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依頼
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「――言っておきますが、ここは失恋した家出娘が来るような場所ではありませんよ、ロゼッタ=ピュア=ローズさん」
部屋に入るなり、ソファーに腰を下ろして紅茶をすする少女の姿を見てミール=コッペリア=クリサンセマムはやれやれといった様子で注意する。
名を呼ばれたロゼッタは言われてすぐに立ち上がると不満げな顔をして答えた。
「そんなつまらない言い方をしなくても良いではありませんか」
肩をすくめておどけて見せるロゼッタ。ミールの台詞を否定しなかったのは、それが本当のことだからだ。下手な言い訳をしたところで意味がない。
「一応、ここは魔動人形協会を指揮する人間がいるべき部屋であって、一般の傀儡師が来られるような場所ではないんですが」
ミールはロゼッタの前を通り過ぎ、奥にある立派な造りの机の書類を手に取って言う。机の上にはその書類のほかにも幾つかの紙の束が積まれている。どの紙にもこの国の紋章が描かれていた。
「ここの職員も甘いですね。ちゃんと継いでからここに招待するつもりでしたのに。御三家の当主ともなれば嫌でも顔を合わせなければいけませんからね」
「あなた、嫌みばっかり」
一言告げると、ロゼッタは不機嫌顔のまま再びソファーに腰を下ろす。
座り心地の良い柔らかい革のソファーは値が張るものであったし、ティーカップも高価なものだ。それらも含め、ここにある調度品のいずれもがそんな贅沢品である。というのもこの魔動人形協会が国の重要な機関としての地位と権限を持っているからだ。
ロゼッタはあたりを一瞥するとため息交じりに続ける。
「傀儡師御三家と言っても、あなたを頂点としたクリサンセマム家と我がローズ家ではその力の影響範囲が違いすぎますわ。同等なのはその知名度だけ」
「――で、本題はなんです?」
机に書類を置く。ミールの目は鋭い。
「こんなところにまで愚痴の相手を探しに来たわけではないでしょう?」
ロゼッタの顔には切迫した感情がにじんでいる。彼女は改めてミールの目を見た。
「頼みがあるんです」
「悪巧みなら遠慮しますよ」
台詞自体は冗談を返しているような反応だが、ミールの表情はとても冷たい。関わりを拒んでいるかのようにさえ感じられる。
ロゼッタはミールのその対応に何の反応も返さずに台詞を続ける。
「あなたの作る魔動人形が欲しい――仮にもコッペリアでしょう?」
魔動人形――それは傀儡師が使役する特殊な人形を指す。また『コッペリア』とは、魔動人形を作る職業である人形技師の中でも高い能力が認められたものだけに与えられるミドルネームであり、ミールももちろんその名を持つ人形技師だ。
「何かと思えば、そんな依頼を私に? 腕の良い人形技師ならいくらでもいるでしょうに。なんなら紹介しますよ?」
ミールはつまらなそうな表情をして自分専用の椅子に腰を下ろす。
「傀儡師でありながら人形技師でもある人間が作る人形に興味があるんです」
ロゼッタのその答えに、左右で色の違うミールの瞳がほのかに光る。
「――何と引き換えに、人形を注文するつもりで?」
興味が湧いたのだろうか。口元に笑みを湛えてミールはその質問をする。
「あなたが言うもので、わたしが持っているものなら何でも差し上げますわ」
自分に自信を持っている者のみが出せる声色でロゼッタはきっぱりと答える。しかしそんな態度で言い切りながらも、ロゼッタはミールが承諾しないと思っていた。彼が誰かに人形を作ったという話を聞いたことがなかったからだ。
「ふっ」
ミールはロゼッタのその態度に小さく笑う。馬鹿にしたのではなく、その様子が心を和ませたために思わず出たらしかった。
「あなたはいつもそう言いますね。よほどの自信家じゃないと言い切ったりできませんよ。ましてや、この私の前で」
くすくすとミールは笑っている。
ロゼッタは小さく膨れる。笑われるとは思っていなかったからだ。
「作る気がないのでしたら、きっぱりと断ったらいかがです?」
断られて当然だと覚悟をしてのロゼッタの台詞に、しかしミールは優しく笑んで見せた。
「構いませんよ、妻になるつもりでしたら」
さらりと言うミールに対し、ロゼッタは頬を赤く染める。
「それって本気で……」
「無論、戯れですよ。あなたには興味がありますが、ね」
戸惑うように呟くロゼッタに、にこにこと機嫌のよい様子でミールは答える。彼女の反応に満足しているらしかった。
「くだらないことを……」
動揺を隠し切れないロゼッタはぷいっと横を向く。ミールがそんな冗談を言う男だと思っていなかったのだ。油断していたことをロゼッタは恥じた。
「妻になる話は冗談としても、作る気がないわけではありませんよ」
人形との契約を示す指輪を親指以外の指のすべてにはめている右手で、始めに手にした書類をロゼッタに向ける。ミールに顔を向けたロゼッタがその仕草に首を傾げる。
「これから私と一緒にひと仕事しましょう。あなたなら簡単ですよ」
状況がわからずきょとんとしたままのロゼッタに、ミールは続ける。
「傀儡師試験を首席で抜けたその実力と、除霊系の能力に秀でていると評判のローズ家の腕、それを見せていただきましょう。あなたに合った人形を作るために」
部屋に入るなり、ソファーに腰を下ろして紅茶をすする少女の姿を見てミール=コッペリア=クリサンセマムはやれやれといった様子で注意する。
名を呼ばれたロゼッタは言われてすぐに立ち上がると不満げな顔をして答えた。
「そんなつまらない言い方をしなくても良いではありませんか」
肩をすくめておどけて見せるロゼッタ。ミールの台詞を否定しなかったのは、それが本当のことだからだ。下手な言い訳をしたところで意味がない。
「一応、ここは魔動人形協会を指揮する人間がいるべき部屋であって、一般の傀儡師が来られるような場所ではないんですが」
ミールはロゼッタの前を通り過ぎ、奥にある立派な造りの机の書類を手に取って言う。机の上にはその書類のほかにも幾つかの紙の束が積まれている。どの紙にもこの国の紋章が描かれていた。
「ここの職員も甘いですね。ちゃんと継いでからここに招待するつもりでしたのに。御三家の当主ともなれば嫌でも顔を合わせなければいけませんからね」
「あなた、嫌みばっかり」
一言告げると、ロゼッタは不機嫌顔のまま再びソファーに腰を下ろす。
座り心地の良い柔らかい革のソファーは値が張るものであったし、ティーカップも高価なものだ。それらも含め、ここにある調度品のいずれもがそんな贅沢品である。というのもこの魔動人形協会が国の重要な機関としての地位と権限を持っているからだ。
ロゼッタはあたりを一瞥するとため息交じりに続ける。
「傀儡師御三家と言っても、あなたを頂点としたクリサンセマム家と我がローズ家ではその力の影響範囲が違いすぎますわ。同等なのはその知名度だけ」
「――で、本題はなんです?」
机に書類を置く。ミールの目は鋭い。
「こんなところにまで愚痴の相手を探しに来たわけではないでしょう?」
ロゼッタの顔には切迫した感情がにじんでいる。彼女は改めてミールの目を見た。
「頼みがあるんです」
「悪巧みなら遠慮しますよ」
台詞自体は冗談を返しているような反応だが、ミールの表情はとても冷たい。関わりを拒んでいるかのようにさえ感じられる。
ロゼッタはミールのその対応に何の反応も返さずに台詞を続ける。
「あなたの作る魔動人形が欲しい――仮にもコッペリアでしょう?」
魔動人形――それは傀儡師が使役する特殊な人形を指す。また『コッペリア』とは、魔動人形を作る職業である人形技師の中でも高い能力が認められたものだけに与えられるミドルネームであり、ミールももちろんその名を持つ人形技師だ。
「何かと思えば、そんな依頼を私に? 腕の良い人形技師ならいくらでもいるでしょうに。なんなら紹介しますよ?」
ミールはつまらなそうな表情をして自分専用の椅子に腰を下ろす。
「傀儡師でありながら人形技師でもある人間が作る人形に興味があるんです」
ロゼッタのその答えに、左右で色の違うミールの瞳がほのかに光る。
「――何と引き換えに、人形を注文するつもりで?」
興味が湧いたのだろうか。口元に笑みを湛えてミールはその質問をする。
「あなたが言うもので、わたしが持っているものなら何でも差し上げますわ」
自分に自信を持っている者のみが出せる声色でロゼッタはきっぱりと答える。しかしそんな態度で言い切りながらも、ロゼッタはミールが承諾しないと思っていた。彼が誰かに人形を作ったという話を聞いたことがなかったからだ。
「ふっ」
ミールはロゼッタのその態度に小さく笑う。馬鹿にしたのではなく、その様子が心を和ませたために思わず出たらしかった。
「あなたはいつもそう言いますね。よほどの自信家じゃないと言い切ったりできませんよ。ましてや、この私の前で」
くすくすとミールは笑っている。
ロゼッタは小さく膨れる。笑われるとは思っていなかったからだ。
「作る気がないのでしたら、きっぱりと断ったらいかがです?」
断られて当然だと覚悟をしてのロゼッタの台詞に、しかしミールは優しく笑んで見せた。
「構いませんよ、妻になるつもりでしたら」
さらりと言うミールに対し、ロゼッタは頬を赤く染める。
「それって本気で……」
「無論、戯れですよ。あなたには興味がありますが、ね」
戸惑うように呟くロゼッタに、にこにこと機嫌のよい様子でミールは答える。彼女の反応に満足しているらしかった。
「くだらないことを……」
動揺を隠し切れないロゼッタはぷいっと横を向く。ミールがそんな冗談を言う男だと思っていなかったのだ。油断していたことをロゼッタは恥じた。
「妻になる話は冗談としても、作る気がないわけではありませんよ」
人形との契約を示す指輪を親指以外の指のすべてにはめている右手で、始めに手にした書類をロゼッタに向ける。ミールに顔を向けたロゼッタがその仕草に首を傾げる。
「これから私と一緒にひと仕事しましょう。あなたなら簡単ですよ」
状況がわからずきょとんとしたままのロゼッタに、ミールは続ける。
「傀儡師試験を首席で抜けたその実力と、除霊系の能力に秀でていると評判のローズ家の腕、それを見せていただきましょう。あなたに合った人形を作るために」
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