欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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アフターストーリー【不定期更新】

兄の来訪

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いつの間に眠ったのだろう。市販の風邪薬を昼食後に飲んで横になっていたら、どうもそのまま眠ってしまったらしかった。
 部屋に入る光が赤みを帯びている。上体を起こしてカーテンを閉めようとしたときに、リビングダイニングの方から声がするのに気づいた。
 ……ん? 来客?
 音を立てると起きていることに気づかれてしまう。少し様子をみようと私は耳をそばだてた。

「……君も過保護だよねえ」
「笑ってくれるな」
「まあ、そんなわけだから、一度実家に連れて帰るべきじゃないかな」

 聞き慣れた声がする。兄貴が来ているらしかった。焼き菓子の匂いがするから、差し入れを持ってきてくれたのだろう。
 しかし……実家に帰れって?
 兄貴が連れて帰りたいと言うならまだしも、神様さんが実家に帰るように勧めてくるのは違和感がある。

「……そうか」
「弓弦ちゃんは春の連休で戻るつもりでいるみたいだけど、もっと早いほうがよさそうだ」
「だが、冬場は帰るのが難しいんだよな、あそこ……」
「それで梓くんも年末年始、こっちに残っていたんだ?」
「そんなところだ」

 年末年始に帰省しなかったってなんで知っているんだろう? 私も把握していなかったのに。
 神様さんは情報端末を持っていない。持っていても兄貴と連絡を取り合うことは避ける気がする。神通力でも使ったのだろうか。

「ふぅん……まあそういうことだから、さ」

 足音が近づいてくる。まもなくドアが開けられた。

「弓弦ちゃんも考えておいてよ」

 神様さんの向こうにいる兄貴と目が合う。呆れた顔をしていた。

「どうせバレるんだから、盗み聞きなんてするな」
「タイミングを窺っていただけだよ……」

 神様さんだけでなく、どうも兄貴も私が起きていたことを察していたらしかった。
 気まずい。
 私はのそのそとリビングダイニングに向かった。

「体調はどうなんだ?」
「ちょっと喉が痛むだけ。薬飲んでいる間は痛まないし、寝てれば治ると思ってる」
「それならいいが」

 兄貴の睨みが神様さんに向けられる。神様さんは肩をすくめた。

「実家に帰るときは声をかけろ」

 短くそう告げて、兄貴は立ち上がる。大柄な男が動くとこの部屋はなかなか窮屈そうに感じられた。

「了解。なに、兄貴も一緒に帰るの?」
「それがくっついてくるなら、な」

 顎で神様さんを指し示して玄関に向かう。帰るようだ。
 神様さんは苦笑しながら頬を掻いていた。

「わかった。調整してみるよ」
「じゃ、これで」

 神様さんと兄貴は目配せをする。何を伝え合っているのか私には読み取れなかったけれど、お互いにそれで伝わっているらしかった。ケンカしないことはありがたいが、私を除け者にしてやり取りすることにはモヤモヤしてしまう。正直、面白くない。

「兄貴も風邪には気をつけてね」
「ああ。……お大事に」

 神様さんと一緒に玄関先で見送る。
 家の鍵をかけると、神様さんは私の額に手を当てた。

「うん、熱は上がってないみたいだ」
「薬も効いているんだと思いますよ。今夜も飲んでさっさと寝ます」
「それがいい」

 神様さんはほっとしたように笑った。
 私はキッチン周りに目を向ける。テーブルの上にはマドレーヌが置かれていた。部屋で感じた香ばしい匂いの正体はそれだろう。

「兄貴は何か持ってきたんですか?」
「うん。そこの焼き菓子が差し入れで……りぞっと? っていう食べ物の作り方を教えてもらったよ」
「神様さんが作るんですか?」
「うん。今夜はそれを食べるようにって」

 完成品を持ってこなかったのは、まだ夕食にするには早い時間だったからだろう。リゾットならば温めるだけにするよりは出来立てのほうがきっと美味しい。
 そういう気遣いはありがたいのだけども。
 私は苦笑して思わずぼやいた。

「神様さんの料理の腕が上がりますね……」

 料理が得意である兄貴から教わらなかったわけではないが、私は上手に食事の準備ができない。そんな私と比べたら、神様さんはずっとまともに料理ができる。教えがいもあるだろう。
 なお、神様さんに食事は不要である。味覚もあるし食べることも可能だが、怪異なので必須ではない。
 神様さんは肩を大きくすくめた。

「適材適所だよ。弓弦ちゃんより僕の方が向いているってだけさ」
「家事をさせるためにここに繋ぎ止めているつもりはないんですよ?」
「温もりの供給要員ってことかい?」
「まあ、ええ、はい……」

 否定できない。私は微苦笑で誤魔化す。
 だいぶ婉曲的な表現にしてもらえたが、私が彼をこの姿で固定している理由はそういうことである。柔らかく言えば抱き枕みたいな存在であることには違いない。

「ふふ。いいんだよ。君が長生きしてくれたほうが僕にとっては都合がいい。衛生と栄養状態の向上は僕が目指すところでもあるんだ。遠慮することはないよ」
「家政夫が欲しかったわけじゃないんですよ……」

 できるのならば自分でできるようになりたかったのだが、どうも私には致命的にセンスがないのだった。
 ため息混じりに返せば、神様さんの大きな手が私の頭を撫でる。

「僕は張り合いがあって楽しくやっているよ。ほら、君は部屋で暖かくして待っているといい。眠れないなら、げぇむをしているのもいいんじゃないかな」
「神様さんがゲームを勧めてくるとあやしく思うんですが」
「僕だっていつまでもげぇむの彼に嫉妬心を抱いちゃいないんだよ。楽しい時間を過ごすのも、良い薬になるでしょう?」
「それは……ええ」

 今日は寝込んでいたのでゲームを起動していない。ログインボーナスを得るためにも、少し触っておこうと思った。

「ご飯が準備できたら呼ぶからゆっくりしていて」
「はぁい」

 甘えていいと言われてもどうしたらいいのかわからない。貸しを作りたくない性格なので頼りすぎるのも自分としてはどうなのかと責めてしまいがちである。そういう部分が災いしてしまい、休むにも休めないのが現状だ。
 だから、時間を区切って何をしているといいのかを提案されるとすんなり受け入れられる。彼の言葉だからというよりも、この方法が私自身を納得させるのにちょうどいいらしかった。発見である。
 私は彼の提案に従っておとなしく部屋に戻ってゲームをすることにしたのだった。

《終わり》

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