が未成年者に性的な関係を強要することはできないとこの国の法律では定められていた。
「誰でもよかったわけではないんですね」
「君が王宮のメイドとして潜り込んでいると聞いて、ずっと探していたんだ」
「探して?」
驚いて、真意を探ろうと顔をあげたら唇を唇で塞がれた。優しくあやされるようにされるとクラクラして拒めない。
「まさかこんなに見た目を変えて潜入しているとは思わなかったから、ずいぶんと手こずった。僕が君を最後に見たのはもっと幼い頃ではあったが、目立つプラチナブロンドだったろう? 今は僕と同じ黒い色だ。君の血筋から考えたら、この色になることはまずない」
そう説明して、バルドゥインは崩れた私の髪をひとふさ持ち上げて口づけを落とす。
探し人の外見、血筋の話。それは私の本来の姿に一致する。
――最後に会ったのは十年ほど前だから年齢的には幼い頃ではあるけれど、私、あまり見た目は変わらないような……?
身体つきも大人の女性というには貧相なので、エリーゼの豊満な肉体を羨ましく思うこともあるくらいなのだが。
気を取り直そう。
意識を取り戻して、私は瞬時に上体を起こした。寝たふりをして様子を見るのがセオリーであると叩き込まれていたが、一刻も早くこのベッドから出たかったのだ。
清潔な敷布、花の香り。これらが私が寝起きしている宿舎のものと異なることくらいすぐに知れること。誰のものなのかを理解するまで時間はかからなかった。
「――そう慌てるな。仕事なら、僕が言って免除させたから心配いらないぞ」
声は横から聞こえてきた。バルドゥインのものだ。ベッドの端に腰を下ろし、読書をしていたらしい。
ちらりと見えた本のタイトルから想像するに、それはこの国の歴史書だろう。第二王子は勉強熱心である。
「それはお手数おかけしてすみませんでした。私は部屋に帰ります」
時間を確認しようと手を伸ばし、そこで初めて懐中時計がないことに気づいた。冷や汗が流れる。
私が狼狽えているのに気づいたようだ。バルドゥインはベッドに近いテーブルに本を置いて、ジャケットの下、自身の胸元から懐中時計を取り出す。
「探し物はこれかな?」
私に懐中時計が向けられる。ご丁寧に、紋章が刻まれた部分がよく見えるように持ってくれている。その紋章は今は亡き国を示す意匠だ。
「…………」
大切なものではあるが、落としてなくしたわけではないなら諦めるのも手のような気がした。私はまだ任務中で、この王宮から情報を引き出していない。個人的な感傷は捨てて、事を荒らげないようにしよう。
私は微笑んだ。
「差し上げますわ。あなた様にはもっと相応しいものがあると思いますけども、欲しいのでしたらどうぞ」
持っているのがバルドゥインであるなら、ある意味では安全である。ほかの人間が拾っていたら、拷問にかけられてもおかしくない品であり私の身も危うくなるが、彼はきっとそんなことはしない。また、面倒ごとの火種となるものだとわかっていて雑に廃棄することもないと信用できた。
バルドゥインが意外そうな顔をした。
「大切なものなのだろう?」
「ええ、大切なものではありますが、第二王子には逆らえません」
無難に切り抜けよう。機嫌を損ねたら詰みだ。
これを機に第二王子であるバルドゥインを誘惑して、私が狙っている第一王子の情報を引き出すようなことができれば都合がいい。しかし、残念ながらそんな技術を私が持っているわけはなく。ここは逃げることを選択する。
ベッドから降りようとした私の腕をバルドゥインは強く引っ張ってベッドに倒した。
「ちょっ」
「もう少し楽しんでいったらどうだ?」
「ですから、メイドに手を出したらいよいよ分が悪くなりますよ」
「別に僕は構わないよ。分が悪くなるのは君たちのほうだし」
「…………」
その通りなので、私は横を向いて膨れた。降参である。
――バルドゥイン様はどこまでご存知なのだろう。
君たち、と彼は告げた。私が単独で潜入しているわけではないこともお見通しというわけだ。
おとなしくしていると、彼は私の上にまたがる。
「……物好きですね」
背が低く、線も細いために幼く見える私を大人として見る者は少ない。だからこそ、それを活かして年齢も詐称し、この宮殿に入り込むことになったわけで。
ちなみにエリーゼは今年で二十歳だそうだが、私は彼女よりも実年齢は上で二十二歳である。潜入の都合で十五歳であると偽っているが。
すると、バルドゥインは薄く笑った。
「悪趣味と言われなくてよかったよ」
この様子だと、年齢詐称も気づかれているのだろう。
記憶に違いがないならば彼の年齢は二十五歳のはずで、その彼がメイドである上に未成年の少女に手を出したとなると罪に問われる。王族であっても、成人が未成年者に性的な関係を強要することはできないとこの国の法律では定められていた。
「誰でもよかったわけではないんですね」
「君が王宮のメイドとして潜り込んでいると聞いて、ずっと探していたんだ」
「探して?」
驚いて、真意を探ろうと顔をあげたら唇を唇で塞がれた。優しくあやされるようにされるとクラクラして拒めない。
「まさかこんなに見た目を変えて潜入しているとは思わなかったから、ずいぶんと手こずった。僕が君を最後に見たのはもっと幼い頃ではあったが、目立つプラチナブロンドだったろう? 今は僕と同じ黒い色だ。君の血筋から考えたら、この色になることはまずない」
そう説明して、バルドゥインは崩れた私の髪をひとふさ持ち上げて口づけを落とす。
探し人の外見、血筋の話。それは私の本来の姿に一致する。
――最後に会ったのは十年ほど前だから年齢的には幼い頃ではあるけれど、私、あまり見た目は変わらないような……?
身体つきも大人の女性というには貧相なので、エリーゼの豊満な肉体を羨ましく思うこともあるくらいなのだが。
気を取り直そう。
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