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仕事の約束をした翌日。準備を整えた二人は魔動人形協会本部がある首都から、おのおの使役している飛行用の魔動人形に乗って出発。通常なら陸路で三、四日かかるところをその日の夕方には目的地に入り、それぞれ別行動をしていた。
夕食を終えると、ロゼッタがとった部屋にミールが訪ねてきた。仕事の打ち合わせである。
「書類には目を通していただけましたか?」
部屋にある机につくとミールは問う。
「昨晩のうちにざっと目を通して、先ほどもう一度見直したところです。調査書からではまだなんとも言えませんね」
ベッドに置きっぱなしになっていた書類を手にとってロゼッタは答える。ミールが訪ねてくるまでそこで丁度読んでいたのだ。
書類は十数ページにもおよび、仕事の依頼内容が事細かに書かれている。その内容には個人的なことが含まれることもまれではない。事件を解決するための情報ならばよほどのことがない限り制限されないからだ。だからこそ、この国はとても穏やかで安定している。
「そうですね。事件なのか事故なのか、偶発的なのか計画的なのか……現場に行って見ないとわかりにくいかもしれません。私の見解では偶発的な事故です。不幸な事故」
どこか遠くを見るような目でミールは言う。
「不幸なのは被害者ですか? 人形ですか?」
ロゼッタは滅多に見ない彼の表情を珍しく思いながら問う。
書類によれば、今回の依頼は失踪した人形と傀儡師の行方を追うというもの。失踪した傀儡師が住んでいた家からは多量の血痕が見つかっている。いつ流れた血なのかは完全に乾いてしまっているがためにわかっていない。失踪の届けは三日前の晩で、あたりの聞き込みの結果から行方不明になったのはそれよりももう少し前のことらしいことがわかっている。現在、血痕の残る家はそのままの状態で保存されているとの報告が書類の最後に書かれていた。
「しいて言うなら、現象そのものですね」
ミールの答えに、ロゼッタは不満そうにする。その台詞の意味を理解できなかったからだ。
「で、わたしは彼らを探せばいいんですよね?」
仕事の依頼内容からはそうとしか読み取れない。ロゼッタはミールに確認する。この仕事を任せると言ったときのミールの台詞に引っかかりを感じていた。
「そんなところです」
少し残念そうな表情でロゼッタを見つめながらうなずく。
「わたしの能力を見極めるみたいなことを言っていたけれど、どうしてこの仕事を?」
ぺらぺらと書類をめくりながらロゼッタは問う。
「わかっていてその質問をしていませんか?」
何か考えがあるかのような表情を作ってミールが問いで返す。
「さあ、どうかしら」
視線をミールに向けながらもはぐらかすロゼッタに、彼はさらに問う。
「あなたの頭の良さも評価しているつもりなんですけどね。期待に応える気はありますか?」
ロゼッタは書類をベッドに置くと、ミールににっこりと微笑んで見せる。
「あなたの期待に応えたいところだけれど、自分の手の内をすべてさらけ出すのは愚か者のすることだわ。ミールさんもそうでしょう? 全力を見せるようなことはしない」
「そんなんだから彼に逃げられるんじゃないですか? 素直じゃないから」
言ってミールはにっこりと笑い返す。
ロゼッタは笑顔を引きつらせる。
「それとこれとは別の問題です」
「どうでしょうね。――さて、認識の確認もできたので私は失礼します。仕事のことで何か知りたいことはありますか?」
うまい具合にごまかされたと悔しく思いつつ、ロゼッタは真顔に戻して問いに答える。
「ならば一つだけ。――この傀儡師、娘がいるとありますが、その子が今どうしているのか調べはついているのですか? 町の人の証言では同居しているはずだとありましたが」
ミールはその問いに嬉しそうな様子で目を細めた。
「彼女もまた行方不明です。三年ほど前から病気で家から出られなくなったので町の人は見かけていないそうですよ」
「そうですか」
ロゼッタはミールの表情の意味に気付かないままその答えを頭に入れる。幾つかの引っ掛かりの中に、その情報が鍵となるものがありそうな予感がしていた。
考え込むロゼッタを見ながらミールは立ち上がる。
「では、私はこれで。何かありましたら遠慮なく部屋までどうぞ。夜這いも歓迎ですよ」
「その冗談、つまらないわ」
にっこりと笑うミールにロゼッタもにっこりと笑って返す。
「できれば本気ととって欲しかったのですが」
なおもにこやかにミールは返す。残念そうな様子は微塵もない。ロゼッタをからかっているのは明白だ。
「仕事をするのがあなたじゃないから、そんな余裕の台詞が出てくるんじゃありませんか?」
嫌みたっぷりにロゼッタは問う。この男のペースに飲まれたくないという必死の抵抗なのだが、この問い自体がすでに彼のペースに巻き込まれているという証明になっていることに彼女は気付いていない。
ミールは小さく笑う。
「そういう反応、嫌いじゃないなぁ。私の下で働く気持ちはありませんか?」
「論点をずらさないで」
ロゼッタはむっとする。笑顔を維持できる余裕がなくなっていた。負けているな、とどこかで感じる。ロゼッタは悔しかったが反撃できるだけの材料はもうなかった。
「――明日は朝食後すぐに現場に向かいます。ここまでの移動であなたも疲れていることでしょう。今晩はゆっくり休んで、万全な状態で仕事に臨んでください。甘く見ていると怪我をしますよ」
最後に真面目な表情で忠告すると、ミールはロゼッタの返事を待たずに部屋を出る。
不機嫌なままのロゼッタは扉に鍵を閉めるとベッドに戻り、書類を手に取って寝転ぶ。
「……つまり、そんなに簡単な仕事ではないってことですよね、ミールさん」
隣の部屋の扉が閉まる音を聞きながらロゼッタはミールの台詞を反芻する。
ミールという人間をどうにも好きにはなれないロゼッタであったが、傀儡師としての能力も優れている彼のそばで仕事をすることはとても嬉しかった。こんな機会は滅多にない。どちらかというと単独行動が多いのが彼の特徴なのだ。相棒に指名されたことは素直に喜んでも良いとロゼッタは思っていた。
「人形の件はどうであれ、仕事は完璧にこなして見せますからね!」
小さく笑うと書類を荷物の中に押し込み、角灯の火を消した。
夕食を終えると、ロゼッタがとった部屋にミールが訪ねてきた。仕事の打ち合わせである。
「書類には目を通していただけましたか?」
部屋にある机につくとミールは問う。
「昨晩のうちにざっと目を通して、先ほどもう一度見直したところです。調査書からではまだなんとも言えませんね」
ベッドに置きっぱなしになっていた書類を手にとってロゼッタは答える。ミールが訪ねてくるまでそこで丁度読んでいたのだ。
書類は十数ページにもおよび、仕事の依頼内容が事細かに書かれている。その内容には個人的なことが含まれることもまれではない。事件を解決するための情報ならばよほどのことがない限り制限されないからだ。だからこそ、この国はとても穏やかで安定している。
「そうですね。事件なのか事故なのか、偶発的なのか計画的なのか……現場に行って見ないとわかりにくいかもしれません。私の見解では偶発的な事故です。不幸な事故」
どこか遠くを見るような目でミールは言う。
「不幸なのは被害者ですか? 人形ですか?」
ロゼッタは滅多に見ない彼の表情を珍しく思いながら問う。
書類によれば、今回の依頼は失踪した人形と傀儡師の行方を追うというもの。失踪した傀儡師が住んでいた家からは多量の血痕が見つかっている。いつ流れた血なのかは完全に乾いてしまっているがためにわかっていない。失踪の届けは三日前の晩で、あたりの聞き込みの結果から行方不明になったのはそれよりももう少し前のことらしいことがわかっている。現在、血痕の残る家はそのままの状態で保存されているとの報告が書類の最後に書かれていた。
「しいて言うなら、現象そのものですね」
ミールの答えに、ロゼッタは不満そうにする。その台詞の意味を理解できなかったからだ。
「で、わたしは彼らを探せばいいんですよね?」
仕事の依頼内容からはそうとしか読み取れない。ロゼッタはミールに確認する。この仕事を任せると言ったときのミールの台詞に引っかかりを感じていた。
「そんなところです」
少し残念そうな表情でロゼッタを見つめながらうなずく。
「わたしの能力を見極めるみたいなことを言っていたけれど、どうしてこの仕事を?」
ぺらぺらと書類をめくりながらロゼッタは問う。
「わかっていてその質問をしていませんか?」
何か考えがあるかのような表情を作ってミールが問いで返す。
「さあ、どうかしら」
視線をミールに向けながらもはぐらかすロゼッタに、彼はさらに問う。
「あなたの頭の良さも評価しているつもりなんですけどね。期待に応える気はありますか?」
ロゼッタは書類をベッドに置くと、ミールににっこりと微笑んで見せる。
「あなたの期待に応えたいところだけれど、自分の手の内をすべてさらけ出すのは愚か者のすることだわ。ミールさんもそうでしょう? 全力を見せるようなことはしない」
「そんなんだから彼に逃げられるんじゃないですか? 素直じゃないから」
言ってミールはにっこりと笑い返す。
ロゼッタは笑顔を引きつらせる。
「それとこれとは別の問題です」
「どうでしょうね。――さて、認識の確認もできたので私は失礼します。仕事のことで何か知りたいことはありますか?」
うまい具合にごまかされたと悔しく思いつつ、ロゼッタは真顔に戻して問いに答える。
「ならば一つだけ。――この傀儡師、娘がいるとありますが、その子が今どうしているのか調べはついているのですか? 町の人の証言では同居しているはずだとありましたが」
ミールはその問いに嬉しそうな様子で目を細めた。
「彼女もまた行方不明です。三年ほど前から病気で家から出られなくなったので町の人は見かけていないそうですよ」
「そうですか」
ロゼッタはミールの表情の意味に気付かないままその答えを頭に入れる。幾つかの引っ掛かりの中に、その情報が鍵となるものがありそうな予感がしていた。
考え込むロゼッタを見ながらミールは立ち上がる。
「では、私はこれで。何かありましたら遠慮なく部屋までどうぞ。夜這いも歓迎ですよ」
「その冗談、つまらないわ」
にっこりと笑うミールにロゼッタもにっこりと笑って返す。
「できれば本気ととって欲しかったのですが」
なおもにこやかにミールは返す。残念そうな様子は微塵もない。ロゼッタをからかっているのは明白だ。
「仕事をするのがあなたじゃないから、そんな余裕の台詞が出てくるんじゃありませんか?」
嫌みたっぷりにロゼッタは問う。この男のペースに飲まれたくないという必死の抵抗なのだが、この問い自体がすでに彼のペースに巻き込まれているという証明になっていることに彼女は気付いていない。
ミールは小さく笑う。
「そういう反応、嫌いじゃないなぁ。私の下で働く気持ちはありませんか?」
「論点をずらさないで」
ロゼッタはむっとする。笑顔を維持できる余裕がなくなっていた。負けているな、とどこかで感じる。ロゼッタは悔しかったが反撃できるだけの材料はもうなかった。
「――明日は朝食後すぐに現場に向かいます。ここまでの移動であなたも疲れていることでしょう。今晩はゆっくり休んで、万全な状態で仕事に臨んでください。甘く見ていると怪我をしますよ」
最後に真面目な表情で忠告すると、ミールはロゼッタの返事を待たずに部屋を出る。
不機嫌なままのロゼッタは扉に鍵を閉めるとベッドに戻り、書類を手に取って寝転ぶ。
「……つまり、そんなに簡単な仕事ではないってことですよね、ミールさん」
隣の部屋の扉が閉まる音を聞きながらロゼッタはミールの台詞を反芻する。
ミールという人間をどうにも好きにはなれないロゼッタであったが、傀儡師としての能力も優れている彼のそばで仕事をすることはとても嬉しかった。こんな機会は滅多にない。どちらかというと単独行動が多いのが彼の特徴なのだ。相棒に指名されたことは素直に喜んでも良いとロゼッタは思っていた。
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