元悪役令嬢はラスボスを攻略して見返したい

一花カナウ

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調査

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 現場は血の臭いでむっとしていた。ロゼッタは思わず持っていたハンカチで口と鼻を覆う。

「予想以上ですね」

 動揺の様子はなく淡々とした口調でミールは呟く。外は陽が出ていて明るいというのに雨戸が完全に閉まっているため、薄暗い室内へと角灯を持った彼が先行する。
 ロゼッタはしぶしぶその後ろにつき、薄気味悪い屋敷の奥へと足を踏み入れる。
 朝食後、二人は保存されている失踪者の自宅に向かった。その家はこの町では標準的な大きさであるが、集落のはずれに位置し、人通りの少ない不便な場所に建っていた。見張りには魔動人形を使って人間を配置せず、扉を釘で打ちつけて中に進入できないようにした以外はなにもしていない。雨戸はもとから閉まっていたという話だ。
 調査書に書いてあったことをロゼッタは思い出す。

「失踪届けが出されて保存されたあとは誰も近付いていないのだそうです」

 報告に挙がっていた内容を告げると、ミールは手袋をした手で部屋の扉を開けて回る。部屋の中を細かく見るようなことはせず、大雑把に見回す程度。そんな彼の足が、ある部屋の前で止まる。
 ロゼッタはぶつかる前に停止し、ミールの肩越しに中の様子を窺った。

「娘の部屋ですね」

 つかつかと中に入ると、ミールは窓を探す。しかし内側から板があてられていて開けることはできない。

「どうしてここが娘の部屋だと……?」

 ロゼッタも中に入って辺りを見回す。
 ミールは娘の部屋だと断言していたがロゼッタにはそうとは思えなかった。なぜなら、少女が生活していたと思えるようなものが何一つなかったからだ。ベッドもタンスも机もない。何も置かれていない部屋。唯一、絨毯だけが床に敷かれていた。

「ただの消去法ですよ。寝室があって台所があって作業場があって……残ったのがこの部屋だというだけのことです。同居していたのが事実ならばね」

 窓を開けるのを諦めると、ミールはロゼッタに角灯を渡す。

「この様子だと、とうに娘さんは亡くなっていたのかもしれませんね。――ミールさん、今度は何を?」

 ロゼッタは意見を述べると、床の絨毯に手をかけているミールに問う。
 彼は絨毯の端をめくり上げると無言でそのままはがす。そこに現れたのは魔法陣と血痕。

「……一見してこの部屋は異常がないように思えますが、他の部屋に血痕が付着しているのにこの部屋にだけないというのは不自然ですよね?」

 ミールはまじまじとその魔法陣を見る。解読を始めているのだ。

「あなたのおっしゃるとおりですけど……あの、調査はあなた独りで充分だったのでは?」

 突っ立っているだけで手がかりを得ていないロゼッタはつまらなそうに質問をする。

「そんなことはありませんよ。陣魔術に関してはあなたのほうが知識がありましょう?」

 ふて腐れたロゼッタを見上げてミールはにっこりと笑む。
 その台詞に、ロゼッタは描かれた魔法陣に目をやる。その魔法陣は傀儡師が扱う魔法陣とは少々様子が違った。また、ミールがその台詞を言ったということは人形技師が扱う魔法陣でもないということを物語っている。

「まさか……」

 ロゼッタはミールの隣に移動してかがむと、魔法陣の解読に取り掛かる。
 陣魔術とは魔法陣を中心とした魔法体系であり、傀儡師魔術・人形技師魔術の親にあたる魔術だ。ロゼッタは傀儡師魔術を研究するために陣魔術を学んでいた。つまり、彼女の専門分野なのだ。

「――回復系統の魔術ですね。人形の修復に使っている魔法陣の上位にあたる……ただし、生物用ですけど。――この魔法陣の大きさ、使われている文字数、模様の複雑さからするとかなり大掛かりなものですね。再利用できるように床に直に掘り込まれているのも特徴的です。この魔法陣を描いた人物は相当の知識を持っていると思われます」

 ロゼッタの様子を窺っていたミールに魔法陣を見ながら解析結果を告げる。

「なるほどね」

 ミールはうなずくと立ち上がった。

「私が知りたかった情報はそろいました。あなたはほかに調べたいことはありませんか?」
「まだ行方を示すものが見つかっていないと思うのですが」

 ロゼッタが訝しげにミールを見上げて指摘する。
 ミールはそんなロゼッタににっこりと微笑んで見せる。

「だって、それはあなたのお仕事でしょう?」

 文句を言ってやりたい衝動をロゼッタはすんでのところで抑える。彼が言っていることは間違いではない。ロゼッタの仕事は失踪した傀儡師と人形を探すことなのは正しいからだ。従って、ここにいるミールの仕事はロゼッタの仕事とは別のところに目的があるということを示している。ロゼッタは頭痛を感じたが気を取り直す。

「……そうですね。おっしゃるとおりです」

 立ち上がると、次の調査対象を考え始める。各部屋に飛び散っている血の量からすれば明らかに致死量を超えている。但し、それは一人の人間から出たものであると仮定した場合であり、ロゼッタはこの部屋の床に描かれた魔法陣と血痕から別の可能性を導きつつあった。

「――行くなら作業場、かしら」

 早くこの屋敷から出てゆきたい気持ちを抑えてロゼッタは動き出す。ミールが開け放ったままにしていた扉を抜け、作業場らしき部屋に入る。窓は雨戸が閉められていたが、今度は開けることができた。ロゼッタは部屋に外の光と風を入れる。それでようやっとハンカチを外すことができた。早速室内の調査に取り掛かる。
 整理された状態で壁に並んでいる本や道具の数々。作業台にも見える机には血痕が付着しており、本棚にも勢いよく飛び散ったと見られる血液がべったりとついていた。ロゼッタは本棚に近付き、まじまじと見つめる。

「流れが途切れていない様子からすれば、血がついてからは動かされていないのね……分野は傀儡師魔術か。陣魔術に関した本はなし……」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら調査を進める。
 扉の近くではミールがその様子を窺っている。機嫌が良いのかその表情は現場にふさわしくないような明るいものだ。

「順番にも規則性があるようには思えないし……」

 指先で題名の一つ一つを確認している最中に、ロゼッタははたと気付いて手を止める。注目すべきは題名ではなく、著者名であるということに思い至ったのだ。

「あの……一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 視線を本棚に固定したままロゼッタは問う。

「なんでしょう?」

 ミールはロゼッタが何に気付いたのかわかっていたらしい。声はいきなりの問いかけだったにもかかわらず落ち着いていた。

「ここにある本の著者って、人間を操作するのを目的として傀儡師魔術を研究していたとされる人物と繋がりがあった人ばかりですよね?」
「そのようですね」

 驚いた様子もなく淡々とした口調できっぱりと答える。

「何のためにこんな本を……」
「それはその目的のためでしょうよ。あなただって愛する人を我が物にするために足を踏み入れたこともある領域じゃないですか。噂は聞いていますよ?」

 さらりと言ったミールの台詞に反応し、反射的にロゼッタは彼をにらむ。

「今持ち出す話題じゃないでしょう? 本当に嫌な人ですわ」

 言って、血のついた作業台に向かう。

「私はまだその研究の成果をまとめた論文を受け取っていないのですが」

 壁に寄りかかった状態でロゼッタを目で追いながら言う。

「そんなもの、うっかり提出したら傀儡師の資格を剥奪されるじゃありませんか」
「禁止事項ではありますが、剥奪なんてしませんよ。ちょっとかくまうだけです」
「冗談じゃないわ」

 肩をすくめて作業台の血痕の状態を見る。角に付着している血液は床に向かって流れた跡を残している。それを追っていくと、床に何滴かの染みとなって模様を作っていた。

「――やってはいけないこととわかっていてやるのですから、人間とは悲しい生き物ですね」
「……それは誰のことを言っているの?」

 顔を上げてミールを見つめる。悲しげな横顔のミールは小さく肩をすくめただけでなにも告げず、腕を組んだままどこか遠くを見ていた。
 知りたくもない様々なことを見てきた表情だ、とロゼッタは直感した。年齢が五つほど離れているだけでなく、若くして魔動人形協会の頂点に立ち、現場に何度もおもむいたことのある人物なのだ。経験の差はどうがんばったところで詰まるはずはない。ひょっとすると、このような現場は前例が幾らでもあるのかもしれないなとロゼッタは感じた。

「それで、何か手がかりは得られましたか?」
「えっと……」

 別のことを考えていたロゼッタはミールに質問をされて言葉を詰まらせる。行き先はわからなかったが、何が起こったのかぐらいは想像がついていた。最悪の場合の想定であったが。

「現象は把握できましたけど……」

 ロゼッタには珍しく、自信なさげな言い方で答える。

「ほかに何が必要ですか?」

 ミールは寄りかかっていた壁から離れると室内に足を踏み入れる。

「行きそうな場所の手がかり、ですね」
「おそらくそんなものはこの家にはありませんよ。――あなたもそれには気付き始めているのではありませんか?」
「どうかしら。諦めているだけともとれますけど」

 大げさに肩をすくめて見せる。
 ミールは立ち止まることなく窓に近付くと、黙ったまま雨戸を閉め始めた。部屋は再び薄暗くなり、角灯の光が室内を照らす。

「ならば助言を一つ。傀儡師がいて、娘がいる。では傀儡師の伴侶は人形だけでしょうか?」

 ミールはロゼッタに視線を移す。その顔には悲しみを含んだ笑みが浮かんでいた。
 その台詞を聞いたロゼッタを、何かがはまったような感覚が襲う。足りないものの正体が行き先ではないことにようやく気付いたのだ。

「そうか……でも……」
「――ここは空気が悪い。外に出ませんか? ロゼッタさん」

 角灯を持つと、ミールは手を差し出す。
 ロゼッタはその手を取らずにただうなずいて返事をしただけだった。
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