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アフターストーリー【不定期更新】
夏休みシフトと驟雨
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テレビがない生活に慣れているせいか、オリンピックが始まったというのにピンとこない。職場でまあまあ話題にはなっていたが、彼らはいつ情報をチェックしているのだろう。
まあ、今季は時差があるから睡眠時間を削ればどうにかなる、か?
ゲームを有利に進めるために覗いているSNSもちょいちょいオリンピックの話題に触れており、それなりに注目されているのが伝わる。私は運動音痴ということもあって、スポーツに興味がなく、これまでもオリンピックはちゃんと観ていない。なので、特にコメントすることもなく流し読みをした。
「弓弦ちゃん?」
「うん?」
彼がスマホを持って私のところにやってきた。ベッドに寝転んでいた私は起き上がって対応する。
「お仕事の予定、入れておいたから共有しておこうって」
善は急げと彼にもスマホを持ってもらうことになった。彼のは私のおさがりなのだが、慣れるまではそれで充分だろう。なお、私はスマホを新調してご機嫌である。スマホゲームがさくさく動くのは嬉しい。
「了解。この記号のところを触ったら、私のところに通知がいくよ」
画面を見せてくれるので、私は指示する。彼はなるほどそういうものなのかと頷きつつ操作する。ほどなくして私のスマホに通知が来た。
「うんうん。……って、結構シフトぎっちりじゃない?」
平日昼間の厨房を任されているとのことだったが、わりとガッツリとシフトが詰まっている。まとまった休みの日は店がお盆休みなのだろう。
「うん。なんかね、いつものお仕事の子が入れないんだって」
「病気、とか?」
「免許取る合宿に行くとかどうとか」
「あー、車だな、それ」
自動車学校に通う予定なのだろう。それなら昼間のシフトは入りにくいかもしれない。
「お仕事は僕も慣れてきたからね、心配いらないよ」
「迷惑かけていないならいいけど……ああ、心配はそもそもしていませんよ。アニキの指導なら問題ないでしょうし」
「それに、弓弦ちゃんが帰るまでには僕も帰ってきているでしょ?」
「そういう心配もしてはいないんだけど……いや、ま、そうね。私よりは体力あるし、問題ないか」
私が何を案じているのか彼は思い至ったらしい。私の顔に自身の美麗な顔を寄せてきた。
「健康のことなら問題ないさ。弓弦ちゃんが元気でさえいてくれれば、僕も元気でいられるし。この暑さには思うところはあるけれど、大丈夫だよ」
至近距離でニコッとされると胸がときめく。美人は三日で飽きるというのに、ズブズブハマっていくのはどういうことなのだろう。
「それにしても、この小さな板は便利だね。情報収集が捗るよ」
顔は離れて、彼はスマホを触った。
「神様さんは何を調べるんですか?」
自称神様な怪異である彼が何に興味を持っているのか知りたくなった。本気を出せば、スマホなんかなくても情報収集など容易くこなす。人間たちの情報だけでなく、この周辺の怪異の情報などを集めることは造作ない。
彼はうーんと唸って、首を横にこてんと倒した。
「……流行かなあ」
「流行……」
「梓くんたちと話を合わせる必要があるからね。心を読むにしても知識があったほうが合わせやすいでしょう?」
「気遣いですか」
「浮いてしまうのはよくないから。ただでさえ、この外見は目立つからね。処世術さ」
アニキへの気遣いだけではなさそうだ。アニキの店にバイトで入るにあたって、店長には知人であると紹介している。余計なトラブルを避けるために考えがあるのだろう。
「ふぅん……。合わせすぎるのも、負担になるならほどほどに、ですよ」
「わかってる。人間の心に入りすぎるのも問題があるからね、その塩梅は気をつけているつもりだよ」
「おっと、久々に怪異らしい発言……」
ここでの同棲生活を満喫しているように見えたので、私が神様さんと意識的に呼ばないときはわりと普通の青年なのだ。私自身、彼を人間であるとは思っていないけれど、周囲から人間のように扱われ続けたら怪異としての力はどうなるのだろうと、最近の様子を見る限りでは気掛かりだった。
「ふふ、弓弦ちゃんと交わることで人間の肉体の悦びはだいぶ刻まれているけれど、領分は忘れていないつもりだよ。僕はこの力は弓弦ちゃんの喜びのために使う制限をしているからこの地区に身を置くことが許されている。それ以上の干渉はしない」
「いちいちすけべな言い方しないでください」
「うん? 本当のことだよ?」
そうか、本当のことなのか。
神様さんは意図的には嘘をつけない。彼の認識としてはその発言は事実なのだろう。なんてこった。
私は小さく咳払いをする。
「とにかく、うまくやっているならいいんですよ」
「僕にすっかり夢中だねえ」
「ええ、そうですよ」
わざと捻くれた態度をするよりも認めてしまったほうが話を早く切り上げられると思って返す。彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……意外ですか?」
「雨が降りそうだなって」
神様さんが返すと、遠くで雷の音がした。
「おっと……本当にひと雨来そうだ」
「ここのところ、多いですよねえ」
「夕立なら風流なんだけどねえ」
カーテンの間から窓の外を見やる。大粒の雨がポツポツと降り出したかと思えば、あっという間にシャワーのような大雨に変わる。
「この辺りは少し高い位置にあるからいいけれど、注意が必要な雨ですよね……」
稲光が走り、雷鳴が轟く。さっきまであんなに晴れて明るかったのに。
「――もうしばらくは、離れないから安心してよ」
「はい?」
「独り言」
雷が落ちて、壁が震える。びっくりしたのが伝わってしまったのか、彼が背後から抱きしめてくれた。
「止むまで、こうしていても、いいかい?」
「暑いですよ」
「じゃあ、脱ぐ?」
「……このままで」
イチャイチャしても構わないのはそうなのだが、今はただ、窓の外を見ながらじっとしていたかった。
雨が止むまで数十分。私たちはじっと雨雲が去るのを待ったのだった。
《終わり》
まあ、今季は時差があるから睡眠時間を削ればどうにかなる、か?
ゲームを有利に進めるために覗いているSNSもちょいちょいオリンピックの話題に触れており、それなりに注目されているのが伝わる。私は運動音痴ということもあって、スポーツに興味がなく、これまでもオリンピックはちゃんと観ていない。なので、特にコメントすることもなく流し読みをした。
「弓弦ちゃん?」
「うん?」
彼がスマホを持って私のところにやってきた。ベッドに寝転んでいた私は起き上がって対応する。
「お仕事の予定、入れておいたから共有しておこうって」
善は急げと彼にもスマホを持ってもらうことになった。彼のは私のおさがりなのだが、慣れるまではそれで充分だろう。なお、私はスマホを新調してご機嫌である。スマホゲームがさくさく動くのは嬉しい。
「了解。この記号のところを触ったら、私のところに通知がいくよ」
画面を見せてくれるので、私は指示する。彼はなるほどそういうものなのかと頷きつつ操作する。ほどなくして私のスマホに通知が来た。
「うんうん。……って、結構シフトぎっちりじゃない?」
平日昼間の厨房を任されているとのことだったが、わりとガッツリとシフトが詰まっている。まとまった休みの日は店がお盆休みなのだろう。
「うん。なんかね、いつものお仕事の子が入れないんだって」
「病気、とか?」
「免許取る合宿に行くとかどうとか」
「あー、車だな、それ」
自動車学校に通う予定なのだろう。それなら昼間のシフトは入りにくいかもしれない。
「お仕事は僕も慣れてきたからね、心配いらないよ」
「迷惑かけていないならいいけど……ああ、心配はそもそもしていませんよ。アニキの指導なら問題ないでしょうし」
「それに、弓弦ちゃんが帰るまでには僕も帰ってきているでしょ?」
「そういう心配もしてはいないんだけど……いや、ま、そうね。私よりは体力あるし、問題ないか」
私が何を案じているのか彼は思い至ったらしい。私の顔に自身の美麗な顔を寄せてきた。
「健康のことなら問題ないさ。弓弦ちゃんが元気でさえいてくれれば、僕も元気でいられるし。この暑さには思うところはあるけれど、大丈夫だよ」
至近距離でニコッとされると胸がときめく。美人は三日で飽きるというのに、ズブズブハマっていくのはどういうことなのだろう。
「それにしても、この小さな板は便利だね。情報収集が捗るよ」
顔は離れて、彼はスマホを触った。
「神様さんは何を調べるんですか?」
自称神様な怪異である彼が何に興味を持っているのか知りたくなった。本気を出せば、スマホなんかなくても情報収集など容易くこなす。人間たちの情報だけでなく、この周辺の怪異の情報などを集めることは造作ない。
彼はうーんと唸って、首を横にこてんと倒した。
「……流行かなあ」
「流行……」
「梓くんたちと話を合わせる必要があるからね。心を読むにしても知識があったほうが合わせやすいでしょう?」
「気遣いですか」
「浮いてしまうのはよくないから。ただでさえ、この外見は目立つからね。処世術さ」
アニキへの気遣いだけではなさそうだ。アニキの店にバイトで入るにあたって、店長には知人であると紹介している。余計なトラブルを避けるために考えがあるのだろう。
「ふぅん……。合わせすぎるのも、負担になるならほどほどに、ですよ」
「わかってる。人間の心に入りすぎるのも問題があるからね、その塩梅は気をつけているつもりだよ」
「おっと、久々に怪異らしい発言……」
ここでの同棲生活を満喫しているように見えたので、私が神様さんと意識的に呼ばないときはわりと普通の青年なのだ。私自身、彼を人間であるとは思っていないけれど、周囲から人間のように扱われ続けたら怪異としての力はどうなるのだろうと、最近の様子を見る限りでは気掛かりだった。
「ふふ、弓弦ちゃんと交わることで人間の肉体の悦びはだいぶ刻まれているけれど、領分は忘れていないつもりだよ。僕はこの力は弓弦ちゃんの喜びのために使う制限をしているからこの地区に身を置くことが許されている。それ以上の干渉はしない」
「いちいちすけべな言い方しないでください」
「うん? 本当のことだよ?」
そうか、本当のことなのか。
神様さんは意図的には嘘をつけない。彼の認識としてはその発言は事実なのだろう。なんてこった。
私は小さく咳払いをする。
「とにかく、うまくやっているならいいんですよ」
「僕にすっかり夢中だねえ」
「ええ、そうですよ」
わざと捻くれた態度をするよりも認めてしまったほうが話を早く切り上げられると思って返す。彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……意外ですか?」
「雨が降りそうだなって」
神様さんが返すと、遠くで雷の音がした。
「おっと……本当にひと雨来そうだ」
「ここのところ、多いですよねえ」
「夕立なら風流なんだけどねえ」
カーテンの間から窓の外を見やる。大粒の雨がポツポツと降り出したかと思えば、あっという間にシャワーのような大雨に変わる。
「この辺りは少し高い位置にあるからいいけれど、注意が必要な雨ですよね……」
稲光が走り、雷鳴が轟く。さっきまであんなに晴れて明るかったのに。
「――もうしばらくは、離れないから安心してよ」
「はい?」
「独り言」
雷が落ちて、壁が震える。びっくりしたのが伝わってしまったのか、彼が背後から抱きしめてくれた。
「止むまで、こうしていても、いいかい?」
「暑いですよ」
「じゃあ、脱ぐ?」
「……このままで」
イチャイチャしても構わないのはそうなのだが、今はただ、窓の外を見ながらじっとしていたかった。
雨が止むまで数十分。私たちはじっと雨雲が去るのを待ったのだった。
《終わり》
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