欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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アフターストーリー【不定期更新】

秋おでん

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 数年前のコンビニは九月になるなりおでんが並び始めていたと思う。こんなに暑いってのに熱々のおでんを食べる気にはならんな、なんて考えながら横目で見てきたが、今年はついに姿を消した。
 そりゃそうだ。連日三十五度に迫る気温と戦っていたら、おでんを食べる気は起きない。おでんシーズンもこの暑さが続いたら短くなりそうなものである。

「――冷たいおでんというのも、よろしいっすなあ」
「ふふ。弓弦ちゃんはそういうと思ったよ」

 私はすでにへべれけである。実家のある地方で作られている日本酒に冷たいおでんを合わせて、私はいい感じにできあがっていた。
 彼は上機嫌な様子で酔った私を見つめている。

「面倒だからパックに入ってるおでんを冷やしておいたけど、次回は作ったのを冷やしておくね」
「キッチンも暑いから、無理しなくていいよ。買いに行くのも暑いんだし」

 パックが手抜きだとは思わない。こうも暑いと買い物は重労働だし、キッチンでの調理も暑さとの戦いである。ましてやおでんは煮込み料理なのだから、絶対に暑くてたまらないだろう。
 自動調理鍋でもあれば話は別かもしれないけど、そこまでして食べたいとも思わないのよな。神様さんが望むなら、置き場所は確保するけど。

「まあ、暑いのはそうだねえ。梓くんのお店に行くのも暑いし。瞬間移動したら梓くんに怒られたから、もうしないけど」
「アニキは特殊能力は持っていないはずだけど、そういう異常には敏感ですからね……」

 本人曰く、アニキは特殊能力を持っていないとのことだが、これまでの経験からするとまったくなにも持たないわけではなさそうだ。面倒ごとに巻き込まれたくないから、そういうことにしている感じがする。

「こっそりと、人目につかないところに出たつもりだったんだけどね。それが梓くんの真ん前で」
「あー……」
「引き寄せる体質は弓弦ちゃんと同じくらいあるのかもしれないねえ」
「不穏なこと言わないでくださいよ」

 怪異にとって都合がいい体質なのは私のほうらしいのだが、父が怪異バスターな人間であるのでアニキはどっちかの能力を持っている可能性はあるのだ。
 私が御守りを持たされているように、アニキもなにか持たされているのかな、やっぱり。
 私は日本酒の入ったグラスをあおった。

「梓くんや弓弦ちゃんに迷惑はかけられないからさ、ちゃんと外に出るときは歩いているよ。こうも暑いとうんざりするよねえ。弓弦ちゃんはお仕事えらいよ」

 話を戻して、神様さんもお酒をあおった。
 上機嫌な顔を見るとときめいてしまう。いつも綺麗な顔だと思っているが、ドキドキしてしまうのは私が酔っているせいだろう。

「えらいですかねぇ。まあ、今は面白がっているので、苦ではないですよ」
「順調なんだ?」
「ええ、ありがたいことに」
「帰宅時間も早めで安定しているよね」
「出先から直帰だと早くなるんですよ。客先はウチに近いんで」

 前も説明した気がするが、彼が路線に詳しくないことは知っているので改めて伝える。立地の直線距離を思うとドッコイではあるが、電車移動は客先のほうが便利なので早いのだ。まあ、早いと豪雨と鉢合わせになるのでありがたみは半減するが。

「飲み会はないのかい?」
「誘われることはありますよ」
「行かないんだ」
「なんか、下心が見え見えで。私自身に興味があるにしても、ウチの会社に興味があるにしても、ちょっとねえ」
「ふぅん?」
「上司と一緒のときに声掛けられるなら行ってもいいかなって思えるんですけど、私だけのときに狙ったようにいうのはナシでしょ」
「それは賢明な判断だ」

 空になった私のグラスに彼は日本酒を注いでくれる。

「……飲ませすぎじゃないですか?」
「明日は休みなのだから、いいじゃない」
「このままだと、私、寝ちゃいますよ」
「おや。その方が都合がいいかと思ったのだけど」

 お互いに目を合わせて瞬かせる。珍しいこともあるものだ。

「眠ってしまったほうがいい?」
「君が誘ってくれるならやぶさかではないよ」
「誘ってほしい気分なんだ?」
「ふふふ」

 体調が悪いとか、そういう気分になれないとかではないようだ。いつも彼から誘ってくるから、たまには誘われたい気分、ということらしい。

「神様さん、ご機嫌ですね」
「梓くんの差し入れが効いているんだよ」
「このお酒、好きなんですね」
「そうだねえ。でも、飲むたびに思うよ」

 彼の表情が曇った。私は残っていたはんぺんを摘んだまま神様さんを見つめる。

「なにを?」
「僕は向こうに戻ったほうがいいんだろうなあって」
「…………」

 はんぺんが箸から落ちた。

「一部分が出張中になってる感じだからさ。そろそろ本体と共有しておくのがいいかなって」
「この前の大型連休は戻ったじゃないですか」
「そんな余裕はなかったよ」
「むむ……」

 確かにあの連休は大騒動が起きたわけで、全然ゆっくりできなかったが。
 私ははんぺんを掴み直して口に含んだ。出汁がしみていて美味しいはずなのに、もそっとした食感以外なにも感じなかった。

「……アニキから実家に私を連れて帰るようにでも言われたんですか?」

 ふと、本気で言っているのか気になって探りを入れる。彼はふっと笑った。

「年末に戻ってはどうかとは言われたよ。今の時期から調整すれば、待機にならないで済むだろうって」
「ちょっとした責任者になっているから、今年も無理ですよ、多分」
「遠隔でも仕事ができるでしょう?」
「実家の電波状況を舐めるなよ?」

 思うところがあったらしく、彼は苦笑しただけで反論しなかった。ネットワーク環境が芳しくないことは前回の帰省で自明である。

「それはそれとして、考えておいてよ」
「……酔いがさめたわ」

 はぁ、と大きくため息。
 いつまでものんきにここでの生活を謳歌していられるわけではなさそうだ。考えねばならないことは確かにある。

「ふふ。君にとってこの生活は大事だもんねえ」
「今のプロジェクト、立ち上げから関わっているから楽しいのよ。きっと面白いことになるから」
「そうだね。弓弦ちゃんの頑張りは、きっと結実すると思うよ。僕が手をまわさずとも」

 手応えがある仕事なのだ。手放すわけにはいかない。
 でも、さ。不穏なことを言わないでよ。
 手をまわさずとも、なんて言い方をされたら不安になる。今彼がいなくなっても、仕事は順調に進むということだ。ちょっと前の私なら浮かれるところなのに、胸騒ぎがする。

「――片付けるね」

 そう告げて、彼は晩酌の片付けをはじめる。その背中はいつもよりも小さく感じられて、その理由が彼にあるのか自分自身の心持ちにあるのか判別できないのだった。


《終わり》
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