スペクターズ・ガーデンにようこそ

一花カナウ

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序章:引っ越し

ねえ、覚えてる?

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 ――ねぇ、よーちゃんは覚えてる? 私たちが初めて出会ったあの日のこと。




「嘘つき! そんなのいないじゃん!」

 春の柔らかな陽射しが差し込む公園。
 引っ越してきたばかりの私は、友だちを作ろうと一人でそこに行った。お姉ちゃんや妹たちはまだ部屋が片付かないからって一緒じゃなかったの。

「いるよ! 今でもあそこにいるし、じっとこっちを見ているんだから!」

 私はムキになって怒鳴る。だって嘘はついていないもの。
 私の指が示す先には公園の木があって、その枝に翼の生えた小柄な人がいる。お人形遊びに使うおもちゃみたいだけど、動いているから生きている、はず。
 でも彼女たちには見えないらしい。
 公園で遊んでいた私と同じくらいの歳の女の子たちが話しかけてくれたのが嬉しかった。だから、あの小さな人たちも誘えたらと思ったの。なのにどうしてそんなふうに言われなきゃいけないの?

「そんなことばっかり言ってると、お話しができない子だって思われるよー!」

 名を知らぬ少女は親切そうな顔をして、でもバカにする気持ちの隠れていない口調で指摘してくる。

「だから、いるんだってば!」

 見下されたと思った私は、引くタイミングを逃して反論した。

「かわいそー。そうやって気をひかないとお友だちになれない思ってるんだぁ!」

 ――え?

 私は驚きすぎて台詞を続けられない。
 リーダーらしい髪の長い少女が告げると、一緒にいた二人の少女たちは哀れみにも似た表情を浮かべた。

「そっか。かわいそー」
「お友だちがほしくて言っているなら仕方がないよね」
「友だちになってあげる。さっきのは忘れてあげるから」

 ――何、それ?

 三人の少女はにこにこして手を差し出してくる。しかしその瞳には優越感が宿っている。

 ――私は嘘つきってこと? それを『許して』あげるから、『友だちになって』あげるって?

 冗談じゃない。

「違うもん! 本当にいるんだから!」

 私は差し出された手をはじいて睨み付ける。

「まだこの子、ウソをついてるよ!」

 はじかれた手をさすりながら、髪の長い少女はむっとして怒鳴った。

「そんなウソをつかなくても友だちになってあげるって言ってんじゃん!」
「なんで信じてくれないの?」
「気味が悪ぅい」

 短い髪の少女が私を突き飛ばした。

「きゃっ!」

 突き飛ばされた私は尻餅をついて、少女たちを見上げた。
 彼女たちの顔にはざまあみろと言わんばかり冷たい感情が張り付いていた。

「いい気味ー。せっかく友だちになってあげるって言ったのに、なにムキになってるんだろ」

 冷えきった瞳が私を見下ろす。

「もう話しかけて来ないでね」

 髪の長い少女が睨むと、くるりと踵を返して私の前から去る。取り巻きの少女たちも彼女のあとを追って去って行った。

「――結衣は……ひっく……嘘つきじゃないもん……ひっく……」

 悔しくて涙があふれてくる。
 立ち上がる気力も湧かず、そのままうずくまって、次から次へとあふれる涙を手の甲でゴシゴシと乱暴に拭う。

「結衣には……ひっく……見えてるのに……ひっく」

 誰かとこの感覚を共有したかった。だって誰に聞いても私が見えているものがなんなのか、答えてくれなかったから。お姉ちゃんに言ったら笑われたし、妹たちも不思議そうな顔をするだけ。お母さんもお父さんも相手にしてくれない。幼稚園の先生もわかってくれなかった。見たままに絵を描いただけなのに、想像力が豊かなのねみたいなことを言っていた。

 ――誰も私のことをわかってくれない。私のことをわかろうともしてくれない。なんで? どうして?

「――キミ……怪我してるよ?」

 ふいに降ってきた声に、私は顔を上げる。
 覗き込んでいたのはおさげの少女。同じ歳くらいに見える。

「ほら、手、擦っているじゃない。洗って手当てしたほうが良いよ」

 さりげなく手を取ると、彼女は自分のほうに引っ張って私を立ち上がらせた。

「ほっといてよ!」

 さっきの少女たちの姿がよぎる。

 ――親切そうな顔をして、どうせ自分を良く見せたいだけのくせに!

「何言ってるの? ほっとけないよ」
「どうせ結衣のこと、かわいそうだって思ったから声を掛けたんでしょっ!」

 掴まれていた手を振りほどく。
 少女から笑顔が消えた。

「キミは、かわいそうだと思われたいの?」

 大人びた表情で、少女は淡々と問う。

「え?」
「キミはかわいそうな自分というものを作っているのよ? そうやって関心を集めようとしているの。無意識だろうけど」
「むいしき?」
「キミの寂しさはスペクターを呼び寄せる。あんまり寂しいからといって、ヤミクモにその感情を振り撒くのはケンメイじゃないよ」

 見た目はそんなに変わらないはずなのに、少女の言っている意味が理解できない。私はきょとんとしたまま首をかしげる。

「あ」

 彼女は何かに気付いて目をぱちくりさせると、にぱっと微笑んだ。

「私、烏丸葉子(カラスマヨウコ)。この近所に住んでいるの。キミは? 幼稚園、一緒じゃないよね? あ、それとも小学生さん?」

 急に歳相応の無邪気な笑顔を作ったものだから、私は彼女のペースにすっかりのまれてしまった。それくらい魅力的で明るい笑顔だった。まるで金色のお日様みたいな。
 その柔らかな優しさに包まれているような気がしたら、つい私は彼女の問いに答えていた。

「えっとね……昨日引っ越してきたばっかりなの。春休みが終わったら、年中さんになるってゆってた。私は結衣。針間結衣(ハリマユイ)って言うの。おうちは近くだよ」
「じゃあ結衣ちゃんとはご近所さんだね。私も次は年中さんなの。同じ幼稚園かなあ。一緒に遊べると嬉しいな」
「う、うん……」

 素直に喜べない。
 幼稚園にはあの女の子たちもいるのだろうか。だとしたら、もう会いたくなかった。

「どうしたの?」
「結衣とは関わらないほうがいいと思って……」

 私と友だちだって思われたら、変な子の仲間だって見られる。ツラいのは私だけで充分だ。

「――私も、見えるよ」

 彼女が言った意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。

「ふぇっ?」
「だから信じるよ。結衣ちゃんが見たもののこと」

 彼女が私に向けてくれた笑顔は無理に作ったものには見えなかった。

「そうだ! 私の秘密、教えてあげる」

 私を強引に公園にある水道まで引っ張ると、手のひらに水を掛けた。傷口に冷たい水がしみて、私は思わず手を引っ込める。

「ダメダメ! しっかり洗っておかなきゃ」
「だって痛いんだもん!」
「いーからいーから」

 指先が冷えきったところで彼女はようやく解放してくれた。

「イジワルする……」

 涙目で訴えていると、彼女は私の手を取って両手で包み込む。

「イジワルじゃなくて、手当て!」

 包まれた手がほんわかとしてくる。不思議な感触に驚いて、私は彼女を見つめた。
 彼女はにこにこと明るく笑ったままこちらを見ていた。

「さ、そろそろいいかな?」

 彼女の手が退けられると、赤くなっていた手のひらの傷がすっかり癒えていた。

「え? これ……?」
「誰にも内緒だよ? 知っているのは結衣ちゃんだけなんだから」

 可愛らしいイタズラを隠しているみたいな様子で、彼女は人差し指を口元に当てる。

「だから、私も結衣ちゃんのその目のことは誰にも言わない。二人だけの秘密だよ」

 彼女はウインクして見せた。

 ――二人だけの秘密。

 その言葉が嬉しくて、私は自分の小指を差し出す。

「うん! わかった! 約束だよ」

 お互いの小指を絡ませて指切りをする。

 ――固い約束。

 あれから十年経ったけど、あの約束は守っているよ。二人だけの秘密だから。




 その日から、私は烏丸葉子のことをよーちゃんと呼んだ。不思議と幼稚園も小学校も同じクラスで、毎日一緒に過ごした。いじめられたこともあったけど、負けずに学校に行けたのはよーちゃんのおかげだ。
 美人で、ちょっと大人びていて、勉強ができて、運動もそこそこできる自慢の友だちのよーちゃん。
 そんなよーちゃんにはいろいろと助けられてばかりで、何のお返しもできてない。感謝してもしたりないぐらいの恩を感じているつもり。大切な友だちだよ。この気持ち、伝わっているよね? よーちゃん、これからもずっと一緒にいようね。いつかきっと、よーちゃんの役に立ってみせるからさ。
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