欲望の神さま拾いました【本編完結】

一花カナウ

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アフターストーリー【不定期更新】

金木犀の季節

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 通りまでふわりと香る甘い香り。それが金木犀の匂いだとわかり、ようやく訪れた秋を感じる。
 なお、金木犀の香りを嗅ぐと食欲を抑制することができるらしいのだが、食欲の秋を遠ざけるほどの効果があるとは思えない。なぜならジョギングの帰りにアニキが働く店に寄ったところで、紙袋に新作商品や今月の限定商品をたくさん詰め込まれてしまったからだ。

「むむ……こんなはずでは」

 食卓として使っているテーブルの上に購入した商品を並べて頭を抱える。どれも美味しそうで選べなかったのだ。

「ふふ。食べ過ぎた分は運動をすればいいんだよ。脂質や糖質を抑えて蛋白質を増やす商品に力を入れているから、感想が欲しいんだって」

 冷蔵保存が必要なものを片付け終えた彼がニコニコしながら返してくる。これは下心アリな態度だ。
 それはそれとしてアルバイトとして真面目に働いているんだな……。
 アニキに誘われて、彼は空いている時間に厨房で働いている。確実に料理の腕が上がっているのでその点についてはアニキに感謝しているが、仕事としての責任感が芽生えていることについては考えたいところだ。新商品のレビューはアルバイトの仕事ではなく、正社員の仕事ではなかろうか。

「商品開発はアニキの仕事だろうけど、新商品の感想を求めるのはバイトの仕事でも私みたいな常連客の仕事でもないと思うの」
「うん、僕もそう思う」

 頷かれると思わなかった。目を瞬かせて彼を見つめる。

「じゃあなんで?」
「店長に正社員にならないかって誘われたんだよねえ」
「は?」

 まさか店長にまで可愛がられていたとは。
 私は彼に目を向ける。冗談ではなさそうだし、そもそも意図的に嘘をつくことができないのが彼こと神様さんである。

「断ったの?」
「保留にしておいたよ。僕だってここに長くいられるわけでもないし」

 実家に帰らないといけない話は最近よく聞いているので、つまりそういうことだろう。

「それに、短時間勤務じゃないと続けられないからね。都合のいい今の勤務形態のままでいきたいんだ」

 私が出社している間が暇なので、神様さんはアニキが勤務している店で働くことにした。キッチン勤務で九時から十六時まで。夕方の勤務と土日祝日の勤務には入らない契約である。ホールでの仕事も原則禁止としているのは、彼の容姿がとても目立つからだ。

「まあ……そうねえ」

 私はこれからオヤツで食べる焼きドーナツを残して、他は紙袋に戻した。今夜の夕食はこれらを食べれば十分な気がする。新作のバケットサンドは美味しそうだ。

「弓弦ちゃんはもっと働いたほうがいいと思うかい?」
「別に、好きにしたらいいと思いますよ」
「そう? 僕の勤務時間が長くなったり、帰宅時間が遅くなったら、この部屋の状態を維持できなくなると思うのだけど」

 そう言われて、私は部屋をチラッと見る。
 彼がここに居着くようになるまでは足の踏み場もないような散らかった部屋に住んでいた。今は仕事が落ち着いていることと、彼の目がある都合で過ごしやすい部屋が維持できている。

「そこはまあ、そのときに?」
「弓弦ちゃんに頑張る気があるなら心配はないんだけどな」
「どういう意味ですか、それ」

 片付けを彼が積極的にしているわけではない。ただ、人目があるという部分と、二人が暮らしていくには手狭であるという部分のおかげでこの環境が維持されている。
 彼がいない時間が増えたら、この部屋はどうなるのだろう。

「ふふ。そのままの意味さ」

 彼が持ち運んできた紙袋から紙コップが二つ出てきた。甘い香りがする。

「はい、どうぞ。焼き菓子に合わせるといいって梓くんが言ってたよ」
「ありがと」

 暖かなお茶のようだ。紅茶かハーブティーなのだろう、金木犀のような甘い香りがした。中身が気になって、蓋を閉めたまま飲めるようになっているのにあえて蓋を取る。

「あら」

 オレンジ色の小さな花が浮いている。ひと口啜ると思っていたよりも甘い。

「金木犀の花を蜂蜜に漬けたものだって言っていたかな。蓋を閉めていたら気づかないけど、可愛いよねえ。店内での食事の時は蓋は閉めないで提供しているんだ」
「へえ……」

 なかなか興味深い品である。今日は冷え込んだので持ち帰っている間に冷めてしまったのか、すっと飲みやすい温度だ。

「季節を感じられる食べ物をその時季に味わえるっていいよねえ」

 彼は私の正面の椅子に座ってニコニコしている。ここでの生活を楽しんでいるならいいとは思うが。

「私もそう思います」

 焼きドーナツは甘すぎず、蜂蜜入りの紅茶によく合う。確かにこの組み合わせはおすすめだろう。

「それで、食べ終わったらどうするかい?」

 紅茶を飲んだあと、彼は唇をぺろりと舐めて妖しく笑った。
 私は紅茶を口に含みながら視線を外す。

「衣替えですかね。そろそろ本格的に寒くなってきそうですし」
「ああ、それはいい運動になりそうだねえ」

 彼の意図する返事を避けたつもりだが、上機嫌である。大きな口で焼きドーナツを食べ切ると、食べカスがついた指先を舐めて彼は立ち上がった。

「先に部屋を整理しておくよ。食べ終わったら片付けておいで」

 自分が食べた分の焼きドーナツが包まれていた紙と紅茶が入っていた紙コップを彼はシンク脇に置いて手を洗う。私の視線に気づいたのか手を拭いたあとにひらひらと振ってくれる。
 ファンサも覚えつつあるな、神様さん……。
 私は焼きドーナツを頬張りながら、今後の生活について再考せねばと頭を抱えるのだった。


《終わり》
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