欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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神さま(?)拾いました【本編完結】

9.お仕事の時間です!

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 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 怖い夢を見た。暗い夜道を歩いていたら、背後から何者かに襲われる夢。その感触のあまりの生々しさに、私は悲鳴を上げる。

「弓弦ちゃん」

 はっと目が覚めた。ひどい汗だ。
 心配そうに私の顔を覗く影。彼を見て、私は心の底から安堵した。

「……神様さん」
「うなされていたから、声をかけちゃった。お水、用意しようか?」

 返事をする前に離れようとした彼を引っ張って引き寄せる。そのままぎゅうっと背後から抱きしめた。

「どうしたの?」
「行かないでください」
「うん、わかった」

 彼は私の手に自身の手を重ねて優しく撫でてくれる。あたたかい。

「振り回してごめんなさい。今だけでいいの」
「……昨夜の君も、僕にそう言ったんだよ」

 腰に回していた私の手を解くと、私をあっさりとベッドに押し倒した。困惑する私を見下ろして、何かを探るようにじっと目を覗いている。

「ふふ。その様子だと、思い出したわけじゃないんだね。どうして忘れてしまったんだろうねえ。でも、無理に思い出さなくてもいいんじゃないかな」

 優しく微笑んで、落ち着くようにと頭を撫でてくれる。親しくもない人にそんなことをされたら気持ちが悪くて仕方がないのだけど、彼なら許せてしまう。この優しさに縋ってしまいたくなるのは、彼の特性によるものなのだろうか。

「昨夜、なにがあったのか知っている範囲で教えてほしいのですが」
「どういうふうに君が乱れたのかなら説明できるよ」

 彼の手が私の顎をそっと持ち上げて、目がスッと細められた。誘う表情はドキッとする。

「実践込みで」
「そういうのはいらないんですが」

 私が即答して睨むと、彼はぱちぱちと目を瞬かせた。

「ありゃ、残念」
「冗談で誤魔化さないで、知らないなら知らないと言ってほしいです」
「冷静さを取り戻してきたようで安心したよ」

 顔が近づいてくる。キスされそうな距離まで来て慌てて私が顔を横に向けると、彼は私の首にチュッと口づけをした。耳元で囁く。

「たぶん、僕が知っていることは君が求めていることとは違うだろうからね。答えないでおくよ」
「……実践抜きで、私がどうしていたのかについては説明する気があるんですか?」
「それは……ちょっと無理かなあ。思い出したら興奮してしまうと思うんだよね。理性で止められそうにないや」

 明るく笑いながら返してきたが、一瞬ゾクっとするような色香が漂ってきたのでこの言葉は事実なのだろう。彼の中で葛藤があったのだと思う。
 やぶ蛇にならないように気をつけよう。

「あーまあ、なんというか、だいぶ激しかったんじゃないかとは思っているので、答え合わせはやめておきます……」
「実践込みで答え合わせをしたくなったら遠慮なく言ってね。僕、頑張るよ」

 私が襲われたのではなく私が襲った可能性が出てきたし、この身体に残っている疲労感と筋肉痛が物語っていることを直視したほうがいいような気はする。ムラムラしていたことだけははっきりと覚えているのだ。

「ふふふ。君は僕に感謝していいと思うよ」
「どういう意味です?」
「僕は君に後悔なんかさせないからさ」

 想像よりも真面目な声色に、私は首を傾げる。
 彼には私に言わないほうがいいと思っていることがあるのだろう。昨夜なにがあったのか、少なくとも私よりは知っている。
 どうして思い出せないかなあ。

「そろそろ起きる? さっき君が食事の注文に使っていた端末、ブルブル震えていたから見たほうがいいんじゃないかな」
「ん?」

 私の上から退いて、彼は穏やかに告げる。戯れ合う時間は終わりにするようだ。
 って、スマホ!
 彼の言う震える端末はどう考えてもスマホである。彼の表現から予想するに、なにか連絡が来ている。急ぎだったり重要だったりしないといいけど。
 私はむくりと起き上がるとスマホを探す。記憶にないが充電器に繋いであった。
 画面を表示。充電は終わっている。通知が何件か入っていた。最後の連絡は三十分前らしい。

「ありがと、仕事の連絡が来てるわ」

 内容を確認して、クローゼットから貸与されているノートパソコンを引っ張り出す。バッテリー切れで作業が中断されると困るので電源コードも一緒に取り出してダイニングに向かった。簡単な作業で終わるとも限らないので、長期戦に備えてテーブルで作業だ。

「画面は覗かないでくださいね」
「うん。でも、そばにいてもいいかい?」
「話しかけないでいてくれるなら」

 ダイニングテーブルにノートパソコンをセッティングしてカタカタとキーボードを叩く。私の正面に彼は座った。
 静かに見守ってくれている。視線はちょっと気になるものの、集中してしまえばどうということはない。私はふぅと息をつきながら作業を進めていく。
 昨夜に納品したリリース物のファイルに不備があったというので、その確認作業である。バージョンが古いらしいということはすぐにわかったが、最新版がどこにあるのかわからない。探すよりも修正したほうが早そうだということで、上長に確認をした上で私が手直しをしていくことになった。
 キーボードを叩く音が部屋に響く。時折、外を救急車両が通る音がした。

「――よし、終わった!」

 カーテンの外が薄暗い。日暮れの時間となったらしかった。
 作業時間は一時間に満たないくらいだろう。上長に確認をお願いして、私は大きく伸びをした。

「すごい集中力だねえ。お疲れ様」

 声をかけられてびっくりした。作業を始める前と同じ場所に彼が座っていた。ニコッと笑ってくれる。

「ずっとそこにいたんですか?」
「うん。ずっと君を見てた」

 なぜか楽しそうだ。

「退屈だったんじゃないですか?」
「待つのは得意だからね。君が眠っている間も、ずっと隣で君を見守っていたよ」
「おおう……それはそれで恥ずかしいですが」

 神様だというだけあって、時間の感じ方が人間とは違うのかもしれない。それはそれとして、監視されていたのかと思うと恥ずかしいのだけども。

「ところで君のお仕事は書くお仕事なのかい?」

 私は首を横に振った。

「プログラマーなんです。小規模な企業で使うツールを作っているんですよ」

 その説明ではピンと来なかったのだろう。彼は首を傾げた後で、その長い指先をパソコンと、その隣に置いてあるスマホを指し示した。

「君が使っているその箱や端末で使うようなものかな?」
「そうですね。企業向けなので、一般の人はあまり見ないと思いますが」
「ふぅん」

 仕事の内容に興味があっただけのようだ。具体的な仕事の話を外部の人間にするものでもないので、私はここで話を切り上げることにする。
 ちょうどスマホに『お疲れ様』のメッセージが表示されたので、片付けをして問題ないだろう。私はノートパソコンを畳んで電源コードをまとめ、撤収を始めた。

「もうちょっとしたらアニキが夕食を持ってくると思いますが、それまでなにをしますか?」
「うーん、そうだなあ」

 この家にはテレビはない。話題の番組はスマホで視聴するので必要がないのだ。なお、私が一人で時間をつぶすときはスマホで遊ぶ。
 少し悩むそぶりをした後に、彼は私を見てニコッと笑った。

「まあ、僕のことは気にせず、いつも通りに過ごしてくれて構わないよ」
「じゃあ、今月のクエストが片付いてないんで、隣で見てます?」

 真正面から監視されるのも居心地が悪いので提案すると、おそらく私の告げた単語がなにを指すのかピンとこなかったのだろう、何が始まるのだろうと不思議そうな表情を浮かべてコクリと彼は頷くのだった。
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