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昼食の時間は過ぎていたが、全く食欲が湧かなかったのでそのまま調査を続行させる。二人がやってきたのは森の中の小さな墓だった。
「こんなところに……」
ロゼッタは墓石に寄りかかるようにして制止している人形に近付く。ロゼッタとほぼ同じ大きさの少女型の人形。茶色の髪は血糊で固まっている。身につけているドレスにも血がたっぷりと付着していて赤黒い。人形の表情は悲しげで、涙を流しているかのようにも見えた。
「なんでもっと早く気付けなかったのかしら……」
ロゼッタの嘆きは自分の至らなさを言っているものではない。現象が起こる前に食い止めることができなかった世の中のことを言っているのだ。
「言葉にしただけではどうにもなりませんよ。これが現象の結末なのですから」
遠くで悲しげな表情のミールが立っている。やりきれない気持ちが言葉にもこもっていた。
血まみれの家を出てすぐにロゼッタがとった行動は町内の聞き込みであった。失踪中の傀儡師の家族関係についての調査である。調査書には傀儡師の妻は十年ほど前に死亡しているとだけ書いてあった。ゆえに調査の目的は死因とその墓を探すことだ。
聞き込みをしているうちにその傀儡師がどんな人物であったのかが浮かんできた。あまり良い評判はない。暴力的で、身勝手で、酒びたりの男。ある人はその所為で奥さんは逃げたのだと思っていて亡くなったことを知らなかったし、またある人はその話題に触れただけで離れていった。酒場で暴れることも多かったようだ。
娘をよく知る人物からは傀儡師の妻が死んだあとのことをいくらか聞き出せた。それまで妻にのみ暴力をふるっていたのだが、死亡してからはその暴力が娘に向けられていたのだという。度々顔に青あざを作ったまま買い物に訪れたり、深い切り傷を負って駆け込んできたりしたこともあったのだそうだ。しかしすぐに父親が乗り込んできて強引に連れ去ったのだとも、苦しげな表情で語って聞かせてくれた。傀儡師の妻の墓を教えてくれたのもこの人物で、彼らの結末をうすうす感じ取っていたかのようだった。
「町民からあんなふうに言われる人間が同じ傀儡師だなんて……わたしは思いたくない」
ロゼッタは人形を抱きしめる。かつては人間であったはずの魔動人形。この中には死んだ娘の魂が入れられている。
「人間なら誰にでもある醜い感情がちょっと表面に出やすかっただけのことですよ。決して特殊な例ではない」
淡々とした口調は、彼が感情を押し殺しているがためになってしまうものだ。何度似たような現場に居合わせても慣れるものではない。
「人形の暴走も珍しい事例ではない……」
ロゼッタはミールが続けて言うだろう台詞を口にする。
「あなたは現象だと、そう言ったわ」
涙が頬を濡らしている。ロゼッタの頬を滑り落ちた涙が人形の頬にかかる。つうっと人形の頬を流れていった。
「察していて、わたしを連れてきたんでしょう?」
「えぇ、その通りです」
ミールは反論しなかった。ただ認め、ロゼッタの様子を見守っている。
「ひどい人だわ」
「ですが、これがこの社会の一面なのは確かです。――少々残酷ですが、あなたはご自分の研究がどのような使い方をされるものなのかわかっていなかったようでしたので。単純な好奇心だけが研究の対象となるわけではありません。欲望だけでしていいことでもない」
「そんなのわかってる」
「いえ、あなたはわかっていません」
感情的なロゼッタの反論に、冷静な声でミールは否定する。
「――まだあなたは若い。経験が浅いのは仕方のないことでしょう。ですが、それに見合わないほどの力をすでに持っている。それが私には心配なのです。同じ過ちを起こさせないためにも」
ミールはロゼッタのそばに歩み寄ると彼女の肩に手をかける。
「泣いている場合じゃありませんよ。その人形の魂を解放しないといけません。でないと、悲しみの連鎖はとまらない」
「わかっています……契約の解除呪文は私の家系で最も得意とするものですもの」
そっと人形を元の位置に立てかける。ロゼッタはハンカチで涙を拭うと気合を入れなおした。表情が引き締まる。精神を集中させ、術を練る。
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
人形の真下に白い光を放つ魔法陣が展開すると、人形を強烈な光の柱が貫く。人形に入れられた魂を解放するのがこの呪文の効果であり、傀儡師なら誰もが基本として身につけている傀儡師魔術の一つだ。
「ゴメンナサイ……オトウサン……」
不意に聞こえてきた少女の声に、ロゼッタは光が高く昇っていった場所に目をやる。そこには何もない。しいて言うなら、空と雲があった。
「彼女……」
「憎んでいても、愛していたってことですね」
同じ場所を見つめながらミールが呟く。
「――最近、増えているんですよ」
小さなため息のあとに続けられた台詞。
「増えている?」
「人形の暴走」
移した視線の先に見えたミールの深刻そうな横顔に、ロゼッタの身体は硬直する。
「暴走しやすい粗悪品が出回らないように、魔動人形協会は常に国内を取り締まっています。そのための部隊が鑑査部です。聞いたことくらいはありますでしょう?」
「えぇ。人形屋の監査と、コッペリアの素質を見極める部門ですよね? 幾つかの集団が各地を巡っているのだと聞いております」
「その通りです」
ミールはロゼッタを見るとそっと微笑む。
「通常、傀儡師と魔動人形は絆で結ばれ――と言っても、契約で縛っていることには違いないのですが――その想いが通じている間は魔動人形は主人である傀儡師に刃向かうことはありません。ですが、暴走という形でその例外を幾度も確認しています。今回の事例もそうだ」
「えぇ……」
ロゼッタは話の先を予感して、表情を曇らせたまま小さくうなずく。
「魔動人形が粗悪であると暴走しやすいらしいというのは経験から広く知られていることですが……最近はそれだけが原因ではないようなのです」
「禁忌を犯す人間の増加……モラルの低下ですか?」
ミールの暗い顔をまっすぐ見つめて問いかける。かつては彼女もやってしまったことだ。
「そう思いたくはないんですけどね。しかし、結局協会も動き出さざるを得なくなった」
「そうするようにあなたが仕向けたんでしょう?」
「動いているのはローズ家当主――あなたのお父さんです」
ロゼッタの瞳が揺れる。
言われてみればそうだ。暴走した人形を止めるのは、解除呪文に長けている人物以外にはできないこと。つまり、除霊系の能力者として有名なローズ家の人間が関わらないわけがない。今回のような事例に多くあたっているのは他でもない、ロゼッタの父親だ。
「彼は専門の対策班を作り、効率よく各地を回って取り締まることを望んでいる」
「――そんなに……多いんですか?」
震える声の質問に、ミールはまっすぐ向けていた顔を上下に動かす。
「鑑査部でも通常業務に人形対策を加えて確認作業を行っていたのですが、それだけでは手が回らない。傀儡師でも除霊系の術を使いこなせる人間はごくわずかです。自身の人形との契約を解除するのはたやすくても、他人の契約を解除するのは難しいですからね。となると解決に時間がかかるのは必然でしょう。傀儡師の行動を協会は事細かに記録していますが、それでも必要な人間を集めるのは容易ではありません。ならばいっそ、専門の部隊を作ってしまおうという事なんでしょうけど」
「……嫌な話ね」
暗い顔をしてロゼッタは視線を地面に落とす。
「その部隊の構成員にあなたを、と考えていたんですが……推薦はやめておきましょうか?」
「その方が良いんじゃないかしら。これはきついわ」
「――ローズ家当主も、提案者でありながらこの件についてはあまり明るい顔をしませんでした。つらい仕事ですからね。愛する存在に裏切られたものの末路を見る仕事といっても過言ではありませんし。――だからこそ、誰かがしなくてはならない仕事ともいえますが」
「……わたし、あなたのことだから、わたしが傀儡師魔術の研究者を志した理由をわかっていらっしゃるのだと思っていました。でも、違ったのですね」
視線を上げる。ロゼッタの表情はまだ暗い。
「人形との契約を切るとき、その人形と主人の気持ちの間に割って入ることになるでしょう? そのときに互いの声が聞こえてくるんです。切なげな、その声が。もっとそばにいたい、ずっと一緒にいたいって。暴走を抑えることができない状況なのに、互いにそう言っているんです。怨みも憎しみもない。それなのに、その現象は起こってしまう……。わたしはそれを知って、耐えられなかった。逃げたかったわけではありません。暴走する人形が減っていくことを望んでいます。でも、割り切れるものではありません」
ロゼッタは悲しげな表情のまま笑顔を作ろうとする。しかしうまくいかない。
「――不思議ですよ」
ミールは優しげな表情を作る。笑顔の作り方を忘れた少女に、その作り方を教えるかのように。
「あなたのお父さんからその話は伺っております。――彼だって、いまだに割り切れないんですよ。できれば暴走する前に対処したいと苦悩していらっしゃる。先代の当主だって同じことをおっしゃっていました。慣れるようなものではない、と。だからこそ、余計に除霊系の傀儡師は少ないのでしょうね。能力があっても行使したくないでしょうから」
「じゃあ……」
「時々思います。あなた方ローズ家の人間ではなく、クリサンセマム家にその力があれば、と。私どもの家系は研究一族。人形との間に私情を挟むことはほとんどありませんし、研究対象とみているだけあってその関係は冷めたものだ。現象は現象として対処できる。傀儡師と魔動人形の間にあった絆なんて興味ないんです。――とはいえ、能力なんて選べるものではありませんからね。生まれ持った才能に近い。私がどんなに努力を重ねたところで、おそらく解除系の術は使いこなせないでしょう」
ミールの作った笑顔に苦々しさが混じる。
ロゼッタはなんと言ったら良いのかわからず、戸惑い、ただ沈黙していた。
「――さて、これから墓荒らしの作業ですが、ロゼッタさんはどうなさいます?」
重くなった空気を払うように、ミールはわざと作った明るい口調でロゼッタに訊ねる。
「……申し訳ないですが、わたしは遠慮しておきます。――あれだけの血が飛び散っていたんですもの、想像がつくわ」
気分が悪くなって口元を押さえる。こういうときは想像力が乏しいのに限るなとロゼッタはひそかに思う。
「そう言うと思っていましたよ。あなたは先に宿屋で休んでいてください。あとは私と人形で片付けますから」
安心させるような表情でミールはロゼッタに勧める。
「すみません……」
ぺこりと頭を下げるとロゼッタは踵を返す。
「――その人形はどうするんですか?」
振り向いて人形に目をやる。少女型の人形はかつて娘自身の肉体だったものだ。死体をそのまま魂を入れる器に、つまり魔動人形化させたものである。
「魔動人形協会できちんと供養しますよ。この手の人形は処分できませんから」
「良かった……安心しました。失礼します」
ロゼッタは頭を下げるとその場を走り去った。安堵感からか、涙が溢れ止まらなかった。
「こんなところに……」
ロゼッタは墓石に寄りかかるようにして制止している人形に近付く。ロゼッタとほぼ同じ大きさの少女型の人形。茶色の髪は血糊で固まっている。身につけているドレスにも血がたっぷりと付着していて赤黒い。人形の表情は悲しげで、涙を流しているかのようにも見えた。
「なんでもっと早く気付けなかったのかしら……」
ロゼッタの嘆きは自分の至らなさを言っているものではない。現象が起こる前に食い止めることができなかった世の中のことを言っているのだ。
「言葉にしただけではどうにもなりませんよ。これが現象の結末なのですから」
遠くで悲しげな表情のミールが立っている。やりきれない気持ちが言葉にもこもっていた。
血まみれの家を出てすぐにロゼッタがとった行動は町内の聞き込みであった。失踪中の傀儡師の家族関係についての調査である。調査書には傀儡師の妻は十年ほど前に死亡しているとだけ書いてあった。ゆえに調査の目的は死因とその墓を探すことだ。
聞き込みをしているうちにその傀儡師がどんな人物であったのかが浮かんできた。あまり良い評判はない。暴力的で、身勝手で、酒びたりの男。ある人はその所為で奥さんは逃げたのだと思っていて亡くなったことを知らなかったし、またある人はその話題に触れただけで離れていった。酒場で暴れることも多かったようだ。
娘をよく知る人物からは傀儡師の妻が死んだあとのことをいくらか聞き出せた。それまで妻にのみ暴力をふるっていたのだが、死亡してからはその暴力が娘に向けられていたのだという。度々顔に青あざを作ったまま買い物に訪れたり、深い切り傷を負って駆け込んできたりしたこともあったのだそうだ。しかしすぐに父親が乗り込んできて強引に連れ去ったのだとも、苦しげな表情で語って聞かせてくれた。傀儡師の妻の墓を教えてくれたのもこの人物で、彼らの結末をうすうす感じ取っていたかのようだった。
「町民からあんなふうに言われる人間が同じ傀儡師だなんて……わたしは思いたくない」
ロゼッタは人形を抱きしめる。かつては人間であったはずの魔動人形。この中には死んだ娘の魂が入れられている。
「人間なら誰にでもある醜い感情がちょっと表面に出やすかっただけのことですよ。決して特殊な例ではない」
淡々とした口調は、彼が感情を押し殺しているがためになってしまうものだ。何度似たような現場に居合わせても慣れるものではない。
「人形の暴走も珍しい事例ではない……」
ロゼッタはミールが続けて言うだろう台詞を口にする。
「あなたは現象だと、そう言ったわ」
涙が頬を濡らしている。ロゼッタの頬を滑り落ちた涙が人形の頬にかかる。つうっと人形の頬を流れていった。
「察していて、わたしを連れてきたんでしょう?」
「えぇ、その通りです」
ミールは反論しなかった。ただ認め、ロゼッタの様子を見守っている。
「ひどい人だわ」
「ですが、これがこの社会の一面なのは確かです。――少々残酷ですが、あなたはご自分の研究がどのような使い方をされるものなのかわかっていなかったようでしたので。単純な好奇心だけが研究の対象となるわけではありません。欲望だけでしていいことでもない」
「そんなのわかってる」
「いえ、あなたはわかっていません」
感情的なロゼッタの反論に、冷静な声でミールは否定する。
「――まだあなたは若い。経験が浅いのは仕方のないことでしょう。ですが、それに見合わないほどの力をすでに持っている。それが私には心配なのです。同じ過ちを起こさせないためにも」
ミールはロゼッタのそばに歩み寄ると彼女の肩に手をかける。
「泣いている場合じゃありませんよ。その人形の魂を解放しないといけません。でないと、悲しみの連鎖はとまらない」
「わかっています……契約の解除呪文は私の家系で最も得意とするものですもの」
そっと人形を元の位置に立てかける。ロゼッタはハンカチで涙を拭うと気合を入れなおした。表情が引き締まる。精神を集中させ、術を練る。
「肉体より放たれし 清き生命の源よ 世界の均衡に基づいて あるべき姿 あるべき形に戻りたまえ!」
人形の真下に白い光を放つ魔法陣が展開すると、人形を強烈な光の柱が貫く。人形に入れられた魂を解放するのがこの呪文の効果であり、傀儡師なら誰もが基本として身につけている傀儡師魔術の一つだ。
「ゴメンナサイ……オトウサン……」
不意に聞こえてきた少女の声に、ロゼッタは光が高く昇っていった場所に目をやる。そこには何もない。しいて言うなら、空と雲があった。
「彼女……」
「憎んでいても、愛していたってことですね」
同じ場所を見つめながらミールが呟く。
「――最近、増えているんですよ」
小さなため息のあとに続けられた台詞。
「増えている?」
「人形の暴走」
移した視線の先に見えたミールの深刻そうな横顔に、ロゼッタの身体は硬直する。
「暴走しやすい粗悪品が出回らないように、魔動人形協会は常に国内を取り締まっています。そのための部隊が鑑査部です。聞いたことくらいはありますでしょう?」
「えぇ。人形屋の監査と、コッペリアの素質を見極める部門ですよね? 幾つかの集団が各地を巡っているのだと聞いております」
「その通りです」
ミールはロゼッタを見るとそっと微笑む。
「通常、傀儡師と魔動人形は絆で結ばれ――と言っても、契約で縛っていることには違いないのですが――その想いが通じている間は魔動人形は主人である傀儡師に刃向かうことはありません。ですが、暴走という形でその例外を幾度も確認しています。今回の事例もそうだ」
「えぇ……」
ロゼッタは話の先を予感して、表情を曇らせたまま小さくうなずく。
「魔動人形が粗悪であると暴走しやすいらしいというのは経験から広く知られていることですが……最近はそれだけが原因ではないようなのです」
「禁忌を犯す人間の増加……モラルの低下ですか?」
ミールの暗い顔をまっすぐ見つめて問いかける。かつては彼女もやってしまったことだ。
「そう思いたくはないんですけどね。しかし、結局協会も動き出さざるを得なくなった」
「そうするようにあなたが仕向けたんでしょう?」
「動いているのはローズ家当主――あなたのお父さんです」
ロゼッタの瞳が揺れる。
言われてみればそうだ。暴走した人形を止めるのは、解除呪文に長けている人物以外にはできないこと。つまり、除霊系の能力者として有名なローズ家の人間が関わらないわけがない。今回のような事例に多くあたっているのは他でもない、ロゼッタの父親だ。
「彼は専門の対策班を作り、効率よく各地を回って取り締まることを望んでいる」
「――そんなに……多いんですか?」
震える声の質問に、ミールはまっすぐ向けていた顔を上下に動かす。
「鑑査部でも通常業務に人形対策を加えて確認作業を行っていたのですが、それだけでは手が回らない。傀儡師でも除霊系の術を使いこなせる人間はごくわずかです。自身の人形との契約を解除するのはたやすくても、他人の契約を解除するのは難しいですからね。となると解決に時間がかかるのは必然でしょう。傀儡師の行動を協会は事細かに記録していますが、それでも必要な人間を集めるのは容易ではありません。ならばいっそ、専門の部隊を作ってしまおうという事なんでしょうけど」
「……嫌な話ね」
暗い顔をしてロゼッタは視線を地面に落とす。
「その部隊の構成員にあなたを、と考えていたんですが……推薦はやめておきましょうか?」
「その方が良いんじゃないかしら。これはきついわ」
「――ローズ家当主も、提案者でありながらこの件についてはあまり明るい顔をしませんでした。つらい仕事ですからね。愛する存在に裏切られたものの末路を見る仕事といっても過言ではありませんし。――だからこそ、誰かがしなくてはならない仕事ともいえますが」
「……わたし、あなたのことだから、わたしが傀儡師魔術の研究者を志した理由をわかっていらっしゃるのだと思っていました。でも、違ったのですね」
視線を上げる。ロゼッタの表情はまだ暗い。
「人形との契約を切るとき、その人形と主人の気持ちの間に割って入ることになるでしょう? そのときに互いの声が聞こえてくるんです。切なげな、その声が。もっとそばにいたい、ずっと一緒にいたいって。暴走を抑えることができない状況なのに、互いにそう言っているんです。怨みも憎しみもない。それなのに、その現象は起こってしまう……。わたしはそれを知って、耐えられなかった。逃げたかったわけではありません。暴走する人形が減っていくことを望んでいます。でも、割り切れるものではありません」
ロゼッタは悲しげな表情のまま笑顔を作ろうとする。しかしうまくいかない。
「――不思議ですよ」
ミールは優しげな表情を作る。笑顔の作り方を忘れた少女に、その作り方を教えるかのように。
「あなたのお父さんからその話は伺っております。――彼だって、いまだに割り切れないんですよ。できれば暴走する前に対処したいと苦悩していらっしゃる。先代の当主だって同じことをおっしゃっていました。慣れるようなものではない、と。だからこそ、余計に除霊系の傀儡師は少ないのでしょうね。能力があっても行使したくないでしょうから」
「じゃあ……」
「時々思います。あなた方ローズ家の人間ではなく、クリサンセマム家にその力があれば、と。私どもの家系は研究一族。人形との間に私情を挟むことはほとんどありませんし、研究対象とみているだけあってその関係は冷めたものだ。現象は現象として対処できる。傀儡師と魔動人形の間にあった絆なんて興味ないんです。――とはいえ、能力なんて選べるものではありませんからね。生まれ持った才能に近い。私がどんなに努力を重ねたところで、おそらく解除系の術は使いこなせないでしょう」
ミールの作った笑顔に苦々しさが混じる。
ロゼッタはなんと言ったら良いのかわからず、戸惑い、ただ沈黙していた。
「――さて、これから墓荒らしの作業ですが、ロゼッタさんはどうなさいます?」
重くなった空気を払うように、ミールはわざと作った明るい口調でロゼッタに訊ねる。
「……申し訳ないですが、わたしは遠慮しておきます。――あれだけの血が飛び散っていたんですもの、想像がつくわ」
気分が悪くなって口元を押さえる。こういうときは想像力が乏しいのに限るなとロゼッタはひそかに思う。
「そう言うと思っていましたよ。あなたは先に宿屋で休んでいてください。あとは私と人形で片付けますから」
安心させるような表情でミールはロゼッタに勧める。
「すみません……」
ぺこりと頭を下げるとロゼッタは踵を返す。
「――その人形はどうするんですか?」
振り向いて人形に目をやる。少女型の人形はかつて娘自身の肉体だったものだ。死体をそのまま魂を入れる器に、つまり魔動人形化させたものである。
「魔動人形協会できちんと供養しますよ。この手の人形は処分できませんから」
「良かった……安心しました。失礼します」
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