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アフターストーリー【不定期更新】
桜の花が散る頃は
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花見が好きかと聞かれると、別にとりわけ好きということはないが、だからといって嫌いだと言い切れるほどでもない。
入社した翌年に流行病で「会食を控えるように」とお達しが出たお陰で自分の代はお花見をセッティングせずに済んだので、嫌わずに済んだような気がする。私は飲み会の準備は得意ではない。
「――桜は散り際も華やかだよねえ」
窓の外を見ながら、彼は呟く。
このアパートの裏にある体育館周辺が桜スポットになっているためか、風で花びらが舞っているのが目に入った。直接は見えないけれど、桜が散り始めたことを知る。
「散り際までが華やかなのであって、地面に積もって数日もしたら結構グチャグチャですよ」
「風流のかけらもないことを言わないでよ」
私が返せば、彼はこちらを見て残念そうな顔をし、肩をすくめた。
「現実は美しいとは限らないってことですよ」
「君が感じていることはよくわかった」
「実際、アスファルトの上に落ちた花びらは汚く感じますよ。土の上ならまだ養分になるでしょうけど、そうじゃなかったら茶色くなって付着したり排水溝を詰まらせたりで厄介なだけですからね」
「うん? 嫌な思い出でもあるのかい?」
私の物言いがいつもよりもキツめであることを察したのだろう、彼は首を傾げた。
「まあ、そうですね。前の彼氏の部屋がちょうど桜並木に隣接していて、それはそれは素敵なお花見スポットだったんですけど――」
遊びに行けたのは学生時代の間だけだった。就職が決まってからは忙しくてちっとも会えなかったし、流行病が蔓延したせいで一緒に過ごすのも気が引けてしまっていたから互いの部屋を行き来することは減る一方だった。
「ベランダに大量の花びらが積もるんですよ。洗濯物を干したらくっつくレベルで。はじめこそ綺麗だと思えたんですけどね、この時期って雨も多いじゃないですか。排水ができなくなるくらい積もっちゃって、そこから水漏れみたいになってびしゃびしゃになってしまって」
今年も大変だったんじゃないかと思う。詰まらせないように掃除するのはそれなりに骨が折れる仕事なのだ。
「この部屋は大丈夫なのかい?」
「街路樹からも遠いですからね。花びらの心配も落ち葉の心配も不要ですよ。私が不精なのを知って、アニキが見つけてくれた物件ですので」
「そこは胸を張るところじゃないと思うよ」
「アニキの手柄に感謝しています」
「それはそうだけど、違うんじゃないかな……」
あきれられてしまった。なにか間違えただろうか。
彼はベッドから立ち上がる。私の仕度が終わっているかを爪先から頭のてっぺんまで見てにこりと笑った。
「この部屋の心配がいらないなら安心した。ゆっくりお花見が楽しめそうだね」
「どこまで行くつもりなんですか……」
「とりあえず、梓くんのお店まで?」
アニキの店か……
正確にはアニキの働く店であって、アニキが持っている店ではないのだけど。
店までの道のりを思い浮かべて憂鬱になる。
「わりと歩きますね……」
「ここのところ休日は雨ばかりで運動不足になっているんだから、こういう日くらいは歩かないといけないよ。僕としては、今ここでめかし込んだ君を押し倒しても構わないんだけど」
「花見行きますよ!」
よくない。押し倒されるわけにはいかないので、私は率先して玄関に向かう。
「ふふ。少し遠回りになるけど、桜が綺麗な場所を見つけたんだ。昨日は見頃だったから、今日も期待できると思うよ」
「探してくれたんですか?」
「梓くんが、せっかくだから見に行けって。弓弦ちゃんは知らないだろうって言っていたよ」
周辺の探索をあまりしていないのは事実だ。災害時の避難場所は確認したが、あとは駅から家までの通りしか把握していない。アニキはよくわかっている。
「じゃあ、案内をよろしくお願いします」
靴はジョギングに使っている歩きやすいものを履いた。花見兼散歩を楽しむとしよう。
「うん、任せて」
彼はとても楽しそうにしている。差し出された手を、私は自然と手に取った。
《終わり》
入社した翌年に流行病で「会食を控えるように」とお達しが出たお陰で自分の代はお花見をセッティングせずに済んだので、嫌わずに済んだような気がする。私は飲み会の準備は得意ではない。
「――桜は散り際も華やかだよねえ」
窓の外を見ながら、彼は呟く。
このアパートの裏にある体育館周辺が桜スポットになっているためか、風で花びらが舞っているのが目に入った。直接は見えないけれど、桜が散り始めたことを知る。
「散り際までが華やかなのであって、地面に積もって数日もしたら結構グチャグチャですよ」
「風流のかけらもないことを言わないでよ」
私が返せば、彼はこちらを見て残念そうな顔をし、肩をすくめた。
「現実は美しいとは限らないってことですよ」
「君が感じていることはよくわかった」
「実際、アスファルトの上に落ちた花びらは汚く感じますよ。土の上ならまだ養分になるでしょうけど、そうじゃなかったら茶色くなって付着したり排水溝を詰まらせたりで厄介なだけですからね」
「うん? 嫌な思い出でもあるのかい?」
私の物言いがいつもよりもキツめであることを察したのだろう、彼は首を傾げた。
「まあ、そうですね。前の彼氏の部屋がちょうど桜並木に隣接していて、それはそれは素敵なお花見スポットだったんですけど――」
遊びに行けたのは学生時代の間だけだった。就職が決まってからは忙しくてちっとも会えなかったし、流行病が蔓延したせいで一緒に過ごすのも気が引けてしまっていたから互いの部屋を行き来することは減る一方だった。
「ベランダに大量の花びらが積もるんですよ。洗濯物を干したらくっつくレベルで。はじめこそ綺麗だと思えたんですけどね、この時期って雨も多いじゃないですか。排水ができなくなるくらい積もっちゃって、そこから水漏れみたいになってびしゃびしゃになってしまって」
今年も大変だったんじゃないかと思う。詰まらせないように掃除するのはそれなりに骨が折れる仕事なのだ。
「この部屋は大丈夫なのかい?」
「街路樹からも遠いですからね。花びらの心配も落ち葉の心配も不要ですよ。私が不精なのを知って、アニキが見つけてくれた物件ですので」
「そこは胸を張るところじゃないと思うよ」
「アニキの手柄に感謝しています」
「それはそうだけど、違うんじゃないかな……」
あきれられてしまった。なにか間違えただろうか。
彼はベッドから立ち上がる。私の仕度が終わっているかを爪先から頭のてっぺんまで見てにこりと笑った。
「この部屋の心配がいらないなら安心した。ゆっくりお花見が楽しめそうだね」
「どこまで行くつもりなんですか……」
「とりあえず、梓くんのお店まで?」
アニキの店か……
正確にはアニキの働く店であって、アニキが持っている店ではないのだけど。
店までの道のりを思い浮かべて憂鬱になる。
「わりと歩きますね……」
「ここのところ休日は雨ばかりで運動不足になっているんだから、こういう日くらいは歩かないといけないよ。僕としては、今ここでめかし込んだ君を押し倒しても構わないんだけど」
「花見行きますよ!」
よくない。押し倒されるわけにはいかないので、私は率先して玄関に向かう。
「ふふ。少し遠回りになるけど、桜が綺麗な場所を見つけたんだ。昨日は見頃だったから、今日も期待できると思うよ」
「探してくれたんですか?」
「梓くんが、せっかくだから見に行けって。弓弦ちゃんは知らないだろうって言っていたよ」
周辺の探索をあまりしていないのは事実だ。災害時の避難場所は確認したが、あとは駅から家までの通りしか把握していない。アニキはよくわかっている。
「じゃあ、案内をよろしくお願いします」
靴はジョギングに使っている歩きやすいものを履いた。花見兼散歩を楽しむとしよう。
「うん、任せて」
彼はとても楽しそうにしている。差し出された手を、私は自然と手に取った。
《終わり》
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